ジャコ・パストリアス ~ A Remark You Made 45. ドッペルゲンガー
♪ スケルツォ倶楽部
Club Scherzo ⇒ 全記事タイトル

ジャコ・パストリアス ~ A Remark You Made
初めから読む ⇒ CONTENTS
45. ドッペルゲンガー

ジャコは海から上がると、予め用意しておいたタオルで 濡れた身体を拭いた。
手入れのよく行き届いた美しいプライヴェート・ビーチから ホテルへと繋がる通路の出入口に設けられた更衣所で 素早く衣服を羽織ると、ホテル内へと向かう。コンサートの開場時刻までには まだ余裕があったので、自室で休もうと考えたのだ。
建物に近づきながら 高い階上を見上げると、部屋の窓に ちょうど ピーター・アースキンの姿が見えた。こちらに気づいたらしい、愛想の良い笑顔で 手を振っている。かわいいやつだ(笑)。
ホテルに入って、濡れた長髪を タオルで絞るように拭きながら しばらく廊下を歩いていると、今度は 向こうから がっちりした体躯のトニー・ウィリアムスが近づいてくる。
「ハーイ、ジャコ。よかった、ちょうど良い所で出会えた 」
ウィリアムスとは つい昼前まで マクラフリンを交え、トリオのリハーサルをしたばかりだった。何かジャコに相談が持ち上がったらしい・・・。
「何ですか、トニーさん? 午前中ずっと一緒だったではありませんか 」
「うん、実はプロモーターから 俺たち“一期一会”ユニットの名称を急いで決めてほしいっていうんだよ。正直 何でも良いんだがな、せっかくだから ジャコに名付け親になってもらおうと、ジョンが提案するもんだからさ 」
「ええと・・・ 私が 決めちゃっていいんですか? 」
「いいとも 」
「今 傑作なネーミングが 頭に浮かびましたよ 」
と、ジャコは ニヤリと微笑むなり いきなり 後ろを振り返った。
45. ドッペルゲンガー

異変は、ビーチからホテルへ戻ろうとしたとき 起きた。
コンサートの開幕までには まだ余裕があるので、部屋で仮眠をとっておこうと考えたジャコは、早めに海から上がると 海岸近くに設けられた更衣所に立ち寄った。
そこに脱いでおいた衣服を探したが・・・ 見当たらない。
おや?
観光客向けに 厳しく出入り制限された高級ホテルのプライヴェート・ビーチだ。安全だ、と聞かされていたぞ。何かの間違いだろう、こんなことがあっては困るじゃないか。
と、一瞬 現地に暮らすキューバの貧しい人々の倫理観に ジャコは 疑念を抱いてしまった。
白いトランクスの水着一丁のまま ジャコは 苛立たしげに ビーチ周辺を探しまわる羽目になった。
何ということだ!
ホテルの宿泊客は いずれもコンサート・イヴェントに参加するアメリカ人で、その殆どがミュージシャンやスタッフだった。リハーサルや打ち合わせを済ませた関係者の多くが、宵の本番まで ゆっくりと流れる時間をつぶすため ハヴァナの空の下、海水浴を楽しんでいた。
ビーチと建物とを繋ぐホテル専用のサイドウォークをのんびりと往来する宿泊客らの間をすり抜けるように 独り走っているジャコの姿を ホテル上層階の部屋の窓から見下ろしながら ピーター・アースキンは首を傾(かし)げた。
「おや? ジャコさんだ。変だな、海から上がって ついさっき着替えて歩いている姿を 同じ場所で見かけた気がしたけれど・・・。また水着になってるぞ、もう一度 海に戻る気なのかな・・・? 」
ピーターの「違和感」は、ある意味「目撃」だった。ジャコが 海に戻ろうとしているわけがない。彼が走っている方角は、ビーチとは逆方向なのだから -。
ホテルへと向かう屋外通路上を歩く海水浴客らの先に、明らかに「自分の服」を着て、ちゃっかり「自分のタオル」を携えた、長身/長髪の若い男が歩いている後ろ姿をみつけたジャコは、思わず叫んでいた。
「いた、あいつだ!」
だが、走りながら ジャコ自身 なぜか自分の視界がスローモーション映像のように、ゆっくりとした時間の流れにあるような気がしていた。
なぜだ?
気が急(せ)いているのに 目標とする男は遠く、なかなか近づけない。
先を歩く「長身の男」は、現地のプエルトリコ人だろうか、濡れた長髪を ときどきタオルで絞るように拭きながら、のんびりと歩いていやがる。・・・ 腹立つ。
しかし その緩やかな歩行速度にもかかわらず 依然として男の位置はまだ遠くを行き、俄かには追いつけない。
「一体 あいつは・・・ 何者なんだ?」
ジャコは 憤りと同時に焦りを覚えながらも なぜか重くなった両脚で必死に走った。徐々に距離を詰めながら、しかし標的とする「男」の背の高い後ろ姿に 何だか見覚えがあるような気がしてきた。それは 不吉な胸騒ぎだった。
理由もわからぬまま ジャコの心臓の鼓動(ビート)は激しく打ち始める。湧きあがってきたのは、恐怖感に近い感情だった。
この気持ちを払拭するには「やつ」を つかまえて 盗まれた自分の着衣を脱がせることしかない。不安感を払いのけるように 頭を大きく振りつつ 必死に走って、ジャコは「男」の後ろ姿に近づいた。
「も、もう少しだ!」
あと もう五、六歩も大股で歩み寄って 腕を伸ばせば、その肩に触れられそうな距離まで近づいた。
ふと気がつくと、ジャコと追う「男」とが歩く進行方向の先から こちらに向かって歩いてくる 頼もしいトニー・ウィリアムスの姿が。
「トニーさん、そいつをつかまえてください!」
と、ジャコが 叫ぼうとした瞬間、次に 目を疑う光景が・・・。
それは、ジャコが 追っていた「男」と ウィリアムスが、親しげに言葉を交わしている様子だった。会話の内容は聞こえなかったが、意外なことに、ウィリアムスが「男」に 何か頼んでいるように見えた。
「ジャコに 俺たち “一期一会”トリオの名付け親になってほしいんだ 」
「?」
「傑作なネーミングがありますよ 」
と、「そいつ」は言うなり、突然 後ろを - すなわちジャコのほうを - 振り向いた。
おお、神よ ! その「男」は、ジャコ 自身ではないか !

