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マスカーニ 歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ 」
原作との相違点
“トゥリッドゥさん”は いかに殺されたか

マスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ 」

 こんにちは、“スケルツォ倶楽部発起人です。
 そう言えば、エンニオ・モリコーネが音楽を担当した映画「ニュー・シネマ・パラダイス 」は、戦後まもないシチリア島にある架空の映画館が 主な舞台でした。 そんな田舎の映画館で 1948年に封切られた ルキノ・ヴィスコンティの初期の映画「揺れる大地 」 La Terra Trema が上映されるくだりで・・・
ニューシネマパラダイス_シチリア人の言葉はイタリア語ではない
▲ スクリーン上に 「イタリア語はシチリア島民の言葉ではない、云々 」という字幕が延々と流れてゆくのを眺めながら イタリア語を読めないシチリアの観客たちが「一体何て書いてあるんだろ 」、「あんた読めるのかい? 」と、互いに首を傾(かし )げ合っている、そんな細かい描写が 意味深なシーンが ありましたね。

 同じ シチリアの僻地を 舞台とする歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ 」でも そんな地方色を出そうと工夫したのでしょう、幕が上がる前に舞台裏からトゥリッドゥさんが歌う「シチリアーナ 」に(だけですが、)真正なシチリア方言が使われています。

ジョヴァンニ・ヴェルガ Giovanni Verga マスカーニ
▲ ヴェルガ Giovanni Verga(1840‒1922 )とマスカーニ Pietro Mascagni(1863 – 1945 )

 1880年 イタリアの作家ジョヴァンニ・ヴェルガが書いた同名の小説を下敷に、原作から10年後にマスカーニが作曲した この歌劇は、“ヴェリズモオペラの先駆的傑作との高い評価が定着している作品です。
 尤もヴェリズモ( = リアリズムオペラの「先駆 」を言うなら、その発祥を辿ると ジョルジュ・ビゼーが 若き命を削るようにして作曲した「カルメン 」(1875年初演 )にこそ 新しい萌芽/未来のオペラへの原型が あったことは 歴然でしょう(イタリアじゃなくてフランス・オペラですけど )。

 もとい。やっぱり歌劇の「原作 」のほう - ジョヴァンニ・ヴェルガの「カヴァレリーア・ルスティカーナ 」 - を読んでおかなきゃイケナイな と考え、名訳として知られる河島英昭氏による岩波文庫版を探したら これも絶版だったため、Amazonで ようやく中古本を みつけ 購入することができました。
カヴァレリーア・ルスティカーナ (岩波文庫) G.ヴェルガ 河島英昭訳
 ・・・で、開いてみたら 文庫本で 僅か12ページ ? 邦訳なら 5分もかけずに読めてしまう、その拍子抜けするほどの短さ。

Giovanni Targioni-Tozzetti、Mascagni and Guido Menasci (2)
マスカーニと友人らによる脚本チーム(写真、左から ジョヴァンニ・タルジョーニ=トッツェッティマスカーニグィド・メナッシ )が、歌劇台本の底本としたのは、原作者ヴェルガ自身が 舞台演劇用に書き直した戯曲のほうだったそうですから、本来なら原作小説のみならず 戯曲のほうも入手したかったのですが 残念、戯曲の日本語訳はみつかりませんでした。

 この作品を マスカーニ オペラ化しようと考えた動機が、楽譜出版元ソンゾーニョ社が主催する「新人オペラ作曲コンクール 」への応募だったことは よく知られています。その募集要項が“一幕物”であること という条件でした。「一幕でまとめる 」という制限付きで題材を選ぶのは、結構むずかしいことだったに違いありませんが、ヴェルガの原作に目を付けたことは マスカーニらの慧眼でした。
読書するルーシー Charles M. Schulz
 そう考えつつ読んでいたら、 歌劇化された「カヴァレリア~ 」台本って、正しく古典劇における原則的な基準である「三一致の法則Trois Unités (演劇とは 24時間以内の、一つの場所で起こる筋が一つの物語を 扱うべし とする - )に 忠実に従ったドラマ設定であり、一幕オペラとするにも「理想的 」と言ってよいほど格好の素材だったことに 今さら気づき、思わず あっ と声を上げてしまいましたよ。
 そう、原作では トゥリッドゥさんが兵役から帰郷してから数週間に渡っての物語だったのです。対して、オペラ台本では 復活祭の一日の出来事にギュッと凝縮されています。

