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本記事は、 1月 9日「注目記事ジャズ ランキング 」で 第1位となりました。
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映画「ボヘミアン・ラプソディ 」 - クイーン雑感
フレディ・マーキュリー Freddie Mercury (×314)
 2019年、今回が 年明け最初のスケルツォ倶楽部… どうにも時間がとれなくて 毎晩 疲れてしまい、年末のブログ執筆回数は かなり失速してしまいましたが、今年もよろしくお願いいたします。
 さて そんな初回は、めずらしくロックの話題を とりとめもなく書き散らします。かなりまとまりがない文章になると思われますが、お正月に免じて どうかご容赦ください。

 英国の代表的ロック・バンド クイーンのヴォーカリスト、フレディ・マーキュリーの半生を描いた 話題の映画「ボヘミアン・ラプソディ」(ブライアン・シンガー監督 )が、昨年11月に本邦公開されてから 早くも 2か月が経とうとしています。
 忙しくて なかなか観に行けませんでしたが、ようやく年明けて 昨日 2日、最寄りのシネコンで 鑑賞することができました、やっと。
映画「ボヘミアン・ラプソディ」でクイーンに扮する四人
▲(左から )ジョゼフ・マゼロ(ジョン )、ラミ・マレック(フレディ )、グウィリム・リー(ブライアン )、ベン・ハーディ(ロジャー ) 
 
 公開から僅か 2ヶ月で、何と2018年の全洋画興行収入NO.1という大記録を樹立してしまったという - このメガ・ヒット映画について、ネット上では すでに膨大な意見や批評、その多くが好意的な感想が 飛び交っていますから、今さら何を 私“スケルツォ倶楽部発起人が それらに重ねて書き加えることもないのですが、でも この映画を観ながら 若き日にリアルタイムで聴いていたクイーンの音楽について、何となく拙い記憶を呼び覚ましたくなったものです。

マレーネ・ディートリヒ Marlene Dietrich Queen II
 映画の最初のほうで、若きフレディの部屋の壁に マレーネ・ディートリヒのポスターがさり気なく飾ってある場面がありました。ディートリヒは、実は 発起人の個人的なフェイヴァリット・アーティストなのですが( 過去記事はこちら ) 彼女の有名な このスチール写真が、クイーンセカンド・アルバム(QueenⅡ )ジャケットの メンバー 4人が並ぶポートレートの構図と同じだったことに気づいた瞬間 たいへん驚きました。
Marlene Dietrich(1932 )Shanghai-Express フレディ・マーキュリー
 二つの画像とも 私 発起人が 学生の頃からよく知っている(つもりの)ものでしたが、両者を紐づけて考えたことは 今まで(映画を観るまで )一度もなかったからです。

 ディートリヒが渡米し ハリウッド初出演作として知られる映画「モロッコ 」では 劇中ステージで男装して登場する印象的なシーンがありますが、少し深読みすれば、若きフレディが 無意識に性不同一のLGBT傾向にあったことを示唆する演出だったのか、あるいは現実にフレディ自身の嗜好でディートリヒのスチール写真を 実際に所有し、自室に飾っていたのかどうかまでは、発起人には 不明です。
マレーネ・ディートリヒ Morocco
▲ 男装のマレーネ・ディートリヒ(映画「モロッコ」 )

 映画のかなり最初のほうの場面で フレディが、無意識に婦人用のコートをステージ衣装に選んだり、最初の(女性の )恋人メアリー・オースティンにアイ・シャドーを塗ってもらって恍惚とするシーンなどがありました。ドラマ的にも後半への伏線だったようです。
 言葉を選ばねばなりませんが、正直に申し上げて 私 発起人 まだLGBTについては正しく理解できておりません。申し訳ありません、映画の後半でフレディが自身の性向に気づいて 同性と突然キスを交わすようになる生々しい描写は 何だかあまりにも唐突で不自然さを感じ、とても正視に耐えませんでした。
 ゆえに彼の苦悩についても、その真実を正しく理解できなかったと思います。けれど、それは映画表現として 限られた時間の中、制作者サイドは やはりテーマを絞らざるを得ず、彼らの力量では ここまででいっぱいいっぱいだったのではないでしょうか。

 しかし、そういった多くの違和感やモヤモヤのすべてを 根こそぎ なぎ倒す迫力で ドラマを締めくくる 力づくの説得力を持ち得たものとは、やはり音楽のパワーでした。言うまでもなく、ライヴ・エイドのパフォーマンスを細部まで忠実に再現した、ウェンブリー・スタジアムにおける圧巻のラスト21分。大画面のスクリーンと まさにコンサート会場の大音響・・・ それは ホント魂を揺さぶられるほどでした、と言っても 決して大袈裟に感じぬほど、凄まじい風圧から湧き上がってくる この感動は一体 何でしょう ?

