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マゼール/クリーヴランド管弦楽団 - 1978年来日の「牧神の午後への前奏曲」で鳴った「サンバル・アンティーク」の感銘

ロリン・マゼール クリーヴランド時代のロリン・マゼール
 今晩は、“スケルツォ倶楽部発起人です。
 今宵の回想は、私 発起人が まだ高校1年だった 1978年 9月15日、来日したクリーヴランド管弦楽団(指揮者はロリン・マゼールでした )、懐かしの日比谷公会堂における東京公演の初日・・・ その休憩時間での出来事です。
 私たちの指定席は 二階でしたが、その最前列真ん中からステージ全体を見下ろせる良席でした。

1978年の来日公演パンフレット クリーヴランド管弦楽団 1978 クリーヴランド管弦楽団
 大事にしまっておいた当時の古いパンフレットを久しぶりに開き、この夜のプログラムを振り返ってみると、ウェーバーの歌劇「オベロン 」序曲(・・・あ、これも「芸術家のカドリーユ 」中に登場した曲だw )で開幕。 微かに記憶も よみがえります - 宵闇の森奥から聞こえてくるようなホルンと、静かに夜露を降らせるが如き弦セクションの精妙なアンサンブルから始まりました。木管のさえずりも美しい序奏に続き、テンポがアレグロへと移る瞬間の力強いトゥッティと 一緒にはじけるティンパニの一撃、颯爽と指揮台に立つマゼールのスタイリッシュで才気奔った姿を覚えています。

 その次には、短いシンフォニーチャイコフスキー第2番 だったはずなのですが、なぜか これを聴いた記憶は よみがえりません・・・? )が 一曲演奏されて 当夜のプログラムは前半を終え、会場は 20分の休憩となりました。


 さて、今日 語りたい話題は、実は ここからです。
 前半のプログラムが終了し、オーケストラは全員ステージから楽屋へ引き上げました。ホールの聴衆も トイレやロビーへと流れ、客席はいくぶん閑散としています。私は、そのまま席を立つことはなく 手元のプログラムを開き、後半の演奏曲目を眺めていました。

 ドビュッシー作曲:牧神の午後への前奏曲

 レスピーギ作曲:交響詩「ローマの松」


 クラヲタになって まだ日の浅い高校生にとっては、とても魅力的な選曲でした。わくわくしながら、私は レスピーギの「ジャニコロの松」の 夜鶯(ナイチンゲール )のさえずり は どうするんだろ、などと考えたりしていました。

 そこへ、二人の男性楽員が静かにステージへ現われました。まだオーケストラ団員が戻ってくるには 早すぎます。事実 この二人以外、ステージは無人で 照明も弱く 落とされていました。
 彼らは、打楽器類が置かれている 舞台下手の奥へと進みました。
 一人は年配、もう一人は若い、どちらもパーカッション奏者でした。先輩奏者が若い奏者に、何やら話していますが、二階席からは遠くて その会話は聞こえません。
 やがて、若いほうが 先輩から やってみろと(言われたように見えました )促され、何やら小さな楽器を 両手の指先に構えています。
 それは、遠目には掌(てのひら)の上に乗ってしまうほど小さな 二枚の円盤でした。
 若い奏者は、二つの円盤を 両手の指先で摘(つま)んで 二つの金属の縁(ふち)を打ち合わせました。「ちーん」と、まるで仏前で鳴らす小鐘のように澄んだ高い音が二階席にも聞こえてきました。一瞬 休憩中で ざわついていたホールが 鎮まりました。
 年配の奏者は、後輩の手元をみながら、「こうしてごらん 」とでも言うように、今度は自分が 両指先で摘んだ円盤を 逆手に持ち替えると (両手首を回して掌を上に向け、 )まるで捧げるような手つきで 静かに打ち鳴らしました。先ほどの鐘とは異なる音程で「ちーん」が鳴ります。先輩奏者は、そのまま鳴らし(震動させ )続けた状態の鐘を 自分の目の高さまで持ち上げ、曲げた肘を支点にして 小さな楽器を ゆっくり水平に回転を繰り返しながら、徐々に肘を伸ばすと 空中に大きな円環を描いてみせました。
 それを見て「こうでしょうか 」と問うように、後輩君も 先輩の所作を真似して、両手に “捧げた”円鐘を 水平に回しながら、少しぎこちなく 肘を伸ばしてみせます。
 先輩奏者は頷きつつ 「水平に回す度に 宙に描く “円環”を 徐々に大きくしてゆくんだよ」というような身振りをしました。
 アドバイスを聞いた後輩君は、両手で “捧げた”二つの円盤を さらにもう一度打ち合わせ、最初は自分の胸元の近くで小さく水平に回していた円環を、次には あごの高さへ、目の高さへ・・・ と、ゆっくり回しながら上昇させ、描き続ける“円環”のサイズも大きく広げてゆきました。

 高校生だった私を含め、シートに着いた聴衆の多くも、この寸劇のようなやり取りを 興味深く見つめていました。長いと思っていた 20分の休憩時間も あっという間に過ぎていました。ステージ本番での、この二人のパーカッショニストの演奏に 否が応でも期待は高まります。

ドビュッシーのポートレイト アテネ市の古代ギリシャの民族楽器博物館収蔵のミニ・シンバル
▲ (左から )クロード・ドビュッシー古代ギリシャミニ・シンバルアテネ市 民族楽器博物館 収蔵 )

 まだ当時は 詳しい知識を持ち合せておりませんでしたが、この見慣れない 小さな打楽器こそ、ドビュッシーが「牧神の午後への前奏曲 」の終盤で指定していた、「サンバル・アンティーク」 cymbals antiques(古代のシンバル、の意 )だったのです。

