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本記事は、 9月29日「注目記事ジャズ ランキング 」で 第1位となりました。
皆さまのおかげです、これからも 何卒よろしくお願い申し上げます。
   

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映画のスクリーンに貼りつけられた音楽 ⇒ Novel List   

スケルツォ倶楽部 Club Scherzo

映画「ニュー・シネマ・パラダイス
の音楽(エンニオ・モリコーネ )を 聴く 。

Nuovo Cinema Paradiso size 314

映画「ニュー・シネマ・パラダイス 」Nuovo Cinema Paradiso
監督/脚本:ジュゼッペ・トルナトーレ
製作:フランコ・クリスタルディ
音楽:エンニオ・モリコーネ、アンドレア・モリコーネ(「愛のテーマ 」 )
出演:フィリップ・ノワレ(アルフレード )
    サルヴァトーレ・カシオ(トト幼少期 )
    マルコ・レオナルディ(トト青年期 )
    ジャック・ペラン(トト=サルヴァトーレ 壮年期 )
    アントネラ・アッティーリ(母マリア )
    プペラ・マッジオ(母マリア30年後 )
    アニェーゼ・ナーノ(エレナ )
    ブリジット・フォッセー(エレナ30年後 )
    レオポルド・トリエステ(神父 )
    エンツォ・カナヴェイル(スパッカフィーコ )
    レオ・グロッタ(イグナチオ )
    イサ・ダニエリ(アンナ ) 他
撮影:ブラスコ・ジュラート
編集:マリオ・モッラ
公開:1988年11月17日


Poster Nuovo cinema paradiso
 もし 私 “スケルツォ倶楽部発起人が 生涯で出会った全映画作品から “好きな”順にランキングを選ばせてもらう機会に恵まれたとしたら、この「ニュー・シネマ・パラダイス 」など、もう真っ先に指を折って上位にチャート・インさせたい、お気に入りの一本ですね。
 映画館で洋画を鑑賞したことがある人なら誰しも きっと上映開始から15分も経たぬうち 深い愛着を覚えるに相違ない、こんな素敵なドラマを撮ってくださったディレクターは 製作当時まだ32歳( ! )だったジュゼッペ・トルナトーレ監督。
 公開の翌1989年にはカンヌ国際映画祭審査員グランプリを受賞、さらにイタリア映画としては15年ぶりにアカデミー賞最優秀外国語映画賞も受賞して、その後 日本でも大ヒット・・・。

 さて、たいへん興味深いことに、この映画には 二つのヴァージョン が存在します。
 いわゆる インターナショナル版(123分)と、ノーカット完全版 (173分)がそれです。
 これら二つのいずれに優劣があるかという次元の話ではなく、私 発起人が感じるところ、実は「ニュー・シネマ・パラダイス 」という映画は、敢えて 二つの版があることによって初めて その世界観を体現し得る作品 だったのではないか、と考えます。その理由を述べるのが、今日の もうひとつのテーマです。

 そんなドラマの舞台は、世界大戦終結から間もないシチリア僻地のジャンカルドという架空の小村。貧しい村には何もなく、唯一の娯楽施設は カトリック教会の礼拝堂で上映される「映画 」だけ。
ニューシネマパラダイス_鐘を振る神父
▲ 謹厳な( と同時に滑稽なほどユーモラスな人物でもある )神父レオポルド・トリエステ )は、教会を開放して映画を上映する以上、倫理的に不道徳な場面や享楽的なラヴ・シーンを カトリック信者たる村人たちの目に触れさせてはならぬという使命感に燃え、常に 新作映画の上映に先立って 映写技師アルフレードフィリップ・ノワレ )にフィルムを一通り回させ 全てのシーンを隅々までチェックし、削除すべき場所をみつける度に ミサで使う小鐘を頭上で振りまわしながら “ここはカットだ” と 指示を与える習慣でした。映倫ですね。
 “神の手先”となったアルフレードは、映写室で その手を汚し、映画のフィルムから あらゆるラヴ・シーンをカットする = 鋏をふるう存在でした。

