Club Scherzo
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シュルツ氏が語る、
「ベートーヴェンのパトロン、ロブコヴィッツ侯爵 」

(1)By Charles M. Schulz (2)By Charles M. Schulz (3)By Charles M. Schulz 
(4)By Charles M. Schulz (5)By Charles M. Schulz
谷川俊太郎・訳(角川書店 )

 「スヌーピー(コミック『ピーナッツ 』)」の作者 故チャールス・M.シュルツ氏がお書きになった文章から、音楽についての話題をご紹介しています。今回も興味深いくだりを見つけました。

 「 ・・・ 『 なぜベートーヴェンなのですか? 』 何度も質問を受けたものです。答えは単純明快。そのほうが 可笑(おか)しいから です。ある言葉やある名前の方が、他よりも有効な場合があるのです。わたしが 個人的に好きな作曲家は ブラームスです - 一日中聴いていてもあきないほどです - でもブラームスでは 可笑しくありません。ベートーベンなら、可笑しい。もしシュローダーがブラームスを崇拝していても、この半分も おもしろくない と思います 」
(チャールズ・M.シュルツ/三川基好 訳 “ スヌーピーの50年 世界中が愛したコミック『ピーナッツ 』 ”より 朝日新聞社 )

「・・・ われわれシロウトにとっては、ベートーヴェン、レンブラント、シェイクスピアというのが、それぞれ音楽、美術、文学の分野における三大巨峰だという、実に散文的な事実があります。私は ベートーヴェン伝記 を何冊も読みました - 画家の生涯よりも、どういうわけか 作曲家の生涯のほうに ずっと惹かれるのです - そして、そういう伝記から、シュローダーに関係ありそうな さまざまな事柄を引っぱり出してきたのでした。 」

「 ・・・ 私は(伝記の中で )『ロブコヴィッツベートーベンのパトロンだった貴族のひとり)が ベートーベンの年金をカットしてしまった 』 という文章を見つけて以来、実に可笑しいと ずっと思っていましたが、ようやく それが生かせる道が見つかって、嬉しくてなりませんでした。」
(チャールズ・M.シュルツ/松岡和子 訳 “ ピーナッツ・ジュビリー ”より 角川書店 )


 ・・・「それが生かせる道 」というのが、 今回 冒頭に一部を引用したストーリーです。ちなみに、ここで話題になっている ベートーヴェンの「年金をカット 」した「ロブコヴィッツ 」とは、ベートーヴェンのパトロン(支持者)だった貴族 ヨーゼフ・フランツ・マキシミリアン・ロブコヴィッツ侯爵(Josef Franz Maxmilian Lobkowitz 1772-1816 )
 しかし「年金カット 」の事情も よく知れば、それが不当だったかどうか 判ることと思います。
Franz Josef von Lobkowitz(1) Das Palais Lobkowitz in Wien 
 ロブコヴィッツ侯爵(左 )と、侯爵の ウィーンの邸宅(当時の油絵 )
 ロブコヴィッツ侯爵は、自邸にオーケストラを抱えるほど裕福(!)だったチェコ地方出身の若い貴族で、ウィーンに出てきた ベートーヴェンリヒノフスキー公とともに 真っ先に後援したことでも知られています。ベートーヴェンとは お互いに 若い頃から たいへん友好な関係だったらしく、捧げられた作品も非常に多く、しかも それらが傑作曲ばかりであることには 誰もが驚くのではないかと思います。

■ ベートーヴェンが、ロブコヴィッツ侯爵に
献呈した作品には、名曲が こんなにいっぱい!


交響曲第3番 変ホ長調「英雄 」作品55
RCA 82876-84518-2
パーヴォ・ヤルヴィ指揮/ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン
録音:2005年8月、ベルリン(輸入盤RCA 82876-84518-2 併録:第8番 )


交響曲第5番 ハ短調 作品67
RCA 88697-33835-2
パーヴォ・ヤルヴィ指揮/ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン
録音:2006年8月、ベルリン(輸入盤RCA 88697-33835-2 併録:第1番 )


交響曲第6番 へ長調「田園 」作品68
RCA 88697-54254-2
パーヴォ・ヤルヴィ指揮/ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン
録音:2007年12月、ベルリン(輸入盤RCA 88697-54254-2 併録:第2番 )


ピアノ・ヴァイオリン・チェロのための三重協奏曲 ハ長調 作品56
東芝EMI_TOCE-2262
スヴャトスラフ・リヒテル(ピアノ )、
ダヴィッド・オイストラフ(ヴァイオリン )、
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(チェロ )、
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮/ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
録音:1969年9月、ベルリン(東芝EMI/TOCE-2262 併録:ブラームス 二重協奏曲 )


