本記事は、8月18日「 人気記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
皆さまのおかげです、これからも 何卒よろしくお願い申し上げます。


スケルツォ倶楽部
名優ゲアハルト・シュトルツェの演技を聴く
オルフ「オイディプス王」(クーベリック)D.G.ゲルハルト・シュトルツェ(最小サイズの肖像写真)   目次は こちら

(12)オルフ「オイディプス王 」、新旧二つの録音を聴く

 今回は 力が入っています。
 この一文を書きたかったがために、私は 本ブログ“ スケルツォ倶楽部 ”を始めた、と言っても過言ではないほどです。
 
モロー「オイディプスとスフィンクス」1864年 モロー画 「オイディプスとスフィンクス」(1864年)

 古代ギリシャの悲劇詩人ソポクレスによる 同じ悲劇作品を素材にした ストラヴィンスキーが作曲したオペラ=オラトリオ「エディプス王(1927年)」よりも、ドラマティックな劇性という視点から見た場合、私は このオルフ作品の方を 遥かに高く評価しています(個人の主観的な意見ですが)。
 オリジナル台本への忠実度、緊迫度、深刻さ、鑑賞後の感銘の深さ、そして何より おもしろさも含め、その質・量ともに圧倒的な差があると思っています。
 オルフのオペラで用いられている楽器は、「アンティゴネー」同様 たいへんユニークなもので、弦楽器は 9挺のコントラバスのみ、管楽器はフルートオーボエトロンボーンのみ、それに 6台のピアノハープ、数多くの打楽器(木琴メタロフォン、オルフの指定した石の楽器木製太鼓ボンゴティンバレスタンバリン大太鼓トライアングルカスタネットシンバル、それにジャワのゴングなど・・・)という異例の編成によって鳴り響くオーケストラの音響は、極めて強烈でプリミティヴなものです。
 「オイディプス」録音風景‐2(1966年)  「オイディプス」録音風景(1967年) 
写真は、1966年スタジオ録音時の風景
(左)指揮者ラファエル・クーベリックを 6台ものピアノが囲んでいます
(右)さらに それを取り囲む、膨大な打楽器群(異様な景観です)。

 これに乗せて演じる歌手たちは、台詞においては 言葉のリズム面を強調しながら( 完全な朗読となる部分もあります)、多くは 「 メロディックな語り・朗詠である 『モノディー(16世紀の終わり頃に生まれたレシタール・カンタンドRecitar Cantando = 語りながら歌う) 』様式に近いスタイルで歌う(語る)ことが中心 (カール・シューマン)」であるのだそうです。
 これに 付け加えるとすると、沈黙することも重要です。黙することによって そこで 言語上のリズムも止まるわけですが、実は リズムが止まった瞬間ほど、聴き手がリズムの存在を意識する時間は無い といってもよいと思うのです。
 これは「コロス(コーラスの語源)」と呼ばれる伝統的なギリシャ悲劇上演に必須の合唱隊の存在をも効果的に生かすことになっています。オルフが、この作曲にモノディー様式(に近いスタイル)を採用したのは、長大なドラマ台本の台詞1行1行に音楽を付ける場合に獲得されるであろう自由度の大きさと、台詞と音楽表現の結びつきを容易に成し得るからであろうと 察せられますが、確かにこれを聴いた印象は、現代の誰にとっても「未知の時代」である筈の古代ギリシャの 茫洋とした雰囲気の表現に成功していると思われる 独特の響きです。その音響とは、甚だ原初的・呪術的( =古い )であると同時に、前衛的( =新しい )ですらあるのです。

 1959年(初演のライヴ録音)「オイディプス」~ オルフ:「オイディプス王」
 1959年12月、オルフ自身から タイトル・ロールとして指名抜擢された ゲアハルト(ゲルハルト)・シュトルツェの、生涯の絶唱が公演を成功裡に導いた、歴史的な実況録音です。
Gerhard Stolze at Met. オルフ「オイディプス」初演ライヴ盤
オルフ : 「オイディプス王 」
フェルディナント・ライトナー指揮
ヴュルテンベルク歌劇場管弦楽団、合唱団
  ゲアハルト・シュトルツェ(オイディプス )
  アストリッド・ヴァルナイ(イオカステ )
  フリッツ・ヴンダーリヒ(預言者テイレシアス )
  ハンス・バウアー(クレオン )
  ヴィリ・ドムグラーフ=ファスベンダー(神官 )
  フーベルト・ブフタ(コリントからの使者 )
  ハインツ・クラマー(ライオスに仕えていた羊飼)、他
録音: 1959年12月11日 シュトゥットガルト(初演)
Myto(輸入盤 2CD-00238)