 上映前の“秘儀” だった ノーカット試写会を 映写室のカーテンの陰からこっそり覗き見するのが、幼少時代のトトサルヴァトーレ・カシオ )の大いなる楽しみでした。人懐っこいトトは、これですっかり映画少年となり、映写室に入り浸っているうち アルフレードと友人・・・ いえ、まるで「親子 」のように親しくなります。
 年齢の離れた二人が 互いに惹かれ合う理由は、単に映画を通してというだけではありませんでした。
 トトの実父は、まだ彼が幼かった頃に徴兵され 遠くロシアに出征したまま依然帰国できていません(あとで戦死したことが判ります)。またアルフレードのほうも 成長した姿を見ずに 幼くして死別した実子がおり(“完全版”には それを暗示する場面があります )、両者の接近は、お互いが“父子関係”を切実に模す衝動を潜在的に秘めた、無意識の欲求が起因していたとも考えられます。
 
 人々が劇場で目にすることを“神が許さなかったシーンを収めたフィルムの端切れを欲しがって「頂戴、頂戴 」とアルフレードにせがむ存在こそ、幼き無垢なるトトでした。古今東西、幼い男の子は皆 自分が気に入ったものを コレクションしたがるものです。
 本来であれば カットした端切れは 上映が終われば 映画の元あった位置に戻しておかねばならぬところ、実は戻すべき場所がわからなくなってしまったんだ、と映写室の片隅に山積みになっているフィルムを 指しながら うっかり告白するアルフレード。それなら貰ってもいいだろう、と勢いづいて口を尖らせるトト
 当時のフィルムは発火しやすく危険だったので 子どもは遠ざけておきたいとアルフレードが考えていたことも事実でしょう(映画館全焼への伏線となります )。それでも聞き分けのない子どもの対処に困った映写技師は 一計を案じ、トトと“協定”を結ぶことを提案するのでした。
ニューシネマパラダイス_ノオー! ニューシネマパラダイス_協定
わかった、わかった。フィルムの端切れは 全部 お前(トト )のものだ
その代わり、条件が二つ -
フィルムの保管は 私(アルフレード )がする
お前は 映写室に来てはいかん
・・・この時のアルフレードの言葉は、その後のトト=サルヴァトーレの人生とドラマの行く末を見事に暗示しています。

 のちに火災によって失明するアルフレードは、事故以降 映画はもちろん 現世のあらゆる物事を その目で見る能力を、“”によって 封じられます。
 アルフレードに代わって 映写室に入ってきた技術者こそ 成長したトトであり、(もちろん映画館の経営が教会から民間に代わったことが直接の理由ですが ) トトこそ 人々に「真実 」を明かし、初めてノーカットで映画を観せる 新しい司祭となったのです。
 闇の世界へと追放されたアルフレードは、今度は地上に降り、現実世界の人間関係をカットすることとなります。それこそが、成長したトトマルコ・レオナルディ )とエレナアニェーゼ・ナーノ )との恋愛関係です。

 「インターナショナル版 」では、恋人たちの別離の原因は 最後まで曖昧なままにされていました。30年後 トト=サルヴァトーレジャック・ペラン )は ローマで出世を遂げ、その名を知られる映画監督となっています、それは 賢明にもアルフレードのアドヴァイスに従ったおかげです。しかもアルフレードは、幼い頃のトトと交わした“協定”を きちんと守って、預かっていた(カットしたラヴ・シーンの )端切れを 延々と繋いだフィルムを「形見 」として遺し、自分の死後、トト=サルヴァトーレの手に渡るように わざわざ手配していたのでした。ありがとう、アルフレード・・・ そんなラストフィルム「再生 」シーンは、大いなる感動に包まれます。
 
 しかし( ! )「完全版 」を観ると、恋人たちの別離の経緯には 何とアルフレードの意志が働いていたことが判明します。
 トトエレナの若いカップルは ずっとシェイクスピアロレンス神父だと思っていた“人物”が、実はイヤーゴだった(それは言い過ぎ ? )ことを、30年も経って 初めて気づきます。 二人の美しい恋愛関係は、まるで 教会で上映されていた映画のフィルムのようにアルフレードによって まさに “これからいいところ”で 「カット 」されていたのでした。そんなアルフレードが死んで 彼の“魔法”が解けたとき、かつて若かった恋人たちは もうすでに 50代になっていました。人目を忍ぶ 暗い夜の灯台の下に停めた車の中で再会を果たした二人は、互いに隠された真実を知らされ、大きなショックを受けるのでした。
ロシュフォールの恋人たち ジャック・ペラン (2) ニュー・シネマ・パラダイス ジャック・ペラン 
▲ 「ロシュフォールの恋人たち 」から 20年後のジャック・ペラン !