 「古代ギリシャの楽器の近代の複製であって、真鍮の小型の円盤で、その直径の小ささは 人の手の幅に及ばないものもある。通常のシンバルよりは分厚で、中央部は高くなっており、そこを持つようになっている。一対ずつ作られ、一定のピッチを出せるように正確に形作られている。演奏する場合には 両手に各一つずつ持ち、縁(ふち)を軽く打ち合わせ、震動するままに任せておく。その響きは非常に明瞭なデリケートな鐘の音のようである 」
(以上、「管弦楽法」より引用:ウォルター・ピストン著 - 戸田邦雄/訳 - 音楽之友社 )。

 この楽器は、正確に同じ音程をもった円鐘二枚で 一対であり、その縁(ふち)同士を打ち合わせて鳴らした響きを聴かせるのが、正しい演奏方法です。
 ドビュッシー作曲の「牧神の午後~ 」では、二対の「サンバル・アンティーク」が必要で、その音程も E と H に指定されていますから、オーセンティックに演奏しようとすれば、この夜のクリーヴランド管弦楽団のように、パーカッション奏者は 二名必要になる筈です。

 しかし、最近では 必ずしもそうではないようなのです。
 今回 この回想の記事を書くにあたり、何だか気になったので オーケストラの演奏風景が見れるネット動画で「牧神の午後~ 」を調べてみたら、私にとっては ちょっと驚くようなことに気づきました。

サンバル・アンティーク パ・ オペラ座(1989)
▲ 本来 二枚で一対 であるべきサンバル(円鐘 )を 一枚だけ吊るして小さな撥(ばち)で打っています。
ジョルジュ・プレートル / パリ・オペラ座管弦楽団(1988年)

サンバル・アンティーク バーンスタイン 1989
▲ これも上記パリ・オペラ座の動画と同じ発想、吊るしサンバルです。あのバーンスタインが ですよ? ・・・ がっかり。
バーンスタイン / ローマ聖チェチーリア国立音楽院管弦楽団(1989年)。

サンバル・アンティーク オロスコ=エストラダ
▲ さらにびっくりしたのが コレです。何と 円鐘を一枚ずつ逆さにして 中央を固定、異なる音程の鐘を鍵盤状に並べれば、みてくれも鉄琴のようだし、たしかに奏者独りでも 小撥一本で足りるわけですが、果たして正しい奏法と言えるのでしょうか?
アンドレス・オロスコ=エストラーダ / フランクフルト放送交響楽団(2014年)

 最近では、上記の装置が機能性も高く便利なのでしょう、プロ・オーケストラでは一般的になってきているようです。でも これじゃ鉄琴やグロッケンシュピールを使うのと どこが違うんだろ、という気がしませんか。
 理由は、人件費の削減にあるのかもしれません。
 さきほど述べたように、オリジナル奏法で正しく演奏しようとすれば打楽器奏者は 二名必要になりますが、固定して撥で打つんなら 一人で充分ですから・・・。
 結局、かつてクリーヴランド管弦楽団で目撃したような、この打楽器本来の正しい演奏法が見られる動画を、見つけることは できませんでした。

Debussy_1884.jpg
▲ 1884年頃の 若きドビュッシーの肖像

 ・・・再び1978年の日比谷公会堂に戻ってきました。
 クリーヴランド管弦楽団の東京公演-初日・・・ 休憩時間も終わり、オーケストラがステージに並びました。

 さあ、いよいよ 指揮者ロリン・マゼールを迎えます。
 後半のプログラム、「牧神の午後への前奏曲」が始まりました。

 休憩中のやり取りを目撃していた私は、やはり曲の終盤に登場する「サンバル・アンティーク 」を、打楽器奏者が二人で演奏する姿を 熱烈に注視していました。本番直前に あれほど真剣にリハーサルを重ねていた彼らのプレイは、一体どんな演奏効果を生むのだろう・・・。

 一人は E、もう片方は H の音程に チューン'ナップされた円盤状の小鐘を 二人はそれぞれ指先で摘むと 逆手にして、肘を支点に “捧げる”姿勢のまま、じっと待機していました。

 やがて「牧神の午後~ 」の神秘的な結尾部、フルート独奏が主題の断片を再現していきます。
 これに合わせて オーボエが、ハープが、細分化された弦セクションが、どこまでも夢のような余韻を漂わせる空気を醸し出すホ長調(だから音程は E と H だったんだ・・・ )を、清冽に縁(ふち)取るサンバルの響きが遂に響き渡ります。

 二人のパーカッション奏者は、リハーサルどおり、交互に 指先で摘んだ小さな円鐘を 静かに打ち合わせると、ゆっくりと両手で水平に回しながら 徐々にその円環を広く描いてゆきます。

国宝‐雲中供養菩薩(平等院鳳凰堂)  国宝‐雲中供養菩薩(平等院鳳凰堂)
▲ 国宝‐雲中供養菩薩平等院鳳凰堂

 私は 二階席から舞台を見下ろしながら、二人の打楽器奏者が 神秘的な舞いを納める神官そのものであり、さらに、彼らが打ち鳴らす小鐘の響きが、ステージ奥の一隅から発した 目に見えぬ水の波紋のように徐々に広がって、やがてクリーヴランド・オーケストラの音とともに ホール全体の空気まで大きく波打たせ 聴者の視界を滲ませるに至った、幻想的な映像をさえ そこに感じました。
 それは、あたかも半覚醒の状態で横たわる 午後の牧神の果たせなかった夢と欲望が 音と香りになって大気を漂った挙句、亜麻色の髪のニンフたちが 彼女らの美しい身体を浸(ひた)していた 冷たい泉の水面を 芳(かぐわ)しく波立たせたかのように- 。


また次回・・・


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