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ロシュフォールの恋人たち タイトル1(ミシェル・ルグラン)ロシュフォールの恋人たち タイトル2(ジョージ・チャキリス )ロシュフォールの恋人たち3 タイトルロシュフォールの恋人たち タイトル4(ジーン・ケリー)ロシュフォールの恋人たち タイトル5(ジャック・デミ監督)
ミシェル・ルグラン ロシュフォールの恋人たち 」の
アルペジオが止まらない。    ⇒ もくじは こちら


デルフィーヌランシアン 」 De Delphine à Lancien
(デルフィーヌ、ギョーム・ランシアン )

ロシュフォールの恋人たち デルフィーヌとアヤシイ二人組
 さて、ふたごの妹のほう デルフィーヌカトリーヌ・ドヌーヴ )は、父違いの幼い弟ブブ(子役パトリック・ジャンテくん )をお迎えに 小学校へ立ち寄りますが、そこには手回しよく母イヴォンヌダニエル・ダリュー )から子どもの送迎を頼まれたエティエンヌ(ジョージ・チャキリス )ビル(グローヴァー・デイル )の二人も ちょうど到着したところ。実は 用事を抱えていたデルフィーヌ、 弟の世話は アヤシイ二人組(笑 )に任せることにして、自分は目的地であるギョーム・ランシアンの画廊へと徒歩で出かけることに。

ロシュフォールの恋人たち 街を歩くデルフィーヌ (2) ロシュフォールの恋人たち 街をゆくデルフィーヌ
 目的地へ向かう途中 優雅に歩む若きドヌーヴの輝くような美しさを賞賛してか 彼女とすれ違う通行人や水兵といった街中のあらゆる人々が、ハッピーにスウィングするワルツを踊りまくっています。この躍動的な音楽こそ「デルフィーヌとランシアン 」のインストゥルメンタル・ヴァージョン。ヴォーカリーズなコーラスとオーケストラによる、のびやかで明るいサウンドです。
 実はここ、最初のオリジナル・サントラL.P.(一枚 )盤では何とカットされていたのですが、CD二枚組リマスター「完全盤 」(ユニバーサル )あるいは 50周年記念五枚組セット(仏DECCA=UNIVERSAL )では ちゃんと この前景シーンの音楽から始まっています( さらに本文の最後に、もう少しマニアックなこだわり分析があります、お楽しみに? )。

 さて、画廊では デルフィーヌの「恋人 」で裕福な画廊主ギョーム・ランシアンが待っています。もしギョーム役がアラン・ドロンだったら、次なる場面は二人の濃厚なラヴシーンとなったに違いなく、あるいは もしショーン・コネリーだったら、「ロシュフォール~ 」は 国際スパイ映画になっていたことでしょう。

ロシュフォールの恋人たち デルフィーヌとギョーム・ランシアン ジャック・リベロール Jacques Riberolles
 場面転換と同時に、突然 拳銃の発砲音。すわショーン・コネリー登場かと(まさかw )思いきや、ピストルを構えるギョーム・ランシアン役は ジャック・リベロール Jacques Riberolles - この映画の出演者中 殆ど唯一のネガティヴなキャラクターです - 彼がピストルを撃つ理由とは、タシスム(戦後フランスの抽象絵画の一様式 )的な技法を用いて 現代絵画を制作中ということだけなのでした。すなわち、溶かした絵の具を詰めたバルーンをエアガンで撃ち、カンヴァスに飛び散った飛沫の跡を大真面目に絵画作品と呼ぶようなアクション・ペインティングを、ここではパロディ的に扱っているものと思われます。
 
 デルフィーヌは、裕福であっても上から目線で冷たいギョームの求婚を断り、きっぱりと別れを告げるため 彼の営む画廊へやってきたのでした、賢明ですね。女性の人格を知ろうとせず自分勝手に欲望を押しつける口の巧いだけの男であると、鋭く見抜いたのです。
 そんな男女の別れ際の口論が歌詞にされているにもかかわらず、音楽は夏の風のようにさわやかなジャズ・ボッサ風の明るい三拍子のリズムに乗せた、仏語特有のイントネーションでたたみかける魅力的な早口ソングです。たじたじと押され気味のギョームの歌唱を吹替えているシンガーは、ジャン・ストゥー Jean Stout(1933-2012 )というパリ音楽院出身の男声歌手。

ナタリー デセイ ミシェル ルグランをうたう ERATO ナタリー デセイ ミシェル ルグランをうたう ERATO (2)
 仏デッカ=ユニバーサル五枚組セット所収のカヴァー集に収められた「デルフィーヌとランシアン 」には、ミシェル・ルグラン自身がピアノに座って、ナタリー・デセイと共演した演奏が選ばれています(2013年、ERATO )。
 これは、ルグランが作曲した映画音楽の名曲を デセイルグラン・トリオと共演した企画盤“Entre elle et lui -Natalie Dessay sings Michel Legrand”の3曲目に収録された演奏、とても素晴らしいですよ。
 多くのオペラ歌手がコンテンポラリー楽曲を歌う場合、“歌劇場”的とも言える大袈裟な発声を捨てきれず、どうしても不自然さを感じることは多いものです。過去 キリ・テ・カナワジェシー・ノーマンのような「成果 」に違和感を残した私でも、 このデセイの(良い意味で ) 「らしからぬ 」ナチュラルな歌唱は すんなりと受け入れることができました。それは、このレコーディングの後 ルグラン自身が「ついに理想の歌手と出会った 」と絶賛したほど。そんな作曲者による快速なピアノ・トリオのテンポに乗せ、全く滞ることなく早口で歌うデセイの技巧には 賞賛の拍手しかありません。
 尚、このディスクの中で、デセイは 前回話題にした「ふたご姉妹の歌 」もレパートリーに加えているのですが、そこでは何とパトリシア・プティポン( ! )を迎え、現代版“花の二重唱”を披露。アルバム一枚、全部素敵ですよー。スケルツォ倶楽部推薦盤に認定。