 私たちは、そんな微妙に異なる「二つのストーリー 」を観て、目に見えぬ絶対者“”の意志により 実はカットされていたドラマと、ノーカット 完全版との比較を迫られることとなり、当惑せざるを得ません。つい好みや優劣を語ってしまいがちです。
 しかし世の中のあらゆる物事に存在する「真実 」が 常に一つしかないとは限りません。現実はいつも“藪の中”です ―  私たちが愛してやまない この映画「ニュー・シネマ・パラダイス 」は、一般に認識されているよりも 実は もっと大きな世界観を体現することに成功した作品であり、それが「同時に二つの版が存在することによって 初めて その意図を 完成する映画 」ではないかと、私 発起人が 考える理由であります。


映画「ニュー・シネマ・パラダイス 」
オリジナル・サウンド・トラック(国内盤 )

ニューシネマパラダイス 新旧サウンドトラック盤
(左 ) SLC(日本コロムビア)盤 SLCS-7017
(右 ) [完全盤]カルチュア・パブリッシャーズ(ワーナー・ジャパン)盤 CPC8-1067


作 曲:エンニオ・モリコーネ
     アンドレア・モリコーネ(「愛のテーマ 」 )
演 奏:ユニオーネ・ミュージシスティ・オヴ・ローマ Unione Musicisti of Rome
     バルド・マエストリ(アルト・サックス、クラリネット )Baldo Maestri
    マリアンネ・エクスタイン(フルート )Marianne Eckstein
    フランチェスコ・ロマーノ(ギター )Francesco Romano
    フランコ・タンポーニ(ヴァイオリン )Franco Tamponi
    アルベルト・ポメランツ(ピアノ )Alberto Pomeranz
    エンリコ・ピエラヌンツィ(ピアノ )Enrico Pierannunzi

エンニオ・モリコーネ Ennio Morricone アンドレア・モリコーネ Andrea Morricone
▲ エンニオ・モリコーネ(左 )と 次男アンドレア

 この作品と決して切り離すことのできない、映画音楽史上 確実に記憶に残る傑作を作曲したのは、巨匠エンニオ・モリコーネです。
 彼自身の回想に拠れば、この「ニュー・シネマ・パラダイス 」の場合、まだ撮影が開始される前にもかかわらず、すでにサウンド・トラックは完成しており( ! )ジュゼッペ・トルナトーレ監督は、リアルタイムに撮影現場でオリジナル音楽を流しながら、役者らの気分を盛り上げ、彼らのより良い演技へと結びつけたのだそうです。
 そんな逸話を聞かされ、そのようなケースは稀なことであろうと感心していたら、小説より奇なる事実はむしろ真逆で、モリコーネが映画製作に関わるタイミングは まだプロットか脚本ができたか否かという段階から 常にサウンド・トラック作曲に入っているというのですから、二度 驚かされました。
 尤も「作曲 」するという行為自体が インスピレーションを源とする仕事ですから、音楽を付けるべき対象が具体的になった時点で、才能ある作曲家が想像力を刺激され 創作意欲へと向かうのは、極めて自然なことであろうとも思います。

収録曲:SLCS-7017 に準じる
 01. ニュー・シネマ・パラダイス Nuovo Cinema Paradiso 02:57
 02. 成長 Maturità 02:18
 03. 思い出 Ripensandola 01:15
 04. 過去と現在 Infanzia E Maturità 02:14
 05. 火事 Cinema In Fiamme 02:46
 06. 愛のテーマ Tema D'Amore 02:46
 07. 廃墟の中で Dopo Il Crollo 02:02
 08. 初恋 Prima Gioventù 02:15
 09. ナータへの愛のテーマ Tema D'Amore Per Nata 04:05
 10. 検閲 Visita Al Cinema 02:22
 11. 第4幕 Quattro Interludi 01:56
 12. 家出、捜索、そして帰宅 Fuga, Ricerca E Ritorno 02:06
 13. 二人だけの映写会 Proiezione A Due 02:07
 14. セックス・アピール~フェリーニの登場 Dal Sex-Appeal Americano Al Primo Fellini 03:26
 15. トトとアルフレード Totò E Alfredo 01:20
 16. エレナへ Per Elena 01:52


