スケルツォ倶楽部
名優ゲアハルト・シュトルツェの演技を聴く
オルフ「オイディプス王」(クーベリック)D.G.ゲルハルト・シュトルツェ(最小サイズの肖像写真)  目次は こちら

(13)ピッツェッティ「大聖堂の殺人 」、
   カラヤン 20世紀のオペラに取り組む


 1960年 「 (第1幕) 誘惑者」役、 「 (第2幕) 国王から遣わされた騎士」役
    ~ ピッツェッティ:歌劇「大聖堂の殺人」

ピッツェッティ 歌劇「大聖堂の殺人」(D.G.)1960Live
ピッツェッティ:歌劇「大聖堂の殺人(ドイツ語版)」
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮/ウィーン国立歌劇場管弦楽団・合唱団
(大司教トーマス・ベケット)ハンス・ホッター、
(大聖堂の司祭たち)クルト・エクウィルツ、クロード・ヒーター、エドモント・ハーシェル、
(第1幕:誘惑者たち、第2幕:国王から遣わされた騎士)ゲアハルト・シュトルツェ、パウル・シェフラー、ワルター・ベリー、ワルター・クレッペル、
(使者)アントン・デルモータ
(女声合唱の二人の独唱者)ヒルデ・ツァデク、クリスタ・ルードヴィヒ他
ライヴ録音:1960年3月9日 ウィーン国立歌劇場
ドイツ・グラモフォン(ポリグラムPOCG-10096~7)


 歌劇「(カンタベリー)大聖堂の殺人」は、史実を基にしたT.S.エリオットThomas Stearns Eliot 1888~1965)による戯曲が原作、カラヤンと親しかった(と いうことになっている)イタリアの作曲家 イルデブランド・ピッツェッティIldebrando Pizzetti 1880-1968)によって作曲、1958年にミラノ・スカラ座で初演された 20世紀のイタリア・オペラです( 舞台は イギリスです )。
Herbert von Karajan  Ildebrando Pizzetti 1880-1968  T.S.エリオット
(左から)ヘルベルト・フォン・カラヤンイルデブランド・ピッツェッティ、原作者T.S.エリオット

 物語は 史実に基づくもので、1170年12月1日 イングランドの大司教ベケット師が7年間にわたって庇護されてきたフランスから、かつて自分が司教を務めていた故国の教会区 カンタベリー大聖堂へ、危険を冒して帰還するところから ドラマが始まります。 オペラを聴く前に、
なぜ 英国の大司教がフランスへ亡命するような境遇に置かれていたのか
そして 祖国イングランドへ帰ることが どれほど危険なのか
また それはなぜか・・・など、
ドラマの前提となる歴史的背景について、私自身への覚書として、以下のとおり 簡単に まとめさせて頂きました。

 大司教ベケットが イングランド国王と対立した背景とは?
 ドラマの主人公となる トーマス・ベケットThomas Becket 1118~1170)は、イングランド国王ヘンリー二世Henry II 1133~1189)の若き日には 親しい友人同士という間柄で、その縁によって英国内では重責を担うようになり、特に外交の分野で多くの功績を上げてきました。
Thomas-becket-window[1]Stained glass window of Thomas Becket in Canterbury Cathedral.  ヘンリー二世_Henry_II_of_England_-_Illustration_from_Cassells_History_of_England
(左)トーマス・ベケット(カンタベリー大聖堂のステンド・グラスより)
(右)ヘンリー二世( England Illustration from Cassell-History of England )

 その結果、国王ヘンリー二世から深い信頼を受け、1162年 カンタベリーの大司教 という重責に任じられることになります。しかし「大司教は、神と王と 同時に 二人の主人に仕えることは出来ない」というベケットの言葉が示すとおり、教会に対する王の権限を強化しようと圧力を加えてくるヘンリー二世とは考えを異にし、教会の権利を守るため 悉(ことごと)くと対立するようになり、両者の関係は急速に悪化していきます。そして とうとう大司教の土地や資産までもが に没収されるに及び、1164年 遂に ベケットは イングランドを逃れ、キリスト教国であるフランスへ渡って、信心深かったことで知られるフランス王ルイ七世Louis VII 1120~1180)の保護を受けることになったのです。
 それから2年後、フランスの地にある大司教ベケットから ヘンリー二世の許へ 教会破門状 が送りつけられることによって、両者の決裂は決定的なものとなります。フランスを含むキリスト教国の多くは、イングランドの この内紛を政治的にも利用しようと、大司教を支持することによって ヘンリー二世を 国際的な孤立へ追い込むような動きを見せはじめます。
 結局 1170年7月 ヘンリー二世は、ルイ七世の仲介(圧力)によって ベケット師と和解させられますが、政敵視しているフランスに借りを作る形となった上、面目も潰されたにとって、ことの展開が愉快なわけはなく、一方的にベケットへの怒りを さらに募らせることになります。
 大司教は、そんな国王と廷臣らが待つイングランドへ帰国すれば、暗殺の危険さえ伴うことを知りつつも、自己の信念から カンタベリーへと戻ってきたのです。

