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スケルツォ倶楽部 
Club Scherzo
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2ちゃんねる クラ板 ‐ 回顧掲載
「○スケルツォについて ランダムに語ってください 」 
356 ~ 450

2ちゃんねる (3)

スケルツォ倶楽部発起人(夫婦 )ネット・デビュー10周年記念 !
ブログ“スケルツォ倶楽部”の前駆体だった 2ちゃんねる(クラ板 )「スケルツォ・スレ 」、「ワルツ・スレ 」(抜粋 )を、数回に分けて回顧する 連載企画の第4回となります。
ここまでの経緯と 第1回掲載は ⇒ こちらから
第2回掲載は ⇒ こちらから
前回 第3回掲載は ⇒ こちらから

2ちゃん クラ板
○スケルツォについて ランダムに語ってください その4

1 :Mr.&Mrs.発起人:2007/12/05(水) 22:50:55 ID:ozpaRIaY
交響曲のスケルツォ楽章についてはもちろん、記憶に残るスケルツォの演奏に出会えたコンサートや “これは言いたい”名盤の思い出など、お気に入りの作曲家の第3(2)楽章について、諧謔たっぷりに聞かせてください。メヌエットも可。





356 :名無しの笛の踊り:2008/05/25(日) 19:29:16 ID:rzsCchOx
ブルックナーは、スケルツォというよりブルレスケのような気がする。
何もわからずに言ってるから、おれが間違っているかもしれない。


357 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/05/27(火) 23:22:10 ID:9RyCP+u6
発起人(妻のほう )。
作曲者自身が交響曲のスケルツォ楽章に「ブルレスケ」って命名した例って、
マーラー(第9番の第3楽章)以外にあるんでしょうか。
交響曲の楽章ではないけれど、R.シュトラウスのピアノと管弦楽(とティンパニ ! )のための「ブルレスケ」をやっぱり連想してしまいます。アルゲリッチ=アバド/ベルリンPo.(sony)盤の凄演。
鍵盤を鬼のように駆け回るアルゲリッチの素晴らしさは言うまでもないんですけど、実は聴き所はオケの饒舌さとティンパニの快感たっぷりの見事なマレットさばきなんです !
http://haseyanchindon.at.webry.info/200705/article_8.html

「ブルレスケ」って確かにスケルツォと被るところ、あるある ! ですよね。
三部形式が基本のスケルツォに比べ、「ブルレスケ」はロンドが基本。
同じ舞踏だけど、ロンドは何度も繰り返しテーマが挑んでくる粘着質のしつこさ? スケルツォに比べると、疲れを知らぬ“絶倫”って感じ? アバド盤、久しぶりに聴きたくなっちゃいました。
今夜はこれで。


358 :名無しの笛の踊り:2008/05/29(木) 00:45:17 ID:OKuzk/h2
交響曲でもスケルツォでもないけど、ショスタコのVn協1番の第4楽章が「ブルレスケ」ですね。
これもマラ9のロンド・ブルレスケが念頭にあったのではないかという意見もあります。この曲の場合、暗い1、3楽章と暴力的とさえ言えるエネルギーを持つ2、4楽章の対比が魅力的なのですが。
私の感触では、「ブルレスケ」のほうに なんかドイツ的な、重いというか無骨なものを意識します。
だからブルックナーのものがブルレスケに感じるのかなーと(「ブル」つながりのシャレでなければ (… ) )。あれはリンツの田舎の音楽ですしね。


359 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/05/29(木) 23:06:25 ID:xTy1MUs1
>>358さん、ブルレスケのコメントありがとうございます。
発起人(夫)です。
ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番、超名曲ですね。
この凄い音楽を私が初めて聴いたのは、まだゴルバチョフが書記長を務めていた旧ソ連時代でした。
それはオイストラフ盤でしたが その見事さに、もうこれ以上の演奏はあるまい と思いました。後になって剃刀のようなコーガン盤にも出会いましたが、それでもオイストラフが最高と思ってました。
・・・それが最近あっさり覆されたのでした。自分でも信じられません。ヒラリー・ハーンです。
若いのに、女性なのに(失礼 ! )素晴らしいヴァイオリン奏者です。そのボウイングの力強さ、敏捷さ、カンタービレ、どこを聴いてもオイストラフを超えているとさえ思いました。
そう、特に“スケルツォ”に相当する第2楽章と「ブルレスケ」の気合ったら(絶句)。聴いて ! 


361 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/06/04(水) 23:55:34 ID:wWwz0Rkc
夫がまた変なCDを買ってきた。
タワーレコード都内某店で見つけたんだって。まともなクラ・ファンなら絶対手にも取らないようなディスクだわ。
レネゲイズ・スティール・バンド・オーケストラによる、スチール・ドラムによるシューベルト名曲集
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2710254
夫   「何と言ってもこのスレ的には“スケルツォD.953♯1”に惹かれる」
わたし 「この“オーケストラ”は、今年5月のラ・フォル・ジュルネでも好評だったそうね。別に聴きたくもなかったけど」
夫   「俺はこのディスクを聴いていたら、何だか聴き逃したことが凄く惜しくなってきたところだ」
わたし 「スチールドラムなら わたしは、スレ違いだけど、やっぱりジャコ・パストリアスのワード・オヴ・マウスで叩いていたオセロ・モリノウが忘れられないわ」
夫   「スティール・ドラムは想像以上に音域が広い。ハンド・ベルは流行だが、あれは音が必要以上に伸びてしまって、短い音符の速いパッセージになるとフレーズが団子になってしまうのが弱点だが、このカリブの楽器は音が短く切れるので、どんなフレーズも自由自在」
わたし 「長く伸ばす音はどうすんの」
夫   「ピアノと同じでトレモロで伸ばすんだよ」
わたし 「そう。たしかに似た楽器でたとえるなら、ピアノに近いわね」
夫   「レネゲイズって何を考えてるんだか“死と乙女”の中から第3楽章“スケルツォ”をマテリアルに選んだぞ」
わたし 「聴いてみると、結構面白いじゃない。確かにハンドベル・アンサンブルより聴いてて飽きが来ないって感じ」
夫   「極めつけは“未完成”第1楽章だ。これはフランス(ナント)におけるラ・フォル・ジュルネのライヴ録音なんだけど 徐々に聴衆の顔から笑いが消え、真剣な演奏に引き込まれている空気が伝わってくる 」
わたし 「演奏後の拍手やブラボーも凄いわね。ホント臨場感ある、実況録音っていう言い方がぴったりだわ」
夫   「スティール・ドラムの破裂音が気持ちいい。低い音は抜けのよいティンパニみたいだし」
わたし 「もう一度“スケルツォ”にして」
夫   「“魔王”聴いてからにしろ。この魔王はホントにカリブ海の潮風に乗って子供をさらいに飛んでくるぞーっ」
わたし 「きゃーっ!」


362 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/06/08(日) 15:46:28 ID:QFUgDGiS
やっぱり今日もベートーヴェン。
本日のディスクは「交響曲第2番(めずらしいピアノ三重奏版 ! )」
いつも千葉出張の度に立ち寄ることにしている、稲毛のクラシック専門店ブレーメンのオーナーに薦められたもの。
日曜日の午後、妻とコーヒー飲みながら聴いているところです。
これは「浜松市楽器博物館コレクション」なる、ちょっと地味な企画シリーズもので1808~10年ウィーン製アントン・ワルターのフォルテ・ピアノを思い切り鳴らした演奏です。弾いているのは才媛 小倉貴久子さん。古楽器のピアノ線がハンマーに叩かれてびりびり震える音まで鮮明に録れてます。
残念ながら、お目当ての小倉さんの写真はちょっと小さい・・・。C/Wの弦楽五重奏版による「ピアノ協奏曲第4番」の方がメインのようですが 個人的には、こちらのピアノ、ヴァイオリン、チェロの編成による第2交響曲に惹かれました。
気合の入った演奏で、真剣に聴いてると手に汗を握るほどの力強さです。原曲のオーケストラの音色をよく知っているだけに、響きの違いが新鮮。ざらざらした室内楽の感触で一気呵成に駆け抜けるスケルツォ爽快です。弦の重奏が模すホルンのフレーズは、何だかモーツァルトのSQ「狩」を連想しちゃいます。


363 :名無しの笛の踊り:2008/06/10(火) 23:39:05 ID:4kAwRSMQ
ブルックナーの《第五交響曲》のように スケルツォとアダージョが 同じ調(この場合はニ短調 )の作品って他にありますか?


364 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/06/12(木) 00:39:27 ID:HiXENVW4
わたし 「あなたー、スケルツォ倶楽部の会員>>363さんから、調査依頼が届いているわよ」
夫   「なになに、(読ませて頂く) むむむ・・・中間二楽章が同じ調性の交響曲なんて、他にあったかなー」
わたし 「交響曲第5番第3楽章スケルツォの主題、ブルックナー自身はどういう意図だったのかしらね、第2楽章のアダージョ楽想をそのまま速めたヴァリエーションのようなスケルツォなのよね 」
夫   「うん、同じ調性で 旋律も似てるし、そもそも“弦のピチカートに木管が乗っかる”というオーケストレーションなど、当然作曲者はそれらを聴衆が気づくことを意図していたと思う 」
わたし 「どのディスクをお勧めするの」
夫   「実は告白になるんだけど、俺が高校生だった当時キング=ロンドンのウィーン・フィル名盤シリーズなる1,000円盤LPが出てて、そのクナッパーツブッシュ盤を 昼食代倹約して入手したのが 初めて聴いたブル5だった」
わたし 「また、個人的な思い出話ね」
夫   「しかし、ずっと後で気づいたのだが、何とクナ盤は普通の演奏ではなかった。原典をずたずたにしたシャルク改訂版、という以上に 今 首をかしげるのは、クナらしからぬ超快速のテンポだったのだ。これ、ちょっと聴いてみてごらん(と、クナ盤CDをセット。第1楽章冒頭 ) 」
わたし 「は・・・速い、これじゃ全然違う曲じゃない。ケンペもチェリビダッケもヴァントも、ヨッフムでさえ原始霧を連想させる緩慢な出だしなのに、このクナッパーツブッシュのテンポったら、すたすた歩いてるじゃん。まるで、ジャズのウォーキング・ベースみたいね。変なのー 」
夫   「青春時代、繰り返し聴いて自分の脳裏に刷り込まれてしまった演奏が、何とこのテンポ。おかげで、クナ以外の演奏の速さでは どれも生理的に受け付けられない身体になってしまったんだ・・・」
わたし 「それでアナタのCD棚の“ブル5コーナー”には、クナッパーツブッシュの1枚しか無かった訳なのね、辛すぎる告白ね・・・ 」