トゥリッドゥとアルフィオ 「カヴァレリア~」原作の挿絵
▲ 2015年ザルツブルク・イースター音楽祭より、トゥリッドゥさんヨナス・カウフマン )とアルフィオさんアンブロージョ・マエストリ
 
 特にドラマの結末を告げる決闘は、原作では一夜明けた翌日の早朝となっているのですが、ご存知のとおり オペラでは 復活祭の礼拝後に村人たちへ酒をふるまっていたトゥリッドゥさんが 杯を拒絶したアルフィオさん耳たぶを噛み( = シチリア風に決闘の申し込みをして )以降、母ルチアに別れを告げる以外 殆ど時間を置かず「日が暮れる前に 」剣を交えており、そのまま畳み掛けるようにドラマはカタストロフィへと なだれこんでいます。

 この秀逸にして重要な原作改変が 果たして戯曲に翻案した時のヴェルガ自身によるアイディアだったのか、それともオペラの台本に書き換えた時のマスカーニと友人らによる発案だったのか、そこが 私 発起人の知りたいところとなりました。
 Wikipediaカヴァレリア・ルスティカーナの項 )には、原作オペラの改変部分についての記載はありました。 ⇒ こちらです 
 そこで 確認できることは、マスカーニと 若き台本作家チームが行った変更が、「新たに村人の合唱シーンを創出すること 」、「トゥリッドゥと人妻ローラの逢引シーンを削除すること 」、その代わり「トゥリッドゥが決闘前に母に別れを告げるシーンを設けること 」にあった、という情報に とどまっています。
 新しく追加されたシーンの楽曲たち、すなわち 村人たちが春の到来を喜ぶ世俗的な合唱曲復活祭の美しい小ミサ曲、そしてトゥリッドゥさんに別れを告げる哀切な「あの酒は強いね 」 - いずれもオペラでは 素晴らしいナンバーばかり。
 
 しかし 私 “スケルツォ倶楽部発起人の こだわるところ - 舞台上の時間の流れを「三一致の法則 」に則った形へ整えたのは 一体誰のアイディアに拠るものだったのかは 結局 不明のまま - 尤もヴェルガ戯曲版さえ入手できれば、そんなこと 一発で判明するわけですが、判るまでは 気になって仕方ありません。スケルツォ倶楽部 会員の皆さまで どなたか ご存知のかた、教えて頂けませんでしょうか ?

「ぷん。知らないっ 」、「教えなさい ! 」、「オイオイ 」
ローラ、サンタ、トゥリッドゥ
▲ 2015年ザルツブルク・イースター音楽祭より
ローラアンナリーザ・ストロッパ )、サントゥッツァリュドミラ・モナスティルスカ )、トゥリッドゥさんヨナス・カウフマン


 それにしても、この歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ 」 - 実によく出来た、ホント優れたオペラだと思います。楽譜に書かれたすべての音が 然るべき場所に配され、いずれも過不足なくドラマティックに鳴らされる、疵一つないパーフェクト作品ではないでしょうか。主人公らの感情が高まれば、シンバル を伴って金管群が思いきりフォルティシモで吼えてくれます。また、美しさも極まる 有名な「間奏曲 」はもちろん、同じように静謐な雰囲気をもった「前奏曲 」から すでに、私 発起人 大好きですね。
 私には サントゥッツァトゥリッドゥさんの諍いのシーンが、ビゼーの「カルメン 」終幕、闘牛場前の広場でホセカルメンが 激しく押し問答を繰り返す二重唱の呼吸に とても似ていると思います。マスカーニは、間違いなく ビゼーから その範を得ています。尤も 女に泣いてすがる男という構図は、「カヴァレリア~ 」の場合とは真逆ですが(笑 )。
Georges Bizet (1838‐1875) ヴェルディ
 また、トゥリッドゥさんの「乾杯の歌 」における民衆(合唱 )との コール&レスポンスが、ヴェルディの歌劇「オテロ 」第一幕で 戦勝を祝うキプロスの兵士ら(合唱 )の中から立ち上がったイヤーゴが 豪快に音頭をとる「酒の唄 」に酷似して聴こえますし、さらにサントゥッツァアルフィオさんに禁断の真実を告げてしまう二重唱がクライマックスを迎えるところも、同じくヴェルディの第2幕でイヤーゴの奸計に欺かれたオテロデスデモーナへの復讐を「大理石のような空にかけて誓う 」圧倒的に力強い男声二重唱に たいへんよく似ていると思うのです。
 マスカーニは、これら偉大なオペラの先達が積み上げた創作手法をおそらく歌劇場で熱心に学び、徹底的に研究し、参考としたに相違ありません。
 「カヴァレリア~ 」が 前述のオペラ・コンクールで圧倒的な支持を得て 見事に優勝を勝ち得たのも当然の帰結だったでしょう。コンクールに応募する前には 何と自分のピアノさえ持っていなかったという 片田舎の貧しい音楽教師だったマスカーニ先生、これ一作でオペラ界の寵児となり 音楽史にその名を残す存在となったのでした。


