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スケルツォ倶楽部 Club Scherzo
「アフター・シュトラウス & “ バイ・シュトラウス ”」
After-Strauss & “By Strauss”
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1911年 ストラヴィンスキー
バレエ「ペトルーシュカ 」から 「ワルツ 」

(音楽を 「道具 」として機能的に使った ひとつの実例 )

ペトルーシュカ(マゼール)BMG Entertainment (RCA 74321-57127-2)
1911年 イーゴリ・ストラヴィンスキー
バレエ音楽「ペトルーシュカ 」第3場“ムーア人の部屋”から「ワルツ 」
ロリン・マゼール指揮 Lorin Maazel
ウィーン・フィルハーモニー Wiener Philharmoniker
録音:1998年3月 ウィーン、ムジークフェラインザール
BMG Entertainment (輸入盤 RCA 74321-57127-2)

(併録曲:交響詩「ナイティンゲール(うぐいす )の歌 」、幻想曲「花火 」作品4. )


 20世紀初頭のパリで、一大センセーションを巻き起こしていたロシア・バレエ団(バレエ・リュス)の主宰者ディアギレフによって その豊かな才能を見いだされた青年ストラヴィンスキー(Igor Fyodorovitch Stravinsky 1882-1971)は、最初の委嘱作であったバレエ「火の鳥」で一躍注目を集める存在となっていました。「ペトルーシュカ」は、ディアギレフ=ストラヴィンスキーの黄金コンビによる 待望の第2作と呼べるもの。若き作曲家は、見事その期待に応え、大編成のオーケストラが豊かな色彩感を放つバレエ音楽を書きあげたのでした。同年「ペトルーシュカ」は、パリのシャトレ座において ニジンスキーカルサヴィナらの主演、ピエール・モントゥーの指揮で初演、これも大成功を収めた と伝えられています。
Igor Stravinsky( 1882-1971) 
ディアギレフに見出された頃の ヤング・ストラヴィンスキー


ストラヴィンスキーの 先進的な機能性について考える。
 さて、ストラヴィンスキー ワルツ を 積極的に作曲するカテゴリーには当然入りませんから、彼が敢えてワルツを使う場合には 何らかの意図あってのこと。作曲者は 謝肉祭の市場から聞こえてくる様々な音楽(見世物小屋のジンタマーチロシア民謡行商人の弾くアコルディオンロマ=ジプシーの歌、牧人の笛の音など)のひとつとして、そこに置かれる小道具として、ワルツを「機能的」な目的で 使ったものと考えられます。
 ムーア人形踊り子人形とが「仲よく踊る 」場面の このワルツと、たとえば レハールの「メリー・ウィドウ」におけるダニロハンナワルツとでは、それぞれの作曲家が意図した機能的な相違は、明らかです。「ペトルーシュカ」のワルツの方は、人形たちの内発的な感情の表現など一切不要で、ストラヴィンスキーはあくまで「道具 」として適した「機能的な効果 」を目的に ワルツを使っているに過ぎません。もちろん良い‐悪いというレベルの話ではなく。
 ここにこそストラヴィンスキー先駆性面白さがあり、また同時に つまらなさもあるように思うのです。今、私たちの回りに流れている音楽の多くは、単なる「記号」として消費されるために再生産が繰り返されており、その状況は「ペトルーシュカ 」で 機能的に置かれたワルツに、案外 近いのではないか、とも考えます。

■ このシーンの原曲は ヨーゼフ・ランナーワルツ
 ストラヴィンスキーは ここで わざわざオリジナルのワルツを新しく作曲する必要さえなかったのです。当時おそらく街中に流れていて、よく知られていたワルツ でさえあれば - それが、たまたまランナーの作品でなくとも - 何でもよかったのです。
 1曲目は、「シュタイル風舞曲 」からのレントラーの旋律。ファゴットの分散和音の上をコルネットとフルートという異形の配色を用いた編曲です。2曲目は「シェーンブルンの人々」の旋律を編曲したもので、ハープと2本のフルートの効果により わざとオルゴールのような単調さを出しています。後年の新古典手法ペルゴレージガッロの作品を編曲した「プルチネルラ 」など )を先取りした、いずれもストラヴィンスキーらしいユニークなオーケストレーションが 実に興味深いです。
 参考に、この「ペトルーシュカワルツに引用された 原曲 ランナーの二つのワルツを 両方いっぺんに聴けてしまう お得なCDは、ウィーン・フィルハーモニーニューイヤー・コンサートに 初めてニコラウス・アーノンクールが登場した2001年元旦のライヴTELDEC/8573-83563-2 )盤が有名でありましょう。
ニコラウス・アーノンクール_2001年 
アーノンクールニューイヤーに初登場した 歴史的コンサートは、普通なら アンコール・ナンバーとして 締めに演奏される 「ラデツキー行進曲 ( オリジナル版 ) 」 が、 なんと コンサート 開幕1曲目 に飛び出す という 異色のプログラム、そして 最後まで びっくりの連続 です。

■ 「ペトルーシュカ 」を ウィーンフィルのディスクで聴いてみたら
 では ウィーン・フィルハーモニーによって「ペトルーシュカ 」が演奏されたディスクは、と言うと これが意外に少なくて、1977年のドホナーニ(Decca )盤の他、ロリン・マゼールが 1998年に録音したRCA盤くらいしか 今は、私の手元には ありませんでした。マゼール/ウィーンフィル盤は、オーケストラの響きが最も多彩な 4管編成オリジナル(1911年 )版のスコアを使用した録音です。
 第4場の 猛スピードとバネが効いたような迫力にも興奮モノですが、「ウィーンフィルなら、さぞや・・・ 」と、大方(おおかた )が 期待する 第3場ワルツでは、そんな予想に「何 それ 」と肩すかしを食わせ、ランナーの引用にも ウィンナ・ワルツのリズムにも わざと無関心を装っているかのようです。これは、マゼールが 逆説的に「ウィーンフィルの演奏であるからこそ 」尚更 即物的で機能的なワルツに徹する演奏姿勢を 敢えて団員に課した結果である とさえ思えます。これもまた指揮者の見識なのです、実に興味深いですね。
 けれども、これが 次の「ラ・ヴァルス 」になると、また全然正反対の解釈なのですから・・・(後述 )、やはりマエストロ・マゼール 只者ではありません。

1912年  英国豪華客船タイタニック号、北大西洋上で氷山に接触し 沈没
      明治天皇 崩御、乃木大将夫妻 殉死。
      ペテルブルグでボリシェヴィキの新聞「プラウダ 」創刊。
      トーマス・マン、「ヴェニスに死す 」。
      シェーンベルク、「月に憑かれたピエロ 」、
      アルバン・ベルク、「アルテンベルク歌曲集 」。

1913年  第二次バルカン戦争、
      シェーンベルク、「グレの歌 」初演。
      ストラヴィンスキー、「春の祭典 」ロシア・バレエ団により初演。
      プルースト、「失われた時を求めて 」。
      ブリテン生まれる。

1914年  オーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者
      フランツ・フェルディナント大公夫妻 暗殺(サラエボ事件 )、
      第一次世界大戦に発展。
      パナマ運河、開通(全面開通は1920年 )。

1915年  イタリア、オーストリアに宣戦布告。第一次大戦、激化。
      R.シュトラウス、「アルプス交響曲 」。
      アインシュタイン、一般相対性理論を完成。
      オールコット、「マイ・ワイルド・アイリッシュ・ローズ 」 ・・・に続く。



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