 と、以上 ここまでがオペラの幕が上がるまでの前史です。長々とすみませんでした。
よーし、これだけ世界史を 予習しておけば、CDを聴き始めてから 退屈することはないでしょう。
はじまり、はじまり・・・

 ピッツェッティ作曲「大聖堂の殺人(ドイツ語版)」録音を聴く
 オペラは、大司教ベケット師が 自己を見つめる内省的な場面と、彼の身を案じる司祭や信者たちの様子を描く思索的な第1幕と、国王の使者と称する4人の騎士達の激しい告発を 一度は 撥ね返した大司教が、安全な場所への避難を勧めるカンタベリーの司祭たちの申し出を断るばかりか、逆に 教会の門を開くことを指示、これによって大聖堂へ再突入してきた暗殺者たちの手にかかって 倒される悲劇的な結末までを描く第2幕の、対照的な二幕から構成されます。
 私が 特に印象深く感じたシーンは、第1幕 暗い大聖堂で 帰国後 間もない大司教が 独り自己の内面と対話する場面です ‐ ベケット師が 自分自身を「聖なる殉教者」として その名を高く後世に残さしめようという 虚栄心 から生じる 危険な 死の誘惑 にさえ捕らわれていた可能性を 指摘するところまで ドラマが踏み込んでいることは、原作者 T.S.エリオット 特筆すべき洞察と思います。

 資料的にも貴重な公演録音
 このディスクは、オペラの初演から2年後、カラヤンが指揮する ウィーン国立歌劇場で ドイツ語の翻訳台本によって(ドイツ)初演され、大成功を収めた際のライヴ録音です。
 終演後には盛大な拍手と歓声も収録されています。それは、聴衆が心から感動しているということが伝わってくる、真に熱い拍手です。
 カラヤン時代のウィーン国立歌劇場が、優れた20世紀作品も積極的にプログラムに乗せ、多彩な活動をしていたことを如実に示す、貴重な音資料であるとも言えます。

 主演 ハンス・ホッターの深遠な歌唱と 音楽の素晴らしさ
 今回、私 “スケルツォ倶楽部発起人 が 本稿「名優 ゲアハルト・シュトルツェの演技を聴く」を書くために シュトルツェの 参加した主要な録音を あらためて聴き直す日々、聴く前と聴いた後とで その印象が まったく変わってしまったディスクの 最たるもの が これでした。
 CDを購入して以来、正直 初めて真剣に聴き始めたら、やはり、というべきか当然、と申すべきか、主人公ベケット大司教を演じる ハンス・ホッター の 素晴らしさは出色で(それは本当に、もう圧倒的という以外、言葉がありません)、他にも 幕間「間奏曲」の効果的な深遠さ、 「静」の第1幕と 徐々に 「動」へ向かう第2幕の 対比の巧みさ、国王に遣わされた騎士たち 大司教を詰問する場面の緊迫感から ディエス・イレ ( 怒りの日 ) の引用による合唱と、悲劇的な最期に至るクライマックスまで、気がつけばドラマの中に引き込まれ、あっという間に全曲が終わり、これほど価値の高い内容を秘めた名演が 収められたディスクを 自分の手元に置いておきながら、今まで 真剣に聴くこともなくCD棚のコヤシにしていたのか、という 反省と 名演への感動のあまり、更にもう一度 最初から 全曲を聴き直してしまいました。
 最初、勝手にイメージしていた 現代作曲家の自己満足的な音響などは、ここには皆無です。一般の聴衆にも受け入れられやすい、中期マーラー風の音響R.シュトラウス風のオーケストレーション、随所にレスピーギのようなフレーズラヴェルの香りさえ塗(まぶ)したような色彩感にも事欠かぬ、むしろ「解りやすい」とさえ言える音楽だったことは 正直 意外でした。
もしも、録音状態がもっと良かったら、カラヤンの 約30数年ぶり(当時)に発掘された音源として、その反響は さらに大きなものだったに違いありません。

シュトルツェの演技を聴く。今回は 徹底的に悪役だ!

第1幕 「誘惑者」役 
 さて、この歌劇の中で シュトルツェが登場するシーンは 三回あります。
 最初は第1幕、独りで思索する大司教の心の中で 実は 自分自身の内面の分身である「誘惑者」として、闇の中から空中に漂うような存在として舞台に現れます。
 今は仇敵同士となってしまった国王ヘンリー二世ですが、若き日には共に楽しみを分かち合った親友でした。シュトルツェは そんな楽しかった過去を思い出させようとする「逃避心」の象徴と思われますが、過ぎ去りし日々を振り返っても無意味なことを知る大司教の理性は、かつて荒野でキリストを試した悪魔のような存在として、この誘惑者を斥けます。けれどシュトルツェは 柳に風と 大司教を 嘲笑し、登場した時と同様、ふわふわ 空中に漂いながら「ラ・ラ・ラ ~ ラ・ラ・・・」と鼻歌まじりに闇の中へと消え去ります。
 第1幕のシュトルツェの出番は たったこれだけ。少ない出演場面ですが、現実には存在しない観念的な想念というべき役を、実に 印象深く演じています。
 しかし、シュトルツェの歌唱に注目するなら、やはり 次の 第2幕でしょう。

