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レナード・バーンスタイン愛聴盤
ベスト10選(第5位~ 第2位まで )


 ベスト10選(ランキング 第10位~第6位

マーラー 交響曲第3番 ニ短調 バーンスタイン(CBS) マーサ・リプトン Martha Lipton マーラー:交響曲第3番 レナード・バーンスタインCBS-SONY
第5位
マーラー:交響曲第3番 ニ短調
レナード・バーンスタイン指揮
マーサ・リプトン(メゾ・ソプラノ )
スコラ・カントゥルム女声合唱団
トランスフィギュレーション教会少年合唱団
ニューヨーク・フィルハーモニック
録音:1961年 4月 3日(CBS )  ニューヨーク、マンハッタン・センター


レリ・グリスト Reri Grist レリ・グリスト マーラー 交響曲第4番(バーンスタイン )Sony バーンスタイン - マーラー:交響曲第4番(SOCL-1065)
第4位
マーラー:交響曲第4番 ト長調
レナード・バーンスタイン指揮
ニューヨーク・フィルハーモニック
レリ・グリスト(ソプラノ )
録音:1960年 2月 1日(CBS ) ニューヨーク、セント・ジョージ・ホテル

 今回のランキングは、前回お読みくださったとおり、私 “スケルツォ倶楽部発起人が、個人的に「お世話になった バーンスタイン・ディスクの順位となります。それは ちょうど小学校の高学年から高校2年位までの間 6~ 7年ほどに渡る期間という、最も多感で刷りこまれやすかった時期に出会った音盤の記憶から 選んでおりますので、 80年代以降のレコーディングは ほぼ 選外です。
 特に中学生位の年頃というのは 今思えば とにかく感受性豊かで、何を聴いても素晴らしく、特にマーラーのディスクで迷ったら、バーンスタインCBS-SONY盤を選んでいれば 間違いない、というのが確信に近い鉄則でした。
 中でも いわゆる「角笛交響曲の傑作、「3番 」と「4番 」は、バーンスタイン盤で 果たして何度ターンテーブルに乗せたことか、もう思い出せぬほど 日常的にステレオの傍らに いつも置かれていた、それほどお気に入りの愛聴盤でした。
 特に「4番」に限っては、ソプラノ歌手レリ・グリストの、何と可愛らしい声の質だったことでしょうか - いまだに これを超えるレコーディングには出会っていないとさえ思います。

 しかし高3から大学 4年まで(1979年~1985年 )は、私 発起人 主にクラシック以外の音楽にうつつを抜かしており、さらに社会人になってから 5年間ほど(1986年~1990年 )は、土・日も祭日もなく 連日ひたすら他人(ひと )に酷使される仕事(ビジネス )の、文字どおりの忙しさに、音楽を聴くゆとりを失ったゾンビとなり果てました。
 ようやく音楽に耳を傾けられるようになったのは 1990年以後、モーツァルト没後200年を記念して再発されたクリストファー・ホグウッドによるモーツァルト交響曲全集(L'Oiseau-Lyre )に出会って、目覚まされたのがきっかけでした。
 モーツァルトに 救われました。

