本記事は 11月25日「 人気記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
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スケルツォ倶楽部
ビゼー「アルルの女 」間奏曲には、
シューベルトの「アヴェ・マリア 」が住んでいる。


 こんにちは、“ スケルツォ倶楽部 ”発起人です。
 本日の一曲は、天才ジョルジュ・ビゼー(1838‐1875)が作曲した 不朽の歌劇「カルメン」にも匹敵する 名曲中の名曲。アルルの女 L'Arlésienne 」第2組曲から「間奏曲 Intermezzo 」。
 ポピュラーな「ファランドール」でも「メヌエット」でもなく、どちらかといえば 地味で渋い(? ) 「間奏曲 」です。
 
 Georges Bizet (1838‐1875) プレートル ビゼー SICC1370-1
(左) ビゼーの 比較的 珍しい(?)「 正面から撮った 」肖像写真、
(右) 長老ジョルジュ・プレートル指揮/バンベルク交響楽団による
    ビゼー作品集RCA原盤‐SICC‐1370~1)


 発起人、個人的思い出ばなし「アルルの女」最初の出会い 
 ビゼー組曲「アルルの女」を、“ スケルツォ倶楽部 ”発起人たる 私が初めて聴いたのは、小学校4年生( 1972年頃 )の秋のこと。
 それは 音楽にかぶせながら 要所で原作ドーデの戯曲を 女優の岸田今日子さんが 朗読されているFM放送のラジオ番組を 幸運にも聴いた時でした。
 記憶は相当あいまいですが、それは1970年代 - NHKだったか民放だったか、いえFM局だったかさえも 実は覚えていませんが、午前11時から放送されていた「音楽の花束」というクラシック音楽の紹介番組だったことは 間違いないと思います。バリトン歌手の立川清登さん、ソプラノの島田祐子さん、女優の岸田今日子さんらが 交代でクラシック音楽を紹介しておられました(記憶が正しければ・・・の話ですが)。
 もちろんオン・エアーが昼間だったので、当時の私は 小学校にいる時間。普通なら 当然聴けなかった筈なのですが、クラシック音楽に興味を持ち出した私のために、今は亡き父が モノラルのオープンデッキで 番組を まるごと録音してくれていて、これを繰り返し聴くことができたのでした。 ・・・父には 心から感謝しています。
 振り返ると、あの頃はラジオでも TVでも 良心的な音楽プログラムがとても多かったように思うのですが。今の子供たちは、昔に比べて 本当に良い文化に触れる機会を失っているのではないでしょうか。

 ・・・ もとい。
 尤も ドーデの「アルルの女」は、小学生には共感できない展開をする大人のストーリーで、なんだか 女々(めめ)しい性格の主人公フレデリにも まったく親しみを持てませんでした。
アルルの女の人はいつ出てくるのだろう・・・」などと思いながら(ご存知のとおり、結局“アルルの女”は 最後まで登場しないのですが )、ビゼーの音楽には 真剣に耳を傾けていたものです。
 しかし「馬方ミチフィオの情婦だ という あばずれ女が、アルルの女だった」という展開は、子供ながら絶対に信じたくない気がしました。
 フレデリ 認知症の弟 が正常に治ってしまうと、代わりにその家には不幸が来る とかいう挿話や、せっかく村娘ヴィヴェットとの結婚を決めたフレデリなのに 穀物倉庫の屋根から 投身自殺してしまう という衝撃的な結末も、当時 子どもだった自分の理解を大きく超えていました。

 ドーデの原作、戯曲「アルルの女」は、昔なら どこの書店でも 岩波文庫あたりで100円位で容易に買えたものでしたが、あらためて読み直してみたいと思っても、ふと気づけば もう絶版になって10年以上見かけませんね。

 「アルルの女 」第2組曲から「間奏曲 」= 「神の子羊(アニュス・デイ ) 
 今日は 仕事がお休みということもあり、「アルルの女」について なんとなく 午後も考え続け、只今 ひとつの主観的な仮説に辿り着きました。以下、述べてまいりたい と思います。

