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スティング ウィンターズ・ナイト DG スケルツォ倶楽部
スティング
J.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲第6番の「サラバンド
You Only Cross My Mind In Winter” を
アルバム「ウィンター'ズ・ナイト」に 保温する。(2009年/D.G.)


 “スケルツォ倶楽部発起人です。
 さて、天気予報のとおり 先週 木曜日の「雨は夜更け過ぎに雪へと変わ」り、発起人が住んでいる千葉県佐倉市も 翌朝には 踝(くるぶし)まで埋まるほどの積雪となりました。
 太陽が昇って、水気を多く含んだ雪が ほどよく解(ほぐ)れてきた頃合いを見計らってから雪かきを開始。ああ、休日でよかったなあ。
 でも今日(日曜)もまた夜半から 雨が雪に変わるかも - との予報に、内心怯える発起人です。だって一番イヤなパターンじゃないですか、いまだにリアル出勤するため 早朝から氷結した雪の道路上を 車で走らされるなんて 何かの罰ゲームですか。

スティング、J.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲第6番の「サラバンド」を“You Only Cross My Mind In Winter” にして アルバム「ウィンター’ズ・ナイト」に保温する。(2009年D.G.)

 さあ、それでも 久しぶりの連休でした。
 クリスマス限定ではなく 「」をテーマにした、スティングの 2009年リリースのアルバム「ウィンター'ズ・ナイト」を、実は10年以上も前に購入していながら開封さえせず CD棚に放り込みっぱなしにしていたことを突然思い出し、よし、この連休に 真剣に聴いてみるかと 今日 初めてこれを取り出しました。

 ざっと一度 聴き通してみて、ちょっと驚いたことは クラシック原曲の作品が少なくとも三曲あったこと。
 それも たとえばベートーヴェンの「悲愴第二楽章とかショパンラフマニノフといった 耳当たりは良くても月並みな選曲ではなく、何とヘンリー・パーセルの歌劇「アーサー王」から「コールドソング」を、シューベルトの歌曲集「冬の旅」から あろうことか「辻音楽師」(Huedy-Gurdy Man)を、さらに J.S.バッハ無伴奏チェロ組曲第6番から「サラバンド」(You Only Cross My Mind In Winter)をセレクトするという、スティングの選曲センスったら やはり普通じゃないなと思いましたね。
 ちなみに「少なくとも三曲」と書いたのは、実は さらにもう一曲 国内盤のみのボーナス・トラックとして加えられた、平和な「ゆりかごの歌Blake's Cradle Songヴォーン・ウィリアムスの作品だったからです。今回は、脇に置いておきますが。
ヘンリー・パーセル Henry Purcell Johann Sebastian Bach (1685 - 1750) シューベルトの肖像画  RVW.jpg

 それでは、冬の寒さを 心地良く感じられるようになるまで 何度もリピートさせ、2009年のスティングの世界を じっくりと聴き直しましょう。


スティング
ウィンター'ズ・ナイト If On A Winter's Night…

リリース:2009年10月
音 盤:ユニバーサルミュージック/ドイツ・グラモフォン(UCCH-9008)
スティング ウィンターズ・ナイト If On A Winter’s Night…(D.G.) スティングのレコーディング風景
曲目
1. Gabriel`s Message ガブリエルのメッセージ
2. Soul Cake ソウル・ケーキ
3. There Is No Rose Of Such Virtue かほど美徳あるバラもなからん
4. The Snow It Melts The Soonest 雪はすぐとける
5. Christmas At Sea クリスマス・アット・シー
6. Lo. How A Rose E`er Blooming 一輪のバラが咲いて
7. Cold Song コールド・ソング(パーセル原曲)
8. The Burning Babe バーニング・ベイブ
9. Now Winter Comes Slowly ゆっくり冬は訪れる
10. The Hounds Of Winter ハウンズ・オブ・ウィンター
11. Balulalow 子守歌
12. Cherry Tree Carol チェリー・トゥリー・キャロル
13. Lullaby For An Anxious Child 安らかに眠れ わが子よ
14. The Hurdy-Gurdy Man 辻音楽師(シューベルト原曲)
15. You Only Cross My Mind In Winter(J.S.バッハ原曲)


【以下 国内盤 ボーナス・トラック】
16. Bethlehem Down ベツレヘム・ダウン
17. Blake`s Cradle Song ゆりかごの歌
18. Coventry Carol コヴェントリー・キャロル


