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スケルツォ倶楽部 
Club Scherzo
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2ちゃんねる クラ板 ‐ 回顧掲載
「○スケルツォについて ランダムに語ってください
556 ~ 680 遂に容量オーバー、総レス数680にて終了

2ちゃんねる (4)

スケルツォ倶楽部”発起人(夫婦 )ネット・デビュー10周年記念 !
ブログ“スケルツォ倶楽部”の前駆体だった 2ちゃんねる(クラ板 )「スケルツォ・スレ 」、「ワルツ・スレ 」(抜粋 )を、数回に分けて回顧する 連載企画の第6回となります。

ここまでの経緯と 第1回掲載は ⇒ こちらから
第2回掲載は ⇒ こちらから
第3回掲載は ⇒ こちらから
第4回掲載は ⇒ こちらから
前回 第5回掲載は ⇒ こちらから

2ちゃん クラ板
○スケルツォについて ランダムに語ってください その6

1 :Mr.&Mrs.発起人:2007/12/05(水) 22:50:55 ID:ozpaRIaY
交響曲のスケルツォ楽章についてはもちろん、記憶に残るスケルツォの演奏に出会えたコンサートや “これは言いたい”名盤の思い出など、お気に入りの作曲家の第3(2)楽章について、諧謔たっぷりに聞かせてください。メヌエットも可。





556 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/08/20(水) 22:54:51 ID:Rgzt1Vzn
発起人(妻 )です、こんばんは。
そう言えば、ベートーヴェンの交響曲第7、9番の両スケルツォ楽章では、
どちらも最後のコーダにちょっとオモシロい工夫(仕掛け)がされてますよね。
再現されたスケルツォ主部が いよいよ結尾部に追い込まれようとする、まさにその時、あたかも再三(みたび)トリオをやり直そうとするかのごとく のんびりとした回想( ? )が。
第7番第3楽章の場合、クラリネット、ファゴット、ホルンによる(文字どおりの)三重奏(トリオ )で 例の鄙(ひな)びた旋律が、そこで三度(みたび)登場するものだから、おそらく初めて聴く人は「えー、まだやるの ? 」って思っちゃうでしょう。でも トリオ主題が聴かれるのは 僅か4小節だけ。直後 全合奏で一気に切り捨てるごとくスケルツォは終わりを迎えます。
キツネにツママレたような気になっている聴者に、休む暇なく第4楽章の嵐が襲いかかる瞬間の快感ったら ないわよね。


557 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/08/20(水) 22:58:03 ID:Rgzt1Vzn
発起人(夫)。
第9番第2楽章でも同様の仕掛け(ユーモア )が。
再現されたスケルツォ主部、叩きまくるティンパニの連打に押されながら 最後はすべての繰り返しを省略、今こそ怒涛のコーダへ突入と思いきや、突然落下するオクターヴ下降動機から2拍子になり、またまたトリオへ ? 
ここでも聴く人は 心の中で思うでしょう、「え、また繰り返し ? 」。 
しかし、それはダミー。途中でぱたっと1小節の休止 - それはまるで出のタイミングを間違えて騒ぎ始めた植木等が間違いに気づいて立ち止まり、客席を振り向きざま「お呼びでない ? 」とでも言うような。次の瞬間ここでも一斉にオクターヴの落下動機を再びやり直し まるで投げつけるようにスケルツォを終わらせてしまう、ベートーヴェンの諧謔さもここに極まった感があるなあ。
妻 「いくらなんでも たとえがクレイジーキャッツなんて、アナタ古すぎでしょ(爆 ) 」
私 「楽曲の印象なんて個人差あるから、特定できないものだろが 」
妻 「わたしは第9番のスケルツォには(たしかにユーモアも感じるケド )もっとシリアスなイメージ持ってるな。まるで死の直前に生涯の大事な記憶が 一瞬 走馬燈のようにフラッシュ・バックされる - みたいなね 」
私 「うーん、そっちのほうが格好イイな。上記ベートーヴェン第7、9番のスケルツォ楽章結尾のようにトリオの触わりをダミーに使うって方法、他の作曲家でも試みられてるケースを、どなたかご存知ないでしょうか。(妻に )オマエも調べろよー 」
妻 「はーい」


558 :名無しの笛の踊り:2008/08/21(木) 01:22:05 ID:jxIIpHiG
ショスタコの5番が真っ先に思い浮かびますね。
無理に解釈すればサン=サーンスの3番も(A-B-A-B'という感じですが)。
全く関係ないですが、サン=サーンスは交響曲2番で、A-Bの形式のスケルツォ(つまり、トリオに入ったまま主部が一回も戻ってこない )を採用しています。
ここまで期待を裏切られるスケルツォもなかなか無いかと。


559 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/08/22(金) 01:47:13 ID:gQR/iEm0
こんばんは、発起人(夫)です。
スケルツォ倶楽部会員 >>558さん 打てば響くような即答レス、どうもありがとうございます。
ショスタコーヴィチ第5がありましたね、こんな名曲を忘れていました。
で、サン=サーンス交響曲第2番についての情報、興味深いですね。
「A-B形式のスケルツォ 」って、結局二部形式ということでしょうか。 
いや・・・「本来であれば三部形式なのに、再現されるべき主部(A)を欠いてる 」っていう記述の方が正確なのかな ? めずらしいですね !
この後あらためてCDを聴いて確認しようと思ってます。
私 「おーい、サン=サーンスの2番って、誰のディスクが棚にあるんだっけ ? 」
妻 「マルティノン盤しか持ってないでしょー(もー、自分の蔵盤のくせに・・・ )。」


560 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/08/22(金) 01:52:32 ID:gQR/iEm0
はい、発起人(妻)です。
ブルネロ(仮)先生や、このスレ常連の皆様に教えて頂いたおかげで、わたしも 偉大なサン=サーンスについて 以前より注意を払うようになりました。
で、サン=サーンス 64歳 (1899年)の「弦楽四重奏曲第1番op.112 」は、イザイ( ! )に献呈された、という意外な付加価値とともに なかなか渋い仕上がりです。
第1楽章の出だし(だけ )は、あれ? ドビュッシーかしらなんて錯覚しちゃいそうなぐらい、あまりにも「らしくない 」気配で始まります。
しかし、オモシロイのは やはり第2楽章スケルツォなのです。
手元に楽譜も何もないので、まったく聴いただけの印象で感想を書いてますが(スミマセン )、シンコペーションを生かした緊迫感あるマイナー調のスケルツォ主部(A)は なかなか魅力的、シューベルトの短調特有のカルテットを連想させられる雰囲気。01:30頃から始まる第1トリオ(B)は、力強いフガートな動きで始まり、民族舞踏的な要素も聴かれます。やがて再び主部(A´)に戻りますけど、04:40辺りから抒情的な第2トリオ(C)が開始。が、これは1分ほどで終わってしまい、三度(みたび )スケルツォ主部(A)が戻ってきた・・・と思ったら、なな何とピチカートでぽんぽんと2、3回リズムを刻むやいなや突然終わってしまうのです。ええ? って感じ。こんな変なスケルツォ、聴いたことない・・・w 
サン=サーンス先生には結構“裏切”られますよね ! 要するにA-B-A-C+A(の香りだけ )・・・って感じの不思議な構成でありましたー。
ちなみに ディスクはマイアミSQ(コニファー )盤。


561 :名無しの笛の踊り:2008/08/22(金) 22:55:12 ID:wzOPloJP
ラヴェルの弦楽四重奏曲のスケルツォはカッコイイけど中間部分がダルく感じる


566 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/08/24(日) 17:24:01 ID:SLZd6+Zx
発起人(夫)。
>>561さん、ラヴェルSQは弱音器が関係あるかも・・・ 第2楽章スケルツォでは「ダルく感じる 」中間部分だけ弱音器を付け、主部が再現されるとミュートを外すのです。
逆に第3楽章では 中間部以外は弱音器を付けて演奏されます。
ドビュッシーと何らかの関連があるのかも・・・と またも「ストーリー先にありき 」を期待しつつ先輩作曲者のSQスケルツォを聴き漁りましたが、ピチカートが生かされているという共通点以外、特に関連は見出せず・・・残念。
こりゃまた 失礼しました !


569 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/08/25(月) 22:55:04 ID:0CfmFop2
夫 「>>557 “ベートーヴェン第7、9番のスケルツォのように 結尾でトリオの触わりをダミーに使うって方法、他にあるか” - 他に見つけたのか ? はい、打つ 」
妻 「はい。コルンゴルトの交響曲 嬰ヘ調 スケルツォ(第2楽章)。」
私 「>>106でも書いてた、以前からオマエの大好きなスケルツォだったな。あらためて聴いてみよう 」
妻 「やっぱ プレヴィン(D.G.)盤 ? 」
私 「あれはオケを素晴らしく良く鳴らした名盤・・・だけど、最近ちょっとヘヴィ・ローテ気味だったから 今夜は久しぶりに最初の名盤ケンペ=ミュンヘンPo.(Sarabande )盤で振りかえってみようかな 」

― スイッチON ! ― 
― 伝統的なジグ風のパルスに乗った急速な楽章(Wiki )
― スケルツォでは奇妙な楽想が入れ替わり姿を見せる(早崎隆志氏 )
― ややウォルトンなどを想起させる。流動性に富んだタランテラが展開される(片山社秀氏)
(続く)


570 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/08/25(月) 22:58:24 ID:0CfmFop2
(続き )
妻 「01分40秒辺りで聴かれるホルンの吹奏が本当に格好イイ ! 映画“革命児ファレス”の音楽からの転用なのね 」
私 「“ここ好き”って言う人 相当いると思う。普段から俺もココが聴きたくて、ついスケルツォ楽章だけ繰り返し聴いちゃうんだな 」。
妻 「で、トリオに当たる中間部はスケルツォの主部とは対照的なしーんとした静寂の世界が支配します。その開始を告げるのが、一音だけのホルン信号の合図なんだけど、ココわたし個人的にはワーグナーの“マイスタージンガー”第2幕の夜警のシーンを連想してしまうの。あの町中の人間の大喧嘩という、一体どう収拾させるのか想像つかないくらいの大騒ぎも、夜警の角笛で全員が一斉に各々の家に引っ込んでしまい、嘘のような静寂が訪れるシーン。夜の11時が知らされて,するする幕が下りてくる・・・ 」
私 「“マイスタージンガー”第2幕の幕切れの部分、確かに美しい。あの夜の音楽の場面と同じ種類の匂いを確かに感じるよ 」
妻 「由(よ)って、勝手ながらコレを“夜警のホルン信号(仮称 )”と名づけます。これを合図に下(お)りてくる夜の帳(とばり)、本来在るべきものの不在を示すような空虚感が半音階下降的な旋律に託されているように感じます 」
私 「もとい。それでコルンゴルトのスケルツォはA-B-Aの三部形式なんだな 」
妻 「Bの後のAは かなり忠実に繰り返されている“ように思います”、スミマセン正確ではないかもしれませんケド。でも面白いのはコーダ。Bの開始と同じように“夜警のホルン信号(仮称)”が、ユーモラスにプーと鳴り、静まり返る。聴者は、“あ、トリオをもう一回演るのか”って思わされるのに その直後オケは大クレッシェンド、爆発するように終わってしまうの 」
私 「おー、確かにベートーヴェンと同じ諧謔たっぷりのユーモア精神を感じるスケルツォのコーダだw 」


572 :555:2008/08/27(水) 03:29:01 ID:o9GQBf+e
さて、555で示したような資料状況ですので、演奏される完成版は、20小節までが(アンダンテの最後のページの裏の1ページとヴィーン男声合唱団の資料室にあった第2ページ目 )シューベルトの作品であって、その後は貧弱なピアノスケッチからの他人の編曲に過ぎない。さらにトリオは主題のヒントしか与えられていないので、まずは他人の作曲とみなさざるを得ないという事実を深く認識すべきでしょう。すなわちほとんどシューベルトではない音楽をシューベルトのスケルツォとして聴かされるのである。
そんな状況の中で、このスケルツォをどう評価するか ?
あるいは、それに密接に関連した《未完成》という作品の中断をどのように考えるかは、残されたわずかな資料を第一義的に取り上げて綿密に検討することから判断されるべきではないでしょうか ?


573 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/08/27(水) 23:09:27 ID:eAhHEBOw
発起人(妻)です、こんばんは。
>>572 の555(=363 )さん、ご登壇をお待ちしてました !
どうぞ 続きを語って頂きたいと思います !
シューベルト「未完成」交響曲 ロ短調のスケルツォは 不在に近い楽章ですが、 当スレに於いては とても重要な楽曲で、今までにも何度か登場しましたね。
実体が無いに等しい・・・にも係わらず、その存在を意識せずにいられない とは、舞台上の“アルルの女”の存在のようですよね。


574 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/08/27(水) 23:11:18 ID:eAhHEBOw
発起人(夫)です。
シューベルトの「未完成」交響曲 ロ短調 第3楽章スケルツォの“無理やり補筆復元版”としては スケッチの途絶えたトリオ途中以降を補作した ニューボールト版が、今は有名ですよね。
この“無理補筆”楽譜による演奏は、ご存知のとおり マリナー(PHILIPS)盤、マッケラス(Virgin)盤など、メジャー・レーベルのディスクで容易に聴くことが可能ですし、全く独自の補筆によるギュルケ(Berlin Classics)盤というのも、私自身は未聴ですが、存在するそうですよ。
しかし、前述>>493の渡邉暁雄/日フィル(DENON)盤のように、残されたフラグメント演奏のみで 唐突に終わらせてしまうのが潔く(好き嫌いで語るとすれば )この公平な渡邉盤が 私の好みであります。
それは、シュペリング(OPUS111)盤のモーツァルト「レクィエム 」のフラグメンツ演奏に好意を感じるのと同じ理由によります。
そういうわけで、私 個人的にはシューベルトの「未完成 」交響曲 に対する長年の偏愛と深い執着のため スケルツォ楽章の他人による“補筆復元行為”に対しては「無印」とし 評価はできません。


575 :555:2008/08/28(木) 10:10:44 ID:FaXuP525
番号を忘れるので、これからは555でいきます(笑い)。
>>573 《ラルレジエンヌ》とは、ヒロインの名前すらない !
一度原作どおりを生の舞台か映画で観てみたい気がします。
CDでならオリジナル編成に近いものを聴いたことはありますが・・・・

>>574 <スケルツォ楽章の他人による“補筆復元行為”に対しては「無印」とし 評価はできません。>
発起人さんのご意見は、全く同意するところのものです。
だいたい、資料状態が「補筆 」(筆を補う )、あるいは「復元 」(元の状態に戻す、または元の状態を推定する )することを可能にはしていないですからね。
よく作者はシューベルトの意図通り復元したとか、再現したとか言いますが、
あるいは謙虚な作者の周辺がそういうことを宣伝しがちですが、シューベルト自身が作曲したら、スケッチ通りにはならないという厳然たる事実に、完成版
を作る矛盾が存在するのですねえ・・・・・。
すなわち、スケッチどおりを無難にオーケストレイションすると、なんかシューマンの亜流みたいなものになり、いろんなものを追加すると、どんどんシューベルトから離れて行ってしまうという矛盾。これはどちらをとっても避けられないことですから。
しかし、完成を試みるということ自体は非常に興味ある有意義なことですから、そういったことをはっきりと認識した上で、それらを楽しむことはなんら問題の無いことです。
ところで、ぼくは渡邉盤を聴いたことがありません。これは9小節(フォルテシモのみ )の演奏なのか、20小節(木管の対話を含む)の演奏なのか、どちらですか ?