 「間奏曲 」の冒頭はハ短調 厳粛な雰囲気で重く始まりますが、まもなく変ホ長調に転調、ビゼーらしい 祈りを込めた 誠に美しい旋律が顔を出し、これが めずらしくも 当時 まだ新しい楽器だった サクソフォーンへと引き継がれます。繰り返し現われる ターンするような 柔和な終止音型は、フランツ・シューベルトが 1825年に作曲した歌曲「アヴェ・マリア(エレンの歌Ⅲ )D.839 」の歌詞「 Ave Maria ! 」部分のフレーズに付された旋律に とてもよく似ている、と気づきます。
 楽譜 Schubert Ave Maria
 シューベルト「アヴェ・マリア 」ボニー(Teldec)盤
 ↑ 座右のCDの一枚 - バーバラ・ボニー(ソプラノ)、ジェフリー・パーンズ(ピアノ )による 名盤「シューベルト歌曲名曲集」( Teldec ) - で あらためて確認してみました。「アルルの女間奏曲の中で 繰り返し現れる終止音型の描く曲線が、この「アヴェ・マリア」に似ていることを、実は かなり以前から 感じてはいたものの、今まで ずーっと 単なる偶然 だと思っていました。
 しかし、もしも偶然ではなく ビゼーが、意識的に この“アヴェ・マリア音型”を ここで 使っていたとしたら? 

アヴェ・マリア」と「神の子羊 」・・・ この意味について 勝手に考える
 「間奏曲 」の サクソフォーンによる敬虔な旋律は、のちにビゼー自身の手で 宗教的な歌曲「神の子羊(アニュス・デイ )」に転用されているものです。
 その歌曲 「神の子羊 」は、↓ ロベルト・アラーニャ盤 などで 聴くことができます。
 ビゼー「神の子羊 」アラーニャ(D.G. )盤
ミシェル・プラッソン指揮
トゥールーズ・カピトール国立管弦楽団、合唱団
録音:1996年3月 トゥールーズ
D.G.= ユニバーサル UCCG-1319 

収録曲:バッハ=グノー 「アヴェ・マリア 」、グノー「悔悟 」、「天使の挨拶 」、『聖セシリアのための荘厳ミサ 』から「サンクトゥス 」、フランク「天使の糧 」、「厳かな行列 」、アダン「真夜中、キリスト教徒よ (クリスマスの歌 ) 」、フォーレ「救い主なる 」、 ベルリオーズ『レクイエム 』から「サンクトゥス 」、J.=B.フォール「キリストの十字架像 」、サン=サーンス「天使の糧 」、ビゼー「神の子羊(アニュス・デイ ) 」、カプレ「天使の糧 」、ブーランジェ「ああ、イエズスよ 」

 「アヴェ・マリア 」とは、言うまでもなく 聖母マリアに捧げる祈りですね。
 「神の子羊 」とは、勿論キリストのことですが、罪深き私たち人類の代わりに ひとり犠牲となって 壮絶な贖いの死を遂げてくださったキリストが、漸く十字架から降ろされ、母マリアの腕に抱かれる その一瞬を 見事にとらえた芸術作品 - たとえばミケランジェロの「ピエタ(悲しみの聖母 ) 」など。
 ミケランジェロ「ピエタ」バチカン
 私は、ビゼーの この「間奏曲 」が、実は「ピエタ 」ではないか と思うのです。
 先立った息子の 血まみれの なきがらを 抱き、静かに落涙する聖母マリアの姿は、戯曲「アルルの女 」の幕切れ、投身自殺を遂げたフレデリ母ローズの号泣する姿に重なります。
 もちろん その死の崇高さにおいては、イエス・キリストの重い使命を背負った磔刑と、農家の ぼんぼん息子 の失恋の挙句の自殺とを 決して同列に考えるものではありません( それは まったく比較になりません ) ・・・が、しかし 戯曲「アルルの女 」に おける本当の悲劇とは何だったのか、それは 南仏の片田舎に住む農婦の未亡人ではあっても、ひとりの母親という存在であったローズの慟哭のみが、聖母マリアに匹敵する という真実にあったことではないでしょうか。
 亡きフレデリを抱いて、号泣するのは 決してヴィヴェットではありません ( ましてや“アルルの女”であるわけがありません )。己が腹を痛めた我が子の、苦しみの末の早逝。それを 己が自身の目で見届けなければならなかった母親の、嘆き、悲しみ、悔やみは、「母」であれば 普遍的なものではないのか、と。
 それは決してキリストほど立派な息子でなくても、逆に 愚かで弱い息子であっても、わが子を喪った母の喪失感と悲しみの本質は、同じもの( = 普遍 )ではないでしょうか。
 もちろん ドーデは 戯曲の中で そこまで言及しているわけではなく(今、岩波文庫が手元に無いので 記憶で書いてますが・・・)、考えてもいなかったことかもしれません。
 しかし 天才ビゼーだけが 直感的に そこに秘められた真実を拾い上げ、音楽の力によって普遍性を観客に提示し、ドーデの芝居を 触媒にして、このテーマを 芸術作品として これほどの高みに持ち上げたのだとしたら? ここにあるのは、ひたすら心の平安を神に求め( = アニュス・デイ)る ひとりの母親の姿( = アヴェ・マリア)を 音楽で表現したものに 他ならぬと思うのです。 
 
