Getz Children Of The World (CBSソニー 25AP-1696 ) スケルツォ倶楽部 ⇒ 全記事 一覧は こちら
午後のジャズ喫茶 「カフェ ソッ・ピーナ」から
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バド・パウエル
「パリの大通り Parisian Thoroughfare」


 こんにちは、スケルツォ倶楽部発起人” 妻 のコーナーです。
 わたしたちの自宅から 徒歩 約10分ほどの距離、公園そばに建つオレンジ色の雑居ビル2階に入ってる ジャズ喫茶 ソッ・ピーナ」 は、お気に入りの場所です。ここは僅か12坪ほどの広さですが、壁一面ガラス張りの明るい店内の内装は、ごく普通の喫茶店を擬装しています(忍び笑)。
 わたしは 毎週2回はここに通って、音楽オタクで独身の二代目マスターが選んでくれる ジャズジャズ周辺ディスク を お店の自慢のオーディオ・セットで聴かせてもらいつつ、美味しいコーヒーを楽しみながら、マスターが時々爆発させる ウンチク談議 にも耳を傾けています。

 さて、今日も十二席あるテーブル席の全部がカラッポなのを 「またか・・・」と、横目で眺めつつ いつものカウンター席へ座ることに。・・・あ、マスターに わたしの視線、気づかれてしまった。
マスター  「・・・ いらっしゃい。お先にご注文を」
わたし   「えーっと。先週の続きで、クリフォード・ブラウンの演奏する『パリの大通り Parisian Thoroughfare 』っていう曲を聴きたいです。 あ、モカも淹(い)れてくださーい」
マスター  「んー、普段は、曲単位のリクエストは受けてないんですけど・・・ま、今日は たまたま 他に お客さまがいらっしゃらないから、サービスしましょう」
・・・ですって。常連客に向かって ― 。しかも「たまたま」って何? ま、いいけど・・・(わだかまりつつ、音楽に耳を傾けることに)。

 マスターが選んでくれたディスクは、エマーシー・レーベルの名盤「 クリフォード・ブラウン & マックス・ローチ Clifford Brown And Max Roach(Emarcy) 」という 演奏者名と掲題のタイトルが同じレコード。但し 今回はCDで。

Clifford Brown And Max Roach Quintet
(2曲目)「パリの大通り Parisian Thoroughfare」
 
Clifford Brown and Max Roach(Emarcy)1954
クリフォード・ブラウン Clifford Brown(tp.)、
ハロルド・ランド Harold Land(ts. )、
リッチー・パウエル Richard Powell(p.)、
ジョージ・モロウGeorge Morrow(b.)
マックス・ローチ Max Roach (ds.)
録音:1954年8月2日(Emarcy 814 645-2)


マスター  「1940年代後半ミントンズ・プレイハウスの常連だった - ということは、50年代モダン・ジャズ開拓者の一人だったと言える 天才ジャズ・ピアニスト バド・パウエル Bud Powell が作曲した 名曲 Parisian Thoroughfare。これには『パリの大通り』という邦訳以外にも、そのまま『パリジャン・ソローフェア』と表記される他、『パリの舗道』とか『パリの目抜き通りで』という邦題もあります。ブラウン=ローチ・クインテットによる ここでのアレンジ演奏は、冒頭 花の都 パリの街の喧騒が楽しく音楽で描かれます。ハロルド・ランドテナー・サックスが、次々と ガーシュウィンの『パリのアメリカ人』、オッフェンバックの『天国と地獄』、『ラ・マルセイエーズ』といった、プロト・タイプ的にフランスをイメージさせるメロディを 断片的に引用して、クリフォード・ブラウントランペットも 凱旋門やエッフェル塔を抜けてパリ市内を走り回るタクシーのホーン・クラクションのノイズを音楽的に模倣します。そんなイントロもそこそこに、やがて『パリジャン・ソローフェア』の 流れるようなテーマが、トランペットとサックスのユニゾンによって奏でられるのを聴いてください」
わたし  「わー 大好き、この三連符の流麗な名旋律ハード・バップのピアニスト によって生み出されたことが ちょっと信じ難い・・・って、それほど これ 魅力的洗練されたメロディコード進行を持っているわね。主調はへ長調だけど、ほら 17小節目に突然イ長調に転調。あ、21小節目にはハ長調へ、そして 25小節目にはへ長調に回帰するという発想、曲の鮮度を今も落とさずに保たせている秘密ではないかなって、考えたりしちゃう」
マスター  「テーマ呈示の後、ハロルド・ランドによるソロが1コーラス、ブラウニーのソロが2コーラス、ピアノ・ソロが1コーラスあってから、トランペット → ドラムス → サックス → ドラムス → トランペット → ドラムス → サックス の4ヴァース交換、そしてローチによる54小節以上のタイトなドラムス・ソロが入ります。その後、演奏は アンサンブルからテーマの再現に戻って、終わります。どうでしたか?」
わたし  「あー、良かった。名演ねー。どうもありがとう」

