スケルツォ倶楽部
架空のシューベルティアーデ
シューベルティアーデ  目次は こちら


(6)シューベルトの「魔王」を 聴き比べる

“スケルツォ倶楽部”通信
妻 「こんにちは、前回に引き続き ストーリー『架空のシューベルティアーデ』の まだ途中ですが、『魔王』のディスクについて 夫がまだ語り足りないようなので 皆さまには ご迷惑とは思いますけど もうしばらく お付合いくださいねー。 ・・・ って ほーら、アナタ わたしが先にお詫びしといたから。 さあ いいわよ、打っても。 ほらほら、打って。打ちまくって ♡ 」
夫 「打って・・・って、お前は ツェルリーナかw  - まあ いいや、すみません。これは シューベルトの『魔王』の歴史的な録音を 集成した 東芝EMIの隠れたロング・セラーと思われる 知る人ぞ知る 有名盤ですが、今回は こちらについて 書かせて頂きます!」

18人の歌手によるシューベルト「魔王」
18人の名歌手によるシューベルト「魔王」
・リリー・レーマン(ソプラノ)1906年
・テレーゼ・シュナーベル=ベール(メゾ・ソプラノ)1932年11月18日
・ノーマン・アリン(バス)1927年6月7日
・ハンス・ドゥーハン(バリトン)1929年1月
・シャルル・パンゼラ(バリトン)1934年5月
・ティル(テノール)エチェヴェリ(バリトン)パスカル(ボーイ・ソプラノ)1930年3月3日
・ロッテ・レーマン(ソプラノ)1930年6月19日
・フリーダ・ライダー(ソプラノ)1943年11月
・ジークリード・オネーギン(アルト)1929年9月
・マルタ・フックス(ソプラノ)1937年11月5日
・アレグザンダー・キプニス(バス) 1936年10月20日
・ゲルハルト・ヒュッシュ(バリトン)1939年8月
・マルコ・ロトミュラー(バリトン) 1950年4月
・エリザベート・シュヴァルツコップフ(ソプラノ)1966年4月
・ベルンハルト・ゼナーシュテット(バリトン) 1949年7月3日
・中山悌一(バリトン)1959年2月17日
・クリスタ・ルートヴィヒ(メゾ・ソプラノ) 1965年11月8日
・ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)1958年5月
東芝EMI(TOCE-8847)

 ここに収録された18組の歌手の録音の中から、特に印象に残った歌唱について ピック・アップさせて頂こうと思います(以下、歌手の経歴等については、浅利公三氏の書かれた資料的にも優れたライナー・ノーツを参考にさせて頂いたことをお断りします)。

Lilli Lehmann
リリー・レーマン Lilli Lehmann
 最も古い1906年の録音は、ドイツの名ソプラノ リリー・レーマン(Lilli Lehmann 1848~1929 )です。彼女は、1876年の歴史的な第1回バイロイト音楽祭で ラインの乙女 や 森の小鳥 を 演じて以来、その10年後にはブリュンヒルデ役も務めるなど、コロラトゥーラからドラマティックにいたる170以上ものオペラのレパートリーを誇っていました。重視すべき功績は(当時の歌劇場歌手の活動としては珍しかったらしく)、リート・リサイタルを積極的に行った「最初のオペラ歌手」だった と書かれていることです。この貴重な「魔王」の録音は、どしゃ降りの雨のような針音の向こうから 微かに聞えてくる歌声に耳をすませる といった感じです。しかし そこは我慢しましょう。繰り返し耳を傾けているうちに、やはり熟練の歌劇場歌手独特の 逞しい のど、ストレートに聴者へ届いてくる力強い声の伸張性 などに気づかされます。キャラクターの歌い分けも巧みで、助けを求める「子」の不安と絶叫など 特に印象に残ります。