トゥリッドゥさんは いかに殺されたか
トゥリッドゥは、いかにして殺されたか
▲ 2015年ザルツブルク・イースター音楽祭より ヨナス・カウフマン演じる トゥリッドゥさん

 このオペラの まるで突き落とされるかのようなエンディング、サントゥッツァルチアに 詠嘆の哀歌を歌わせる時間さえ与えず、何の未練もなく幕は下りてしまうので、「トゥリッドゥさんの死 」という事実だけを 即物的に投げつけられた私たち聴衆は、その衝撃のあまり観客席から立てなくなります。

 さらに そのラスト・シーンについて述べさせて頂くと、トゥリッドゥさんが殺されることとなる決闘の場面が 舞台上で演じられることは、普通ありません。トゥリッドゥさんアルフィオさんと約束した場所とは、教会ルチアの居酒屋から かなり離れた場所だからです。
 オペラの台本では「裏の葡萄畑 」とされ、本来の原作では さらに遠く 村はずれのカンツィーリアと呼ばれる荒涼たる牧草地でした。そこは かつて屠殺場だったということまで 原作の訳者/河島氏は紹介しています。
 その場に残っていたサントゥッツァルチアらと一緒に待っていた私たち観衆は、遠くから決闘の顛末を目撃した女たちの叫び声で 初めてトゥリッドゥさんを知るのです。

 前回、ザルツブルク・イースター音楽祭2015年公演(カウフマン主演、ティーレマン指揮 / ドレスデンSK )、フィリップ・シュテルツルによる「カヴァレリア~ 」演出の特殊効果については すでに話題にしましたね。
⇒ 前回の記事は こちら
 このシュテルツル演出は、トゥリッドゥさんアルフィオさん決闘の場を「教会内 」にするという 異例な設定を施した上、舞台を六分割する裏技で 聴衆に異なる場所の複数の出来事を同時に観せることを可能にした、きわめて例外的な演出方法であり、実に画期的でした。

 はい、たいへんお待たせしました。
 それでは、いよいよヴェルガによる原作を ご一緒に読んでみましょう。トゥリッドゥさんが その最期をいかに迎えたか、生々しい決闘の様子が 描かれています。

 夜明け前、トゥリッドゥさんアルフィオさんの二人は それぞれの家を出て、決闘を約束したカンツィーリア(地名、牧草地 )のフィーキディンディア(サボテン樹 )に向かって歩いてゆく途中で出会い、無言のまま 連れだって歩き続けるところです。