初演舞台(1)ミュンヘン・オルフセンター所収 初演舞台(2)ミュンヘン・オルフセンター所収 初演舞台(3)ミュンヘン・オルフセンター所収
初演(1959年12月11日)の舞台画像 ⇒ ミュンヘン・オルフセンター所収      

 作曲者オルフが、シュトルツェを抜擢した理由とは?
 意外にも オルフは この悲劇の主人公として、よくある従来型のヘルデン・テノール歌手を求めてはいませんでした。
 オルフが重視したことは、たとえオイディプスギリシャ悲劇の英雄であったとしても それ以前に「等身大の人間である」という解釈に立ってのことでしょう。20世紀に「オイディプス」を蘇らせる以上 作曲者は、独りの人間の弱さ卑小さ、(全能の神との比較の上の)無知深い嘆き、それでも 運命の逆境に全身で耐えている姿を リアルな肉声をふりしぼって表現し得る、高い演技能力を持った歌手 = 演技者を 求めていたに相違ありません。
 シュトルツェの稀有な才能は、まさしくオルフが望んでいた 得難い条件に合致するものだったのです。 
 この貴重なライヴ録音から聴ける ゲアハルト・シュトルツェ 一世一代の絶唱は、約160分間、舞台に殆んど出ずっぱりの演技の上、極度の緊張感は すでに開幕から沸点近くに達しており、その状態で終幕までずっと緊張は持続しています。いえ、正確には オペラの進行につれて驚きの真相が少しずつ露わになってゆくというストーリー構成ですから、その興奮も加わって、緊張感はクライマックスに向け さらに加速度的に強まってゆくほど、並みの神経なら耐えきれないプレッシャーでしょう。
 初演でコロスを演じている合唱団員の精度の低さが 正直 多少気になりますが、すべての独唱者の内包するテンションは 高いポテンシャルを維持しています。
 終幕、呪われた出生が遂に判明したことによって、自分自身で潰した両目から激しく血潮を流しながら よろめく足取りで舞台に登場した シュトルツェが演じるオイディプスの、
「・・・おお、不幸な私 哀れな私は 一体この世のどこへ行けばよいのか。風に乗って、私の声は どこへ吹き飛ばされていくのか」
と、天に向かって絶叫する 長大な嘆きのモノローグがありますが、その痛ましさと 同時に素晴らしさは、時間経過の長大な道のりさえ忘れてしまうほどです。
 オルフが意図していたとおりの仕事を、高次元で全うする 舞台上の 若きシュトルツェの演技、たしかに王としての威厳( 初めて聴く前の予想に反し「卑小さ」とは全く無縁の力強さ )、その爆発するエネルギーテンションの維持能力驚異的な語りの表現力即興性( かつて ライオスに仕えていた羊飼を問い詰めて、真相に近づく時の迫力! )そして終幕における 特筆すべき繊細なファルセット唱法を生かした 本物の詠嘆表現、そのすべてが 本当に素晴らしいです。

 重要な脇役 預言者テイレシアスを演じた フリッツ・ヴンダーリヒ
 初演の舞台では、名歌手フリッツ・ヴンダーリヒが「預言者テイレシアス」役を務めていました。興味深いキャスティングです。
ヴンダーリヒ(左、テイレシアス)とシュトルツェ(オイディプス) Dezember 1959, Wuuml;rttemberg State Theatre, Stuttgart フリッツ・ヴンダーリヒ「不滅の声 オペラアリア集(COCQ‐84633)1959年 ジャケット写真
(左)初演の舞台から ヴンダーリヒ(左)とシュトルツェ
台詞 オイディプス「なんでも謎めかし、訳の解らぬ言葉ばかり並べる奴め 」
    テイレシアス「謎解きならば誰よりも 貴方こそ一番の名手ではなかったか 」