 そこに至った経緯はよく知りませんが、スティングの新譜が なぜか突然ドイツ・グラモフォンからリリースされたことに驚いたのが2006年でしたか。
 ジョン・ダウランドのマドリガルに取組むという企画は 印象こそ唐突でしたが、出来上がった作品(「ソングス・フロム・ザ・ラビリンス」 )を聴いてみたら、情熱が迸(ほとばし)るがごとき スティングの個性的な歌唱が素晴らしく、これは有りだ、クラシカル・ミュージックにも まだこんな可能性が残されていたかと ホント膝を叩く思いで 忽ち 私 発起人、納得の愛聴盤となりました。
スティング ラビリンス DG スティングとカラマーゾフ D.G.  
 でも わが国の音楽愛好家に歓迎されたかどうかというと。記憶にありません、少なくとも皆川達夫氏の批評(レコ芸2006年11月号)などは かなり辛辣で否定的な論調でした。古楽を好むクラシック層からも スティングのファン層からも 商業的な数では 期待されたほどは売れなかったのではないでしょうか。

 「ホワイト・クリスマス」のビング・クロスビー以来 堅実な売り上げが見込める「クリスマス・アルバム」に 次はしたら、というレコード会社の商業的な提案を あっさり却下したスティング。プロデューサーが用意した候補曲のリストも 興味なさげに眺めると ばっさり削ってしまったそうです。
 「清しこの夜 」? ふん、誰が歌うか。「世の人 忘るなGod Rest You Merry, Gentlemen なんてクリスマス・ソングを? ちょっと勘弁してくれよ。
スティング
 いや待てよ、でも「」をコンセプトにしたアルバムなら・・・ ふと立ち止まって 考え直し、構想をふくらませます。

 「」という季節は、スティングにとって インスピレーションを刺激する魅力的なシーズンでした。
 この季節をテーマにアルバムを作る以上 彼の幼年時代の個人的な感情にも重なるパーソナルな内容を目指したのだとされます。そんなスティングの「」のイメージとは、人間の原始の記憶に訴えかける感情 - 恐怖、神秘、そして「」でした。
 逆に、「」の間ずっと何もなく 何もかも死んでいた、そんな季節が終わりを告げるや 一転、春を迎えた途端 大地のあらゆる命が一斉によみがえる、そこまでの長きをじっと耐え忍び、来るべき奇跡の到来を信じて待つ 苦節のシーズンでもあります。

 そんな暗い季節である「」を代表するイヴェントでもある「クリスマス」によって、温かくて楽観的なシーズンであるように思われがちですが(もちろん商業的な宣伝の力が、一般の人々にそのような印象操作を施してきたから )、実は クリスマスの暗い側面にこそ魅力を感じているスティングは、「騒がしくてコマーシャルなクリスマスが大嫌いな人たちにこそ 気に入ってもらえるようなアルバムに仕上がるといいな 」と、笑って語るのでした。

スティング語る
 このアルバムの制作に際し、スティングクラシックとトラディショナル・フォークソングとの要素を蒸留して独自なエッセンスを抽出したつもりだ、とも ボーナスDVD(メイキング・オブ~ )のインタヴューの中で語っていました。
 スティングの音楽的ルーツが なるほど(イギリス北部の出身)と判る作品でもあります。もはやポップスでもロックでもなく、クラシック的要素も トラディショナル・フォーク的な要素も ジャズをも兼ね備えた、何か新しい音楽を創造したかった、というスティングの考えが わかりやすく 実を結んでいる聴感覚があります。何度も繰り返し聴いているうち アーティストの指向する方向が徐々に見えてきて、これは稀にみる成功作だという確信が深まりました。

 アルバムに収録された The Snow It Melts The Soonest 「雪はすぐとける」 と Now Winter Comes Slowly 「冬はゆっくりと訪れる」 - という二曲のタイトルは、言うまでもなく、詩的な 対になっていますね。

 スティングは、冬にまつわる音楽的題材をイギリスのフォークソングや膨大なクラシック音楽の中から探してきたわけですが、その見識と思索の奥深さに(すでに前作「ダウランドのマドリガル集」でも この人はもしや? と感じたことでしたが、)スティングというミュージシャンに対し 私 発起人が 今まで認識していた(いや、誤解していた)ロック畑出身のミュージシャンという狭い先入観は、もはや根底から覆されています。
 ここでの演奏には 基本的にオヴァーダビングは用いられず、演奏家同士が顔を見合わせながら互いのプレイに影響を与え合うクラシカル・レコーディングのように、ベーシック・トラックはライヴで録音されています。


