スケルツォ倶楽部
名優ゲアハルト・シュトルツェの演技を聴く
オルフ「オイディプス王」(クーベリック)D.G.ゲルハルト・シュトルツェ(最小サイズの肖像写真)   目次は こちら

(10)クナッパーツブッシュの「リング 」で ミーメ を演じる

■ 1957年のバイロイト音楽祭出演状況 
 ゲアハルト(ゲルハルト)・シュトルツェは、前の年(1956年)に引き続き クリュイタンスが指揮する「ニュールンベルクのマイスタージンガー」に 徒弟ダーヴィット役で出演、好評を博しています。
 また、クナッパーツブッシュが指揮する演目では( 舞台神聖祭典劇「パルジファル」の小姓の他)、生涯の当たり役となる「ミーメ( 但し 当年は『ラインの黄金』のみ )」を バイロイトで初めて演じていることが、注目です。

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▲ 偉大なワーグナー指揮者 ハンス・クナッパーツブッシュ

■ ミーメ入門
 皆さまには すでに ご承知のように「ミーメ」役は、ワーグナーの四部作から成る長大な楽劇「ニーベルングの指環」の中で、その前夜祭「ラインの黄金」と第二夜「ジークフリート」という二作品にのみ登場する、異彩を放つ名キャラクターです。
 楽劇「ラインの黄金」では登場シーンも少なく、演じるべき内容もまだ浅いです。ニーベルング族アルベリヒの弟にして器用な鍛冶職人ですが、弟でさえ平気で酷使するアルベリヒにアゴでこき使われ、見せしめに鞭打たれるようなちっぽけな存在です。しかし 兄 アルベリヒが「ラインの黄金」の終幕で 全能の力の象徴たる指環天上の神々に奪われ、さらに これが巨人ファーフナーの手に渡ってしまったことを知ってからは、いつか隙を見て この指輪を掠め取ろうと、地下から地上に出て森で暮らすことになります。
 ここから先が 第二夜「ジークフリート」です。( 第一夜「ヴァルキューレ」のストーリーは 省略させて頂きますが、)ジークリンデが 彼女の命と引き替えに産み落としたジークムントとの一粒種である ジークフリートは、奇縁から ミーメが拾い上げて養育することになります。実は、ミーメは 英雄ジークフリートが成人してから、今も大蛇に姿を変えたまま指環を守り続けているファーフナーと戦わせるため 森の奥の洞窟へ案内する、という重要な役割を担っています。憎き兄アルベリヒを機智で出し抜き、自分自身が育て上げた若き英雄ジークフリートを操って、さあ 果たしてミーメは 指環を手にすることが出来るのでしょうか、一発大逆転、世界の王となれるのでしょうか ・・・ ?!
 
■ 1958年「ミーメ」
~ ワーグナー:楽劇「ラインの黄金」、「ジークフリート」

ワーグナー 1958 リング(クナッパーツブッシュ)Golden Melodram(G.M.1.0052-14CD)
ワーグナー:楽劇「ラインの黄金」、「ジークフリート」
ハンス・クナッパーツブッシュ指揮/バイロイト祝祭管弦楽団
「ラインの黄金」(ライヴ録音:1958年7月27日)
   ハンス・ホッター(ヴォータン)、
   エリック・シーデン(ドンナー)、
   シャンドール・コンヤ(フロー)、
   フリッツ・ウール(ローゲ)、
   リタ・ゴール(フリッカ)、
   エリーザベト・グリュンマー(フライア)、
   フランス・アンダーソン(アルベリヒ)、
   ゲアハルト・シュトルツェ(ミーメ)、
   テオ・アダム(ファーゾルト)、
   ヨーゼフ・グラインドル(ファーフナー)、他
「ジークフリート」(ライヴ録音:1958年7月30日)
   ヴォルフガング・ヴィントガッセン(ジークフリート)、
   アストリッド・ヴァルナイ(ブリュンヒルデ)、
   ハンス・ホッター(さすらい人)、
   フランス・アンダーソン(アルベリヒ)、
   ゲアハルト・シュトルツェ(ミーメ)、他
Golden Melodram(輸入盤G.M.1.0052-14CD)

