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若き “発起人”の卒業論文 要約(1985年 )
「音楽における即興 」


 こんにちは、“スケルツォ倶楽部発起人です。
 お休みの日曜日、いつもの NHK-FM「きらクラ 」を聴きながら 部屋を片づけていたら、かれこれ30年以上も前 - 大学4年生のとき - に苦労して書いた 卒業論文が出てきました。

“スケルツォ倶楽部”発起人 大学生時代の “スケルツォ倶楽部”発起人
 うわ 懐かしい・・・。
 私 “発起人” (夫のほう )は、1986(昭和61)年03月 成城大学文芸学部藝術学科卒(音楽専攻 )です。その卒業論文は、イタリア音楽史がご専門だった 戸口幸策先生のご指導のもと 何とか完成できたものでしたが、その戸口先生は 昨年(2016年 )09月17日にご逝去・・・お世話になりました、心よりご冥福をお祈り申し上げます・・・。

“スケルツォ倶楽部”発起人 (2)
 もとい。 なにしろ当時はPCもワープロもない時代。提出期限が迫る日々、400字詰め原稿用紙100枚近くを 連日徹夜で手書き清書するだけで もうへとへとでした。
 今、そんな若き日の卒論を久しぶりに 読み返してみたら、そのあまりの若さに赤面、ホント恥じ入るばかりです。ごく当たり前な一般論を さも自分が発見したように得意気に掲げる文章ったら 恥ずかしさを通りこして 当時の自分に腹立たしささえ感じるほど。今の私だったら 決してこんな書き方はしないな、このまま当時にタイムスリップして 若き“発起人”自身の下手な作文を添削してやりたい、そんな衝動に駆られます(笑 )。

“スケルツォ倶楽部”発起人 (3)
 って、さすがに そんな拙卒論をこの場に晒す気には到底なりませんが、戸口教授に提出した時 一緒に添付した「要約 」のほうを、公開させて頂こうと思います。スミマセン、お目汚しにもならぬ見苦しいシロモノですが・・・。

卒業論文
昭和60年度卒業(戸口幸策ゼミ )
スケルツォ倶楽部発起人

卒業論文
音楽における即興 ~ 楽譜からの独立 ~


要約
 社会と個人の関係について、プラグマティズムの社会学者ジョージ・ハーバード・ミードは「社会が個人を作る 」という意見を述べています。たしかに社会は普遍性を持ち、その生命力は個人よりも長い - たとえば 私たち日本人なら、言うまでもなく、その言語体系はもちろん 多くの場合日本人的な考え方以外はしたことがないはずです。これは「日本社会が私たち日本人個人を作っている 」ということを指すのです。個人の展望は常に文化や社会の影響下にあります。
 同様にこの理屈は、近代記譜法が確立して以後の西洋音楽における「作曲 」という行為がすべてこの記譜法に則って為されてきたという関係にも成立します。仮に近代五線譜ではない、全く異なる記譜法によって西洋の音楽活動が営まれてきたとしたら、音楽史は全然別の方向をたどって現在に至ったことでしょう。

 世界観を問題にする時、大きく「西洋的 」と「東洋的 」とに分けることができるようです。前者は、近代的・自然支配の方向へ向かう世界観であり、後者は、生命の流れに人生の有為転変を見出す世界観です。
 しかし前者の立場から後者を理解しようとする時、西洋的な近代思考は 余りにも抽象的であり合理的なとらえ方しかできません。必要以上に具体的なもの、情緒的なものは常に切り捨てられてきました。
 近代西洋音楽の楽典から切り捨てられてきたものとは、その合理的な記譜法によっては律しきれぬものを持つ演奏行為 - 即興 - でした。即興は、ヨーロッパ的な ≪書くこと≫ の伝統的象徴たる「楽譜 」には収まりきらない ≪はなし言葉≫ や ≪語りくち≫ といった、非合理的なものだったのです。
 その意味で即興とは「東洋的 」な世界観に属するものだったと言えるかもしれません。古くて新しい、この芸術行為が ピューリタニズム(改革を唱えるプロテスタント )の国アメリカにおいて、「ジャズ 」という形式で洗練・進化しつつあるのは、一見矛盾しているようにも感じます。しかし、それを可能としたのは 現代のテクノロジーでした。録音技術や放送技術によって、音楽が直接マスの所有するところのものになるため、即興という演奏行為は その伝達方法の拡大に伴い、もはや非合理的・非近代的なるものではないのです。
(以上、1985年 )
“スケルツォ倶楽部”発起人


