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ジャコ・パストリアス ~ A Remark You Made
ジャコ・パストリアス ~ A Remark You Made
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30. リヴァー・ピープル River People

 ダウンビート誌で 最高五つ星の評価を得、読者投票でも1977年ジャズ「アルバム・オヴ・ジ・イヤー 」を獲得した傑作「ヘヴィ・ウェザー 」成功の余熱が冷めぬうち、次なるアルバム制作に入るべく、グループのメンバーにはコロムビア・レコードから強い要請があった。
ウェザー・リポート:ヘヴィ・ウェザー(CBS ) ウェザー・リポート 1976 (3)
 新たなアルバムとなる作品のコンセプトを打ち合わせるべく ジャコのもとにも召集の通知が届いた。ミーティングの場所は ザヴィヌルの自宅に併設されたスタジオだという。新曲を持参すべし・・・との指示も。とるものもとりあえず、基本的なメロディと構成を簡単にしたためただけの譜面と 愛器のベースを携え、ジャコはL.A.にやってきた。

「遅くなりました、ザヴィヌルさん 」
すでに指定された時刻をまわっていたが、まだジャコ以外には メンバーの誰も到着していないようだ。
 ジャコが入室する前から、スタジオ内からは ザヴィヌルがピアノに座って即興演奏に耽(ふけ)っている音が聴こえてきた。興が乗っているらしく 迫力に満ちた演奏が止まる気配はない。
 その間、静かに 傍(かたわ)らのスツールにジャコは腰かけ、しばらくザヴィヌルが奏でるピアノに耳を傾けた。
 基本メジャー・キーの親しみやすいメロディだが、バッキング・コードが次々と入れ替わる、かなり高度な難曲らしい。自分が用意してきた 単純なオリジナル楽曲とは比較にならぬ複雑さだ、これには一体どんなベースラインを付けたらいいだろう・・・。
ザヴィヌルのピアノ・ソロ
 それから半時間ほども熱中して気が済んだのか、ザヴィヌルは演奏に一区切りつけると、ようやくピアノから立ち上がった。ジャコの来訪には先刻から気づいていたらしく 彼に軽く片手を挙げると、楽器から離れた場所で回されていたテープレコーダーに近づくと徐(おもむろ)に 録音スイッチを切った。

ザヴィヌルは 汗で光る頭部を 大きなバスタオルで まるごと拭きながら、
「毎日 自分自身に即興演奏することを課して、プレイをいつも録音するようにしてるんじゃ。
「演奏に乗ってくると 音楽が次から次へと思わぬ方向に広がって、一旦止めてから譜面に書きとめておく余裕もないくらいさ。オマエさんならわかるだろ?」
もちろん、とジャコは頷いてみせる。
「何より音楽は 流れが大事じゃからな -
「新しい曲のインスピレーションが こういう即興から生まれることも多い -
「だから すべて録音してさえおけば、後で冷静に聴き直して 良し悪しの取捨選択もできる -
「指先から流れ出た一瞬のフレーズでも 気に入れば そのまま採譜して使うことだってある -
「楽譜にとどめて 後で弾き直しても、わしの経験では、自然な即興性が そういう楽句には しっかりと残るものじゃ 」

