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訃報・追悼
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ゲンナジ・ロジェストヴェンスキー逝去
- 忘れがたき レニングラード・フィルとの
幻想交響曲」BBCライヴ(1971年 )を聴く。

スケルツォ倶楽部_ロジェストヴェンスキー逝去の報を受け

【お悔やみ】読響・名誉指揮者ロジェストヴェンスキー氏が死去
2018.06.16.
読売日本交響楽団・名誉指揮者のゲンナジー・ロジェストヴェンスキー氏が6月16日、死去されました。87歳でした。
氏は1931年、モスクワ生まれ。モスクワ音楽院で学び、ボリショイ劇場、モスクワ放送響(首席)、ロイヤル・ストックホルム・フィル(首席)、BBC響(首席)、ウィーン響(首席)、ソ連文化省響(音楽監督)などを歴任。
1979年12月、読響に初登場、以後来日を重ね、90年から名誉指揮者を務めていました。ショスタコーヴィチの全15曲の交響曲を指揮するなど、長年ロシア音楽の紹介に努めました。2001年秋には、勲三等旭日中綬章を受章。
(読響との )最後の共演は、昨年5月19日の《第568回定期演奏会》。2017年2月に亡くなった故スクロヴァチェフスキ氏の代役として登場し、ブルックナーの交響曲第5番(シャルク版)で桁違いの大きなスケールの音楽を作り、万雷の拍手と歓声を受けました。
ここに、生前の氏の多大なる貢献に対し、心から感謝を捧げ、哀悼の意を表します。

(以上、青字文章 - 公益財団法人 読売日本交響楽団H.P.より )

ゲンナジ・ロジェストヴェンスキー(C)読売日本交響楽団
 昨日(16日 ) ロシアの指揮者ゲンナジ・ニコライエヴィチ・ロジェストヴェンスキー Gennady Rozhdestvensky(1931 – 2018 )が亡くなったことを 読売新聞の訃報欄を開いて知りました、87歳だったそうです。
 ロジェストヴェンスキーと言えば、私 発起人がまだ10歳だった時のこと - 1972年当時は“ソ連”の指揮者でしたが - モスクワ放送交響楽団と来日して ショスタコーヴィチの リアルタイムで“最も新しかった交響曲第15番 」の本邦初演で指揮を執った人 - という記憶が 幼い脳裏に焼きつきました。
 ・・・とは言っても スケルツォ倶楽部発起人、 この大指揮者について 特に詳しく知っているわけでも また熱心なファンだったというわけでもありません。豪快で個性的なその指揮姿以外は むしろ あまり知らない範疇に入るほど、何よりつい昨年まで ブルックナー(の 第5番 - しかもシャルク版 ! )を振りに来日していたなどという記事を読んで、高齢だったにもかかわらず日本で かくも意欲的なプログラムに取り組んでいたということのほうに、まず驚いてしまったのでした。
 ロジェストヴェンスキー師のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。
 
 主に音盤でしか音楽と接してこなかったスケルツォ倶楽部発起人にとって、自室に並んでいる音盤コレクションの中では 決して多くはないロジェストヴェンスキーのディスクと言えば - 19種もの異稿・異版を並べたソビエト国立文化省交響楽団とによるブルックナーの貴重な交響曲全集を別格とすれば - 唯一 印象に残っている音盤は ベルリオーズ「幻想 」BBCライヴが筆頭です。これだけは、その豪快さから、飛び抜けて大好きな一枚なのです、チャイコフスキーでもなく、ショスタコーヴィチでもなく、ベルリオーズ? はい、邪道と言われようが、これが大好きです。コアな“ロジェベン”ファンの皆さまには 只管お許しを乞うものです。
 邪道ついでに、恐れることなく ざっくり申し上げると 私が この大指揮者に抱いている 勝手なイメージは、ムラヴィンスキースヴェトラーノフを足して 二で割った“爆演系”です。

ベルリオーズ Rozhdestvensky_BERLIOZ Symphonie Fantastique BBC LEGENDS BBCL4163-2 1970年頃のゲンナジ・ロジェストヴェンスキー
ベルリオーズ:幻想交響曲 Op.14
ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー 指揮
レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団
録 音:1971年 9月 9日、ロンドン ロイヤル・アルバートホール ライヴ
併 録:
チャイコフスキー「フランチェスカ・ダ・リミニ 」(1960年 9月、エディンバラ・アッシャーホール ライヴ )
音 盤:BBC LEGENDS 4163-2

 スケルツォ倶楽部発起人が選ぶ「幻想 」のお気に入り名盤ベスト5に入れたい、凄まじいライヴ・レコーディングの一枚です。
 前半の二楽章こそ比較的端正な演奏と言ってもよい進行ですが、ハイドンモーツァルトの理知的な古典派交響曲の姿が 一気にリストからワーグナーへと向かう多情多恨なロマン派表題音楽へ雪崩を打つように変貌を遂げゆく その瞬間をみせつけられるような第3楽章のおぞましさ。あまりにも強烈なティンパニ(08分11秒頃 )の雷鳴に 野辺のあなたは革命広場まで吹き飛ばされ、そこで確実に目を覚ますでしょう。
 さあさあ、あの秀逸なムラヴィンスキー時代のレニングラード・フィルのサウンドが聴けるベルリオーズですよ。ロシアの大地を思わせる独特な波打つ金管の厚み、剃刀のような弦セクション、そしてとどめを刺すがごとき凄まじいティンパニの打撃がスピーカー左側の奥から こちらまで飛んできます。
 そして後半二楽章は まるで主人公の落とされた首を拾って振り回すようなパフォーマンス、凡百の普通な演奏からは聴けない大炸裂です。おそらく会場であるロイヤル・アルバートホール特有の長ーい残響が生み出す効果も大いに手伝っていたことでしょう。狂乱の末、最後の音が鳴り止むか否かで もう待ちきれなくなったロンドンの若い聴衆が一斉に立ち上がって叫び出すフライング・ブラボーにも共感です、さらに 45秒間以上も会場の熱狂的な拍手や口笛をステレオで聴かされる この幸福感・・・。
 
 初めて このレコーディングを 耳にしたのは 2002年頃、渋谷タワーでしたっけ・・・。
 店内のスピーカーから 試聴盤が大音量で流されていました。うわ、これ ちょっと 凄い演奏だなー、こんなにオケを煽れる指揮者って、一体誰だろ ? 
 レジ前に山積みにされていたのが、当時リリースされたばかりのBBC-LIVE。思わず一枚とりあげ、そこに発見したのは 意外や Gennady Rozhdestvensky の名前・・・ 「ああ、この人は たしかショスタコの第15番を日本で最初に演奏したソ連の指揮者だ-
 決して忘れません、これは 私にとって 時々 どうしても思い出したように聴きたくなる ライヴならでは「幻想 」です。ロジェストヴェンスキー訃報を聞いた今夜は、さすがに近所迷惑だから ヘッドフォンをつけて・・・と、その瞬間から目を閉じれば、私は1971年 9月ロイヤル・アルバートホールに座る聴衆の一人となれるのでした。

 ・・・合掌

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その後、ゲンナ爺読売日響を振った、最期の ブルックナー第5シャルク版 )ライヴ(Altus )が 国内リリースされましたよ
⇒ 感想文は こちら


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