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「気分がふさいでいるときは、いつも 新しいレコードを何枚か買うことにしてるんだよ 」 

真夏には ワーグナーを 騎行(聴こう ) !
ワーグナーの戯画(Cover of LEclipse 18 April 1869 ) リヒャルト ワーグナー リヒャルト・ワーグナー

 残暑お見舞い申し上げます、“スケルツォ倶楽部発起人です。
 季節も 秋が深まれば ブラームスを聴きたくなる のと同じように、私にとっては、なぜか 夏が来ると反射的にワーグナーです。
 クラシック音楽を聴くという快楽をおぼえてから ワーグナーに目覚めたのは かなり時間が経ってから、ちょうど中二くらいの頃でしたが、その壮大な世界を 少しずつ聴きこむうち、いつの日か ワーグナーの聖地バイロイトに詣で、音楽の歴史遺産である、かの祝祭劇場の 相当堅いといわれる木製座席に着いて「指環全四夜を満喫したい・・・というのが、夢でした(どうやら果たせぬ「夢 」になりそうですが )。
 その“祝祭”開催時期が、まさに毎年 7月から 8月にかけての盛夏なのです。
 高校時代、繰り返し聴いたのが フィリップスのステレオ録音で バイロイト祝祭劇場の乾いた雰囲気がパッケージされた、クナッパーツブッシュ指揮による1962年「パルジファル 」、若きサヴァリッシュによる同年の「タンホイザー 」、そしてカール・ベームによる1967年「指環全曲盤、いずれも それらのレコーディング・データは 7月- 8月の実況でありました。
パルジファル クナッパーツブッシュ PHILIPS タンホイザー サヴァリッシュ PHILIPS カール・ベーム 指環 PHILIPS
 ゆえに、夏を迎えると 私が反射的にワーグナーを想うのは、中学・高校時代ずっと 毎年この時期には 遠くドイツ - バイエルン州の聖地に立つバイロイト祝祭劇場で 上演されていたであろう 偉大な歌劇・楽劇のことを 常に夢想していたからに他なりません。

 さて、お盆休みも終わり、そして今日も熱い真夏日 - 手当たり次第に ワーグナー関連のお気に入りディスクを聴きながら 勝手に納涼祭です。バイロイト祝祭劇場特有の残響少ない 乾いた音質のワーグナーを大音量でかけてみれば、こんな猛暑でドロドロな部屋でも 少しは湿度も下がる(? ) のではないか - などと考えたのでした。

ジークフリート牧歌 サヴァリッシュ バイエルン国立歌劇場のメンバー FARAO ノイシュヴァンシュタイン城(歌人の広間 )
ルートヴィヒ二世ゆかりの城内で聴く ワーグナー
ジークフリート牧歌
ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮
バイエルン国立歌劇場のメンバー

Markus Wolf(Ⅰヴァイオリン )、Eberhard Soltau(Ⅱヴァイオリン )、Roland Metzger(ヴィオラ )、Yves Savary(チェロ )、Christoph Mohle(コントラバス )、Simon Dent(オーボエ )、Gernot Woll(フルート )、Hans Schöneberger(クラリネット )、Klaus Sass(クラリネット )、Karsten Nagel(バスーン )、Siegfried Machata(ホルン )、Wolfram Sirotek(ホルン )、Uwe Kleindienst(トランペット )

併録:ヴェーゼンドンク歌曲集
マルヤーナ・リポヴシェク(アルト )、サヴァリッシュ(ピアノ )
録音:1991年 5月 4日 ノイシュヴァンシュタイン城(歌人の広間 )
音盤:FARAO Classics B-108049

 バイロイトにも所縁(ゆかり)の深いワーグナー指揮者サヴァリッシュによる、バイエルン国立管弦楽団の奏者13名による オリジナル小編成による「ジークフリート牧歌 」の演奏です。
 演奏/録音場所には、ワーグナーの庇護者だったルートヴィヒ二世の築いたノイシュヴァンシュタイン城内ゼンガーザール(歌人の広間 )が選ばれています。
 サヴァリッシュと13人の名演奏家らが共有する親密な音楽的空間を、バイエルン放送局による優秀な録音技術によって再生される 豊かなホールトーンを含むサウンドに 耳を傾けましょう。
 冒頭、弦のアンサンブルと一緒になって 思わず目を閉じ ドイツの森を胸いっぱいに深呼吸します。巧みに加わる木管の動きは「森のささやき 」を連想してしまう・・・。ホルンの音色の素晴らしさ、ああ「ジークフリート 」だ。
 18分56秒があっという間、最後の一音が静かに消え去った後、驚くべきことに 拍手が、控えめに始まるのです。おお、何とこれ ライヴ・レコーディング だったんですね。


