本記事は 7月25日「 注目記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
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♪ この物語は フィクションです。

世界から
ベートーヴェンの「チェロ協奏曲 」が消えたなら


 夜明け前の地震に胸騒ぎを感じて しばらく寝つけなかったせいか、今朝は寝覚めがすっかり遅くなってしまった。
 ようやく飛び起きた時には すでに窓からは朝日が眩しく射しこんでおり、 7時30分をとっくに過ぎた時計の文字盤に舌打ちしながら、ぼくは午前の授業を自主休講とすることを即決した。独り暮らしの気楽な私大三年生のぼくは、もうすっかり開き直って のんびり顔を洗うと、コーヒーが沸くのを待つあいだ 大好きなクラシック音楽を聴こうとFM放送のスイッチを入れた。
 時間帯は ちょうどNHK-FM「クラシックカフェ 」の放送中だった。フライパンで熱したベーコン&エッグを ベーグルにサンドしようと思いついたぼくは、 マヨネーズを探して冷蔵庫内を物色していたため、ちょうど女性アナウンサーが告げていた 次の楽曲と演奏家の名前を聞き洩らしていた。

 ・・・その音楽が始まった瞬間、朝食の支度をしていたぼくの手の動きは 完全に封じられた。
 独奏チェロとオーケストラによる協奏的な - 古典派、いや初期ロマン派かもしれない - スタイルのサウンド。初めて聴く音楽にもかかわらず まるでずーっと以前から知っていたような錯覚 - その種の親和性こそ いわゆる古今「名曲 」とされてきた楽曲に必要不可欠な条件であることは 誰もが知っている - そんなありきたりな感想さえドンピシャな名曲だった。
 衝動的にリモコンを手にするとオーディオの音量を思いきり上げた。ぼくはベッドに腰を下ろすと、この新しい音楽との出会いに集中することにした。
 
 独奏チェロが美しく歌う、これはまた何と素敵なメロディであろう、聴いているこちらの心を湧き立たせるような旋律線ではないか、ソリストの情熱的な唸り声までマイクロフォンは拾っている。そして合いの手を挿むように始まった、ホルンによる美しい副主題・・・何て良い曲なんだろう、その展開は 古典的なソナタ形式のようだが ありきたりなところが全然なく、魅力的な個性に満ちあふれていた。独奏チェロのボウイングが、ティンパニの打撃が、弦セクションの刻みが、まるで どこをどう押したらクラヲタの耳が悦ぶかを 知り尽くしているかのようだった。
 やがて四六の和音上でオーケストラが緩やかに停止すると、猛然と独奏チェロが駆け上がる。カデンツァだ、作曲家自身によるものらしく 楽曲との統一が図られた 実に好ましいもの。途中からソリストがリズミカルな音型を繰り返しはじめると、今度はその動きを伴奏代わりに オケの弦セクションが静かに第一主題を再現する - これによってカデンツァの終止が告げられると同時に、そのまま たたみかけるようなコーダへと雪崩れ込むという - ここまでの展開は 実に感動的である。
 続く第 2楽章、これが緩徐楽章ではなく、何と「スケルツォ 」であることに気づいた瞬間、意表を突かれたぼくは そこでひとり思わず嬌声を上げてしまった。独奏チェロの主旋律はピッツィカートを多用する 鋭角的だが同時に特徴もあるユーモラスな舞曲で、ソリストが弦を弾(はじ )く響きと これに合わせて打楽器奏者が硬い撥で叩くティンパニの個性的なリズムも快適だ。そして明るいトリオでは、木管の支援によって チェロが楽器本来のもつ美しく魅力的な要素を生かし切って 実に朗々とよく歌う。
 さらに終楽章では、その意外な構成に ぼくは心底驚かされた - 優美で大らかな主題とそれに基づく 6つの変奏曲だったのだ。いわゆる「名曲 」とされる旋律のあらゆる条件を備えているような美しいテーマを 独奏チェロがイ長調で提示すると、これに従う 6つの変奏は 拍子も速度も個性的な変化を遂げてゆくばかりか それぞれ調性も三度ずつ下行していることに気づいて、思わずぼくは身を乗り出して聴いていた。
 その第1変奏は嬰へ長調でややテンポアップし、第2変奏は穏やかにニ長調でカンタービレ、第3変奏はロ長調でメヌエット風に、そしてリズミカルなト長調の第4変奏ではソロと管弦楽との対比が素晴らしく、さらに速度を速めたホ短調の第5変奏で小さなクライマックスが築かれた。その後半でホ長調に転調すると 経過風的な動きから アタッカで第6変奏へとつながる。そこで主調のイ長調に戻って ソリストがテーマを回想する その背景で オーケストラは、第5変奏のリズムを用いながら 独奏チェロ主題と一体化し、見事に全曲を収束させたのだった - 。