365 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/06/12(木) 00:42:17 ID:HiXENVW4
わたし 「で、もとい。中間二楽章が同じ調性の交響曲って、他にあるの 」
夫   「結論から言って、いわゆる名曲とされている交響曲には、殆ど見当たらなかったぞ。普通 中間二楽章は、緩急の対比を際立たせる目的から、調性も如何に変化させるかが作曲家の腕の見せ所・聴かせ所だったはず。逆に、敢えて緩・急ともに同じ空気・雰囲気を受け継ぐことを目的とした(と思われる )ブル5が例外なのは、極めて稀少な例だ。>>363さん鋭い ! 」
わたし 「わたしが調べたところ、アダージョ → スケルツォではないけど チャイコフスキーの第2交響曲“小ロシア”の中間二楽章が同じ調性だったわよ。
第2楽章が 変ホ長調“行進曲Andantino marziale,quasi moderato” → 第3楽章も 変ホ長調“スケルツォScherzo. Allegro molto vivace”」
夫   「チャイコフスキーか。有名なのに反して この人、ホント変人だよな。どの曲も 必ずどこかに一ひねりあるんだから。たとえば4番は弦セクション全員が弓を捨ててピチカートを演奏するスケルツォ楽章あり、5番はスケルツォの代わりに何とワルツの楽章だし・・・ 」
わたし 「6番は 言うまでもなく 謎だらけだしね 」


366 :363:2008/06/12(木) 06:51:00 ID:KZ3CZkFo
突然の難問にお付き合いいただきましてありがとうございました。
早速《チャイ2ハ短調》のスコアを確認してみました。
第2楽章は変ホ長調の結婚行進曲ですね。
ぼくはこの楽章が大好きです。
チャイコフスキーのロマンがある。
第3楽章も変ホ長調?
確かに調号はフラット3つ。
でも、なんか調性のモヤモヤしたパッセージが続きますね。
ところが、最後はハ短調で明瞭に終止します。
トリオははっきりした変ホ長調。
このスケルツォを変ホ長調と言い切っていいのかな?
この曲はブルックナー顔負けの改訂をしていますよね。
その点でも面白い !
タイトルの『小ロシア 』はチャイコフスキーが名づけたものではないそうです。
だから、今般『ウクライナ』と改名した方がよさそうです・・・ウフフ。


367 :363:2008/06/12(木) 08:21:29 ID:KZ3CZkFo
(続き )
クナが速く始まるのは、ブルックナーの意図を正しく見ているからではないでしょうか?
シャルク版を使っているため、ブルックナーの真意を探ろうとする意欲が強くなるのではないかな?
逆に原典版を使う人たちこそが、音符は原典版を使いながら、表情やテンポなどはシャルク版の伝統を無批判に引き継いでいるような・・・・


368 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/06/13(金) 01:09:57 ID:7NbXRe1A
>>366 363さん! 発起人(夫)です。
実際にスコアを参照されるなど、深い造詣に感服です !
♭3つの変ホ長調は、ご指摘のとおりハ短調と平行調の関係にあり、このふたつのキーは転調も容易です。メロディの辿る先に拠っては、長調で開始させておきながら長短の間を揺れ動き、結局平行短調でぱたんと終止させる、これも変人チャイコフスキーのひねり技のひとつと、妻の考えと私は同じです。
しかし同じ考え方から、この第3楽章のスケルツォ主題は、変ホ長調へ舞い降りると見せかけただけで 実はハ短調である、と解釈することもまたあり ! と支持します。


369 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/06/13(金) 01:14:06 ID:7NbXRe1A
それでもう一曲思いついたんですけど「中間二楽章が同じ調性の交響曲 」。
ショスタコーヴィチの交響曲第7番「レニングラード」! どうですか。
第2楽章 モデラート poco allegretto は穏やかな四拍子のスケルツォ主題、4拍子のスケルツォ。
第3楽章 アダージョ。コラール主題が印象的な祈りの楽章、どちらも♯2つだから、ロ短調ともニ長調とも解釈できます・・・
もちろんチャイコフスキー以上に調性を特定するのは困難ですが、私は敢えて二楽章ともニ長調が基調であると考えたいです。
平穏な過ぎ去りし日の回想(スケルツォ)と、失われた平穏な日々への祈りと慟哭(アダージョ)、どちらも同じロシアの大地に立脚することが、同一の調性では? という仮説への多少希薄ながら根拠です。
片や、これら中間二楽章を挟んでいる第1楽章と第4楽章は(戦争と勝利という従来の解釈は 近年マユツバとされてますが、)少なくとも発端と結末というふたつの繋がった時間経過に在ることは間違いないでしょう ! (ハ長調で始まり、ハ長調で終わる )。


372 :363:2008/06/14(土) 00:11:24 ID:b6iW0oOK
再度のご教示ありがとうございました。
《チャイ2》は、変ホ長調であれハ短調であれ、主調のハ短調と同じ平面にあるためブルックナーの意図とはいささか異なるように思います。
今回の《タコセブン》は 主調がハ長調ですので、ロ短調、ニ長調という別の平面を使っている点、ブルックナーに より近いかもしれませんね。
第3楽章は、終わりがフィナーレにアタッカで繋がるので、もやついていますが、仰るとおりニ長調でしょう。主要主題は明瞭なニ長調ですね。だから、この楽章はアダージョではなくラルゴと言うべきではないでしょうか?
第2楽章は主要主題を支えるバスのラ・シ・ド・ラ・シ・ド・ラ・シ・ド という動きから明らかにロ短調ですね。最後がピカルディー3度(ロ長調 )であることも主調がロ短調であることを強調しています。
改名つながりで、この曲もスコアには おべっかでレニングラードと書かれていますが、タコの本心は《サンクト・ペテルブルグ》にしたかったのでは?という、うがった見方で 全ての標題的解釈をご破算にして 《サン・ペテ》に改名したらいかがでしょう。

とにかく、両曲とも長短が錯綜しているとはいえ、ブルックナーの意図とは逆に、同じ調号を使いながら 別の調であることを強調している。つまり普通のソナタ多楽章の構成に追随しようとしているように僕には見えますが、いかがでしょう。

ぼくは、ハイドンはあまり好みませんが、ここらあたりに中間楽章が同じ調の作品があるのではないかとも期待しています。


373 :名無しの笛の踊り:2008/06/16(月) 01:16:44 ID:ngd9Oy+4
>>372
ハイドンの初期作品にはいくつかあります。
あだ名付きだと、第22番「哲学者」… すべてEs,第49番「受難」…すべてF このような、全部同じ調というのはいわゆる教会ソナタ風な交響曲と呼ばれるものに多いですね。ただ、教会ソナタ形式の曲は、楽章の並びが今の主流とちがい、 穏 → 急 → 舞 → 急となっているので、厳密には中間二楽章が同じとは言い難いですね。尚、中間2楽章のみ同じ というのは、ありません。弦楽四重奏にもありません。


374 :372:2008/06/16(月) 10:53:28 ID:Q2WIlqFG>>373
ありがとうございました。
やっぱりハイドンはいろんな試みをしているんですね。
<中間2楽章のみ同じ というのは、ありません。>
ブルックナー的楽章構成では、ハイドンはそこまではやっていないということですね。
でも、ハイドン前後の他の無名作曲家ならあるかも知れませんね。

<穏 → 急 → 舞 → 急>
メヌエット(スケルツォ)が、第1楽章と同じ調を取るケースが多いのに対して緩徐楽章が他の調を取るケースが多いのは、こういった楽章の並びが影響しているのかも知れませんね。また、これは序奏・急→舞→急という、3楽章形式の原型と見ていいのでしょうか ?
マーラーの《第5》が、こういった感じですね
序奏・急 → 舞 → 間奏・急


375 :名無しの笛の踊り:2008/06/16(月) 19:27:05 ID:al99OytN
>>374
序奏・急 → 緩 → 急の曲って、そんなにないような…
三楽章形式は「シンフォニア」様式からでしょう。オペラの序曲として発達した、急 → 緩 → 急(舞) の形式ですね。
初期ハイドンは、ほとんど急 → 緩 → 急(メヌエットが追加されることあり)か、緩 → 急 → 緩(舞) → 急のどちらかで書いています。


376 :372:2008/06/17(火) 17:54:41 ID:+1sc0E6r
<序奏・急→緩→急の曲って、そんなにないような… >
そうですか。
どこかで、多楽章ソナタの典型、急 → 緩 → 舞 → 急というのは教会ソナタとシンフォニアが合体して出来たと読んだような気がするのですが、《モツ39》《ベト2》《ベト7》なんかの長大な序奏は、直接の教会ソナタの流れではなく、断絶のあと思い出したのか、なにか他の出所があったのでしょうかねえ。
こういう点で、序奏・急 → 緩 → 急が、実作品にあれば好都合なのですが、なかなか『そうは問屋が卸さない』ということですね。

とにかく、ブルックナーのこの問題は、前提として緩・舞が揃わないと話にならないということですね。
それと、両端楽章が別の調になったら(同主調を除く)意味をなさないし、その間の作品に絞られてくるのですね。

スレ趣旨からずれて失礼しました。


377 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/06/17(火) 22:44:55 ID:ce7H7cAw
調性から大分話題が広がっていますね、追いつくのに必死の発起人(妻)です、ふうー。
わたし 「それで、結局 >>363さん提起の“中間二楽章が同じ調性の交響曲”って、有名なところに限れば やっぱり存在しないわけね 」
夫   「いわゆる名曲とされている交響曲の中には、どうやら皆無のようだな 」
わたし 「チャイコフスキー第2交響曲のスケルツォは ? 」
夫   「うーん、俺たちが若い頃には、この第3楽章を“変ホ長調”とみなしている考え方が主流だったんだが(ソロモン・ヴォルコフ説、井上和男 説、志鳥栄八郎 説etc.)。 実際 丁寧に和声分析してみても 旋律の基本的な流れは 変ホ長調が勝ってる要素が多いんじゃないかなと、俺自身は思うんだけど。
でも>>368にも書いたとおり、チャイコフスキー自身が このスケルツォ主題は意図的に長/短を曖昧にしてるわけだから、確かにどちらにも解釈できてしまう。終止和音はハ短調だから、尚更 木管による明確な変ホ長調のトリオが、ここでは一層効果的であるわけ 」
わたし 「アナタ、さっきWikiを参照したら、“小ロシア”の第3楽章は“スケルツォ:アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ ハ短調”となっていたわよ。最近の一般的な解釈は“ハ短調”説が優勢らしいわよ。いずれにせよ 363さんも>>372でおっしゃってるように“中間二楽章が同じ調性であり、且つその調は、楽曲の主調とは異なること”というのも、この難問の条件だそうだから・・・」
夫   「え ? そ、それ 聞いてないよー 」
わたし 「“ブルックナーの《第五交響曲》のように”って書いてあったでしょ>>363、よく読みなさいっ。とにかくチャイコフスキー第2は、これには当てはまらない、という結論ね 」
夫 「だったらもう最初から除外対象じゃん・・・ 」


