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本記事は 5月23日 「 注目記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
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映画「危険な情事」未公開のオリジナル・エンディングは、
マイケル・ダグラスを“ピンカートン”にした翻案「蝶々夫人 」だったのに。

Fatal Attraction_スケルツォ倶楽部 プッチーニ Madame Butterfly

 こんにちは、“スケルツォ倶楽部発起人です。会員の皆さまは、今年のG.W.を楽しく過ごされましたか ?
 私は、先月(4月 )NHK -BSプレミアムで 懐かしい80年代の映画「危険な情事 」(原題:Fatal Attraction、1987年公開 ) が放送されることを知り HDDに録画、かつて新作封切り上映館で観てから何と30年ぶり(え、もうそんなに時間経ったかな ? )となる再観に、台詞から音楽まで もうすっかり忘れていることを痛感しつつ、この連休中 久しぶりに じっくり観なおす機会をもちました。

 映画「危険な情事 」 - 80年代に「フラッシュダンス 」や「ナイン・ハーフ 」といった話題作を次々に放って 一躍注目を浴びていたエイドリアン・ライン監督の重要作です。 社会に与えた衝撃の大きさといったら スティーヴン・スピルバーグの出世作「ジョーズ Jaws 」に匹敵する - なんて評価する人さえいたくらいです。
 本邦初公開時には 当然何の予備知識もなく、同時期に公開されていた デ・ニーロメリル・ストリープによる「恋におちて Falling in Love (1984年 )」 的な路線の、都会派ラヴ・ロマンス物か何かだろと すでに勘違いしながら 丸の内ピカデリー劇場で初めて観た時の大きな当惑だけは、はっきりと記憶してます。だって男女の恋の駆け引きが(だと思っていたら )間もなく予想もしなかった方向へどんどん歪んでゆくストーリーに心底びっくり、それまでの普通の映画作りでは まずみられなかった(であろう )異常なドラマだったのですから。

 不倫関係とはいえ 一度ならず欲望たぎる熱いラヴシーンを演じた当の相手ヒロインが、あろうことか 刃物を振りかざして襲ってくるなどという映画の後半など もうすっかり「サイコ・サスペンスと化し、いつのまにかマイケル・ダグラス演じる男性側に視点はシフト・チェンジ。その転換があまりにも巧み(露骨 ? )なので、観客の大部分は 知らず知らず マイケル・ダグラス側に肩入れするようになり 気づいたら彼の「家庭を守る 」心理に共感すると同時に、グレン・クローズに対しては嫌悪感さえ覚えるような仕掛けになっています。

 上映当時 社会的に斬新な題材を扱ったところは、注目に値します。しかし、あの結末は やはり・・・酷いなと思いました。すでに十分よく知られた映画ですから その衝撃的なエンディングについて話題にしてしまっても大丈夫でしょう ・・・か?


 念のため警告。以下、ネタバレあり です。


 ナイフを片手にバスルームにまで侵入してきた「狂女 」を一発で射殺、躊躇なく拳銃の引金を引いた正義の妻は、不貞を犯した夫の過ちを許します。共に危険を乗り越え、今や和解した主人公夫婦は静かに抱き合い、こうして平和な家庭を守りました・・・って、でも何か あまりにも単純ではありませんか。この映画を初めて観た時、最後の最後で 継ぎ足されたように唐突な印象しか私は感じませんでした。
 これがフロンティア精神のアメリカらしい伝統ということなのでしょうか ? 正義の騎兵隊や勧善懲悪な保安官が「敵を蹴散らす 」路線を応援するなら、有線放送で「駅馬車 」や「荒野の決闘 」を観ていればいいんじゃないですか。このあたり、果たして良識ある人は 誰も製作サイドにはいなかったのでしょうか ?