受胎告知 レオナルド・ダ=ヴィンチ
 アルバムの冒頭、イントロダクション的に置かれたガブリエルのメッセージとは、言うまでもなく「受胎告知」のことですね。原曲は13世紀バスク地方の聖歌だそう。まだ冬が訪れるには遠い季節のできごとですが、聖母マリアは 自分に「その時」が来るのが「」になることを予感したのでしょう。

スティング ガブリエルのメッセージ(1987)AM スティング クリスマスエイド (1987)AM
▲ (左)STING EP盤(A&M 1986):Russians、Gabriel's Message、I Burn For You(Live)、(右)オムニバス盤 A Very Special Christmas(邦題:クリスマスエイド)A&M 1987
 ご参考までに。
 若き日のスティングは、ポリスを解散してソロ活動に入った直後(1985年)ソロ・アルバム「ブルータートルの夢」をリリース、その翌年、アルバムから三枚目のシングル「ラシアンズRussiansプロコフィエフの組曲「キージェ中尉」のメロディを使用した作品)のB面C/Wが アルバム未収録曲「ガブリエルのメッセージ」Gabriel's Message でした。奇しくも18年後「ウィンター'ズ・ナイト… 」への習作と言うことになります。でもこの時は シンセサイザーを無機質なシーケンサーのリズムで刻ませ 多重録音で重ねたコーラスに乗せて朗々と歌う デモテープのような粗いアレンジで メリハリも感じられず、正直 あまり印象に残りませんでした。
 さらに翌年(1987年)同じ A&M からリリースされたオムニバス盤 A Very Special Christmas(邦題:クリスマスエイド)の中にも「スティング参加」と称して、「ガブリエルのメッセージ」は収録されました。当時 確かめてみましたが「ラシアンズ」C/Wとまったく同じ音源でした。同レーベルからのリリースでしたから、まあ考えてみれば 当然だったかも。


 ・・・ もとい。 2曲目はソウル・ケーキ Soul Cake
 実は、初めてこのアルバムのプログラムを眺めた時 スティング三作目のソロ・アルバムのタイトル曲「ソウル・ケージThe Soul Cages がここで再演されているのだと勝手に読み違えていました、が 別の曲でした。失礼・・・。
 これは、ピーター、ポール&マリーのステージ・レパートリーで メンバーのノエル・ポール・ストゥーキーによって整えられたことでも知られる 英国の古い伝承歌「ア・ソーリンA Soalin'(このSoalは、Soul CakeSoul と同じ意味で Spiritとも同語源)です。
ピーター、ポールマリー レコーディング風景-2
▲(左 )ピーター、ポール&マリー
 
 注目すべきは、演奏の途中で 18世紀英国のクリスマス・ソング「世の人忘るなGod Rest Ye Merry Gentlemenのメロディが 柔らかな金管アンサンブルによって 背後を通り過ぎゆく風景のように聴こえてくるところ。その対位法的な効果が重なる素晴らしさ。スティング自身「クリスマスソングを歌うなんて勘弁してよ」と言っていた、まさにその曲を採用? たしかに「歌っ」てはいませんけどね(笑)。アルバム収録曲の中では 一般に知られたクリスマス・ソングが登場する唯一のナンバーでしょう。
 「ソウル・ケーキ」の由来について、ボーナスDVDの中でもスティングは以下のように発言していました。
「調べてみると、その原型は 紀元前から歌われてきた伝承歌だった。その由来とは、ケルト人が古代の祭りで 死者のために用意した食べ物で、まさに今日のハロウィーンの前身でもある。古代人は ソウル・ケーキを作って死者の霊を慰めたのだ。
「これは、死者の魂を慰めつつ 生きる者も死に進みゆく、という本アルバムのテーマにもつながっている。
「私(スティング)は、音楽に対する霊性(スピリチュアリティ)が強いように思う。音楽を演奏し、また聴くことは、私の魂にとって大切なことなのだ 」



