スケルツォ倶楽部
架空のシューベルティアーデ
シューベルティアーデ  目次は こちら


(7)アルペジオーネ・ソナタ D.821

「・・・ ところで 幹事さん、フランツは まだ到着しないのかね」
 突然 長身の紳士に 後ろから シュパウンは 声をかけられました。その声は 低いのによく通る、柔らかなバリトンです。驚いて振り返ると、そこには ウィーンで最も著名な宮廷歌手ミヒャエル・フォーグルが立っていました。彼は わざわざ主催者側が招いたアーティストの一人ですが、以前から シューベルトの才能を高く買っており、機会があるたび 公の場で フランツの歌曲を歌ってくれていました。今夜のリサイタルでも トリを務めることになっているのです。
「僕は この後 シュスター君の演奏の次に フランツのピアノ伴奏で 彼の新しい歌曲集から歌う予定だったんだけどなあ 」
「すみません、フォーグルさん。さっき フランツの自宅に使いを走らせたのですが、そいつも まだ戻ってこないんですよ」
「フランツの奴から こんな扱いを受けるのも、光栄にして 僕は 初めてじゃないけどね! 」

そう言うと、フォーグルは 威厳のある表情を突然崩すと 愛嬌たっぷりにちょっぴり舌を出し、シュパウンに ウィンクしてみせました。誰もがみんな フランツ・シューベルトの才能を愛しているのです。
 この有名人の存在に気づいた 周囲のシューベルティアーデの人々は、徐々に興奮し始め、その雰囲気に 会場の空気も急速に高ぶり始めました。
「ほら、フォーグルが 来ている 」 
「フォーグルが もうセッティングしているよ 」

 そう言えば、いつの間にか サロンの聴衆は 最初の倍近くもの人数にふくれ上がっています。その多くは 名歌手フォーグルの歌を聴くことを 目当てに やって来た人々だったのです。

 さて、ここで 珍しい楽器“ アルペジオーネ ” が登場しました、ご紹介いたしましょう。
 アルペジオーネ Arpeggione は、ウィーンの楽器製作者ヨハン・ゲオルク・シュタウファーによって考案された、ギターのような楽器ですが、チェロのように弓で弾かれます。見た目も「小型のチェロ」といった風情で その弦は6本、指板にはギターやマンドリンと同様 フレットが打たれています。別名ギタール・ダムール( 愛のギター )などというおしゃれなフランス名でも呼ばれています。
 今宵 ゾンライトナー邸宅のサロンには、この楽器を普及させることに努力している ヴィンツェンツ・シュスターが招かれていました。彼は アルペジオーネをチェロのように膝に挟み、今、弓を構えました。シューベルティアーデの一同は、この見慣れぬ楽器の登場に 興味津々です。ピアノの伴奏は 今回も 名手ガヒーが務めます。


アルペジオーネで聴くアルペジオーネソナタ   
シューベルト
アルペジオーネ・ソナタ イ短調 D.821
クラウス・シュトルク(アルペジオーネ)
アルフォンス・コンタルスキー(フォルテピアノ)
録音:1974年1月
アルヒーフ(POCA-3058)
 