映画「危険な情事 Fatal Attraction 」 (4)
 尤も この映画が作られたのは まだ「ストーカー 」なる言葉が市民権を得ていなかった80年代でした。今、あらためて冷静な目で再観すると、実は、ライン監督や製作者側は より普遍性をもった、シリアスな深いテーマを扱おうとしていたのではないか( ? )と思われる、そういった「痕跡 」も 繰り返しドラマを観なおすうち、そこかしこの場面から 私は感じるようになりました。

 その気づきのヒントとなったものは、私 発起人にとっては やはり重要な、劇中に引用されている特定の「音楽 」の中にありました。
 プッチーニの代表的な歌劇「蝶々夫人 」 Madama Butterfly の、映画での使われ方が、それです。
 どなたもご存知のとおり、このオペラは 音楽的にはプッチーニの最高傑作であると言い得る 素晴らしい質の高さと同時に、明治時代長崎を舞台にした 若い日本人女性が主人公であるという特異性から わが国でも大正時代から親しまれてきた名作です。

 まるで小道具のように 映画の中でオペラのライト・モティーフが引用されたり、他にもいくつか「日本 」的な要素が映像の中に散見されます。
 たとえば、出版社の顧問弁護士である既婚のダン・ギャラガー(マイケル・ダグラス )と、シングルの女性編集者アレックスグレン・クロース )が初めて出会う 運命の場所は、“新趣向”「サムライ式健康法(笑 )」なる本の出版記念パーティ会場においてですし、その本の著者と思われる和服日本人( ? )は 周囲に無意味なお辞儀を盛んに繰り返し、会場の立食コーナーには「ティファニーで朝食を 」に出てくる“ユニオシ”のような アヤシイ板前が来場者にを勧めています。
 翌土曜日、ダン・ギャラガーが、実家へ泊りがけで出かけようとする妻ベスアン・アーチャー )と夫婦の幼い娘を見送るシーンとなります。彼が独りで残る理由とは 土曜日にも会議が控えていたからですが、妻ベスが外出する目的とは 彼女の実家に近い郊外に購入予定の一戸建て新居を下見するためでした。 そういえば、オペラ「蝶々夫人 」でも開幕して最初の場面は、ピンカートンが新婚の“愛の家”を 周旋屋ゴローに案内させながら 気ぜわしく邸内を物色するシーンで始まっていましたね。

 の留守中に、夫ダンは弁護士として顧問を務める会社の会議の席で再会したシングルの女性編集者アレックスと、その晩「大人の関係になってしまいます。
映画「危険な情事 Fatal Attraction 」 (3) 同じライン監督の旧作「フラッシュダンス 」ジェニファー・ビールスの役名もアレックス
 ちなみに この“アレックス”という名前、同じライン監督の旧作「フラッシュダンス 」でジェニファー・ビールスが演じた奔放なヒロイン同じ名前( ! ) - 意図的な印象操作と思われます。彼女はニューヨークの知的なキャリア・ウーマン。独身で経済的にも自立しており、適当に恋愛も楽しんでいるように「見えます 」。
 しかしアレックスの側は、そんな割り切った「遊び 」のつもりでは毛頭なかったことが徐々に明らかになってくるのですが、それはまた後のはなし・・・。

 そんな彼らが オペラ「蝶々夫人 」を話題にして 楽しく盛り上がる寸景が、たいへん印象的です。それは「二人 」が秘密の逢瀬を交わす、彼女のアパートでのこと - 情事の合間にスパゲティを茹でるアレックスは 先刻から部屋のオーディオで控えめに鳴らしていたイタリア・オペラへの傾聴を促し、ヴォリュームを思いきり上げます。
映画「危険な情事 Fatal Attraction 」スパゲティのシーン
 そこはオペラ第3幕 - 悲劇的なクライマックス、まさに蝶々さんが自決しようとする場面の音楽なのです。何も知らず駆け寄ってくる幼いわが子をひっしと抱きしめ、白装束の若いヒロインは「坊や、ママの顔を決して忘れないでね 」と哀切を極めた別れのアリアを激しく歌い終えます - おそらく そのあまりにも深刻な曲調に少し心配になったのでしょうか、茹で上がったパスタの鍋を抱えながら「他の曲に変えてもいいのよ 」と声をかけるアレックスに、マイケル・ダグラス演じるダンは「いや、これは素晴らしいよ This is great. ぼくは『蝶々夫人 』が大好きなんだ I love “Madame Butterfly”」と言い放ちます、「ワインにぴったりだから It (Wine ) goes with the Opera 」などと言った後で(笑 )。
 この会話ひとつで、すでに二人の感性がすれ違っていることを、私たちは感じます。
 尤も、ダンが 5歳の時 最初に観たメトオペラが「蝶々夫人 」であったという思い出ばなしにウソはないらしく、彼はプッチーニを聴きながら 今がどの場面であるかを かなり正確に説明し始めます。父に連れられてオペラハウスのシートに座っていたボクは、男に去られた女のひとが自殺するシーンがあると聞いて怖くなり、逃げるように椅子の下に隠れたものさ、何故だろう あの時の親父は優しかったなー などという、個人的な記憶まで思い出してみせるほど。