 幽玄なアイリッシュ・コーラスが殊の外 美しい、パーカッション・アンサンブルによるメカニカルなリズムも効果的な 3曲目 かほど美徳あるバラもなからんThere Is No Rose Of Such Virtue の中で歌われる、キリスト聖母マリアとの関係の暗喩でもあるバラは、6曲目一輪のバラが咲いて Lo,How A Rose E`er Blooming の中に登場するバラとも同じ意味を持つ言葉だそうです。そのプレトリウスによる歌は、別名「エサイの根より」とも呼ばれる歌詞を持ち、エサイとは 旧約聖書に登場するダビデ王の父の名で この家系の末裔がイエス・キリストに繋がっているわけですね。


スティーヴンソンRobert Louis Stevenson メアリー・マクマスター(ケルティック・ハープ奏者)
 5曲目のクリスマス・アット・シー Christmas At Sea は、「宝島」の作者 スティーヴンソン(1850-1894) が残した 海の遭難者をうたった詩に魅了されたスティングメアリー・マクマスター との共作による、ちょっと怖い歌。
 歌の主人公は 若い船乗りのようで、クリスマスの夜に 嵐の中を故郷の岸壁近くの海底に沈没する(した)船に乗っています。その時 彼には故郷の村の家々に明るく炎が灯るのが見え、灯りに照らされた窓が光るのも 煙突から煙が上がるのも見え、テーブルの上に並べられたディナーの香りまでかぐわしく感じます。さらに「教会の鐘が朗らかに鳴り渡るのが聴こえ- 」とスティングが歌うところでは、実際に重々しい鐘のSEが音楽と重なります。このあたり ケイト・ブッシュの世界にも関連しそうです。そして最後に 自分の実家を訪れた船乗りは、テーブルを囲む家族たちが彼の死んだことを話しているのを聞くという・・・ ゾッとしますね。


ヘンリー・パーセル Henry Purcell スティングとドミニク・ミラー
 7曲目は ヘンリー・パーセル(1659-1695)の歌劇「アーサー王」から コールド・ソング Cold Song として知られる、氷の精のアリアです。凍土の中で眠っていた氷の妖精が起こされ 寒さに震えるという場面ですが、スティングの解釈だと 一度死んで埋葬されたはずの老人が 冷たい土の下で蘇生してしまい、その老いて衰弱した身には耐えられぬ寒さに「お願いです、再び凍死させてください」と必死に祈る、そんな恐怖の歌にさえ転じて聴こえませんか。
 ここでは スティングが とても独特な歌い方を試みていることが判ります。それは、声を頬の内側で意図的に口腔共鳴させる発声方法で、これによって柔らかく温かい質感をもった歌声となるため、インティメイトな歌唱表現にも成功しているのです。同じ唱法は、本アルバムに収録されたガブリエルのメッセージ のリフレイン部分(グローリア)や、かほど美徳あるバラもなからん」、「ゆっくり冬は訪れる」、「子守歌Balulalow などでも 効果的に用いられています。


 8曲目、ケルティックな旋法が特徴の バーニング・ベイブ The Burning Babe も恐ろしい詩に基づいています。作者は16世紀に殉教し(一説には火刑だったとも )列福されたイエズス会の司教ロバート・サウスウェルです。
 凍えるほど寒い冬の夜、彼は幼子キリストが暗闇の中に突然現われ、罪深き人類への怒りのあまり血の涙を流しながら その身を業火の中で燃やし尽くすという、恐ろしい幻を目撃するというもの。恐怖のあまり立ちすくむサウスウェルは 突然思い出すのです、今日がクリスマスであることを・・・。
ケニー・ギャレット ジャック・デ=ジョネット 2009  
 この短い一曲だけに、かつてマイルスとの共演歴を誇る二人の名手ケニー・ギャレット(ソプラノ・サックス)と ジャック・ディ・ジョネット(ドラムス)が中盤以降から参加していますが、彼らの仕事は 実に素晴らしいです。かつてのコルトレーンエルヴィン・ジョーンズを思わせるパワフルなプレイは 5拍子で猛烈にスウィングします。ただ、あまりにも短すぎるよ・・・ あと15分くらい この勢いのままソロを聴きたい気分です。