Therese Schnabel-Behr(from schnabelmusicfoundation.com) Artur Schnabel.(from schnabelmusicfoundation.com)
(左 )テレーゼ Therese (右 )アルトゥール Arthur の シュナーベル Schnabel 夫妻
 ドイツのメゾ・ソプラノ テレーゼ・シュナーベル=ベール(Therese Schnabel-Behr 1876~1959)は 生涯 歌曲リサイタルに専念し、オペラの舞台に一度も立たなかったという点で リリー・レーマンとは対照的です。実は彼女は名ピアニスト アルトゥール・シュナーベル(Arthur Schnabel 1882~1951)の妻で、この1932年11月18日の録音において ピアノ伴奏を務めているのも夫シュナーベル自身なのです。そんな情報を得てしまった後で 聴き直してみると、たしかにピアノが「主」で 歌唱が「従」のような演奏であると感じてしまうのは、決して先入観ばかりではないと思います。物語のキャラクターが変わる度に テンポを速めたり情緒的に遅くしてみたり、ここで音楽の速度と性格を決定しているのは、間違いなくシュナーベルのピアノです。最後まで勿体をつけて重々しく終わるシュナーベル夫妻5分1秒にも渡る演奏は、余計な感情を排して イン・テンポで一気に聴かせていたリリー・レーマンの録音に ピアノ伴奏者のクレジットさえ無かったことを考え併せると、やはりいろいろな意味で 好対照です。

Norman Allin Charles Panzera
(左)ノーマン・アリン Norman Allin (右 )シャルル・パンゼラ Charles Panzera
 イギリスのバス歌手ノーマン・アリン(Norman Allin1884~1973)の1927年録音(英語)や、フランスのバリトン歌手シャルル・パンゼラ(Charles Panzera 1896~1976)による1934年録音(仏語)などは、いずれもベルリオーズによって編曲された管弦楽で伴奏されています。すでに戦前からオーケストラ版が用いられることが多かったという事実を知って、少なからず驚きました。パンゼラ盤で伴奏を務めているオーケストラの名は記されていませんが、指揮者のピエロ・コッポラ(Piero Coppola)は、1930年に ラヴェルの「ボレロ」を世界最初に録音したことで 知られていますね。

Georges Thill
ジョルジュ・ティル Georges Thill
 ベルリオーズの管弦楽伴奏による戦前の「魔王」録音盤の中でも とりわけ興味深い記録が、まるで舞台で芝居を見せるかのように「語り手」と「魔王」を演じるテノール歌手(ジョルジュ・ティル Georges Thill 1897~1984)、「父」と「子」の対話部分を バリトン(アンリ・エチェヴェリー Henri Etcheverry 1908~1960)とボーイ・ソプラノ歌手(パスカル C.Pascal 生没年不詳)とがそれぞれ受け持って演じ分け、しかも歌唱はフランス語で、という試みです(指揮者/管弦楽団不詳、1930年3月録音)。「語り手」を含め四人の登場人物を 別々の歌手が分担するというアイデアも、実際に聴いてみると 期待したほどには楽しめません。シューベルトの巧みなペンによって、それぞれの性格はすでに十分に描き分けられていますから、やはりこの曲は 一人の歌手が 複数の個性をいかに演じ分けられるのか、その名人芸を楽しむ聴き方が、正解ではないでしょうか。この録音を聴いて そんな思いを 新たに強く致しました。

Lotte Lehmann
ロッテ・レーマン Lotte Lehmann
 過去の「魔王」録音を集成した このオムニバス盤で初めて接した結果、実は 最も大きな驚きと感銘を受けた歌唱が ドイツのソプラノ歌手ロッテ・レーマン(Lotte Lehmann 1888~1976)による1930年6月の録音でした。彼女は 1910年にハンブルクでデビューして以来 ヨーロッパ各地の歌劇場で活躍、後にメトロポリタン歌劇場でもメルヒオールキプニスフラグスタートなどと共にワーグナーエルザジークリンデ)や R.シュトラウス(「ばらの騎士」の元帥夫人)の楽劇上演の黄金時代に貢献したことが その功績として評価されています。重要なのは、リート歌手としても活躍したことで 特にシューベルトでは「水車小屋の娘」と「冬の旅」の全曲盤を初めて録音した女性歌手として記録されています。
 そんな彼女の「魔王」は、2分51秒という 史上最速ではないか と思われる猛スピード。ピアノのフリーデル・ヴァイスマン(Frieder Weissmann)の、冒頭いきなりのミスタッチが象徴するように 雪崩(なだ)れこむように開始、その速さに伴奏者は殆んど従いて行けず、それでも転びまくりながら何とかテンポは維持しています。そんなピアニストに跨(またが)って、一気呵成に駆けさせようと激しく鞭を振るうロッテは、まるで熱に浮かされたように物語を語り続けます。
 彼女は、「魔王」の最後通牒の個所 “ so brauch’ ” と 口の中で舌を素早く転がすや否や “ ich ” と突風を飛ばしておいて “ Gewalt ! ” と 下唇を前歯で噛んで破裂させた直後、遂に「魔王」に捕まった「子」が叫ぶ個所だけ 僅かに速度を緩めるものの(それによって「子」の諦観を 一瞬暗示させる効果も素晴らしく)、しかし そこ以外には 一切主観の余地も入れずに、あたかも騎乗位で鵯越(ひよどりごえ)を駆け降りるようです。私たち現代人の耳には 過剰なヴィブラートが 多少気にはなるものの、とにかく凄い歌唱です。最後の “ In seinen Armen das Kind ・・・ ” のように掬(すく)い上げた後 “ war tot ! ” と、落下させる締め括りの迫力に、初めて聴いた私は 激しい疲労感を覚え、しばし呆然となってしまいました。