378 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/06/17(火) 22:48:00 ID:ce7H7cAw
(続き)
わたし 「で、ショスタコーヴィチの《サン・ペテ》・・・もとい、“レニングラード”交響曲は?」
夫   「第2楽章をロ短調、第3楽章をニ長調、と解釈するのが定説であることはもちろん知ってたんだけどさー、>>369に書いたとおり“中間二楽章が同じ調性”であるとするには第2楽章もニ長調でなきゃ成立しないだろ。    でも >>372の“ピカルディ終止説”を読んだら、ナルホド、363さんの説得力には宗旨替えせざるを得なくなっちまった。やっぱ この遅いスケルツォの調性は、チャイコフスキーの場合と違って、もう明白にロ短調だよ。ニ長調だと主張するには無理があるわ、と悟ったわけ 」
わたし 「“どちらも同じロシアの大地に立脚・・・”っていう説明じゃなかったっけ。あれ、アナタにしては悪くない着眼点だと思ってたのに 」
夫   「すみません、その仮説の根拠は多少希薄でした 」
わたし 「“レニングラード”も、当てはまらない という結論なのね」
夫   「偉大なブルックナーの第5交響曲の調性構成の特異性が見事に聳え立つ結論となったな 」
わたし 「同意 ! ホント今まで気づかなかったわ。>>363さんには 感謝しなきゃね 」


379 :名無しの笛の踊り:2008/06/18(水) 00:48:06 ID:syPG3biV
そもそもブル5の中間楽章は冒頭動機が同じっていう特異性もあるし


380 :名無しの笛の踊り:2008/06/18(水) 00:49:52 ID:OU/We3V5>>376
序奏・急 → 緩 → 急という意図とは違いますが、序奏付きの交響曲自体はそれほど珍しいものでもないような気がします。
たとえば、ハイドンの初期作品ですと、第6番『朝 』と第7番『昼 』は、序奏・急 → 序奏・緩 → 舞 → 急です。
また、第25番は、序奏・急 → 舞 → 急です。
変わったのだと、第60番『まぬけ 』は 序奏・急 → 緩 → 舞 → 急 → 緩 → 急です。


381 :363:2008/06/18(水) 13:31:30 ID:OQ52Cxye
やはりハイドンは色々な試みをやっているのですねえ。
まあ、一度は聴いてみないといけないですねえ。
『まぬけ』なんてどういう由来か知りませんが、配列だけを見るとディヴェルティメントみたいな、ベートーヴェンの《セプテット》やシューベルトの《オクテット》に繋がるような趣ですね。
373、375、380さん、ありがとうございました。
発起人ご夫妻にもいろいろとお付き合いいただきましてありがとうございました。ブルックナーの《第五交響曲》のような構造に類似した作品は、知名度の高い交響曲の中では見つけにくいというのが結論ですね。
実は379氏が述べられているように<ブル5の中間楽章は冒頭動機が同じって特異性もあるし> ということが 疑問の始まりでした。
同じメロディーを同じ調で弾く・・・・だったらテンポも同じではないか? という奇想天外な推論を思いついたのが始まりなのです。
ブルックナーのスケルツォには 大きく分けて2つのテンポがあります。
速いテンポ(1つに振るような)と遅いテンポ(3つに振るような)です。


384 :363:2008/06/20(金) 20:18:44 ID:njQyuYMf
(続き)
《第三交響曲》までの5曲は 速いテンポ。これらの曲になじみのない人でも、スケルツォはすぐに好きになるでしょう。非常にリズミックなので分かりやすいです。コーダがあるのも特徴です。(《ヘ短調》だけはありませんが)
遅いテンポは《第六交響曲》以降の4曲。《第七交響曲》や《第九交響曲》が速いテンポ(1小節1拍)で演奏されることが普通のようですが、それはどうも間違いのようです。
そして、間にはさまった《第四交響曲》と《第五交響曲》。これらが曲者です。医者が健康な人より病気の人に興味が行くように、僕はこの2曲にたいへん興味があります。


385 :名無しの笛の踊り:2008/06/21(土) 00:36:45 ID:tXs6Gsap
>>384
第7番のスケルツォは「Sehr schnell」となっている。
ブルックナーのスケルツォの中でも特に速めの表示のように思うのだけど、それでも速いテンポは間違いなのかな。
第6番の「Nicht schnell」は 「今までとは違って速くないんだよ」というのが伝わってくるんだけど。


386 :363:2008/06/21(土) 09:19:31 ID:iiFI+a8g
>>385
核心を衝いた良い突っ込みですね。こういうのがあると話しがしやすい。
速いテンポ、遅いテンポ とは何を意味するか?
それは、1小節をどう捉えるか、の違いを示しているのです。先に述べたように
速いテンポは1小節=1拍
遅いテンポは1小節=3拍
を意味するのです。
要するに《第七交響曲》では 指揮者は汗をかけということです。
スマートに演奏するなということですね。
Sehr schnellというのは、たとえば
付点2分音符=40を 4分音符=120 に読み替えよということです。
物理的時間進行は同じでも、かたやアダージョこなたアレグロ。
120がアレグロなら、そこからもっと速くせよということですね。
140なり160なり・・・
決して付点2分音符=60を80にせよと言っているわけではありません。

このスレッドの初めの方で、このことの話題がちょっと出てましたね。
《ヴァルキューレの騎行》や《ベト7》とは違うのだということ。
このことは、演奏出来るか出来ないかの問題ではなくて、
鑑賞出来るか出来ないか(聴き手が認知できるかどうか )の問題なのです。
そのためには3拍振りは必須であろうと僕は考えます。
《第九交響曲》の畳み掛けるような迫力は 3拍振りでしか表現できないと
思いますがねえ。


387 :名無しの笛の踊り:2008/06/21(土) 14:58:44 ID:xiDKhka0
>>386
ほへー。そんな解釈もあるのですね、よーし。
的外れなこと言って話の腰を折っちゃうぞー。
どちらにせよスケルツォのテンポ(Sehr schnellです)で三つ振りを実行するメリットとしては、テンポの上がるのを防ぐのと、音楽が流れなくなることでしょうか。
どちらも 抽象化されたスケルツォを、舞曲的(しかもブルックナーの場合、それは ワルツでもタランテラでもなく、レントラーなのです)な無骨さに引き戻す作業です。
ところで、ブルックナーの交響曲は、3番までと6番からでは明らかな違いがあります。前者は巨大な石造りの建物のような、ある種の無機質さを感じさせますが、後者からは やはり巨大ながら、一つの有機的な融合を感じます。
それはベートーヴェン的な完成された物への欲求が、清濁併せ呑む、世界あるいは宇宙を記述する試みへと変化する過程のように思われます。
大ざっぱな解釈ですが、これが、両者のスケルツォの性格の違いに影響を与えているのではないかと愚考する次第です。


388 :387:2008/06/21(土) 15:38:28 ID:xiDKhka0
ついでに。4番、5番は 過渡期のもので (3番から変化は始まっていますし、6番にも残滓はありますが )、4番は(明らかな「狩りの音楽」である第3楽章を見ずとも ) 自然への欲求と「広がり」を持つ後期の先駆でありながら、しかも第4楽章の無旋律性は前期のものですし、5番は歌いやすい旋律を持たず、純音楽的(3B的 )な技巧の積み重ねで曲を構成しつつも、フィナーレに出現する「何か」は そのような枠組を超越してしまっています。


389 :363:2008/06/22(日) 09:59:43 ID:DE7wGtC0
<的外れなこと言って話の腰を折っちゃうぞー>
そんなことは、ありません。 ブルックナーに関してはいろんな見方があるので、興味深く読ませていただきました。
僕の考えていることは、楽譜を見て、その音符や指示事項が 何を意味するのかを詮索するだけの話ですから(ごく微視的 )、異論があればどしどしご指摘ください。
Sehr schnellのSehr(非常に)を実現するためには先に述べたように
スピードを速めるか
拍を増やすか
の2つの方法があると思います。ただ、拍を増やしても音楽自体は変わらないので 仰るとおり<流れなくなる>という感は否めないですね。
流れない音楽なんてあり得るのか?
ブルックナーに流れなんて必要あるのか?
という2つの考えが頭の中でグルグル回ります。

ただ、トランペット主題の特徴を見るにつけ、この主題は2拍目を聴き手にきっちりつかませることが肝要だと僕は思います。
そのためには、1小節を1拍にする
ラリラッタッ・ラリラッタッ
ではなく、3拍にする
タラ・ター・ター・タラ・ター・ター・
である必要があると思います。
それを『非常に』速くやれ とブルックナーは言っているような・・・・


390 :385:2008/06/22(日) 10:22:04 ID:8a9Rknc7
なるほど。確かに3つ振りにすると、テンポ自体は1つ振りにしたときと変わらなくても、表現は変わってきそう。
伴奏リズムの2・3拍目の四分音符がグッと意識されてくる…
トランペットの主題の形にかかわらず、確かにこの楽章は3拍子なんだな、と。
この曲に限らず、ブルックナーのスケルツォは 基本的にスマートではなく、そういうアプローチも似合わない気がする。
ただ、第4番(第2稿 )の「狩のスケルツォ 」は例外かも。ここには颯爽とした流れがあると思う。
ブルックナーのスケルツォでは例外的に2拍子で書かれているのも気になる。
(主題がブルックナー・リズムを含むので、3拍子的な要素も内蔵されているのだけど。)


391 :363:2008/06/22(日) 19:38:51 ID:DE7wGtC0
それでは、問題の過渡期の、いわばリズム的に混濁した《第四交響曲》と《第五交響曲》に移りましょう。
《第四交響曲》と言えば、第1稿のスケルツォを指します。有名な『狩のスケルツォ 』はこの系列からは除外したいと思います。改訂好きのブルックナーが第1稿を改訂せず、全く別の『狩のスケルツォ 』を作った経緯は分かりません。
だれか助言した人がいたのでしょうかねえ?
少なくとも、第1稿は改訂しようがないほど分裂症的であることは間違いのないところですが・・・
ブルックナーの標題的発言というのは時々話題になりますが(《第八交響曲》なんかに材料多し )、それらはほとんど後付けと言っていいでしょう。ところが、この『狩のスケルツォ 』に限っては先付けであることが証明されます。すなわち作曲前にタッペルトに『狩のスケルツォ 』を作曲することを予告しているのですから。 これは、狩の雰囲気を描写した音楽です。
このスケルツォが なぜ系列から外れるかというと、それは《第三交響曲》までの「速いテンポ」より、さらに速いテンポで書かれているからです。
実は、非常に速くするため、本来2小節分を1小節として記譜しているのです。


394 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/06/28(土) 00:05:11 ID:Ol8g2o+7
お久しぶりです、発起人(妻)です。
わたし 「スケルツォ倶楽部会員363さんと385さんの往信(>>384→>>391)、
たいへん興味深く拝読させて頂きました。盛り上がってきてたので、実はもっと続けて頂けるのかなーと期待していたのですが・・・」
夫  「皆さん 忙しい中 時間を割いてお付き合いくださってるんだから、無理は言うな。えー、是非またご投稿くださいね。ブルックナー・ファンの方々は よく言われているとおり楽典にも詳しい人が多く、異稿についても突込み鋭いですよね。私たちもなかなか追いつけず、すみません 」