「アルフィオさん 」 トゥリッドゥがそう切りだしたのは、連れだってしばらく道を歩いてからのことだった。
相手は黙りこんで、帽子を目深にかぶっていた。「神さまは正しいから、自分の間違いぐらいわかっている。思い切っておれは殺されてしまいたいんだ。だが、ここへ来るまえに、年とった母親の姿を見てしまった。虫が知らせたのだろう、鶏小舎(とりごや )の世話をすると言って、起きあがって おれが出かけるのを見送ってくれた。だからどんなに神さまが正しくても、年とった母親を泣かせないため、おまえさんを 犬ころみたいに殺すだろう 」
「よしわかった 」 アルフィオさんは答えながら、チョッキを脱いだ。「ふたりだけで最後まで闘おう 」
双方ともに腕がたった。トゥリッドゥは最初に突きを食らったが、辛うじてそれを片腕にかわした。そしてお返しに、深々と一撃を、相手の股ぐらに突きたてた。
「ああ ! トゥリッドゥさん ! ほんとうに おれを殺す気なんだな ! 」
「そうとも、さっき言っただろう。鶏小舎のなかの、年とった母親を見てからは、その姿が 目の前からいつまでも消えないのだ 」
「その目をしっかりひらいていろよ ! 」 アルフィオさんが叫んだ、「いま、たっぷり礼をしてやるから 」
痛む傷に左手を当てながら、身体を丸めて身構え、片肘(かたひじ )で地面を掃(は )くようにして、彼はすばやく砂を握ると、相手の目に投げつけた。
「ああ ! 」 何も見えなくなって、トゥリッドゥが叫んだ。「やられた 」
必死に跳び退(すさ )って、彼は助かろうとした。だが、アルフィオさんは追いすがって、腹に一撃を加え、
「トゥリッドゥさんが殺された」
さらに三つめを喉(のど )に突き立てた。
「これで三つだ ! おれの家を飾ってくれた礼だぜ。これでおまえの母親も安心して牝鶏(めんどり )たちを鳴かせておけるだろう 」
トゥリッドゥは なおもしばらくフィーキディンディアのあいだを、あちこちと、よろめいていたが、やがてどっと倒れた。そして泡を立てて喉にあふれてくる血潮のなかで、声にならない声を叫んだ。「ああ、マンマ ! 」


以上、引用青字ジョヴァンニ・ヴェルガ/作(河島英昭/訳 )
カヴァレリーア・ルスティカーナ 」 (岩波文庫 )より
カヴァレリア・ルスティカーナ


おまけ
歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ
スケルツォ倶楽部”オススメ名盤、おぼえがき

マスカーニ 歌劇カヴァレリア・ルスティカーナ カラス ミラノ・スカラ座 セラフィン カラスとステファーノ 1953年 Maria Callas with Giuseppe di Stefano
▲ 録音:1953年 6月、8月(EMI )
マリア・カラス(サントゥッツァ )
ジュゼッペ・ディ・ステファーノ(トゥリッドゥ )
ローランド・パネライ(アルフィオ)
トゥリオ・セラフィン指揮
ミラノ・スカラ座管弦楽団・合唱団

 モノラル。あまりにも個性的な声をもつカラスが歌うサントゥッツァは、内心の苦悩を抑えた表現から怒りを爆発させるまでの感情の振り幅がたいへん広く、声の鋭い立ち上がりがキャラクターの冷酷な面を伝えるステファーノによるトゥリッドゥさんとの口論の場では、両者の息を飲むほどの凄さのあまり もう一度聴き直したくなるでしょう。復活祭ミサのシーンでも ミラノ・スカラ座の合唱団にカラスの独唱が加わると、古い音質であるにもかかわらず コーラスとソロとの対比が際立つコントラストに圧倒されます。


エレナ・ニコライ Elena Nicolai 1905-1993 マスカーニ 歌劇カヴァレリア・ルスティカーナ デル・モナコ ギオーネ ミラノ交響楽団
▲ 録音:1954年 1月(DECCA )
エレナ・ニコライ(サントゥッツァ )
マリオ・デル・モナコ(トゥリッドゥ )
アルド・プロッティ(アルフィオ )
フランコ・ギオーネ指揮
ミラノ交響楽団、合唱団

 モノラル。デル・モナコはデッカに「カヴァレリア~ 」を三度レコーディングしていますが、これはその最初の録音。ブルガリア出身のメゾ・ソプラノ、エレナ・ニコライと若きデル・モナコとの歴史的共演盤です。デル・モナコは 張りのある輝かしい声が全開、特にサントゥッツァとの「二重唱 」後半など 過剰に泣き過ぎるニコライサンタがあまりにも非力なので 可哀そうになってしまうほど DVトゥリッドゥさんが これでもかと繰り出す攻撃は 情け容赦ない酷さ。


レナータ・テバルディ Renata Tebaldi マスカーニ 歌劇カヴァレリア・ルスティカーナ テバルディ、ビョルリンク エレーデ(DECCA)盤
▲ 録音:1957年 9月(DECCA )
レナータ・テバルディ(サントゥッツァ )
ユッシ・ビョルリンク(トゥリッドゥ )
エットーレ・バスティアニーニ(アルフィオ )
アルベルト・エレーデ指揮
フィレンツェ五月音楽祭管弦楽団、合唱団