Sigrid Onegin
ジークリード・オネーギン Sigrid Onegin
 ストックホルム出身のアルト歌手 ジークリード・オネーギン(Sigrid Onegin 1889~1943)の1929年9月に録音された歌唱も個性的です。彼女はフランスとドイツの混血で 旧姓はホフマンでしたが、ロシア人の夫と結婚してから改姓したのだそうです。ミュンヘン、ベルリン、チューリッヒを拠点にバイロイト(フリッカヴァルトラウテノルン)やザルツブルクにも出演していました。リート歌手としても著名だったと言われ、ここで聴ける彼女の「魔王」は、神々しいほど厳粛な深い声質が特徴です。それは落ち着いた「語り手」や 低い声で「父」のキャラクターを演じる時にグッとテンポを落とす時など 高い効果を上げています。途中でスピードは速くなったり遅くなったりと変化が著しいですが、ピアノの名手ミヒャエル・ラウハイゼンMichael Raucheisen は その都度 的確に受け止めています。

Gerhard Hüsch
ゲルハルト・ヒュッシュ Gerhard Hüsch
 ドイツのバリトン歌手ゲルハルト・ヒュッシュ(Gerhard Hüsch 1901~1984)は、1930~31年のバイロイト音楽祭トスカニーニが振る「タンホイザー」でヴォルフラム役を演じ 大成功をおさめたことで知られ、その後もベルリンを中心に多くの歌劇場に客演して国際的な名声を得ました。1932年以降はリート・リサイタルに取組み、後半生は後進の指導的立場を務めました(東京芸大でも1961~62年、教壇に立っていたそうです)。彼の「魔王」は1939年8月、ハンス・ウド・ミュラーHanns Udo Müllerによる ぺダルの浅いピアノ伴奏によるもので、過度な演技を排した各キャラクターの自然な歌い分けも実に見事な歌唱です。基本的に声質はたいへん柔らかで、風格を感じます。

Elisabeth Schwarzkopf
エリーザベト・シュヴァルツコップフ Elisabeth Schwarzkopf
 最高の元帥夫人として高名だったエリーザベト・シュヴァルツコップフ(Elisabeth Schwarzkopf 1915~2006)は、ジェフリー・パーソンズGeoffrey Parsonsのピアノによる1966年4月の録音です。彼女の歌唱も各キャラクターの見事な歌い分けを聴くのが楽しく、やはり名唱だと確信します。「父」は困惑を隠しきれず、「子」は繊細にうち震える表情がリアルです。しかし彼女の場合も 素晴らしいのは やはり「魔王」パートでしょう。シュヴァルツコップフほど 怖いまでに美しく、狙いをつけた獲物を 花園に誘いながら 輪舞に招き入れる愉悦の表情は、他の歌手の録音からは聴けない個性です。「魔王」の最後通牒 “ so brauch ich Gewalt. ” の部分を 例によって注目してみますと、ここは まるで突然 妖怪の口が がばっと割れて 一気に飲み込まれてしまうような迫力の呼吸です。

中山悌一
中山悌一
 我が国のバリトン歌手 中山悌一(1920~2009 )による1959年 2月録音は、日本語訳での歌唱が珍しいです。粒立ちが見事な木村潤二のタイトなピアノ伴奏も新鮮。中山の発声は余裕を感じるほど どっしりとした落ち着きがあり、キャラクターの歌い分けも 過度な表情を最小限に抑制している品格に 好感を覚えました。