催眠術 」からの覚醒
 やっとクラシック音楽を聴く習慣を 再び取り戻した 私 発起人 - ですが、何と すでに カラヤンバーンスタインも亡くなっていた ことを 知ります。まるで 浦島太郎 のような気持でしたが、ずっと聴いていなかったバーンスタインの、晩年のD.G.録音を - ベートーヴェンの交響曲全集以来 初めて - CDショップで手にとり、聴いてみようかな という気になりました、後追いで。
バーンスタイン マーラー:交響曲第4番 D.G.×100
 まず手始めに、大好きだったマーラーの「4番 」(アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団、1984年録音 )から聴いてみることにしました。ボーイ・ソプラノを起用しているというアイディアに惹かれたためです。実は、私も 第4楽章子どもに歌わせてみたら オモシロいのではないか、という発想を 中学生の頃から持っていましたので、これをレニーがやってくれていたんだ、きっと良いに違いない - と直感で期待しました。しかし・・・ ダメでした。 歌手の人選が悪かったのか、原因は判りません。単に レリ・グリスト以外の歌唱を受け入れられなくなっていただけのことかもしれませんが。
 ご承知のとおり、終楽章「天上の生活 」で歓喜を歌う“子ども”は、正反対の世界「浮世の生活 」で餓死した子どもの変容した姿であるべきです。これは違う、と感じました。どなたもお聴きになれば判ると思います。せっかくメンゲルベルクからマーラー演奏の伝統を継ぐオーケストラであるはずだったのに・・・。
バーンスタイン ドヴォルザーク 新世界より バーンスタイン D.G.×100
 それでも懲りることなく、次は かつてニューヨーク・フィル旧盤では 迫真の名演だった「新世界より」の再録(イスラエル・フィル、1986年録音 )盤を 購入してみました。しかし・・・ 聴いて愕然としました。 何だ、この酷い鈍重さは ?  あの飛ぶようだったスケルツォの素晴らしさは、一体どこへ行ってしまったんだろう ?
バーンスタイン ストラヴィンスキー 春の祭典 イスラエル・フィル(DG)×100
 それでもあきらめず、これも再々レコーディングの「春の祭典 」(今度は イスラエル・フィル、1982年録音 )に 今度こそという期待を込め、購入しました。得意とするバーンスタインの「ハルサイ 」だ、きっと前二回の個性的な録音にも劣らぬ出来だろう・・・ しかし、これにもがっくりきてしまいました。おやおや、期待値が高すぎたのかなあ、 何とも凡庸で 無個性な演奏 にしか聴こえません。これは もう全然 私が勝手にイメージするバーンスタインの演奏とは違う、違うぞ。
バーンスタイン マーラー第9番 ベルリンフィル DG×100
 そして、とうとう鳴り物入りでリリースされることになったベルリン・フィル(1979年ライヴ録音 )とのマーラー「第9番 」に、私は 内心 最後の期待を賭け、大枚を叩いて購入しました。絶賛する批評しかなく、貶す人は ほぼ皆無でした。しかし・・・ それは、元々発売される予定も無かったライヴ・レコーディングであったせいでしょうか、当時の余りにも高い世評(今でも そうかも )に反し、私の耳には 完成度の低い、何とも異様で散漫な演奏 に聴こえただけでした。スケルツォ楽章も乱調で、聴いていて耳が痛かったです。
 第30回(1992年度 )レコード・アカデミー大賞 受賞盤ですか ? すみません、あくまで過剰な期待を抱いてしまった、一個人の感想です。とは言っても、まあ天下のベルリン・フィルですから それなりに高いレヴェルの演奏でしたけど・・・ かつて私がニューヨーク・フィル盤(1962年録音 )によって刷りこまれた、あのシェイプアップされた 若々しいバーンスタインの姿は、そこにはありませんでした。
バーンスタイン ウェスト サイド ストーリー DG×100
 さらに、失望のきわめつけ  レニーの最高傑作のはずだった「ウェスト・サイド・ストーリー 」(1984年録音 )でした。楽しくない、これは若者の音楽ではない、もはや最後まで聴き通すことが出来ず、途中でディスクを デッキから出してしまいました。これはバーンスタインが望んだ演奏とは違うはずだ・・・ いえ、そもそも店頭でホセ・カレーラス、キリ・テ=カナワ などという顔ぶれを眺めたときに この企画盤に対する一抹の不安が脳裏をよぎらないでもなかったのですが、ミュージカルをオペラ扱いしてみせるなど、これはあまりに酷すぎるのではないか。一体どうしちゃっていたんだろう、晩年のバーンスタインは・・・

