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マーラー 交響曲第4番 冒頭、
そりの鈴は イン・テンポでクロスフェードする。
~ ジョン・マウチェリ著「指揮者は何を考えているか

(小)指揮者は何を考えているか ジョン・マウチェリ「指揮者は何を考えているか 」~ マーラー 交響曲第4番冒頭「イン・テンポそり」の鈴の速さ
 
 “スケルツォ倶楽部発起人です。
 暦の並びのおかげで例年より長かった 今年のお正月休み、ハリウッド・ボウルの指揮者ジョン・マウチェリの著書「指揮者は何を考えているか 」(松村哲哉/訳、白水社 )を手にとりました。
 指揮のテクニック、オーケストラのスコアの読み方、指揮者になるための勉強法・・・ というチャプターのタイトルだけ眺めると 「専門書なの?」という第一印象も束の間、読み始めればすぐに、ああ、これは いかにも現代のアメリカの指揮者が 一般向けに書いた回想録だ、と すぐにお判りになるでしょう。
 あたかも老マエストロが 自身のキャリアや経験談を、興に乗せては語り続ける講演会を くつろいで聞くような、肩の力を抜いて楽しめる、私たち一般の音楽愛好家にとって 興味深く 一気に読み通せる良書でした。すでに昨年の夏に国内出版された本なので、今さら という声もあるでしょうが、ご容赦ください。本日は この一冊をご紹介します。

ジョン・マウチェリ
 マウチェリという人は、私たち世代の(トスカニーニ、フルトヴェングラーブルーノ・ワルターなど偉大なマエストロを除いては考えられない )感覚からすると、カラヤン、バーンスタインらと比較してもかなり「若手 」世代(1945年ニューヨーク生まれ )に属し、しかも映画音楽やミュージカル、軽音楽を主なレパートリーとする「ハリウッド・ボウルの指揮者」というレッテルと先入観を持たれたことが、本人にとっては そのキャリア形成にとって(内心 )不本意だったことが窺えなくもない(二重否定の肯定文です )文章のそこかしこに 残念そうな表情が滲むのを読みとれます。
 大成した同世代の指揮者マイケル・ティルソン=トーマスに対してなどは 嫉妬、いえ、時に 怨みに近いほどの屈折した感情さえ抱いているようです。

 一度でもポピュラーな音楽の指揮を引き受けてしまうと、シリアスな「本物の 」音楽をやる指揮者として見てもらうには大変な努力が必要となる。ハイカルチャーの世界では、ポップ・アートはオーケーだが、ポップ・ミュージックはノーなのだ。ポピュラー音楽の指揮者だと思われたが最後、ベートーヴェンやショスタコーヴィチには永遠の別れを告げねばならない。深遠な芸術とは無縁で、金のために芸術を売る人間だとみなされるからだ。
青字 引用:P.208 「オーナーおよびマネジメントとの関係 」より )

 そう言えば、この人の指揮したディスクを持っていたかな? と、私“スケルツォ倶楽部発起人、ゴソゴソとCD棚に首を突っ込んで探してみたら、おお・・・ ロジャース&ハマースタインのミュージカル「王様と私 」(ジュリー・アンドリュース再演版 )の他、「三文オペラ 」を筆頭とするウテ・レンパーが唄う一連のクルト・ワイル作品の伴奏指揮、さらには デッカ/ロンドンの「退廃音楽 」(第三帝国の時代、ナチスによって演奏禁止と定められた楽曲 )シリーズの一環として“発掘”レコーディングされていた時点では、まだ映画音楽の作曲家とみなされていたコルンゴルトの「二つの世界の狭間で 」、同じく歌劇「ヘリアーネの奇蹟 」全曲を指揮したCDくらいしか見当たらず・・・
マウチェリ指揮の音盤たち

 ・・・ たしかに、いずれもクラシック音楽の正統的なレパートリーとは言えませんね。コルンゴルト作品に限っては レーベルの企画とマウチェリによるレコーディングが その復権のきっかけになったという見方もされるべきで、たとえレコード会社によって「あてがわれた」仕事とは言え 彼の業績を もっと評価すべきところ、今 振り返って回想すると D.G.におけるアンドレ・プレヴィンの功績ほどには注目されなかった、という印象もあります。
 特に「ヘリアーネの奇蹟 」の、舞台上の歌手とオケとの複雑に入り組んだ音響を見事に解きほぐしてみせる手腕などは大したもので、やはりその才能に比して録音機会に恵まれなかった 不遇な指揮者であると、本人でなくとも考えてしまいそうです。

