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「気分がふさいでいるときは、いつも 新しいレコードを何枚か買うことにしてるんだよ 」 

クリスマスって、何を お祝いする日なんですか - 
J.S.バッハ「クリスマス・オラトリオ 」(クイケン盤 )を聴く。

Johann Sebastian Bach (1685 - 1750) 「クリスマス・オラトリオ」クイケン(DENON)盤

J.S.バッハ
クリスマス・オラトリオ
Weihnachts-Oratorium BWV248

シギスヴァルト・クイケン(指揮)
ラ・プティット・バンド(オーケストラ & 合唱団 )
エリーザベト・ショル(ソプラノ )
カテリーナ・カルヴィ(アルト )
クリストフ・プレガルディエン(テノール )
ウェルナー・ヴァン=メーヘレン(バス )
ライヴ録音:1997年12月16日 ブリュッセル、パレ・ドゥ・ボザール
音盤:日本コロムビア / DENON Aliare (COCQ-83059~60 )


 メリー・クリスマス、“スケルツォ倶楽部発起人です。
 大好きな楽曲であるにもかかわらず、年間通して この季節にしか聴かぬように意識している名曲こそ、ヨハン・ゼバスティアン・バッハが 1734/35年、その実り多きライプツィヒ時代に作曲した 充実の傑作「クリスマス・オラトリオ 」 Weihnachts-Oratorium BWV248 ― 私が 最もおススメする演奏は、往年の名盤 カール・リヒター(Archiv)盤を別格とすれば、シギスヴァルト・クイケン / ラ・プティット・バンド他 による この 1997年ライヴ録音(DENON )盤です。  
 
 第1部冒頭「いざ祝え、この良き日を 」 - 堅い撥が弾むティンパニの質感と心地良いリズムをリアルにとらえた優秀録音、ホント誇張抜きで 心も弾みます。華やかな開幕ですが、いわゆる華麗さとは無縁な、驚くほど温和で耳当たりの柔らかい金管のもつニュアンスと合唱が とにかく素晴らしく、それは柔和な表情でさえずる木管楽器のトリルも同様。一度このクイケン盤を聴いてしまってからというもの、困ったことに、それまで一番好んでいたはずのリヒター(Archiv)盤でさえ その祝祭的な金管の音に猛々しさを感じるようになってしまったほどです。

 以下、思いつくまま 私“スケルツォ倶楽部発起人が好む聴きどころを 書き出します。
 おそらく一般には最も有名な 第2部は、金管を排した上 全曲中唯一 声楽の入らないインストゥルメンタル楽曲 - キリスト・イエスの誕生を祝いにやってきた羊飼いたちの音楽「パストラーレ(田園曲 )」で始まります。そこで 羊飼い を表していた柔和な木管楽器による動機が、アルト独唱による素朴な「子守唄(第19曲 )」をはさんで、その後 第23曲「われら主の軍勢と共に歌う 」の中に コラール合唱と合いの手を打つように忽然と姿を現わすところなど、実に効果的ですよね。

シャルル・ル・ブラン 羊飼いの礼拝 Adoration des bergers(1689年)
シャルル・ル・ブラン羊飼いの礼拝 」 Adoration des bergers(1689年) 
 
 二つのホルンを伴なう第4部「感動と賛美をもってひれ伏せ 」では、その楽器編成と共通する調性(ヘ長調 )から、私も大好きな「ブランデンブルク協奏曲第1番 」の朗々と豊かに響くアンサンブルを勝手に連想、内心「よし、次は アーノンクール盤でブランデンブルクを聴こうw 」とか考えたりしています。

 中でも突出して素晴らしい 第39番「わが救い主よ、御名を歌え(エコー付きのソプラノ・アリア )」の広がり感あるサウンド・スケープ効果を生み出す、複数の声とオーボエ・ソロの音色を対比させる音楽上の工夫ったら・・・ ずっと後年 ベルリオーズが「幻想交響曲 」第3楽章「野辺の風景 」で用いることになる、オーケストラと離れた場所からソロ楽器を鳴らして聴衆に距離感を届けるアイディアの基になったのではないかと考えてしまいます。
ベルリオーズマーラー ⇒ 舞台裏から金管の音が聴衆の耳に届くまで

cado 加湿もしながら ディフューザーとして。カドー「フォレストウォーター」と「フローラルウォーター」
 この季節、よく温めた部屋で 湿度を適切に保ってくれる加湿器を点け、アロマオイルのフレグランス機能もオンにして 心身ともリラックスさせながら 静かに耳を傾けるバッハの「クリスマス・オラトリオ 」、その素晴らしさについて 語り出したら 限(きり )がありません。