 今日(こんにち)一般には 殆んど触れることがなくなってしまった この楽器に、少なくとも「アルペジオーネ」という名称だけは しっかりと定着しているのは、ひとえにフランツ・シューベルトが この楽器のために 優れたソナタをひとつ作曲してくれたおかげである、と言っても それは過言ではないでしょう。
 アルペジオーネ・ソナタ・・・ シューベルトらしい、実に 美しい曲ですね。特に 第1楽章の、憂鬱に沈む短調と 快活に浮揚する長調との間を 夢のように揺れ動く旋律。短いけれど チェロとピアノの対話が美しい変奏曲の第2楽章、ハンガリー風のメロディも途中に織り込まれた豊かな旋律の宝庫 第3楽章・・・
 現在では ごく当たり前のように チェロによって弾かれている「アルペジオーネ・ソナタ」ですが、「本物のアルペジオーネ」が 実際には 一体どんな音色だったのか、一度は 聴いてみたいと思いませんか。
 そんなクラヲタの夢を叶えてくれたのが、このディスクです。
・・・お聴きのとおり 音量は出ないし、演奏もかすれ気味に聴こえます。実は 技術的にもかなり難しいのではないでしょうか、とにかく「弾きにくそう」というのが察せられ、聴いていて 何だかもどかしくさえ感じますね。
 但し、徳丸吉彦氏の解説文は 的を射た正論と思います。すなわち 「もし作品の魅力が(当時 目新しかった この楽器の)音色にのみ依存していたのであれば、(作品は)構造的に面白くないという理由で、簡単に捨て去られてしまったであろう。この意味で(敢えてオリジナル楽器を使ってアルペジオーネ・ソナタを録音するということは)、さまざまな問題に気づかせてくれる試みであるといえる」というものです。
 この演奏で シュトルクが使っている楽器は、アルペジオーネの考案者シュタウファーの弟子アントン・ミッタイスが製作した19世紀前半の時代のもので、現在ベルリン楽器博物館に所蔵・陳列されているもの。コンタルスキーが弾いているフォルテピアノも、1810年にウィーンのブロートマン工房が製作したオリジナル楽器です。
 第1楽章呈示部の終わりに響くピッツィカートの柔らかな和音からは、まさしくギターの効果が香り立ちます。そして、この魅力的なソナタ 最後の和音でもまた シュトルクは 弦を指先で弾(はじ)きながら 文字通り アルペジオで締めくくっているのです。ソナタのラストで、名残惜しくも 最後を振り返るかのように 魅力的なギター風の一音だけを残して切り上げる、実に効果的な方法だと思います。シューベルトによるオリジナルの楽譜では、そのような奏法が指定されていたのでしょうか。
 このディスクは、現代のチェロでは 必ずしも味わうことのできぬ音色 - アルペジオーネという ほぼ 絶滅した楽器 独特の音色を、美味しく味わうことにこそ 価値があるのです。 その喜びは、そこに価値を感じる者同士でしか 酌み交わすことは できないものかも知れません。どうか 骨董趣味 などとは 呼ばないでくださいね。


■ 私には チェロで演奏された「アルペジオーネ・ソナタ」の中でも、忘れ難いディスクが 一枚 あります。
参考:ブルネロの「アルペジオーネ」(Victor)
シューベルト:アルペジオーネ・ソナタ イ短調 D.821
(C/W ギヨーム・ルクー:チェロ・ソナタ ヘ長調)
マリオ・ブルネッロ(チェロ)
アンドレア・ルケシーニ(ピアノ)
ビクター・エンタテインメント:VICC-60557
録音:2004年1月、イタリア

 現代の名匠 マリオ・ブルネッロ Mario Burunelloが、早逝した偉大な二人の作曲家の残した ソナタを手がけたディスクです。ルクー未完成ソナタも 興味深い作品ですが、私にとっては やはり ブルネッロの「アルペジーネ・ソナタ」に大注目です。 第3楽章の冒頭に現れる 雪解け水が 流れ出すように美しいロンド主題を奏でる 古今無類の表情にご注目を! どこまでも柔らかく、余計な力を全て抜き去ったような語り口なのに、心に響いてくる芯の強靭さ。最小限にセーヴされたヴィブラート・・・ まさに「肌理濃やかにシューベルトの抒情を汲み尽した濱田滋郎氏)」名演(ちなみに、最後の和音は 弓弾き)です。オリジナル楽器の録音と併せ、ぜひ 聴き比べていただきたいです、心より推薦します。

架空のシューベルティアーデ (8)最終回 に続く・・・
↓ 清き一票を
にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
にほんブログ村
blogram投票ボタン
人気ブログランキングへ
Club Scherzo, since 2010.1.30.

関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)