 ああ、何と素晴らしい・・・。
 初めて聴く、この「名曲 」に集中しながらも ぼくは 途中から意識の片隅で 「この音楽は誰の作曲だろう 」 と考え始めていた、それは当然の疑問だった。代表的なチェロ・コンチェルトの作曲者の肖像が 次々と頭に浮かんでくる - シューマン、オッフェンバック、サン=サーンス、ラロ・・・ いやいや、どれも違う。
 作風はベートーヴェン色が 極めて濃厚 - これは間違いない。もし本人の作だと言われたら たやすく信じてしまえるほど その偉大な中期のスタイルと特徴を 巧みにトレースしている。しかし ベートーヴェンに この種のチェロ協奏的な作品が存在しないことは常識だ。では、ベートーヴェンに影響を受けた後世の音楽家の作であろう - それなら かなりの才人に違いない - たとえば イグナーツ・モシェレスとか、フェリックス・メンデルスゾーンの未発表作品だよ とか言われたら、どれほどすっきりすることだろう。

 遂に演奏が終わった - 最近これほどまで深い感銘を受けた曲はなかった、と言ってよい。タイトルを明かされたら、きっと知らなかったことが恥ずかしくなるほどの超有名曲であるに違いない・・・。文字どおり ぼくは固唾を飲んで、女性アナウンサーの告げる曲名に 耳を澄ませた - 。

ベートーヴェン作曲 チェロ協奏曲イ長調作品63、マリオ・ブルネロのチェロ、ローマ・聖チェチーリア国立アカデミー管弦楽団、指揮はアントニオ・パッパーノでした - 」

 驚きのあまり、腰掛けて聴いていたベッドから滑り落ちて ぼくは床に尻もちをついた。そ、そんなことは あり得ない、ふざけているのか NHKは ? それとも今日はエイプリル・フールか ?
 しかし 何事もなかったように放送は続けられ、すでに淡々と次の楽曲を紹介している。ぼくはノートP.C.を開けて NHK-FMの公式ホームページから「クラシックカフェ」の番組情報を慌てて確認した。だが、何と そこには・・・

― 放送日(曜日 )時間帯  クラシックカフェ
「チェロ協奏曲イ長調作品63 」 ベートーベン作曲
(チェロ )マリオ・ブルネロ
(管弦楽 )ローマ・聖チェチーリア国立アカデミー管弦楽団
(指 揮 )アントニオ・パッパーノ
< EMI TOCE-00000 >

・・・だと ? 