▲ こちらは 当日の貴重なオリジナル・パフォーマンスを記録したフル映像です。
Queen - Live at LIVE AID 1985/07/13

 かつて リアルタイムでTV中継を視た、ライヴ・エイドの記憶は鮮明です。
 それは、私 “スケルツォ倶楽部発起人、大学 4年の夏のこと。 卒論 の下書きをしながら、衛星生中継を徹夜で観ていました。
 世代を超えた英米の有名ミュージシャンたち、スタイル・カウンシル、エルヴィス・コステロ、B.B.キング、オジー・オズボーン、スティング、フィル・コリンズ、REOスピードワゴン、ブライアン・フェリー、ブライアン・アダムス、U2、ビーチボーイズ、デヴィッド・ボウイ、ミック・ジャガー、ザ・フー、プリテンターズ、サンタナ、パット・メセニー、エルトン・ジョン、ジョージ・マイケル、マドンナ、ポール・マッカートニー、ケニー・ロギンズ、ニール・ヤング、パワー・ステーション、エリック・クラプトン、再結成のツェッペリン、デュラン・デュラン、ホール&オーツ、ボブ・ディラン ・・・ 特にクイーンのステージは 中でも たいへん印象深く、まとまりよく会場を盛り上げていた記憶があります。こんな遥か遠く、極東の地にも一人、フレディの苦悩も知ろうとせず、のほほんと中継を視ていた音楽好きなだけの男子学生がいました。どうもすみませんでした。


Crazy Little Thing Called Love” (邦題「愛という名の欲望」 )
クイーン ザ・ゲーム(EMI) クイーン 愛という名の欲望 Crazy Little Thing Called Love
 私“スケルツォ倶楽部発起人が、リアル・タイムで クイーンのレコードを意識して聴いた唯一のアルバムは、1980年発表の「ザ・ゲームThe Game でした。前年から全米でヒットしていた シングル曲 Crazy Little Thing Called Love(邦題 愛という名の欲望 )が収録されていたからです。同年代の音楽愛好家の人からすれば 遅い ! そもそも初期 4枚を見送ったのか、オマエは? などと言われそうですが(笑 )。
 この1980年当時は、熱病のように全米を吹き荒れていたディスコ・ブームが ようやく終焉を迎えた頃で、その反動からでしょうか、古(いにしえ)のロカビリー・スタイルを貫くストレイ・キャッツロバート・ゴードンらの いわゆるネオ・ロカビリーが注目され始めていました。そんな中 いち早く(1979年10月に )フレディが このリズムを取り入れたシングル「愛という名の欲望 」をリリース、それが全米チャート第一位を獲得したのです。 それまでのクイーンのスタイルとは あまりにも違う、彼ららしくない作風に、最初のうちこそ違和感を覚えたものの、この曲はもちろん、収録された 8thアルバム“ザ・ゲーム”は世界中で注目され、爆発的に売れたものでした。特に、アメリカがクイーンを認めたのは、まさにこのナンバーからだったと言っても過言ではなかったと思います。
 さらに、「この一曲 」の影響と余波は意外に大きく、それ以後、欧米のヒット曲の傾向は しばらくの間 ロックン'ロール回帰への方向に向かうのです。
 私が記憶する限りですが、たとえば リンダ・ロンシュタット(アルバム「マッド・ラヴ 」1980年 2月リリース )やビリー・ジョエル(アルバム「グラス・ハウス 」1980年 3月リリース )まで 当時はこの流行に倣いましたね。当時 活動を休止していたジョン・レノンがアメリカで復帰する気になったのも(生前最後のシングル・リリース「スターティング・オーヴァー 」1980年10月 )、もしかしたら 母国イギリスから聴こえてきたクイーンの活躍が遠因だったかも(?)です。 他に、チープ・トリックプレスリー・ナンバーのカヴァーで ヒットがありましたよね、このあたり 探してみたら 限(き)りがないほどあるでしょう。


ジョン・ディーコンジャズがお好き?
ディーコンとフレディ John Deacon (3) John Deacon (4) John Deacon
 さて、以前 何かのインタヴュー記事で、ベースのジョン・ディーコン John Deacon が自身の音楽的嗜好をジャズだと発言しているのを読んだことがあります。たしかに彼が作曲した You're My Best Friend(1975年 ) のイントロ部分のバッキング・コードなど、いかにもベーシストらしいなあ、と思えるようなサウンドを選んでいましたし、Spread Your Wings (1977年 )や One Year of Love(1986年 )などに聴ける、個性的な彼の音楽的センス、私は かなり好きです。
 そんな中でも スケルツォ倶楽部”発起人が 最も愛好するナンバーは、おそらく皆さんの多くも同じ( ? ) Another One Bites The Dust地獄へ道づれ、1980年 )ですね。この邦題、何とかしてください。発売されたばかりのアルバムを買ってきてすぐ、このベース・ラインの格好よさに魅せられてしまい 最初のうち しばらく A面 3曲目にばかり 繰り返し針を下ろしていた、そんな贔屓(ひいき)の一曲でした(笑 )。売れそうだけど 楽曲としてのまとまりには欠けるから シングル・リリースされることはあるまい、と思っていたら、どういう経緯かシングル・カットされ、当時LAのディスコでも頻繁にかかるようになったそうで、瞬く間に全米チャート首位に躍り出たと聞いた時は、驚き半分・うれしさ半分といった、そんな思い出も。
 個人的な見解ですが、この曲を ジョン・ディーコンは ボブ・ジェームスの「ヘッズHeads(Tappan-Zee、1977年)から そのアイディアの着想を得ているように、私には聴こえます。一般に言われるほど この曲がソウル・ミュージックからの影響があるようには思えないのです。もし ジョンの「ジャズ好き 」が真実であれば、当時のクロスオーヴァー界では注目の存在だった ボブ・ジェームス作品は、絶対チェックしていたでしょうから。ちなみに 「ヘッズ」のベーシストは、名手アルフォンソ・ジョンソンでしたが、冒頭からベースのリズム・パターンと 軽くシンコペートする経過部の動きは「地獄へ~ 」の歩き方に そっくりではないでしょうか。あ、あくまでベース部分ですよ、異論もおありでしょうけど、ご興味あれば お聴き比べください。ちなみに、ここでのドラムス奏者は、発起人( )も愛好する達人 スティーヴ・ガッドです。

Queen - Another One Bites the Dust (Official Video)

Bob James - Heads - 1977

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