マスター  「(ここでディスクをストップさせ、)次は、この録音から28日後同じグループのメンバーによって、8月30日カリフォルニア・クラブ ライヴ収録された演奏です」。
The Best of Clifford Brown And Max Roach in Concert ! (GNP-S18)
(4曲目)「パリの舗道 Parisian Thoroughfare」
 
Clifford Brown  Max Roach in Concert
クリフォード・ブラウン Clifford Brown(tp.)、
ハロルド・ランド Harold Land(ts. )、
リッチー・パウエル Richard Powell(p.)、
ジョージ・モロウGeorge Morrow(b.)
マックス・ローチ Max Roach (ds.)
録音:1954年8月30日(レコードのA面)
GNP(キング KICJ-8003)


マスター  「有名なGNPクレッセンド・レーベル名盤イン・コンサート』です。録音された時期も 上記スタジオ・ヴァージョンと殆んど同じ頃の演奏ながら、ミュージシャンの気合いが違うんです。同じ『パリジャン・ソローフェア』での 演奏の印象を比較してみますと、どちらもテンポは ほぼ同じ速さ を維持。さすが名手マックス・ローチの、ドラムス演奏の安定度が測れるというものです。でもソロの回し方には大きな変化があって、テーマの後 ハロルド・ランドテナー・サックスによるソロは2コーラスと倍になってます。長さだけでなく、彼のソロの内容も スタジオ盤より良くなってます。次に続くブラウニーのソロ、長さこそスタジオ盤と同じ2コーラスですが、彼の即興の中身の方は、このライヴ録音の方が数段上の出来栄えです」
わたし  「わあ、たしかに。1コーラス後半辺りから16分音符の即興の楽想フレーズが 溢れるように湧き出して止まらない有様には、聴いているこちらが呆然としちゃうわね」
 ・・・ ちなみに、この「イン・コンサート」盤の1曲目「ジョー・ドゥ」でのブラウニーのトランペット・インプロヴィゼーションも実に素晴らしく、一瞬ですが まるで速射砲のようにタンギングを炸裂させてみせる個所では、まだソロの途中なのに 興奮した聴衆が拍手喝采を始めてしまうほどです。
マスター 「『パリジャン・ソローフェア』に話題を戻しましょう。スタジオ盤と異なって、ピアノのソロはカットされ、直ぐにローチのドラムス・ソロに入っていますね。こちらもライヴ盤の方が遥かに勝る勢い を持ってます。これは きっとブラウニーの熱いソロが、ローチのスティックに火を点した結果なのでしょう」
わたし  「あー、良かった。これも凄演ねー。どうもありがとう」
マスター  「いえいえ(ここでディスクをストップ)、『パリジャン・ソローフェア』を聴くんだったら、やっぱり作曲者パウエルオリジナルな演奏も聴いておかなきゃダメでしょう。これから おかけするのは、バド・パウエルの、たぶん最初に録音された演奏です」
わたし  「はい・・・」

The Genius of Bud Powell(Verve)
(A面1曲目)「パリジェンヌ・ソロフェア Parisian Thoroughfare」

ザ・ジニアス・オヴ・バド・パウエル(Verve)1951
バド・パウエル Bud Powell(p.)
録音:1951年2月録音
Verve(ポリドール LP:MV-2545)


マスター  「レコードなので 針音にはご容赦を。これは 作曲者自身によるピアノ・ソロ演奏です。アート・テイタムオスカー・ピーターソン みたいに ピアノの技巧的には まさに完璧な演奏でしょ、音楽が生き生きして脈を打つ素晴らしさブラウン&ローチ盤での同曲も 決して悪くはないけれど、イントロ部分を繰り返し聴かされたら、さすがに ちょっとクドイ感じが否めません」。
わたし  「うーん、バド・パウエル自身の演奏のイントロは、ごく さり気なく始まるとてもお洒落な印象ね。ピアノの鍵盤の上を パウエルの指が流れるように即興フレーズを紡ぎ出してゆくのを聴くのは、快感の一語炸裂する音数の多さにも耳を奪われちゃうなー」。
マスター  「演奏時間も わずか 02:28 」
わたし  「はー、気持ち良かった。バド・パウエルって、今 入手しやすいCDの有名な演奏っていうと、やっぱりブルーノートじゃない? でも若い頃の録音を聴くと、本当に名手だったんだなーって、つくづくわかるわねー」
マスター  「(またディスクをストップさせ、)そう、ブルーノートですね。ブルーノートバド・パウエルが弾く『パリジャン・ソローフェア』の演奏も、ここで きちんと聴き比べておかなくちゃ イケナイと思うんです」
わたし  「はあ、そうですね・・・ 」