第2幕 「国王から遣わされた刺客の騎士」役
 第2幕では、4人の「刺客の騎士」の ひとり として、二度 登場します。
 その一回目のシーンは、ワーグナーが「ラインの黄金」で“ 巨人族の動機 ”を つくり損ねたような行進曲( けっこう笑えます )に乗せて、大聖堂に押しかけてくる騎士たち大司教に面会を求め、詰め寄る 暴力的なアンサンブル・シーンです。
 彼らは、一方的にベケット師を告発しますが その内容の殆どは 不当な誹謗中傷に終始します。その中でも シュトルツェが演じる「第1の騎士」は、最も激しい口調で大司教の貧しい出自を貶す男、という卑怯な性格パートを委ねられ、せせら笑い方も見事なまでに下劣。うーん、まったく適役です。同道する他の3人の騎士(シェフラー、ベリー、クレッペル )らが 皆 落ち着いた低音声域なのに、シュトルツェだけが 甲高い大声、これが激烈なほどのコントラストで ひとり 引き立って聴こえます。
 そして 二回目の登場シーンは、シュトルツェを含む この4人の騎士らが 酒気を帯び 剣を振り上げながら、刺客として大聖堂に乱入し、大司教に襲いかかって 目的を遂げてしまう場面です。大司教は その攻撃に一切抵抗せず、神に祈りを捧げながら 痛ましくも絶命します。ベケット師の 最期の言葉に付けられたピッツェッティの音楽は、「パルジファル」を思わせる和声も効果的で、聴衆には 間違いなく深い感動を与えたものと察せられます。
 しかし 残忍な凶行後、ドラマの幕は すぐには下りません。
 ドラマの最後、静まりかえった舞台に立つ4人の暗殺者たちは、突如 観客である私たち聴衆側に向き直り、この卑劣な行為を正当化しようと、ひとりずつ順々に弁解の言葉を述べ始めるのです。
 いわく「これは 祖国と国王陛下のために やむを得ず行ったことだ」、「わたしたちは間違っていない」、「大司教は 危険を承知で 私たちを 挑発したからだ」、「彼は 逃げることも出来たのに、むしろ 門を開きさえした」、「精神錯乱の末の自殺に等しい」、「いろいろあったが 偉大な人だった」 ・・・ 
 しかし、なぜか シュトルツェが演じる 「第1の騎士」一人だけは 客席に対して 一切弁弄しません。彼はただ「それで 結局、この落とし前をどう着ける?」と 仲間に投げた言葉を最後に、一切 沈黙してしまうのです、第2幕の前半では あれほど雄弁だったにも拘わらず。
 シュトルツェは、他の3人の騎士の上に立つ暗殺実行犯のリーダーだったのでしょうか、その最後の不気味な沈黙によって、いっそう凄みを増す その存在感は たとえようもない印象深さです。必聴。

Thomas_Becket_Murder[1]13th-century manuscript illumination, an early depiction of Beckets assassination  Meister_Francke_011[1]The martyrdom of St Thomas from the St Thomas Altarpiece commissioned in 1424, from Meister Francke by the Guild of English Merchants in Hamburg
大司教ベケットを暗殺する 国王から遣わされた騎士」の絵画
(左)13世紀の写本から 13th-century manuscript illumination, an early depiction of Becket's assassination
(右)1424年に描かれたと伝わるドイツ古画 Meister Francke by the Guild of English Merchants in Hamburg

次回 (14)1960年、ケンペのバイロイト「ラインの黄金」でローゲを演じる に続く・・・

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コメント

のり2 さま

ありがとうございます、
のり2さまには 10月17日 せっかく 良いコメントを
頂いていたにもかかわらず、
トンマな 発起人 v-16 の操作ミスで、
あろうことか v-12 「承認」してませんでした。
本当に申し訳ありません(号泣)、
貴「のり2・クラシカ」鑑賞日記でも、実にタイムリーに 
ライモンディ主演による素敵なDVD情報をご紹介くださっていたのに・・・
http://plaza.rakuten.co.jp/noclasica/diary/201010060000/
・ ・ ・ 誠にありがとうございました。重ねて失礼をお詫びします。

URL | “スケルツォ倶楽部” 発起人 ID:-

大聖堂の殺人

こんにちは! ご無沙汰です。

バーリでのDVDはライモンディはじめ素晴らしいキャストでの上演で
満足でした。是非ともご覧のほど、万が一入手困難であれば当方の
クラシカジャパン録画DVD-Rをお貸しします。
ポチ!応援していきます。♪

URL | のり2 ID:-

こちらでは初めまして~(^^)

いつも楽しく拝見してます♪
僕も作曲日記としてブログを始めました。
リンクさせていただきましたのでよろしくお願いします(^^)

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