395 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/06/28(土) 00:06:55 ID:Ol8g2o+7
(続き)
わたし 「363さんは、指揮の心得もお有りのご様子!」
夫   「俺の記憶に間違いなければ、マタチッチ(?)がN響で第7番を振った時、短い指揮棒でスケルツォを律儀に3つ振りしていたのをTVで観た記憶が。このスケルツォは速い(>>389 )ので、多分殆どの指揮者は1つ振り(1小節を1拍)にしているけれど、マタチッチは自分の腹の回りで小さな三角形を繰り返し描いていた、それがあまりに大儀そうだったのではっきり覚えている。タクトに合わせて マタチッチの両頬もブルッ(クナー)ブルッ(クナー)と震えていたぞ。これがホントの“頬っぺたも落ちそうなくらい美味しい”演奏 」
わたし 「いい加減なこと言わないほうが良いわよー。そのブルッブルッていう映像、残っていないかしら」
夫   「あるんじゃないか。NHKだもん、アーカイヴに 」


396 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/06/28(土) 00:09:05 ID:Ol8g2o+7
(続き)
わたし 「私は、第4番“ロマンティック”のスケルツォ・エピソードに萌えます !(>>391)。改訂どころか“全く別の『狩のスケルツォ』を作った経緯”って、知りたいナー。ホント、誰が助言したのかしら、偉い 」
夫   「第1稿のスケルツォのメロディは、明らかに第4番第1楽章冒頭のホルン動機を大切にして創作されていたが、この基の動機に縛られ過ぎて、テーマを予告までして“狩のスケルツォ”としていた割に 騎乗の疾走感は著しく不足していた。はっきり言ってツマラナイ(あくまで私感の比較 ) 」
わたし 「第4番のスケルツォで、現行より第1稿を支持する人なんているのかしら ? 」
夫   「一方、現行の“狩のスケルツォ”主題は、同じくホルン動機から 音列だけを生かしてテンポを速め、うんとリズミカルに大転換させたものだ。聴く度に素晴らしい ! って思える仕上がりだな。正直、このスケルツォだけは、ブルックナー翁、よくぞ書き直してくれたー ! って思うよ」
わたし 「ブルックナーさんに助言をしてくださった人、名乗り出てくださーい 」


397 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/06/28(土) 00:11:40 ID:Ol8g2o+7
わたし 「>>390で385さんが書いておられるように、“ブルックナー・リズムを含むので、3拍子的な要素も内蔵されて”おり、また>>391で363さんが書いておられるとおり、ブルックナーはここで“非常に速くするため 本来2小節分を1小節として記譜”するという工夫も凝らしているわけね 」
夫   「俺の思いつきだけど、ベートーヴェンの第9からヒントをもらったものかも。第9の第1楽章、霧の中から徐々に現れる付点のついた鋭いリズムを持った5度8度動機が印象的な、荘厳な旋律。この特徴を明らかに受け継いでいる第2楽章の鋭角的なスケルツォ主題のアイデアは、第1楽章第1主題の音列を原調で生かしたヴァリエーションではないかと 」
わたし 「“これを使えよ、アントン”ってブルックナーに助言してくれた人は、もしや・・・」
夫   「ベートーヴェン ! ・・・だったのかもよ、実は ! 」


398 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/06/28(土) 00:34:00 ID:Ol8g2o+7
発起人(夫)です。
妻と冷やしたモーゼルで乾杯しながら、ブルックナーの第2番を聴いてます。
ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン/オランダ放送Po.の新しい録音(EXTON)。
結構悪くない・・・ いえ、かなり良いんじゃないですか。
それにしても第2番のスケルツォのトリオって、本当に美しいですよね。
スイス アルプス上空を滑空しながら、箱庭のように美しい風景を見おろしながら落ちてゆくような感じでしょうか。


399 :363:2008/06/28(土) 01:27:16 ID:EU8CpzkF
>>394 <実はもっと続けて頂けるのかなー>
反応がなかったので待っていただけです(笑 )。
こういう瑣末な話はウザがるひとが多いですからねえ。

>>395 <マタチッチは自分の腹の回りで小さな三角形を繰り返し描いていた>
その映像は ぼくも観たような記憶が・・・・なんせ頼りにならない記憶ですから・・・《第八交響曲》のときだったかなあ・・・??

>>396 <テーマを予告までして“狩のスケルツォ”としていた割に 騎乗の疾走感は著しく不足>
第1稿のスケルツォは 狩の標題とは無縁です、誤解なきように !
逆に、ロマンティックという標題は第1稿からあったようですが。
タッペルトに宛てた手紙(1878年10月9日付 )の一部を抜粋しましょう。
『 私はいま第4、《ロマンティッシェ交響曲》(1、2、4楽章 )を 全く新しく、そして短く書き直しました。これでこの曲は充分な効果を発揮するでしょう。新しいスケルツォだけはまだ出来ていません。これは狩を描写します。
また、トリオは 狩人たちの前で食事の間に演じられる踊りを示すものです』
ブルックナーはこのスケルツォを、この年の12月初旬に完成しています。
尚、このときの第4楽章はいわゆるフィナーレ2であって、スケルツォの引用はありません。現行のフィナーレ3における狩のスケルツォの大々的導入は、その後の大改訂によって加えられたものです。

>>398 <それにしても第2番のスケルツォのトリオって、本当に美しいですよね。>
弦の刻みがなんともさわやかですね。


400 :385:2008/06/28(土) 02:35:25 ID:M4gif8fz
平日中もこのスレはちょくちょく覗いてました。が、
実のところ 自分には >>365氏みたいな知識しかないし、
「ブルヲタうぜー」という自覚もあったりするので
なんとなくレスを避けてしまったw

>非常に速くするため、本来2小節分を1小節として記譜しているのです
ここ気になります。kwsk。

マイナーな第1稿をあまり挙げるのもどうかとも思うけど、敢えて。
第1稿のスケルツォにも何らかの描写の意図はあったのだろうか。
先唱者的なホルンに応じるかのように残りのオケが現れ怒涛のトゥッティへ…という構図。
敢えて何かに例えるなら 重装騎士の行軍とか 近づく嵐か 魔術か何かか。
以上チラ裏。


401 :363:2008/06/29(日) 01:09:35 ID:KcDSeo/6
>>400 >非常に速くするため、本来2小節分を1小節として記譜しているのです ここ気になります。kwsk。
@ 先にスケルツォのテンポについて2つに分類しましたが、これはそれらのどちらにも属さないテンポです。速いスケルツォよりさらに速い。いわばベートーヴェンのスケルツォのテンポですね。ブルックナーにとってはあまりに速いため、記譜上2拍子をとっただけです。ブラームスには、よくスケルツォ風の2拍子楽章がありますが、ブルックナーに2拍子のスケルツォなんてあり得ません。あくまでもこれは記譜上だけでのことです。
このスケルツォのテーマ(二連+三連 )にブルックナーはJagdthemaと書き入れています。これと第1稿のスケルツォ主題は全く違うようで、何かしら共通性が感じられることは確かです。
両方とも二連を持つということとともに 発起人さんがご指摘のように<明らかに第4番第1楽章冒頭のホルン動機を大切にして創作されていた> 、<同じくホルン動機から、音列だけを生かしてテンポを速め>ということから来るのでしょう。

>>400 <第1稿のスケルツォにも何らかの描写の意図はあったのだろうか。> 多分そういったものはなかったと思います。
でも脳内でなら「重装戦士の行軍」なんてありそうな印象ですね。
それと、なにか可憐な乙女のような感じも・・・・・


402 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/07/01(火) 00:15:00 ID:KymrEn8r
発起人(妻の方)です、こんばんは。
スケルツォ倶楽部会員363さん、重ねてのご丁寧なレスに感謝です!
>>399で、わざわざブルックナー自身の手紙を引用してくださって明らかになったように 第1稿のスケルツォ構想段階では、まだ“Jagdthema”を描写する意図はなかったのよ、 (夫に )よく読みなさいっ !
夫   「えー、でも>>401では“脳内”=潜在的 には、スケルツォ構想が何らかの戦闘的な描写に至る意図をブルックナーが模索していたことも363さんは仮定・示唆しておられるぞー 」
わたし 「いつも自分の都合の良いように解釈しないのっ」
・・・ところで、“可憐な乙女”ってトリオのことでしょうが、わたし個人的な連想ですけど、この現行スケルツォのトリオに現れるレントラーって、ブルックナーの作品にしては とても珍しい楽想ですよね、聴くたびに いつもマーラーの第2番の第2楽章を思い出してしまうんです。 共通点、結構ありますよね。


403 :犬ならLabradorRetriever :2008/07/01(火) 09:01:48 ID:UAwywSHn
狩のスケルツォ、懐かしいですね。10年以上も前 この交響曲をコンマスとして弾いた記憶があります(この時の演奏会だけ役目が回って来た )。
私はまったく弾けない人なのに、みんなには教える立場になってしまった。
周りからしたら「あんたに教えられたくない」という感じだったろうと思います。
コンマスをやった、ということを自慢や誇りとして語る人も多いみたいですが、私に限っては大変だったという感じしかなく、消したい記憶のひとつです。
一番苦労したのがこの狩のスケルツォです。トリオも大変だった。とにかくブルックナー4番は大変だったという感覚しかなく、思い入れのおの字もありません。でもこのスレの記述は興味深く拝見しています。
(かなり私にはちんぷんかんぷんで半分ぐらいしか理解できない内容ですが・・・ )


404 :363:2008/07/01(火) 14:17:17 ID:xFzW0pFR
>>402 <“脳内”=潜在的>
脳内とは、実際演奏のことではなく、スコアを見て「脳内で」演奏するということです。というのは、このスケルツォは実際の演奏は不可能なのかな?と思うのです。それは、技術的にというのではなくて、構造的にです。

>>402 <戦闘的な描写に至る意図をブルックナーが模索していた>
ブルックナーの標題的解釈については、明確な意識の統一が必要でしょう。すなわち『ブルックナーの音楽は絶対音楽であって、具体的に何物かをあらわすものではない』と。《狩のスケルツォ》は、唯一の例外です。
それ以外の、ブルックナー自身が標題解説をした、そしてそれが手紙として、確たる資料として残されている場合でも、それらは 単なる作曲家の後付け感想に過ぎないと思われます。
しかし、ブルックナーの音楽から、聴衆がある種の共通のイメージを持つことは全くの自由です。
それを、楽しく語り合うことに何の支障もありません。(僕自身も述べているように )ただ、自分が描いた印象を、作曲家の意図に結び付けようとするのはいかがものかなとは思います。

