スケルツォ倶楽部 
Club Scherzo
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ポピュラー・スタンダードにおける
「ヴァース 」 Verse の源流を辿っていくと、
歌劇のレチタティーヴォに行き着いた。


 こんにちは、“スケルツォ倶楽部発起人(妻のほう )です。
 前回は、いつもお世話になっているカフェ・ソッピーナマスターが衝動的に書いてくれた文章でしたね。
 そこで 才媛 椎名林檎さんが ジャズのスタンダード・ナンバー「ザ・レディ・イズ・ア・トランプ The Lady Is A Tramp を 自由奔放かつ凄まじくヒップなアレンジで楽曲を再構築していたにもかかわらず、ヴァースは省略することなくきちんと歌っていたことに わたしもたいへん驚き、原曲を尊重する林檎さんの 音楽に対峙する真摯な姿勢に好感を覚えたことを 書き添えておきたいです。
東京事変「その淑女(をんな )ふしだらにつき 」 東京事変_深夜枠(東芝EMI )
▲ 前回の記事 ⇒ 「その淑女ふしだらにつき The Lady Is A Tramp

 今宵の話題は、その「ヴァース 」なるものについて… です。
 さて、今日 ジャズのスタンダード曲でもいわゆる「歌もの 」と呼ばれるポピュラー・ソングの多くが 元々はミュージカル・ナンバー出自です。その名残から 舞台上で進行しているドラマの台詞から始まって スムースにメイン・パートの「コーラス 」Chorus(あるいは「リフレイン 」Refrain )へと繋げる「橋渡し 」的な役割を担うパートが、「ヴァース 」Verse と呼ばれる部分なのです。

 ・・・ええと そうですね、ここで 一曲 わかりやすい例を挙げましょう。
 みんなが知ってる「ドレミのうた 」は、「レディ・イズ・ア・トランプ 」と同じくリチャード・ロジャーズが作曲した傑作ミュージカル「サウンド・オヴ・ミュージック 」の人気曲ですが、ご存知のとおり、ヒロインであるマリア先生が 美しいアルプスの風景を遠望する緑の草原で 子ども達に音楽を教えようとする場面で登場します。

ドレミのうた(サウンド・オブ・ミュージック )
 ギターを手にして 授業を開始しますよ - って Let’s start at the very beginning … ここからが「ヴァース 」です。もはや素の台詞ではなく、台詞と歌との中間に位置して まさしく「語るように 」歌い、「歌うように 」語ります。
 最初のうちマリア先生は 音階を文法のABCと同じように説明しようとするのですが、上手くいきません。うーんと、考えこんで立ち止まると 音楽にも柔軟にテンポ・ルバート tempo rubato がかかります。 Let’s see if I can make it easier (もっとやさしくできないかな ) と独り言をつぶやくと次の瞬間 何かひらめいたように 躊躇なく歌いだすマリア先生。 Doe – a deer, a female deer … はい、ここからがコーラス(リフレイン )有名な「ドレミのうた 」です。
 ごく短い些細なシーンですが、もし素の台詞から突然「ドレミのうた 」が始まっていたら・・・ って想像したら、いかがでしょう ? なんとも不自然だと思いませんか、ありがたみがないというものです。けれど この位置にヴァースを置いてみることによって、「どうやって子どもたちに教えようかしら 」と悩むマリア先生が、天啓を得たように思いついた名案で難問を解決する、という小さなドラマ、小さなカタルシスが ここでは とても見事に表現されていると思うのです。そう考えると、ヴァースとは ちょうど淡水海水の中間に位置する 音楽の「汽水域 」のような位置づけですよね。

 はい。“スケルツォ倶楽部会員の皆さまなら すでにお気づきのとおり、ヴァースを伴ったナンバーの多くが「ミュージカル・ナンバー 」だった・・・ というところがミソです。もはや言うまでもなく、「ヴァース 」の前身とは、西欧伝統のオペラ(歌劇 )レチタティーヴォに他ならぬでしょう。