576 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/08/29(金) 22:02:15 ID:x9IcVrcq
>>575の363改め555さん、発起人(夫)です。
シューベルト「未完成」第3楽章スケルツォの件、お尋ねの渡邉暁雄(DENON)盤には、通常演奏されるニ楽章の後に、ふたつのパートが収録されています。
最初のパートは 「オーケストラによる部分(0分11秒)」で、シューベルト自身が管弦楽の総譜に書いた9小節が日本フィルハーモニー交響楽団(昭和36年7月10~11日/東京厚生年金会館大ホール )による演奏で聴けます。
9小節目、ロ短調のスケルツォ主題を 長調にして繰り返すオーボエのフレーズまで、きわめて短い演奏ですが このオーボエによる残された最後の四つの音を緩やかにリタルダンドして中断させる辺り、何とも名残惜しげで 感銘を受けつつもその一方で今日の耳では解釈の古さを指摘されそうです。
妻 「現代であれば、そのようなフラグメンツの演奏であってもイン・テンポで突き進み、感傷も思い入れも無くスパッと切り上げるでしょうね。昨年のエマール“フーガの技法”第14コントラプンクトゥスの最後みたいにね 」
(続く )


577 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/08/29(金) 22:03:42 ID:x9IcVrcq
(続き )
・・・で、ふたつめのパートは「ピアノによる部分(03分44秒)」とされ、二段譜に残されたスケッチがピアノで弾かれています。ここは、当時の日本フィルのピアニスト河野純子と渡邉暁雄との二人による演奏です。有坂愛彦氏による1961年当時の良心的な解説文から、以下引用。 
「このレコードでは、スケッチに書かれただけの部分を、便宜上ピアノで演奏して、研究や参考の資料(のため)に吹き込んであります。 しかしこれは、あくまでも作曲者自身の頭の中に浮かんだもので、もとよりピアノで演奏するために書かれたものではありませんから、そのまま音にして再現することは、きわめて不完全なことであり、しかもスケルツォのトリオ部分は(略)、メロディだけが単音で記されているにすぎません 」


578 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/08/29(金) 22:05:28 ID:x9IcVrcq
こんばんは、発起人(妻)です。
そういえば>>555③の“クリスタ・ランドンが発見した2ページ目以降”って、
とても興味深いですが 渡邉盤では 残念ながら 聴けなかったですね。

脱線ですが。
>>575ビゼーの《ラルレジエンヌ》と言えば、最近 夫の部屋に文庫サイズの画集があるなあ と思いながら手にとってよく見たら、これがミンコフスキ/ルーヴル宮音楽隊(Naïve)の新譜「アルルの女」だったのです、こんな贅沢な装丁とは・・・知りませんでした。
聴いてみたら、ピリオド・アプローチの斬新な演奏。
このところ毎晩シビレています。
「アルル~ 」は 第1&2組曲の間に、オリジナルの劇付随音楽(ホグウッド盤etc.でお馴染み )をサンドイッチする構成です。
全曲素晴らしい仕上がりですが、当スレッド的には 第1組曲の方の「メヌエット」がかなりキレた凄演で おススメ。
「カルメン」は 全曲盤に期待(バルトリは一体いつ録音するのかしら )! 」


579 :555:2008/08/30(土) 01:35:29 ID:z1TgXLSv
早速のご丁寧な説明ありがとうございました。
予測どおりやはり9小節ですか。
半世紀も前の録音ですから致し方ないでしょうね。
有坂愛彦なんて名前が出てくるくらいですから・・・・(笑い)。
当時の全資料を網羅した良心的な録音ですね。
それで問題なのは、現代ですらこのシューベルト自身のスケルツォのイメージが 9小節で固定されてしまっているように思えてならないことなのです。
だれも20小節のスケルツォをやったりしないですからねえ。
その点、現代の指揮者たちは怠慢であるといえるかもしれません。

ただ、20小節は聴くことは可能です。
完成版を20小節のところで切ってしまえばよいことですから。
一度、そういう聴き方で、このスケルツォを楽しまれてはいかがですか ?


580 :555:2008/08/30(土) 02:04:51 ID:z1TgXLSv
パリジェンヌを誰も『パリの女 』とは訳さないですね。『パリ娘 』てなもんでしょう。 だから、アルレジエンヌも『アルルの娘 』とでも訳しそうですが、わざと悪意を込めて( ! )『アルルの~ 』としたのは、この女がカルメンシータばりのあばずれ女か、あるいは水商売の女であることを暗に示したかったからでしょう。そして定冠詞が付いているのは ある特定の女・・・・。そこまでいくのなら名前があってもよさそうですが・・・
とにかく、ヒロインの登場しない劇を誰が観に行くか ?
脚本を書くときに、どうにかしてこの『女 』を登場させるように捻じ曲げたら、この劇も現代に生き残ったでしょうがねえ・・・・残念です。
《第1メヌエット》は、メヌエットらしからぬ名作ですね。主部はまるでスケルツォのよう・・・。 中間部も素晴らしい。なぜか南仏をイメージさせます。多分伴奏の固執五度が有効に働いているのでしょうね。
このスレ的には《キャリオン》がお勧めです。鐘の擬音効果が中学生のときに初めて聞いたときから耳にこびりついています。


582 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/08/30(土) 22:53:55 ID:iD7PNI6G
発起人(夫 )です。
私 「今夜は 個人的な思い出ばなしを 始めてよい ? 」
妻 「いーわよお。思いっきり 語りなさい ! 」
では・・・(嬉 )。
ビゼーの組曲「アルルの女 」に、私が初めて出会ったのは 小学3年生の秋、音楽にかぶせながら 要所で原作ドーデの戯曲を岸田今日子さんが朗読されているFMラジオ番組を幸運にも聴いた時でした。
これは1970年代にFM東京で放送されていた「音楽の花束 」という昼間のクラシック番組だったと思います。
記憶はあいまいですが、バリトン歌手の立川清登さん、ソプラノの島田祐子さん、そして女優の岸田今日子さんらが 交代でクラシック音楽を紹介しておられました(記憶が正しければ・・・の話ですが )。
もちろん昼間の放送だったので 子どもだった私は学校にいる時間、当然聴けなかった筈なのですが、クラシック音楽に興味を持ち出した私のために、今は亡き父が その頃 モノーラルのオープン・デッキで わざわざ番組をまるごと録音してくれて、これを繰り返し聴くことができたのでした。
振り返れば あの頃はラジオもTVも、良心的な企画がとても多かったように思います。
今の子どもは 昔に比べて 本当に良い文化に触れる機会を失っているのではないでしょうか。
(続く )


583 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/08/30(土) 22:55:32 ID:iD7PNI6G
(続き ) 
尤もドーデの「アルルの女」は、小学生には共感できない展開をする大人のストーリーで、主人公フレデリにも親しみを持てませんでした。
アルルの女の人はいつ出てくるのだろう・・・と思いながら、「パストラール」や「アダージェット」に真剣に耳を傾けていたものです。
「馬方ミチフィオの情婦だ、というあばずれ女が アルルの女だった」という展開は、子どもながら 絶対に信じたくない気がしました。
認知症の弟が正常に治ってしまうと、代わりにその家には不幸が来る という挿話や、せっかく村娘ヴィヴェットとの結婚を決めたフレデリが投身自殺してしまうという衝撃的な結末も、当時の自分の理解を大きく超えていました。
しかし、最初からビゼーの劇的な音楽の凄さは感じることはでき、胸をつまらせながら繰り返し聴いていたものです。
(続く )


584 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/08/30(土) 22:57:24 ID:iD7PNI6G
(続き )
ドーデの戯曲は、昔ならどこの書店へ行っても岩波文庫の薄いやつを100円位で容易に買えたものでしたが、あらためて読み直してみたいと思っても 気づくと もう絶版になって10年以上見かけませんね。ずっと探しているのですが。
私が愛聴しているマルゴワール盤はCD2枚組で、戯曲の台詞が収録されている素晴らしい企画盤ですが、輸入盤なので当然対訳も無く台詞の詳細まで読めず、残念です・・・。

おっと、もうこの辺にしましょうか、こんな話、どなたも読まないような気がしてきました。
家内もシャワーを浴びに逝ってしまいましたし。
特に笑えない話でスミマセン。
・・・でも、もし おつきあいくださって、ここまで読んでくださった方がいらっしゃったら お礼申し上げます。


585 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/08/30(土) 22:59:28 ID:iD7PNI6G
そこへ・・・
妻 「あー、いいお湯だった。さ、湯上りのビールを冷蔵庫から出して、と(プシュ ! ) ・・・で、ビゼーと言えば、やはり交響曲第1番にも触れないわけにはゆかないわよね 」
私 「これは第3楽章がスケルツォAllegro vivace、速いメヌエットと言ったところ。ビゼーは4分の3拍子で書いているけれど、1小節を三連符にして2拍で振ったほうが躍動的な表現が期待できるかも」
妻 「そうすると一層ロッシーニからの影響を感じるわね。トリオ旋律はスケルツォ主部のメロディと同じ動機なのよね。でも雰囲気がずっと鄙(ひな)びて響くのは “アルル”の第1メヌエットのトリオでも再び使われる保続音>>324=“伴奏の固執五度>>580”の効果に違いないわよ」
私 「作曲した年齢が17歳って 今なら高校生だ。特に第1楽章なんて明るくて、まるで光の粒がはじけ飛ぶような魅力がある 」
妻 「でもこの曲 残っててホント良かったよねー。Wikiによると、ビゼーって 実は他にも交響曲を2つは書いてて、でも第2番は草稿破棄、第3番も行方不明らしいわよ。組曲“ローマ”はコレに数えないのかしら、いずれにせよ ひょこり出てきたりしないかしらねー 」


586 :555:2008/08/31(日) 22:59:39 ID:IOERky9G
>>583 <「馬方ミチフィオの情婦だ、というあばずれ女が アルルの女だった」という展開は、子どもながら絶対に信じたくない気がしました。>
そうミチフィオでしたね。僕も中学時代よく聴きましたが、そしてスコアを買い、文庫本も買いましたが、よく理解できませんでした。本は、『風車小屋だより』という短編集と戯曲です。 いまでは2冊とも失ってしまいましたが・・・・・
ミチフィオはアルルの女がフレデリを好きで彼を振った腹いせにフレデリのところへ来て あること無いことぶちまけてフレデリを絶望させたとかいった筋だったのでは ?


587 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/02(火) 23:09:11 ID:AqeotbXx
発起人自ら 引き続きのスレ違いで恐縮ですが、ビゼー「アルルの女」について、先週からずっといろいろ考え続け、今日ひとつの仮説にたどり着きましたので、ご報告します。
第2組曲の「間奏曲」、冒頭は厳粛な雰囲気で始まりますが、すぐ長調に転調し、その度に繰り返し顔を出す柔和な終止音型は、シューベルトの「アヴェ・マリア 」にとてもよく似ています。
偶然でなく、ビゼーは意識的に、この“アヴェ・マリア音型”を使って終止させているような気がしてなりません。また、中間部に現れるサクソフォーンによる敬虔な旋律は、のちに宗教的な歌曲「神の子羊(アニュス・デイ)」に転用されたもので、ドミンゴ+ウィーン少年合唱団(BMG)盤とかアラーニャ(DG)盤でも聴くことができます。
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20020901
「アヴェマリア」と「神の子羊」・・・ この意味について考えました。 (続く )


588 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/02(火) 23:11:23 ID:AqeotbXx
(スレ違い 続き)
「アヴェマリア」とは、言うまでもなく聖母マリアですね。「神の子羊」とは、勿論キリストのことですが、罪深き私たち人類の代わりに犠牲となって壮絶な贖いの死を遂げたキリストが、漸く十字架から降ろされて、母マリアの腕に抱かれる、その一瞬をとらえた芸術作品が、たとえばミケランジェロなどがテーマとした「ピエタ(悲しみの聖母)」。
わたしは、この「間奏曲」は、「ピエタ」ではないかと思うのです(「ストーリー先にありき>>553 」かもしれませんが )。
先立った息子の血まみれのなきがらをかき抱いて号泣する聖母マリアの姿は、 戯曲「アルルの女」の幕切れ、投身自殺を遂げたフレデリの母ローズ・ママイの姿に重なります。
その死の崇高さにおいては、イエス・キリストの重い使命を背負った磔刑と、農家のぼんぼん息子の欲求不満の挙句の自殺とは まったく比較にすらなりませんが、しかし戯曲「アルルの女」における 本当の悲劇とは何だったのか、南仏の片田舎に住む未亡人の農婦ではあっても、ひとりの母親としての存在であったローズ・ママイの慟哭のみが、聖母マリアの涙に匹敵するものだったのではないでしょうか。
(続く )