これは どういうことなんだ?
事態が理解できず、恐怖のあまり 絶叫しながら ジャコは、反射的に 目の前の「自分」に殴りかかってしまった。
そのパンチを辛くも避けた「もう一人の自分」は、ニヤリと笑うなり
「TRIO OF DOOM(滅びのトリオ)! 」
と、“同じ顔”の ジャコに 投げつけてきた。
「危ない、ジャコ ! 」
ウィリアムスは 「もう一人のジャコ」を 安全な場所へと突き飛ばすと、水着のジャコが打ってきたパンチを バックステップで後ろに躱(かわ)し、丸太のような腕を しなやかに伸ばすや強烈なカウンターパンチを相手にお見舞いした。
トランクス一丁のジャコは ノックアウトされ、さながら敗戦ボクサーのように リングならぬホテルのフロアに沈んだ。

▲ マッチョな トニー・ウィリアムス Tony Williams(1945~1997)
ジャコ・パストリアス ~ A Remark You Made
⇒ 次回に続く
♪ 事実に基づいたストーリーですが、ドラマは“発起人”創作で 架空のものです
参考文献
「ジャコ・パストリアスの肖像」ビル・ミルコウスキー(湯浅恵子/訳)リットー・ミュージック
「ワード・オブ・マウス / ジャコ・パストリアス 魂の言葉」(松下佳男)立東舎文庫
季刊ジャズ批評118号「特集ジャコ・パストリアス」ジャズ批評社
ジャズベース・プレイヤー Vol.4「オール・アバウト・ジャコ・パストリアス」シンコーミュージック・エンタテイメント
「NO BEETHOVEN ウェザー・リポート&ジャコ・パストリアスと過ごした日々」ピーター・アースキン(川嶋文丸/訳、松下佳男/監修)アルトゥス・ミュージック
「ALL ABOUT WEATHER REPORT」シンコーミュージック・エンタテイメント
「ザヴィヌル ウェザー・リポートを創った男」ブライアン・グラサー(小野木博子/訳)音楽之友社
↓ 清き一票を