ニュー・シネマ・パラダイス
01. ニュー・シネマ・パラダイス Nuovo Cinema Paradiso 02:57
 かつて夫をロシア戦線で亡くしたトトの母マリアプペラ・マッジオ )が その後 再婚もせず恋人も作らず、ひたすら息子との再会を待って 独り過ごしてきた自宅の部屋には、あたかも映画のスクリーンのように大きく開いた窓がありました。それは 遠く息子が活躍しているであろうイタリアの首都ローマの方角を向いており、彼女はシチリア産のレモンを盛ったテーブルにつくと、いつも窓から見下ろせる 青く輝く美しい地中海を眺めるのでした。


ニューシネマパラダイス_王女と兵士の物語
02. 成長 Maturità 02:18
 「初恋 」の中間部に聴ける 温かく穏やかなテーマと 少し旋律線を 変えただけの、実質 同じ音楽です。
 失明したアルフレードを演じる名優フィリップ・ノワレによる屈指のモノローグ「王女と兵士の物語 」の長回しの場面と、その“兵士”の約束を 自分自身にも課し、恋するエレナの家の窓の下に立ち続ける青年トトの姿、さらに軍役から除隊後のトトアルフレードと再会し「王女と兵士~ 」について語り合う場面にも共通して この音楽は使われます。
ニューシネマパラダイス_スパッカフィーコ
 火災のあと教会から民間経営となった映画館 新・パラダイス座のオーナー、スパッカフィーコエンツォ・カナヴェイル )が、役所のミスで軍役に着くことになったトトのことを 明るく励ますシーンで流れていたのが印象的でした、“ナポリ野郎”は良いヤツだなあ。でもこの時は 木曜 5時着のバスで来るって約束していた筈のエレナが来ないことのほうが もっとトトは心配だったんだろうなーって・・・

 映画の冒頭でも シチリアから老母マリアアルフレードの死を ローマ在住のトトに伝えようと 何度も電話をかけなおす、その背後でも聴こえていました。ちなみに、そこで使用されていた短いヴァージョンは 1990年にリリースされた最初のサントラS.L.C. / 日本コロムビア )盤には未収録でしたが、2004年に(カルチュア・パブリッシャーズ / ワーナーミュージック・ジャパン )リリースされたオリジナル・サントラ[完全盤](CPC8-1067 )21曲目(01:14 )に初収録されました。それは、素晴らしく歌う独奏チェロも聴ける佳演なのですが、途中で切れるように終わっているのが、惜しい !


ニューシネマパラダイス_別れの電話 ニューシネマパラダイス_
03. 思い出 Ripensandola 01:15
 まるで氷がゆっくりと氷解するかのように 静かにほどけゆく弦の美しいイントロ。
 1988年の「インターナショナル版」では、帰郷したトト=サルヴァトーレエレナとの再会エピソードまるまる切り落とされていたことは、最初の文章で述べたとおり。
 この音楽は、当初 「劇場インターナショナル 」しか公開されていなかった時点では、いくらサントラ盤を 熱心に聴き直してみても さて、どの場面に流れていた曲だったかなー などと殆ど記憶に残っていませんでしたが、それもその筈、主に 「完全版 」で復旧されたシーンのほう - 帰ってきたトト=サルヴァトーレエレナの住居をつきとめる場面や 夜中に灯台の下で二人が30年ぶりに再会する 直前までのシーン等 - で 印象深く 使われていたのでした。


ニューシネマパラダイス_自転車のシーン
04. 過去と現在 Infanzia E Maturità 02:14
 アルフレードが 小さなトトを乗せて 自転車で坂を下りながら楽しく会話する時の音楽、この有名な場面は 映画のポスターにも使われていますね。弦セクションのワルツ・リズムに乗せてフランコ・タンポーニのヴァイオリン・ソロがテーマを奏でます。
 この曲は、30年ぶりに帰郷したトトが 建て替えられた実家の部屋を老の案内で踏み入れるシーンでも 懐かしく感動的に再現されます。
 楽曲の前半の旋律は、「トトとアルフレード 」で(「初恋 」の前半でも )使われている楽想と同じですが、やがて曲の後半になるとアルト・サックスが美しく歌う「初恋 」のカンタービレなメロディとなります。
ニューシネマパラダイス_プラットフォーム
 のちに青年トトアルフレードに促されて 故郷を離れることを決意しジャンカルド駅から家族アルフレード神父らに見送られて汽車に乗るシーンでも効果的に聴かれますが、それは そのまま50代になったトト=サルヴァトーレが 飛行機~タクシーを乗り継いでジャンカルド村に帰ってくるシーンへと繋がっているわけですね。