今日のザヴィヌルは 機嫌が良さそうだった。
「ジャコよ、オマエさんは 当然 キーボードも弾けるんじゃろ?」
「はい、まあ 」
「フェンダー・ローズの上に載っている アープ2600 を弾いてみろ、ちょうどモニター・スピーカーに繋いであるから、すぐ音が出るぞ。わしのピアノと合わせてみないか 」
ジャコの“神さま”は、満面の笑顔だった。
KORG ARP 2600 ヴィンテージ モジュラー
 喜んでジャコが シンセサイザーに向かうと、すでにザヴィヌルは シンプルなブルースのコード進行を ピアノで奏でていた。ホラほら、先にソロをとってみろと言わんばかりに その目が誘っている。
 専門のベースとドラムス以外にも 音楽を始めた頃から鍵盤楽器にも親しんできたジャコだった。フロリダのC.C.ライダーズ時代には スタジオのピアノを使って、作曲やアレンジを試みた経験もある。譜面だって読める。自信をもって、ジャコはキーボードに指を置いた。 が・・・。
「あれれ? 」
ド・レ・ミ・・・と押さえた筈なのに、出てきた音は ド・♭シ・♭ラ・・・と下がってしまう。ど、どういうことだ、この鍵盤の配置は?
「どうした? ホラ、間違った音を出すなよ 」
と、ザヴィヌルは くすくす笑いをこらえている。
「ザヴィヌルさん、何かやったでしょう? この鍵盤ったら、正しい音程で鳴ってくれませんよ 」
口を尖らせるジャコの顔を見て、
「その楽器はな、人を見て選ぶんだ。オマエは 拒否されたんだ 」
と言うなり ザヴィヌルはガハハ・・・と笑ってみせた。
もう一度試みても、キーボードは ジャコを「拒否」する。
「何なんだよ これ?」
ジャコは降参した。ピアノに座ったまま ザヴィヌルは、笑いをこらえつつタネ明かしをした。
「そのキーボードには、エンジニアのブライアン・リズナーに頼んで作らせた 特殊なパッチ・ケーブルを繋いであるんだ。スイッチ一つで 鍵盤の音程を逆転させる 」
「意図的だったんですか・・・。でもザヴィヌルさん。コレ何かの役に立つんですか 」
と、興を削がれた上に 笑われたジャコは不満だった。
「思いもよらなかった音が出るだろう、オモシロいのは まさにそこだよ。たとえば、指が動きを覚えてしまっている月並みなリフを演奏する、それが逆転して鳴った瞬間の驚きと言ったら ないぞ 」
ジャコは首をひねった。
「演奏者が自分で自分の弾いている楽器をコントロールできなくてもですか? 」
ザヴィヌルは、汗ばんだ頸を指先で軽く掻きながら 再び笑った。
「まだまだ若いな、オマエさんは。いいか、意図せぬトラブルを意図的に起こすことで 制御できぬ事態をコントロールしてみせることを楽しむという境地に、わしは達しているわけじゃよ 」
そう言うと ジャコを退(ど)かして、ザヴィヌルはアープ2000の鍵盤を爪弾いてみせる。

(小)ザヴィヌルとジャコ 1976年ニューヨーク(ADLIB) ザヴィヌルとジャコ
― それは 「ブラック・マーケット」の ペンタトニックな主旋律だった。
 ジャコは、ステージ上では聴き慣れた、この曲を ザヴィヌルが弾く様子を初めて間近で眺め、心底驚いた。何てめちゃくちゃな指使いだ !
「シンセサイザーを演奏する時は、偶然性さえも前向きに受けとめるべきなんだ。キーボードを逆配置にし、調律を変え、違う音階にしてみる、それをライヴで制御させ、解決できる訓練をしておくんだ。それを楽しみにすら感じることによって 気持ちが昂揚するし、前進する。自分自身をびっくりさせることが好きな性分なんだな 」
これが、ザヴィヌルがシンセサイザーでソロをとる場合の、他の誰とも異なる、独特な不思議スケールの真相だったのだ。ドリアンでも フリジアンでも リディアンでもなく、ましてやブルーノートでもなく・・・。

River People Weather Report
「さ、気分を変えて、オマエさんが持ってきた ニュー・アルバム用の新曲をみせてみろ 」
ジャコは われながら簡単過ぎるほどの譜面を おそるおそるザヴィヌルに渡した。却下されるかな? 自信はなかった。
「“リヴァー・ピープル” か・・・ 」
「フロリダのエバーグレイスへボートで バス釣りに行ったとき着想した、個人的な楽曲です。川の泥水に脚を浸しながら働く人たちの楽しいワークソングといったところ 」
ザヴィヌルは しばらく楽譜を睨んでいたが、やがて立ち上がると スタジオのマルチ・トラッカーに新しいテープを自分でセットし、戻ってくると 傍らのドラム・セットを指差した。
「自分で叩いてみろ、その上で 多重録音でベースと、わしのキーボードを重ねてみようじゃないか 」
「い、今ですか? 」
 