 ぼくは 誰かに担(かつ )がれているのだろうか、「どっきりカメラ 」とか「モニタリング 」みたいなバラエティ番組に ?
 いやいや、こんなクラヲタにしか通じないようなマイナー・ネタの企画なんか、それはあり得ないだろ。ぼくは両腕を組んで 唸った。
 ふと思いついて 同好の趣味をもつクラヲタなクラスメイトのひとりに電話をかけてみる。
「もしもし ? 」
相手は すぐに出た
「あ、オマエ 今朝一限の授業 サボっただろー、気を利かして代返しといてやったからな。お礼に 今度 何かおごれよ(笑 ) 」
「あ、あのさ 」
ぼくは すぐ本題に入りたい
「何だよ 」
ベートーヴェンにさ、チェロ・コンチェルトなんか・・・ ないよな ? 」
友人の答えは、ある意味 潜在的には、ぼくの予想どおりだった。
「はあ ? ベートーヴェンコンチェルト って言ったら、『皇帝』含むピアノ協奏曲5つ、ヴァイオリン協奏曲、それにチェロ協奏曲、そんなもんだろ。チェロ・コンは イ長調のヤツ1曲しかねーだろ、トリプル・コンチェルトも入れるなら 別だけどさ 」

 “イ長調のヤツ 1曲しか ” ・・・だとぉ ?
 電話を切った後、嫌な予感に衝き動かされるように ぼくは自分のCD棚の引き出しを急いで開けた。そこには クラシックCDばかり 約2,000枚ほど自慢のコレクションが並んでいる。
 アルファベット順に並べた Bのコーナー、ベートーヴェンの楽曲を集めた棚には、まず 交響曲、次に 序曲集ピアノ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲、そして・・・そこにぼくは、自分では見覚えのないCDを発見したのだった。

 ― 何と、ベートーヴェンの「チェロ協奏曲 」を ぼくは「持っていた 」 ! それも 一枚ではなかった。もともとぼくは お気に入りの名曲なら異なる演奏家のCDを複数購入して聴き比べる習慣があったから、「名曲 」たるベートーヴェンの「チェロ協奏曲 」は「以前からお気に入り 」の一曲だったらしい。
 とりわけ ロストロポーヴィチカラヤン / ベルリン・フィル(1975年録音)盤には執着が深かったらしく、同じEMIのディスクでも グランドマスターHS≡2088、Art、SACDシリーズ、さらには 最近ワーナー・クラシックにレーベルが移って以降の24bit/96kHzリマスター盤 と、4種類も棚に並べている。他にもフルニエ、ピアティゴルスキー、シャフラン、トルトゥリエ、シュタルケル、グートマン、マイスキー、ヨーヨー・マ、デュ・プレ、ハレル、クニャーゼフ・・・ と、ひととおり音盤がぎっしり、その多くが シューマンサン=サーンスチェロ・コンチェルトと カップリングされていた。古楽器で演奏された インマゼールとのピリオド・オーケストラとアンナー・ビルスマの共演(VIVARTE )盤も所有していた・・・ さらに、たった今 NHK-FMクラシックカフェで放送されていた新譜 - マリオ・ブルネロ盤 - まで すでに自分が買って持っていることにも気づいた。

 ・・・一体 これは、どういうことなんだ。
 全く状況が理解できぬまま、インターネットで「ベートーヴェン、チェロ協奏曲 」と検索してみれば、もう当たり前に既存名曲として Wikipedia では詳しい解説が読めるし、YouTubeではSP時代のパブロ・カザルスの演奏を筆頭に、国内外の有名無名演奏家のライヴ映像が溢れるように視聴できる。 Amazon | にもCDやDVDの中古新譜情報が溢れている。
 来日演奏家を含む国内コンサート情報を調べても 独奏者にチェリストを迎えて催されるプログラムの多くに、ベートーヴェンチェロ・コンが取り上げられていることが確認できた。ドヴォルザークと双璧な人気曲であることは間違いないようだ。
 さらにプロ/アマ問わず、この曲について 音楽批評家・愛好家が独自に 解説や感想を語ったブログも膨大な量があり、たまたま目についた竹内貴久雄氏のイチ推しだというクリスティーヌ・ワレフスカ(PHILIPS )盤についての熱い思いを綴った文章などを読むと、思わずもう一枚入手してみたくなってしまう。

 どうやら楽聖ベートーヴェンの作品に 今、「チェロ協奏曲イ長調 」という名曲が存在することは、認めざるを得ないようだ。楽曲自体は ベートーヴェンにしか創り得ない、素晴らしい作品であることには間違いなく、少なくともぼくは これを聴くことが出来て 本当に良かったと、心から思った。
 それにしても、いつからこういうことになってしまったのか、解らない。
 かと言って、ベートーヴェンの既存の名曲とされている楽曲の存在を わざわざ否定する発言をする必要が 今さらあるのか、とも考えるようになった。
 そんなことをしても ただ無視されるか、下手したら この世界では 変人扱いされるだけだから。 ん ?  ・・・「この世界 」では ? 