以下は、当ブログ内 過去の関連記事より
⇓ アフター・シュトラウス (27 )1961年 ビル・エヴァンス「ワルツ・フォー・デビイ 」 (音楽における即興

■ 「音楽における即興
 本来 音楽の要素としてたいへん重要でありながら、いわゆる西洋音楽史から殆ど すっぽりと抜け落ちてしまっている要素が「即興演奏 」です。
 W.A.モーツァルト (1756 - 1791 )が、歌劇「フィガロの結婚 」に熱狂するプラハの人々を前にして行なった演奏会(新作として初演された 交響曲第38番 ニ長調 K.504 を披露した後 )で、熱心な聴衆のリクエストに応えて クラヴィーア(当時のピアノ )による 即興演奏 を行なった、という記録があります。それは 自作の「フィガロ~ 」からのメロディを主題にした 奔放な変奏曲演奏だったとも言われ、その天才的な閃きに溢れた迫真の演奏が終わった瞬間、会場は熱狂し、拍手と歓声が長い時間 鳴りやまなかったそうです。
この関連記事⇒ こちら 「1787年、架空のプラハ・リサイタル
 クラヴィーアを弾くモーツァルト(エッチング、G.A.Sasso ) 「クラヴィーアを弾くモーツァルト 」

 ・・・しかし、言うまでもなく この時のモーツァルトの演奏を 正確に伝える方法など 当時はありません。西洋のクラシック音楽は、基本的に「記譜されることによって 音楽の再現を可能としてきた 」ため、その場で生まれては その場で消えてしまう即興演奏という形態は、再現不能であるがゆえに 評価や研究・分析の対象とはなり得なかったのです。卓越した即興演奏家であったとされるベートーヴェンパガニーニ、リストらの演奏も、残念ながら200年前の空気中に雲散霧消してしまったのです。申すまでもなく 音楽の本質とは「音 」であり、それは「(はかな )きもの 」でした。
 けれど その状況が大きく変わったのが1877年です。
 最初の蓄音機とエジソン 
エジソンと最初の蓄音機 Phonograph

 偉大なるエジソン Thomas Alva Edison(1847 – 1931 )によって発明された蓄音機による録音技術は、その後 一世紀以上の長きに渡って 改良に改良が重ねられた結果、保存された「音 」に さらに客観的で厳しい評価にも耐え得る「一定の長さ(収録時間 ) 」と「一定の質(音質 ) 」とが加わりました。これを経て、機械によって録音された(本来は一度限りであった筈の )演奏を 客観的に「繰り返し聴いて楽しめる 」という、まったく新しい体験が現実のものとなる日が 遂に訪れたのです。
 即興そのものを 主要な音楽成分としている「ジャズ JAZZ 」は、発展する機械技術の助けを借りて「レコーディング 」されることによって 初めてその真価がパブリックに見出されたものだと思います。尚且つアメリカという巨大な新しい舞台に生まれた数多くの才能豊かな演奏家の出現によって、その真実の姿は さらに美しく磨かれる場所を得た - と言えるのではないかと思うのです。
 この新しい音楽ジャンル JAZZ は、機械技術の発展という背景なしには 前世紀から これほどまでに発展を遂げることは 決してあり得なかったでしょう。 ・・・と、以上 ここまで簡単に要約してしまうと ごく平凡な「一般論 」になってしまうのが 何だかとても悔しいですが、実は コレが かつてのわたしの卒論テーマでした(「音楽における即興 」 )。

成城学園前
あの頃は 若かったです、“スケルツォ倶楽部発起人
: 写真画像の一部は 筆者の大学時代のアルバムより

 
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