589 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/02(火) 23:13:30 ID:AqeotbXx
(スレ違い 続き )
亡きフレデリを抱いて号泣するのは 決してヴィヴェットではありません(ましてや“アルルの女”であるわけがありません)。
己が腹を痛めた我が子の 苦しみの末の早逝。それを己が瞳で見届けなければならなかった母の、嘆き、悲しみ、悔やみは「母」であれば、普遍的なものではないのか、と。
それは決してキリストほど立派な息子でなくても、逆に 愚かで弱い息子であっても、どんな馬鹿息子であっても、子を喪った母の喪失感と悲しみの質は、同じもの(=普遍 )だったではないか。
もちろんドーデは、戯曲の中でそこまでは言及してはいません(岩波文庫が手元に無いので、記憶で書いてますが・・・)。考えてもいなかったかもしれません。 しかしただひとり天才ビゼーだけが直感的な音楽の力によってこの普遍的な真実を観客に暗示し、ドーデの芝居をこれほどの高みに持ち上げたとしたら ?
>>582 「岸田今日子さんが朗読され」た「70年代にFM東京で放送されていた『音楽の花束 』」における「アルルの女 」で、その最後の場面(フレデリの死とローズ・ママイの号泣の終幕 )に この第2組曲「間奏曲」が使用されていたことをはっきり記憶しています。それは、今 思えば 番組構成サイドの慧眼と感じます。なぜなら オーケストラによる その最後のフレーズは 決然たる「アヴェ・マリア 」だったからです。


590 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/02(火) 23:16:52 ID:AqeotbXx
妻 「ところで2chには ビゼー、カルメン、アルルの女、ドーデ絡みのスレッドは今 存在しないのね」
私 「まー、そうだろーなー。当然といえば当然かも」
妻 「不公平だわ~、ブルスレ、マラスレは乱立してるってのに。ジョルジュったら、カワイそう・・・ 」
私 「ビゼーがカッコいいピアノ協奏曲でも1曲残してくれていたらよかったのになー、主調は変ホ長調で4楽章構成でさ、第2楽章は “カルメン”第2幕の“五重唱”を思わせるようなタランテラっぽいスケルツォでさ・・・」
妻 「(制止 ! )ビゼーって ピアノ巧かったのかしら 」
私 「以下、Wikiからのコピペ。 ― ある日リストが自作の新曲を指し、コレを正確に弾けるのは“私とハンス・フォン・ビューローの2人だけ”などと豪語していた。しかし、その場にいた22歳のビゼーは、そのパッセージを一度聴いただけで演奏し、さらに楽譜を渡されるや初見で完璧に弾いてのけ、リストを驚かせた。この時、リストは “私は間違っていた。3人というべきでした。正確に言えば、最も若いあなたが最も奔放で輝かしい と言うべきだったでしょう”と、ビゼーを賞賛した。しかし、オペラ作家としての成功を夢見ていたビゼーは、ピアニストになることを潔しとはしなかった 」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%82%BC%E3%83%BC 

妻 「凄い逸話。でも何てったって9歳でパリ音楽院に入学、10年後にはローマ大賞受賞の天才ですもんね、亡くなるのも早すぎるわー もったいない!」


591 :555:2008/09/03(水) 00:26:26 ID:55ORdO80
お説の、鋭く作品の深層を見通しておられるところに感じ入りました。
つまらぬことですが、スコアを目にして最初に僕が感動したことを付け加えます。前奏曲の中間部、そうアルトサックスつながりの嘆きの歌です。
この歌の中で、クラリネットが何の関係も無いように♪ソーーシーラソーという音形をしつこく繰り返します。そして挙句の果てにハープを伴って知性のきらめきを感じさせるに至るのです。それが悲劇の前兆・・・・・ サックスといえば、第1メヌエットにも第2メヌエットにも出てくるのですが、このサックスの用法には、共通してお説のような深層があるので高雅なのでしょうね。


593 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/07(日) 00:22:32 ID:asPlPsJzこんばんは、発起人(妻)。
>>580の555さん、「アルル~ 」第1組曲から《キャリオン》について せっかく触れておられたのに、夫の思い出話になってしまって失礼しました。 この“鐘”の「擬音効果 」について、今週 毎晩のように聴いていたミンコフスキ(Naïve)盤をかけながら、今夜は話題にしています。
わたし 「この“鐘”の音、良く出来てると思わない? ベルリオーズとかムソルグスキーみたいに 本物の鐘をオケのパーカッション奏者に叩かせるような安易な手法を採らないところが天才ビゼーの凄いところよねー 」
夫   「ここは、ホルンの強吹+ハープの爪弾き+Vn.のピチカート+Va.の弓弾きによる合成なんだ。離れた客席に座っている我々のところまで この斉奏が届くときには ちょうどいい具合にミックスされ、あたかも遠くに望む尖塔の鐘が鳴り響く教会のシルエットが見えるような 素晴らしい効果を発揮するんだな 」
わたし 「このアイデアって、一人の作曲家が多分 生涯に1回しか使えないでしょうね。それどころか誰も真似もできないの。真似すれば、すぐに“あ、ビゼーのカリヨンね”って、誰が聴いてもわかっちゃうもんね 」
(続く ? )


594 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/07(日) 00:26:10 ID:asPlPsJz
(続き )
夫  「ミ・ド・レ、ミ・ド・レって鐘の音のフレーズまで延々と繰り返す、この点はミニマル・ミュージックに通じる捨て身の手法だ。もともと西洋音楽の発展においては 単純な繰り返しって聞かされると、やはり方法が幼稚であるとして退けられることが多かったため 」
わたし 「それを敢えてやった例といえば、わたしも知ってるわよ、ラヴェルの“ボレロ”でしょ。あとショスタコーヴィチの第7番の第1楽章でしょ 」
夫   「もはや有名すぎて言うまでも無いけどな。でも、それ以前にサティの“ヴェクサシオン”なんてのが いつまでも変化しないで繰り返される究極形とも言えるんだが、実はそれらより早く ベートーヴェンも交響曲第6番“田園”の第1楽章で1小節単位だけど ♪タッタカ・タッタ(ド・↓ラソ・ファッ・↓ド )っていうリズム動機に固執して延々と繰り返すアイディアをすでに試しているんだな。ベートーヴェンのほうがずっと早いから 有名どころではビゼーは二到着ってところか 」
わたし 「へー。ところでオーケストラの楽器の合成による音色効果って話題に戻すけど、“ボレロ”の中でも ホルン+チェレスタ+ピッコロで倍音を重ねてゆく効果のところ あるじゃん ? 」
夫   「オルガヌムね。あそこは個々の楽器の音程に耳を澄ますと多調っぽくてキモチワルいけど、“カリヨン”同様ミックスされたサウンド全体をとらえるように意識して聴けば まるでパイプ・オルガンの音色みたいで 超気持ちイイんだぞ ! 」
わたし 「気持ちいいの ? オルガスム ? 」
夫   「ちがうw けど、もー何も言えねー・・・」
わたし 「 ? 」


595 :555:2008/09/09(火) 18:26:38 ID:4DMdjrgh
鐘については、ホルンやハープやピチカートは想定内ですが、弦の引っかくような短い16分音符二つは不思議ですね。何か音響的に意味があるのでしょうね。 ボレロで言えば チェレスタの効果みたいな・・・・か ?
♪ミドレと前奏曲第2部のクラの♪ソシラはちょうど転回の関係にあるのですね。
この劇伴として全く標題的に作られた作品が、小中学生の全く劇の内容を理解
出来ない者(僕にとっては今も理解の範囲外 )にとっても深い感動を与えるのは、この作品が音楽として優れているからでしょうね。
標題音楽と絶対音楽の差について考えさせられる実例のひとつですね。


596 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/09(火) 23:20:17 ID:7McvTK5S
発起人(妻)です。
>>595の555さん こんばんは。深い考察 ありがとうございます。
≪弦の引っかくような短い16分音符二つ≫ って、確かに気になる動きですよね、 パレー(Mercury)盤なんかでは 特にハッキリ聴こえますよ。鐘の残響 ? かしら・・・ 暫く宿題とさせてください。

さて、常連のブルネロ(仮)先生から教えていただいたイグナーツ・モシェレスIgnaz Moscheles (1794-1870)が、音楽史上 地味ながら 実は重要な存在であることについて、当スレでは過去しばしば話題になりました
( >>114 >>118 >>119 >>222 >>234 >>350 >>353 など・・・他にもあったかも )。
これにすっかり影響を受け、私たちもモシェレスについて以前より気にかけるようになり、昨晩1枚の新しいCDを夫が見つけてきました。
ピアノ・ソナタ第1番ト長調(ソナチネ )、同第2番ニ長調。c/wは3つの「幻想曲(ハ長調、変ホ長調、ニ長調 )」(dynamic盤 )。演奏は ロレダーナ・ブリガンディという女流ピアニストによるもの。
ttp://www.hmv.co.jp/product/detail/2691196 
(続く )


597 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/09(火) 23:21:44 ID:7McvTK5S
発起人(夫)です。
で、モシェレスには5曲のピアノソナタがあり(四手のためのソナタも2曲ある )、最初の2曲のソナタは どちらも1815年頃に書かれた三楽章構成、ベートーヴェンの初期のソナタのような印象を持つ作品です(1番の演奏時間は12:42、2番は18:02 )。
当スレ的には、第1番では やはり第2楽章「メヌエット」に注目、その名を偽る完全なタテノリのスケルツォなので興奮。トリオもタランテラっぽいリズムで 惹かれるものがあります。ちなみに第3楽章のロンドは グリーグっぽい民族舞曲調のリズムが特徴的です。
ソナタ第2番の中間楽章は 緩徐楽章(“変奏曲”)が置かれ、スケルツォはないのですが、その分 第1楽章が諧謔溢れる楽しい楽想を持っています。
ピアノ・ソナタとしての魅力自体は、傑作チェロ・ソナタホ長調>>118 ほどではありませんでしたが、いずれも たいへん聴きやすい佳曲でした。


599 :555:2008/09/10(水) 22:02:06 ID:Uz7yWZVY
さて、《未完成》に戻って、ピアノスケッチとオーケストレイションされたスコアとはどのように違うのか。
最初の8小節はユニゾンのテュッティですのでだれがやっても同じようなものが出来るはずです。しかし、ちょっと特徴的なのはトランペットがメロディーを吹かず、倍音の音だけを使う古い使用法をしていることくらいでしょうね。
ただ決定的な相違は、4小節目にある8分音符3つのスタッカートによるアウフタクトです。ピアノスケッチにはそれは無い(ただの付点2分音符 )。
シューベルトはスケッチ書いていく中で、徐々にこの8分音符3つの重要性を このスケルツォの中に意味深く盛り込んでいこうと考えるようになったのでしょう。 というのは、スケルツォのスケッチはだんだん書き込みが薄くなりますが、先に行くにしたがって、この8分音符3つが目立つようになっているからです。 したがって、オーケストレイションするときにシューベルトが変形したのは当然の成り行きと思われます。
実は、付点4分音符+この8分音符3つというのは、第1楽章の第1主題の2小節目のリズムですよね。そして、低弦序奏主題の3、4小節目とも同じです(倍の音価 )。シューベルトは、この関連をこのスケルツォで追及しようとしたのでしょう。
もし、他人がピアノスケッチだけを基にオーケストレイションしたとしたら、こういうことにはならないでしょう。単に付点2分音符のままにせざるを得ないでしょうから。それは こういった作曲的変更は他人の越権行為になってしまうからです。そこらへんがピアノスケッチからの『他人による完成』の限界だと思えます。
もうひとつ重要な相違は、4分音符3つを、タ・タ・タ・ ではなくて、シューベルトは ター・ラッ・タ・ としていることです。これも他人には難しいことですね。
さて、8小節目にはオーボエのアウフタクトが現れます。管理人さんが聴かれた
最後の部分ですね。これはピアノ部分の今後の展開がオーボエを中心に進むであろうことを示唆するものであります。実際、第2ページはそのように進んでいきます。が、しかしここでは更なる興味深い、意味深い変更がシューベルトによってなされています。


601 :555:2008/09/11(木) 12:52:11 ID:5Tdso1zY
(続き )
第2ページは第1ページの最後の小節(9小節)が示したとおりにソロオーボエによって進みます。ロ短調のトゥッティに対するロ長調のソロ ! 全くシューベルトらしい見事な対比です。もちろんここでも4小節目の操作は行なわれ、12小節目は ピアノスケッチの付点2分音符ではなく、例の付点4分音符+3つの8分音符に変えられています。さらに、ここでは8分音符はアウフタクトではなくなって この1小節はスラーで結ばれています。第1楽章の第1主題にさらに近づいているわけですね。
そのあとは スケルツォ主題の 3、4小節だけが木管群によって繰り返され高揚していきます。ここでもピアノスケッチではアウフタクトが8分音符2つであるのに対して、オーケストレイションされたときには8分音符が3つに変えられ、音楽の流れが常にスムーズになりました。
こういったこともピアノスケッチからの他人のオーケストレイションでは無理でしょう。


602 :555:2008/09/11(木) 12:53:25 ID:5Tdso1zY
(続き )
残念ながら、2ページ目のバスパートは記載されていません。このページはほとんど完成しているのに、シューベルトはバスを書く直前で筆を折ったのですね。
でも、実際の演奏ではピアノスケッチのバスをそのまま引用してもほぼ支障は無いでしょう。ひょっとしたらシューベルトは18小節も4分音符を3つにしたかもしれませんがね・・・・・
それは、このタタタタンという動きが、第1楽章の第1主題のバスの動きと一緒であるという関連性に着目するだろうという想定からそう思うのです。また、これは『運命動機 』にも繋がる !