 ここで思い出すのは、2008年09月、クラシックジャーナル誌に掲載された、バーンスタインの映像資料についての記事における 中川右介氏の言葉です。中川氏は ご自分の意見を述べる前に、 元音楽プロデューサーの作家ポール・マイヤーズの文章を巧みに引用しています。
 (バーンスタイン )の指揮ぶりを観た者は、自分が一世一代の演奏に立ち会ったと思い込むことが多い。時としてそれは事実だが、目を閉じたり スコアを追うことに注意をシフトさせたりして バーンスタインの催眠術とのリンクが解けると、予期していなかったリズムの変化や アンサンブルの稚拙さや 大袈裟に誇張された表現や 作曲家が要求していない音楽的効果などといった、多くの難点に気づくことがしばしばあるだろう。ポール・マイヤーズ / 石原俊・訳 )
 この文章は、決して彼の音楽を貶めるために引用したものではない。バーンスタインの魅力とは、彼の全身から発せられるオーラに酔うことで初めて感じられるものなのだ。(そして映像でたしかめると、)バーンスタインという人は、その音楽もさることながら、この人自身が一番面白いし、彼の催眠術にかかっているのは、彼自身なんだなぁということだ。中川右介

 この中川氏の文章は、私にとって ひとつの 「啓示 」 でした。
 もしかしたら、私は 自分が長くクラシック音楽から遠ざかっていた間に、バーンスタインの素敵な催眠術に かかりにくい体質になっていたのかもしれない・・・ と考えてみました。子どもの頃、リアルタイムで 初めてヤング・バーンスタインの音楽に触れた当初は、マーラーだろうと ベートーヴェンだろうと そして ストラヴィンスキーだろうと それはもう 涙を流さんばかりに感激しまくったものだが、実は それは 容易に催眠術にかかっていたというだけのことだったのかも? 今の私は、もう目が覚めてしまったのか? 
 おそらく そうなのでしょう、「どうかしちゃった 」のは、バーンスタインのほうにではなく、実は 素面(しらふ )になった 私の側にある問題だったのでしょう。

 ・・・ ゆえに、これより上位 3位は、もはや躊躇することなく 60年代からのレコーディングから 選ばせて頂きました。はい、このランキングは あくまで 私の個人的なセレクトに過ぎないのですから。


バーンスタイン&D.F=ディースカウ(CBS )L.P. バーンスタイン&D.F=ディースカウ
第3位
マーラー:「リュッケルトの詩による歌曲集 」から
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン )
レナード・バーンスタイン(ピアノ )
「リュッケルトの詩による歌曲集」
より「わたしはリンデンの香りに 」、「わたしの歌を盗み見ないで 」、「わたしはこの世に忘れられ 」、「真夜中に 」、歌曲集「若き日の歌 」より「もう会えない 」、「ドン・ファンのセレナーデ 」、「シュトラースブルクの砦の上を 」、「別れて遠ざかるのは 」、「自覚症状 」、「いたずらっ子をしつけるには 」、「夏の歌い手交替 」、「ファンタジー 」、「想い出 」、「緑深い森を楽しく歩いた 」、「春の朝 」、歌曲集「さすらう若人の歌 」
録音:1968年11月(CBS )ニューヨーク、30丁目スタジオ
 
 ランキング中、バーンスタインがピアノをプレイしている名盤からも やはり何か選ばなければと考えたら、ラヴェルショスタコーヴィチピアノ協奏曲などが頭に浮かんだものの、「10選 」という縛りの厳しさに相応(ふさわ)しい 重要なディスクの存在があったことを 思い出しました。
 バーンスタインフィッシャー=ディースカウのピアノ伴奏にまわった、素晴らしいマーラー歌曲集です。私にとっても大事に聴き続けてきた一枚で、これは決して落とせません。レコードではB面だった「若き日の歌 」も楽しいですが、やはり「リュッケルト~ 」からの四曲、この深遠な静謐さから得た感銘は 筆舌に尽くせぬものでした。
 60年代後半、歌劇「ファルスタッフ 」や交響曲大地の歌 」で 幸福な邂逅を果たした 偉大な二人の才能による「空前絶後 」という表現もぴったりの、マーラー・レコーディング史上の金字塔でもあります。しかも、ありがたいことにLPレコード時代には聴けなかった未発表曲 - 歌曲集「さすらう若人の歌 」、歌曲集「若き日の歌」から「ファンタジー 」、「想い出 」、「緑深い森を楽しく歩いた 」、「春の朝 」という 4曲 - が 近年(1991年のCDリリース以降 )は収録されるようになり、さらにこの盤の価値を高めました。
 二人は、このレコーディングの二日後(8日)、ニューヨークのリンカーン・センターで 歴史的な「マーラー歌曲の夕べ 」リサイタルを成功させていますが、これは過去の“スケルツォ倶楽部”で すでに話題にさせて頂きました。