>>402 <・・・ところで“可憐な乙女”ってトリオのことでしょうが>
スケルツォの、いわゆる第2主題の部分です。トリオは、トレモロも、スケルツォと同じテンポというテンポ指示も《第二交響曲》と同じですが、メロディーの二連に対する合いの手の三連が、なにか神秘的なものを抱かせますねえ・・・
可憐なというより、ブルックナーには不得手の一筋縄ではいかない熟女っぽい・・・・ とにかく、無理に描いたような感じです。

>>402 <聴くたびに いつもマーラーの第2番の第2楽章を思い出してしまうんです。>
3番の2楽章にも近いような・・・・


405 :363:2008/07/01(火) 15:11:08 ID:xFzW0pFR
犬ならLabradorRetrieverさん はじめまして。
人を引っ張っていくという立場はつらいですねえ・・・
でも、ブルックナーを演奏するには、真摯さが一番必要です。無我夢中で一所懸命演奏しているという姿が一番です。ブルックナーの音楽はそれを的確に表します。きっとそのときの聴衆も、一所懸命の姿を見て、そして それが音に現れているのを聴いて、感動されたのではないかと推測します。
(勝手な推測で非常に失礼とは思いますが・・・・)
ほろ苦い思い出が、人生で一番素晴らしい思い出に、犬ならLabradorRetrieverさんの中で熟成されることを期待します。

真摯さは、プロオケのほうにさらに求められることです。
Mr.発起人さんは、ブルックナーに対してぼくと同じような感性をお持ちだと推測してテレビ桟敷?で観ていて「おい、4プルのイン、もっとまじめにトレモロせえよ ! 」などど叫ばれたことはありませんか?
勝手な推測ばかり申し上げ、たいへん失礼しました。


406 :385:2008/07/01(火) 16:25:46 ID:kq6Mt1ZK
>>363氏
>ブルックナーに2拍子のスケルツォなんてあり得ません。
>あくまでもこれは記譜上だけでのことです。
>>390で触れたように「狩のスケルツォ」が2拍子である点が気になっていたけれど、この解説で納得、感謝です。

ここでブル5のスケルツォに触れても良いのだろうか?
この楽章、スケルツォ主部内でテンポの異なる主題が入れ替わるように進む。
ブルックナーの他のスケルツォは一定のテンポを刻む傾向にあるなか(と理解しているけれど)ここだけその定型を大いに崩している。
先に話題になったアダージョとの調性や動機の共通性といい、この楽章では一風変わったことを試みたのかなあと思ったり。


407 :385:2008/07/01(火) 16:35:43 ID:kq6Mt1ZK
>犬ならLabradorRetriever氏
自分もブル4の演奏経験があって、弦楽器の悪戦苦闘ぶりや放置状態のFgに申し訳なく思いつつ、美味しいところをいただいてました… はい 金管です、サーセン とはいえ、スケルツォに関しては、管楽器同士の掛け合い(エコーだったり応答だったり )を合わせるのに難儀した記憶が。


408 :363:2008/07/01(火) 18:48:23 ID:xFzW0pFR
>>406
<スケルツォ主部内でテンポの異なる主題が入れ替わるように進む。>
そこが論点の最終ポイントですね。一連のブルックナー・スケルツォを、速いテンポ、と遅いテンポに分類して残った《第四交響曲》と《第五交響曲》。
(もちろん《狩のスケルツォ》は番外であって、それ自体が独自のものです。)
結論を言えば、《第四交響曲》は『それ自体に2つのテンポを内包する』、
《第五交響曲》は『はっきりと2つのテンポを別々に提示する』
ということになるでしょう。
これらを併行して話題にしても、別に問題ないでしょうから。

極端に遅いテンポを取る 第2主題みたいなところ(主部、再現部とも同じ調性であるこの部分を第2主題とは言いにくいですね )ですが、バスのリズムは最初と同じにしているところなどはブルックナーの配慮のあとが見て取れますね。
僕自身は、このテンポの変更、あまり好きではありませんが・・・・


409 :犬ならLabradorRetriever :2008/07/01(火) 22:58:30 ID:5iAkvgBD
>>405の363さん
>>407の385さん
私の個人的な書き込みにレスを下さってありがとうございます。
思い出が熟成・・・されるのは、私自身がこの曲をはじめ ブルックナーの交響曲全体を聴き込んで咀嚼してからになりそうです。まだ4番と9番ぐらいしかまともに聴いていないので、何十年先の事になるか・・・これから すこーしずつ聴いていくつもりです。

しかし、このスレを読んで(4番が)ブルックナーの作風の過渡期に作曲されたものと知って、今よりもう少し興味が持てそうです。
引き続き、このスレの記述を楽しみに読んでいきたいと思います。
すれ汚し、すまそでした。 それでは引き続き、どうぞ。


411 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/07/03(木) 00:19:20 ID:LVjPTmeB
発起人(妻)。
わたし 「>>404の363さんからの厳しいご指摘“自分が描いた印象を 作曲家の意図に結び付けようとするのはいかがなものか”ですって。ほーら、アナタも自分の身におぼえがあるでしょう。胸に手を当ててご覧なさいな 」
夫   「いや、ないない」
わたし 「>>64は?」
夫   「ずいぶん古いことを持ち出すなー。あれは、ブルックナー第7番の中間二楽章は順序を入れ替えて聴いたら新鮮ですよねっていう話だよ。おそれ多くもブルックナー先生の意図だったなんて・・・ 」
わたし 「言ってないっていうのね。じゃ、>>155は ? 」
夫   「“夜のガスパール”はピアノソナタなのか、という問題について、    あくまで“私の心境で総括”したものだよ。作曲家の意図がそうだとまでは・・・」
わたし 「言ってなかったかしら。ラヴェルの仕掛けた罠から逃れる方法まで書いてあったじゃない。そこまでラヴェルが意図したって、誰が言ったのよ 」
夫   「むむむ、そう言うお前こそ、>>142でブランデンブルク協奏曲第1番の第3、4楽章の順序を入れ替えて聴く話を勧めてたじゃないか、しかも俺のCDでっ 」
わたし 「あれは、はっきりと“自己満足”だって書いたもん。一体誰がバッハ先生の真意だなんて思う人がいるのよ、ぷんすか。“ブルネロ”先生みたいに>>200優しく訂正してくださるならともかく、超むかつくー 」
(続く)


412 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/07/03(木) 00:22:54 ID:LVjPTmeB
(続き)
わたし 「>>285→>>288でも ベートーヴェンのP.ソナタ第15番“田園”について いかにも作曲者の意図であるかのように語ってるじゃん。あのスケルツォの発想は、本当にベートーヴェンが意図したものなの 」
夫   「んな訳ないだろ、俺だけが感じた印象だよ。だから“真実はわからない”って、書いておいたんだ。お前こそちゃんと読めよ 」
わたし 「アナタの書くコメントは、わかっていらっしゃる人が読むと笑止なの。思い出と感想だけ語ってれば良いのよー 」
夫   「ひ、ひでー。。。くそ、こんなスレ降りてやる、もー この後は お前 独りでやれ ! 」
わたし 「ふん、アナタなんか どうせ続かないと最初っから思ってたわよ!」


413 :名無しの笛の踊り:2008/07/03(木) 20:07:13 ID:r3Lm+38k
ケンカはよくないと思います><


414 :名無しの笛の踊り:2008/07/09(水) 20:37:09 ID:pIDid1zM
ブルックナーあまり好きじゃないから見守ってたら妙な流れに…
まあいいや。今日のスケルツォ。
ラフマニノフの「交響的舞曲」の三曲目が「Allegro scherzando」指定です。
9/8を基調に、変拍子やシンコペの重なるリズム的にトリッキーな曲ですが、ラフマニノフ最後の器楽曲を豪華に盛り上げてくれます。特に後半、ホルンが「ディエス・イレ」の主題を強奏して そのまま低弦の主題に雪崩れ込んでいくところなどは何度聴いても興奮します。

ラフマニノフは一般的には耽美的、退嬰的なメロディストのように思われているようですが、実は スケルツォ好きだったのでは?と思います。
ピアノ協奏曲第2番の終楽章とか、パガニーニ協奏曲の最終変奏にも「Allegro Scherzando」はありますし、多楽章の曲のフィナーレでは、軽快なスケルツァンドな表現が多く見られます(ピアノ協奏曲のフィナーレは全部そうです )。
また、交響曲第2番やチェロソナタなどの、「本式の」スケルツォも素晴らしいものです(1番交響曲のはインテルメッツォっぽいですが )。
初期には単独の管弦楽用スケルツォも書いています。
ピアノ曲も含めれば、スケルツォ「っぽい」曲は山程あると思います。


415 :名無しの笛の踊り:2008/07/09(水) 20:39:51 ID:pIDid1zM
ラフマニノフが非常に大きな手を持っていたことは有名ですが、ピアニストとしてはそれ以上に、関節の柔らかさや長い指、そしてそこから生まれる非常に繊細なパッセージワークが特徴的だったようです。彼の残した相当数の録音からもそれは伺えます。
実際、彼の作品には確かに幅の広い和音が頻発しますが、それ以上にピアニストを悩ませるのが、速い、横の方向に音数の多いパッセージなのです。 
そのような特質を持つピアニスト=コンポーザーだったからこそ、彼の作品には、軽快な運動エネルギーを持つものが多いのかと思っています。
あの時代のピアニストとして、彼もいくらかの編曲作品を残していますが、どれも軽快な指の運動が要求されるものが多いですね。
メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」のスケルツォとか、バッハのヴァイオリンのパルティータ第3番とか、「アルルの女」のメヌエットとか。


416 :発起人(妻):2008/07/10(木) 22:48:00 ID:xQ6fTiuC
>>414さん!
ラフマニノフのスケルツォについての 造詣深いご感想に感激しています !
わたしも足長セルゲイおじさん、実はけっこうスケルツォ好きだったんじゃないかナと、前からニラんでいたのでした。
ロシアの有名な作曲家の多くが、そのごく初期の作品に(多くは作品1にさえ)、
「スケルツォ」を 書き残している事実は、やっぱり注目すべきと思います
(ex.チャイコフスキー、ムソルグスキー、ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィチ、そしてラフマニノフも )。
特に414さんのご指摘 ラフマニノフのピアノ協奏曲フィナーレとスケルツァンド部分との関係についての、興味深い 重要なご指摘には、目鱗 ! まったく慧眼です。
(続く ? )