この先、このスケルツォはどんな風に進んで行ったのか ?
多分ピアノスケッチのとおりにはならなかったでしょうね。スケッチを書き直したかも知れません。というのは、第2楽章全部や最後の方だけ残っている第1楽章のスケッチは、このスケルツォのスケッチに比べて遥かに精度の高いものだからです。
多分、シューベルトが作曲を続けたのなら《大ハ長調》のスケルツォにも匹敵するスケルツォ楽章を書き上げたに違いないと思います。
ここで僕が言いたいのは、未完成の原因説の1つとして、スケルツォ楽想の枯渇というのがありますが、それは全くの嘘っぱちの思いつきに過ぎないということです。天才とは、つまらない素材から全く素晴らしい作品を作り出す能力を持った人を言うのであって、シューベルトは正に天才であるのですから、つまらない素材が残されているからといって 楽想が枯渇したなんて断定するのは全く本末転倒の言い草と論断してかまわないでしょう。
実際、それはわずか20小節の作曲経過を垣間見るだけでも明らかであるといえるのです。


603 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/11(木) 21:37:45 ID:AZ3uOYJo
>>602
555さんらしい 深い洞察ですね。
確かにシューベルトは ロ短調交響曲の第3楽章スケルツォを第1楽章の基本動機と密接なる関連づけをさせながら(それは第2楽章に対しても同様ですが )楽曲の随所にあたかも綿密な織物のごとく共通動機を縫いこんでゆくように スケルツォにも筆を進めかけていた、というお考えには 私も同意見>>493、それにはまったく異議無しです。
この偉大な交響曲を完成させられなかった、ということについては 本当に 残念ではありますけれど、私自身も個人的にはシューベルトの寿命より生き永らえてしまい、この歳になってやっと残された事実をありのまま受け容れられる心境になってきました。
二楽章のままで、これで良かったのではないか、と。
それは、実父の死を迎えたりしたことにより「音楽の偉大さとは、完成していないということが、その評価の瑕(きず)になることなどは無い 」という、真理に気づいたこともその理由であります。


605 :名無しの笛の踊り:2008/09/12(金) 23:23:20 ID:aDNeDp5i>>514
ブルネロ(仮)です。ご無沙汰しております。
遅ればせながら ブゾーニのピアノ協奏曲のCDを入手しました。
ブゾーニって、全く弾けない楽譜の校訂や、バッハのシャコンヌの編曲などで「触ろうとした」ことのある人ですが、これは驚いた。
何というか、「クラヲタの野望の全てが詰まっている」という感じの曲ですね。 徹底的にシンフォニックなピアノ協奏曲。
ブルマラの音楽には足りないピアノ、ラフマニノフには足りない交響曲性、エアーコンダクターとしても、エアーピアニストとしても陶酔できる一曲。 粘着質の息の長いトリスタン和声のアダージョがあるかと思えば、 当スレッド的にはたまらない火花の出るようなスケルツォ、タランテラ、きわめつけは男声合唱。男子校ならではの合唱の世界(私は共学でしたがw)。
すみません、取り急ぎ


606 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/13(土) 02:20:27 ID:yZEroO0f
>>605のブルネロ(仮)先生、お久しぶレス ! 発起人(妻)です !
ブゾーニの「あの」ピアノ協奏曲って、CDあったんですか ?!
私たちでも入手できるんでしょうか、是非 情報くださいっ。
そういえば この合唱のテキストって何が使われてるんでしょ、コレも気になりますっ。


607 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/13(土) 02:30:46 ID:yZEroO0f
発起人 夫。
サン=サーンスの素晴らしい「クラリネット・ソナタ 」。
第2楽章の短いスケルツォも秀逸ですが、何より全曲の構成の見事といったら・・・ 第1楽章の本当に美しい変ホ長調の主題が、なんと第4楽章の最後に 穏やかに憧れを込め 回想されて静かに終わるところ、トリ肌立ちますよ。
(って、先に言っちゃったらネタバレで感激できないかな?)
ザビーネ・マイヤー(EMI)盤で、是非。


608 :名無しの笛の踊り:2008/09/13(土) 07:24:37 ID:zdaLU1/z
>>606
ブゾーニはオグドン、リヴィノーという方々の一枚です。
http://www.hmv.co.jp/Product/detail.asp?sku=1203045
どれが名演かとかさっぱり判りませんが、819円という値段がプッシュしてくれました。


609 :名無しの笛の踊り:2008/09/13(土) 08:03:45 ID:zdaLU1/z
ピアニストのオグドンさんは、1962年のチャイコンをアシュケナージと並んで優勝するなど活躍していたそうですが、後年精神を病んで苦労したそうです。この録音は1967年です。 歌詞は、デンマークの詩人Adam Gottlob Oehlenschlägerのものだそうですが
http://en.wikipedia.org/wiki/Adam_Gottlob_Oehlenschl%C3%A4ger
CDの解説には題名も内容もありませんでした。


610 :名無しの笛の踊り:2008/09/13(土) 08:07:33 ID:zdaLU1/z
待てよ、IMSLPに楽譜が出現しそうな気配があります(まだありません)。
http://imslp.org/wiki/Piano_Concerto%2C_Op.39_%28Busoni%2C_Ferruccio%29


611 :名無しの笛の踊り:2008/09/13(土) 20:28:29 ID:8Z0R5M03
ハイペリオンのアムラン盤(ttp://www.hyperion-records.co.uk/al.asp?al=CDA67143)
の解説(ttp://www.hyperion-records.co.uk/notes/67143-B.pdf)に英訳(あと独仏 )で歌詞が載っていますね。


612 :名無しの笛の踊り:2008/09/14(日) 07:53:31 ID:WfZ71TKX
>>611
ありがとうございます。歌の雰囲気どおりの歌詞ですね。
>>607
サン=サーンスの最晩年の木管ソナタ3曲は、本当にどれも素晴らしいですね。
この板に紹介されていたマニャール(1914年にドイツ軍に自宅を攻撃されて戦って死亡)を聴いた後だと、余計に身にしみます。
たとえばブラームスの諦観やフォーレの純化とはまた違った年のとり方をしたんだなあと、しみじみ思います。


613 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/15(月) 18:42:05 ID:IvFGgvVF
発起人(妻 )。
ブルネロ(仮)先生、マニャールとサン=サーンスの関連って>>612、興味深いです。詳しく教えてくださいますか(こういう場合、2chでは「kwsk」とか「キボンヌ」とかって専門用語を駆使しなきゃいけないんですよね、ホント難しいわ ! )。
ブラームスの「諦観」、フォーレの「純化」って、彼らのそれぞれ晩年の作風ぴったりの表現(レッテル)ですね。
それでは、「また違った年のとり方」をしたサン=サーンスの場合だと、どんな表現が適切かしら。
「老練」「晦渋」・・・ちょっと違うかな、「保守」じゃヒドイ? 
さすがに「酸化」じゃ かわいそうだしw

一方、ブゾーニのコンチェルト やっぱり聴いておかなくちゃ と、ディスク購入を決意。
>>611さんも、ハイペリオンにアムラン盤が存在する、との貴重な情報ありがとうございます !
EMIオグドン盤は超安いみたいだし、うーん、どっちにしようかなー。
これほどの珍曲なのに 複数ディスクが選べるなんて、ぜいたくね !


614 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/15(月) 18:45:25 ID:IvFGgvVF
夫。
>>613
サン=サーンスの晩年の表現(レッテル)、「浄化」ってのはどうだろ ?


615 :名無しの笛の踊り:2008/09/16(火) 23:21:26 ID:e8xdITSA
>>613-614
いえいえ、マニャールについてはつい先日どなたかの推薦 (ルクーが青春の一撃なら対極にある大人の音楽はマニャール )を拝見して買ってみたら良かったという。
いえ、マニャールが大人の音楽を書きつつ壮絶に戦死したのに対し、われらがサン=サーンス氏は高齢のため第一次大戦は見てるだけ( 勇ましく「ラ・マルセイエーズ 」を指揮する写真はある )。 そんな戦争を生き延びて20年代を迎え、どんな気分だっただろうかと思った次第です。ともかく、戦争の間はあまり書かずに、終戦後、次々に構想を作品化していったようです。職人魂を感じます。

>「浄化」
いいですねえ。サン=サーンスの場合は、フォーレが語法を変えてまで、より音楽の本質を研ぎ澄まし、究極を目指していったのに対し、語法は大きくは変わってないと思います。これはブラームスも同じですが。
明晰な頭脳を持っていたにも関わらず 若い頃にあった雑なものが浄われていった、という解釈かと思いますが、確かにそんな感じがします。 簡潔な音楽が、より簡潔になったというか。

どう年をとるかは、考える価値のあるテーマですよね。
するとショスタコの後期は、ブラームスの諦念とサン=サーンスの浄化のミックスでしょうか。シベリウスはフォーレ型で、その元祖は一気に聖人の域に達したベートーヴェンでしょうが。
以上挙げた人々は、実質のある「老化する前 」を持ってるキャリアの方たちでありまして、どうも「これから化ける 」方に賭けるしかない者としては、中年を越えて別人のようになったブルックナーやフランク、ヤナーチェクにあやかりたいと思う次第ですw


616 :名無しの笛の踊り:2008/09/16(火) 23:24:59 ID:e8xdITSA
書き忘れましたが、ストラビンスキーの晩年は「自在」という感じがします。
でも、もう随分前の二十歳にもなってない頃に感じたことなので、最近は追跡していませんので判りませんが。またリバイバルする(した )のでしょうか。


617 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/17(水) 02:00:16 ID:BdL2RmHf
>>615-616 ブルネロ(仮)先生、
発起人(夫)です こんばんは。
「どう年を取るか」・・・今夜も深味のあるコメント、考えさせられます。
まあ「冗談」と「ワイン」に並び「老人」もスケルツォに関連している>>343  ・・・という過去の話題にこじつけて、高齢の作曲家の作品について考えてみました。
最も高齢で傑作(スケルツォならば猶良し)を残した人は誰 ? 最も長生きした人は ?
今夜のテーマです。
但し、勝手ながら有名なところで、ロマン派以降に限定しようと思ってますが。
(続く )


618 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/17(水) 02:01:56 ID:BdL2RmHf
「諦観」のブラームスは64歳。
最後の年には「4つの厳粛な歌」、「11のコラール前奏曲 」が書かれています。
まさに諦観 ! 渋い !

ベルリオーズが最後の歌劇「ベアトリスとベネディクト」を書いたのは59歳。
それ以降は有名な作品はなく、66歳で亡くなります。

ラフマニノフは67歳で亡くなる年に、円熟の「交響的舞曲」>>414を書いています。意外に高齢だったんだな、というのは主観的な印象です。

フランクが亡くなったの68歳って、早いですね。 
死の(前 )年に弦楽四重奏曲ニ長調を書き上げているそうです。
ちなみに この第2楽章がスケルツォです(すみません、未聴 )。

ワーグナーが「パルジファル 」を完成させたのは69歳、その翌年ヴェニスにて70歳で死す。大往生ではないでしょうか。
(続く )


619 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/17(水) 02:03:57 ID:BdL2RmHf
ブルックナーが交響曲第9番を惜しくも未完のまま残して亡くなったのは、もう皆さんもご存知のとおり 72歳。
もう少し頑張って欲しかったです。

興味深いのはヤナーチェクです。
74歳で亡くなるんですが、傑作として現代に残されている曲の多くが 晩年に集中しています。
69歳のとき「弦楽四重奏曲“クロイツェル・ソナタ”」、
70歳のとき「歌劇“利口な女狐”」、
72歳のときには「グラゴルミサ」「シンフォニエッタ」という2大名曲を物します。
ヤナーチェクが、もしロマン派前期の楽聖たちのような短い寿命しか与えられていなかったら、音楽史にその名が残ることは あり得なかったのではないでしょうか。

ヨハン・シュトラウスⅡは 74歳まで生きましたが、
64歳の時の「皇帝円舞曲」が有名な作品では最後と思われます。
但し、73歳の時に「ライムントの思い出 」というワルツを書いているそう(これも多分未聴・・・多分と言うのは、記憶せずニューイヤーで聞き流していたかも、という程度の意味 )。


620 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/17(水) 02:07:16 ID:BdL2RmHf
リストも高齢で75歳まで生きていました。
晩年には、「灰色の雲 」、「悲しみのゴンドラ 」、「ワーグナーの墓に 」、「調性のないバガテル 」といった 一連の不思議な曲を書き続け、これらは今も正当に評価されているとは言えないのでは。
亡くなる年には「チャールダーシュ第2番(未聴 ) 」、これが最後の曲らしいです。

ロッシーニはナント76歳まで生きていました。
現存する最後の作品は71歳のときの「小ミサソレムニス 」。
ちなみに「ウィリアム・テル 」を最後にオペラから引退したのは37歳の時 !
もったいない・・・ >>219-220

ハイドンが最後の作品(未完の弦楽四重奏曲 )で筆を折ったのは71歳、
でも亡くなったのは77歳>>341。
その間 めぼしい作品は書かれなかったようです。

「純化」のフォーレが、弦楽四重奏曲ホ短調を書いたのは79歳。その年に亡くなっています。

「浄化」のサン=サーンスが、木管ソナタ3曲を書いたのはナント86歳 ! その年に亡くなっています。
私も調べながら けっこう驚きました。スゴイですよね。

ヴェルディは、高齢になるほど天井知らずに傑作を書きます。
61歳で あの「レクイエム 」、74歳で 最高傑作「オテロ 」。
80歳で「ファルスタッフ 」>>348。 そして88歳で没したのでした。

「自在 」のストラヴィンスキーは89歳。
でも現代のコンサートホールのプログラムに残っている最後の傑作は、おそらく84歳の時の「レクイエム・カンティクルス 」?
それでもサン=サーンスに次ぐ高齢出産 !