モーツァルトの歌劇から レハールのオペレッタまで

 レチタティーヴォアリアの具体例を探そうと思えば、ヘンデルの歌劇「セルセ 」から タイトルロールの歌う 屈指のアリオーソ「オンブラ・マイ・フ 」 、ベートーヴェンの歌劇「フィデリオ 」から レオノーレの劇的な「悪漢よ どこへ急ぐ 」など - それこそ もう枚挙に暇(いとま )がないほどですが -  2月11日に 当スケルツォ倶楽部に投稿した 過去記事(ハイドンの交響曲第98番は 急逝したモーツァルトへの追悼だったのではないか  でも話題にした、モーツァルト歌劇「フィガロの結婚 」第三幕で、伯爵夫人ロジーナレチタティーヴォスザンナはまだ来ないのかしら 」から 続く名アリア「楽しい思い出はどこへ 」Dove sono i bei momenti への流れなど、まさしくドラマに沿ってヴァースからコーラスへと辿り着くミュージカルの音楽と一致するものではありませんか。
ジモーネ・ケルメス Simone kermes クルレンツィス「フィガロの結婚」全曲(SONY) モーツァルト
モーツァルト:
歌劇「フィガロの結婚 」
ジモーネ・ケルメス (ソプラノ、伯爵夫人 )
テオドール・クルレンツィス(指揮 )
ムジカ・エテルナ (ピリオド楽器オーケストラと合唱団 )
録音:2012年09~10月、ロシア ペルミ国立歌劇場
音盤:ソニー・ミュージック・エンタテインメント(3枚組 )


 ・・・と言っても、モーツァルトロッシーニといった 西欧クラシックの古典オペラから 突然ブロードウェイ・ミュージカルへ一足飛びに繋がるわけはありません。やはり音楽史的にもヨーロッパからアメリカへの橋渡しを担った「汽水域 」的舞台芸術のジャンルがありました。
 それが フランス発祥とされる「オペレッタ 」です。
 当時(19世紀中頃 )あまりにも重厚長大なヴェルディ(イタリア )やワーグナーの楽劇(ドイツ )が 全ヨーロッパを席巻する勢いだったことに対する一つの反動だったのではないかと思います(って、この部分は感覚で書いてます。スミマセン )。
 オッフェンバック(「天国と地獄 」 )、スッペ(「ボッカチオ 」 )、ヨハン・シュトラウス2世(「こうもり 」 )の時代を経て、いよいよ20世紀に入ると レハールの傑作「メリー・ウィドウ 」、 ベナツキーの「白馬亭にて 」が 世界的な大ヒットとなります。
 この時期、ウィーンから戦禍を逃れて渡米していたコルンゴルトが、オリジナル・ミュージカルをアメリカで手掛けなかったことは、誠に惜しいことと思います。もしも 天才コルンゴルトが 一本でもわかりやすいミュージカル作品を作って成功させていたら、音楽史的にも ヨーロッパアメリカを 20世紀にジョイントさせる重要な作品となったに違いないのですが(って、この部分も感覚です。あしからず )。

 ・・・もとい。喜歌劇「メリー・ウィドウ 」の中で「ヴァース 」が聴ける代表的なナンバーと言えば、第二幕冒頭 美しい未亡人ハンナが祖国の歌を紹介する朗唱的な部分「故郷に帰ったつもりで 」 - ここは明らかにレチタティーヴォでしょう。そして有名な「ヴィリアの唄 」へと移行するわけですね。
Elisabeth Harwood レハール 喜歌劇「メリー・ウィドウ 」カラヤン DG
レハール:
喜歌劇「メリー・ウィドウ 」
エリザベス・ハーウッド (ソプラノ、ハンナ・グラヴァリ )
ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮 )
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録 音:1972年02月、ベルリン
音 盤:ドイツ・グラモフォン(POCG-2870~71 )


