本記事は 11月16日「 人気記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
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スケルツォ倶楽部
ベルク「ヴォツェック 」 第2幕にも スケルツォ が ・・・
 (カルロス・クライバー盤を聴く )


Alban Berg(1885-1935) Carlos Kleiber Theo Adam
(左から)作曲者アルバン・ベルク、指揮者カルロス・クライバーヴォツェックを演じるテオ・アダム
 
 今晩は、“ スケルツォ倶楽部 ”発起人(夫のほう)です。
 クライバー/バイエルン国立歌劇場(1970年、ミュンヘン公演 )の 「ヴォツェック Wozzeck 」全曲の稀少なライヴ録音(ゴールデン・メロドラム )盤を 入手できたことを ご報告したいと思います。
 このディスクは、すでに 今年( 2010年 )の夏頃にはリリースされていたようですが、情報に疎(うと)い私は まったく知りませんでした。しかし マイナー盤だからでしょうか、未だにネット上でも さほど話題・評判になっていないようで、何かの間違いでしょうか? これほど優れた内容なのに、意外です。

 アレクサンダー・ヴェルナー著(喜多尾冬道、広瀬大介 / 共訳 ) 「カルロス・クライバー / ある天才指揮者の伝記 (音楽之友社 ) 」の中に、このミュンヘン公演が 相当なセンセーションを巻き起こしたことが窺い知れるくだりを みつけましたので、一部 ご紹介しておきます(以下 引用、青字部分 )。

  - ミュンヘン公演では 文字どおりチケットの奪い合いが起きた。二度目の公演の数日前には、最後の立見席までが売り切れた。チケット売り場の前には、数百人が列を成したが、結局チケットは手に入れられなかった。新聞は歓喜した。カール・ハインツ・ルッペルは 南ドイツ新聞 にこう書いた。 「新しい《ヴォツェック 》が (中略 ) 『事件 』となったのは、ひとえに二人目のクライバーのおかげである。表現に対する彼の意志は情け容赦なく、その限界にまで至った。 (中略 )いかにカルロス・クライバーが 第三幕の大枠を支配したか、いかにはっきりとこの作品の厳格なシンメトリーを際立たせたことか。そして有無を言わせず、個々の場の雰囲気を途方もなく濃密にすることで、あるいは急転直下、ドラマ的な嵐を比類なくかき立てることで、そうした工夫のすべてを忘れさせたのだ ! 」
 タイトルロールを歌ったテオ・アダム、マリーを歌ったウェンディ・ファインは、至るところで絶賛された。聴衆は演奏に夢中になり、感動し、衝撃を受けた。この感動が喝采となって爆発した。いまやクライバーは、指揮者界の輝けるスターとなった・・・

 
 アルバン・ベルク Alban Berg(1885-1935)の楽劇「ヴォツェック」といえば、カルロスにとっては 実父エーリヒ・クライバーが 1925年 ベルリン国立歌劇場で137回ものリハーサルの末 初演を成功裡に導いた という歴史的な因縁によって、意義深い作品であるはずです。
 エーリヒ息子であるカルロス自身も 若き下積み時代から 多くの歌劇場で この演目の指揮を務めてきた実績がありますから、その録音が存在する可能性についても巷間囁かれてきました。しかし もし全曲の録音があるのなら もうとっくに 市場に出ていたはずで、これほど 耳にする機会がないということは、やはり「存在しない 」と考えた方が自然であろう・・・ と、諦めていた音源でもあったのです ( LP時代も含め、過去 マイナー・レーベルからでもリリースされたことは 果たしてあったのでしょうか )。
 それほどまでに発掘への待望久しかった音源 - それが、「これ 」 です。 “ スケルツォ倶楽部 ” 発起人も大歓迎 ( 踊 )。

GoldenMelodram(G.M.5.0074-2CD) Carlos kleiber
ベルク:楽劇「ヴォツェック」全曲
カルロス・クライバー(指揮 )
バイエルン国立歌劇場管弦楽団 & 合唱団
  テオ・アダム(ヴォツェック )
  ウェンディ・ファイン(マリー )
  フリッツ・ウール(鼓手長 )
  ゲオルク・パスクーダ(大尉 )
  フリードリヒ・レンツ(アンドレス )
  キート・エンゲン(医者 )
  グートルン・ヴェヴェツォフ(マルグレート )
  マックス・プレープストル(第1の徒弟職人 )
  フリッツ・ホッペ(第2の徒弟職人 )
  ワルター・カールヌス(白痴 )
録 音:1970年11月27日、ミュンヘン
海外盤 GoldenMelodram(GM.5.0074-2CD)