⇒ 「私はこの世に忘れられ 」(「タイタニックのサロンにおける グスタフ・マーラーを追悼する架空の音楽会 」より )
⇒ マーラー 152回目の誕生日


マーラー:交響曲「大地の歌」バーンスタイン ウィーンフィル(DECCA) マーラー:交響曲「大地の歌」バーンスタイン ウィーンフィル(DECCA) (3) マーラー:交響曲「大地の歌」バーンスタイン ウィーンフィル(DECCA) (2)
第2位
マーラー:交響曲「大地の歌 」
ジェームス・キング(テノール独唱 )
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン独唱 )
レナード・バーンスタイン指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1966年(デッカ/ロンドン )ウィーン、ゾフィエンザール

 このランキングの第8位に挙げた「ファルスタッフ 」を 米CBSが ウィーン公演と同一キャスト&スタッフで全曲録音するためには 当然ウィーン・フィルの許諾を得なければなりませんでした。そこで、CBSは 見返りに専属契約を結んでいたデッカ/ロンドン・レーベルバーンスタインを「レンタル 」することを提案、了承された結果、この旬な顔合わせによる名演が記録された、と伝わります。誠に慶賀すべきかな。
 ご存知のとおり「大地の歌 」の独唱パートは、男声(テノール )と女声(コントラルト )で交互に歌われるのが普通です(作曲者は アルトでもバリトンでも任意としていましたが )。偶数楽章でバリトンが独唱を担っているレコーディングは、ただでさえマーラー録音が稀少だった時代には 珍しい企画でしたが、「フィッシャー=ディースカウが独唱だから」、「バーンスタイン/ウィーンフィルとの共演だから」こそ聴きたい - というのが、中二だった私の率直な購買動機でした。
 すでに入手していたイスラエル・フィルCBS )盤と(リリースされた順序とは逆になりましたが )このウィーン・フィル(デッカ/ロンドン )盤とを聴き比べて最初に感じたことは、第4楽章「美しさについて 」バリトンで歌われると ここまで印象が変わってしまうものか、という驚きでした。細かいところですが、そこは 全曲中ティンパニが登場する唯一の場面でもある短いクライマックス部分、バーンスタインが駆り立てるようにウィーン・フィルを追い込む、その凄まじいテンポに応えて フィッシャー=ディースカウが長いフレーズを息継ぎも感じさせず「馬上の少年達が荒々しく走り去る」様子の歌詞を 猛烈な早口で描写します。その迫力たるや 比類なく、しかし次の瞬間には楽章冒頭の風景へ 音楽がフラッシュバックすると 先ほどまでの喧騒がまるで嘘だったように静まりかえるわけですが、ディースカウも顔色一つ変えることなく「つぶらな瞳の乙女が憧れの眼差しを投げかける 」その偽りの仕草の美しさについて、語り続けるのです。ここまで一連の技巧の何という素晴らしさでしょうか、同じ個所を イスラエル・フィル(CBS )盤のクリスタ・ルートヴィヒが いっぱいいっぱいで息を切らす場面転換には内心不自然さを感じていた私 発起人は、この同じ個所でウィーン・フィルを指揮するバーンスタインの意図を正しく体現し得た このフィッシャー=ディースカウのポテンシャルの高さに、深く納得するものがありました。さらに、同楽章エンディング近くで ウィーン・フィルホルン・アンサンブルが 小さなファンファーレを築くところ、そこは歌詞のとおり、あたかも雲の切れ間から 金色の太陽の光が一瞬 水の面に射しこんで輝く美しさでした。
 第6楽章「告別 」の素晴らしさについて述べるには、エネルギーが尽きてしまいました。ふー・・・ ランキング第一位の発表も、もったいぶって(笑 )次回に続きます。
バーンスタインの名盤10選( 5位から 2位 )
⇒ 次回 ランキング 第一位は・・・


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