The Amazing Bud Powell Vol.1(Blue Note)
(12曲目)「パリジャン・ソロフェア Parisian Thoroughfare」

ジ・アメイジング・バド・パウエル(Blue Note)1951
バド・パウエル Bud Powell(p.)
カーリー・ラッセル Curly Russel(b.)
マックス・ローチ Max Roach (ds.)
録音:1951年3月1日録音
Blue Note(東芝EMI/TOCJ-1503)


わたし  「マックス・ローチドラムスが入ってくると『壮絶』っていう形容がぴったりね。パウエルの指先が奏でる即興のフレーズは、まさしく 今 リアルタイムで生み出されてますっていう表現がぴったり。即興演奏家楽想を生み出す 深い苦しみ霊感を振り絞る切迫感。途中、ピアノで童謡『ロンドン橋落ちた』の引用を行なう辺りから、あれ? 楽想が途切れたのかしらパウエル何か叫んでる所で 音楽、突然 中断しちゃいました」
マスター  「クリフォード・ブラウンは 1956年6月26日早朝、未明まで降っていた豪雨も止んだフィラデルフィアからシカゴへ向かう途中でしたが、乗っていた車がペンシルヴェニア・ターンパイク堤防に激突する事故を起こし、同乗者のリッチー・パウエル夫妻一緒に即死してしまいました。この時、ブラウニーと共に亡くなった リッチー・パウエルという人は、ブラウニー&ローチグループのピアニストで、しかもこの『パリジャン・ソローフェア』の作曲者バド・パウエルの弟だったことでも知られています」
わたし  「へえ・・・、バド・パウエルの弟 だったのね。ところで その晩、自動車を運転していたのは誰だったんでしょうね。運転手は 酔ってたのかしら
マスター  「ハンドルを握っていたのは、リッチー・パウエルの妻ナンシーだった、ということが 後に判明しましたが、事故の原因は不明だそうです。弟と義妹を同時に亡くしたバド・パウエルは、この前後から 人間関係の悪化、経済的な問題、病気、演奏技術や音楽に対する熱意の低下など、諸問題によって1959年頃だったでしょうか、妻子を連れてヨーロッパへ旅立ってしまうのでした」
わたし  「この当時、アメリカのジャズ・ミュージシャン自国で評価されないばっかりに ヨーロッパへ移住しちゃって、彼の地で活躍することも珍しくなかったのよね。パウエルとは 1940年代のミントンズ・プレイハウス時代からの仲間だった、モダン・ジャズ・ドラムの創始者ケニー・クラーク Kenny Clarkeテナー・サックス奏者 デクスター・ゴードン Dexter Gordonピアニストでは ケニー・ドリュー Kenny Drew なんかが 欧州に移住した有名どころかな。パウエル不本意な晩年の活動は、アメリカの文化的・社会的背景も遠因だったわけね」
マスター  「次は、フランスで録音されたピアノ・トリオのレコード『イン・パリ』の中で『パリの大通り Parisian Thoroughfare』を パウエルが 久しぶりに演奏したヴァージョンで 聴きましょう」

Bud Powell In Paris (Reprise)
(CD 12曲目)「パリジャン・ソロフェア Parisian Thoroughfare」

バド・パウエル イン・パリ(reprise)1963
バド・パウエル Bud Powell(p.)
ジルベール・ロヴィエール Gilbert Rovere(b.)
カール・ドネル “ カンサス ” フィールズ Carl Donnell “ Kansas” Fields (ds.)
録音:1963年3月、パリ録音
Reprise(ワーナーミュージックWPCR-504)