スティング「マーキュリー・フォーリング」(1996年)AM マーキュリー・フォーリング 裏表紙 スティングAM
 そして10曲目は、スティングの旧作 ハウンズ・オブ・ウィンター The Hounds Of Winter のリメイクです。43歳で急逝した名ピアニスト、ケニー・カークランドが最後に参加していたことでも忘れがたい、スティングの 6作目にあたるオリジナル・アルバム「マーキュリー・フォーリング」(1996年)の冒頭に置かれていたのが原曲。
キャスリン・ティッケル ドミニク・ミラーとジュリアン・サットン(メロディオン)
 ここでは大幅に手が加えられ キャサリン・ティッケル(上の左/ヴァイオリン)、ドミニク・ミラー(上の真ん中/ギター)と ジュリアン・サットン(上の右/メロディオン)、そして ヴィンセント・シーガル(チェロ) というアコースティック編成にて再演、オリジナル・ヴァージョンとは全く異なった、素朴な表情を聴かせてくれます。


 選曲の意外さに唸ったのは、14曲目 ハーディ-ガーディ・マン The Hurdy-Gurdy Man なる虚無的な楽曲・・・ これこそシューベルト(1797-1828)の歌曲集「冬の旅」の最後に置かれた「辻音楽師Der Leiermann です。
シューベルト Franz Schubert ウィルヘルム・ミュラー Wilhelm Müller
 ロマン派歌曲の最高位に位置する傑作「冬の旅」は、シューベルト(左 )が急死する前年(1827)に作曲された連作歌曲集です。ちなみに作詩は「水車小屋の娘」と同じヴィルヘルム・ミュラー(右 )ですが、奇しくも同じ年に詩人も急逝しています。
 冬の夜、失恋した青年が恋人の住む街に別れを告げ、死に場所を求め さすらい人となり、終わりなき放浪の旅を続ける -というもの。
 「菩提樹」、「春の夢」、「郵便馬車」、「鴉」、そして「最後の希望」「宿屋」…と屈指の名歌曲が並ぶ その旅路の果てに待っていた最後の歌は、意表を衝くように、年老いた「辻音楽師」が 村はずれに虚ろな眼で立つ姿でした。老人は、凍える指で手回しオルガンハーディ-ガーディ)で、繰り返し同じメロディを(空虚な五度のオスティナートで)回しています。若きさすらい人の他には もはや誰もこれを聴く者なく、施しを待つ皿は空のまま雪が積もるばかり・・・ 。若者は、自分と同じ孤独な人間と出会ったことで 僅かな希望を見出したのでしょうか、「老人よ、お前についていけば、僕の歌に合わせてライアーを回してくれるだろうか?」と訊ねる言葉をもって、深遠に終わります。
 スティングがアダプトした英詩のほうでは 最後の節に少し手が加えられ、「おじいさん、あなたを見ていると 僕には自分自身の姿が見える / いつか僕も弾くだろう、その手回しオルガンを 」 と、老人と距離をおきつつも やがて老いゆく自身の姿をそこに投影させて締めくくっています。スティングのギター、ジュリアン・サットンのメロディオン、ダニエル・ホープのヴァイオリンが、ドローンなハーディ-ガーディの楽音を模すことに成功しています。

 ところで、本物のハーディ-ガーディを伴奏に使って録音された「冬の旅」のディスクが存在するのをご存知でしょうか。
 はい、「辻音楽師」だけでなく 歌曲集の全曲をです ! 

ハーディ-ガーディ伴奏 冬の旅(シューベルト)Raumklang (RK-3003) ナターシャ・ミルコヴィチ Nataša Mirković マティアス・ロイブナー Matthias Loibner ハーディ-ガーディ奏者
シューベルト
歌曲集「冬の旅」全曲
Nataša Mirković - De Ro (Voice) ナターシャ・ミルコヴィチ
Matthias Loibner (Hurdy-Gurdy) マティアス・ロイブナー
録 音: 2010年 3月、ウィーン
音 盤:Raumklang (RK-3003)