 間もなくオーディオのスピーカーからは 蝶々さんの死を明示する激しいオーケストラと 舞台裏に駆けつけて彼女の名を米語で叫ぶルチアーノ・パヴァロッティ演じるピンカートンの声が・・・。ということは、どうやらこの音源は ミレッラ・フレーニがタイトル・ロールのカラヤン/ウィーン・フィル(デッカ/ロンドン )盤です。
 アレックスさん、とても良い趣味をしていますよ。きっとクラヲタに違いないです。音楽について語り合うだけなら、ぜひおつき合いしてみたいものです(笑 )。

プッチーニ:歌劇「蝶々夫人 」カラヤン ウィーンフィル、フレーニ、パヴァロッティ プッチーニの肖像写真 Giacomo Puccini プッチーニ:歌劇「蝶々夫人 」カラヤン ウィーンフィル、フレーニ、パヴァロッティ (2)
▲ 左(CD ) でもこのジャケットだけは 勘弁してくださいよ。
プッチーニ:歌劇「蝶々夫人 」全曲
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、国立歌劇場合唱団
  ミレッラ・フレーニ(蝶々さん )
  ルチアーノ・パヴァロッティ(ピンカートン )
  クリスタ・ルートヴィヒ(スズキ )
  ロバート・カーンズ(シャープレス )
  ミシェル・セネシャル(ゴロー )
録音:1974年 1月、ウィーン、ゾフィエンザール
DECCA原盤(ポリドール POCL-2136~38)

 
 このオペラに描かれた悲劇の本質とは、男女の「思惑のすれ違い 」の中にこそあります。
 それは、古今東西、男女に恋愛感情が存在する限り、互いに愛を語りながら 実は異なる世界を思い描く二人の同床異夢が やがて破局へと進む人間関係を 普遍的なテーマとしていることに違いありません。
 蝶々さんは「 」に誠意を示すべく いじらしいほど真摯に「アメリカ人 」になろうと努め、その結果 たとえ親戚一同から勘当されても 夫の信ずるキリスト教に改宗までして 後顧の憂いを絶ったばかりに やがて夫の裏切り が決定的となった瞬間、社会的に孤立して 行き場を失ってしまうのです。
 一方 浮かれぽんちピンカートンの発する台詞一つ一つから、この男が 蝶々さんに相応(ふさわ )しい相手だったのかどうか、もう誰の目にも明らかです。
 いわく「この国では 家でも婚姻でも 契約解除は思うまま 」、いわく「港に着いて錨を降ろすたび、どこの土地でも美しい花なら手折りたくなるもの 」、蝶々さんのことを本当に愛しているのか、と領事シャープレスに訊かれても「本心なのか、気まぐれなのか、自分でもわからない。ただ あの可憐な羽をむしりたい気持ちになったことは 間違いない 」って、一体オマエはマントヴァ公か、挙句の果て「いつかボクが アメリカ人の女と“本当の結婚”をする日のために ! 」と 乾杯のグラスまで傾ける始末、見識ある日本人からは「国辱オペラ 」と呼ばれる所以(ゆえん )です。
 ピンカートンにとって 日本での仮初(かりそめ )の「結婚 」セレモニーは、テーマパークのアトラクションそのもの、花嫁の母親や叔母、従姉妹から叔父のボンゾに至る やたら大勢登場する親戚すべてが“七人の小人”的なパークの「キャスト 」に過ぎず、男の目に映った蝶々さんは「新妻 」を演じる“白雪姫”でした。まさに スティーリー・ダンの「エイジャ 」のような世界 だったに違いありません。
山口小夜子 Steely Dan AJA

 そんな二人の隔たりは、三年後には深刻な事態へと至り - その間 セックスと受精、その結果である子どもの出産だけがリアルな真実で - 遂に自決するところまで女性を追い詰めてしまう悲劇となるのでした。
 日米の異なる言語や生活習慣、風習の隔たりがあったから、などというオペラの背景は 実は副次的な要因であり、そもそも“異国”たる日本を舞台にしたこともドラマをわかりやすく際立たせるための演出(色づけ )に過ぎません。 