 
 楽劇「ラインの黄金」「ジークフリート」両方のミーメを、一公演で通してシュトルツェによる歌唱で 最初に聴くことが出来るのは、1958年の公演においてです。それは、バイロイト音楽祭において クナッパーツブッシュが「指環(リング)」の指揮を執った、最後の年としても記憶されています。
 さて 前述のとおり、“ミーメ”は、楽劇「指環(リング) 」の前史「ラインの黄金」では 地下のニーベルハイムの場面で短時間 姿を見せるだけですが、ワーグナー自身は ミーメを 楽劇「ジークフリート」に再登場させるまでの間、その人格も役割も 著しくパワーアップさせていることに ご注目ください。
 デッカの名プロデューサー ジョン・カルショーも、著作「ニーベルングの指環:リング・リザウンディング」において、この興味深い登場人物について、
《ジークフリート》のミーメは、《ラインの黄金》のミーメとは同じ料理でも、別の鍋に入った料理(山崎浩太郎氏=訳/学習研修社)」 
と述べているほど、二つの楽劇を比較して、その技巧的な難度や音楽の質・量の深みなどに 大きな差があることを指摘しています。
 連続上演やレコーディングなどでも、実際 この二つのドラマのミーメ役は しばしば異なる歌手によって歌い分けられていますが、それは 求められる歌手の力量の差でもあるのです。楽劇「ジークフリート」のミーメを歌える歌手が、楽劇「ラインの黄金」のミーメを演じることに問題は少ないと思われますが、しかし その逆は(おそらく)あり得ません。

 ・・・では、いよいよ 聴き進めてまいりましょう。
 私の手元にある音源(Golden Melodram盤)は、残念ながら 全体に人工的な電気エコーが耳障りとなっています。バイロイト祝祭劇場特有の乾いた音色に潤いを与えようとでも(?) 製作者が要らぬ気を利かせたのでしょうか、楽劇「ジークフリート」第1幕などで 剣を鍛える鍛冶の打撃音などが入ってくると、その強く短い金属音にいちいち反響するディレイの音は やはり煩わしく感じます。比較的最近、同じ音源がWALHALL盤で出ているようですが、購入して聴かれた方、果たして音質は いかがでしょう? もし機会がありましたら、どうぞお教えください。

 シュトルツェのすぐれた特徴のひとつに、正確無比なリズム感が挙げられますが、これは無敵です。少人数の室内楽でも大編成の管弦楽でも息の合った演奏家同士は常にお互いの音を聴き合うことでテンポ・速さを共有しているものですが、ゲアハルト・シュトルツェという歌手も オーケストラの鼓動を 舞台上から動物的な直感で見事にすくい上げ、その上に自身の声を正確に乗せる名人であると言えます。
 例えば、第1幕 ジークフリートが 剣ノートゥングを鍛え直す鍛冶の場面、そこはテンポの緩急も激しい個所ですが、大らかなヴィントガッセンなどは クナッパーツブッシュの 今にも止まりそうなテンポを置き去りにして先に走り出してしまうことを繰り返します。舞台とオーケストラが乖離してしまう不安に、聴衆は別の意味で手に汗を握るのですが、その都度シュトルツェは 悪企みに夢中になるミーメを演じながら その口の中で 歌詞の「r」の音(顫動音)をゆっくり転がしたり、呆けたように母音「o」の音を長く伸ばしたりして、ごく僅かずつ微調整しながら足を踏み鳴らしてリズムを取り、クナッパーツブッシュのテンポに合わせるため、ヴィントガッセンが先走りした舞台の時間を引き戻そうとしているのです。この辺りの絶妙な呼吸は、実はこの場面に限らず、1958年のクナッパーツブッシュ盤におけるシュトルツェが演じるパート全編で聴くことができます、それは正にプロの仕事と言えます。
 「ジークフリート第2幕ファーフナーが倒れた後、ミーメが洞窟の前でアルベリヒと激しく言い争う兄弟喧嘩の場面もシュトルツェ・フリークにとっては堪(こた)えられない聴きどころです。録音マイクがステージの何処に何本立っていたのかまでは知り得ませんが、他の歌手たちの声に比べ シュトルツェの声が時々オフ気味になったり急に大きくなったりと、聴き取りにくいことの多さに最初首をひねりました。これは、舞台上でより多く、より激しく、敏捷に動いていることの証だったのです。時には客席に背を向ける瞬間もあったのでしょう、表に向き直り、後ろを向き、ぐるぐる回りながら足を踏み鳴らし、シュトルツェは全身全霊でミーメを演じていたに相違ありません。