にほんブログ村

にほんブログ村

クラシックランキング

ジャズランキング
Club Scherzo, since 2010.1.30.
Club Scherzo ⇒ 全記事タイトル

ジャコ・パストリアス ~ A Remark You Made
初めから読む ⇒ CONTENTS
45. ドッペルゲンガー

ジャコは海から上がると、予め用意しておいたタオルで 濡れた身体を拭いた。
手入れのよく行き届いた美しいプライヴェート・ビーチから ホテルへと繋がる通路の出入口に設けられた更衣所で 素早く衣服を羽織ると、ホテル内へと向かう。コンサートの開場時刻までには まだ余裕があったので、自室で休もうと考えたのだ。
建物に近づきながら 高い階上を見上げると、部屋の窓に ちょうど ピーター・アースキンの姿が見えた。こちらに気づいたらしい、愛想の良い笑顔で 手を振っている。かわいいやつだ(笑)。
ホテルに入って、濡れた長髪を タオルで絞るように拭きながら しばらく廊下を歩いていると、今度は 向こうから がっちりした体躯のトニー・ウィリアムスが近づいてくる。
「ハーイ、ジャコ。よかった、ちょうど良い所で出会えた 」
ウィリアムスとは つい昼前まで マクラフリンを交え、トリオのリハーサルをしたばかりだった。何かジャコに相談が持ち上がったらしい・・・。
「何ですか、トニーさん? 午前中ずっと一緒だったではありませんか 」
「うん、実はプロモーターから 俺たち“一期一会”ユニットの名称を急いで決めてほしいっていうんだよ。正直 何でも良いんだがな、せっかくだから ジャコに名付け親になってもらおうと、ジョンが提案するもんだからさ 」
「ええと・・・ 私が 決めちゃっていいんですか? 」
「いいとも 」
「今 傑作なネーミングが 頭に浮かびましたよ 」
と、ジャコは ニヤリと微笑むなり いきなり 後ろを振り返った。
45. ドッペルゲンガー

異変は、ビーチからホテルへ戻ろうとしたとき 起きた。
コンサートの開幕までには まだ余裕があるので、部屋で仮眠をとっておこうと考えたジャコは、早めに海から上がると 海岸近くに設けられた更衣所に立ち寄った。
そこに脱いでおいた衣服を探したが・・・ 見当たらない。
おや?
観光客向けに 厳しく出入り制限された高級ホテルのプライヴェート・ビーチだ。安全だ、と聞かされていたぞ。何かの間違いだろう、こんなことがあっては困るじゃないか。
と、一瞬 現地に暮らすキューバの貧しい人々の倫理観に ジャコは 疑念を抱いてしまった。
白いトランクスの水着一丁のまま ジャコは 苛立たしげに ビーチ周辺を探しまわる羽目になった。
何ということだ!
ホテルの宿泊客は いずれもコンサート・イヴェントに参加するアメリカ人で、その殆どがミュージシャンやスタッフだった。リハーサルや打ち合わせを済ませた関係者の多くが、宵の本番まで ゆっくりと流れる時間をつぶすため ハヴァナの空の下、海水浴を楽しんでいた。
ビーチと建物とを繋ぐホテル専用のサイドウォークをのんびりと往来する宿泊客らの間をすり抜けるように 独り走っているジャコの姿を ホテル上層階の部屋の窓から見下ろしながら ピーター・アースキンは首を傾(かし)げた。
「おや? ジャコさんだ。変だな、海から上がって ついさっき着替えて歩いている姿を 同じ場所で見かけた気がしたけれど・・・。また水着になってるぞ、もう一度 海に戻る気なのかな・・・? 」
ピーターの「違和感」は、ある意味「目撃」だった。ジャコが 海に戻ろうとしているわけがない。彼が走っている方角は、ビーチとは逆方向なのだから -。
ホテルへと向かう屋外通路上を歩く海水浴客らの先に、明らかに「自分の服」を着て、ちゃっかり「自分のタオル」を携えた、長身/長髪の若い男が歩いている後ろ姿をみつけたジャコは、思わず叫んでいた。
「いた、あいつだ!」
だが、走りながら ジャコ自身 なぜか自分の視界がスローモーション映像のように、ゆっくりとした時間の流れにあるような気がしていた。
なぜだ?
気が急(せ)いているのに 目標とする男は遠く、なかなか近づけない。
先を歩く「長身の男」は、現地のプエルトリコ人だろうか、濡れた長髪を ときどきタオルで絞るように拭きながら、のんびりと歩いていやがる。・・・ 腹立つ。
しかし その緩やかな歩行速度にもかかわらず 依然として男の位置はまだ遠くを行き、俄かには追いつけない。
「一体 あいつは・・・ 何者なんだ?」
ジャコは 憤りと同時に焦りを覚えながらも なぜか重くなった両脚で必死に走った。徐々に距離を詰めながら、しかし標的とする「男」の背の高い後ろ姿に 何だか見覚えがあるような気がしてきた。それは 不吉な胸騒ぎだった。
理由もわからぬまま ジャコの心臓の鼓動(ビート)は激しく打ち始める。湧きあがってきたのは、恐怖感に近い感情だった。
この気持ちを払拭するには「やつ」を つかまえて 盗まれた自分の着衣を脱がせることしかない。不安感を払いのけるように 頭を大きく振りつつ 必死に走って、ジャコは「男」の後ろ姿に近づいた。
「も、もう少しだ!」
あと もう五、六歩も大股で歩み寄って 腕を伸ばせば、その肩に触れられそうな距離まで近づいた。
ふと気がつくと、ジャコと追う「男」とが歩く進行方向の先から こちらに向かって歩いてくる 頼もしいトニー・ウィリアムスの姿が。
「トニーさん、そいつをつかまえてください!」
と、ジャコが 叫ぼうとした瞬間、次に 目を疑う光景が・・・。
それは、ジャコが 追っていた「男」と ウィリアムスが、親しげに言葉を交わしている様子だった。会話の内容は聞こえなかったが、意外なことに、ウィリアムスが「男」に 何か頼んでいるように見えた。
「ジャコに 俺たち “一期一会”トリオの名付け親になってほしいんだ 」
「?」
「傑作なネーミングがありますよ 」
と、「そいつ」は言うなり、突然 後ろを - すなわちジャコのほうを - 振り向いた。
おお、神よ ! その「男」は、ジャコ 自身ではないか !