ジョン・マウチェリ 1974
 その反動(?)でしょうか、満面ドヤ顔で誇らしげに自慢するような「武勇伝」の数々も、本書の読みどころとなっています。
 たとえば、1974年 演奏会の直前になって健康上の理由でキャンセルした指揮者に代わって、急きょロス・フィルで「春の祭典 」を振ることが決まった日の朝、オケに対してどんな態度で臨み、どうやってその難曲(難局 )を乗り切ったか - とか。
 また 彼のオペラ・デビューの演目だったメノッティ作曲の歌劇「ブリーカー街の聖女 」公演において。本番進行中に合図を見落としたアシスタント指揮者のミスで 舞台上に立っている器楽奏者と歌手がまるまる一小節遅れてスタートしてしまったことに気づき、その場でピットのオーケストラを四拍分 緊急停止させて全体を合わせるという「超人的な力を発揮して 」大事故を回避してみせた「武勇伝 」も 読んでいて思わず手に汗を握ります。

 その力量にかかわらず 不本意にもクラシック本流の指揮者とはみなされなかったがゆえに、キワモノとも思える企画が 次々と持ち込まれたことについても 結果オーライで成功させてしまった、そんな豊富な逸話が並びます。
 中でも 「ラフマニノフと共演 」することになったというエピソードも 印象的です。
 生前ラフマニノフ自身が残したピアノ・ロール演奏のひとつに、ピアノ協奏曲第2番第二楽章があるのですが、テンポはもちろん ペダル操作を含む必要な情報はすべてペーパー・ロールに刻まれており、それらデータをスキャンして ディジタル情報としてコンピュータに読み込ませておけば ステージに置いたヤマハディスクラヴィアラフマニノフが弾いたとおりにハンマーがピアノ線を正確に叩き、完全なる生演奏が出来るという仕組みです。さらに、あらかじめピアニストの演奏を細かなニュアンスに至るまで記憶した指揮者マウチェリによって制御された生のオーケストラが ステージ上のピアノに合わせることによって、ラフマニノフ自身をソリストとするライヴコンチェルト・パフォーマンスが可能となったのです。
 マウチェリラフマニノフのケースについては「最も難しく、同時にやりがいがあった 」と回想し、同時にジュディ・ガーランド、モンロー、アステア、ジンジャー・ロジャーズ、シナトラ、ジーン・ケリーをはじめ、ガーシュウィンコルンゴルトら過去の(亡くなった)演奏家と「共演 」することによって、「彼らが用いるルバートのセンス、音を心地よく響かせる方法、共演者との合わせ方、自然なポルタメントのかけ方を学んだ 」とも書いています。

 また一方で、歌劇「トゥーランドット 」のアリア「千年前この宮殿で 」を指揮する際に 舞台上の大階段の最上段で立って歌うソプラノ歌手の発声と息継ぎなどに どれほど深い洞察を配慮すべきか、詳述された文章を読めば、その高校時代には マウチェリが敬慕の対象としていたビルギット・ニルソンを メト公演で滞在していたニューヨークのホテルのスイートルームに訪問した日の感動的な逸話とともに、稀代のドラマティック・ソプラノがこのアリアを歌うモリナーリ=プラデルリ(EMI)盤を 久しぶりに聴き直してみたくなってしまいました。その他、オペラの指揮については ロッシーニ、ヴェルディについても 高い見識が示されています。
 その他、先輩指揮者・演奏家、作曲家とのエピソードも満載。高齢で車いすのミクローシュ・ロージャ(原文ママ )の前で「ベン・ハー 」序曲を演奏した時、翌年には亡くなることになる作曲者から「感無量だよ」と耳元でささやかれた感動的な回想を筆頭に、カラヤン、ベーム、プレヴィン、ジュリーニ、マゼール、ゼルキン、ロストロポーヴィチ、レオンタイン・プライス、ドミンゴ、パヴァロッティ、ジョーン・サザーランド、マリリン・ホーン、ビヴァリー・シルズ、ギル・シャハム・・・ と数多くの音楽家が登場。直接本人に接した逸話はもちろん、間接・伝聞の範囲に至るまで 筆者がオモシロいと思ったエピソードが次々と、それこそ惜しみなく 紹介されます。

マウチェリとバーンスタイン
 特に、恩師レナード・バーンスタインとのタングルウッドでの出会いから綴られる数々の思い出には 素晴らしい逸話が盛り沢山です。他に、小澤征爾のことを高く評価している文章を読むと、やはりうれしくなります。
 きっと訳者の方の技量もあるのでしょうが、とても判りやすい文章、特にアメリカのオーケストラにご興味がおありで 音楽好きでいらっしゃったら、きっと楽しめるでしょう。ご一読をおススメします。