621 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/18(木) 00:59:12 ID:gujxpUH9
発起人(妻 )
昨日は遅くまで夜更かしして、夫が何を調べているのかしらと思ったら、
ははーん、コレだったのね >>617-620
それですっかり疲れちゃったらしく(笑 )、夫ったら 会社から帰ってくると
今夜は9時過ぎには もう寝ちゃいましたw
どれどれ・・・と読んでみると、けっこう取りこぼしあるわね !
ま、スケルツォ倶楽部会員の皆様の多くは紳士なんで、 ツマラナイことで揚げ足を取ったりするような人 少ないから。

では、代わりに私が 揚げ足を と(笑 )。
「ロマン派以降に限定 」って、じゃ何でハイドン入れてんのよ。

ヨハン・シュトラウスⅡは、「皇帝円舞曲」の後にも「新ピチカートポルカ 」書いてるし、未完だったけど喜歌劇「ウィーン気質 」作りかけていたんだよ。

未完の歌劇と言えば、プッチーニも忘れてんじゃん。
66歳で亡くなる直前まで渾身の力を注いでいたのが「トゥーランドット」。
あと僅かだったのに、本当に惜しいわよね。
三人の中国の役人ピン、ポン、パンって、歌劇の中ではスケルツォ的役割を担っているキャラクターたちよね。

シベリウスを忘れちゃ ダメじゃん。
古今の著名な作曲家の中では最高齢じゃないかしら、92歳 !
えーと、昭和32年頃まで生きていたってこと ?
でも残っている最後の名曲は、61歳の時の「タピオラ 」。
途中まで書いて結局放棄したと言われてる 第8交響曲のスコア、
ああ、何で燃やしちゃったのかしらね。。。


622 :名無しの笛の踊り:2008/09/19(金) 17:32:53 ID:VZija8DN
>>617-621
すばらしい解説をありがとうございます、ブルネロ(仮)です。
ご紹介いただいた中でも一番驚いたのは、「皇帝円舞曲」です。
ヨハン・シュトラウスIIの人生について、ほぼ全く考えたことがなかったこと自体に対してショックを受けました。
メンデルスゾーンについて考えるときに、黙々と名作を書き続ける人に対して世間は冷たいのではないか、などと思っていましたが 自分もその一人だったなあという次第で。

挙ってない名前では、リヒャルト・シュトラウスも1949年84歳と高齢ですよね。たしか山根銀次さんの本で、彼を現代音楽に分類していたのを見て変だなあと思って調べた記憶があります。
80歳のメタモルフォーゼンは有名かと。今 調べたら、その二年後にも 二重小協奏曲(Cl, Fg, Hrp. Str.) なるものを書いていたそうです。

あと、高齢で活躍したといえばRVW。ヴォーン・ウィリアムズ。
1958年85歳でなくなっています。
7番南極交響曲が82歳で9番が亡くなる年です。
ピストンの管弦楽法を読んでたら やたらRVWの譜例があったような。
いずれの曲もスケルツォが入っています。

あと、私がクラオタになった頃には存命だったメシアン。
1992年83歳です。
90年代にも3曲ほど書いてるようですが、未聴です。

トリは、やはり伊福部昭大先生でしょう。2006年91歳です。
2000年代にも作品を残されていますが、いずれも未聴なので スケルツォがあるかは不明です。


623 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/20(土) 15:54:46 ID:EMrJWzY8
>>622 ブルネロ(仮)先生、フォロー感謝申し上げます!
そうそう、私の子どもの頃 手元にあった音楽の本 (何だったか忘れてしまいましたが、昭和40年代の本 ) にもロマン派末期の存在であるべきR.シュトラウスが たしかに現代音楽のカテゴリーに入ってましたっけ。
しかも彼とは実質同期と言ってよいマーラーなんか、当時マの字も出てきませんでした。
一般には、そんな時代でした。
妻 「今からは ちょっと想像できない時代だったのね 」
私 「・・・え、そんな大昔ってわけじゃないんだけど 」
妻 「そう言えば ウォルター・ピストンの“管弦楽法”って アナタのツンドク文庫にあったような 」
私 「オレの書庫の中身まで、オマエ よく記憶してるなー 」
妻 「戸田邦雄先生の訳(音楽之友社 )でしょう、名曲のパート譜例がいっぱい載ってるヤツ。わたし大学で戸田先生に楽典の講義受けてたことあるんだよ。本、探してみよーっ 」


624 :名無しの笛の踊り:2008/09/22(月) 10:59:08 ID:ypLniUbn
>わたし大学で戸田先生に楽典の講義受けてたことあるんだよ。
素晴らしいです。いえ、戸田邦雄の講義を受けられたなんて、という奥様もさることながら、音大姉さんを娶るのはクラオタの憧れですので。

「戸田邦雄さんに聞く」ついつい読み始めたら大変面白いんです。
http://www5c.biglobe.ne.jp/~onbukai/HP-tosyo/onse1998/toda1998.htm
成績優秀な物理学者の弟って、ひょっとして戸田盛和ですか ?
(当たり前なのか ? )だとすると、すごい一家だ。
あと、東大オケで三木鶏郎と一緒だというのも興味深い。


625 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/22(月) 22:44:41 ID:QWbWqz/A
発起人(妻)です。
>>624「戸田邦雄さんに聞く」わたしも興味深く読ませていただきました。
ご紹介をどうもありがとうございます。
初めて知った情報も多く、あの寡黙なおじいちゃん先生が戦後三年間もサイゴンでフランス軍に抑留されていたなど、これほど大変な思いをされていたなんて経歴をまったく知りませんでした。
助川敏弥との対談で、戸田先生ご自身が十二音技法に対して どちらかというと否定的な見解も持っておられたことを裏付ける発言も 興味深かったです。 「旋律性を回復することが課題」という言葉など、ご本人の口から発せられると意外な気もしますが、文中 ご自身の出自を語っていらっしゃるくだりなどを読んでゆくと、頷けるものがありましたね。

(もじもじ・・・)それで、せっかくの わたしのイメージを壊しちゃったら申し訳ないんですけど、わたし音大出ではないんですよ。
戸田先生が 外務省を退職された後、小田急線沿線の某私大で講師を務めておられた頃、そこの一般学生に「音楽学」の授講をしておられましたが、わたしはその基礎講義を「受けてたことがある 」に過ぎないんです。
ですから「戸田盛和 」についても 邦雄先生のご血縁でいらっしゃるのかどうかまでは詳しくは知りません。どなたかご存知かしら ?
夫    「ちなみに オレも知らないんだが。」
わたし 「(ぴしゃりと) アナタには 誰も聞いてません 」
夫    「“音大姉さんを娶るのはクラオタの憧れ”って、ホント ? 」
わたし 「それ 幻想ではないかしら(微笑 )」


626 :名無しの笛の踊り:2008/09/24(水) 10:37:56 ID:JjBcxUK1
>>625
これはこれは、とんだ邪推で失礼いたしましたw
「音大姉さんを娶るのは...」というのは、私の職場では お嬢さんを音大に入れたり、音大姉さんを周囲に紹介する人が多くて、憧れとも最後通牒ともいえる存在となっています。
分野別だと、一番困るのがオペラ歌手です。
生気溢れる奔放な人々ですので。


627 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/24(水) 21:54:55 ID:aRHzJUiA
>>626 その続き、たいへん興味深いので、
(特に“生気溢れる奔放な”“分野の人々”って・・・)具体例をまじえて是非 教えて頂きたいなあ と思いながら、でもでも さすがにココまでくるとスレ違いですよね。残念ですが また別の機会を楽しみにしております。
何かの合間にさり気なく書き込んでくださいねw

さて、本日の話題は ショパンの「スケルツォ第2番 変ロ短調 」。
なにか話題はないかなーと、ランダムに検索していたら この曲にたいへん興味深い考察を加えているホームページ見つけました。
ttp://www.asahi-net.or.jp/~qa8f-kik/chopin/Scherzo/index.html
これによると( 「スケルツォ第2番」の )有名な開始部分は、モーツァルトの交響曲第41番“ジュピター”冒頭の(リズム動機の )引用という指摘もあります 」ですって !
(続く )


628 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/24(水) 21:58:00 ID:aRHzJUiA
(続き )
「どちらの楽曲も“問いかけと応答”フレーズの構成になっているのですが、強弱関係が逆転しています。また、“ジュピター”がハ長調を用いて透明な響きを作り上げているのに対し、ショパンは変ロ短調で和音に9度などを混ぜ、くすんだ響きを作っています。単純な引用ではなく 一捻りしているのです。これを諧謔性と言わずして何と言うのでしょう。モーツァルトの“ジュピター”と スケルツォ第2番の関係に気づけば、ショパン一流の洒落っ気が見えてきます 」!

うーん、おもしろい ! この発想、わたしは初めて読みましたが、コレ有名な解釈なんでしょうか ? 有り得ますよね ! わたしは こういう推測は大好きなんです。
また、「スケルツォ第2番 」のトリオについても、トリオの後半に 主部のフレーズを動員した展開部を持っている、との分析も鋭く、こちらもたいへん興味深いです。
思わずツィマーマン(DG)ttp://www.hmv.co.jp/product/detail/2727553を視聴してしまいました、素晴らしい !
もしアンドレイ・ガヴリーロフの弾いたCDがあったら聴いてみたいなー。
絶対に凄いと思うのだけれど・・・ あるのでしょうか。


629 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/25(木) 22:56:46 ID:Yh5faPff
発起人(妻)。
今夜のスケルツォは ベルクの歌劇「ヴォツェック」から。
ご存知の方も たくさん いらっしゃることと思いますが、ベルクはこの歌劇の第2幕を劇の展開と音楽の構成展開とを一致(入野義朗 )させる目的から「5楽章の交響曲 」として作曲しました。
もちろんスケルツォに相当するパートもあるんですよ(後述 )。

第1場が第1楽章「マリーとヴォツェックのソナタ」。
第1主題はマリー、第2主題がヴォツェック。
このシーンは 耳飾を巡っての、二人の夫婦喧嘩の場面です。
夫 「この二人は正式な夫婦じゃなく、内縁関係にある男女だ 」

ウルサイな・・・ 一切 気にせず。
第2楽章に当たる第2場は「大尉、医者、ヴォツェックの三人によるファンタジーとフーガ 」。
第3楽章の第3場は「マリーとヴォツェックによるラルゴ 」、
第1場と違って 子どもが側にいないので 言い争いも激しくなります。
これが“交響曲”の緩徐楽章に当たるようです。
(続く )


630 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/25(木) 22:59:10 ID:Yh5faPff
(続き )
そして第4楽章の第4場(居酒屋の場)、これが 「スケルツォ」なんですって ! 
大胆にワルツが取り入れられている、言わば“ヨコノリ”のスケルツォ楽章と言えるんでしょうか。
舞台上で小編成の楽団が演奏する、断片的なワルツの音列は、わたしの耳には「ばらの騎士 」オックス男爵のワルツのパロディに聴こえてしまうのですが、柴田南雄氏には「モーツァルトの“ドン・ジョヴァン二”の舞台上のメヌエットのエコー 」に聴こえるそうです。
このシーンは 歌劇全幕を通して最も登場人物が多く、舞台上の動きがあるシーン。
退廃的なダンス。マリーと逞しい肉体を誇る鼓手長とによる、あたかも性交さえ暗示させるダンスは、これを陰で目撃したヴォツェックに 決定的な心の傷を負わせます。
そしてスケルツォの「トリオ」にあたる部分は、アンドレスが酔った兵士達と唄う民謡調のコーラスと、続けて現れる白痴の裏声による不吉な予言の唄でしょうか ?  これに、ヴォツェックの狂気が点火してしまうのですね。

・・・ちなみに第5楽章は、第2幕5場(兵舎の夜 )の「ロンド」だそうです。
真夜中、一列になって寝ている兵士達の、寝息ともイビキともつかない不思議なハミング・コーラスがオモシロイです。
そこへ突然乱入してくる鼓手長に叩き起こされたヴォツェックが 他愛もなく殴り倒されて幕となります。
可哀想なんだけど、こんなに弱くて惨めなヴォツェックの泣きっ面に 嫌悪感と同時に なぜか爽快感まで感じてしまう、このわたしって、一体 ?
夫 「それは オマエの心の底に潜む“ド・エス”の血が騒いでいるのでは 」
ウルサイな・・・ あ、でも ちょっとはあるかも(微笑 )。


631 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/25(木) 23:01:30 ID:Yh5faPff
発起人(夫 )。
ベルク「ヴォツェック」と言えば・・・(個人的な思い出話はじまる ! )
初めて聴いたのは 幸か不幸か まだ中学生のとき、ワルター・ベリーがタイトルロールのブレーズ/パリ・オペラ座(CBS Sony)のLP盤だったのですが、なんか子ども心に物凄いリアリティを感じ、怖さが先に立ってしまって、正直 音楽の内側にまで入り込めなかったものです。
本来であれば 順序は逆でしょうが、私の場合 その次に出会ったのがF=ディースカウ ! のタイトルロールで有名な、巨匠ベームによる「古典的な」わかりやすい音作りの全曲盤(DG )LPでした。このおかげで、一気にベルクの世界にはまりこみました。
そんなわけで マイお気に入り「ヴォツェック」ディスクは、私には いまだにベーム(DG)盤です。それは何と言っても 私が偏愛するゲルハルト・シュトルツェ(T.)が演じる「大尉 」の貢献が大きいのです。その小心さ、小狡さ、卑怯なキャラクターを演じたら この人がもう最高です !
妻 「確かに この往年の性格テノール、G.シュトルツェの創り出すキャラクターそのものが すごく“スケルツォ”っぽいよね ! 」
私 「シュトルツェは、ヴォツェックの この“大尉”の他、サロメの“ヘロデ王”がベストと言い切ってしまおう 」
妻 「ワーグナーでも ミーメやローゲなんかじゃ ある意味 いまだに誰も比肩できない個性よね。マイスタージンガーのダーヴィッド役が音の良いスタジオ録音で残ってないのが惜しいわ ! 」


632 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/27(土) 20:49:17 ID:V5lYHQsu
発起人(妻 )。
当スレッドの、ある意味で副次テーマ的なキーワードである「未完成 」
>>236-238 >>603 etc.
について、考えさせられる話題に出会いました。
9月13日に放送された「美の巨人たち(テレビ東京)」、
録画していたものを本日やっと観れたのですが、
今回は日本画家 奥村土牛(1889~1990)です。
彼の、姫路城の一部を題材にした作品で「門」という不思議な構図の絵があります(山種美術館蔵 )。
姫路城の、“はの門”の暗い内側と、強い日差しを受ける門外の白壁との光のコントラストが印象的な、きわめて個性的な絵です。

