本記事は12月27日 「 注目記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
皆様のおかげです、 これからも ご支援のほど よろしくお願い申し上げます。

    
スケルツォ倶楽部 ⇒ Home
メニュー こちら ⇒ Novel List
ハルサイとか聴いてるヤバい奴はクラスで俺だけ。<配信限定>
▶ ナクソス・ジャパン公式サイト アルバム情報 
小塩節先生の「菩提樹 」分析(「ドイツの森 」) に
心酔した中学生時代 ・・・


 朝の通勤途上、車中で鳴らしている FM放送から たまたま耳にした音楽(演奏 )について感じたことを、当スケルツォ倶楽部の導入= 落語でいう「まくら 」 の話題に使うことが なんとなく続いておりますが、今回の文章も 12月19日(月)朝の NHK-FM 「きらクラ ! 」再放送でのこと。
 同番組の名物コーナー “きらクラDon ! ” 第201回の正解曲 : シューベルトの名作「菩提樹 」(歌曲集「冬の旅 」より )を、ジェラルド・ムーア(ピアノ )伴奏、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウのバリトン独唱による懐かしい録音で、久しぶりにじっくりと聴かせてもらいましたよ。
シューベルトの肖像画 シューベルト三大歌曲集 ディースカウ、ムーア(DG )
シューベルト:三大歌曲集
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン )、
ジェラルド・ムーア(ピアノ )
録音
:1971年12月(「美しき水車小屋の娘 」 )
   1971年08月「冬の旅 」
   1972年03月(「白鳥の歌 」 )
音盤ドイツ・グラモフォン
   L.P.(MG-8550~3 ) CD(POCG-9874~6 )


 それにしても ことクラシック音楽に限ったことじゃありませんが、ラジオで音楽を聴くことって やっぱりオモシロいパフォーマンスだなー・・・ って感じます。
 なにしろラジオからは 初めて聴く曲(演奏)と お見合いさせてもらえるばかりでなく、かつて好んでいたのに忘れていた曲(演奏)しばらく聴く機会がなかった思い出の曲(演奏)など、何の前触れもなく突然に流れてくるわけじゃないですか。それは まるで学生時代に親しかった友人と 街角でばったり再会するような、そんなサプライズなプレゼントにも 似ていませんか。

 私にとっては、このD.F=ディースカウによる「菩提樹 」(1971年D.G.盤 )の歌唱が、まさにそれでした。
 なぜなら近年、私は「冬の旅 」を聴きたくなると、専らマウリツィオ・ポリーニがピアノ伴奏を務めた 例の 」1978年ザルツブルク・ライヴオルフェオ )盤とか、個人的に肩入れしているテノール歌手 イアン・ボストリッジと これも個性的な伴奏が特徴のアンスネス(ピアノ )とによる録音(2004年、EMI )など ばっかり 好んで繰り返し聴いていたものですから - 
Schubert_Winterreise (ORFEO ) シューベルト「冬の旅 」ボストリッジ、アンスネス(EMI )

 本来なら この歌曲集の代表的なディスクの中でも筆頭に挙げられる、ディースカウ/ムーアによる歴史的名盤(1971年、D.G. )を  -  これによって初めて 深遠なる 「冬の旅 」の世界に開眼させてもらったにもかかわらず - ここ最近はすっかりご無沙汰だったこと、正直に告白しなければなりません。
 それが、イントロの ピアノ(三連符の最初の一音 )を 気持ち溜め気味に弾きだすジェラルド・ムーアの絶妙な伴奏と、ディースカウが “Am Brunnen vor dem Tore…” と温かい懐かしさをこめて歌い出す、このワンフレーズを聴いただけで、ああ、これだ・・・ と、 私の耳は - 正確には 脳が -  しっかり覚えていました、今まで忘れていた記憶が鮮明に甦り、なぜか涙が 頬をつたって際限なく流れだし、車を運転しながら困ってしまいましたよ(笑 )。それにしてもフィッシャー=ディースカウの歌唱は、ホント素晴らしいなあ。ドイツ語の美しい発音と深みのある表現、豊かな感情表出の技術と、そして 他の歌手にはない飛び切りの個性も !