これは どういうことなんだ?
事態が理解できず、恐怖のあまり 絶叫しながら ジャコは、反射的に 目の前の「自分」に殴りかかってしまった。
そのパンチを辛くも避けた「もう一人の自分」は、ニヤリと笑うなり
「TRIO OF DOOM(滅びのトリオ)! 」
と、“同じ顔”の ジャコに 投げつけてきた。
「危ない、ジャコ ! 」
ウィリアムスは 「もう一人のジャコ」を 安全な場所へと突き飛ばすと、水着のジャコが打ってきたパンチを バックステップで後ろに躱(かわ)し、丸太のような腕を しなやかに伸ばすや強烈なカウンターパンチを相手にお見舞いした。
トランクス一丁のジャコは ノックアウトされ、さながら敗戦ボクサーのように リングならぬホテルのフロアに沈んだ。


▲ マッチョな トニー・ウィリアムス Tony Williams(1945~1997)
ジャコ・パストリアス ~ A Remark You Made
⇒ 次回に続く
♪ 事実に基づいたストーリーですが、ドラマは“発起人”創作で 架空のものです
参考文献
「ジャコ・パストリアスの肖像」ビル・ミルコウスキー(湯浅恵子/訳)リットー・ミュージック
「ワード・オブ・マウス / ジャコ・パストリアス 魂の言葉」(松下佳男)立東舎文庫
季刊ジャズ批評118号「特集ジャコ・パストリアス」ジャズ批評社
ジャズベース・プレイヤー Vol.4「オール・アバウト・ジャコ・パストリアス」シンコーミュージック・エンタテイメント
「NO BEETHOVEN ウェザー・リポート&ジャコ・パストリアスと過ごした日々」ピーター・アースキン(川嶋文丸/訳、松下佳男/監修)アルトゥス・ミュージック
「ALL ABOUT WEATHER REPORT」シンコーミュージック・エンタテイメント
「ザヴィヌル ウェザー・リポートを創った男」ブライアン・グラサー(小野木博子/訳)音楽之友社
↓ 清き一票を

にほんブログ村

にほんブログ村

クラシックランキング

ジャズランキング
Club Scherzo, since 2010.1.30.
- 関連記事
-
-
ジャコ・パストリアス ~ A Remark You Made 46. 体外離脱 2023/02/27
-
ジャコ・パストリアス ~ A Remark You Made 45. ドッペルゲンガー 2023/01/01
-
ジャコ・パストリアス ~ A Remark You Made 44.“トリオ・オブ・ドゥーム” イン・ハヴァナ 1979 2022/12/05
-
ジャコ・パストリアス ~ A Remark You Made 43.「キューバへ行っては ならぬ」 2022/11/20
-
ジャコ・パストリアス ~ A Remark You Made 42. シークレット・エージェント 2022/10/02
-
ジャコ・パストリアス ~ A Remark You Made 41. 「トレイシーと 離婚してはならぬ」 2022/08/28
-
ジャコ・パストリアス ~ A Remark You Made 40. ミンガス Mingus(ジョニ・ミッチェル) 2022/07/31
-
スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
トラックバック
- トラックバック URL
- この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)