土牛は 101歳( ! )という高齢で天寿を全うするまで精力的に作品を描きつづけた巨人でしたが、語録の中に 以下のような言葉があるそうです。
「芸術に完成はあり得ない。要は どこまで大きく未完成で終わるかである 」
絵の題材とした「門」が カンヴァスに描かれることによって“永遠に開かれた”存在であることと好対照を感じさせられる言葉でした。


633 :名無しの笛の踊り:2008/09/29(月) 21:09:46 ID:C6r7vOFA
素晴らしいage


634 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/30(火) 00:06:51 ID:0Ruxdz+f
発起人(夫)。
>>633さん、揚げてくださり ありがとうございます。レスがあまり多くないので、スレッドの反応・反響がまったくわからず、モチベーション下がるときがあります。夫婦で励まし(足を引っ張り)合いながら何とか続けておりますが、気づけばスレ違いの迷路に陥っていたり、クラオヲ夫婦による只のブログ状態になることは避けたいと思いつつ・・・。

で、今夜のスケルツォは チャイコフスキーの交響曲第4番。
スケルツォは第3楽章(Scherzo: Pizzicato ostinato ヘ長調 )。基本的にA-B-A´の三部形式、これに短いコーダがつきます。古今東西の名スケルツォの中でも、とりわけその個性無類の諧謔曲と特記したいです。
弦楽器はひたすらピチカート奏法を強いられます。
特に主部(A)は 弦のピチカート主題だけで進行。
次のトリオ(B)は、木管だけによるロシア舞曲(イ長調)とppの金管による行進曲(変ニ長調 )。これも変です。ここは、あたかもシャガールの絵のように、脈絡の無い、異なるイメージが同一次元上に混在するような不可解な音楽となります。
主部(A’)が回帰、コーダはトリオ(B)動機を交え、弦→木管→金管とめまぐるしく交錯しながら終結します。特にコーダは 続く第4楽章との関連も指摘したいです。
一楽章を通し、すべての弦楽器にピチカートをさせるアイデアは秀逸 !
スケルツォにはピチカートが良く似合う。
妻 「なお、当スレの名誉会員ブルネロ(仮)先生によるチャイコフスキーのスケルツォ分析>>542、必読の価値ありですよっ ! 」


635 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/30(火) 00:08:33 ID:0Ruxdz+f
発起人(妻)。
ピチカートのスケルツォに関連して。
大バッハの末子であるヨハン・クリスティアン・バッハ(1735-1782)。
活躍した時期によって 前半生は「ミラノのバッハ」、1762年以降「ロンドンのバッハ」と呼ばれています。
彼の「交響曲変ホ長調」は、ロンドン時代に書かれた曲で、第1楽章アダージョ、第2楽章アレグロ・モルト、第3楽章アレグレット(後述)、 第4楽章メヌエット、第5楽章プレスト。
そして この第3楽章が注目なんです ! 「スケルツォ 」との表記はありませんが、コレ 主観的には絶対スケルツォです。楽譜が無いので 耳で聴いての判断ですから頼りないですが、弦楽器のピチカートだけでppの8分音符が延々と続く01分28秒(ベルリン古楽アカデミー、ハルモニア・ムンディ盤による )という短い楽章ですが、その発想やメロディ、印象などは100年後のチャイコフスキーを先取りしてると思います。
実は途中で少し弓で刻んでいる箇所もチョコッとあるんですが、只のピチカートだけじゃなく 弓の背中で叩くようなコルレーニョっぽい音までも聴こえてくるんですよ。興味倍増です。実際のところ どうなんでしょう ? 
資料が少ないので 実体は不明なんですが。どなたかお詳しい方 どうかご教示を ! 


636 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/30(火) 00:13:11 ID:0Ruxdz+f
発起人(妻)。
さ、お待ちかね「スレチ・コーナー 」です。
夫    「オマエ、何を持ってるんだ?」
わたし 「はい、プレゼント・ディスク。弦楽器がピチカート奏法で一曲まるごと演奏してる音楽をCD-Rに焼いたの。ね、聴いて、聴いて ♪ 」
夫    「くーっ、昼間 亭主が一生懸命 外で働いている間に、何やってんだかw 」
わたし 「その疲れきった夫の心を癒そうと思って選曲したんだからさっ 」
夫    「どれどれ。おい、ピチカートしてない曲も混ざってるじゃないか」
わたし 「硬いこと言わないの。ヴィヴァルディの“冬”第2楽章や、ハイドンのセレナーデなんかは、旋律を歌っているのは 確かにヴァイオリンのアルコだけど、本来 メロディを歌う声楽の代わりに楽器が声楽の機能を果たしてると思えば 」
夫    「ケルビーノのアリア“恋とはどんなもの”とか“パリアッチ”のセレナードetc. と一緒ってことか 」
わたし 「題して“ピチカート・コンサート ! ”。皆さんも このプログラムで作ってみてはいかが ? 以下はレシピです。トータル・タイムは59:21 」
(続く )


637 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/30(火) 00:17:31 ID:0Ruxdz+f 
(続き )
ピチカート・コンサート !

01 【オープニング・テーマ】 
  ルロイ・アンダーソン:ジャズ・ピチカート(01:42)
  モーリス・アブラヴァネル/ユタ交響楽団【vanguard】

02 ヴィヴァルディ:四季~「冬」第2楽章 (01:47)
   イル・ジャルディーノ・アルモニコ【TELDEC】 

03 ハイドン:弦楽四重奏曲「セレナーデ」(03:40)
   イタリア弦楽四重奏団【PHILIPS】

04 ヨハン・クリスティアン・バッハ:交響曲変ホ長調~第3楽章(01:28)
  ベルリン古楽アカデミー【D.H.M.】

05 モーツァルト:フルート四重奏曲~シチリアーノ(02:22)
   ランパル(fl.)スターン(Vn.) ほか【CBS-Sony】

06 モーツァルト:「フィガロの結婚」~「恋とはどんなもの」(02:59)
  キルヒシュレーガー(Ms)ヤーコプス/コンチェルト・ケルン【F.H.M.】

07 ベルリオーズ:「ファウストの劫罰」~メフィストのセレナーデ(2:21)
   ジョゼ・ヴァン・ダム(Br.)ケント・ナガノ/リヨン歌劇場【ERATO】

08 シュトラウス兄弟:ピチカート・ポルカ(02:31)
   ジョージ・セル/クリーヴランド管弦楽団【CBS-Sony】
(続く )

638 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/09/30(火) 00:18:23 ID:0Ruxdz+f
(続き )
09 J.シュトラウスⅡ:新ピチカート・ポルカ(03:40)
   マリス・ヤンソンス/2006ニューイヤー・ウィーン・フィル【D.G.】 

10 ドリーブ:バレエ「シルヴィア」~ピチカート(1:51)
   エルネスト・アンセルメ/スイス・ロマンド管弦楽団【Decca】

11 ビゼー:歌劇「カルメン」第2幕~カルメンの歌と踊り(01:59)
   ゲオルギュー(S.)ジョルジュ・プレートル/フランス国立歌劇場【EMI】

12 チャイコフスキー:交響曲第4番ヘ短調~第3楽章(05:05)
   スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立放送交響楽団【Melodiya】

13 リャードフ:管弦楽のための8つのロシア民謡~「踊り歌」(00:43)
   アンドレ・プレヴィン/ロンドン交響楽団【RCA】

14 レオンカヴァルロ:歌劇「道化師」劇中劇~セレナーデ(02:11)
   F.アンドレオッリ(T.)プレートル/ミラノ・スカラ座【PHILIPS】

15 ピエルネ:「シダリーズと牧羊神」~小牧神の入場(01:46)
   ジャン・マルティノン/フランス国立放送管弦楽団【ERATO】

16 シベリウス:劇音楽「ペレアスとメリザンド」~パストラーレ(02:01)
   オスモ・ヴァンスカ/ラハティ交響楽団【BIS】
(続く )


639 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/10/01(水) 00:03:30 ID:0Ruxdz+f
(続き )
17 バルトーク:弦楽四重奏曲第4番~スケルツォ(02:58)
   ブダペスト弦楽四重奏団【CBS-Sony】

18 ヴィラ・ロボス:ブラジル風バッハ第5番~アリア(06:45)
   ダヴラツ(S.)レナード・バーンスタイン/ニューヨークPo.【CBS-Sony】

19 マルタン:弦楽のためのエチュード ~ピチカート(03:05)
   アルミン・ジョルダン/ローザンヌ室内管弦楽団の弦楽セクション【RSR】

20 ブリテン:シンプル・シンフォニー ~おどけたピチカート(03:03)
   作曲者自身の指揮/ロンドン交響楽団の弦楽セクション【DECCA】

21 シチェドリン:無伴奏ヴァイオリンのための「バラライカ」(02:48)
   ヴェンゲーロフ(Vn.)の ソロ・アンコール・ピース(Live)(EMI】

22 【クロージング・テーマ】 
  ルロイ・アンダーソン:プリンク・プランク・プランク(02:24)
  アーサー・フィードラー/ボストン・ポップスO.の弦楽セクション【RCA】

スケルツォには ピチカートが 良く似合う!


640 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/10/01(水) 00:08:34 ID:4bGKnmw0
妻のほう。
2ちゃんねるって、続けて投稿できるのは 5回までってルールがあるんですね。
知らないで繰り返していたら、こんなふうにオコラれちゃいました。

「やはり貴方は投稿しすぎです。バイバイさるさん。
 合言葉=好きな車は ? 」
だって。
(どういう意味なんでしょ? なんか不快だわ。ぷんすか )

641 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/10/01(水) 23:17:33 ID:4bGKnmw0
発起人(夫)。
それは 連投禁止ルールを知らなかったオマエも良くないんだから 機嫌直せ、な。
妻 「・・・(かなり不機嫌 ) 」
BGMは、リスト:「怒りの日 ! 」による ピアノと管弦楽のためのパラフレーズ(死の舞踏 )S.126 クリスティアン・ツィマーマン(ピアノ)盤(DG)。


642 :555:2008/10/02(木) 08:53:21 ID:1Ku+wwMk
「死の舞踏 」は11月に東京ニューシティ、指揮:内藤 彰、ピアノ:干野 宜大で ナマで聴けますね。


643 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/10/02(木) 20:07:27 ID:MFbVeOTC
常連の>>555さん、お久しぶりです。
コンサート情報、いいですね ! この方向は新しいです。
生(なま)のスケルツォ(って語感、生きの良いまぐろの刺身が 諧謔たっぷりに醤油を飛ばしながら 激しくタテノリに跳ねている動画を想像w )・・・失礼もとい、当スレッドではコンサートにおけるスケルツォ情報はとても少ないので、ぜひ 皆さまからも 投稿を頂戴したいものです。

BGMは、ジークフリートの「怒り」の動機。
ヴィントガッセン(T.) ショルティ/ウィーン・フィル(DECCA)盤で。
ちなみに このディスクでミーメを演じているのは、名優ゲルハルト・シュトルツェ>>631。


644 :555:2008/10/03(金) 01:11:48 ID:D6SHvH8A
《死の舞踏》は《ピアノ協奏曲第1番》や《前奏曲》と違って、めったに演奏されませんが『怒りの日』の扱い方について《幻想交響曲》との違いなど、発起人さんのご意見をお聞かせいただければ嬉しいです。

ピチカートが話題になっていますが、ブルックナーの《第五交響曲》のアダージョとスケルツォは同じ音形で始まりますが、ピチカートをするのはアダージョの方。これはスケルツォが速すぎてピチカートが無理だからでしょうかねえ ?


645 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/10/03(金) 22:27:14 ID:RfL9luvn
発起人(夫)です。
>>644の555さん。久しぶりに出ましたね、ブルックナーの交響曲第5番。
たしかにこのシンフォニーで「ピチカート開始」しない楽章って、考えたらスケルツォの第3楽章だけですよね。やはり多くの点で興味深い、異形のシンフォニーだなあ、と感じます。
ちょうど 先月 ブルックナーの交響曲全集を カラヤン盤で購入、
http://www.amazon.co.uk/Bruckner-9-Symphonies/dp/B001DCQI8W/ref=cm_cr_pr_sims_i
この第5の音を聴きながら 確認。
第3楽章を、同じ音形のアダージョ同様にピチカートでスタートさせなかったのはなぜなのか。
「スケルツォが速すぎてピチカートが無理だから 」>>644だったのでしょうか、難問ですね。
スケルツォ主題は、アダージョと同じ音形を速めたパート( 1 )と、
オーバーエステルライヒのレントラー風農民舞曲のパート( 2 )とが
交互に登場する独特のもの >>406 >>408  
もしスケルツォ冒頭から パート( 1 )をピチカート伴奏でスタートさせたとしても、すぐ弓に持ち替え アルコでパート( 2 )レントラーに入らなければならず、これを繰り返すゆえに そのためアンサンブルが乱れるのをブルックナー自身が予期し、リスクを回避したためではないかなー、なんて想像しています。
一方 チャイコフスキー第4番>>634、スケルツォの第3楽章のほうは、通してピチカートしっ放しですから、はじめから弦楽器は弓を捨ててる筈ですよね。


646 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/10/04(土) 23:44:41 ID:yxRtkU4N
発起人(夫)です。
>>644の555さんからは、もう一曲 リクエストがありましたね。
「怒りの日(ディエス・イレ )」の旋律の使われ方。
リストが「死の舞踏」において、またベルリオーズが「幻想交響曲」において、その扱いの違いについて ですね。
ええっと、グレゴリオ聖歌「怒りの日」の旋律は、修道士セラノのトーマス(1250年没 )によって選定され・・・
ヒュッ ≪ポカッ ! ≫
私 「痛ッ、何すんだよー(怒 )」
妻 「アナタったら、Wikiのコピペなんかで お茶をにごそうとするような、そんな男(ひと)じゃなかったのに ! 」
私 「な、何でエプロンしながら目に涙まで浮かべてんだよ。料理中なのか ? その手に持ってるモノで オマエ 今 オレの頭を殴打したんだな ! 」
妻 「そうよ、これはイカよ ! イカはビタミンEやタウリンが豊富で、DHA・EPAも多く含まれているの。今日の夕方イトーヨーカドーの地下で買ってきた近海物。このイカを使って、555さんの質問にわかりやすく答えてちょうだい ! 」
(続く )

