スケルツォ倶楽部 Club Scherzo
「アフター・シュトラウス & “ バイ・シュトラウス ”」
After-Strauss & “By Strauss”
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(12 )1920年 ラヴェル 「ラ・ヴァルス La Valse 」
       - ウィーンフィルが 演奏する意味 ―
ラヴェル Maurice Ravel _ Ravel_Maazel_BMG Entertainment(RCA 09026-68600-2)
  モーリス・ラヴェル  「ラ・ヴァルス La Valse 」
  ロリン・マゼール 指揮 Lorin Maazel
  ウィーン・フィルハーモニーWiener Philharmoniker
  録音:1996年6月 ウィーン、ムジークフェラインザール
  BMG Entertainment(輸入盤RCA 09026-68600-2)

  (併録:「ダフニスとクロエ 」組曲第2番、「スペイン狂詩曲 」、「ボレロ 」 )

 
 当初「交響詩 ウィーン”」として企画されていたという、この舞踏詩ラヴェルという“”に映し出された「架空のウィンナ・ワルツ」です。
 事実上 ウィンナ・ワルツでありながら しかし ウィンナ・ワルツではない、というアイロニカルな存在・・・
 これに「ラ・ヴァルス 」と命名したのには、ラヴェルらしい何らかの「こだわり 」があったのではないか、と 私は考えます。
 音楽に ソシュール風の分析 を加えることが可能かどうかは まったく自信ありませんが、この曲が シニフィエ Signifie レベルでは「ウィンナ・ワルツ」であることは、明白です。これを聴いた人は(意識的にせよ無意識にせよ )、ヨハン・シュトラウスの存在を想起するように 実はラヴェルの音楽によって操作されているのです。しかも それは巧妙に仕掛けられた罠で、聴者が甘いワルツの心地よさに油断して そのまま音楽に身を委ねていると、終結部分にはその安楽椅子から放り出されるような、もの凄いカタストロフィが待ちかまえているのです。
 今までウィンナ・ワルツだと信じて聴いていた音楽が 徐々に崩れて変容を遂げてゆき、最後の最後で 激しい嘲笑と共に、「ちがうよ! 」と強く否定されて終わるようなショック、それこそ もし本物のウィンナ・ワルツだったら 絶対にあり得ないような終わり方なのです。
 アービー・オレンシュタインは その名著「ラヴェル 生涯と作品井上さつき訳 )音楽之友社 」の中で、その結びのパッセージを“ 破壊点に隣接している緊張状態である ”とまで解釈し、“ 第一次世界大戦の混乱と母の死(1917年)に対する作曲者の個人的悲しみが この「幻想的で破滅的な回転 」の中で純化された ”ことを 鋭く指摘しています。
 タイトルの「ラ・ヴァルス La Valse 」ですが、ラヴェル自身は このワルツが、ウィーンを (ウィンナ・ワルツを ) 客観視できる ひとりの外国人が創作したオリジナルな作品 であることを自覚していて、まかり間違っても(・・・って、間違えようがない気もしますけど)シュトラウスレハールと同じカテゴリーに分類されて、最悪「ウィーンの夕べ 」なーんていうコンサートのプログラムに載せられてしまう危険性を回避するためか、わざわざワルツVienna Waltz でもなく ヴァルツァー Wiener Walzer でもなく、フランス語で シンプルにラ・ヴァルス La Valse」と、シニフィアン signifiant(=名前を付けて保存)したと、これがラヴェルの「こだわり」・・・いえ、ひょっとしたら 誇り高き「矜持(きょうじ ) 」 であったのかもしれません。

■ 作曲者ラヴェル、「ワルツ 」を語る 
 ラヴェルの弟子だった フランスの指揮者マニュエル・ロザンタール が回想した、生前親しく交際していた師ラヴェルとの思い出を、音楽評論家マルセル・マルナがていねいにまとめた 興味深い 評伝「ラヴェル その素顔と音楽論(伊藤制子/訳 )春秋社 」の中で、作曲家が ワルツ について語った部分があります。ラヴェルによれば、ワルツリズムこそ 人間性と密接にかかわるものなのだそうです。それは 何故なのか、以下、引用させて頂きましょう。
 ・・・ 「それは(ワルツこそ )悪魔のダンスだからだ。特に悪魔は、創造者の潜在意識につきまとう。創造者は、否定の精神とは対極の存在だからね。創造者のなかでも音楽家の地位が一番高いのは、ダンスの音楽を作曲できるからだ。悪魔の役割とはわれわれに芸当をさせる、つまり人間的なダンスをさせることなのだが、人間のほうも悪魔にお返しをしなくてはならない。悪魔とともにできる最高の芸当は、悪魔が抵抗できないようなダンスを踊ることだよ 」
 ラヴェルは、悪魔のごとく運命的なリズムとは、三拍子、つまりワルツのリズムにほかならないと、よく口にしていた。
「とくにワルツは、あらゆる作曲家を誘惑する形式だ。だが成功したのはほんの一握りの作曲家だけだ。モーツァルトはレントラーを作曲したが、これはもうウィーン風のワルツ。ベートーヴェンが作曲したのはドイツ舞曲だ。そしてもちろんシューベルト、シューマン、ブラームス、シャブリエ、ドビュッシーも作曲した。だがほんとうに成功したのはだれだろう。それはヨハン・シュトラウスただひとりだ。彼は 奇跡的に、みなが書きたいと思ったワルツを作曲し得たのだ。《美しく青きドナウ 》だよ 」 ( 「ラヴェル その素顔と音楽論(伊藤制子/訳 )春秋社 」P.194~195 より )


