スケルツォ倶楽部
架空のシューベルティアーデ
シューベルティアーデ  目次は こちら


(4)ピアノ三重奏曲第2番 変ホ長調 D.929 

 今宵のシューベルティアーデは、主役を欠いたまま 進行しています。肝心かなめのフランツ・シューベルト自身が いまだに シューベルティアーデ会場であるゾンライトナー家の屋敷に到着していないのです。
 一体いつまで休憩してるんだ、という不満の声、早く音楽を再開して、という催促の声などが サロンの彼方此方で揚がり始めるのを聞いた 幹事のシュパウンは、友人のヒュッテンブレンナーの弟ヨーゼフをつかわして シューベルトの下宿へ向かわせました。それは シューベルトが以前にも大事な約束をすっぽかして 自分の部屋で作曲に没頭していた、という前科があったことを 突然 思い出したからです。あり得る。もし今回もそうだったとしたら・・・ 「あのマッシュルーム野郎め!」と、思わず呟きながら シュパウンは、才能ある親友の 憎めない笑顔を頭に浮かべると なぜか 自分の頬が緩(ゆる)んでしまうことに 気づいていました。
困った奴だよ、フランツは・・・
 幹事は音楽会の再開を聴衆に告げ、ピアニストのガヒーに ヴァイオリニストとチェリストを引き合わせ 親友の作曲した ピアノ三重奏曲変ホ長調 の演奏を 開始させました。

インマゼール ビルスマ:ピアノ・トリオ第2番 SONY
シューベルト
ピアノ三重奏曲第2番 変ホ長調D.929 
ジョス・ファン・インマゼール(フォルテピアノ)
ヴェラ・ベス(ヴァイオリン)
アンナー・ビルスマ(チェロ)
録音:1996年4月
ソニークラシカル(SRCR-1772)

 この曲は、シューベルトの生前からすでに有名で 少なくとも二回は公開の場(ウィーン楽友協会ホール)で演奏されているそうです。それはいずれも作曲者の早すぎる最晩年期で、一度は1827年12月26日、二度目は 翌1828年の3月26日でした。どちらもたいへん好評で、シューベルト自身も友人のヒュッテンブレンナーやライプツィヒの出版者へ送った手紙の中で、とりわけ聴衆に喝采されたこの曲のことを自慢しています。特に第2楽章 アンダンテ・コン・モートの有名な旋律は、作曲者が1827年にウィーンで耳にしたスウェーデンの「太陽は沈み」という歌に基づいて書かれています。1827年と言えば、シューベルトが尊敬していたベートーヴェンの亡くなった年でもあります。作曲家は この“沈む太陽”という言葉のイメージが、私淑する楽聖のことを指している と感じたのではないでしょうか。そのメロディは、終楽章アレグロ・モデラートのロンドの中にもう一度再現されていますが、当時としては珍しいアイデアです。
 そういえば ずっと後にマーラー 交響曲第5番の やはり終楽章において アダージェットの緩徐楽章の旋律を再現して 独特の効果を上げていますが、聴感覚上の意外性においては これに勝るとも劣りません。
 ディスクは、今さらご紹介するまでもない 素晴らしい一枚です。タイムリーにもシューベルトの生誕二百周年(1997年のいわゆるシューベルト・イヤー)に 第1番D.898とのカップリングでリリースされ、フォルテピアノの第一人者インマゼールが、ラルキブデッリビルスマベスと共演!という話題と共に 大きな注目を集めたことは、皆さまの記憶にも新しいのではないでしょうか。
 高橋 昭氏の 的確な批評から引用させて頂きます。「インマゼールの演奏はリズムが明確、表情は豊かである。彼のタッチはウィーン式のアクションを持つライプツィヒのトレンドリン・グランド(19世紀初期モデルのフォルテピアノ)から美しい響きを引き出し、いつもと同じ意欲的な解釈に彩りを添えている。推進力も十分である」。


 シューベルティアーデ、次は 今ウィーンで話題のイギリスの新人テノール歌手ウィリアム・ノーフォークです。彼はウィーンの宮廷に招かれ、この夏からオーストリアに滞在しているイギリス人です。ガヒーのピアノ伴奏で、シューベルトの歌曲を 数曲歌うことになっています。
ボストリッジ シューベルト歌曲集
シューベルト
歌曲「ます」、「ガニュメート」、「春に」、「月に寄せて」、「野ばら」、「山々に憩いあり(さすらい人の夜の歌)」、「最初の喪失」、「漁師」、「漁師のくらし」、「夜と夢」、「こびと」、「音楽に寄せて」、「君はわがやすらぎ」、「水の上で歌う」、「シルヴィアに」、「連檮」、「春のおもい」、「林の中で」、「ミューズの子」、「さすらい人の夜の歌」、「幸福」、「魔王」
イアン・ボストリッジ(テノール)
ジュリアス・ドレイク(ピアノ)
録音:1996年2~3月録音
原盤:EMI(TOCE-9874)
 
 十数年前、イアン・ボストリッジが 次世代を担う英国の新鋭リリック・テナーとして人気急上昇中だった頃にリリースされたディスクです。この当時 すでに名盤「水車小屋の娘(旧 ハイペリオン盤)」、「詩人の恋」、またヘレヴェッヘの「マタイ受難曲」に於けるエヴァンゲリストなどで 既に高い評価を得ていました。彼はケンブリッジ大学とオックスフォード大学とで歴史と哲学を学び 博士号まで取得、学術的な研究姿勢を身につけながら、その歌唱は常にスリリングで新鮮、解釈の上では言葉を大事にし、何よりその美声で、ほとばしるような感情を これほど繊細に表現出来る才能は余人をもって代え難く、今日 すでに その名声が確立されていることを 否定する人は いないでしょう。
 音楽芸術の存在に深い感謝を表明する感動的な「音楽に寄せて」、ボストリッジの母国イギリスが生んだ文豪シェークスピアの歌詞による「シルヴィアに」(特にこのピアノ伴奏=左手ベースラインの弾むような動き! まだ見ぬ乙女シルヴィアの美しさを想像する歌い手が 胸の高鳴りを抑えている様子が見事に表現されています)、そしてシューベルトの最高傑作、ゲーテの詩による「魔王」。これらに於けるボストリッジの歌唱は傾聴すべきものがあります。
 「魔王」では(ぜひお手元の歌詞対訳を 追って聴いてみてください)特に魔王パートの性格表現が本当に聴きものです。第7節「力づくでも連れ去るぞ!(so brauch’ich Gewalt!)」の素晴らしさは、猛禽が獲物を捕殺する瞬間のイメージが鮮明に脳裏に浮かぶほどです。

 さて、ここで シューベルティアーデのサロンから 少し離れた場所で、複数の「魔王」ディスクを お楽しみ頂きましょう。

架空のシューベルティアーデ (5)ゲーテの「魔王」を聴き比べる に続く・・・
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