 当時アメリカのマーケットではRCAからリリースされたレコードだったようです。一時代を築いた名ソプラノ歌手レナータ・テバルディサントゥッツァが聴ける(おそらく )唯一のセッション録音、トゥリッドゥさん役にはスウェーデンの美声ユッシ・ビョルリンクアルフィオさん役にも芸達者なバスティアニーニを配した豪華なキャスティング。
 やはり聴きどころは、主役二人の口論を描く「二重唱 」の後半、遂に「切れた テバルディトゥリッドゥさんに地声で浴びせる「気をつけな Bada ! 」、「呪われたイースターになればいいさ 」と絶叫するところ、爆発が凄すぎてトラウマ級に怖い。その場を逃げ去るビョリンクの顔が 歪んで引きつっているのが目に見えるよう。


マスカーニ 歌劇カヴァレリア・ルスティカーナ デル・モナコ シミオナート Mario del Monaco  
▲ 録音:1960年 7月(DECCA )
ジュリエッタ・シミオナート(サントゥッツァ )
マリオ・デル・モナコ(トゥリッドゥ )
コーネル・マックニール(アルフィオ )
トゥリオ・セラフィン指揮
ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団、合唱団

 デル・モナコの二度目となる「カヴァレリア~ 」録音、表現にも過不足なくバランスのとれた迫力も十分な素晴らしい名唱です。全盛期のシミオナートのドラマティックな歌唱の素晴らしさ、トゥリッドゥさんとの喧嘩で啖呵を切るときの凄まじい歌唱は、エレーデ盤のテバルディに勝るとも劣らぬ演技です。
 ところで開幕の合唱オレンジの花は香り」に先立って鳴る鐘のリズム(歌劇の後半にも登場 )、随分と好い加減に打ってますよね。リアリズムなのでしょうか(笑)。


エレナ・スリオティス Elena Souliotis 1943-2004 マスカーニ 歌劇カヴァレリア・ルスティカーナ デル・モナコ、スリオティス、ゴッビ 1965年のデル・モナコ
▲ 録音:1966年 9月(DECCA )
エレナ・スリオティス(サントゥッツァ )
マリオ・デル・モナコ(トゥリッドゥ )
ティト・ゴッビ(アルフィオ )
シルヴィオ・ヴァルヴィーゾ指揮
ローマ管弦楽団、合唱団

 1963年12月 自動車事故に遭遇したデル・モナコが復帰して初のレコーディングです。以前と変わらぬ美声ですが、一年の休養の影響か、歌唱からデル・モナコらしい迫力が若干減退する代わり、不思議なことに第二回目の録音より声質が軽く(若く ? )なり 鋭く聴こえるという印象は このディスクでトゥリッドゥさんを聴いた方なら どなたも感じるとおり。
 ギリシャ出身の名ソプラノ、エレナ・スリオティスの切迫する歌唱も素晴らしいです。この女性(ひと )は 笑顔でも怒ってるようにみえる顔写真が 慢性的にコワいですから。
 憎々し気に登場する名優ゴッビアルフィオさんが振るう鞭の音が、ここでは明らかにオーヴァー・ダビングされた安っぽい効果音と堕しており、ちょっと興醒め(笑 )。


フィオレンツァ・コッソット Fiorenza Cossotto マスカーニ 歌劇カヴァレリア・ルスティカーナ カラヤン カルロ・ベルゴンツィ Carlo Bergonzi
▲ 録音:1965年 9月、10月(D.G. )
フィオレンツァ・コッソット(サントゥッツァ )
カルロ・ベルゴンツィ(トゥリッドゥ )
ジャンジャコモ・グェルフィ(アルフィオ )
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ミラノ・スカラ座管弦楽団、合唱団

 カラヤンスカラ座による、ひとつの偉大な達成とも言えるレコーディングです。「道化師 」も見事な録音でしたが、カラヤンの統率の下 スカラ座のオーケストラが放つ迫力のサウンドと 完璧に制御された歌手の演技の素晴らしさに、今回あらためて聴き直したら・・・ もう絶句。こんなに良かったかなー、雄弁なオーケストラを 思いきり鳴らした、実にゴージャスな名演でした。総合点なら文句なく最高位に挙げたい、バランスの取れた高い完成度を誇る 歴史的名盤です。