ウィーンフィルに「ラ・ヴァルス 」を演奏させたロリン・マゼール
 さて、このディスクの演奏が録音されたのと同じ 1996年の年頭 恒例ウィーンフィルのニューイヤー・コンサートで タクトを取っていた指揮者も、たまたま同じ ロリン・マゼール でしたが、この偶然は たいへん興味深いです。ニューイヤーのウィンナ・プログラムは どれも マゼールにとっては 手馴れた 濃厚な解釈が聴けますが、特に 忘れられた名曲 「入江のワルツ 」 の甘いポルタメント や 喜歌劇「くるまば草 」序曲での 大見得を切る マゼール節 が炸裂する 音楽のうねりには圧倒されます。 それらは、ボスコフスキーが指揮していた時代には 決して 聴けなかったような解釈ですし、また コミカルな演出面においても たとえば 「騎士 (ジョッキー ) 」 ポルカで、パーカッション奏者楽器マゼールは あろうことか 指揮棒を交換( ! ) してしまい、うれしそうにムチを叩きまくる小芝居(笑 )を みせるなど、もし映像付きだったら きっと おかしさも二倍 といった、いかにもマゼールらしい 凝った「仕込み 」も 功を奏しています。
マゼール_1996年 (1) Wiener Philharmoniker_Maazel
1996年 ロリン・マゼール / ウィーンフィル・ニューイヤー ・ ライヴ(RCA )
収録曲 : 祝典行進曲op.452 (J.シュトラウス2世 )、ウィーンの市民op.419 (ツィーラー )、ナスヴァルトの娘op.267 (ヨーゼフ・シュトラウス )、ポルカ「花祭り 」op.111 (J.シュトラウス2世 )、入江のワルツop.411 (J.シュトラウス2世 )、ポルカ「喜んで 」op.228 (エドゥアルト・シュトラウス )、喜歌劇「くるまば草 」序曲 (J.シュトラウス2世 )、ワルツ「フェニックスの羽ばたき 」op.125 (J.シュトラウス2世 )、ポルカ「踊るミューズ 」op.266 (ヨーゼフ・シュトラウス )、喜歌劇「理性の女神 」序曲 (J.シュトラウス2世 )、短二度のポルカop.258 (J.シュトラウス2世 )、皇帝円舞曲op.437 (J.シュトラウス2世 )、ポルカ「騎士 (ジョッキー ) 」op.278 (ヨーゼフ・シュトラウス )、狂乱のポルカop.260 (J.シュトラウス2世 )、美しく青きドナウop.314 (J.シュトラウス2世 )、ラデツキー行進曲op.228 (J.シュトラウス1世 )


 マゼールは、ムジーク・フェラインザールで このヨハン・シュトラウスを振った同じ環境で、今度はウィンナ・ワルツの礼賛でありパロディでもある「ラ・ヴァルス」を、わざわざウィンナ・ワルツの総本家=ウィーン・フィル自身に演奏させる、という 秀逸な企画を決行したことになります。
 ウィーンの銘菓ザッハー・トルテ のお皿に てんこ盛りに添えられたホイップ・クリーム以上に 濃厚な弦(それは全曲に渡って。でも特に 04:46以降の“ポルタメント・ソース”が たっぷりかかった辺りは 流れ落ちてゆくようなハープまで添えて さすがに甘すぎか )を煽るのは、やはり超一流の“パティシエ”マゼールの面目躍如です。
 開始2分ほど経過した頃、早くもウィーン・フィル最初の陶酔が訪れます。ウィンナ・ホルンは 随所で爆発しまくってます。例えば、02:34前後のホルン上昇音型の凄い強調。普段は豊麗な弦に埋もれて殆んど聴こえてこないフレーズ、見えない所で おお、こんなにも咆えていたんだ・・・ と、 マゼールのディスクのおかげで 初めて気づかされたりしたものです。


■ ・・・私は 時々 想像します。 
 それは いつの日にか ― フランス人の大胆な指揮者 が、このラヴェルワルツを 元旦のムジークフェラインザールで、ウィーンフィルに演奏させ、大顰蹙(ひんしゅく )を買ってる場面を - 。しかし、実は その時こそ ラヴェルの意図した「ラ・ヴァルス」の本質が、爛熟の末に サン・ジェルマン条約遂に解体した オーストリア=ハプスブルク帝国 そのもののメタファーであった ということの意味に、コンサート放送を衛星中継される世界は、遅ればせながら 気づくことになるでしょう。

1921年 ヒトラー、ナチス党首に就任。
     ウィーン市立公園にヨハン・シュトラウス二世記念像の除幕式。   
     ピカソ、「三人の楽師 」。
     サン=サーンス、アルジェにて死去。

1922年 ソヴィエト社会主義共和国連邦成立。     
     ムッソリーニ、イタリア国王より 秩序回復のため独裁権を付与。
     森鴎外 没。

1923年 ドイツのマルク価 大暴落。 
     関東大震災。
     ヒトラー、ミュンヘン暴動。
     ハリウッドにワーナー・ブラザーズ社設立。 
     シェーンベルク、十二音技法。

1924年 レーニン没。
     第8回オリンピック、パリで開催。
     ヒトラー、「わが闘争」。
     トーマス・マン、「魔の山」。
     ガーシュウィン、「ラプソディ・イン・ブルー」初演。 
     ブゾーニ、フォーレ、プッチーニ 没。

1925年 ライカ発売。
     ショスタコーヴィチ、交響曲第1番。
     シベリウス、交響曲第7番。
     ベルク、歌劇「ヴォツェック」初演。
     サティ 没。
     ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ 生まれる。     
     チャップリン、映画「黄金狂時代」公開。
     「同」 サウンド・トラックから ワルツ「感謝祭のディナー」 
に続く・・・


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