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ワーグナーの劇的な前半生 ⇒ もくじ
スケルツォ倶楽部_ワーグナーの劇的な前半生

歌劇「妖精 」序曲 
マレク・ヤノフスキ / ロンドン交響楽団(EMI)盤で聴く。


 “スケルツォ倶楽部”発起人です、前回からの続きとなります。
 1833年、ライプツィヒで 最初の交響曲(第一番 )ハ長調 が演奏されるという幸運のおかげで 地方都市で そこそこの注目を集めていたらしい 20歳のワーグナーでしたが、この時期に交響曲と同時進行でオリジナル台本も手がけていた歌劇「婚礼 」の作曲中止・破棄を決めています。
 「婚礼 」は、この当時からすでにワーグナー好みの「中世騎士もの 」でした。残されたプロットを読むと「ロミオとジュリエット 」と「ルチア 」を混ぜ合わせたようなストーリーですが、いかんせん主人公である花嫁が 敵対する隣国の(ひそかに愛していたとされる )王子を誤って殺してしまい その柩の上に身を投げて亡くなるという筋立てには かなり無理があり、ドラマティックな結末に必要な説得力も足りません。登場人物の関係性等が 遥か未来の傑作「トリスタンとイゾルデ 」の端緒となっていないとも言えない(二重否定の肯定文です )ものの、ワーグナー自身が幼い頃から尊敬していた十歳年上の長姉ロザリエにも貶されるに及んで、あっさりと作曲をあきらめています。

 間もなく、若きワーグナーは 南独ヴュルツブルク市立劇場の合唱指揮者(見習い )というポストに就き、その年の春先から歌劇/舞台の現場で学びつつ 様々なノウハウを習得することになります。同時に「婚礼 」に次ぐ第二作(完成させた歌劇としては第一作となる )「妖精 」の台本を同年の夏までに脱稿、作曲も翌1834年 1月に総譜を完成させています。これは 波乱万丈な、三幕の大作となりました。
 主人公の美しい妖精アーダは、トラモント王国の王子アリンダルに恋してしまいます。人間男性との恋を成就させるため、彼女は妖精だった身に備わった不死性を捨て人間の女になりますが、それには相手の男性が、決して彼女の素性を訊ねることなく(あ、「ローエングリン 」に酷似 )、さらに与えられた試練を克服することも条件でした。しかし恋人アリンダルは 降りかかる試練の困難さからアーダの言動を疑い、誓いを破る禁問を発してしまいます。哀れアーダは、存亡の危機にあったトラモント王国と王子アリンダルを救い、国に平和をもたらしたにもかかわらず、自身は石と化してしまうのでした。けれど真実を知った王子は 彼女のことをあきらめることができず、妖術師グロマの助力を得てアーダを救出に向かいます。その結果、二人は救済を得るばかりか 揃って不死の身となり妖精界で幸福に結ばれる・・・ というデウス・エクス・マキナ的ハッピーエンドです。
 と、簡単にプロットをまとめながら、実は 私 発起人、この歌劇を まだ(序曲以外は )通して聴いたことないんですよ、スミマセン。

サヴァリッシュ ワーグナー 初期三部作(Orfeo) ワーグナー 歌劇「妖精」サヴァリッシュ(Orfeo)
▲ ワーグナー没後百年(1983年 )の年に、バイロイトとも所縁の深い名匠ヴォルフガング・サヴァリッシュバイエルン放送交響楽団&合唱団を振って 演奏会形式で上演された際のミュンヘンでのライヴ(ORFEO )盤の存在は、認識こそしていたものの どうにも食指が動かず、今日に至るまで 未入手なまま・・・。
 今宵は、「序曲 」のみの覚え書き的レヴューをもって、この項は お茶を濁そうとしております(笑 )。
“The Rarer Wagner” EMI 50999 5 17619 2 ヤノフスキ Marek Janowski
歌劇「妖精 」序曲 “Die Feen” Ouvertüre
マレク・ヤノフスキ 指揮
ロンドン交響楽団
録音:1972年 1月 ロンドン

