スケルツォ倶楽部
架空のシューベルティアーデ
シューベルティアーデ  目次は こちら

(5)ゲーテの「魔王」を聴き比べる

“スケルツォ倶楽部”通信
夫 「こんにちは、スケルツォ倶楽部 発起人です。毎度ご来場ありがとうございます。 ストーリー『架空のシューベルティアーデ』の途中ではございますが、ゾンライトナー邸宅の客間から ちょっと離れ、ここで『魔王』の興味深いディスクを ご紹介したいと思います」
妻 「皆さんスミマセン。ここで夫から、狭い書斎の棚に並べているCDコレクションが いかに充実しているかっていう 長い自慢話が始まっちゃいますよー」
夫 「( 激しい舌打ち ) この一行、あとで消しておくからな。 ・・・では、気を取り直し」

Goethe(Wikipedia).jpg
夫 「『魔王』の原詩は、文豪ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe 1749~1832)が 北欧民話を素材にした『漁師の娘(Die Fischerin)』というジングシュピール(歌芝居)の中で登場する民謡として 1782年に書いたもので、もともとは 芝居自体の筋とも 直接の関係がない 挿入歌でした。それは ちょうどヴェルディの『柳の歌 』 のような立ち位置かな 」

妻 「あー、知ってる。歌劇『オテロ 』 第4幕で デズデモーナがエミーリアに聞かせる場面の歌よね」

夫 「 で、もともと ゲーテの芝居が 初めて舞台にかかった時、この原詩 『魔王 』 にメロディを付けた最初の人は、その芝居で主人公を演じていた女優 コロナ・シュレーター Corona Schröter ( 生没年不明 )」
Corona Schröter
妻 「へえ、なんとなく暖かい名前。多才な女(ひと )なのね、最初の『魔王 』 って ぜひ聴いてみたいわ、当然ゲーテ公認だったわけでしょ。どんな曲だったのかしら」
夫 「それがのんびりした8分の6拍子で ゆったりとしたイ長調の有節歌曲。文字どおり民謡調。抑揚もなく8小節のメロディを淡々と繰り返すだけ、劇的な詩に即して 音楽が盛り上がることもなく、最後も まるで 『かわいそうに 坊やは死んでましたとさ、ちゃんちゃん 』 っていう感じ。でもこれによって グリム童話や 『子供の角笛 』の系列に属するドイツのわらべ歌に共通した一面があるということを 再発見させられる。これがゲーテの意図したオリジナルであったとしたら、少なくとも 芝居の中で 挿入歌だけが過度に突出して自己主張するようなことを ゲーテ自身は許さず、ストーリーの流れを重視していた ということだったんだろうな 」
妻 「・・・って、アナタ その曲 ホントに聴いたの? また シベリウスの『第8交響曲 』の時みたいに “夢で聴いた” とか まさか そんな話じゃないんでしょうね 」
夫 「ふふん、今回は本当だよ。このディスクで聴けるんだ 」

ゲーテ「魔王 」に曲を付した11人の作曲家
お父さん、魔王が いっぱい いるよ!
“ゲーテの詩につけられた歌曲集”
アンドレア・メラート(メゾ・ソプラノ ) Andrea Meláth
アナトーリ・フォカノフ(バリトン ) Anatoly Fokanov
エメーゼ・ヴィラージュ(ピアノ ) Emese Virág
カタリーン・コカシュ(オブリガート・ヴァイオリン)Katalin Kokas (シュポーアの「魔王」にのみ参加)
録音:2004年8月22日~9月30日
輸入盤:Hungaroton Classics: HCD 32323

 ゲーテの詩に曲を付けた音楽家は数多く存在しますが、このディスクでは特に 「魔王 」に作曲した11人にスポットライトを当てています。余白には 「糸を紡ぐグレートヒェン 」4曲、 「グレートヒェンの祈り (悲しみの聖母 ) 」4曲も聴けます。

Carl Friedrich Zelter
 ゲーテと深い親交のあったカール・フリードリヒ・ツェルター Carl Friedrich Zelter (1758~1832 )
 彼が残した210曲の声楽曲のうち ゲーテの詩に曲を付けた作品は75曲も占めていますから、そこからも両者の親密度が窺えます。1797年(その後 手を加えていますが)ツェルター「魔王」も 基本的には民謡調の有節歌曲の形式を保持しており、各節の最後にピアノによるニ長調の可愛らしいリフレインが付いたりしているものの、魔王が囁く個所では半音階で上昇する新しい旋律になりますし、最後に悲劇を伝える語り手の部分はテンポを落としてニ短調となり、静かに終わります。