 そう考えれば、映画「危険な情事 」の脚本家チーム(ジェームズ・ディアデンニコラス・マイヤー )が、わざわざ「蝶々夫人 」の踏んだ轍を観客に重ねて見せつける意図も明白になります。
 どちらも主人公たる男女は、互いに相手の実体をよく知らずに出会ってすぐ深い関係になってしまい、その後 互いに思い描いていた相手の実体が 全然違う人格であることに気づいて大きな衝撃を受け(与え )、そこでさらに相手が起こすリアクションがまた互いの理解を大きく超える行為で・・・ という、交互に平手打ちし合うようなショックの応酬の末に行き着くしかなかった悲劇なのです。

映画「危険な情事 Fatal Attraction 」 (8) 映画「危険な情事 Fatal Attraction 」 (7)
 オーディオ機器の前に「マダム・バタフライ(蝶々夫人 )」のメトロポリタン歌劇場公演の高額なチケットが2枚置かれ - しかし そこはオペラハウスではなく - アパートの暗い自室で アレックスが独り「蝶々夫人 」をオーディオで聴きながら 放心した表情で無意識にライトを点滅させているシーン・・・ 。
 彼女は、一旦ダンとの別れを承諾したものの やはり諦めきれず、彼のオフィスを訪れ、(二人にとっては 共通の思い出がある )オペラ「蝶々夫人 」のプレミエ・チケットを口実に、二人の関係を戻せないか試みたのでした。
・・・しかしあっさりと断られてしまいます。
 もともと台本に描かれていた絵面(えづら )とは、オペラに誘ったもののマイケル・ダグラスにすっぽかされ、空席となったシートの隣でグレン・クローズが独り寂しげに座っている - というものだったそうです。ライン監督が撮影を切望していた場面ではありましたが、オペラ上演や観客動員には莫大な費用がかかってしまうため、結局 歌劇場でのロケは見送られたそうです。
 そこで監督自身が考えた代案とは、ダンが誘いに応じぬ以上 アレックスがオペラハウスに足を運ぶこともないわけですから 彼女が独り自宅で音楽を聴いている、ということにして 現行のシーンへ落ち着いたようです。
 この不本意な変更は、しかし意外な効果を生むことになりました。場面が歌劇場でないがゆえに、彼女の“ひとりぼっち感”は一層深く表現され、ストーリーの進行上、ここからアレックスの理性が崩れてゆくことまで明示し得ていたことは、まさに象徴的です。

映画「危険な情事 Fatal Attraction 」
 アレックスは、相当エキセントリックな性格ではあります。が、しかし客観的に彼女のことを見つめてみてください。果たして、彼女ひとりが そんなに悪かったのでしょうか ?

自分だけ楽しんで勝手だわ
彼女のダンへの歪んでしまった執着心も、ときめきや恋慕といった純粋な感情から最初は発していたことは、疑うべくもないです。

わたしは こんなに愛していたのに
すでに35歳 - 内心焦っていたのでしょう。

映画「危険な情事 Fatal Attraction 」 (5)
「(「自宅になんか来るな 」と怒鳴りつけるダンに )アナタが勝手に電話番号を変えたりするからでしょが。連絡がつかなくなっちゃったんだから、出かけていく他に方法がないじゃない
しかも 彼女は、妊娠までしていたのです。それは、虚言ではありませんでした。ダンが、彼女の婦人科のドクターに電話で確かめたら「おめでとう 」と言われた、と同僚の弁護士に語るシーンもあります。

わたし 泣き寝入りはしないからね I’m not gonna be ignored 。あなたが責任に目覚めるまで わたしはあきらめないわよ
想像してみてください、本来であれば歓びの懐妊を伝えた相手から 二つ返事で「堕してくれ、費用は出す」とだけ申し渡された独身女性の気持ち・・・ 想像するに 余りあります。

「(「何の責任だ 」と吼えるダンに )生まれてくる子どもへの責任よ。当然でしょ、わたしは別れたくなかったんだから !
不倫関係だったことは承知しつつも妊娠までさせられた相手の男からの、心ない暴言や無視・暴力の挙句、アレックスは遂に暴発したのです。