ニュー・シネマ・パラダイス アルフレードの魔法 ニュー・シネマ・パラダイス 広場に投影される映像  
05. 火事 Cinema In Fiamme 02:46
言葉ではなく 目で見るものを信じよ
 火災に先立って、その夜 映画館 旧パラダイス座は 超満員でした。“天国(パラダイス )に入ること 能(あた)わざりし人々にも映画を観せてやろう、とアルフレードレンズの魔法を使って”広場の向こう側に建っている屋敷の壁に映画を投影させ、外に立つ群衆を喜ばせます。
 このシーンに溢れるドリーミーな音楽が、それはもう絶妙で、効果も素晴らしいのです。このパートは初回オリジナル・サントラ(S.L.C. / 日本コロムビア )盤には未収録でしたが、2004年になってカルチュア・パブリッシャーズ(ワーナー・ジャパン )から発売された「ニュー・シネマ・パラダイスサントラ[完全盤](CPC8-1067 )の 6曲目「火事 」(03:27)前半に“エクステンデッド・(拡張された )ヴァージョン”として初めて追加/収録されました。短いパートですが アンドレア・モリコーネによる「愛のテーマ 」と ほぼ同じ和声進行をもったエモーショナルなヴァリエーションでした。

 専門的なことはわかりませんが、この“魔法”によって機械の内部に高熱が溜まるような、何らかの高負荷をアルフレード自身がかけてしまった可能性はあります。映写機に取りつけたフィルムから発火してあっという間に燃え広がり、とうとうパラダイス座は全焼してしまうのです。すぐに広場から駆け戻ったトトが、映写室で顔を焼かれ昏倒しているアルフレードの身体を懸命に引きずり下ろし、文字どおり身を挺して救出しようとする様子は、感動的です。
 この「火事 」の描写的な音楽は、意外なことに「ニュー・シネマ・パラダイス 」のために用意されたオリジナル曲ではなく、モリコーネが1976年に音楽を担当していたベルナルド・ベルトルッチ監督の映画「1900年 」のために作曲した音楽からの転用だったそうです。


ニューシネマパラダイス_愛のテーマ  
06. 愛のテーマ Tema D'Amore 02:46
 青年トトの真剣な求愛を受け容れたエレナが映写室を訪れ、光る稲妻に照らされながら二人が熱烈な口づけを交わすシーンで初めて登場する音楽です。夏休みの野外劇場で映画を上映する傍ら トトエレナからの手紙を読む場面でも使われます。
 サウンド・トラック中、この曲と同じ動機による「ナータへの愛のテーマ 」のみ モリコーネの次男アンドレア(1964- )のペンによる作曲です。
 これらと同じ素材で出来ているゆえ「思い出 」、「家出、捜索、そして帰宅 」、「エレナへ 」、そして前述のサントラ[完全盤]初収録の「火事 」に追加された冒頭部分の音楽アンドレア・モリコーネの楽想ですが、クレジットはありません。

ニューシネマパラダイス_エレナそっくり ニューシネマパラダイス_カフェの窓越しに
 [完全盤]初収録といえば、映画の「完全版 」で トト=サルヴァトーレが 若き日のエレナと瓜二つの少女(エレナの娘だったわけですが )を カフェの窓越しに発見するシーン、その後 若き日に撮影した 8ミリを自室に投影して若かりし日々を懐かしむシーン、さらに夜の灯台の下で 30年ぶりにエレナブリジット・フォッセー )と再会、彼女の車中で抱擁し合うシーンなどにも使用された、別ヴァージョンによる複数の「愛のテーマ 」も特記しておきたいですね。
「禁じられた遊び」のブリジット・フォッセー ニューシネマパラダイス_再会! 
ブリジット・フォッセーは、かつて「禁じられた遊び 」の名子役でした。