バイロイト、ヴァーンフリート・コンサート ワーグナー 秘曲集 オプッツ、シュトウッツマン(RCA) バイロイト、ヴァーンフリート荘
バイロイト、ヴァーンフリート・コンサート
ワーグナー
( & リスト )秘曲集
ゲアハルト・オピッツ(ピアノ、ワーグナー所有スタインウェイ )
ナタリー・シュトゥッツマン(コントラルト )

マティルデ・ヴェーゼンドンク夫人のアルバムのためのソナタ 変イ長調
ベティ・ショット夫人のためのアルバムの一葉 変ホ長調
黒鳥館に到着して、五つの歌曲(愛らしい人よ、期待、すべては儚い幻影、二人の擲弾兵、温室にて )

併録:以下 リスト作 / ワーグナー作品の編曲
R.W.(リヒャルト・ワーグナー) - ヴェネツィア、リヒャルト・ワーグナーの墓に、「パルシファル 」~聖杯グラールへの礼拝の行進、「トリスタンとイゾルデ 」~愛の死
録音:1993年 3月- 4月 バイロイト、ヴィラ・ヴァーンフリートワーグナー博物館
音盤:RCA(BMG/BVCC-681 )

 以前から 内緒で聴いてきた、実は あまり他人(ひと )に教えたくなかった一枚です。
 たいへん興味深い企画盤で、バイロイトの旧市街ホーフガルテンに在るというワーグナー博物館(かつては邸宅ヴァーンフリート荘だった )に 他の遺品とともに展示されている、生前ワーグナーが愛用のグランド・ピアノ(年代物のニューヨーク・スタインウェイだという )を使って演奏された録音。そのピアノの音色は 過ぎ去りし「近代 」の音を感じさせる 柔らかいモダンな響きで、やはり古典派の時代楽器とは異なりますね。
 アルバムのオープニングに置かれた「マティルデ・ヴェーゼンドンク夫人のアルバムのためのソナタ 」(1853年作曲 )冒頭の動機は、作曲者のチューリヒでのヴェーゼンドンク夫人との恋愛感情が、後年「トリスタンとイゾルデ 」成立に重要な係わりをもつことになった体験を 私たちに思い出させるかのように「愛の死 」冒頭を連想させる上昇する音型が、遠くこだましてきます。
 「ベティ・ショット夫人のための~ 」(1875年作曲 )は、ワーグナー最後のピアノ曲とされる一品。「リエンツィ 」愛の動機や「ブリュンヒルデ 」の動機に似た可憐なターンで始まる独特の楽想(ベートーヴェンの「ロマンス 」とも同じ )は、ワーグナー登場人物が親愛の情を表わす際に頻出する技法です。
 ブルタレス伯爵夫人に献呈された「黒鳥館に到着して 」(1861年作曲 )には、途中「タンホイザー 」第二幕でエリーザベトが歌う「歌の殿堂 」の一部が姿を現わすのに驚かされます。
 大好きなナタリー・シュトゥッツマンが 艶のある低域の女声で聴かせる ワーグナーの知られざるパリ時代のフランス語歌曲もいくつか披露されています。中でも興味深いのが、ハイネ(フランス語/訳詩)の「二人の擲弾兵 」 - たとえ死んでもフランスへの忠誠を誓うというエンディング部分で フランス国歌「ラ・マルセイエーズ 」を引用するアイディアをあらためて聴き直すと、この翌年ハイネの原(独)詩に作曲するシューマンに影響を与えた可能性は やはり否定できないと思いました。
 そして素晴らしいのは、ワーグナーヴェーゼンドンク夫人の詩に作曲した歌曲「温室にて 」 - どこまでも沈澱してゆく内省的な歌唱でしょう。シュトゥッツマンが発する中低音域の磨きぬかれた深みのある声に傾聴します。ああ、なぜ「ヴェーゼンドンク歌曲集 」を全曲 このピアノの音で録音してくださらなかったのでしょう。繰り返し聴く価値のある このディスクを聴いて 不満を感じるところがあるとすれば、唯一その点ですね。