(右)ヴンダーリヒ 1959年頃のオペラ名アリア集(COCQ‐84633)のジャケット写真
 
 フリッツ・ヴンダーリヒ Fritz Wunderlich( 1930-1966 )の、輝く澄んだ天性の声質は稀有のもので、ドイツ語圏における 20世紀最大のテノール・リリコである、という評価は不動のものでした。
 第2幕に登場する 盲目の「テイレシアス」は、偉大な預言者であり 王に最初に真実を告げるという意味でも ドラマの進行上、重要な役柄のひとつです。ソポクレス原作のギリシャ悲劇を演じる際にも、多くの場合 このテイレシアス役には 主人公に準ずるほどの 高名な俳優を起用することも少なくありません。
 ドイツ・グラモフォンでは、初演から7年経って評価も高かった オルフの「オイディプス王」全曲レコーディングを、作曲者であるオルフ自身を監修者に据え、ラファエル・クーベリック指揮するバイエルン放送交響楽団・合唱団によって 1966年秋に録音する計画を進めていました。
 初演の時 タイトルロールを演じたシュトルツェ、同様に「イオカステ」を演じたアストリッド・ヴァルナイなど、主要なキャスティングの人選については、7年前に役柄を務めていた名歌手たちに 早くから声がかかっていました。「預言者テイレシアス」についても 当然ヴンダーリヒにオファーがあったに違いありません。しかし同年9月16日、ヴンダーリヒは 友人の別荘で 階段から足を滑らせて転倒、これが原因で亡くなったため「オイディプス」録音に 参加することはなかったのでした。
 ちなみに、ヴンダーリヒは 同時期ドイツ・グラモフォンで ソリストとして カラヤン/ベルリン・フィルと録音中だった ハイドンオラトリオ「天地創造」も途中になってしまったため、この未録音部分は 代わってヴェルナー・クレンが歌うことになりました。同様に、クーベリック/バイエルン放送交響楽団による この「オイディプス王」スタジオ録音も「預言者テイレシアス」役はヴンダーリヒの代わりに イギリスのテノール歌手ジェームス・ハーパーが務めることによって、同年11月 無事に録音を完了しています。
 もしも不幸な事故さえなければ、ヴンダーリヒにしては珍しく 皺枯(しわが)れ声で激情を迸(ほとばし)らせる「テイレシアス」が、シュトルツェによる威厳に満ちた「オイディプス」と激しく口論を交わす、手に汗を握る名場面を私たちは ステレオ録音で鑑賞することが出来た筈なのに・・・ と、惜しんでも余りあります。

 あ、そう言えば、ここで 皆さまに 再びお断りを。
本稿「名優 ゲアハルト・シュトルツェの演技を聴く」は、基本的に 時系列に沿って、われらがシュトルツェの出演した音源を 年代順に聴いておりますが、次に ご紹介するディスクに限って、比較する目的で これが録音された1966年へ 一時的に飛びたいと思います( そう言えば、「アンティゴネー」の時も飛ばしましたね・・・。すみません )。どうぞ ご了承ください。


 1966年(D.G.スタジオ盤)「オイディプス」~ オルフ:「オイディプス王」
Orff Oedipus der Tyrann(D.G.)_Kubelik_Stoltze  オイディプス(1966年 クーベリック盤)表紙
(左)海外盤LPのジャケット、(右)再発時のCDジャケット

オルフ:「オイディプス王」
ラファエル・クーベリック指揮/バイエルン放送交響楽団、合唱団
  ゲアハルト・シュトルツェ(オイディプス)
  アストリッド・ヴァルナイ(イオカステ)
  ジェームス・ハーパー(預言者テイレシアス)
  キート・エンゲン(クレオン)
  カール・クリスティアン・コーン(神官)
  フーベルト・ブフタ(コリントからの使者)※ 
  ハインツ・クラマー(ライオスに仕えていた羊飼) 他
  初演(1959年)で演じたキャストと共通 ※
監修:カール・オルフ
録音:1966年11月 ヘラクレスザール、ミュンヘン
ドイツ・グラモフォン(ポリドールPOCG-3163~5)

クーベリック(左)と作曲者カール・オルフ(1966年) 「オイディプス王」録音時のシュトルツェ(1966年) 「オイディプス王」録音時のアストリッド・ヴァリナイ(1966年)
(左)クーベリック と作曲者カール・オルフ、(中)シュトルツェ、(右)イオカステを演じる アストリッド・ヴァルナイ
 
 われらがシュトルツェ 最高の名演技が録音された名盤です。
 1959年初演時の実況盤は、若きシュトルツェによる即興性も溢れる白熱の演技や 前述のとおり この録音でしか聴けないフリッツ・ヴンダーリヒによる「預言者テイレシアス」など、歴史的にも貴重なものでした。
 しかし、どうしても音質が劣ることや、一部に省略(欠落?)があること( たとえば、第4幕で コリントから来た使者と かつてライオスに仕えていた羊飼との証言を、オイディプスが突き合わせる重要な場面で - 「()尋ねている その赤児を、その時 おまえはこの者に渡したのか?」というラインから「(羊飼)その赤児は、実は 王家に生まれた子でした」という辺りまで - 12行ほどに渡って台詞の会話がそっくり抜け落ちているなど、この他にもあるかもしれませんが )など、1966年のスタジオ録音盤と比較してしまうと、やはり 不完全な部分も散見されます。
 録音が優れていることは、それだけでも価値があります。やはり音楽自体をじっくり味わおうとすると、音響の細密な部分、おそらくリハーサルにも時間をかけてじっくりと取り組んだ 演奏家による表情の完成度、初演盤では不満が残った コロスのパートも著しい改善と徹底が聴かれ、そして何より 初演から7年を経過して、多くの経験を踏んでから「オイディプス王」を再び演じたシュトルツェの、さらなる成熟・成長が聴けること - 鬼気迫る演技力音程とリズムの正確さ迫力が加わって - などが、このスタジオ録音全曲盤の高い価値を さらに高めています。
 そして、もちろん この録音の成功要因のひとつとして オルフのスコアをダイナミックに鳴らし、鋭いリズムの切れや 前述のとおり 軽視できぬ絶妙な間(ま)=沈黙 も含め、これらを見事に統率したクーベリックの功績も無視出来ません。