417 :発起人(妻):2008/07/10(木) 22:50:47 ID:xQ6fTiuC
(続き)
そういえば、少し以前、ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第5番」なるディスクが ブリリアントからリリースされ、ちょっとした話題になりましたよね。
「第5番」? そうです。ほら、あの交響曲第2番をコンチェルト風に編曲したヤツです(笑 )。 
シュミット=レオナルディ(P.)テオドレ・クチャル指揮ヤナーチェク・フィル
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2689506
動機は不明ですが、もし どうしても三楽章形式のコンチェルトにしなくちゃいけないんなら、本来交響曲の第2楽章スケルツォ、(ここで414さんの理論を適用すれば、)あの剃刀スケルツォは 終楽章に姿を現わしてくれないと都合が悪いってことですよねー。
それがなんと、あの美しい緩徐楽章の途中で、なんとも唐突にミックスされちゃうんだから、調子狂います ! えー、それだけはやめてーっ て、感じ。
・・・などと言いつつ わたし、あの企画盤 実はそれなりに気に入ってて、ずっと繰り返し聴いてました。だってモトの原曲が良いんだもん、ピアノ・コンチェルトに仕立て直そうっていう、そのアイデア・発想自体は秀逸ですからっ。
(早々に改訂稿、出ないかしら。。。 )


418 :発起人(妻):2008/07/10(木) 22:53:19 ID:xQ6fTiuC
さて、あのケンカ>>411 >>412 から1週間が経ち、夫婦関係は依然険悪です。彼とはずーっと口をきいていません。夫は以前 単身赴任の時期も長かったので、自分で料理・洗濯など すべての家事を何の苦も無くこなしてしまいます。
んー、くやしい。
それに夫自慢のCD棚の部屋には鍵がかけられ、わたしは中に入れなくなった、
これには困りました ! わたしの部屋には80年代のフュージョンとポップスのCDしかないから、もう1週間もクラシック音楽を聴いてないよ。。。

まあいいや、今夜は大好きだったエルヴィス・コステロとバート・バカラックの共作した名盤“Painted from Memory(1998)” を聴いて寝ることにする。
スレ違いもあんまりだけど、仕方ないや。
http://www.amazon.co.jp/Painted-Memory-Elvis-Costello-Bacharach/dp/B00000AFFF


419 :発起人(妻):2008/07/10(木) 22:55:58 ID:xQ6fTiuC
・・・でも こっそり履歴をたしかめると、私がいない間に、夫が隠れてこのスケルツォ・スレを見ている形跡あり。ふふん、自分が送信しなければ、このスレにはコメントなんか来ないだろうなどと考えているのが 私にはわかるのだ。
だから、>>414→>>415さん(実はアナタじゃないでしょうね? まさかw)が ラフマニノフについての興味深い投稿をくださっているのを読んで、きっと内心では驚いているに違いないわ。

>>413さん(>>161と同じ方ですか?)! 
ご心配くださってありがとうございます。一言でも本当にうれしかったでーす。
夫が反省するまで独りでがんばりますっ。スケルツォ倶楽部会員の皆さんも、どうぞ応援してくださいね !


420 :名無しの笛の踊り:2008/07/10(木) 23:41:28 ID:gJcu9EXx
旦那さんひでーw
いい加減仲直りしたらどうです?
あでも、このスレ利用しちゃいけませんからね(^-^)

>>417
あの第2楽章の挿入はいかんですね。3番コンチェルトの間奏曲みたいのがやりたかったんでしょうが、はっきり言ってぶち壊しです。あの唐突な転換は第2楽章の雰囲気(不安感)の中でこそ生きるものでしょう。編曲者には猛省を促したいところですね。
(交響曲なら3番のほうが誰も思い入れがないから (爆。私は大好きです ) やりやすかったんじゃないかと思いますが。楽想的にもピアノに向きそうな気が )

あのフィナーレはあれでいいと思いますよ。
繰り返しになりますが、ラフマニノフの「スケルツァンドなフィナーレ」というのは、P協4番が良い例ですが、ちょこまかした、重心の高い、正しい意味でスケルツァンドな楽想を取り込んでいるのです。
ですから、現行の、三連符が支配的で非常に音の多いフィナーレ(あれは、ロシア国民楽派の伝統である、舞踏的な終楽章の流れにもあるとも思いますが )が来るのは必然的と考えます。
ラフマニノフが、2番の2楽章のような峻険な性格を持った「Scherzando」を曲の締めくくりに持ってくるのは、それこそ「交響的舞曲」を待たないといけないでしょう。


421 :発起人(妻):2008/07/16(水) 23:02:49 ID:jrJvhdwz
こんばんは。
このところずっとロックやポップスばかりを聴く羽目に陥っています(その経緯は >>418 )。
あー クラシック音楽が聴きたい(渇望 )!
>>414さんのご返信>>420を読んでいたら、ラフマニノフ「交響的舞曲」第3曲が聴きたくなって、もーダメ。
一体どんな曲なんだろ? 夫の部屋にはクラシックCDが山積みなのに、ずっと鍵がかかってて入れないし !
んー、もー禁断症状だわ。ラフマニノフばかりじゃなくて、バッハも聴きたいの、深い森の木の香りがするようなビルスマのチェロで無伴奏組曲(の旧盤)が聴きたい ! 
でもメンデルスゾーンも聴きたい ! 地中海の乾いた南風みたいなストリングス・アンサンブルが素敵なブルネロと紀尾井シンフォニエッタで「イタリア」交響曲の第4楽章を! 
うーん、やっぱりマーラーも聴きたいかなー、今は亡きベルティーニの指揮する3番のスケルツォを ! 深夜の森にこだまする(ケン・ラッセルの「マーラー 」のイメージ強し )ポストホルンの響き。。。
んー、それでも 今はベートーヴェンだな、カワイイ少年みたいなハーディングのEMIデビュー盤だったベートーヴェン序曲集が 夫のCD棚に並んでるハズなのになー、あの「コリオラン」序曲の、お腹に響くティンパニの強烈な打ち込みったら、あれこそ快感なんだけどなー。。。


422 :発起人(妻):2008/07/16(水) 23:06:20 ID:jrJvhdwz
(続き)
ロックとフュージョンしか聴けない、そんな毎日 ふと考えたことがあります。
以下、猛烈にスレ違いご容赦 !
世にロック名盤と呼ばれるL.P.レコードのA面に相当する曲の配列って、起・承・転・結と、交響曲の楽章の並べ方に似ているのが多い(かも )! 
スケルツォと緩徐楽章に相当する楽曲があったり(禁断症状から殆ど錯乱してて、こじつけかも ですが )。
たとえば、“ピアノマン”ビリー・ジョエルの名盤「ニューヨーク52番街(sony)」のside A。
1.Big Shot(ビッグショット)・・・サビの個性的なリズムを強調したスケールの大きな曲 第1楽章に相当( ? )。
2.My Life(マイライフ)・・・シングルカットされ大ヒットした名曲。軽いフォークタッチに始まり アンサンブルやハーモニーが徐々に厚くなる、第2楽章スケルツォに相当( ? )。
3.Honesty(オネスティ)・・・ロック・バラードの名曲。TVCMでも頻繁に使用され、わが国でも有名な1曲。美しい和声進行も出色、第3楽章緩徐楽章に相当( ? )。
4.Zanzibar(ザンジバル )・・・ライヴでむちゃくちゃ盛り上がるニューヨークの夜の歌。途中リズムが変わって、モダン・ジャズの4ビートに乗せ、名手フレディ・ハバードのバリバリのトランペット・ソロ、マイク・マイニエリのヴィブラフォン・ソロが聴けます。格好イイ ! 終楽章に相当( ? )。


423 :発起人(妻):2008/07/16(水) 23:09:40 ID:jrJvhdwz
(スレ違い 続き)
それから・・・ わたしが小学校の頃、10歳以上も年上の兄(当時ギター小僧)からイヤがるのを無理やり聴かされた思い出のレッド・ツェッペリン4枚目で名盤の誉れ高いアルバム“Led Zeppelin IV”のside Aもコジツケの犠牲に。
1.Black Dog(ブラック・ドッグ)・・・ジミー・ペイジのユニークな和声進行と個性的なリフが印象的、ロバート・プラントの力のこもったヴォーカルも快感。冒頭つかみの第1楽章に相当( ? )。
2.Rock And Roll(ロックン・ロール)・・・ジョン・ボーナムのドラムス炸裂- といっても結構シンプルな50年代風ロック。ノリの良さで 第2楽章スケルツォに相当( ? )。
3.The Battle Of Evermore(邦題「限りなき戦い 」 )・・・アイルランドの民族音楽の空気を湛えた神秘的なナンバー。フェアポート・コンヴェンションのサンディ・デニー(ゲスト・ヴォーカル)とロバート・プラントとのハーモニーが美しいです。コレは第3楽章の緩徐楽章に相当( ? )。
4.Stairway To Heaven(邦題「天国への階段 」 )・・・言うまでもなくロック史に残る名曲。アコースティック・ギターとリコーダーの有名な美しいイントロ、プラントの静かな語りくち、しかしペイジの12弦ギター、ジョーンズのベース、ボーナムのドラムスが加わって、一気にアップテンポのクライマックスへ、やがて徐々に静まって緩やかなエンディングを迎えるのですが、劇的な展開・構成がジャンルを超えて 実に見事で、ピアニッシモで終わるタイプの終楽章に相当( ? )。


424 :発起人(妻):2008/07/16(水) 23:20:33 ID:jrJvhdwz
冷えたビールを出そうとキッチンへ行ったら、冷戦中の夫と、今 冷蔵庫の前で目が合ってしまった・・・
「へへっ・・・ホーラ見ろ、やっぱり俺が書かないと、レスがつかないんだろ 」って、無言だが、勝ち誇ったような目がそう語ってるのがわかる !
むきー、く くやしー ! そして、クラシック音楽を聴きたいーー !
誰か助けてー


425 :363:2008/07/17(木) 00:56:57 ID:/tCLXpfW
変な展開になっているので、ブルックナーは中断して こんなのはいかが ? 多分既出ではないと思う。
シューベルト:《連弾のための幻想曲へ短調Op.103 》の中のスケルツォ。幻想曲という名によって、ソナタのような明快な楽章割りはないけど、不思議と この真ん中にあるスケルツォは光っている。「珠玉の」という形容はこういう曲のためにあるのだということを感じさせる佳曲。


427 :名無しの笛の踊り:2008/07/17(木) 10:57:01 ID:hu0yrxGS
ご無沙汰しています、ブルネロです(って 本物のブルネロさんにも他のチェロ弾きにも失礼な気がしますが )。一週間も夫婦喧嘩が続くって 立派ですね。うちは通常30分くらい。いちばん長いやつで一晩です。気が短くて感情が長続きしないので。ですのでブルックナーは苦手です、すみません。
コステロって、タランテラみたいな音型のピアノ伴奏の曲が印象的でしたが
曲名を忘れた。いや、これだけを言いたかったです。


428 :363:2008/07/17(木) 16:14:41 ID:/tCLXpfW
ブルネロさんはじめまして !
ブルネロさんはチェロをお弾きのようで、小生も少々チェロをたしなんでいます。お名前からすると、ブルつながりでブルックナーがお好きなような感じに見受けられるのですが(勝手な印象 )、世の中そうは甘くはない。何を聴こうと何を好き嫌いしようと全く自由なこの世界ですから、どうぞご随意に。