ニューシネマパラダイス_廃墟を見上げるサルヴァドーレ ニュー・シネマ・パラダイス 新パラダイス座
07. 廃墟の中で Dopo Il Crollo 02:02
 すでに50代、大成して帰郷したトト=サルヴァトーレを含む、縁者や近親者らによるアルフレードの葬儀の列が徒歩で街中を進む途中、かつて 新・パラダイス座だった建物が すっかり老朽化して見る影もない有様を、主人公が見上げる時に流れてくる音楽。
 思い出の新・パラダイス座だけでなく、民営になってからの劇場主“ナポリ野郎スパッカフィーコも、案内人だったイグナチオレオ・グロッタ )も、その他 顔見知りの村人たちも 皆 すべて年老いています。


ニューシネマパラダイス_うたた寝 ニュー・シネマ・パラダイス フィルムで遊んじゃダメ  
08. 初恋 Prima Gioventù 02:15
 映画の中で最初にシチリアの回想シーンが始まる朝の教会、幼いトト神父の傍らで奉仕を務めながら うたた寝してしまい、小鐘を振るべきタイミングに鳴らさないので神父が困るという微笑ましいシーンや、フィルムの端切れを手にしたトトが 繕い物をする母マリアアントネラ・アッティーリ )の傍らで次々と映画の台詞を諳(そら )んじてみせる 平和な宵のシーンなどで使われています。
 曲の前半は「過去と現在 」、「トトとアルフレード 」でも使われた旋律と同じ ですが、ここではチェレスタ~フルートによって可憐なテーマが受け継がれてゆくのが特徴です。

ニューシネマパラダイス_それは恋だな ニューシネマパラダイス_8ミリ映像
 曲の後半は、カンタービレな新しいメロディが現れます。青年トトが映写室の壁に自分の8ミリで撮影したエレナの隠し撮り姿を黙って回していると、向かい側に腰かけたアルフレードが見えない筈なのに「女だな 」「それは恋だぞ 」と鋭く言い当ててみせるのが印象的な場面、そこはちょうど映画「モダン・タイムス 」上映中のことで、オンではチャプリンの音楽が裏から漏れ聞こえてくる合間に 画面のオフからは「初恋後半のカンタービレなメロディをヴァイオリン・ソロが演奏するヴァージョン(サントラ未収録か ? )を短く流すという、そんな手の込んだことがされています。


09. ナータへの愛のテーマ Tema D'Amore Per Nata 04:05

ラストシーン Nuovo Cinema Paradiso (Scena Finale, 1988) HD

ナータ 」という言葉の解釈について
イタリア語のカテゴリマスター gep********さんの 興味深い見解を、私 発起人 強く支持します(拍手 )。
以下、青字部分 yahoo知恵袋 より引用。
 ―  "Nata"とは イタリア語で「(生まれた )娘 」の意味。
 曲名の "Tema d'amore per nata" を直訳すると「娘のための愛のテーマ 」
 そこは、カットされた映画のシーンが スクリーンに映し出される場面に流れる曲なのですね。
 「せっかく作られたのに(生まれたのに )カットされてしまったシーン 」…それを【Nata / 娘 】という言葉で象徴的に表現しているんじゃないかと思います。「シーン 」はイタリア語で "Scena" 女性名詞です。"Nata" も女性名詞。
 つまり「失われた映画のシーンに愛をこめて贈るメロディ」 と考えてはどうでしょうか  
         
 以上、(青字部分 )引用おわり
イタリア語のカテゴリマスター gep********さん、ありがとうございました。

 映画史に残るであろう、この力技を駆使した有名なラスト・シーンの他、夏休みの終わりに海岸の野外劇場まで駆けつけたエレナと青年トトが 雷鳴と豪雨の中 情熱的な口づけを交わすシーンにも この曲は 使われていましたね。
ニューシネマパラダイス_恋は盲目 ニューシネマパラダイス_豪雨の中で再会
▲ この時、港で野外上映されていた映画は カーク・ダグラス主演の冒険活劇「ユリシーズ 」(1954年、マリオ・カメリーニ監督 )。奇しくも その場面は まさに 古代ギリシャ軍に襲いかかる ひとつ目の巨人ポリュペモストロイア戦争の英雄オデュッセウスに 目を潰され、断末魔に大暴れするシーン・・・ もしかして トトエレナ恋は盲目 ってこと? なーんて、発起人 深読みしますw
 楽曲は、アンドレアが作曲した「愛のテーマ 」と実体 同じですが、こちらはバッキングから聴こえてくる激しい連打ピアノの刻みが特徴的で、より情熱的な表情をみせる熱演です。