■ 1958年、アルベリヒを演じるのは フランス・アンダーソン
 1950年代のバイロイトにおけるアルベリヒ役と言えば 名手グスタフ・ナイトリンガーの定席でしたが、ヴィーラント演出による「リング最後の年となった1958年だけは、スケジュールの不都合でもあったのでしょうか、珍しくナイトリンガーでなく、デンマーク出身のフランス・アンダーソンという人が演じています。
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▲ フランス・アンダーソン (1958年)バイロイト公式サイトより

 アンダーソンはその熟練の歌唱から察し、当時 地方歌劇場でアルベリヒ役を相当歌い込んできたベテランと思われます。彼は、翌1959年サヴァリッシュが指揮した「トリスタンとイゾルデ」で クルヴェナールも演じていますが、記録によるとバイロイト出演は わずか二年間で この二期だけなのです。
 本録音を聴く限り、アンダーソンの歌唱は、ナイトリンガーに劣らぬ豪放磊落(らいらく)なもので、特に「ジークフリート」第2幕におけるシュトルツェが演じるミーメとの息詰まる口論の場面など その激しい攻撃の応酬には 思わず音質の悪さも忘れるほどです。狡賢く歩み寄ってくるシュトルツェ(の、可愛い作り声も最高!)を鼻で笑って拒絶する“ Nichts von allem ! Nicht einen Nagel sollst du dir nehmen ! お前には何もやらない! 釘1本だってやらない ”部分、これに乗ったアンダーソンの、あたかも 楔を打ち込むがごとき冷たい断言口調には 得も言えぬ存在感があります。

■ 第2幕、ミーメ最期の場面
 ・・・もとい。その後の息詰まるようなジークフリートとの「対決」を シュトルツェによる 迫真の演技で聴けることは、至上の悦びです。
 後年のショルティ盤カラヤン盤での歌唱に比べても、劣っている条件は 録音状態だけと言ってもよいでしょう。シュトルツェミーメは、1958年のこの時点で すでに完成されています。但し、クナッパーツブッシュのテンポが遅いせいもあり、若きシュトルツェの歌唱には後年より慎重さを感じます。クナッパーツブッシュの指揮するオーケストラが紡ぎ出す音の綾から、自分がスタートする次の合図のタイミングを真剣に聴きながら構えている様子が、はっきりとわかります。私がシュトルツェにプロフェッショナルな歌手・演技者を感じる時とは、正にこのような姿勢が聴けた(見えた)瞬間なのです。
 なお、バイロイト音楽祭の舞台で 楽劇「ラインの黄金」と楽劇「ジークフリート両方のミーメシュトルツェが 同じ年に演じるのは、この1958年(クナッパーツブッシュ指揮)の他、10年後の1968年 および 翌1969年(二年ともロリン・マゼール指揮)の計三回のみだったようです。
 今回確かめてみるまで、私の個人的な印象では、バイロイトシュトルツェがミーメ役を演じた回数は もっと多いものと思っていましたので、少なからず意外でした。

■ カラヤンのウィーン国立歌劇場における「指環(リング)」上演
 ちなみに、この同じ頃 ウィーン国立歌劇場では1957年12月以降、カラヤンの指揮によって 初めて楽劇「ジークフリート」の単独上演が開始されていますが、シュトルツェは、そこではまだミーメ役を演じていません(この時期ミーメ役を務めていたのは、コヴェントガーデン歌劇場などでも活躍していた ベテランキャラクター・テノールペーター・クラインでした)。シュトルツェウィーン国立歌劇場初めてミーメ役として起用されるのは、もう少し後、カラヤンが満を持して1960年5月31日~6月12日 同歌劇場において、 「ニーベルングの指環」四夜完全上演を 打つ 舞台においてです。

次回 (11)オルフ「オイディプス王」初演、主役を務める に続く・・・

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