 メジャー・レーベルで古楽熱が高まり始めた頃のこと、ハンス・マルティン・リンデ(フラウト・トラヴェルソ、ブロックフレーテ)による伝ヴィヴァルディ「忠実な羊飼い」(アルヒーフ、1972年)録音に参加していた、ルネ・ゾッソが回すドレーライヤー(ハーディ-ガーディ)の音は、不器用なドローン以外の何ものでもなく どちらかというとバグパイプに近い聴感でした。
 かつてリンデ(アルヒーフ)盤を 小学生の頃に聴いてしまった幸/不幸から この印象がしっかり大脳に刷り込まれてしまい、シューベルトの「辻音楽師」(ライヤー回し)でピアノが模倣するハーディ-ガーディのオリジナルな音色とは その程度の(細かい演奏至難な不自由な)楽器だという先入観を持っていました。
 ですから、ハーディ-ガーディを用いて「辻音楽師」のみならず「冬の旅」の全曲を伴奏しました、などというディスクを手にして、また何と無謀なことをと呆れつつ、そんなキワモノは “スケルツォ倶楽部発起人 大好物ですからw
 聴いて驚いたのは、もはや1970年代の楽器とは違うのではないかということです。進化した現代ハーディ-ガーディは、通奏音の持続という弱点さえリズミカルな刻み奏法で 巧みに間(ま)を補い、歌唱を支援します。発起人が推す一曲「最後の希望」で聴ける、音楽の表面を短く薄く削いでゆくような鍵盤奏法の効果など、今日の楽器に適するよう入念な編曲を試みたマティアス・ロイブナーの技術による貢献も大きいのでしょう。(決して悪い意味ではなく)好事家向け。


 そして注目の15曲目、J.S.バッハ(1685-1750)の無伴奏チェロ組曲第6番から「サラバンド」ニ長調 を原曲とする You Only Cross My Mind In Winter” -
 イタリアの巨匠マリオ・ブルネロのディスクで、原曲を 一度 予習してから聴くことにしましょう。
マリオ・ブルネロ J.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲 ブルネロ盤 Johann Sebastian Bach (1685 - 1750)
J.S.バッハ
無伴奏チェロ組曲(全曲)
マリオ・ブルネロ(チェロ)
録 音:2009年 ペルージャ、サンタ・チェチーリア礼拝堂
音 盤:EGEA Records EGEA-156(三枚組)

 最近再発された1993年録音(AGOLA)盤の才気煥発な演奏とは正反対、深遠にしてスケールも大きな 途方もなく自由な凄演。「5つのコンデンサー式パノラマイクを配置し礼拝堂の響きを生かした(キング インターナショナル)」音量も豊かな優秀録音盤です。これ以前は 専らアンナー・ビルスマの旧(セオン)盤ばかり聴いていましたが、今の発起人なら ブルネロ盤を おススメしますね。

 もとい、スティングです。
 クラシック名曲をポップスにアレンジ - という試みは、様々な雑味や余計な音が加えられた結果、聴き手側はがっかりさせられたり、食傷させられたりすることも多いものです。とてもリスキーな挑戦です。オリジナルのイメージが損なわれるのを歓迎しない人もいます。アーティストは常に勇断です。
 ここでスティングは、D.G.の前作「ラビリンス」でパートナーを務めたリュート奏者エディン・カラマーゾフを再び起用、あの繊細な古楽な雰囲気から始まります。名手アイラ・コールマンによるアコースティック・ベースの深い響きもサウンドを温かく支えています。
 ある程度まで予想していたとおり 控えめながら、本アルバムのハイライトとも言えるでしょう。内省的な、素晴らしい出来だと思います。
スティングとカラマーゾフ D.G. (2)
 スティングバッハの旋律を丁寧に、一言ずつかみしめつつ、そこに神秘的で謎に満ちた歌詞を乗せると、さらに静かに、しかし真摯に 祈るような歌唱の第二節からは ムジカ・エテルナの弦セクションが、寒かった冬の足下に陽が差すように 入ってきます。たいへん効果的で美しい瞬間です。
ロバート・サディン Robert Sadin
 その指揮を執るのは プロデューサー、ロバート・サディンサディンは、本セッションを通じて 楽曲のハーモニー・アレンジからサウンド・バランスの提案、ミュージシャンらをメンタルに励ます言葉に至るまで 広範囲で多様な貢献に努め、スティングから 全面的な信頼を克ち得ました。
 “You Only Cross My Mind In Winter” - わずか 2分36秒 - あっという間に終わってしまいます。それは、暖かさに気づいたら すでに解けてしまったあとの雪のように。まさに The Snow It Melts The Soonest 雪はすぐとける ―