ニューシネマパラダイス_廃墟を歩く ニューシネマパラダイス_風と共に去りぬ  
10. 検閲 Visita Al Cinema 02:22
 メイン・テーマたる「ニュー・シネマ・パラダイス 」と 同じ旋律が静かに流れます。映写機の操作を覚えて間もないトトが、自分の回すニュース映画のスクリーンの中に、ロシアに駐屯するイタリア軍の新たな戦没者名簿が公表されるとの情報とともにの写真に気づいてしまうシーン、やはり戦死していたの遺族年金を申請した軍務局からの帰り道、悲嘆の涙にくれるに付き添いながら瓦礫の街をトボトボと歩く場面で使われていました。
 その同じシーンで、朽ち果てた壁に貼られている映画「風と共に去りぬ 」の汚れたポスターをみつけ、一瞬トトが微笑んで 見上げる表情が映りますが、これは 亡き父のことを知るアルフレードが「お前のパパは 笑うとクラーク・ゲーブルに似ていたよ 」と話していた言葉を思い出し、そこにの面影を認めたものでしょう。


ニューシネマパラダイス_開けて
12. 家出、捜索、そして帰宅 Fuga, Ricerca E Ritorno 02:06
 木曜の5時 パラダイス座前に到着するバスに乗ってくる予定だったエレナが、来ません。彼女は、親の同僚(銀行員 )の息子と不本意ながらお見合いすることになっており、それを トトは知っています。そんな彼は もう明日の金曜日には軍役のため出頭しなければならず、もう時間がありません。焦燥感漂うアントニオーニ監督の映画「さすらい 」が、トトの焦る気持ちを さらに煽ります。そこへやってきたアルフレードに 留守番を頼むと トトは自家用車でエレナの自宅まで飛ばすのですが・・・。
 手に汗を握るサスペンスフルな曲調、ただ邦訳のタイトルはちょっと変ですね、この曲に限りませんが。邦題は、映画を観た人が付けたほうがよいでしょう。


13. 二人だけの映写会 Proiezione A Due 02:07
 イントロは まるで途切れ途切れに歌う弦セクションが切なく放つ感情の発露、その果てに「成長 」の美しい旋律が 全合奏で姿を現わします。
 火傷で両目とも失明したアルフレードの後任の映写技師として“新”パラダイス座で働けることになったトトのもとを 妻アンナイサ・ダニエリ )に手を引かれながら アルフレードが白杖をついて訪れます。満面の笑顔で大歓迎するトト。「仕事が忙しくなってきたから 学校は辞めようと思うんだ 」と言う彼の言葉を聞きとがめたアルフレードの口から出る言葉は、一体どうしたことでしょう、失明して以降、彼の言葉には どこか神がかった深遠さが加わるようになります。
「映写技師は、お前(トト )のやるべき仕事ではない
「お前には 他の仕事が待っている、別の仕事、もっと大きな仕事だ
「私にはわかるのだ、視力は失ったが、前より見えるようになった
「お前のおかげだ、お前は命の恩人だ。一生忘れないよ 」



ニューシネマパラダイス_アルフレード ニューシネマパラダイス_弟子入り
15. トトとアルフレード Totò E Alfredo 01:20
 フランコ・タンポーニの奏でるヴァイオリン・ソロが歌うのは「初恋 」、「過去と現在 」(それぞれ前半部分 )と同じ楽想ですが、背後で伴奏する弦セクションがリズミカルに刻む特徴的なリズムが、実に魅力的です。
 小学校卒業認定試験でトトに“借りを作った”アルフレードが映写機の取り扱いからフィルムのセット方法までをトトに教授するシーンや、小型映写機で身近の出来事を撮り始めるようになった青年トトジャンカルド駅でエレナを見初めるシーン、そんな二人がカップルになったラブラブな日々を描写するシーンなど映画の随所で使用され、おそらく劇中で最も多用される頻度も高い楽曲でしょう、最後のエンド・クレジットにも登場しています。