 私が子どもの頃に邂逅した「岸田今日子さんが朗読」した 放送プログラム『音楽の花束』における「アルルの女」、その最後(フレデリの死母ローズの号泣 )の場面の背景に流されていた「間奏曲最後のフレーズ - それは 決然たる「アヴェ・マリア」フレーズ でした。そして その秀逸なる効果を忘れることは出来ません。 それは 今 思えば、当時の番組制作者の慧眼であったとさえ感じます。

・・・蛇足ながら、スケルツォ倶楽部 おススメの 「アルルの女」 注目盤たち
 「アルルの女」ケーゲル(Berlin Classics)盤 ヘルベルト・ケーゲル Herbert Kegel 
ヘルベルト・ケーゲル指揮 Herbert Kegel
ドレスデン・フィルハーモニー Dresdner Philharmonie
録音:1986、1987年
海外盤BERLIN Classics 0094772BC

併録曲:ビゼー 組曲「子どもの遊び 」、歌劇「カルメン 」4つの前奏曲

 以前から その特異性によって たいへん有名なディスクでした。非常に「オモシロイ」演奏です。
 もし 少しでも「アルルの女」に親しんできた方であれば、一聴して直ぐに 古今東西 誰の どのディスクの演奏とも異なる 独特の解釈 が繰り広げられていることに、きっと驚かれると思います。
 その凄さについては、ご自身の耳で ゆっくり確認して頂くとして、本日 話題の「間奏曲」についてだけ 少し記します。
 冒頭 ハ短調の厳粛なる開始、これほどレガートに引きずる弦の濃い表情と 不思議なアーティキュレーションは 初めてです。呆気に取られている暇もなく、やがて開始される「神の子羊 ( アニュス・デイ ) 」の旋律を演奏する楽器が 本来のサクソフォーンではなく、なんと 朗々たるトランペットであることに気づいたときの驚きといったら! 
 
 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 「アルルの女」ミンコフスキ(Naive)盤 Marc Minkowski
マルク・ミンコフスキ(指揮 )Marc Minkowski
ルーヴル宮音楽隊 Les Musiciens Du Louvre・Grenoble
リヨン歌劇場合唱団
録音:2007年10月
海外盤Naïve V-5130

併録曲:歌劇「カルメン 」4つの前奏曲

 「アルルの女」を ミンコが取り上げる以上、まさか普通に演(や)るわけがありません。有名な二つの組曲は全曲演奏しながら、さらに彼は1872年のヴォードヴィル劇場での初演版劇音楽から8曲を抜粋(ミンコいわく“第3組曲”!)して挿入。オーセンティックな演奏もさることながら 実に凝った構成です。
 さらに 私が注目したいのは、ディスクの装丁 - 使用楽器の写真集 兼 ゴッホ Vincent van Gogh(1853 – 1890)の画集にもなっている とさえ言い得る - 豪華なハード・カヴァーの解説書(117ページ)です。
 ミンコフスキ(Naive)盤 これが 素晴らしいです!