647 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/10/04(土) 23:48:08 ID:yxRtkU4N
(続き )
私 「よ、よし。わかったぞ、オマエの真意が。さすがオレの妻だ。555さん、良いですか。ベルリオーズの“怒りの日”の使い方は、幻想交響曲というシーフード・ピザにトッピングされたイカなのだ。この豪華ピザには 他にも“固定観念(イデー・フィクス)”なる海老や“作曲家自身のサイケデリックな標題”というダブル・チーズ、スケルツォの代わりに“ワルツ”というアンチョビや“マーチ”という名のタコが贅沢に盛り付けられていると。でもイカは美味しいけれど あくまで多くの食材の中のひとつ 所詮One Of Themだった 」
妻 「そしてコレに対し、リストが料理したのは イカ飯だったのよ。“死の舞踏”は イカが主人公。つまり“怒りの日”の旋律を ここでは徹底的に変奏し尽くし イカそうという目的で作曲されたという・・・ 」
私 「さしずめ ご飯がオーケストラで、主役のイカが超絶技巧のピアノってとこかw 」
妻 「ラングドック地方の白ワイン“シャンテリーズ ブラン”開けよーね ! 」


648 :555:2008/10/05(日) 07:03:28 ID:WVtcPF8tCheers!
ベルリオーズの場合は単なる構成要素のひとつに過ぎないけれども、リストの場合はそれが全てだというこですね。料理に譬えるのは素晴らしい。
リストはあまり好きではないけど、概観的な朧な印象としては、1つの素材に拘ることが多いような気がします。
で、そのルーツはシューベルトの《さすらい人幻想曲》。
このような、1つの素材をさまざまに改変して作品を展開させるというのが リストの理想だったのでしょうかねえ。
料理に譬えると、1つの素材をさまざまにアレンジしてたくさんの料理を披露する腕の良い料理人のような・・・・


649 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/10/10(金) 01:07:22 ID:UkE8w1WV
発起人(妻)。
>>605 >>608-609
ブルネロ(仮)先生に教えて頂いた ブゾーニのピアノ協奏曲、オグドン(EMI )盤を遂に入手~ !
初めて聴きましたっ、想像どおりに凄い「タランテラ 」のスケルツォ !
合唱の入る終楽章、感動的だけど 何か取って付けたように感じました。
スケルツォをフィナーレにして終わらせてもよかったのでは ?
殆どブラームスっぽい第1楽章もともに最高に気に入りました。
ブルネロ(仮)先生と会員の皆さん、こんな個性的な音楽を教えてくださって、 どうもありがとうございました !

・・・ところで。今夜からスタート、TVアニメ「のだめカンタービレ 巴里編 」を 今リアルタイムで地上波放送中。パリの風景なのに なぜBGMは「エロイカ」なんだろ、ナポレオンってことか ?
そして このエンディングに流れる主題歌のメロディ・・・ 絶対聴いたことあるんだが。何だっけなー この原曲。
夫  「ふん、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番第3楽章の第2主題では」


650 :名無しの笛の踊り:2008/10/10(金) 10:16:40 ID:9AA33yJ2
>>649
ご無沙汰しております、ブルネロ(仮)です。「ルル」をまだつかみきれてなくて、失礼してました。
ブゾーニの怪曲については>>514さんに教えていただいたものですので、そこだけご修正を。

>>637-639には参りました。
普段から音楽の沃野を自在に旅されてるのがわかります。チェロ弾きとしては、ドビュッシーのチェロソナタの2楽章をお勧めするくらいでしょうか。ジャズベースの影響を受けたのも露骨ですが、月に憑かれたピエロの誹諧、といった感じの曲で、まさにスケルツォの精神で書かれていると思います。


651 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/10/11(土) 00:15:16 ID:udxQr+ed
>>650のブルネロ(仮)先生、発起人(妻)でーす。
お褒めにあずかり、光栄に感じます。心から嬉しいですっ(踊)。
そうそうご指摘のとおり>>514さんにはお詫びしなくちゃ。
たしかに ブゾーニの偉大な(肥大な)ピアノ協奏曲について、このスレにおける最初の情報源でしたものね !
でも、安価で求めやすいオグドン(EMI)盤を紹介くださったのは やっぱりブルネロ(仮)先生ですから♡


652 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/10/11(土) 00:17:47 ID:udxQr+ed
・・・で、今夜のスケルツォは、
ルトスワフスキ「管弦楽のための協奏曲」第2楽章のスケルツォ
(Capriccio notturno ed Arioso 夜の奇想曲とアリオーソ)。
ジャンプ、跳躍、諧謔・・・ いずれも凄い曲です。 コレ、夫が持っていたdiskyの小澤征爾CD7枚組の廉価ボックス「EMIレコーディングス http://www.hmv.co.jp/product/detail/676210」の中の1枚でした。
「でした 」って過去形で書くのは、すでにもう家には無いからです。
夫の部屋ったら、買ってきても聴いてないCDの山なんです、ホントもったいでしょ。しかも「箱も結構厚いし、貴重なCD棚のスペースが減ってきてて 場所ふさぎだったし。それに箱を開けてみたら“火の鳥”のオケはパリ管じゃなかったんで、がっかりしちゃってさー、で、他のディスクも聴く気がなくなっちゃった~ 」などと言って、結局 先月 組合にたった800円+20%くらいで 売却してしまったっていうんです。(続く )


653 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/10/11(土) 00:21:51 ID:udxQr+ed
(続き)
でも 夫が御茶ノ水に行く前に、わたし なんとなく気になって、この中からヤナーチェクの「シンフォニエッタ 」とルトスワフスキとバルトークの両「オケコン」だけ(いずれもシカゴ交響楽団)が、何となく直感でモッタイナイ気がして、せめて 後で自分が聴こうと思いながら i-Podの中に残しておいたんです。
そしたら 知らずに そのi-Podを持って、その翌日 夫が散歩に出かけてしまいました。
それからたった10分くらいで夫が戻ってきて i-Podの中に保存してあるルトスワフスキの第2楽章(カプリッチオ)を指差し 「これは誰のスケルツォだ ! ? 」とかって すごい勢いで訊くの。
「アナタが売り払ったCDの中から、バックアップしといたんだよ。いい曲よねw 」
夫 「あーあ、オレ 何で小澤征爾を売り払っちゃったんだろー ? ムムッ、こうなったらEMIの正規盤http://item.rakuten.co.jp/book/3876157/ 絶対探して買い直すぞー ! 」
って、・・・あたかも新たな目標を見出したかのようでした。≪タメイキ≫ まったくもー 夫自身の存在がスケルツォだわ。


654 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/10/14(火) 06:44:31 ID:cB12u+hF
ブルネロ(仮)先生、発起人(妻)です。
>>650でご教示の ドビュッシーのチェロ・ソナタ第2楽章、
夫のCD棚に並ぶ トルトゥリエ(Erato)盤を発見、ここにあったのかー !
先生のおっしゃるとおりの楽章ですね。「セレナード」なる設けも興味深いです。
セレナーデに関連深い楽器であるギターの音をピチカートが効果的に模している楽曲(“ケルビーノ”や“メフィスト”>>637“パリアッチ”>>638など )が多いのも、スケルツォ的な要素の一端を示しているように、わたしには思われます。

ドビュッシーは、急にフラジオが挿まれるのも効果的でオモシロイですね。 
ブルネロ(仮)先生のご指摘のとおり、ジャズの影響も感じますけど 時代から考えて、後世(1950年代)モダンジャズの主流となる小編成のコンボにおけるウォーキングベースの役割を先取りしていたとさえ言えるように思います。
>>638 14 レオンカヴァルロと15 ピエルネの間の辺りに入れましょうね !


655 :名無しの笛の踊り:2008/10/14(火) 21:19:30 ID:E3vWZblx
>>637-639
J.S.バッハのクラヴィーア協奏曲BWV.1056の「ラルゴ」はないのですか?
中間部だけがアルコ、というラヴェルパターンだと、コルンゴルトの交響的セレナーデOp.39の第2楽章があります。
あとイベールとフランセの弦四のスケルツォがピツィカートで始まるらしい、という話を聞きましたが、未確認。


656 :名無しの笛の踊り:2008/10/15(水) 02:21:21 ID:vsI85fBV
ブルネロ(仮)です。
ドビュッシーの方が先をいってた、という仮説は面白いですね。
ルトスワフスキのオケコンですか。また宿題が増えたw

>>655
イベールは確認しました。たしかに楽章全部ピッチカートです。
バッハは、BWV.1060もそうですよね(というか1056を知らなかったです)。


657 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/10/15(水) 23:26:21 ID:YdLkhGG5
発起人(夫)です、こんばんは。
>>655さん、
ありがとうございます。バッハの協奏曲とは さすがの妻も盲点だったようです。
グールド盤http://garjyu.at.webry.info/200805/article_6.htmlで確認。
たしかに、すべての弦楽器奏者が淡々とピチカートでグールドの伴奏に徹し、第3楽章へのブリッジまで辿りつくと初めて弓を構えていますね。
グールドのピアノのタッチは、あたかも一晩かけて溜まった朝露の葉の先から滴り落ちるような、そんな「溜め」の極致。
繰り返し聴きたくなってしまいます !
バッハは、>>637の 2 ヴィヴァルディと 3 ハイドン の間に挿れましょう !


658 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/10/15(水) 23:44:31 ID:YdLkhGG5
発起人(妻)です、>>655さん、コルンゴルトをありがとうございます。
負け惜しみみたいなことになりますけど、弦楽セレナーデのスケルツォをdisc「ピチカートコンサート 」に焼こうかどうしようか、実はちょっと迷ってたんです。楽曲自体は、凄い魅力的なんですけど、トリオなどでアルコ部分が少し長いかなーって。。。
でも今晩「退廃音楽シリーズ」の1枚、マウチェリー(Decca)盤http://music.yahoo.co.jp/shop/c/10/uccd3453/ を聴き直してみたところ、あー やっぱりコレも含めなくちゃダメだったかなーって、今度は反省。
脱線しちゃうけど、ピチカートの強烈なスケルツォ楽章に続く「第3楽章レント」が超名曲っ !
これにハープが入ってたら、絶対マーラーのアダージェットみたいな世界だわ。夫にタオルだけ持たせて オーディオの前に座らせ、第3楽章を大音量で聴かせてみたら、案の定 14分後には涙でタオル濡らしてましたw


659 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/10/15(水) 23:52:57 ID:YdLkhGG5
その夫。妻へ
「最近 涙もろいんだから、こんなことやらすな ! 」
・・・でもコルンゴルト、よく出来ています。
以前、実は 2chの別の場所にも投稿したことあるんですが、この「弦楽セレナード」は 1950年コルンゴルトが やっと念願のウィーン帰国を果たした際、記念のコンサート用に新しく書き下ろした自信作だったそうです。
これを、作曲者とも関係の深いウィーン・フィルハーモニーが初演することになるわけですが、しかし なんと指揮者もオーケストラも ろくにリハーサルしておらず 本番当日、その楽譜を初見で見ながら演奏していたのだそうです。
当然 演奏はボロボロ、聴衆「・・・何これ ? 」  ああ、コルンゴルト、あまりにも 可哀そう過ぎます。
そんな酷い指揮者の名前とは・・・


660 :名無しの笛の踊り:2008/10/17(金) 00:50:36 ID:92ihSEMp
↑ 秘するが花・・・かと。


661 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/10/21(火) 00:26:10 ID:8kkixifs
今日のスケルツォ。
>>414さんも過去ご推薦くださった ラフマニノフ最後の作品「交響的舞曲」Op.45。
但し、今回は作曲者自身による“2台のピアノによる版”(実は こちらがオリジナルだそう ) - アルゲリッチとニコラス・エコノムの共演(D.G.)盤 http://www.argerich.jp/Economou_83-J.htmで。一聴の価値ありデス。
Tempo di valse の第2楽章は、高く跳躍する豪快なジャンピング・スケルツォ !
妻 「この“ニコラス・エコノム”って誰だったっけ ? 」
私 「1953年、ギリシャ生まれのピアニスト。モスクワとミュンヘンで学び、1983年にD.G.からリリースされた、アルゲリッチとの2台ピアノのためのデュオ(このラフマニノフと、『くるみ割り人形』=エコノム自身の編曲による )レコードで 当時 世界を仰天させたと伝えられてる 」
妻 「あー『くるみ割り人形 』の録音のほうは、チャイコフスキーのP.協奏曲第1番(アルゲリッチ/アバド )と繰り返し組み合わせ直されて比較的メジャーだけど、コレがオリジナルのカップリングなのね。耳を疑うような凄い演奏なのに、このエコノムって、その後が続かなかったような。今、どこで活躍しているのかしら ? 」
私 「・・・実は、とっくに亡くなっている 1993年に自動車事故で。40歳 」
妻 「え、本当 ? 全然知らなかった。強靭なタッチで、ひとつひとつの音の粒立ちが アルゲリッチとも全く遜色ないわよね。ね、他にはエコノムの演奏って聴けないの 」
私 「うーん、たしかマイナー盤が数枚あったような・・・(ごそごそ)


662 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/10/21(火) 00:30:06 ID:8kkixifs
(続き)
妻 「あったー?」
私 「では、“ワルツ”つながりで リスト:メフィスト・ワルツ第1番を。1980年録音の仏Suoni e Colori盤で。凄いぞー http://www.geocities.jp/proglink/artists/2005_best.htm 」
― 聴く ―
妻 「唖然! 他の誰とも違う個性的な演奏ね。圧倒的なテクニックは言うこと無し 」
私 「だろー。高速パッセージでは、鍵盤が唸りを上げて駆け抜けるようだし。   それでいて弾力があって ムチを振るうような しなり があるってゆーか 」
妻 「惜しい才能ね、40歳で亡くなるなんて。そういえばジョン・レノンも40歳だったわよね、・・・おっと でも そっちの話題はスレチ スレチw 」


663 :名無しの笛の踊り:2008/10/21(火) 08:26:52 ID:9uBT/X1M
エコノムって「展覧会の絵」の協奏曲編曲とかやってませんでした ?