映画「危険な情事 Fatal Attraction 」 (9)
こんなわたしを哀れむのは止めて。わたし、あなたの子を産む母親になるのよ、むしろ敬意を払ってほしいくらいなのに !
 ここまでのプロセスは、決して無視できません。
 彼女は、決して 最初からダンと 彼の幸せな家族に対する執拗な嫌がらせを重ねるストーカー女だったわけではないのです。しかし やがて異常者としての本性が エスカレートしてゆく有様は、精神を病んだアレックスが憑依したかのようなグレン・クロースの名演技によって、剥き出しの凄味を増してゆきます。

― ダンの車に硫酸をかけます。

― ダンへの強い執着を訴えたり 逆に罵倒したりするアレックス自身の声を90分テープ両面に延々と録音したマクセル・カセットをプレゼントします。

― 破局的な うさぎ事件(詳細な描写は自粛します )

 ダンの家族へのアレックスの嫌がらせはエスカレート、夫婦の一人娘エレンを幼稚園から誘拐し、勝手に連れまわしては遊園地でジェットコースターに乗せたりします。その間 行方不明の娘のことを車で必死に探し回っていたベスが追突事故を起こしてしまうに及んで ダンの怒りは沸点に達し、その晩ストーカー女のアパートまで車を飛ばし、部屋に押しかけると「いい加減にしろ 」と、アレックスに激しい暴行を加えるのでした。

映画「危険な情事 Fatal Attraction 」 (6)
 遂にナイフまで振り上げて反撃してきたアレックスの (殺意というより、無理心中を考えたのではないでしょうか )その手から辛くも刃物を奪い取ったダンは、彼女から取り上げたナイフを ゆっくりとキッチンのガス台の上に その手で置きます。
 じっと睨み合いながら、彼女に無言で「もうやめよう 」、「ここまできたら もうお仕舞だろ 」と、迫真の目つきで訴えるマイケル・ダグラスの演技にも感嘆していたら、別れ際に浮かべるグレン・クロースの謎めいた微笑の不気味さったら もう・・・。
映画「危険な情事 Fatal Attraction 」 (2)
 ダンは 警察署に立ち寄ってストーカー女から受けた数々の被害を訴え、刑事に彼女の尋問を強く要請するのでした。

 ・・・で、ここに続く以下のシーンが 前述のとおり、ヒチコック映画「サイコ 」のシャワーシーンを彷彿とさせる サスペンスも満載の衝撃的なエンディングです。しかし そのあまりにも勧善懲悪的な筋書きは、発起人”にとっては違和感のほうが満載な結末だったことは、冒頭すでに述べました。

「市民ケーン 」追加
 で、30年ぶりに( ! )映画「危険な情事 」を NHK -BSプレミアム録画で観なおしましたが、やはり同じ・・・いえ 当時以上の不自然さを 強く感じた私は どうにも気になって堪らなくなり、G.W.期間中 ネット検索でこの映画に関わる情報を調べてみたり、ライン監督自身のコメントが聴けるスペシャル・コレクター’ズ・エディションDVDを入手し、繰り返し観た結果、そこに たいへん驚きの事実を 知りました。

 この映画のエンディングは、何と 一度完成させた後、全く別物を“撮り直し”されていた のでした。

 クランクアップ後、当初は(未公開の )ラストシーンで 映画を締め括ることに 製作陣の誰しもが完全に満足していたそうです。
 が、意外なことに シアトルやサン・フラシスコ、ロス・アンジェルスなど主要都市で催された試写会、いずれの観客からも満足を得られなかった、という事実を プロデューサーのスタンリー・ジャッフェや主演のマイケル・ダグラスらは回想しています。
 それは、グレン・グロースが演じた「アレックス 」という あまりにも凄まじいキャラクターへの観客の「強い怒り 」に起因する処罰的感情が勝ったからでした。浮気相手はアレックスだ、とから衝撃の告白をされたベスが 電話の相手に代わるシーンがありますが、そこで受話器の向こうで聞いているアレックスに 鋭く釘を刺す「今度うちに近づいたら殺すからね。アンダスターン ? 」という台詞が、試写会の観客に大受けしたからというのです。
 は ? だから ? って、ヒロインの座からアレックスを追い落とすと「モンスターに変身 」させ、今度は罪なき被害者たる正義の妻ベスに拳銃を握らせる - 映画の入場者数を増やすためには 安易に大衆に媚びてみせ、スカッとする「報復シーン 」で、とにかく共感の拍手を得ることが必要だと ? 
 そんな製作会社の方向性を決定づけたのが、当時パラマウントの重役だったネッド・タネンの「観客を満足させるエンディングにしろ、そうすればヒットするから 」という鶴の一声だったそうです。 ・・・なるほど。それでドラマの随所にせっかく丁寧に張ってきた伏線「蝶々夫人 モティーフを、すべて無意味なものにしてしまったわけだ。