ワーグナー ヴェーゼンドンク歌曲集 フェリシティ・ロット ae マティルデ・ヴェーゼンドンクの肖像
サロン風室内楽伴奏で聴く ワーグナー歌曲
フェリシティ・ロット(ソプラノ )
シューマン四重奏団

テディ・パパヴラーミ(ヴァイオリン)、クリストフ・シラー(ヴィオラ )、フランソワ・ギィ(チェロ )、クリスティアン・ファーヴ(ピアノ )

ヴェーゼンドンク歌曲集
併録:「トリスタンとイゾルデ 」前奏曲と「愛の死 」、マーラー リュッケルト歌曲集
録音:2007年 6月 スイス
音盤:aeon(AECD-0858 )

【トランスクリプション】 これも知る人ぞ知る 素敵な一枚、おススメします。aeonレーベルって、まだ生きてるのかなーと思って 検索してみたら、NAXOS系列で まだ入手可能なようですよ。
 カルロス・クライバーが振る「ばらの騎士 」で元帥夫人に起用されたことが印象深いフェリシティ・ロットによる、ちょっと変わった編成によるワーグナーマーラー歌曲集。意外にもワーグナーは、私が記憶する限り、彼女の主要レパートリーにはなく、舞台はもちろん 録音でも珍しいと思いますが、「ヴェーゼンドンク歌曲集 」と「愛の死 」における歌唱はとても新鮮で、ため息が出るほど美しいです。
 そんな彼女の歌唱を惹き立てているのは、タイタニック船上のサロン楽師を連想させる、ピアノ-ヴァイオリン‐ヴィオラ‐チェロという ちょっと変則的なピアノ四重奏団による小編成な楽団です。が、そこに懸念される通俗的な響きは皆無でした。純粋に室内楽的な調和を感じさせる素晴らしい成果(特に、トリスタン「前奏曲 」におけるピアノと弦セクションの交互声部が明晰に応答しつつ 築き上げてゆく効果と構成の見事さなど )は、ピアニストも務めるリーダー、クリスティアン・ファーヴのストイックな才能によるものでしょう。彼によって、収録曲すべてがこの編成で 聴き応えあるアレンジを施されています。


ユリ・ケイン・アンサンブル Wagner E Venezia WW サンマルコ広場 カフェ・クワドリ
ワーグナー・エ・ヴェネツィア Wagner E Venezia
ユリ・ケイン・アンサンブル

マーク・フェルドマン(Ⅰヴァイオリン )、ジョイス・ハマン(Ⅱヴァイオリン )、エリック・フリードレンデル(チェロ )、ドリュー・グレス(コントラバス )、ユリ・ケイン(ピアノ )、ドミニク・コルティーゼ(アコルディオン )
楽激「トリスタンとイゾルデ 」~ イゾルデの愛の死、歌劇「タンホイザー 」序曲、歌劇「ローエングリン 」第三幕への前奏曲、楽劇「トリスタンとイゾルデ 」第一幕への前奏曲、楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー 」第一幕への前奏曲、楽劇「ヴァルキューレ 」~ヴァルキューレの騎行、歌劇「ローエングリン 」~第一幕への前奏曲
録音:1997年 6月 6~ 9日 ヴェネツィア、カフェ・クワドリ、ホテル・メトロポール
音盤:WINTER & WINTER / BOMBA(BOM-22051/910013-2 )