歌曲集「遥かなる恋人に寄す」作品98
東芝EMI_TOCE-13377
ヘルマン・プライ(バリトン )、ジェラルド・ムーア(ピアノ )
録音:1961年4月( 東芝EMI/TOCE-13377 )
併録:「アデライーデ 」「きみを愛す 」「ゲレルトの詩による6つの歌曲 」他 


弦楽四重奏曲 作品18(第1番~第6番)
および 同 第10番 変ホ長調「ハープ 」 作品74

Alban Berg_Beethoven_SQ_live_EMI
アルバン・ベルク弦楽四重奏団
録音:1989年6月、ウィーン、ライブ収録
(海外盤 EMI .ZDCD.7-43487-2、7-54592-2 全集 )
 
 特に、6曲の弦楽四重奏曲 作品18は、ちょうど同じ時期(1800年前後)に かつては師弟の間柄だったハイドンも 同じロブコヴィッツ侯爵に,自身の 作品77の 2曲(最後の弦楽四重奏作品、ロブコヴィッツ四重奏曲 HobⅢ-81-82)を 献呈しようとしていたばかりだったことは 注目に値します。これは、裕福な貴族への歓心を獲得するため、袂を分かった師弟が争った ように 見えないこともない(ベートーヴェンとハイドンの確執については こちら。)ですが、しかし 実際には ハイドン本来6曲でセットとなる「ロブコヴィッツ四重奏曲」を 僅か2曲だけしか完成させていないのです。
 ベートーヴェンに乱暴に割り込まれてしまったので ハイドンが創作意欲を喪失した、と考える方が 話は多少おもしろくなるかもしれませんが、実は 老齢のため完成させることが出来なかったハイドンの意志を 元弟子だったベートーヴェンが 立派に継いで 全6曲を作り直した、と考えることも出来るのではないでしょうか。


■ ロブコヴィッツ侯爵は なぜ
ベートーヴェンの年金をカットしたの?
 
 スヌーピーの作者シュルツ氏が触れている「ベートーヴェン年金カット」の話には、その前段階に 実は 以下のような経緯がありました。
 1808年6月、ナポレオン弟ジェロームが 王として君臨することになった「ヴェストファーレン王国( 成立から僅か5年後 1813年 ナポレオンの敗北とともに消滅 )」の成立当初、その居城があるカッセルの宮廷楽長職として 何と「ベートーヴェンを招聘しよう」という計画があったのだそうです(!)。もしも この時 ベートーヴェンがその気になって 本当にウィーンを出て行ってしまっていたら、外国でトンデモない不渡手形を掴まされることになったのは明白で、その後の生涯も 一体どうなってしまったか 想像もつきません。
 けれど やはり音楽の神の庇護でしょうか、1809年 カッセル奉職を本気で検討していたベートーヴェンに 思い留まるようにとパトロンたちが話し合い、彼をウィーンに引き留めるため 毎年お金を出し合って、4,000ドゥカーテンもの(現在の約6,000万円にも相当 - とも言われますが、この後 ウィーンは 大インフレに襲われますから、正確な貨幣価値に換算することは困難 )多額の「年金を保証 」する、という約束を申し出たのです。
 この時、ロブコヴィッツ侯爵は 年金を支給する 3人の貴族の一人として名を連ねています。他の2人の貴族とは、皇帝フランツ1世の弟ルドルフ大公(1788~1831)、フェルディナント・キンスキー侯爵(1781~1812)でした。
 しかし、5月にはフランス軍が二度目のウィーン侵攻を開始し、この戦争によるインフレによって 経済は大混乱通貨価値も暴落します。これによって ベートーヴェンに年金を支給する筈だった貴族たちの経済状況も激変します。1812年7月、ロブコヴィッツ侯爵は遂に破産、また、最も多額の年金を請け負っていたキンスキー侯爵も3ヶ月後の11月、事故(落馬)が原因で亡くなっていますから、もはや貴族たちには ベートーヴェンに年金を支払う能力はありませんでした。
 これが、本日引用のまんがの中で シュローダールーシーに言及している「ベートーヴェン年金カット事件の背景です。

■ さらに、後日談が  
 ・・・ 普通であれば、「このような事情なら 止むを得ない 」として、ある程度は納得して あきらめるものではないでしょうか・・・常識的には。
 しかし、ベートーヴェンは違ったのです。彼は、約束に違反した「年金不払を不服とし、支給の継続を巡って キンスキー侯爵の遺族ロブコヴィッツ侯爵を相手取って、何と 訴訟まで起こしてしまうのです。ウィーンに出てきて以来、ずっと庇護を受けてきた貴族のパトロンを ここで訴える!
 結局 この裁判は 3年後の1815年、ベートーヴェンに有利な条件で 和解が成立することになりますが、この時の心労も重なったせいでしょう、ロブコヴィッツ侯爵は 翌年 43歳の若さで死んでしまうのでした。

次回、 (5)シュルツ氏が語る「ベートーヴェンの交響曲第2番 」 に続く・・・

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