この人物の 画像は ありません
 ゴットロープ・バッハマン Gottlob Bachmann (1763~1840 )が1798年に発表した「魔王」になると 大分ロマン的となります。曲はロ短調、テンポの緩急が著しいのが特徴で、たとえばその開始と最後を務める語り手のパートは、まるで「フィデリオ」レオノーレ「悪者よ、どこへ急ぐ」と叫ぶレチタティーヴォのような激しさです。しかし魔王の誘惑の部分になると 並行調のニ長調へ転調し 緩やかで聴き易い歌謡調の旋律になるなど、登場人物に応じて音楽が絶えず変化し、歌手に歌い分けが要求されるようになった点は 注目です。

Schuber Public Domain
 時系列的には、次の存在がシューベルトです。
 彼がゲーテ「魔王 」に霊感を受けたのは、親友シュパウンの証言によれば 1815年11月16日のこと。17歳の時の傑作「糸を紡ぐグレートヒェン 」と同様、ピアノ伴奏部に 歌曲の背景となる情景(嵐、騎馬の蹄、疾走感など )や心理的な変化の描写をさせることに成功した点で やはり画期的な歌曲だと思います。

Carl Gottfried Loewe
 カール・ゴットフリート・レーヴェ Carl Gottfried Loewe (1796~1869)シューベルトより1歳年上で、ほぼ同時期にドイツ・リートバラードの確立者として高く評価されています。彼の「魔王 」は1817年に作曲されていますが、シューベルトの作品が本当の嵐の中で騎乗しながらリアルタイムで進行してゆく現実の臨場感さえ感じさせているのに比べると、レーヴェの作曲は 私には まるで舞台上で進行しているドラマの実況をしているように聴こえます。最後の部分において、父の喪失感が伝わってくる ピアノの衝撃の和音と その慟哭の余韻など、決して悪くはありませんが、やはり総合点でシューベルト作曲の方が、遥かに新しいサムシングを持っています。

Wenzel Johann Tomaschek
 ピアニストとして知られていたヴェンツェル・ヨハン・トマーシェク Wenzel Johann Tomaschek (1774~1850 )「魔王 」は、1818年の作曲でありながらツェルターの頃の有節歌曲の反復法へ逆戻りしています。たとえばピアノの左手などは“ドミソ・ドミソ・・・”で、些か単調に過ぎます。曲の最後になって 突然オクターブで下降させるフレーズによって悲劇性を強調・糊塗しようとしていますが、そこまでに至る平易な曲調に比べると唐突な印象は拭えません。

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 ユリウス・シュナイダー Julius Schneider (1805~1885)「魔王 」は、シューベルトが亡くなる1828年に作曲されています。8分の6拍子、再びロマン的な香りが濃くなり、主調は悲劇的なト短調ですが 魔王が誘惑するパートではト長調になり、ピアノが柔らかいアルペジオを奏でます。これを振り払うかのように 子供が父に助けを求めると 調性は短調へ戻る というパターンを繰り返しながら、雄弁なピアノ伴奏部が 悲劇性を高める役割も果たしています。後奏の余韻も個性的です。

Ann Sheppard Mounsey
 イギリスの女流作曲家アン・シェパード・マウンゼイ Ann Sheppard Mounsey (1811~1891)「魔王 」は 1850年ごろの創作と推測されていますが、これは一生懸命作った労作 という感じが伝わってきます。ピアノの長い前奏は エチュードのようです。キャラクターの台詞の変化に応じ、ニ短調 → 変ロ長調 → 変ホ短調 → ロ長調 → ト長調 → 変ロ長調 → ト短調 → 主調のニ短調というように、目まぐるしく転調を繰り返し、テンポもその都度くるくる変わりますが、聴いていて違和感を与えられることはなく たいへん上手だと思います。その上で 惜しまれる要素のいくつかは、多少 作為性が鼻についてしまうこと、もうひとつは この悲劇が馬上疾走中の親子に襲いかかった災厄である という詩の持つ背景(主体が走っているという特殊性など )については 考慮が浅く(思われ )、これが置き捨てられていることが 音楽の説得力を弱めているように思わざるを得ません。