664 :名無しの笛の踊り:2008/10/23(木) 01:21:35 ID:y7wdZwLd
>>663
チッチッチッ、それはナウモフ
ttp://www.geocities.jp/qqbjj485/XPX/X-concerto.htm
あるいはサイモン?


665 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/10/24(金) 00:48:28 ID:qBPTW4Ex
発起人(夫)です。
>>663 さん、ムソルグスキー「展覧会の絵」は有名すぎて、正直 食傷気味ですが、当スレ的にはスケルツォ(っぽい楽曲も)満載。その点ではやはり注目です。
大体、ロシア系のスケルツォ(チャイコ、ラフマニノフ、ストラヴィンスキー、ショスタコ etc.)は どれも面白いですからね。
最初の「プロムナード 」直後、第1曲「小人(Gnomus )」は、名編曲者ラヴェルを介して「スカルボ」>>139 とシェイクハンドしてると思います。
「小人 」後半のトレモロの部分では、スカルボが部屋中を飛び回りながら 物凄い勢いで回転しているところを連想してしまいます。 ラヴェルの怪奇趣味が ムソルグスキーと共有してるような、これが1曲目だなんて、また何と言う感性でしょうか !

第3曲「テュイルリー(の公園 )」 は、“遊びに興ずる子どもたちの口げんか”だそう。 なかなか激しい言葉の応酬のようでめまぐるしいです。スケルツォにぴったりの題材でしょう。
何かを拭き取るようなトリオの旋律線も なかなか魅力的で、口論を見かねた母親が子どもをなだめている描写だ、との解釈もあるようで たしかにぴったりです。


666 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/10/24(金) 00:51:33 ID:qBPTW4Ex
発起人(妻)です。では第5曲の話題はわたしから。
「卵の殻をつけたヒヨコの踊り」このスケルツォも名曲ですよねー。冨田勲のシンセサイザー編曲版(RCA )って わたしたちより若い人の中には もしかしたら未聴の方もいるかもしれませんね。まだの人は是非 ! これが私たちの世代には(E.L.P.の編曲版と共に )決して忘れられない素晴らしさなのです。
今 久しぶりに聴きなおしたら、やっぱコレ凄いな、必聴 !
ヒヨコのピヨピヨいう鳴き声とこれを襲おうとする悪いネコ(“ニャーゴ”なんて言ってます )、そしてネコを追いかける勇敢なるヒヨコ・ママ(雌どり)の音像が、ステレオ・スピーカーの上下左右いっぱいにダッシュでグルグル走り回る楽しさ。最後は、追い払われた悪いネコが 遠くでついに力尽き、ゴミ箱に激突してコケる音まで聴こえたりしてw 勝利を収めたヒヨコの親子が「良かったね 」と ニッコリする場面まで ストーリー展開も容易に想像できちゃう、正に諧謔たっぷりの傑作なのです。


667 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/10/24(金) 00:53:46 ID:qBPTW4Ex
再び夫です。
第6曲「サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ 」は、前世紀までの欧露キリスト教徒が偏ってイメージする“ユダヤ人”の対照的な二つの典型的側面 (金持ちで傲慢、あるいは 貧しく卑屈 )を 具体像として擬人化、尚且つそれを音楽で描写する、という屈折した実験です。
“二人”の旋律は 共通した和声の上に構築されているので 同時に演奏されてもきれいに重なるように作られています。それはどちらも同じ人種の一側面に過ぎないことを暗示している辺り、かなり技巧的です。
オケ版のラヴェルが、“貧しく卑屈”なシュムイレの うち震える細かい旋律を、ミュートをかけたトランペットで演奏させるというアイディアを考え出したのは、賞賛に値しますね。で、次は 妻が打ちます。


668 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/10/24(金) 00:57:46 ID:qBPTW4Ex
はい、妻です。
第7曲「リモージュの市場 Limoges - Le marche」では、賑わう市場で おかみさんたち同士があちらこちらで皆 物凄い勢いでおしゃべりしてます。
いくつかの短い楽句(パズルの小片のよう )の組み合わせによってこのスケルツォは出来ていると言ってもよく、曲の後半では いろいろな短いシーンを 次々とフラッシュ・バックさせて映す映画の技法のように、複数のミニマムなフレーズをあたかもランダムに、めまぐるしく提示することで、市場の人混みの中をまるでカメラが走ってゆくような臨場感ある効果を、音楽で表現することに成功してます。
この曲、あらためて聴くとホント凄いです、ラヴェル編のオケ版も見事だわ。

次。第9曲「バーバ・ヤーガの小屋 」。
クラシックで「飛行」する音楽って かなり少ないですよね。
「ヴァルキューレ」>>53 リムスキー=コルサコフ「熊蜂」くらいじゃないかしら ?
ところで、副題の「鶏の足の上に建つ小屋」って 一体どんな意味があるっての ? よく考えたら 超キモイわ。もー 何とかしてw
それにしても 全曲のフィナーレの前に こうやって「スケルツォ 」を置くと、どうして こんなに収まりが良いのかしら ?
もし、この「バーバ・ヤーガ」が無くて「カタコンベ」の後で 穏やかに「キエフの大門」へ流れていったとしたら (それなりに悪くもないかもしれないけど・・・)絶対にムソルグスキーらしさに欠けちゃうと思うんですよね。
あるいは、コンサート会場を出たところで突然暴れたくなっちゃうとか ? それはわたしw。

それにしても 悪魔、魔女、メフィストフェレス、地獄の描写とかっていうと、やっぱこういった舞踏系のスケルツォに限るわよね、何故かしら、もー コレしかないっていう感じ。もっと暴れてちょうだい !
ラヴェルのオケ版では 中間部の静まる個所で 弦がフラジオ上昇するアイディアがもー最高 !


669 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/10/24(金) 23:13:34 ID:qBPTW4Ex
>>667 訂正して補足
≪同じ人種の一側面に過ぎないことを暗示≫
→ 特定の『人種』ではなく、普遍的な意味で「人間が共通して持っている一側面に過ぎないことを暗示 」に訂正させていただきます。


670 :名無しの笛の踊り:2008/10/25(土) 17:20:06 ID:yKB0t4bJ
ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第10番のスケルツォ。
たった一分半程度だけど深い憂愁に満ちていて素敵です。


671 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/10/26(日) 19:53:59 ID:jIUm5sO7
>>670さん、ベートーヴェンをご推薦 どうもありがとうございます !
ヴァイオリン・ソナタ第10番は、最高傑作の第9番(クロイツェル)から 意外にも10年ものブランクを経て 1812年12月に完成された、ベートーヴェン最後のヴァイオリン・ソナタ。フランスの名ヴァイオリニストで旧知のピエール・ロードとルドルフ大公の弾くピアノによって初演されたもの。
現在、リサイタルなどで演奏される頻度は 決して高いとは言えませんね。
第3楽章は確かに短い楽曲ですが、興味深いスケルツォです。 調性はト短調、ヴァイオリンとピアノとが交替で繰り返す、なんだか途切れがちな音形は モーツァルトを連想させる響きがします。興味深いのは変ホ長調のトリオ、この調性は前の第2楽想に呼応していると思います。
流れるような旋律、この八分音符の動き、どこかでコレに似た音列を聴いたことがあるような記憶が・・・何だっけな。


672 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/10/26(日) 20:09:30 ID:jIUm5sO7
↑ マーラー第2番「復活」のスケルツォ(ハ短調)
主旋律の変ホ長調のヴァリエーションに当たる32小節目以降の弦の動きに酷似してると思う。もちろん言うまでもなくベートーヴェンのほうが先だが。
以上 発起人(夫)。


673 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/10/26(日) 20:17:40 ID:jIUm5sO7
ありがと♡ (妻 )。
で、ヴァイオリン・ソナタ第10番に戻すと、このスケルツォのコーダが短いけど また味わい深いものなの。柔和なト長調に転調して主旋律が繰り返された後、長いトリルをもって ふわりと締めくくるのは、実は同曲第1楽章冒頭の動機(トリルで始まる ! )に 見事に呼応していると思うんです。
>>670さん、ありがとうございました。
寺神戸 亮さんとボヤン・ヴォデニチャロフによる演奏(DENON盤 )、8年にも渡る労作である全集からの演奏。素晴らしい !


674 :名無しの笛の踊り:2008/10/27(月) 08:05:47 ID:VIibC3ke
【至言】阿波おどりはスケルツォである。


675 :名無しの笛の踊り:2008/10/27(月) 08:46:58 ID:XMB7aUGD
>>674
ブル8にはスケルツォが2つあるのか


676 :名無しの笛の踊り:2008/10/29(水) 22:21:44 ID:aE/eKBGO
コルンゴルトの交響曲のスケルツォは面白い。
形式はスケルツォにこだわり過ぎてるのに 音楽はハリウッドそのもの。
特にホルンの旋律(プレヴィン盤の01:40辺り )は思わず笑ってしまう。


677 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/10/29(水) 23:41:09 ID:bZvAl6vT
こんばんは、妻のほうでーす。
>>674-675
面白い ! 第4楽章「コサック隊のギャロップ 」のことですよね。
うーん、ブルックナーさんには あのリズムでスケルツォを作り直して頂きたい、
そんでもって第2楽章の旋律を使って 終楽章を開始してほしかったなー。

>>676さん
コルンゴルトのスケルツォ、お聴きになりましたねー !
良いですよね~っ、今週 夫はまた出張なんですけど、今 わたし独りでお酒を飲みながら 映画音楽「嵐の青春KingsRow」ゲルハルト(VARESE SARABANDE)盤を大音量で聴いてまーす ! ウィッ !


678 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/10/29(水) 23:54:53 ID:bZvAl6vT
コルンゴルトの「嵐の青春KingsRow」を聴いていて ささやかな発見が。
元の映画を、わたし もちろん観たことありませんからストーリーも知らないんですが、CDのタイトルを読んでゆくと、映画の後半で 登場人物が なんとウィーンを訪れるシーンがあるらしいんです !
ハリウッドのコルンゴルトにとって、帰るに帰れない懐かしの故郷ウィーン。
その望郷の念が、とりわけ気合の入った素晴らしいサウンド・トラックを書かせたのでは ? などと想像するのは楽しいわ。
おつまみは ポークを叩いて揚げたウィンナー・シュニッツェルにレモンを絞ってと。また太っちゃうなーw


679 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/11/01(土) 00:50:27 ID:b4A9SyUG
発起人(妻)です。
夕方、5日ぶりに夫が京都出張から帰ってきました。お風呂、晩ごはんと済ませ、只今チェコのワイン ヴィーノミクロフ(白 )を ドヴォルザーク聴きながら 飲んでます。
夫ったら また変なCDを買ってきたぞー。なになに ?
ピリオド楽器のオーケストラによる「新世界」だって ぷっ !
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2763188
夫   「笑ってんじゃねーよ、聴いて驚くなーっ」
- ディスクをセット! -
わたし 「おもしろーい ! ヴィブラートは聞こえないけど ポルタメントはかかるのね。弦なんか相当少ないみたいだし、音色が新鮮。特に第2楽章は まるで積年の汚れが拭われたよう 」
夫   「炸裂するティンパニの音が強烈で良い。自称ティンパニ・フェチのオレにとっては硬めの撥でひっぱたくこの音が、く~っ たまらん。尤も 個人的には打ち込むタイミングは もう少し溜めてほしかったかな、ちょっと走り気味な感じが残念 」
わたし 「わたしはフルートの音から、しっかりと木製の透明な音が聴き取れることに感動 」
夫   「で、注目のスケルツォは!?」
わたし  「目立つ低音弦の強調に、ピリオド特有の木管も大活躍っ。いい加減 耳タコの名曲に、温故知新の光を当てた注目の演奏と呼びたいデス。結論:カラヤンのディスクより好き・・・って、なぜアナタ そこでムセる ? 」


680 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/11/02(日) 07:31:29 ID:jWTV24aF
おはようございます。ごぶさたしておりました、久しぶりの発起人(夫 )です。
あー、やっぱり自宅はいーなー、出張中は やはり愛妻と離れているのが一番堪えますよ。
妻 「ほんとー ? 」
せっかくの京都出張だったのに 仕事じゃ観光の暇なんかも全然なかったし。
でも実は10月30日には 2時間だけ時間が空いたので 一番近かった銀閣寺へ、思い切ってバスに乗って行ってみたら・・・

銀閣寺の観音殿、修復中だったとは知らなかったでした_orz
仕方なく 渋い東求堂と 美しい庭園だけを駆け足で観て戻ってきましたが、紅葉も盛りにはまだ少し早かったし、とにかく がっかりです。。。
これ以上は時間も無かったから もはや他に行ける余裕も無く。
あー、南禅寺にしておけばよかったなー。

・・・で、そんなBGMのスケルツォは シベリウス 交響曲第4番 イ短調 作品63 ― 何となく煮え切らない第2楽章。
フラストレーションたまるー く~、でも これが堪らんっ リピート !


シュローダーとルーシー
ここで、総レス数 680にて容量オーバーとなってしまいました。
一週間後、2008年11月 8日に“スケルツォ倶楽部”発起人は、同じ2ちゃんねる「クラシック板(いた) 」に 新しいスレッドを立てます。
そのタイトルとは、「○ワルツについて ランダムに語ってください 」 - 「ウィンナ・ワルツについてはもちろん、記憶に残るニュー・イヤー・コンサートやワルツの前駆体 レントラーやメヌエット、交響曲やソナタ作品の スケルツォ楽章などもOK 。お気に入りの作曲家の舞踏楽曲について 諧謔たっぷりに聞かせてください。ポルカも可。 」

2ちゃん でも好評だった「ワルツ・スレ 」、いよいよ開始です。
この続きは、また次回 !

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