マスター  「このレコードは、 “ カンサス ”フィールズが 元気一杯に 叩きまくるドラムス ばかり目立ちますが、実は 注意深く聴くと 不調パウエルの 生気を失ってよろめくピアノのプレイを、ロヴィエール堅実なベースと共に フィールズが 一生懸命 フォローしている、と考えることも出来るんですよ。きっと 偉大な功績を残してきた モダン・ジャズの創始者の一人として バド・パウエルのことを尊敬していたんでしょうね。そう思うと 涙なしには聴けません
わたし   「これほどパウエル晩年の演奏が痛々しいなんて。最盛期からの凋落という意味では、ジャコ・パストリアスの最期の日々に似ているような気がする・・・」
マスター  「この録音を聴くと、たしかに4年後に亡くなる予感さえします」
わたし  「あー、でも感動的。今まで パウエルのヨーロッパ録音は ランクが低いようなイメージを持っていたけれど、マスターの説明で聴き直したら印象が変わっちゃった。ありがとうございました」
マスター   「いえいえ(ここでディスクをストップ)、『パリジャン・ソロフェア』をリクエストした以上、他のプレイヤーによる演奏も聴いておかなきゃ やっぱりダメでしょう」
わたし  「あ、はあ・・・」

ステファン・グラッペリStephane Grappelli
「パリの舗道 Parisian Thoroughfare」

ステファン・グラッペリ パリの舗道(Black Lion)1973  Stephane Grappelli(1973)Black_Lionサド・ジョーンズの ビッグ・バンドのメンバーと録音したんじゃよ 」
ステファン・グラッペリStephane Grappelli(Violin)
ローランド・ハナ Roland Hanna(piano、electric piano)
ジョージ・ムラージュ George Mraz(bass)
メル・ルイス Mel Lewis(drums)
録音:1973年9月5日、同7日、ロンドン
Black Lion 徳間ジャパン(TKCB-70688)


マスター  「かつてはジャンゴ・ラインハルトとの共演によって、ジャズ・ヴァイオリンの頂点に位置していた フランスステファン・グラッペリの アルバム・タイトルもそのまま『パリの舗道 Parisian Thoroughfare』 」。
わたし  「あ、この魅力的なテーマヴァイオリンによって演奏されちゃうと、原曲の流麗感が一層 際立つ ような気がするなー。でも 個人的には キーボードのローランド・ハナが弾いているピアノの音だけは、エレクトリックではなく、アコースティックを選んでほしかった感じ」
マスター  「このアルバム・カップリング曲も ガーシュウィンの『魅惑のリズム Fascinating Rhythm 』、アントニオ・カルロス・ジョビンの『波 Wave』、ショパンの『前奏曲第4番 ホ短調』をジャズ・アレンジした作品など、たいへん興味深い選曲が並んでいます」
わたし   「ホントだ、オモシローい」
マスター  「このレコードのプロデューサーアラン・ベイツブラック・ライオン・レーベルは、かつてバド・パウエルがフランス滞在中に 生涯最期の貴重な正規録音( Blues For Bouffemont 邦題「姿なき檻」)を 敢行したレーベルとしても知られています。この点でも パウエルに所縁(ゆかり)のあるレコードである、と言えるでしょう」
わたし   「ジャケット・デザインも素敵ね」
マスター   「んー もっとも、これは オリジナル・デザインではないと思いますけど。さて、 最後のディスクは コレです・・・」

OTB(Out of The Blue)Live At Mt.Fuji(Blue Note)
(CD 1曲目)「パリジャン・ソロフェア Parisian Thoroughfare」

OTB ライヴ・アット・マウントフジ(Blue Note)1986
OTBトリオ
ハリー・ピケンズ Harry Pickens(p.)
ケニー・デイヴィス Kenny Davis(b.)
ラルフ・ピーターソン Ralph Peterson(ds.)
録音:1986年8月31日、山中湖畔“ マウント・フジ・ジャズ・フェスティバル・ウィズ・ブルーノート ”特設会場でのライヴ録音
(Blue Note)CP32-5406