 しかし エイドリアン・ライン Adrian Lyne 監督自身は、 私には意外なことに、コメンタリーの中で “撮り直し”に「大満足 」と屈託なく語って、結果オーライとばかり さばさばしています。それはもう拍子抜けするほどに・・・。
エイドリアン・ライン Adrian Lyne
撮り直したら オリジナルより良くなったと思う。オリジナル版は、どうもクライマックスに欠けていたからね - 

それは、私と脚本家と製作者が揃って話し合い、散々悩んだ末に出した結末だった - 

グレン(・クローズ )だけは、この結末に猛反対だった。彼女は『蝶々夫人 』の結末が気に入っていたし、自分の役が凶器を振りかざす悪役だと思われるのを恐れていた - 

批評家たちは 口々にナンセンスなことを言ったものだ、“殺しを経験した家族の団結力は堅い”などとね - 

ラストシーンの写真立てに飾られた家族写真を見て、私はわれながら皮肉だと思った。もはや この家族が以前の幸せを味わうことはない、とても皮肉なことだが それが事実だ -
映画「危険な情事 Fatal Attraction 」 (4)


 ・・・ はい。それでは、ここから以下が オリジナル・ストーリーのエンディングとなります。未公開ですが、スペシャル・コレクター’ズ・エディションDVDの特典映像でのみ 今は観ることができます。

 アレックスに暴行を加えた夜が明けて、翌日 自動車事故での怪我の手当ても落ち着いて退院したと 庭で焚火をしながら寛(くつろ )ぐダンの自宅に、前日警察署で対応してくれた私服の刑事が コートを着込んだ殺人課の警部と私服警官を伴ってパトカーで訪ねてきます。
ギャラガーさん、あなた 昨夜アレックスさんの部屋に行きましたね 」
何があったのか ? と首をひねるダンに 刑事は、あなたの依頼に応じて昨晩アレックスのアパートを訪問したら 彼女はナイフで首を掻き切られた状態で死亡しており、その殺人容疑があなた(ダン )にかかっています、と告げるのでした。
 昨晩 別れ際にアレックスが最後に投げた 謎めいた眼差しの意味に、今ようやく思い当たるダン・・・。
「そうだったのか 」
映画「危険な情事 Fatal Attraction 」指紋べったり 映画「危険な情事 Fatal Attraction 」死ぬわ 死んでやる
「あいつは こんな形で俺に復讐したのか 」 - 凶器のナイフの柄には とりあげた時のダンの指紋がべったりと残されていたわけですから。

 そのまま庭先で逮捕され、警察へ連行されることに - を乗せたパトカーが走り出します。追いすがって車と並走するベスダンは同僚の弁護士に連絡をとってくれるよう頼むのでした。
映画「危険な情事 Fatal Attraction 」 逮捕

 大急ぎで邸内に戻り、ダンの書斎へ駆け上がるベス。デスクの引き出しを開け、必死に連絡先を探します。ようやく手帳をみつけ、プッシュホンでダイヤル。「出てちょうだい、お願いよ・・・ 」と祈るような気持ちで呼出音を数えます。しかし応答はありません。焦燥感に駆られつつ、手帳に挟まれていた一本のカセット・テープを無意識に手にとっています。そこには、手書きでタイトルが・・・。
映画「危険な情事 Fatal Attraction 」 PLAY ME Alex
― PLAY ME - Alex (私をかけて アレックス )

 このカセットこそ、ストーカーと化したアレックスが 彼女のダンへの執着心と怨みを吹き込んだテープでした。怨念の籠った、こんな録音を送りつけられたら、誰でも普通の神経なら聞かずに捨ててしまっていたでしょう。しかしダンは おそらく弁護士という職業柄これを保管していたのでした。
 これに気づいたベス、震える手でカセットをプレイヤーにセット。そこから死者の声が流れてきます。

― 私は あなたなしでは もう生きられないの
― あなたが 私の最後のチャンスだったのに・・・ダン
― あなたが 私を突き離すというなら、もう生きる選択はないから
― 私は きっと何か恐ろしいことをするわ
― 次は もっと深く切って、死ぬわ
― 死んでやる
― 私には もう何もないのだから !