 では最後に、私“スケルツォ倶楽部発起人が 本書の中で 最も注目した話題のひとつを、ピン・ポイントで ご紹介します。
 第10章「指揮をめぐるミステリー 」の中で、マーラー第4交響曲 冒頭に登場する、 そりの鈴の謎 について (少し長くなりますが 一部を引用させて頂きます - 青字 )。


バーンスタイン マーラー4番(1960年)録音 バーンスタイン マーラー4番(1972年)録音
▲ バーンスタインのマーラー第4番
(左から )1960年ニューヨーク・フィル(CBS)盤、1972年ウィーン・フィル(DG)盤


 ―  マーラーの交響曲第四番の冒頭には 興味深い指示がある。この交響曲を知らない人のために少し説明しておくと、曲はかわいらしい「そりの鈴 」(独語では「シェッレ 」Schelleと呼ぶ )の音とフルートのさえずりで始まる。テンポは、「ゆっくりと、急がずに(Bedächtig, Nicht eilen )」とある。フルートはスタッカートで演奏することになっていて、さえずるようなフレーズには「非常に短く(sehr kurz ) 」と書かれている。二小節目の途中で、クラリネットが静かに入ってくる。そして、問題となる第三小節の終わりに、作曲家は「少しだけリタルダンド(poco rit )」するようクラリネットに指示を出す。クラリネットがテンポを落とすと同時に、第一ヴァイオリンが入ってくる。作曲家は、クラリネットに出した「少しだけリタルダンド 」という指示と同じ意味だと思われる「若干ためらうように(Etwas zurückhaltend ) 」という言葉を第一ヴァイオリンのパートに書き込んでいる。
 これらを踏まえた上で、スコアの第一ページを見てみよう。スコアは左から右へ読むということを忘れないように。歴史的に見ても、楽譜の一番上に書いてある指示は、同時にすべての楽器に対する指示であることがわかる。さて、第三小節の終わりにはどのような指示があるだろうか。

1.マーラー第4番スコア最初のページ
 私同様、皆さんも気づくはずだ。第四小節の一番上には Haupttempo すなわち「最初のテンポで 」と書かれている。最初のテンポというのは、Recht gemächlich つまり「非常にゆっくりと 」したテンポである。金管楽器群、弦楽器群の一番上にも同じ文字が書いてあるので、オーケストラ全体がこの指示に従わねばならない。
 ここで非常に興味深いのは、第三小節の途中に「スローダウンせよ」という指示があるのがクラリネットと第一ヴァイオリンだけだということだ。クラリネットと第一ヴァイオリンがスローダウンしながら最初のテンポに戻るのに対して、フルートとそりの鈴は速度を緩めずにそのまま演奏する、ということだろうか。マーラーが、もしすべての楽器をスローダウンさせるつもりだったのであれば、楽譜の一番上に、あるいはフルートとそりの鈴にも同じような指示を書き込んでいたはずだ。しかし、実際にはそうなっていない。

 初めてこの交響曲を指揮した時、私は他の指揮者と同じように演奏した。つまり、私が振る棒に合わせてスローダウンするよう促したのだ。鈴の音の最後の三つの八分音符は、フルート、クラリネット、第一ヴァイオリンとともに、第四小節の優雅なダウンビートを導くための準備になる。
 しかし、マーラーの書き方はそうではない。マーラーの指示に従おうとするなら、指揮者はそれまでに聴いたあらゆる演奏の ― マーラーと知り合いだったブルーノ・ワルターやウィレム・メンゲルベルクのものを含む殆どの録音の ― 記憶を消し去って、楽譜に書かれていること、とりわけ楽譜に書かれていないことと向き合う必要がある。作曲家の指示が一貫性を欠いていただけなのかもしれないし、オリジナルスコアの印刷に間違いがあったのかもしれない。それともひょっとしたら、作曲家の意図を楽譜で明確に表現できないという、歴史的にもまれな例なのだろうか。
 先に掲げた1963年のクリティカル・エディションでさえ、1900年に作曲家が最初に書いた通りの表記をそのまま採用している。新しいエディションを作るために参照した資料をリストアップした後に、校訂者のアーウィン・ラッツは序文の中で、この演奏時間一秒にも満たない部分に言及し、マーラーが最後にこの交響曲を指揮したときに使用したスコア、つまりマーラーの最終的な考えを明確に反映していると思われるスコアには、フルートのパートの上に赤いインクで ohne rit(リタルダンドせずに )と記されているが、新たなスコアを出版するにあたって参照した他の文献には 一切そのような言及がなかった、と述べている。そのためラッツは、自ら校訂した新たなスコアに「リタルダンドせずに 」という指示を印刷しないという決断をするに至ったという。もちろん、これは学者と指揮者の姿勢の違いを示す一例である。
 ニューヨーク・フィルハーモニックの楽譜保管庫には、マーラーが1911年にカーネギー・ホールで この交響曲を最後に演奏した際に使用したスコアが残されており、その表紙には「赤字の修正はマーラー自身によるもの 」と記されている。
 そしてこのスコアには「スローダウンせずに 」という指示が実際にある。
2.マーラー自身が1911年に使った楽譜には「スローダウンせずに」