ミュージカル・スタンダード、ガーシュウィン、ロジャーズ…

 はい。それでは、いよいよミュージカルです。言うまでもなく、代表的な作曲家と言えば やはりジョージ・ガーシュウィンでしょう。
 ガーシュウィンの 主にミュージカル・ナンバーの名曲ばかりを集めた クラシック畑のアーティストによるアルバムをと言われたら、やはり選曲の良さから キリ・テ=カナワの「シングス・ガーシュウィン 」あたりが手頃な一枚ではないでしょうか。
 ・・・とは申しても、わたし個人的にはクラシックのソプラノ歌手ガーシュウィンのナンバーを歌うこと自体、スノッブ臭が鼻について どうにも昔から生理的に好きになれないのですが。
映画「ファンタジア 」に出演した ジョージ・ガーシュウィン キリ・テ=カナワ_ガーシュウィン名曲集(EMI )
シングス・ガーシュウィン Sings Gershwin
キリ・テ・カナワ(ソプラノ ) Kiri Te Kanawa
ジョン・マグリン指揮John McGlinn
ニュー・プリンセス・シアター・オーケストラNew Princess Theater Orchestra
収録曲:
Somebody Loves Me(誰かが私を愛してる )、Boy Wanted、Things Are Looking Up、Love Walked In(歩み入る恋 )、Love Is Here To Stay(わが恋はここに )、Someone To Watch Over Me(やさしい伴侶を )、But Not For Me、Summertime、The Man I Love(わたしの彼氏 )、Soon、Meadow Serenade、Nice Work If You Can Get It(上手くやれたら )、By Strauss、Embraceable You、I Got Rhythm
録 音:1986年6月 ニューヨーク
音 盤:EMI(東芝EMI/TOCE-9085 )

 このアルバム収録曲全15曲中のうち 何と11曲にヴァースが付いています。
 ミュージカル・ナンバーの「 」のような存在であるヴァースは、主人格である「歌(コーラス ) 」をこれから聴こうという聴衆に対して あらかじめ説明を加えたり、正しい理解を助けるための情報を与えたりと、そこに背負わされている使命の大きさに深く感じ入ります。
 とりわけ「やさしい伴侶を 」との邦題で 古くから親しまれてきた 屈指の名曲 Someone To Watch Over Me などは、ヴァースの歌詞を聴いておくことが絶対に必要だと思います。なぜなら、そこには主人公の「心に描いた理想の女性をきっと探し求める 」という決意が織り込まれているからです。もしリサイタルやライヴハウスなどで この「やさしい伴侶を 」を 歌手が単独で歌う際に ヴァースをカットしてしまったら、聴衆は重要な情報を与えられぬまま 有名なコーラス There’s a somebody I’m longing to see … を迎えることになってしまい、それではせっかくのガーシュウィンの世界も縮小され、本来受けられる感動も半減です。音楽に接する時、いかにヴァースが重要であるかを 私たちは 今一度 考えてみる必要があると思います。


エラ・アット・ジ・オペラ・ハウス Verve
エラ・フィッツジェラルド:
アット・ジ・オペラハウス Ella At The Opera House
パーソネル:
エラ・フィッツジェラルド(ヴォーカル )
オスカー・ピーターソン(ピアノ )
ハーブ・エリス(ギター )
レイ・ブラウン(ベース )
ジョー・ジョーンズ(ドラムス )17、18を除く
コニー・ケイ(ドラムス )17、18のみ
ロイ・エルドリッジ(トランペット )、J.J.ジョンソン(トロンボーン )、ソニー・スティット(アルトサックス )、レスター・ヤング(テナーサックス)、イリノイ・ジャケー(テナーサックス )、コールマン・ホーキンス(テナーサックス )、フリップ・フィリップス(テナーサックス )17、18のみ
収録曲:
 01. It's All Right with Me
 02. Don'cha Go 'Way Mad
 03. Bewitched, Bothered and Bewildered
 04. These Foolish Things
 05. Ill Wind
 06. Goody Goody
 07. Moonlight in Vermont
 08. Them There Eyes
 09. Stompin' at the Savoy
録 音:1957年09月29日、
シカゴのオペラハウスでの実況録音(ステレオ)
 10. It's All Right with Me
 11. Don'cha Go 'Way Mad
 12. Bewitched, Bothered and Bewildered
 13. These Foolish Things
 14. Ill Wind
 15. Goody Goody
 16. Moonlight in Vermont
 17. Stompin' at the Savoy
 18. Oh, Lady Be Good
録 音:1957年10月07日、
L.A.シュライン・オーディトリアムでの実況録音(モノラル )
音 盤:VERVE原盤(ポリドール POCJ-9142 )