 おお、これほど明白にアレックスが自らの意志で死を選んだ証拠が他にあるでしょうか、救われた ! きっと夫は助かるでしょう ! 天を仰ぐベスダンの妻を演じたアン・アーチャーの真に迫った演技を観ながら 私は喝采を送りたくなりました。そこでのアン・アーチャー(ベス )の表情演技から、単なる安堵の気持ち以上の、より細やかで深い感情を読みとることができたからです。
映画「危険な情事 Fatal Attraction 感謝するベス
 皮肉にも夫のことを陥れて逝ったはずのアレックス本人が、同時にが無罪である証拠も「残して逝った 」という事実の妙、そもそも彼女を追いつめることになった責任の一端は 夫ダンの側にもあったこと、35歳独身で妊娠までしていたアレックスの立場の哀しさや感情にまで 一瞬 同じ女性として深い洞察が及んだのではなかろうか、と ベスの複雑な表情の裡に籠められた内的感情にまで 私は想いを馳せたくなったからです。

 しかし、オリジナル版の結末は これでは終わりません

 時間は丸一日戻って、前日の晩 ダンと最後に別れた後、独り残されたアレックスがアパートのバスルームでやはり自死を遂げていたという真相が明かされます。これがオリジナル(惜しくも未公開 )のラスト・シーンです。

 覚悟を決めたようにも 放心したようにも見える無表情なグレン・クロース、胡坐をかくような姿勢で床に座りこみ 膝の上の刃物を手にとって眺めますが、やがて自身の首筋にナイフを当てると、ゆっくりと刃を引きながら首から咽喉(のど )にまで深く埋めてゆきます。白い服の内側に仕込んだチューブの先端に繋げたナイフの柄から(ポンプで送られた )真っ赤な血のりが噴出し、その首筋を伝って多量に流れる特殊効果で、この映画の「裏ヒロイン アレックスが死に至るまでを 映像で描いています。
映画「危険な情事 Fatal Attraction 」 (アレックスが自決するシーン )

 重要なことは、このラストシーンの背景で流れている音楽が、プッチーニの歌劇「蝶々夫人 」のアリア「ある晴れた日に Un bel dì, vedremo 」であること、これは自決するアレックスの脳内で鳴っている音楽でもあります。彼女は、蝶々さんが決意の白装束をまとっていたときのように、同じ白い衣服です。意図的かどうか、映画の中でアレックスが着ている服の色も「 」が多いことが 印象的です。
 さらに、映画のエンドロールでも聴かれる オリジナルの静かなテーマ曲にも「ある晴れた日に 」の断片が何度も転用され、やはりこのドラマが「蝶々夫人 」と内的連環をもっていることを強調しつつ 終わるのでした。
 こちら、未公開版のエンディングのほうが 圧倒的に素晴らしかったと思います。翻案「蝶々夫人 」として観た場合、文学的にも高い整合性を保ち、首尾一貫しているからです。 マイケル・ダグラス演じる主人公が 5歳の時に、蝶々さん 自決するエンディングで幼い目を覆ったメトでの記憶も、一人の不幸な女性を 自分の軽率な行動によって自死へ追いつめてしまった伏線として回収されることになります。
 現行のエンディングは たしかにクライマックスで盛り上がりますが、それだけのことです。 極端な比喩ですが、オペラ蝶々夫人」の終幕で、取り乱した蝶々さんが 父の形見である短刀を振りかざし ピンカートンに襲いかかって ケイトに射殺される、そんな幕切れを 想像できますか?

Fatal Attraction_Original Soundtrack モーリス・ジャール Maurice Jarre(1924 – 2009 )
 映画のオリジナル・サウンドトラック・ナンバーの作曲者とは、意外にも「アラビアのロレンス 」(1962年 )や「ドクトル・ジバゴ 」(1965年 )で知られる、名匠モーリス・ジャール Maurice Jarre(1924 – 2009 )です。この映画「危険な情事 」に限っては、あまりにも強烈なプッチーニの音楽の前で霞み、影の薄い存在となりました。


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