間奏曲 」と言えば、カラヤン。 ちょっと寄り道 (^_^)
カラヤン ベルリンフィル オペラ間奏曲集(D.G.)
▲ 録音:1967年 9月 (D.G. )
オペラ間奏曲集 Opern – Intermezzi より
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
収録曲:「椿姫」第3幕間奏曲(ヴェルディ )、「カヴァレリア・ルスティカーナ間奏曲(マスカーニ )、「修道女アンジェリカ 」間奏曲(プッチーニ )、「道化師 」間奏曲(レオンカヴァルロ )、「ホヴァンシチナ」第4幕間奏曲(ムソルグスキー )、「マノン・レスコー 」第3幕間奏曲(プッチーニ )、「ノートル・ダム」間奏曲(シュミット )、「タイス 」の瞑想曲(マスネ )、「フェドーラ」第2幕間奏曲(ジョルダーニ )、「アドリアーナ・ルクヴルール 」第2幕間奏曲(チレーア )、「マドンナの宝石 」第3幕間奏曲(ヴォルフ=フェラーリ )、「友人フリッツ」間奏曲(マスカーニ )

 カラヤンは戦時中、ミラノ・スカラ座で すでに高齢で身体も不自由になっていたマスカーニが やっと指揮台までたどり着くと やおらタクトを振り上げ「友人フリッツ 」の間奏曲を 思いもかけないほどの大音響で炸裂させる様子を間近で聴き 深い感銘に打たれたことを(後にリチャード・オズボーンに )回想しています。オペラの美しい間奏曲ばかりを集めたカラヤンの好企画盤「間奏曲集 」は、1954年のフィルハーモニア管弦楽団とのEMI録音が最初でした。そのときカラヤンは 手が空いていたホルンの名手デニス・ブレインに、「カヴァレリア~ 」のオルガン・パートを任せたという興味深い逸話が。すみません、そちらは発起人 未聴。
 このグラモフォン盤では、録音場所であるイエス・キリスト教会のオルガンが鳴っているのが、背後からしっかりと聴こえます。
晩年のマスカーニ 70年代のヘルベルト・フォンカラヤン
▲ 晩年のマスカーニ(左 )、70年代のカラヤン

 ・・・ところで 少し脱線しますが、なぜカラヤンは この名アルバム「間奏曲集 」の中でヴォルフ=フェラーリの歌劇「マドンナの宝石 」から“第三幕の間奏曲”のほうをわざわざ選んだのでしょうね。 すでに40年以上も前に 初めてこの素晴らしいアルバムを聴いた時からずっと感じていたことなのですが、あの一曲だけが軽妙でリズミカルなワルツなので、微妙に浮いているように思うのですよ。また逆に、なぜ名曲中の名曲第二幕の間奏曲”のほうをカラヤンは捨てたのでしょうか、ああ、巨匠の美意識が解らない( ? )


マスカーニ 歌劇カヴァレリア・ルスティカーナ ドミンゴ レヴァイン 若きジェームス・レヴァイン
▲ 録音:1978年 8月(RCA )
レナータ・スコット(サントゥッツァ )
プラシド・ドミンゴ(トゥリッドゥ )
パブロ・エルヴィラ(アルフィオ )
ジェームズ・レヴァイン指揮
ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団、
アンブロージアン・オペラ合唱団

 私 “スケルツォ倶楽部発起人の「カヴァレリア・ルスティカーナ 初体験は、中学生だった当時 NHKの招聘によるイタリア歌劇団公演(第 8次=1976年 )で来日した 若きプラシド・ドミンゴが このオペラでトゥリッドゥさん役を演じた舞台でした(これが同時に 私の“ドミンゴ初体験”でもありました。FM放送を生中継で聴き、その後TV放送でも観ましたが、驚くべきことに、この日ドミンゴは 続けて「道化師」のカニオも演じたのでした ! )。「あの酒は強いね 」で老母に別れを告げる 若きドミンゴの真摯な演技に 子ども心にも大きなインパクトを受け、目頭が熱くなるほど感動したものです。
 NHK公演での感激が忘れられず、それから 2~ 3年後 高校生になっていた私は ドミンゴ最初のセッション録音である、このRCA盤がようやくリリースされたとの新譜情報を見つけるとすぐレコード店に走ったものです。(期待していたよりもやや落ち着いた歌唱でしたが )ドミンゴの若々しさが映える、好ましい録音でした。特に「あの酒は強いね 」の歌いだし“マンマ・・・”と「上から降りてくる 」個性的な歌い方は 他で聴けない特徴です。この個所での鋭い弦のトレモロも心地良く、レヴァインのオケ統率ぶりが耳に残ります。
 ところで、トゥリッドゥさんの死を目撃した女性が絶叫する声、ここ 何度聴き直しても 凄いんです、リアリズムなんでしょうか(笑)。