 ふと ぼくは ひらめいた。
 もしかしたら、ぼくは 自分でも知らず 時震か何かをきっかけに 「この世界 」に来てしまったのではないか、すなわち そこは「ベートーヴェンのチェロ協奏曲がある世界 」だ。さらに、その末に思いついたことは、「もし 何かをきっかけに、ぼくが今まで暮らしていた現実とは別の、もう一つの現実世界 パラレルワールド - あり得るかもしれない別の世界 - に迷い込んでいたとしたら 」 ぼくの不思議な体験にも ひとつの筋が通る - という かなりファンタスティックな発想だった。
 「パラレルワールド 」とは、SF的四次元空間の発想とは異なり、現行世界と同じ次元に存在する「並行世界 」のことだ。現実とは少しずつ異なる世界が、まるで両手の合わせ鏡をずらして見るように、左右にずらーっと広がって無限に存在する(かもしれない )、そんなイメージである。

 互いに隣り合った世界との差異が 極く小さなものであるかもしれない。
 たとえば 歯ブラシの形状とか、コンピュータのマウスの基本デザインとか、お隣の若い奥さんのほくろの位置とか、そんな誰にも気づかれないような相違点しか無いかもしれない。
 それが、たまたまぼくの迷い込んだ世界では ベートーヴェンの「チェロ・コンチェルト 」一曲が 余計に存在しているだけの差異だとする。けれど、もし迷い込んだ人間が ぼくのようなクラヲタではなく クラシック音楽に無関心な男だったとしたら、そこは何の疑問も抱かずに 移動先のパラレルワールドで 他には何一つ変わらぬ日常を暮らすのだろう。
 
 そうだ、そうとしか考えられない。あるいは ぼくは気が狂ったのだ、そのどちらかだ。
 納得できない、理解できない、この気持ちを、しかし ぼくは自分のブログに呟くことしかできなかった。といっても、月に一度くらいしか更新しないような初心者のダメ・ブログだったから 訪問者の人数も推して知るべしだったが、でもこの話題に対しては めずらしく二名ほどのコメントが付いた。

マーラー X クック版 モリス(PHILIPS)
 そのひとりは、自分が マーラー第10交響曲が存在しないパラレルワールドからやってきた男性で、この世界に来て初めてマーラー遺作シンフォニーが復元されているのを聴くことができた、その大いなる感動を詳細に綴っていた。

Abbey Road Out Take-4
 もうひとりは、クラシック音楽ではなかったけれど、ビートルズのラスト・アルバム「アビー・ロード 」が存在しないパラレルワールドからやってきたという女性のメールだった。彼女がやって来る前の世界においては ビートルズのラスト・アルバムは 「レット・イット・ビー 」であり、その後 四人が「アビー・ロード 」を作るために再集結することはなかったのだという。現実世界のアルバムに収録されている作品は、彼女のパラレルワールドでは 各メンバーのソロ・アルバムの中に 形を変え、分散して収められていた。例えば名曲「サムシング 」と「ヒア・カムズ・ザ・サン 」は ジョージ・ハリスンの三枚組「オール・シングス・マスト・パス 」の中に、という具合に。

 いずれも興味深い内容だったけれど、でも 彼らの文章は“釣り”かもしれない、ぼくが自分自身で真相を知り得ぬのと同じで、その真偽のほども解らない。だから ぼくは これらの文章を公開せず、削除することにした。もちろん返事をすることもなかった。

Das Ende


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