ロシュフォールの恋人たち 理想の女性の肖像 ロシュフォールの恋人たち デルフィーヌを理想とするエティエンヌの描いた肖像画
 ・・・もとい。 さて、抽象的な現代作品ばかりが並ぶギョームの画廊内に、一枚だけ 明らかにデルフィーヌをモデルにした(?)と思われる若い女性の肖像画が掛かっています。デルフィーヌは これを見るなり自分の肖像画であると直感、当然 絵を描いた人物に興味を抱き、画廊主に画家について尋ねます。ここでB.G.M.には「マクサンスの歌 」の旋律がさりげなくストリングスで流れてきて、まさに作者が「 」であることを 私たち観客に暗示してくれるのです。
 しかし未だ見ぬデルフィーヌの顔を「理想の女性 」像として空想だけで描き上げてしまった才能ある若い画家に対し、おそらく嫉妬と警戒心を抱いたに違いないギョーム・ランシアンは、直感で二人を会わせたくないと考えたのでしょう、「海軍の水兵だ」とまでは教えるものの「くだらない奴だ、すでにパリへ発ってしまった 」と平気でウソをつきます。

ロシュフォールの恋人たち 水兵にナンパされるジュディトとエステル
 ギョームの画廊の前では、イヴェント・キャラヴァンのメンバーで フェスティヴァルの本番ステージで踊る予定の女性ダンサーでもある、エティエンヌの“彼女”ジュディト(パメラ・ハート )と、ビルの“彼女”エステル(レスリー・ノース )の二人が、青い瞳をした非番の海軍水兵二人に易々とナンパされてしまうというシーンが挿まれます。
 ごく短い場面なのですが、これが今後のストーリー展開を微妙に左右することになるわけです。何も知らず 彼女らを放牧して ワインなんか飲んでる場合じゃないぞ、エティエンヌビルの二人組に ピンチ到来 ! (笑 )。 


デルフィーヌとランシアン
 ― マニアックに こだわる音源比較

ロシュフォールの恋人たち デルフィーヌとギョーム・ランシアン Les Demoiselles de Rochefort
 さて、この「デルフィーヌとランシアン 」は、私たちが手にしたディスクによって - すなわち最初のオリジナル・サントラ完全盤(二枚組国内盤 )、英語版(五枚組セット所収 ) - それぞれの仕上がり具合に較差がある理由を、今回の最後に考察します。

 同曲のオリジナル・サントラ(一枚 )所収のヴァージョンが、唐突にデルフィーヌが歌いだす後半からF.I.で始まっており、本来の前半部分が まるまるカットされていたことは、今回の文頭で述べたとおり。
ロシュフォールの恋人たち サントラ ロシュフォールの恋人たち(2CD-リマスター完全盤)ユニバーサル

 さらに「英語版 」に収録されたヴァージョン(英タイトルは“Call It A Day” )は、「完全盤 」よりも演奏時間が10秒近く長いのです。なぜだろうと注意深く音楽を聴き比べてみると、画廊に到着したデルフィーヌギョームが振り向いて Bonjour と声をかける直前(リズムが停止して ストリングスが音を延ばす前後 )、「完全盤 」は不自然にテープを切って数秒先へ飛ばして繋いだような中断があることに気づきます。カットしたい台詞があるので消去したら、一緒に音楽も消してしまったようです。
Les Demoiselles de Rochefort(5DC-海外盤)DECCA-UNIVERSAL-sacem-le coupie privèe ロシュフォールの恋人たち 英語版
 同じ個所を「英語版 」で聴き直しても 音楽が途切れるようなことはなく、しかも弦がピッツィカートで下降する経過フレーズ( 「完全盤 」では聴けない )を挿(はさ )んで そのままスムースに流れてゆき、やがてデルフィーヌが壁の肖像画を指して「これ(のモデル )わたし ? 」という台詞が「英語で 」被るような丁寧にミキシングが施されており、その間 音楽が不自然に途切れることは全くないのです。

 以下は、私 発起人の想像の域を出るものではありませんが、フランス国内で保有されているマスター音源のほうは、何らかの理由で、映画上映用に仕上げられたサウンド・トラック(台詞を音楽とミックスしてトラック・ダウンしたもの )しか存在せず、すなわち台詞と音楽が別々のチャンネルで保存されていないため(たとえば台詞を消して音楽だけのサウンド・トラックを別に作りたいと考えても )その種の編集作業は不可能な状態に在ったのではないでしょうか。
 さらに、これも勝手な想像ながら「英語版 」に使われた音源のほうは、台詞を他言語に吹き替える必要から、元々音楽と台詞のトラックは別々に分けられていた、いわゆるマルチ・チャンネル・レコーディングだったのではないでしょうか(たとえばデルフィーヌランシアンの会話から挨拶の部分だけを消去して 背景の音楽をフルに聴けるサウンド・トラックを容易に作れる - など )。
 そう考えてみれば、五枚組セットに収録された「英語版 」のほうが オリジナル・仏サントラより音質が鮮明である理由も、また「デルフィーヌとランシアン 」英題“Call It A Day”に 台詞のカットに伴う音楽の不自然な中断がない理由も、納得のいく説明ができると思うのですが、いかがでしょう。

次回 ⇒ 「町から町へ 」 に続く


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