 ところで、私たちが大好きな映画特殊技法のひとつに フラッシュ・フォワード Flash Forward という モンタージュ手法があります。「未来視体験 」とも呼ばれる効果です。ドラマが進行している途中、未来に起こるべきシーンを 一瞬見せてしまうというお約束です。カラヤンのDVD版 - 歌劇「蝶々夫人ジャン=ピエール・ポネル演出 ) などがそうでしたね。逆に、過去の場面を 回想するように一瞬挿入するテクニックが「フラッシュ・バック 」 です。
 これらを承知しておかないと、ストーリーの途中で 突然 前後の脈絡ないシーンが並ぶため 観客の頭は混乱してしまいますから、お子さんなどには 日頃から訓練しておかれたほうがよいでしょう。
  そんな「フラッシュ・フォワード 」的な効果を バッハが仕掛けたのが、第一部「第5曲」のコラール ・・・。

アーノンクール マタイ受難曲 J.S.Bach Matthäus Passion Harnoncourt
 これは、もともと「マタイ受難曲」の中で 何度も使われていた 重要な受難のコラールでした。これと 同じ旋律に乗って 「クリスマス・オラトリオ 」中の 「いかにあなたを迎えれば 」が始まった瞬間の驚きは - 忘れもしません - 何も知らず ( でも幸い「マタイ受難曲 」はすでに聴いていたので ) これに 初めて気づいた時の衝撃ったら、なかったです。このオラトリオが、単にクリスマスの来歴を語り お祝いと喜びを歌う音楽であるにとどまらず、本来キリスト・イエスが この世に遣わされた使命 - 全人類の身代わりとなって死んでみせること - についてまでをも 聴衆に意識させる、偉大なバッハが意図したところの 何という深さでしょうか。
 キリスト受難コラールは、この後第 6部 勝利の終曲(第64曲 )「いま お前たちの仇は討たれた 」においても 再び 効果的に織りこまれて締めくくられますが、これで明白に示されるとおり、実は キリスト・イエス受難の生涯が その誕生と同時に すでに始まっていることを 皆の衆 よくよく意識されたし、と 楽聖バッハから 文字どおり「釘を刺されて 」いる、そんな感銘に襲われます。
 ・・・そうです、キリスト・イエスは、わたしのために、あなたのために、身代わりの死を遂げるため、この世に生を受けたのです。ゆえに、わたしたちがキリストの誕生日であるクリスマスの意味を知って、これを祝うことは、当然のことではありませんか。

以下 余計なつぶやき
 ・・・それなのに、かつて(今でも? )高級レストランでディナーの予約をとろうとしたり、高価なテイファニーのオープンハートをプレゼントしようとしたり、きれいな夜景のホテルで一夜を過ごそうとしたり・・・ 本来クリスマスが何の日であるかも知らぬ連中を騙して その無知につけこみ、クリスマスを 金儲けに利用してきた国など、今 呪われて当然かも。

スケルツォ倶楽部_J.S.バッハ「クリスマス・オラトリオ」
▼ スケルツォ倶楽部 参考記事

⇒ オリジナル小説「サンタクロース物語

⇒ ブルックナー 交響曲第9番の第3楽章は「十字架上のキリストの七つの言葉 」ではないか 

⇒ ロッティ「クルツィフィクサス Crucifixus(十字架につけられ

⇒ J.S.バッハ「憐れみたまえ 」(マタイ受難曲 )で 涙していた聖ペテロは、許されて マーラー「第3交響曲 」第5楽章で 天国にいた。

⇒ チャーリー・ブラウンのクリスマス(邦題「スヌーピーのメリー・クリスマス 」 )


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コメント

Re: grunerwald さま !

ご来訪いつも感謝です!
grunerwaldさんが 2年前の まさにクリスマス時期にライプツィヒ、バッハゆかりの聖トーマス教会を訪れた際の旅行記とお写真を みつけましたよー! 素敵なレポート、じっくりと読み直してます!
こちら ⇒ http://grunerwald.livedoor.blog/archives/18909986.html

URL | “スケルツォ倶楽部” 発起人 ID:-

こんにちは。いつもながら”スケルツォ倶楽部”発起人様のひとつの曲へのあまりに深い愛と洞察に満ちた文章に、ただただ舌を巻くばかりです。ここまで深い聴き込みなどとは無縁のまま、とりあえず「クリスマスって何なんだ?」と言う平坦な好奇心のみから、とりあえずわかんなくてもなんでもいいから、一番クリスマスらしさを体感してみるのはどこが最もいいか、とライプツイヒまでクリスマスを実感しに行ったことが思い出されます。

いまだに何もわかっていませんが、忙しさや煩わしさにかまけて、つい常日頃は荒涼としがちな精神が、この時期だけのたとえ一時だけでも、やわらいで穏やかさや平穏をこころから慈しむことができる「とき」なのかなぁ、なんてことを思ったりしています。自分はクリスチャンでもないわけですが、異教徒にすら、それを実感させてくれるキリストに感謝できるお祭りということ、なんでしょうか。本来は、素朴で静かなひとときなんですね。これから時間をかけて、するめを齧るように「クリスマス・オラトリオ」をトレースして行くうえで、参考にさせて頂きました。

URL | grunerwald ID:-

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