 マーラーがテンポの変化を使って一種のクロスフェード効果を狙ったのではないかと私が考えるようになったのは、ひとつ前の第三交響曲の例があるからだ。軍隊風のリズムをたたく小太鼓がイン・テンポでフェードアウェイしていく中、八本のホルンが楽章冒頭のメロディを小太鼓とはまったく異なるテンポで吹き鳴らしながら入ってくる、という部分があるからである。つまりマーラーは、ひとつの場面がフェードアウトしていくと同時に別の場面がフェードインしてくるという、いわば映画のクロスフェード的効果の聴覚版を、すでに一度試していたのである。
 交響曲第四番の冒頭で、マーラーはそりが鈴の音を響かせながら通り過ぎていく様子を音で描いた。そりはスピードを落とさずに通り過ぎる。そして、そりのスピードとはまったく関係ないところで、別の音楽が始まる。クラリネットと第一ヴァイオリンが奏でるこの新しい音楽は、弱拍で優雅にリタルダンドした後、第四小節に入ると曲の冒頭のテンポに落ち着く。つまり、ほんの少しの間だが、オーケストラはばらばらに演奏することになり、それによって、音楽の描写的な性格が明らかになるのだ。
 これがマーラーの考えていたことだと確信した私は、英国のマンチェスターで行われた次のコンサートで、私の結論を披露した。ハレ管弦楽団のメンバーは驚いたものの、私の要請どおり律儀に演奏してくれた。実際に音になったものを聴いたことがなかった私自身、演奏に約一時間を要する交響曲の中のほんの数秒がもたらすインパクトにびっくりした。

(中略 )
 マーラーの試みは、作曲上のアイディアとしては興味深いが、交響曲で試したのはいささか時期尚早で、理解されにくかったのだろうか ? そうかもしれない。私は悩んだ末(今も悩んでいるが)、バーンスタインがニューヨーク・フィルを振った1960年の録音を確認した上で、この問題を バーンスタインにぶつけてみた。
 ニューヨーク・フィルと演奏したとき、なぜあなたは私と同じようにしなかったのですか ? 「怖じ気づいてやめたんだよ 」というのがバーンスタインの答えだった。
 この話からきわめて重要なことがわかる。誰も予想していないし、おそらくは望んでもいないことを指揮者が試みると、たとえそれがレナード・バーンスタインのような大指揮者であっても、その試みは伝統や人々の期待に反するとんでもない行為になってしまうのだ。
(中略 )音楽界がまだマーラーの交響曲をレパートリーとして受け入れる途上にあった1960年の録音では、バーンスタインもこの試みを諦め、論争を避けたのである。
 その後、1963年の新クリティカル・エディションを使って マーラーの交響曲第四番を演奏するようになったバーンスタインは、自分のスコアのフルートとそりの鈴のパートの上に、イタリア語で non rit(リタルダンドせずに )と はっきり書き込んだ。
3.バーンスタインが使ったスコアには non rit

 そして1972年にウィーン・フィルを振って、マーラーの交響曲を演奏・録画・録音した際は、自分が正しいと思うやり方を貫いた。つまりクラリネットと第一ヴァイオリンが曲の冒頭のテンポに戻る直前で若干テンポを緩めるのに対して、フルートとそりの鈴はイン・テンポで演奏させたのである。
 想像上のそりがマーラーの部屋の窓の外を走り抜けていくさまを描いたものだという、自分の解釈をはっきり示すため、バーンスタインはそりの鈴のパートにディミヌエンドを書き加えている。こうすることで、二つの異なるテンポが同時進行するという、一見 非音楽的なマーラーの指示に、「聴覚的なクロスフェード 」という狙いがあったことがはっきりする。マーラー同様、バーンスタインは単に自分のやり方を忘れないようにスコアにこうした書き込みをしたわけではない。自分の死後、残されたスコアを研究するであろう人々のために、ひとつのレッスンを残したのである。
 指揮の世界はこの問題をめぐってふたつに割れていて、そのこと自体が、指揮という芸の性格を雄弁に物語っている。というのも、最高の指揮者たち、あるいは最も有名な指揮者たちの間でも、意見が真っ二つに割れているからである。指揮者にとって、音楽上の問題はすべて重要である。ほんの数秒のことであっても、指揮者は自分の正しさを聴き手に納得させたいのだ。