■ 想像以上の 凄い演奏でした 
 この上演が実況録音された1970年と言えば、カルロス・クライバーのデビュー盤だった「魔弾の射手(D.G.)」の 3年前のこと。まだ40歳のカルロス
 残念ながら 肝心の開幕冒頭部分に欠落した個所はあります。
 しかし、一聴して これはカルロスの音でしょう、間違いなく! この時点で すでにカルロスは 自分自身の孤高のスタイル - 演奏に賭ける勢い、そのための語法、オーケストラを隅々までコントロールする技術まで - を確立していたことに気づかされます。歌劇場の指揮者として、楽団員と歌手との連携意識を高め、覇気の漲(みなぎ)る キビキビした上演へ導く 高い能力と適性を感じます。
 ただでさえ短い上演時間 約90分があっという間に終わってしまいますよ、その最後まで まったく集中力は(もちろん聴く側も )決して途切れません。
 音質の方は 必ずしも良好というほどではありませんが、悪くはありません。その生々しさは異様なほどで 臨場感も豊かです。採録マイクロフォンは、よほどピット内のオケに近接した場所に置かれていたに相違ありません。れっきとしたステレオ録音。やや左チャンネル側にオーケストラ、右チャンネル側に歌手(ステージ )と、片寄った音響バランスは多少気にはなりますが、これほどまでにリアルな音響で劇場を捉える録音、私は かなり好きです。
 相当の少人数編成と思われる弦楽器奏者達が立てる音の数々、ピッツィカート、コル・レーニョなどの奏法でも際立ってそれと判りますが、単に弓を上げ下ろす間接音、また 楽器を構える気配さえも この録音が鮮明にとらえていることは特筆したいです。

 けれど。・・・ よくパソコンで音楽情報をCD-Rに焼く時 設定を失敗したりすると 曲間(トラックとトラックのつなぎ個所 )に一瞬 小さな無音部分がプツッと入ってしまうことがありますよね、その種のノイズが 全曲にわたって(いずれも実際にトラックが切られている個所と関係ない場所で)度々鳴るのは さすがに耳につき、これだけはとても残念に思います。
 また 他に ジーーッというような 小さな電気的ノイズが時々入る個所もありますが、これは 我慢の許容範囲内と思います。

 ベルクのスゴいところ
   = ストーリーの展開、音楽の展開を 同時に両立
 
 ところで、作曲当時アルバン・ベルク が目指した試みとは 「物語の展開」と「音楽の展開」とを一致させることでした( ・・・見事に成功しています)。

 まず「物語の展開」的には、原作者ビュヒナーの遺した原稿から作曲者ベルク自身が 新たに再構成した台本の緻密さに感嘆します。
 第1幕は、あたかも 現代の 連続TVドラマの「第一回」放送分のように、主人公ヴォツェックを 個性的な登場人物一人一人と並列的に絡ませながら、その存在と人間関係を 聴衆へ紹介するという 巧みなコンセプトです。これは 今日(こんにち)であれば 普通にドラマ脚本作成の基本でしょうが、1920年代において この技法は とても先駆的な試みだったのではないでしょうか。
 第2幕は、ヴォツェックが 周囲から徐々に精神的に追い詰められてゆく過程が描かれます。
 第3幕では、遂に その結果としての惨劇がクライマックスとなります。

 次に「音楽の展開」的には、このオペラは 全部で15の場面から成り、それを5場ずつセットにして三つの幕に分けて配置・構成されていることを知っておく必要があるでしょう。
 第1幕は、5つの性格的な曲から成る組曲です、すなわち「大尉」、「アンドレス」、「マリー」、「医者」、「鼓手長」という「 5曲 」が並んでいます。
 第2幕は、5楽章の交響曲(この後で詳しく)。
 第3幕-第1場は「主題に基づくインヴェンション」、同第2場は「一つの音に基づくインヴェンション」、同第3場一つのリズムに基づくインヴェンション」、同第4場一つの和音に基づくインヴェンション」、そして同第5場が「八分音符の無窮動な動きに基づくインヴェンション」です。

 なお、この興味深い「音楽の展開構成の分析方法は、名曲解説全集 第20巻-歌劇Ⅲ(音楽の友社 )の文章 - 入野義朗氏の文章から学んだものです。

 第2幕は「 5楽章の交響曲(!) 」
 ドラマの核心に進む 重要な第2幕の構成は、上記のとおり「劇の展開と音楽の構成展開とを一致(入野義朗氏)」させるという目的から、ベルクは これを「 5楽章の交響曲」として作曲しました。
 ・・・オペラなのに 交響曲?  はい、もちろん「スケルツォ」に相当するパートもあるんですよー。 以下 順番に。