Louis Spohr
 著名なヴァイオリニストであり指揮者でもあったルイス・シュポーア Louis Spohr (1784~1859 )「魔王 」は、1856年に作曲された「ヴァイオリンとピアノ伴奏による中音域のための6つの歌 6 Gesänge op.154 」という作品集の第4曲で、曲集に収められた6つの歌曲は いずれも異なった詩人の作品ですが、演奏形態の共通性によって 統一感が図られているようです。私は全6曲とおして聴けたことはないので、あるいは 全曲鑑賞出来たら その印象も変わってくるかも知れません。しかし、このシュポーア「魔王 」に関してのみ 率直に述べさせて頂きますが あまり面白さは感じません。曲調には躍動感が欠けており、ヴァイオリンのオブリガードにしても 魔王が子を誘惑する場面で奏でられる副旋律自体は効果的で たいへん美しいのですが、ピアノに付帯させるほどの必然性はなく、キャラクターに従属する性質があるわけでもなく、歌唱を生かすほどのものでもなく、かと言ってヴィルトゥオーゾ風に目立って活躍するわけでもありません。
 
 シュポーア「魔王 」は、アンネ=ゾフィ・フォン・オッター(メゾ・ソプラノ )が、メルヴィン・タン(フォルテ・ピアノ )ニルス=エーリク・スパルフ(ヴァイオリン )を 伴って1999年に録音しており、それは アルヒーフ盤(“ ベートーヴェン、マイアベーア、シュポーアの歌曲集 ” ユニバーサル UCCA-1014 写真 )で お聴きになれます。
参考:ARCHIV
 この曲調を知れば やはり速度の選択によって 曲が弛緩することを恐れたのでしょう、オッターらは 相当テンポを速めて 見事な効果を上げています。試聴後の印象も エッジの利いた鋭い演奏 という感想が残ります。演奏家としての 彼女らの高い見識を表わすものでしょう。


Émile Mathieu
 フランス=ベルギーの指揮者でもあったエミール・マシュー Émile Mathieu (1844~1932 )「魔王 」は、1873年の作品です。この頃になると、作曲技巧的にも半音階を多用した旋律線が目立ち、聴いていて面白いです。特に 魔王が子に誘惑の言葉を弄するパートは、文字どおり別世界に誘われるよう。華麗なピアノ伴奏部の緻密な和声と ハープを思わせる繊細なアルペジオとで 聴く側に迫ってきます。これを挟んで繰り返される親子の対話の緊迫感も たいへん臨場感があります。

この人物の 画像は ありません
 最後にもうひとり、CDの解説書に詳しいデータは載っていませんでしたが、ルイス・シュロットマン Louis Schlottmann (生没年不明 )という人が作曲した「魔王 」も収録されています。シューベルトと同時期のロマン派の作風と思われ、遅くとも1840年頃までに作られた曲ではないか と推測します。
 主調はト短調、一貫してピアノ伴奏部は 疾走する騎乗を表現するような8分の6拍子の附点音符リズムに支配され、ドラマが同時進行している臨場感があります。魔王が誘惑する部分は変イ長調に転調、次の親子の会話“ ・・・Mein Vater,und siehst du nicht dort ~ ”では半音上がってイ短調になり、緊迫感を高めます。魔王の最後通牒の言葉“Ich liebe dich ~ so brauch ich Gewalt!”ではさらに半音上げ、遂に一瞬 変ロ長調になりますが、その後、子が父に救援を求める叫びから半音階的に下降してゆき、最後に 語り手が結末を歌う頃には 主調のト短調へ戻り、静かなエンディングとなります。全体的には良くまとまっており、聴いてわかりやすい作品です。

夫 「うう、少し疲れました。最後のシュロットマンの『魔王 』の調性についての解説の部分、妻にCDを聴かせながら 手伝ってもらって書いたんです」
妻 「・・・違ってたらスミマセン。音、大体は合ってるかなーと思うんですけど、お気づきの点があったら どうぞ教えてくださいね 」
夫 「たいへん長くなりましたが、この続きは また次回をお楽しみに。」
妻 「アナタったら CDコレクションの自慢、まだ続けるつもりなのね 」

架空のシューベルティアーデ (6)シューベルトの「魔王」を聴き比べる に続く・・・
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