 ゲアハルト・シュトルツェのレパートリーの多くが、コミカルな存在( ワーグナー「マイスタージンガー」ダーヴィットベルク「ヴォツェック」大尉 など)だったり、間の抜けた小悪党( ワーグナー「ジークフリート」ミーメ など)のように 途中で舞台を降りてしまう脇役や、残酷な権威者( R.シュトラウス「サロメ」ヘロデ など)といった役柄を務めることが多い中、今回、彼は オルフ「オイディプス王」への出演によって、シリアスな主役も張れる演技力の高いポテンシャルを内包していたことを、初めて証明してみせたのです。この成果は、ゲアハルト・シュトルツェ全キャリアにおいて、最高の栄誉として 欧米の多くの音楽・演劇関係者に深く記憶されることになった筈です。

 最後に。
 ・・・本来であれば、総合的なオルフ芸術の極致「オイディプス王」をCDで鑑賞しようとするような場合、私たちに与えられているのは 聴覚的な情報だけ・・・という圧倒的なハンディにもかかわらず、それでもシュトルツェ以下の多彩な声、クーベリックの文字どおり劇的なオーケストラ制御などを通し、このディスクが 間違いなく古代ギリシャ詩人ソポクレスの世界を 聴く者に心ゆくまで満喫させてくれることを、力一杯 私は保証させて頂きます。

次回 (13)「大聖堂の殺人」、20世紀のオペラに取り組む に続く・・・

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コメント

「シュトルツェ好き」 さま

「シュトルツェ好き」さま (良いお名前ですね!)
記憶に間違いがあるといけないので、念のため 本日Myto盤を あらためて 全部聴き直してみました。
聴衆の多少の咳や 歌手の足音、舞台の床の軋み音など、マイクロフォンは かなり拾ってはいるものの、拍手だけは すべてきれいにカットされていました(残念!)。
実況録音盤における拍手は、聴衆の反応を知る試金石とも言えますから、それが確かめられないということは、ドキュメント的要素に強い関心を抱かれる 「シュトルツェ好き」さまの 興味を削ぐものであると、大いに悔やまれます。
しかし ドラマが深刻な展開になればなるほど、逆に 聴衆は しーんと静まりかえるようにも聴こえます( ・・・ などと言って、これが ゲネラルプローベの録音だったりしたら 実も蓋もありませんが) 。

さて、本日 あらためて聴き直しているうち、第4幕 「夫」の正体を悟ったイオカステが 号泣しながら 宮殿へ走り去った後、残されたオイディプス王が 自分自身の正体をつきとめる決意を激白する 「何なりと巻き起これ Was soll、das breche. ・・・ 」 以下は、ドラマ全体の中でも めずらしいメロディアスなパートですが、やはり 表現の素晴らしさには 釘付けに されてしまいました。
ここでの朗々たる歌唱の 悲愴なほどの訴求力は まさしく シュトルツェ独自のものですが、1959年ライヴ・ヴァージョンは 声の若々しさと猪突猛進さといった勢いが印象的です。
そのオイディプスが歌う 同じ旋律を 強調して、叩きつけるようにティンパニが繰り返す戦慄の後奏の部分まで、ある意味で D.G.スタジオ盤を凌いでいます。
「ゲアハルト・シュトルツェの演技を聴く。」 は、このあと 「サロメ」、「ショルティのリング」、「ヴォツェック」、「カラヤンのリング」等々と まだまだ続きます。ご期待に沿えるよう がんばります!

URL | “スケルツォ倶楽部” 発起人 ID:-

Myto盤

はじめまして。
このブログでシュトルツェの「オイディプス王」のライヴの存在を知りました。お尋ねしたいのはこのライヴは拍手などは入っているでしょうか?
歴史的ドキュメンテーションとして聴衆の反応なども知りたく思います。
ご教示いただければ幸いです。

URL | シュトルツェ好き ID:-

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