 第2幕第1場が「 交響曲 」の 第1楽章です、題して「マリーとヴォツェックのソナタ」。
 その第1主題はマリー、第2主題がヴォツェック。 このシーンは イヤリングを巡っての 二人の夫婦喧嘩の場面になります。
 ストーリーに少し触れると、ヴォツェックの 内縁の妻 マリーは 浮気相手の鼓手長 から ひそかにプレゼントされた耳飾りをつけて鏡を見ています。そんな姿を たまたま見てしまったヴォツェック、当然 訊くでしょう 「おい、それどうしたんだ?」って。不意を突かれ マリー狼狽、「えっと、これは・・・あ、拾ったんだー ラッキー・・・?」って、彼女 あまり賢くないようですね。あるいは 嘘がつけない? そう、きっと根が正直なんですね。
「イヤリングって 両方セットで落ちてるものなのか?」って、精一杯の皮肉しか言えないヴォツェック。 ・・・おそらく貧困という経済的な理由から 二人は未だ正式な夫婦でなく( 第1幕 大尉との場面でも 会話で言及されますね )、おかげで 二人の間に生まれた坊や も私生児扱いになっているようです。これを不甲斐なく感じる自分への意識から、ヴォツェックは きっと妻にも 強くものを言えないのでしょう。
 うーん・・・ 幸いにして 私は 立場こそ違うものの、ヴォツェックの気持ちにだけは 共感できる気がします。わかりますよね、ご同輩?

 ・・・もとい。
 「 交響曲 」の 第2楽章にあたる 第2場は「大尉、医者、ヴォツェックの三人によるファンタジーとフーガ」。この場面は傑作です。クライバー盤で 大尉を演じているのは、 ゲアハルト・シュトルツェバイロイトでの後輩ミーメにあたる ゲオルク・パスクーダシュトルツェほど アクは強くないものの、個性的な歌い回しをする人で、“Langsam”とか“ein guter Mensch”とか 大尉の口癖として繰り返される単語を 印象深く 丁寧に強調する歌唱には、先輩に迫る表現力があります。
 変人の医者を演じているのは、何と あのキート・エンゲンです。カール・リヒターミュンヘン・バッハ管弦楽団、合唱団 を指揮したバッハの宗教曲レコーディングの数々(Archiv)で有名なバス歌手で、特に名盤「マタイ受難曲(1958年) 」における イエス・キリスト役(! ) と言えば、どなたもご記憶でしょう。その声で「ヴォツェック、舌を出して見せろ」などとやられてしまうと、あぁ 主よ そんな印象もズッコケます。
 さらに、これに 3年後の1973年録音のケーゲル/ライプツィヒ放送交響楽団(Berlin Classics )盤でもタイトル・ロールを務めることになるテオ・アダムの 怖いほど柔和なヴォツェックを加え、この三人の歌手が 同時に まったく異なる旋律、調、イントネーションで 恰もバラバラ好き勝手に歌っているかのように聴こえる三重唱の もの凄さは圧巻です。この 強烈に不調和な「調和 」は、ご想像を超えるものと思います。

 「 交響曲 」の 第3楽章第3場マリーとヴォツェックによるラルゴ」 - ということは 緩徐楽章 ということになるのでしょうか。第1場(第1楽章)と違って、そばに子どももいないので 言い争いも激しくなります。これほど激情的なマリーには かつて出会ったことがありません。彼女 - ウェンディ・ファイン Wendy Fine というソプラノ歌手 - の存在を、私は不勉強ながら この録音で初めて知りました。第3幕第1場における聖書朗読の「泣きのシーン」などに 多少 演技過剰な個所も散見されましたが、十分に鍛え抜かれた 筋肉質な歌唱発声と 捨て身でエモーショナルな地声 との間を 自由自在に往来する、その表現能力の振幅の大きさ、豊かさには 圧倒されました。
 Wendy Fine
▲ この ウェンディ・ファイン という 個性的なソプラノ歌手は、調べてみると、めずらしくも南アフリカ(ダーバン )の出身だそうで、ウィーンの音楽アカデミーを卒業、1964年のモーツァルト・コンペティションに入賞し スイス・ベルンでの初舞台以後はウィーン、ハンブルグ、ケルン、フランクフルト、シュトゥットガルト、バイエルン、ベルリン、ロンドン、グラスゴー、マルセイユ、ブリュッセル、ミラノ、ストラスブール等々 ヨーロッパ中の歌劇場に客演実績があります。
 バイロイト音楽祭にも 1970~71年の二期に渡って出演、いずれも大きな役ではありませんでしたが、「パルジファル花の乙女、1970年「ヴァルキューレヴァルトラウテ、翌71年には同じく「ヴァルキューレ」のヘルムヴィーゲ、「神々の黄昏」では 第3のノルンを演じました。