 ゴッホが描いた 厚塗りの アルルの風景 を見ているうち、私は もしかしたら、ドーデの原作では とうとう最後まで登場しない 「アルルの女」の存在とは、決して目に見えぬ 「芸術」 もしくは「美しさ」のメタファーだったのではないか - って、そんな想いが 頭をかすめました。 このドラマの主人公フレデリも、芸術至上主義 の 画家ゴッホと同じく 彼らは 決して手に入れることが許されぬ あまりに遠すぎる存在を求めたがゆえに、燃え尽きるしかなかったのではないでしょうか。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 「アルルの女」マルゴワール(Auvidis Valois)盤 ダニエル・メギシュ Daniel Mesguich(写真はhttp_www.institut.jpjanode9196より) ジャン=クロード・マルゴワールJean-Claude Malgoire
(左から )ディスク表紙、ダニエル・メギシュ(朗読 )、J=C.マルゴワール(指揮 )

ジャン=クロード・マルゴワールJean-Claude Malgoire 指揮
トゥールーズ国立室内管弦楽団 Orchestre De Chambre National De Toulouse
アンサンブル・ヴォーカル・ジャン・スリス Ensemble Vocal Jean Sourisse
録音:1998年
海外盤 Auvidis Valois(V-4839) 2枚組

 注目は この マルゴワール(Naïve 系? Auvidis Valois 2枚組 )盤です。
 原作者アルフォンス・ドーデ Alphonse Daudet (1840-1897)の戯曲を、フランスの俳優 ダニエル・メギシュ Daniel Mesguich が朗読で演じる素晴らしい録音。
 作曲者ビゼーが 舞台上演を想定して付けた すべての音楽が、適宜 然(しか )るべき場所(シーン )や 幕間等で演奏される という感動的な企画です。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 「アルルの女」ホッグウッド(Arte Nova)盤 Christpher Hogwood
 このほか、ビゼー初演版の自筆譜情報を 指揮者である クリストファー・ホッグウッド (写真 右 )自身が踏襲、校訂したという 26人編成による バーゼル室内管弦楽団( BVCE-38081 2004年 スイス録音 Arte Nova )盤の、室内楽のような クリアに透き通る音色にも触れずにはいられません。「アルルの女」の楽器編成は、当時 発明されたばかりのサクソフォーンが入っていることが特徴ですが、この録音では その開発者アドルフ・サックス自身が1868年に製作した 歴史的な楽器が使用されているのも聴くことが出来ます。

 挙げてゆけば まだまだ 限(きり )がないのも、やはり極めつけの 名曲であるが故でしょう。

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コメント

T.Kurokawa さま !

ありがとうございます、まったく 知りませんでした ! 
あわてて ビゼーの「アヴェ・マリア 」を初めて聴き 、これが まさしく 「アルルの女 」の前奏曲 後半に登場する 抒情的な管楽器の美しい旋律と 同じであることに 気づき、今 心から驚愕しています。 「アルルの女 」に もうひとつの「アヴェ・マリア 」が 隠れ住んでいたという事実、コレ 意外に知られていませんよね。 うーん、素晴らしい ビゼー !  
T.Kurokawa さまは、来年 「間奏曲 」のソロを アルトで お吹きになられるとのこと、演奏会のご成功を 心よりお祈り申し上げます。出来得れば 聴かせて頂きたいものですね。

URL | “スケルツォ倶楽部”発起人 ID:-

ビゼーのアヴェ・マリア

来年、間奏曲のソロをアルトで吹くのですが、
大変勉強になります。
ちなみに、ビゼーのアヴェ・マリアは、「アルルの女」
第一組曲のPreludeの後半の、
アルトサックスソロのオブリガートのクラリネットが使い回されていることは、
ご存知でしょうか?

これは、ビゼー自身が、アルルの女で紡ぎ出したメロディを
殊の外気に入っていたという証左ではないかと考えます。

それから、「オブリガートとメロディをひっくり返して利用する」
という手法は、アルルの女第2組曲の有名なメヌエットで、
編曲者ギローも(他の作品のアリアを流用して)やっている手法で、
このことも興味深いところです。

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