ニューシネマパラダイス_帰郷、出迎え
16. エレナへ Per Elena 01:52 
 が戦死しているので兵役免除だった筈が役所の手続きミスで徴兵され、それも10日間の予定が1年以上もの軍隊生活を強いられ、やっと除隊がかなって帰郷したトト新・パラダイス座には すでに代わりの映写技師が雇われているらしく、出迎えてくれる人もなく・・・ 自家用車も鶏小屋に・・・ 顔見知りのだけが トトを おぼえていて 寄ってきてくれる (ここも「ユリシーズ 」のオデュッセウス の忠犬アルゴスの逸話を連想します )・・・ そんなシーンで使われていました。
 そのメロディは「愛のテーマ 」を小編成の弦楽のみで演奏したヴァージョン。クレジットはありませんが、モリコーネの次男アンドレアの作曲です。


アルフレード語録
ニューシネマパラダイス_アルフレード語録
「村を出ろ、ここは邪悪の土地だ
「お前は 私より盲目だ、これは私自身の台詞だ
「人生とは お前が見た映画とはちがう。人生は もっと困難なものだ
「行け、ローマに戻れ、お前はまだ若い、前途洋々だ
「私は年寄りだ、もうお前とは話さない、遠くで お前の噂を聞いていたい 」


ニューシネマパラダイス_駅での別れ
「二度と帰ってくるな、私たちを忘れろ
「手紙も書くな、郷愁(ノスタルジー)に惑わされるな、すべて忘れろ
「もし我慢できずに帰ってきても 私の家には迎えてやらない
「自分のすることを愛せ、子どもの頃 映写室を愛したように 」



鐘が象徴するもの
ニュー・シネマ・パラダイス パラッツォ・アドリアーノ
 ところで この映画を注意深く観ていると、場面が転換したり時空がフラッシュバックしたりする度、あるいはそれに代わるものが さり気なく鳴らされる、そんな約束事があるようです。教会や時計台のはもちろん、汽車の発車を知らせる駅舎の鐘から 深夜のローマの窓に揺れるウィンドー・チャイムまで。
 それは、かつて “映倫神父が 小鐘を振った まさにその場所から 映画のフィルムが切られてしまい、時間も場面も 飛ばされていたことを思うと、実に象徴的です。
ニュー・シネマ・パラダイス 老母マリア ニュー・シネマ・パラダイス 老母マリアの編み物
 中でも印象的だったのが、大成したトト=サルヴァトーレ アルフレードの葬儀に参列するため ローマから30年振りに故郷ジャンカルド村の実家に帰ってくるシーン。
 立ち上がって、玄関まで息子を迎えに駆け寄る老母マリアの膝上から編み物に使っていた細い金属製の棒針が床に落ちるのですが、その小さな音からさえ時間の経過を知らせるチャイムの鳴りを連想させる、そんなディテールで描かれています。
 編みかけのセーターがどんどんほどけていく様子も 年老いた母親が息子との再会をずっと待ち焦がれ、独り時間を紡いできた膨大な長さと親子の絆までをも視覚的に訴える、そんな素敵な描写でありました。    


神父と トトは、アルフレードを挟んだ “好一対” の存在 ?
ニューシネマパラダイス_鐘を振る神父 ニューシネマパラダイス_アルフレードのフィルムを観るサルヴァドーレ 
▲ 神父が 独り鐘を振って アルフレードに 映画のラヴシーンを カットさせる 「インターナショナル版」的存在であるのに対し、トトは 自ら鐘を振ることなく(幼ないトトが初めに登場する場面を思い出されたし ) カットされたラヴシーンアルフレードが自らの手で繋げ直したフィルムの「再生 」される映像を 独り眺める「完全版」 的存在でもある - という 「好一対の関係 」を描いています。そう考えると、この図式は 一編の映画の構成としても 磐石と言えるのではないでしょうか。

ニューシネマパラダイス_若きトルナトーレ監督
トリヴィア情報 : ラストシーンの映写室で フィルムを回す映写技師を演じていたのが トルナトーレ監督自身だったということ、ご存知の方も 少なからず いらっしゃることでしょう。

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