ぼくは結婚して三十有余年、喧嘩をしたような記憶は全くありません。
お互い気が小さいんですね。(あとのことを考えると恐ろしくて出来ない・・・・)
責任の一端は僕にもあるようで、反省の意を込めて、標題とそれにまつわる周辺状況についてもうすこし意見を述べさせていただきたいと思います。
その材料としてこの作品は、格好のものだと思います。
とにかく、音楽を聴いてどんなことを想像しようと、その人の勝手だということです。その想像が他の人に同意されればさらに嬉しい。


430 :363:2008/07/17(木) 16:35:40 ID:/tCLXpfW
昔「未完成交響楽」という映画があって、その中では、シューベルトとカロリーネ姫との恋愛模様が描かれていたのだが、話の内容は全く荒唐無稽、史実とは無縁。しかし、実在の人物を使うところに罪は重い。
ところが『火のないところに煙はたたぬ』といわれるように、2人の間にはなんらかの感情模様があったのだと推測させる周辺状況は存在する。
その1つの証拠が、この《連弾のための幻想曲へ短調Op.103 》なのです。
これは、シューベルトがエステルハーツィ家の次女カロリーネに贈ったものであり、彼女の所有物としてシューベルト自筆の楽譜が残されていたということです。


432 :363:2008/07/18(金) 10:14:18 ID:1gKRZ6Hb
(続き)
娘たちの夏休みのピアノの先生を探していたエステルハーツイ伯爵は、ヨハン・カール・ウンガーという人の推薦によって シューベルトを採用した。1818年のことである。
2人の娘というのは、姉のマリー(1803~1837)と妹のカロリーネ(1806~1851)。
この時マリー15歳、カロリーネ12歳。両親の評判が良かったのか、娘たちが推薦したのか、シューベルトはもう一度1824年に呼ばれた。この時マリー21歳、カロリーネ18歳。
映画では、カロリーネが伯爵に家庭教師としてシューベルトをつけてもらうよう頼んだということになっていますが、12歳の深窓の令嬢がそのようなことが出来るわけないですよね。
とにかく史実として注意すべきは、シューベルトはカロリーネの家庭教師であったのではなく、2人の娘の家庭教師であったのです。そして、後年カロリーネに対してこの曲は贈られた。
マリーに対しては、どのようなことがあったのかは全く表には表れてこない。
家庭教師としては、公平に2人に接するのが普通ですよね。
マリーはピアノに興味が薄かったのか ? あるいは、シューベルトとカロリーネに何らかの感情があったのか ? どちらとも取れますが、我々としては後者の方が面白い。したがって、この曲は状況証拠の1つの証拠物件となりうるのです。


433 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/07/18(金) 23:07:16 ID:R+RKx8cs
発起人(夫)でございます。
一部の皆様には たいへんご心配をおかけしました。
私自身は、妻にそんなヒドイ態度をとっていたつもりはないのですが。
むしろ妻の方が怒っていて、何もしてくれないから止むを得ず自分の炊事洗濯をしていただけなんですが。
でも 弁解する気はございません。
話題に行き詰まった妻が ロックやジャズの話題までも このスレで持ち出すに至るのを読み、このままではマズイと、私自身深く反省いたし、実は 今晩さきほど、妻と和合


434 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/07/18(金) 23:08:59 ID:R+RKx8cs
・・・おっと失礼、和解いたしました。

>>427の“ブルネロ先生 ! ”
>>413さん、ラフマニノフの話題でフォローしてくださった>>414さん、
また、最近新しくご常連となってくださった博識の363さん>>428における謙虚なる弁にも荒んでいた心が癒されました(シューベルトの続き、楽しみにしております)。皆さん、どうもありがとうございました。

“スケルツォ倶楽部”会員の皆さま、ご迷惑をおかけしました。
どうぞ懲りずに これからも自由勝手で豊かな想像力と 諧謔たっぷりに、スケルツォと その周辺の音楽の話題を幅広く ご一緒に 語りましょう。


435 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/07/18(金) 23:12:02 ID:R+RKx8cs
妻 「本当に ご迷惑をおかけしました、わたしも少し反省しています。それにしても2週間もの禁欲の後で、冷房の効いた夫の寝室にて 久しぶりにフル・ヴォリュームで聴いた モーツァルト(ヤーコプスの“ジュピター” )と、    ベートーヴェン(シュレーダー&インマゼールの“クロイツェル・ソナタ” )の素晴らしさったら ! 音楽に渇ききっていたわたしの全身に深―く沁みわたり・・・ まさしく悦楽の時でした、んー素敵だったわー ♡ 」
私 「でも、これがくせになったら困るな 」
妻 「もうなってるかも ! また 時々 試そうかしら」
私 「お、おいおい・・・(汗 ) 」


436 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/07/18(金) 23:15:01 ID:R+RKx8cs
発起人(夫)です。
そう言えば昨日、書店でアルファベータ「クラシックジャーナル031号」を手に取りパラパラ開いてたら、Syuzoさんなる方のクナッパ―ツブッシュについての文章 (「クナバカ クナを聞きつくす」第13回:ベートーヴェン編-その4 交響曲第7番)が目につきました。 スケルツォについて書いていらっしゃる。
なかなか興味深いです。以下、妙出。
・・・第3楽章は「スケルツォ」だが、この楽章(ベト第7の第3楽章のこと)の演奏は少し難しく、下手に演奏すると退屈してしまうし、経過楽章と捉えるとスケルツォを第3楽章に設定した意味がなくなってしまう。クナは、スケルツォを演奏する上での規範のような演奏を行なう。
すなわち、スケルツォとトリオを全く別の音楽のように対比することによって、第3楽章の意味を開陳してゆく。
(続く)


437 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/07/18(金) 23:16:23 ID:R+RKx8cs
(続き )
ベートーヴェン以外の作曲家のスケルツォでもそうなのだが、作曲家の個性が最もよく出る部分が、このスケルツォであるかも知れない。
両端楽章のような楽曲の性格付けを行なったり、アレグレットやアダージョのような聞かせどころこそ少ないが、スケルツォを面白く聞かせて貰えないと、交響曲を聞いている意味が半減してしまうと言っても過言ではなく、実は非常に重要な楽章であると言えるのだ。
また聞き手もスケルツォを楽しめるようになってこそ、クラシックの面白さを
楽しむことができるとも言える。スケルツォを楽しめ ! である(以下略)。


438 :363:2008/07/20(日) 23:11:49 ID:mUFcxfCi
まずは仲直りよかったですね !
これからは、ご夫婦そろって いろいろ突っ込みを入れてください。
突っ込みがないと、書く気が失せるのが僕の性格です。(笑 )

そのほかの周辺状況としては、シューベルトの友人のシュヴィントという人が、
シューベルトが死んで相当経ってから、シューベルティアーデの思い出を絵に描いているのですが、その中で、部屋に飾られている絵がなんとカロリーネの肖像なのです。 そこからは、友人たちの間では、2人の関係が相当脳裏にしみこんでいたことが推測されます。
また、家庭教師の赴任先はハンガリーのゼレチェというエステルハーツィ家の別荘なのですが、そこから、シューベルトがシュヴィントに宛てた手紙の中に、
『・・・・僕はやはり、例の魅力的な<命ある星>がいるけれど・・・』
という件があって、多くの学者の間で、この<命ある星>はカロリーネを指すということが定説になっています。


439 :名無しの笛の踊り:2008/07/21(月) 09:14:19 ID:uk1xo8oY
おはようございます、ブルネロ(仮)です。
>>428さん、失礼しました。363さんのお話は興味深く拝見しています。
シューベルトなら、アルペジオーネソナタを弾いていたり、知り合いのドイツ人が「冬の旅」を録音したりしたのでちょっと興味があります。
お嬢さんたちと連弾するために書いた曲で、わざわざ二人の手が交錯するような譜面にしているのはモーツァルトとシューベルトだ、という話を聞いたことがあって、モーツァルトならいかにもだけど、奥手っぽいシューベルトについては少々意外でした。なるほどエステルハージでのお話なのですね。


440 :363:2008/07/21(月) 14:25:58 ID:W5G6mWkL
《アルペジョーネ》はいいですね。僕のタヘ技術でもチェロが良く鳴る。多分、うまく共鳴するように出来ているんでしょうね。チェロのために作られた曲でないのに不思議 ! 音が荒れてきたらこの曲を弾いて調整します。
でも、この曲はシューベルトの作品としては 例外的にスケルツォ(メヌエット)がないので、ここではボツ。
指が触れ合うとビビビって感じですね。
シューベルトはぜんぜんズブの奥手ではありません。
なんせ梅毒の治療副作用(鉛中毒?)、あるいは末期症状(免疫力低下みたいなものか ? )で亡くなったという話ですからねえ。
梅毒に罹ること自体が奥手の証明といえば、そうかもしれませんが・・・
ゼレチェでの2回の夏の家庭教師の期間以外に2人は直接会ったことがあるのだろうか ? 2人の環境の違いから見て、有り得そうにないですね。手紙のやり取りなんかあったのか ?
そういったことが、全く史実には残されていないのに、忽然と作品だけが存在する。 そして、それがカロリーネの手に渡っている。そこに、推測や脚色の意欲がわくのですね。
ところで、映画では 2人の関係を察知した伯爵が ことが面倒になる前にさっさとカロリーネを結婚させます。その宴席になぜかシューベルトが現れて完成した交響曲をピアノで弾く。ところが、カロリーネは演奏途中で気を失って倒れる。そこで名言『わが恋の終わざるが如く,この曲もまた終わざるべし』
まあ、古い言葉に関する見当はずれな薀蓄話めいた落ちになっているのです。
しかし、この映画で褒めてよいのは、このでたらめ話の中には《未完成交響曲》の音楽そのものについては 一切触れていないことです。
だから、この映画を見てから《未完成》を聴いても、なんら鑑賞の際の聴き手のファンタジーを阻害することがないということでしょう。
その点、《幻想曲》の内容について、僕がごたごた言う方がよほど罪深いものだと言えるかも知れません。
史実では、カロリーネはシューベルトの死後に結婚しています。


441 :名無しの笛の踊り:2008/07/21(月) 19:20:12 ID:gRO8GOqp
ここまで状況証拠が揃うと、少なくとも片思いがあったのは否定しにくいですねぇ…
「C-F 」のモットー動機がCarolineとFranzを表しているなんて解釈も面白いです。彼の性格(私のイメージ )からするといっちょ前にロマンスというようなものがあったとは信じがたいですが(笑 )。

>>439
> わざわざ二人の手が…
連弾なんてのは元々家庭用のジャンルだったわけで(ブラームスの「ハンガリー舞曲」とかドヴォルザークの「スラヴ舞曲」が一般市民によく売れて、彼らの生活を大いに助けたのは有名です)、シューベルトも、弦楽四重奏などと同じで
私的に楽しむために多く書いたようですが(つまり特定の相手と合奏することを想定して書いている)、その、手の交錯が - 
・パートナーと接近する(文字通りに)ために
・純粋的に音楽的な欲求
のどちらなのかで、なかなか味わいが違ってきますね(笑 )