(引用部分 青字で表示 )

 解説には根拠があり、たいへん説得力もあります。恥ずかしながら、私 発起人マーラー4番 そりがイン・テンポでクロスフェードすることについて、すでにバーンスタインが 1972年のウィーンフィルとのDG(新録音 )盤で試みていたことに、気づきませんでした(今、聴き比べてみると 映像版のサウンドのほうが この点、CDより解りやすく録られている気がします )。
 そう言われてみれば、ワルター盤やバーンスタイン盤(もちろん旧盤のほう )あるいは歴史的なメンゲルベルク録音などによって 今までずっと聴き親しんできたものとは異なり、ここ最近の 比較的新しいレコーディングでは 開始まもなく そりの鈴のテンポが 第一主題の出と揃わないように聴こえる演奏が増えてきたのは なぜだろう、などと 漠然と感じてはいました。
 特に、過去記事 「暑中見舞いは、そり の 鈴の音にのせて 」 の中で すでにふれた、ジョン・バルビローリ指揮/BBC交響楽団(1967年BBC-Legend )盤に聴ける、開始部分の不可思議な演奏がそれです。
ジョン・バルビローリ指揮 BBC交響楽団 BBC – Legend ジョン・バルビローリ
弦セクションの まるで止まってしまいそうなくらい ゆっくりと歌い出す あまりにも濃厚な第一主題(のテンポ )に 打楽器奏者が合わせられず、イン・テンポのまま 中途半端に立ち往生 」などと、今にして思えば「外さずといえども近からず」なw 印象を記していた発起人。久しぶりに ここを あらためて聴いてみましょう。冒頭に傾聴すると、そりのリズムを吹き刻むフルート奏者はイン・テンポを保っているのに対し、鈴を振る打楽器奏者のほうは(フルートに合わせるべきところ ) 明らかに従来型リタルダントでスローダウンしているため、独り置き去りにされたようにしか聴こえません。
 これ、実は 1963年の新クリティカル・エディション(の序文に書かれた )情報を いち早く知り得た バルビローリが(もちろん仮定の話だけどw )、バーンスタインに先んじて(?) 1967年のBBC公演において 実際に、クロスフェード効果を試みた(!)証拠だったとしたら? けれど あまりにも斬新過ぎて オーケストラの一部から やはり理解を得られず失敗。そんな指揮者とオケの反応をとらえた稀有な瞬間が聴ける、貴重なライヴ・レコーディングだったのかも・・・?

テンシュテット マーラー4番(EMI)盤 クラウス・テンシュテット (2)
 そう言えば、私が最初に 冒頭の違和感を意識したのは、テンシュテット / ロンドンPo.(1982年EMI)盤でしたね。これは開始テンポが超快速なことでも知られる演奏でしたが、あらためて聴き直したら、すでにリズム・フルートと鈴は脇目も振らずイン・テンポで突っ走っています。
ガッティ マーラー4番(RCA)盤
 その他、メリハリを効かせた個性的な演奏として知られる ダニエレ・ガッティ / ロイヤルPo.(1999年RCA)盤もあらためて聴き直したら、もう笑ってしまうほど突撃「イン・テンポ そり」が聴けます。
シャイー マーラー4番(DECCA)盤 マーラー 交響曲全集 シャイー_コンセルトヘボウ管弦楽団、ベルリン放送交響楽団
 さらに、意外だったのは(?)かつてメンゲルベルクのオケだったマーラー演奏の伝統を誇るロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団を振るリッカルド・シャイー(1999年デッカ)盤も すでに「イン・テンポそり」採用だったことは、ちょっと驚きでした。

 一度 この根拠を知らされ 理由にも納得してしまうと、今度は 逆に そうしていない演奏を聴くと 「おや、なぜ クロスフェードしないんだ?」 - って、これぞ マウチェリさんがおっしゃる “ジーキル” 思考・・・。それ、何のこっちゃ? という人は どうぞ本書を お読みあれ!


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