マスカーニ 歌劇カヴァレリア・ルスティカーナ ドミンゴ シノーポリ 「カヴァレリーア・ルスティカーナ」シノーポリ(DG)盤
▲ 録音:1989年 6月(D.G. )
アグネス・バルツァ(サントゥッツァ )
プラシド・ドミンゴ(トゥリッドゥ )
ホアン・ポンス(アルフィオ )
ジュゼッペ・シノーポリ指揮
フィルハーモニア管弦楽団、
コヴェントガーデン・ロイヤル・オペラハウス合唱団

 上記のディスクから10年以上経った、味わい深いドミンゴ円熟の熱唱。共演者にバルツァとは最初 意表を突かれた気がしましたが、考えてみれば歴代サントゥッツァを演じてきたカラススリオティスも同じギリシャ出身。ポンスの優しい声には少し違和感を覚えつつ、今回 じっくり聴き直して あらためて傾聴をお勧めしたくなったのはシノーポリのタクトなのです。カラヤン盤と双璧と言い得る雄弁でダイナミックな統率ぶり。一例を挙げれば、細かいところですが、悲劇の幕がまさに下りるエンディングで、怒涛のように追い込んで締めくる壮絶なオーケストラの音塊の中に埋もれることなくピッコロの鋭い最高音が、まるでトゥリッドゥさんを刺したアルフィオさんの残忍な顔に 若者の熱き返り血が飛んできたかのごとく鮮烈に「見えます 」。そんな細やかな配慮が オペラ全編の至る所に散見される名演です。


以下 ご参考
エゴン・フォスによる 「原作とオペラとの決定的な違い 」

Cavalleria Rusticana Illustration 1880
 (ヴェルガ原作の )小説「カヴァレリーア・ルスティカーナ 」では、馬車屋アルフィオは金持ちで裕福であり、それに対してトゥリッドゥは、彼が兵役で留守にしている間 最後の財産だった鹿毛の騾馬や僅かな葡萄畑までをも売るために手放してしまった貧乏やもめの息子である。小説では、ローラがアルフィオのもとへ嫁ぐことを決意した動機が この物質的状況に外ならなかったことを疑わせない。
 出征前には婚約同前の仲だったローラの裏切りは、したがって - オペラの場合のように - はっきりした動機なしになされ その結果ほとんど詳解困難な彼女の個性的性格を作り出すようなものではなく、具体的にアルフィオの富と将来の安定した生活への見通し - 19世紀のシチリア島(のみならず )では これは重要な視点だった - に信ずべき根拠をおいて行われたものだったのである。
 トゥリッドゥへの侮辱は、オペラの場合より罪悪性が強く、特異な性質を持つ。オペラでは、トゥリッドゥは 単に他の男に愛を転じてしまった一人の女性の しきたりどおりの不幸な恋人に過ぎず、また彼が結局 望みを遂げることになるのも、いかにそれが世を忍ぶ密かな形で起きたにせよ、所詮それはローラの虚栄心が 別の女性にトゥリッドゥが心変わりしたという事態に堪えられなくなったために過ぎないのである。
 けれども小説においては、富を求めて貧しい男への愛情を捨てようというローラの決心は、トゥリッドゥの心に怒りと復讐心を呼び起こした。彼が かりそめに「他の女性(オペラのサントゥッツァ ) 」に求愛するのは、ローラの嫉妬心を煽り立てるために過ぎず、さらに その結果 彼の望みが遂に実現することは、ローラが富ゆえに愛を裏切ったことに対する「復讐の完遂 」だったと考えることができる。
(中略 )
 ヴェルガの小説において 葛藤の条件の一つとなっている貧困と富裕との対峙が、マスカーニのオペラの中では すっかり取り除かれてしまったことは、示唆的である。

以上、引用(青字文章 )
エゴン・フォス宮崎 滋 / 訳 )音楽之友社
オペラに於けるヴェリズモ 」(1978年 )より


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