>>440  > 梅毒に罹ること自体が…
シューベルトの梅毒はエステルハージの小間使いに誘われて関係したときと言われてますね。そうでなければ娼婦と、だそうですから、女性に積極的にアピールするほうではなかったのは確かだと思います。
ちなみに(関係ないですが )シューマンの梅毒も、若い頃に某家の女中と関係したためではないかとも言われます。

そういえばD.940って死後出版じゃありませんでしたっけ ? 私の記憶が確かなら自筆譜が渡ったってのは謎ですね。献呈の作法( ? )として自筆譜が送られるなんて聞いたことないですし。


442 :363:2008/07/22(火) 22:03:26 ID:NrGf6hSo
>>441 <「C-F」のモットー動機がCarolineとFranzを表しているなんて解釈も面白いです。>
もろシューマン風の音名とイニシャルの語呂合わせ。こういうのベートーヴェンにもあるという話だから、シューベルトにもあっておかしくはない。まあ、意図的なんでしょうねえ・・・・・
C↓Fの5度 下行ではなく、C↑Fの4度上行がなんか意味深。
この主題は、16分音符の後に装飾音がつくという一風変わったリズムですが、
これがいわゆるハンガリー風というのでしょう。
さらにこの主題は、甘くメランコリックで『愛の主題』と言ってもいいような感じですね。
それがきっちりと、上記のようなネタを含んでいるところがすごいです。

>>441 <いっちょ前にロマンスというようなものがあったとは信じがたいですが(笑)。>
伝記の中では、1回だけ交際した話が出てきます。 テレーゼ・グロープという人です。ほかにも伝記に現れない交際はあったかもしれません。 まあ、彼はその方面では普通の男だったと思われます。

>>441 <シューベルトも、弦楽四重奏などと同じで>
Op.29-1ということで1曲出版しましたが、売れ行き悪かったのか、
Op.29-2もOp.29-3も、作曲はしたけれども、生前は出版されませんでしたねえ。 多分難しすぎたのでしょうね。
それに対して、仰るように、連弾はたくさん出版していますから、よく売れたのでしょうね。

>>441 <D.940って死後出版じゃありませんでしたっけ?>
死の翌年、1829年ということらしいですね。

>>441 <献呈の作法(?)として自筆譜が送られるなんて聞いたことないですし。>
普通は職人に綺麗に筆写させて献呈の辞をそえるものですね。
シューベルトの死後、出版社にあった自筆譜を蒐集したのかもしれません。
しかし、注意すべきは、この自筆譜、プリモとセコンドを別々に書いてある。
すなわちオケで言えばパート譜なんですね。 作曲者自身による筆写譜これすなわち自筆譜・・・・


443 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/07/22(火) 22:55:55 ID:4jNGYCBE
発起人(妻)です。
>>438における363さん、お気遣いのメッセージ どうもありがとうございまーす。
シューベルトとカロリーネの話題、とっても心惹かれますね。
わたしは見たことないのですが、シューベルトの死後に描かれたという、架空のシューベルティアーデの絵 - その中に(わざわざカロリーネの肖像を描き加えたという 画家の粋な計らいの中に ) 生前のシューベルト自身から 親しいお友だちだけにしか決して明かされなかったであろう秘密 - “魅力的な<命ある星>”への思慕 - を、このような形で表現する気持ちを押さえられなかった シュヴィントさんの熱い友情を感じてしまいます。


444 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/07/22(火) 23:03:35 ID:4jNGYCBE
発起人(夫)、こんばんは。
>>441も“ブルネロ先生”と察しますが、特に>>442における363さんのご指摘に同意、同様に私もシューマンとクララ、後のブラームスとの関連などを想起しました。
D.940の“C-Fのモットー動機がCarolineとFranzを表している なんて解釈” 誠にあり得そうな情報、興味深いです。
残されている多くの資料から、フランツ・シューベルトの内気な性格は間違いないでしょうから 身分違いの女性(成就の叶わぬ恋の相手)に対する強い思慕の念をいかに処理したか、ということが この楽曲成立のキーポイントになると思うんです。
妻  「いかに処理・・・って、それがお屋敷の女中との危険なアバンチュール ? エステルハージ家の敷地内の馬小屋の中で って・・・きゃーフランツったら なんて大胆なのw 」
私  「その処理じゃないんだってば !(怒りとともに 続く) 


445 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/07/22(火) 23:04:29 ID:4jNGYCBE
私  「(落ち着け、落ち着け・・・) ここでは芸術家として、その情熱を創作へ昇華させたってことを言いたいの。もとい、内気なだけでなく、自分自身の立場も十分わきまえていたシューベルトは、雇い主のお嬢さまであるカロリーネに まさか告白までは出来なかったハズ。かろうじて友人シュヴィントへの手紙(>>438)に書いたり、またカロリーネに対しても 音楽をとおして自分のせいいっぱいの真心を暗示する程度にとどまったに違いない 」
妻  「それが、曲を自筆譜で献呈(>>441)してみせたり、重要な“C-Fのモットー動機(>>441)”だったり、連弾で必要以上に“指が触れ合うと、ビビビっ>>440”・・・てところなのね。でも果たしてカロリーネさんには伝わったのかしら・・・ 」
私  「うーん、しかし音楽は(=状況証拠>>441は)しっかりと残った。D.940に関しては、『わが恋の終わらざるが如く、この曲もまた終わらざるべし』には、幸いにしてならなかった。ひとつの完成品として、立派な傑作が残された、というわけなんだな。おもしろい話題をご提供くださった363さんも、話題をさらに深めてくださった“ブルネロ先生”も どうもありがとうございました」
妻  「363さんは、指揮だけでなく チェロもたしなまれるんですね ! 」


446 :名無しの笛の踊り:2008/07/22(火) 23:26:29 ID:AoTL0OTb
>>442
そりゃあ売れない。そこらのアマチュアの手に負えるものではないでしょう。
弦楽四重奏という形態が、その時に家庭にどこまで広まっていたかも疑問ですし。彼の弦楽四重奏の、「四重奏断章 」(12番)よりも前のものは、自身の家族内での楽しみのために作曲されたと解釈されているようです。そっちのほうが出版すればウケたのかもしれませんが、まあ機会がなかったと ( 交響曲のほうも6番までは私的な楽しみを想定していたようです。5番の初演は弦が各パート1人か2人だったらしい ) 。


447 :名無しの笛の踊り:2008/07/22(火) 23:35:38 ID:AoTL0OTb
なんか ご夫婦越しに失礼しました。
これだけで終るのも何なので、今週のスケルツォ。弦楽四重奏曲第10番D.87(Op.125-1)の第3楽章、Scherzo,Prestissimo。
この曲自体、実際の作曲時期は6番と7番の間なのがずっと勘違いされていたもので、その理由は、なぜかこの曲だけ かなり気合の入った書法で書かれていて(寄宿舎を離れて教職に就き、交響曲第1番を書いたころの作曲です )、散漫さがあまり目立たず、和声的な変化も豊かでフィナーレは後期の予告とも取れるその完成度の高さからでしょうが、あと、前述の「私的」四重奏群の中で唯一、メヌエットでなくスケルツォを採用していることです。
初期ベートーヴェン的な逡巡があったのでしょうが、3年後の11番もメヌエットですから、興味深いところです。
ことによると(調べないで書きますが)シューベルトの初スケルツォという可能性もあります。
このスケルツォ自体の出来も、曲全体の出来栄えに埋もれないもので、短いですが いきなりの装飾音符+幅広い跳躍の連続、きわめて快活な曲想でフモールに富んだなかなかのものだと思います。トリオが妙に単純な書法になるのも面白い。
また冒頭のEs-durの音階を上がっていく動機は、第1楽章の頭から持ってきた全楽章を統一するもので、どこまで意識していたのかはちょっとよく分かりませんが、とても興味深いのは確かです。


448 :名無しの笛の踊り:2008/07/23(水) 21:39:50 ID:uYZvT2Xx
あ、スルーしちゃいましたが、>>441≠ブルネロさんです。
(>>439にレスしてますし。そいで>>441=>>446=>>447=>>448です)


449 :1=Mr.&Mrs.発起人:2008/07/23(水) 22:32:10 ID:b1nXcJDp
発起人(夫)です、こんばんは。
>>448 丁寧なレスをありがとうございます、たいへん失礼いたしました。
妻  「ホントすみません、室内楽にお詳しいんで、夫婦して この人“ブルネロ先生”だよねなんて勝手に思い込んでいました。“ブルネロ先生”にもお詫びせねば ! 」


450 :363:2008/07/23(水) 23:13:26 ID:MkUpDl2E
>>446  (弦楽四重奏という形態が、その時に家庭にどこまで広まっていたかも疑問ですし。>
それは圧倒的な差ですね。カルテットをやっている人なら経験済みでしょうが、 マージャンの面子を集めるより、よほどしんどい・・・・(笑)。
それに比べて、連弾ならピアノさえあれば「さあやろうか」と言えばすぐに出来る。 売れ行きの差は当然でしょうね。

>>446 <そっちのほうが出版すればウケたのかもしれませんが>
それはないでしょうね。シューベルトはベートーヴェンを目指して上ばかり見ていた。 だから、彼にとって恥ずかしいような作品を公にするつもりなど微塵もなかったでしょう。

>>447 <弦楽四重奏曲第10番D.87(Op.125-1)>
これはいい曲ですね。コンパクトにまとまっている。 よく3大カルテットの余りの時間に取り上げられて聴く機会も多いですね。こんなのを出版すれば、経費も少なく、結構売れたんじゃないかと思います(笑)。
とある日本版のこの曲の楽譜に、自筆譜の写真が掲載されています。
それによると、Op.107の《ロンド》の自筆譜も残っていて、それはプリモ・セコンドが上下に繋がって書かれています。これは作曲してそのまま出版社に渡した形 ですよね。
ところが、Op.103《幻想曲》の自筆譜が見開きに書かれているということは、そんな風には多分作曲できないと思います。この見開きの左右に分かれた楽譜でCDを聴いても、両方いっぺんに見ることはたいへん難しいですから。だから、作曲したときのスコア形式の自筆譜があったのだとおもいます」。そしてそれは出版社が紛失した・・・。《人生の嵐》の自筆譜は紛失していますからねえ。
こうやってみると>>441さんがご指摘のことは、まさに正鵠を穿つものだと思います。作法どおりでないことに、あやしげなもやもやが感じられますねえ・・・・
発起人さんご夫妻は この曲を聴かれたことがありますか ? もしないようでしたら、是非お聴きください。 この曲のスケルツォは一風変わった独特の位置を占めているように僕には思えます。

451以下は、また次回に つづく !

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Club Scherzo, since 2010.1.30.

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