 「 交響曲 」の 第4楽章である 第4場居酒屋の場 )、これが「スケルツォ」なのだそうです。そうだとすれば、大胆にワルツを取り入れた、言わば“ヨコノリ”のスケルツォ楽章と言えます。
 舞台上で小編成の楽団が演奏している断片的なワルツ旋律の基本音型、私には これがどうしても R.シュトラウスの楽劇「ばらの騎士オックス男爵ワルツ のパロディに聴こえます。
 この第4場は 楽劇全幕を通して 最も登場人物が多く、舞台上の動きもある 雑然としたシーンです。退廃的なダンス、弦の過剰なヴィブラート。マリーと 逞しい肉体を誇る鼓手長による、あたかも情交のメタファーとも言える濃厚なダンスは、これを陰から目撃してしまったヴォツェックに もちろん決定的な心の傷を負わせます。
 クライバー盤で、酔客の中から突如登場して この場面のみでソリストを務める徒弟職人 - ぐでんぐでんに酔っぱらいながら 意味不明の説教を始めるマックス・プレープストル、狂ったように哄笑するフリッツ・ホッペ - この二人は何者なんでしょう、こんな歌唱は他に聴いたことがありません。性格表現があまりにも強烈なので、その後の競合盤における同場面を寄せつけぬほどの迫力です。酔客による男声合唱の雑然さも なんという酷いアンサンブルだろうか、と思われる向きもあるかも知れませんが、この雑然と澱(よど)んだ場面に 実に相応しいリアルな合唱であるとさえ感じます。
 やがて 暗闇の中から浮かびあがるように登場する ファルセットの「白痴」の不吉な予言の唄・・・これがヴォツェックの狂気に突如点火してしまうのですね。 これに続き 稀にみる盛り上がりを聴かせる荒々しいダンスの熱狂 - これでもかというほどのティンパニの激打 - から、逆にいきなり暗転する見事な場面転換。

 それが 「 交響曲 」の 第5楽章となる 第2幕 第5場(兵舎の夜)ロンド」です。 真夜中、一列になって寝ている兵士達の、寝息ともイビキともつかない静寂の「ハミング・コーラス」、コレが 実に オモシロイです。
 そこへ突然 兵舎に乱入してきた鼓手長に叩き起こされたヴォツェックが、他愛もなく殴り倒され、幕が下ります。

  「妻マリーを寝取られた上、こんな扱いを受けるなんて・・・」
  「可哀想だけど、情けない。こんなに弱くて惨めなヴォツェックの泣きっ面に、嫌悪感と同時に 張り倒したとき なぜか 爽快感を感じた、わたしって、一体? 」  
  「それは オマエの心の底に潜む“ ドS ”の血が騒いでいるのでは・・・」
  「ふんふん、それ 多少は あるかも( 微笑を浮かべつつ )“ ドM ”のアナタ、縛ってほしい
  「 う・・・ ( 凍りつく ) 」



 以下、余計な蛇足ながら・・・  
 このクライバー盤に聴ける様々な興味深さについてを詳細に語れば、ホント限(きり )がないくらいですが、「ヴォツェック 」の 印象的なラスト・シーン、両親がこの世からいなくなって、たった独り残されたマリー幼児が 木馬に乗って無心に遊びながら「 ぱかぱか、ぱかぱか Hopp Hopp、Hopp Hopp ・・・ 」と歌う場面、おそらく過去に演じられた どんな上演においても、過去に録音された どんな音盤においても、そこで子どもは たしかに「歌って 」いました。作曲者であるベルク自身が“Hopp Hopp”の音程やリズムまで 楽譜で指示しているから・・・と思いますが。
 しかしクライバー盤では・・・ このマリカ・クラウスという子役、「歌って 」いないのです( ! )。その意外性については、お聴きになられてからの 皆さまのお楽しみに とっておこうと考え、ここでは詳細を伏せますが。でも、私はこの方法に、とても自然な説得力を感じたことを 最後に付記しておきたいと思います。

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