併録曲:
歌劇「恋愛禁制 」序曲、交響曲 ホ長調、「ファウスト 」序曲、歌劇「リエンツィ 」序曲、ヴェーゼンドンクの詩による歌曲集(メゾ・ソプラノ独唱:マルヤーナ・リポヴシェク ) / ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮 フィラデルフィア管弦楽団
「コロンブス 」序曲 / ジェフリー・テイト指揮 バイエルン放送交響楽団
「表敬(忠誠 )行進曲 」、「皇帝行進曲 」、「アメリカ独立100年祝典大行進曲 」 / マレク・ヤノフスキ指揮 ロンドン交響楽団
「ジークフリート牧歌 」 / ネヴィル・マリナー指揮 アカデミー室内管弦楽団
音盤:EMI 50999 5 17619 2 “The Rarer Wagner”

 序曲冒頭から 弦によって穏やかに奏される短い上昇フレーズが、歌劇中に登場する 何らかの重要な主題のようです、この動機に 「序曲 」が音楽的展開を聴かせているからです。続くフルートを中心とした木管アンサンブルで聴かれるマーチ風なメロディは 短くも親しみやすく、後の「ローエングリン 」のどこかで登場した旋律を連想します。
 やがて冒頭の動機から発展させた 弦セクションが大きく屈伸を繰り返す「オベロン 」の旋律にも似た のびやかで明るいテーマは、最後にコーダで 高い所から下降してくるような新しい主題と交互に華やかな動きをみせながら 大きく盛り上がるのですが、この主題は 「タンホイザー 」 における エリーザベトの動機と 殆ど同じもの、未来の聴き手たる私たちには 少なからず驚きです。
 序曲全体の印象は、ウェーバーのそれに似た構成ですが、対旋律とのさり気ない対位法的な処理など すでにワーグナー独自の響きを随所に聴くことができます。

 
 結局ワーグナーヴュルツブルク市立劇場で仕事をしたのは、約一年間だけでした。しかし当地の記録に残っている作品を挙げてみれば、当時の大ヒット作「ザンパエロール )」にウェーバーの「魔弾の射手 」と「オベロン 」、ベートーヴェンの「フィデリオ 」に「ポリティチの娘オーベール )」、そして「タンクレーディロッシーニ ) 」といった名作歌劇の上演に合唱指揮者として携わりながら、その間 自作の歌劇「妖精 」の総譜を書き進めつつ、尚且つ プライヴェートでも(少なくとも )二人の女性 - 若いソプラノ歌手と、もうひとり機械商人の長女で 他の男性とすでに婚約中だった娘 - と恋愛関係にもなっていたそうですから さぞやリヒャルト・ワーグナー氏、忙しかったことでしょう、そして若くして すでに絶倫ですね。

 僅か一年でワーグナーライプツィヒに戻った理由は不明ですが、詩人・作家で青年ドイツ派(ゲーテやロマン主義など 当時の規範的文学を批判し、文学界に政治の風を持ち込んだとされます )の文芸評論家でもあったハインリヒ・ラウベが編集長を務めていた新聞誌上に「ドイツのオペラ 」なる最初の論文を(匿名で )発表したのも この頃のこと。
 ラウベらの協力も得ながら、ワーグナーは 当地の宮廷劇場で「妖精 」を上演すべく熱心に運動しますが、功を奏さず・・・。ようやく この 若き日に書かれた歌劇 が「初演 」されたのは、何と作曲者の死から さらに五年も経って - それは1888年 6月 - ミュンヘンでのことだったそうです。

次回につづく

参考文献
Wikipedia ワーグナーの楽曲一覧
素描の自叙伝 (ワアグナア、髙木卓/訳 )岩波書店
大音楽家・人と作品 ヴァーグナー(髙木卓 )音楽之友社
ワーグナーの世界(オードリーウィリアムソン、中矢一義/訳 )東京創元社
クラシック音楽作品名辞典(井上和男/編著 )三省堂


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