マスター  「1986年の夏、この前年ニューヨークのタウンホールで行われたブルーノートに所縁(ゆかり)の新旧ミュージシャンたちによるコンサートが行われたことにヒントを得て、バブル景気の絶頂にあった我が国でも、富士山麓山中湖畔ニューヨーク以上の大規模な ブルーノート・フェスティバルが開催されました。その頃、おいくつでした?
わたし  「高校1年生だったかなー・・・って、コラッ 年齢(トシ)が露見す(バレ)るじゃないのっ 」
マスター   「(爆笑)あは、スミマセンでしたね。この時は ブレイキー、ミルト・ジャクソン、マクリーン、ハンコック、マッコイ・タイナー、チャールス・ロイド などなど 大成していた大物ミュージシャンだけじゃなく、スタンリー・ジョーダン、ジェームス・ニュートン、ミシェル・ペトルチアーニなど 新生ブルーノートを担う若手ミュージシャンにも 多く登場の場が与えられたことが ボクは記憶に残っているんです」
わたし  「 “OTB”って “Out of The Blue” の頭文字だったんだ。これがバンド名なのね。彼らも山中湖畔の特設ステージで演奏したわけだ」
マスター   「そうなんです。OTBは、1985年5月に ブルース・ランドヴァル(新生ブルーノート社長)と、名プロデューサー マイケル・カスクーナによって 全米からオーディションによって厳選された若い才能あるメンバーによって結成されたバンドでしたが、6月にデビュー・アルバム録音、10月リリースという あまりに速成過ぎて、 “インスタント・バンド” って、一部では揶揄されていたものです。参考までに その当時のメンバーは 以下のとおりでした」
OTB(最初のメンバー)Blue Note 1985
・マイケル・フィリップ・モスマン Michael Philip Mossman(トランペット/右から2人目)、
・ケニー・ギャレット Kenny Garrett(アルト・サックス/左端)山中湖マウント・フジ以後、ジャズ・メッセンジャーズへ正式に移籍、さらに その後 マイルスのバンドでも活躍
・ラルフ・ボーエン Ralph Bowen(テナー・サックス/左から3人目)、
・ハリー・ピケンズ Harry Pickens(ピアノ/右から3人目)山中湖マウント・フジ以後、グループ脱退
・ロバート・ハースト Robert Hurst(ベース/右端)ウィントン・マルサリスのバンドに移籍、山中湖のイベント時 ケニー・デイヴィス Kenny Davisに交替
・ラルフ・ピーターソン Ralph Peterson(ドラムス/左から2人目) 

わたし   「・・・で、彼らの演奏する“パリジャン・ソローフェア”は」
マスター   「この大規模イベントの目的のひとつは、新生ブルーノートのプロモーションでもあり、レーベルの遺産でもある 過去の偉大なジャズミュージシャンを讃えるという企画も盛り沢山でした。OTBは、快晴の富士山を背に フェスティバル初日と最終日の野外ステージのオープニングに登場して、バド・パウエルに捧げたセットの最初に、メンバーによるピアノ・トリオで“パリジャン・ソローフェア”を演奏したのです。その時の録音がコレです」
わたし  「 3:30 の短い演奏なのね。勢いのある、気持ちの良いピアノ・トリオだなー。あ、ドラムスのフィル・インが凄いわ・・・4ヴァースも躍動感あるし、フレージングは完全なバップ奏法だけど、この曲だけ聴いても ハリー・ピケンズっていうピアニストには あまり独自の個性は感じられないかな・・・」
マスター  「テーマ再現後のコーダに ご注目ですよ」
わたし   「・・・あ、この人たち 何やってんの! クリフォード・ブラウン=マックス・ローチ・クインテットパリの喧騒をイメージしながらアレンジしたリズムを まさに ここで引用しているわけね、これって、ガーシュウィンの“パリのアメリカ人”オッフェンバック二重に引用してるってことになるわね」
マスター  「でも、敢えて これをわざわざ演ってみせることによって、新生ブルーノート巨人バド・パウエルのみならず、ブラウニーローチにも敬意を捧げるメッセージにもなったと思うわけです。クリフォード・ブラウンローチ1500番台のブルーノート偉大な仕事を残していますし。」
わたし   「そうね。このライヴ盤に刻まれている 聴衆の盛んな反応と拍手は、彼らの意図したもの正しくオーディエンスに 伝わったことを示しているに違いないわ。続くパウエルのオリジナル曲“シリア”や ブルーノート盤の演奏で有名な“虹の彼方に”なんかを聴くと、ハリー・ピケンズ は すごくバド・パウエル奏法の研究をしていたっていうことが 判る気がしちゃうなー」
お待ちどうさまでした by Charles M. Schulz
マスター   「お疲れさまでした。はい、モカ。 お待ちどーさまー」
わたし  「あれ、マスター、わたしの注文 おぼえていたのね?」
マスター 「エヘン。オーダーは 決して忘れません」
わたし  「遅いよ、もー。冷めちゃってるじゃん(ストレートで一気飲み ! )」

今回は G.W.スペシャル。長々とおつきあいくださり、誠にありがとうございました。
次回は こちらへ・・・

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