Club Scherzo
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作者シュルツ氏の
「シュローダーを描くアングル 」について

チャールズ・M.シュルツ氏(朝日新聞社). プロフィール
(左 ) チャールズ M.シュルツ
(右 ) シュローダールーシー


 「スヌーピー(コミック『ピーナッツ 』 )」 の作者チャールス・M.シュルツ氏が残した語録から、今回は いつもの「音楽そのものについての話題 」ではありませんが、作者シュルツ氏が描く「 シュローダーの定型ポーズを通して、平面上のデザインから登場人物を記号・図式化することの意図について 」、作者自身の考えを知ることが出来る たいへん興味深く 貴重な発言をご紹介します。

 「 ・・・ 『ピーナッツ 』の中には、私がしょっちゅう使う基本的なポーズがいくつもありますが、すべてそれなりのはっきりした理由があるのです。 ・・・それは描かれている人物が誰で、いま何をしているかが 読者にすぐさま分かるようにすることが肝心だ ということです。変に凝ったカメラアングルを使ったり、ひとコマごとに人物のポーズをいろいろ変えたり、そういうことを私が一切しない ゆえんです。」
チャールズ・M.シュルツ/松岡和子 訳 “ ピーナッツ・ジュビリー ”より 角川書店

 
 (1)Why Do You Always Face The Same Way? (2)You Should Try Facing The Other Way Sometime. (3)She May Be Right... Ill Have To Think About It笹野洋子=訳 講談社 ) 

 「 ・・・ たとえば、さまざまな視点からシュローダーを描いてみたところで、まったく何の足しにもならないだろうということです。そんなことよりも、読者が、あ これはシュローダーだと ひと目で見て取り、例のちっぽけなオモチャのピアノに向かっている彼の姿を見て親しみを感じるほうが、ずっと大事なのです。もちろん、こうした人物たちをいろいろと違ったアングルから描こうとしても、おいそれといかないのはいうまでもありません。場合によっては、単に当の人物たちとポーズが合わず、アングルさえ変えれば他のポーズのほうがなんとかひねり出しやすいということもあります。となると、どう描いたら一番ぴたりと決まるかに立ち戻らなくてはなりません。そして、シュローダーは ピアノを弾いている横向きの姿が一番ぴたりと決まるのです。」

 シュローダーとスヌーピー(1) シュローダーとスヌーピー(2) シュローダーとスヌーピー(3)

 「 ・・・ 私は また、登場人物たちを 彼らと同じ目の高さから見たところを描いてきました。したがって読者もまた、上から彼らを見おろすような大人の視点を取ることなしに、すっと そのまま絵の中に入っていけるわけです。・・・」
(チャールズ・M.シュルツ/松岡和子 訳 “ ピーナッツ・ジュビリー ”より 角川書店 )


 シュローダーがピアノを弾いている時の 定型のアングル、すなわち右半身からの構図というのは、皆さんもすでにお気づきでしょうが、それは グランド・ピアノの蓋が開く向き = 私たちが通常 客席から見る コンサート・ピアニストと同じ向きだったのです(!)。
Horiwitz in Hamburg the Last Concert(D.G.) Friedrich Gulda with Claudio Abbado,Vienna Philharmonic(D.G.) Evgeni Kisin 「12歳、ショパンを弾く」(メロディア) プロフィール 110×110
 左から、ヴラディミール・ホロヴィッツフリードリヒ・グルダエフゲニー・キーシンシュローダー

 ピアノに向かうシュローダーを「左半身側からの構図」、「正面側からの構図」、「背後側からの構図」で描いた絵はありません(でも、そう言えば かつてアニメーション映画「スヌーピーとチャーリー A Boy Named Charlie Brown」の中で、ピアノを弾いているシュローダーを めずらしく背中側から描いたシーンがありましたが、それはそれで必然性のある場面でした。これについては、またいつか詳しく書かせて頂きます)。いずれにせよ それらがシュルツ氏によって意図的に選択・固定された、こだわりのアングルであったということです。
 シュローダーに限らず、代表的な登場人物を ある程度 記号化して描くことは、発信すべきメッセージを曖昧(あいまい)にせず 明確化する、という効果を大いに発揮したものです。
たとえば・・・

犬小屋の屋根で いつも同じ方向に寝る スヌーピー
(4)One Does Not Treat A Career Change Lightly...笹野洋子=訳 講談社 )

チャーリーブラウンと タコ食いの木
Hello,Kite‐Eating Tree !(1967年2月19日:谷川俊太郎=訳 )

ピッチャー・マウンドに立つ、
敗戦投手のチャーリー・ブラウン

連続9ホーマーを浴びるチャーリー・ブラウン

精神分析スタンドで チャーリー・ブラウンに
診断をくだすルーシー

ルーシーの精神分析スタンド

チャーリー・ブラウンが蹴ろうとする
フットボールを取り上げるルーシー

フットボールのエピソード

安心毛布を抱えて 指をしゃぶるライナス
ライナスと安心毛布
etc ...

 これらはいずれも 作者シュルツ氏の意図どおり、「登場人物の構図(アングル)までキャラクター・デザインの一部」ということ、また「イメージをある程度 固定化することで、個々のキャラクターを 読者が受け入れ易くなる」ということに 確かに役立っています。そういった効果には、まさしく膝を叩くような思いで納得できます。
 ・・・ベートーヴェンを弾くシュローダーのピアノに寄り掛かりながら、梨のつぶてとなる恋の言葉をささやくルーシーにとって、「彼女的には 」それは こんなイメージ(写真 )なんでしょうね。
Lou Levy Plays Baby Grand Jazz(Jubilee) Isnt It Romantic?(1963年3月10日:谷川俊太郎=訳 )
ルー・レヴィ Lou Levy“ Plays Baby Grand Jazz” Jubilee‐1101 )


次回 (8)シュルツ氏、スタン・ゲッツのレコード・ジャケットを手掛ける・・・ に続く

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