スティング ウィンター・ナイト(DG)解説書 裏側の写真 アイラ・コールマン Ira Coleman  
 ところで、ひとつ気になったことが。
 CD解説書内に掲載された写真(上の写真/左 )やボーナスDVDの映像では スティングがダブル・ベースを爪弾いてセッションに加わっている場面は数多く映されていますが、実は 出来上がったアルバムの中で スティングがベースを担当した、とクレジットされているナンバーは 一曲もありません。
 アルバムの中で ベースを必要とする楽曲のすべてで低音弦を担当したミュージシャンは、実は アイラ・コールマン(上の写真/右 )ただ一人なのです。スティングは ヴォーカルとギターに、ほぼ専念していると言って間違いありません。でも不思議なことに、DVDの映像には 逆にアイラ・コールマンの姿は 一切映っていません。もしかしたら、スティングは準備とリハーサル段階でこそベースを自身で演奏したものの、録音をミックス・ダウンして アルバムを仕上げる時期までに、何らかの理由によって アイラ・コールマンに交代することを自ら決め、自分が弾いたベース・パートも すべてアイラにオーヴァー・ダビングさせたのではないでしょうか。憶測ですが。
 真相は不明です。この辺りの事情を ご存知のどなたか、お詳しい方・・・?

レコーディング風景-4 ヴィンセント・セガール チェロ奏者
 さて、このアルバムには、子守歌が多いことも特徴です。
 子守歌Balulalow はもちろん、チェリー・トゥリー・キャロル」、「安らかに眠れ わが子よ、そして一部のインポート盤では聴けませんが、ボーナス・トラックのベツレヘム・ダウンゆりかごの歌Blake`s Cradle Songコヴェントリー・キャロル は、三曲とも子守歌です。
 スティングの語りによれば、「子守唄には二つの目的がある」と・・・ 「もちろん子どもをあやすこと、だがもうひとつ、実は 子どもを怖がらせることなんだ」、「子守唄の歌詞の内容には恐ろしいことが多いよね『ゆりかごから出たら お化けにつかまるよ 』とかね(笑)」。
スティング タイトル
 そんな子守歌の中でも とりわけ怖くて衝撃的なのがベツレヘム・ダウン Bethlehem Down・・・
 子守唄の形を借りた幻想的な歌詞(大友博/訳)は、驚くべき内容でした。
 すなわち、ベツレヘムの満天の星の下に産まれたキリストを拝するため訪れた羊飼いが 馬小屋の飼葉桶の中に眠る愛らしい幼子キリストとその傍らに捧げられた没薬と金の王冠を眺めるという平和な歌ですが、歌詞の二番になると、そこに横たわっているのは 亡くなったキリストの姿となり、没薬はその亡骸に塗布されるためのもの、王冠も血まみれな茨の冠に形を変えている・・・ という幻が、安らかな一番と同じメロディで静かに歌われるのです。
 その恐ろしさったら 「バーニング・ベイブ」 にも匹敵する子守歌でしょう。



▲ Sting: A Winter's Night... Live from Durham Cathedral
 スティングは、この「ウィンター'ズ・ナイト」をリリースした2009年の12月20日、ニューキャッスル近郊に建つダラム大聖堂で、オーケストラやコーラスを含む45名のミュージシャンとともに新作アルバムを再現する 一夜限りのスペシャル・コンサートを行なっています。
 ここでは アイラ・コールマンが 全編ベースを担当。
 世界遺産にも指定されたダラム大聖堂は、創建900年もの歴史を持つ建物ですが、ここで宗教的な行事ではない 世俗の催しとしてのコンサートが開かれたのは 初めてのことだったそうです。その宵には J.S.バッハ原曲である You Only Cross My Mind In Winterも(1:25:41頃から)コンサートの最後に披露され、大きな喝采を浴びました。

演目:The Snow It Melts The Soonest、Gabriel's Message、Soul Cake、There Is No Rose Of Such Virtue、Lo How A Rose E'er Blooming、Christmas At Sea、Now Winter Comes Slowly、Cold Song、The Burning Babe、Ghost Story、Team Spirit、The Hounds Of Winter、Cherry Tree Carol、Balulalow、Bethlehem Down、Coventry Carol、Lullaby For An Anxious Child、I Saw Three Ships、You Only Cross My Mind In Winter

プレイヤー: Sting - vocals, lute, guitar、Robert Sadin - musical director, conductor、Lisa Fischer - vocals、Laila Biali - vocals、Jo Lawry - vocals、Steven Santoro - vocals、Dominic Miller - guitar、David Mansfield - mandolin, various string instruments、Kathryn Tickell - fiddle, northumbrian smallpipes、Peter Tickell - fiddle、Vincent Segal - cello、Ira Coleman - bass、Julian Sutton - melodeon、Mary Macmaster - harp、Chris Gekker - trumpet、Cyro Baptista - percussion、Bashiri Johnson - percussion、Rhani Krija - percussion


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