Christa Ludwig
クリスタ・ルートヴィッヒ Christa Ludwig
 1993年に引退してしまいましたが ドイツ最高のメゾ・ソプラノ歌手だった クリスタ・ルートヴィッヒ(Christa Ludwig 1924~ )は、ジェフリー・パーソンズ Geoffrey Parsonsのピアノによる1965年11月録音。彼女の 深く 底光りするような艶のある声の美しさは、最高です。キャラクターの歌い分けも個性的で素晴らしく、特に「子」の恐怖する表情が見事。最終節の追い込むように加速度をつけてゆく盛り上げには 手に汗を握りますが “ In seinen Armen das Kind war tot. ” では 逆に ぐっとテンポを落とし、たいへん緩やかに終わらせています。この対比が 実に効果的と思います。

Dietrich Fischer-Dieskau
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ Dietrich Fischer-Dieskau
 フィッシャー=ディースカウ(Dietrich Fischer-Dieskau 1925~)の経歴は いまさら 記すまでもないでしょう。「語り 」と「父 」、それぞれ 実に落ち着いた表情で 説得力豊かです。「子 」の まっすぐに伸びるイノセントな歌唱、そして何より「魔王 」の 猫撫で声から 徐々に恐ろしい正体を曝しつつ 一刻一刻 変貌を遂げゆく素晴らしさは、筆舌に尽くし難いです。このオムニバス盤には 名手 ジェラルド・ムーア Gerald Mooreとの 1958年5月録音が収録されています。これも十分に優れた名唱ではありますが、さらに以前、同じディースカウムーアによる EMI音源 の中でも 最も初期の記録と思われる 1951年10月7日 の 貴重なレコーディングを、以前 楽友会の幹事を務めておられる H氏からお借りしたことがあるのですが、それはテンポも 04:03 と速め、一気呵成といった演奏で、迸(ほとばし )るような 若き感情発露の一瞬を捕えた絶唱でした。 フィッシャー=ディースカウの「魔王 」と言えば、その旧録音こそが 私の記憶には より印象深く 刻みこまれています。


■ 「魔王 」を 歌った歌手たち、「魔王 」を 聴きたかった歌手たち
 このオムニバス盤には収録されなかった歌手による「魔王」の録音の中にも、もちろん名唱は数多く、思い出して列記してみるだけでも、たとえば キルステン・フラグスタートヘルマン・プライジェラール・スゼージェシー・ノーマンブリギッテ・ファスベンダーアンネ・ゾフィ・フォン・オッターマティアス・ゲルネクリストフ・プレガルディエントーマス・クヴァストホフ ・・・といった名盤の数々は 枚挙にいとまがありません。イアン・ボストリッジ については すでに触れましたが、これら以外についての感想は また別の機会に ぜひ補足させて頂きたいです。
 私は 個人的に ハンス・ホッターが 録音を残さなかったことが とても残念です。もともとホッターは「魔王」を レパートリーにしていなかったようですが、「冬の旅」や「白鳥の歌」の素晴らしさを思うと、とにかく聴きたかった - という気持ちを抑えられません。 
 ・・・ 駄話ついでに、もし 60年代の名キャラクター・テノール ゲアハルト(ゲルハルト)・シュトルツェの録音があったら、これも さぞ 面白かったのではないか・・・という想像力を 抑えることも出来ません。「父」に抱かれた馬上の「子」を シュトルツェの演じる「魔王」は どんな調子で誘惑するでしょうか。想像すると わくわくしてきます。 と 言っても、彼は 基本的に歌劇場の活動が主体でしたから、リート・リサイタルなどで歌っていないということを知らぬわけではないのですが。私のシュトルツェに対する 熱き想いは ぜひ別の機会を設けて、その時に 力いっぱい 打ちまくりたい と考えています。
 さて、今宵は そろそろ この辺で失礼させて頂こうと思います。
 家内も 先に寝てしまいましたし (いびきの音が聞こえる )。 また次回を どうぞお楽しみに。

架空のシューベルティアーデ (7)アルペジオーネ・ソナタ イ短調 D.821 に続く・・・
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