 女声ジャズ・ヴォーカルの最高峰だったエラ・フィッツジェラルドの名盤「アット・オペラハウスAt The Opera House を、もしお手元にお持ちでしたら、そこに収録されている スタンダード曲「ビウィッチト 」Bewitched, Bothered, And Bewildered (モノラルのほう )を、ぜひお聴きになってみてください。
 ちなみに「ザ・レディ・イズ・ア・トランプThe Lady Is A Tramp と同じ、これも ローレンツ・ハート(作詞 )/ リチャード・ロジャーズ(作曲 )のコンビによる作品です。
 オスカー・ピーターソンのピアノ伴奏に乗って エラが短くヴァース部分を語りますが、まるで冷えた心を温めるように 徐(おもむろ )に I’m wild again … と コーラス部分を歌いだした瞬間、このナンバーが名曲「ビウィッチト 」であると気づいたシュライン・オーディトリアムの聴衆から 一斉に歓声と拍手が自然発生的に挙がるのです、さらにそれが ステージのエラにも伝わったということまで 会場の雰囲気ではっきりと判るのですから、もう感動的です。
 ここは、ステージと客席が交流する一瞬を最高の形で記録した 稀有なライヴ・レコーディングと言えます。この名盤は、L.P.時代 シュライン・オーディトリアムでのライヴを収録したモノラル盤と、シカゴのオペラ・ハウスの模様を収めたステレオ盤の二種があり、当然異なる演奏内容にもかかわらず、選曲が殆ど同じであったために 誤って同一の音源だと思われていましたが、現在は一枚のCDに両日の演奏内容すべてが収録され、その違いを わたしたちも手軽に聴き比べることができます。

スターダスト
 コーラス(リフレイン )部分と対等にヴァースも有名な アメリカのポピュラー・スタンダードと言えば、ホーギー・カーマイケルの「スターダスト 」Stardust でしょう。クラシック歌曲にも匹敵し得る名曲と思います。
 が、これはヴァースを持ちながら ミュージカルとは無縁の「単独作品 」でした。その内省的で美しいヴァースAnd now the purple dusk of twilight time … で始まり、有名なコーラスSometimes I wonder why I spend the lonely night … という歌詞の部分からです。

ナット・キング・コール 枯葉(Capitol ) クリフォード・ブラウン_スターダスト ウィントン・マルサリス_スターダスト(CBS)
 発起人のほう )のお父上が 生前 愛聴されていたという ナット・キング・コールによる美しい発音のレコード(Capitol / 東芝 )や クリフォード・ブラウントランペット )の有名な「ウィズ・ストリングス 」(Emarcy )が思い入れも深くて懐かしいです。どちらも素晴らしいのですが、後者は惜しくもヴァースを省略しています。それでは 他にストリングス・オーケストラ伴奏企画で、ジャズ・トランペット奏者が演奏する「スターダスト 」といえば ? やはりウィントン・マルサリスCBS )盤が大好きですね。ロバート・フリードマンによるモダンで苦みのある弦楽アレンジも渋くて素晴らしく、冒頭もきちんとヴァースから入っていますし、意外な転調を聴かせるコーラス以降の控えめなストリングスの動きも とても良いです。

Sinatra Strings
シナトラ & ストリングス Sinatra & Strings
併録曲:All or Nothing At All、Come Rain or Come Shine、I Hadn't Anyone Till You、It Might As Well Be Spring、Misty、Night and Day、Prisoner of Love、Stardust、That's All、Yesterdays
録 音:1962年
音 盤:Reprise(ワーナーBros. P-7715 )

 ひとつ突出して個性的なレコーディングがこれ、フランク・シナトラによる歌唱です。これもたまたま「シナトラ・アンド・ストリングス 」という弦楽オーケストラ伴奏で歌っている企画アルバム(Reprise / Wea )なのですが、ここでシナトラは 名曲「スターダスト 」を、何とヴァースだけしか歌っていません( ! )。クリフォード・ブラウンのように コーラスだけというのは よくありますが、ヴァースのみ歌って、はい終わり - というのは かなり珍しいですよね。有名なレコーディングなので ご存知の方も多いでしょうが、意表を突いた 確信犯的な犯行ですね。

 ヴァースを話題にすると、ホント限(きり)がなくなってしまいます。
 本当は、最初にポール・マッカートニーのアルバム「キス・オン・ザ・ボトム 」と リンダ・ロンシュタットネルソン・リドル・オーケストラと80年代にレコーディングした スタンダード・ナンバーのアルバム三部作について、書こうとしていたのですが、今回は そこまでに至らず、前置きだけで(文字どおり ヴァースだけで - 笑 )終わってしまった格好です(タメイキ )。さ、気をとり直し では またいつか !


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