【トランスクリプション】  「19世紀半ばのサン・マルコ広場のカフェに ワーグナーが腰を落ち着かせている状況に想いを馳せ(岡崎正通氏 )」る 鬼才ユリ・ケインが、成功作「ヴェネツィア・ラ・フェスタ 」に続いて 同じサン・マルコ広場を舞台にした「ワーグナー名曲集 」は、弦楽四重奏ピアノ + アコルディオンという特殊な楽器編成ながら、基本的に 編成以外は ワーグナーが書いたスコアに忠実です。ディスク一枚を通して聴いた感じ、まったく違和感も過不足も感じません。そこで再現される重厚さは、決して「サロン風 」にありがちな軽薄さも ありません(ただ例外的に 唯一「ワルキューレの騎行 」だけは、弦がフラジオでのグリッサンドやピッツィカートを多用する、やや特殊な編曲ですが )。
 この点が、かつてマーラーを素材にしてリリースされた前作「ウルリヒト」と大きく異なるところ(名盤「ウルリヒト 」については、いつか スケルツォ倶楽部で 書こう書こうと思っているうち、今日に至るまで機会を逃し、とっくに旬も過ぎてしまいましたがw ぜひ いつの日か )。
 常にライヴ・レコーディングするロケーションを 広場など雑踏を選ぶことによって、彼らの演奏には 飛び切りの臨場感が加わります。今回は ヴェニスサン・マルコ広場、演奏を聴く聴衆の歓声だけでなく ここを行き交う人々のざわめきや観光地の雰囲気が決してノイズではなく 演奏そのものと一体になって収録/鑑賞されるということに、彼らの狙いがあるのです。
 「タンホイザー 」序曲後半でコラール部分を聴衆が演奏者と一緒になってハミングで参加する効果の大きさ(事前に仕込んでおいたのでしょうが、自然発生的な ハプニングに聴こえる )は特筆すべきことですし、また「ローエングリン 」第3幕への前奏曲の締め括りに ポピュラーな「婚礼の合唱」の一節が演奏されるパートがありますが、タイムリーにもその背後で 広場の鐘楼から鳴り響いてくる鐘の音は、同じく「マイスタージンガー 」前奏曲のエンディングでも重ねられ(ご存知のとおり前奏曲に続いて楽劇の幕が上がると、そこは教会です ! )あまりの出来すぎに偶然とは思えぬまでも(たとえ効果を狙った多重録音があったとしても )その素晴らしいサウンド・エフェクトには圧倒されてしまうのです。


グールドのワーグナー・トランスクリプション_Siegfried awakens Brunhilde グレン・グールド Glenn Gould
ピアノによるワーグナー・コンサート
グレン・グールド(編曲、ピアノ )

「ニュルンベルクのマイスタージンガー 」第一幕への前奏曲
「神々の黄昏 」夜明けとジークフリートのラインへの旅
「ジークフリート牧歌 」
録音:1973年 トロント
音盤:CBS(SRCS-2288 )

【トランスクリプション】  「多重録音 」と言えば、私は このアルバムにおけるグールドの演奏を連想します。ベートーヴェン(リスト )トランスクリプションに続いて、自身のアレンジでワーグナーのスコアをピアノに移したという、画期的なレコーディングでした。グールドの演奏史の中で 話題に上ることが比較的少ないように思われますが、意義深い一枚だと思います。
 さて、一体人々は グールドの演奏に 何を期待して耳を傾けていたのでしょうか。
 私は、彼の両手が奏でる 複数声部の 驚異的なバランスの良さに痺(しび )れていました。彼のピアノ・プレイほど 個々の声部が別個に生きているがごとく独立して奏でられ、それぞれが明晰に浮かび上がって聴こえてくるような演奏は、本当に稀でした。それらが同時に聴こえてくるJ.S.バッハの演奏が、それゆえに とびきり面白く感じたものでした。
 まあ現代であれば、さしずめピアノの音をサンプリングした上、あらかじめバッハの全フレーズをシーケンサーに打ち込んでおき、再生されるのを聴くことによって人間のもつ能力の限界を超える演奏を聴くことは可能でしょうが(それはそれで味気ないものでしょうが )そんなことが想像も出来ない時代に、グールドは確実に、バッハ演奏に対して新しい世界を開いてくれたのです。
 それがアナタ、ワーグナーのように 声部の数が猛烈に多い(それに歌や合唱まで加わるわけですから )、そんなポリフォニック音楽が到達した果ての世界を、一体 グールドは、どんな風にピアノで再現してくれているのだろうか、バッハの左手のように、すべてのパートが一斉自在に動くのを どれだけ見せてくれるのだろうか というのが、専ら私の興味の中心でした。ですから、10本の指でなくとも 全然オーケーだったのです。実際 初めてレコードに針を下ろして間もなく、あ、これは一人で弾いていないな、と気づきましたが、声部を全て鳴らすために グールドが そういう方法(オーヴァーダビング )を必要と考えた結果であれば 全然それでいいじゃないか、と受け容れました。「ジークフリートのラインへの旅 」なんて、後半のグロッケンシュピールの音域を模す右手の動きと装飾的な高音弦の動きとの同時進行なんか、二本の手では絶対足りないに決まってますし、たとえ多重録音でも ワーグナーが書いた音譜を 正確に鳴らしていれば、ノー・プロブレムではありませんか。


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