 ジャコが叩き始めたドラムスは、ゆったりとしたテンポ、一拍ずつキックするバス・ドラのシンプルな4ビート、 8分音符を刻みながらオフ・ビートでオープンするハイハット、そして偶数拍でスネアを打ち込むという 典型的なディスコ風ビートだ。
 再生された自身のドラムスの音をスタジオに流しながら 重ねてプレイするジャコのベース・ラインは、どちらかといえば彼の常套的なフレーズだったが、これにザヴィヌルの力強いキーボードがミックスされると 徐々に昂揚感が湧き出てくる、不思議な魅力を放った。
 12小節毎に繰り返される、呪文のように上昇する断片的なリフ・テーマは、
「これにショーターさんのソプラノ・サックスが加わると、麻薬的な効果が一層増すと思います 」
と、ジャコは 説明した。ザヴィヌルは、彼の口ひげを扱(しご)きながら好意的に言った。
「ふん なかなか悪くないぞ、なぜかルイジアナにいるような気がしてきたよ。今風なリズムでもある、これからのウェザー・リポートの新しい面を判りやすく披露することにもなる、シングルB面にちょうどいい。このまま使おうじゃないか。シンセサイザーでイントロをくっつけてと、さらに オーヴァーダビングで ウェインのサックスを トラックのリフに重ねれば、もうほぼ完成品じゃな 」

 ここに及んで、ようやくジャコは 今日スタジオに足を踏み入れた時からずっと疑問に感じていたことを、ザヴィヌルに訊ねる機会を得た。
「あの・・・ ところで 今日 他のメンバーは どうしたんですか。俺が日付を間違ったんでしょうか?」
その瞬間、ザヴィヌルの目が光った。
「今のは禁問じゃ。だが遂に オマエは その問いを 口にしたな? 」
「? 」
ザヴィヌルは、ゆっくりと愛用の葉巻に火を点けて言った。
「・・・ウェインは 彼の楽しい V.S.O.P.で ワールド・ツアーの真っ最中だ。パーカッションのマノロ・バドレーナは 先月アル中でクビにした。ドラマーのアレックス・アクーニャは、自分から家族サービス優先だとか言い出して - 辞めてしまった ! 」
ジャコは 絶句した。
「だから 今日は、わしとオマエさんの二人だけなのだ 」
そう言い放つと、笑顔とも泣き顔とも判別しかねる表情をザヴィヌルは浮かべた。それは「制御できぬトラブルをコントロールすることを楽しむ境地 」に入った男の表情からは、少し遠いようだった。


⇒ 次回につづく

♪ 事実に基づいたストーリーですが、登場人物らの会話は “発起人”の創作で 架空のものです。

参考文献
「ジャコ・パストリアスの肖像」ビル・ミルコウスキー(湯浅恵子/訳)リットー・ミュージック
「ワード・オブ・マウス / ジャコ・パストリアス 魂の言葉」(松下佳男)立東舎文庫
季刊ジャズ批評118号「特集ジャコ・パストリアス」ジャズ批評社
ジャズベース・プレイヤー Vol.4「オール・アバウト・ジャコ・パストリアス」シンコーミュージック・エンタテイメント
「NO BEETHOVEN ウェザー・リポート&ジャコ・パストリアスと過ごした日々」ピーター・アースキン(川嶋文丸/訳、松下佳男/監修)アルトゥス・ミュージック
「ALL ABOUT WEATHER REPORT」シンコーミュージック・エンタテイメント
「ザヴィヌル ウェザー・リポートを創った男」ブライアン・グラサー(小野木博子/訳)音楽之友社

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