 音楽の誘い水にのって 胸の奥底から思い出が沁みでてきました。それは 私の中学生時代、この「冬の旅 」をL.P.で フィッシャー=ディースカウ美しいドイツ語の発音を聴きながら、当時 NHKドイツ語講座の講師を務めておられた 小塩節(たかし )先生の名著「ドイツの森 」(英友社 )を 愛読していたこと・・・

小塩節「ドイツの森 」(英友社 ) 小塩節「ドイツの森 」(英友社 ) (2)
 これは、ドイツ文学者として誰よりもドイツを知る小塩先生が1975年に著した「ドイツへの心の旅 」ともいえる一冊です。小塩先生が中部ドイツの典型的な町マールブルクに住んだ経験を手がかりに、町を囲む緑濃い森や川や町をつつむ城(市)壁から考察を始め、歴史と風土が生み出したドイツの文化人像を、ゲーテ、ヘッセ、リルケ、トーマス・マンといった文学者に託して語ります。ヨーロッパの、そしてドイツの本質をさぐる上で 決して避けては通れぬキリスト教について、またドイツ音楽の特質や教育などについても深く掘り下げられた良書ですが、文章は読みやすく決して難解ではありません。今でも入手できるのでしょうか、古くからある図書館になら いまも在るのではないでしょうか。おススメします。

 特に 本書の中でも、なぜシューベルトの歌曲「菩提樹」がこれほどまで美しいのか、ドイツ文学者の視点で分析された章が出色と思います。音楽を愛する“スケルツォ倶楽部会員の皆さまにも 小塩先生の洞察深い文章を ぜひ ご一緒に味わっていただきたく、以下 少し長くなりますが、一部を引用させて頂きましょう(青字 )。

「冬の菩提樹 」Lindenbaum in Maria Plain bei Salzburg
「いずみのほとり繁る菩提樹 」 小塩 節

 ドイツの古い町々には、中世やもっと昔のローマ時代につくられた市壁が今も残っている。そんな町外れの市門のそとの、噴泉のかたわらに菩提樹の円い葉が舞い落ちている。菩提樹はまるく大きな影をつくるので、町の人も村人たちも、祭の日にはこの木陰に集まってたのしみ、労働の日々にはここで水を汲み、家畜に水をつかわせたものである。
 お釈迦さまが臥しておられたという東洋の菩提樹とはちがって、ドイツのボダイ樹は、ふたかかえも三かかえもある巨木で、遠くから見ると大きなまるい冠のようである。町の広場にも、老いた菩提樹の大木が枝を張っている。わたしはよく、この菩提樹をめあてに散歩をしては、幼いころに早世した父の書斎にあった旧式の手まわしの蓄音器で聴いたシューベルトの『冬の旅 』の歌を思い出して、口ずさまずにはおれない。

Am Brunnen vor dem Tore,
Da steht ein Lindenbaum;
Ich träumt' in seinem Schatten
So manchen süßen Traum.

市門のはずれ、噴泉のほとりに
立つはぼだい樹
しげる木陰に
甘い夢をいくど見たことだろう

ウィルヘルム・ミュラー Wilhelm Müller
 原詩の作者ウィルヘルム・ミュラーは一流の詩人ではなかった。もしもシューベルトが彼の詩に作曲しなかったら後代には残らぬ詩人であったかもしれない。しかし歴史に洗われて今に残っているこの昔の詩に、いかにもドイツ的な風土と心情がみごとに刻印されていて、ここからドイツ人の魂のリズムさえ聴きとることができる。

 アム ブルンネン フォーア デム トーレ - この一行の中に、まず文の韻律から言えば、弱い母音と強い母音の組み合わせ(中略 )があって、各節四行のおわりは ― baum、Traum という韻を二行目と四行目におき、その構成が第四連のおわりまでくりかえされ、回顧的で リリカルな効果を生んでいる。
 原作者が強いては意識しなかったであろう音のひびきがわたしをとらえる。まず口を開いたはじめの「ア」という母音は、ドイツ語では多くの場合、明るくやさしい音である。むろん一般化は許されないが、この場合は明るい効果だと断言してよい。次の「噴泉」ブルンネン は、語源的に言うと一種の擬音で、ブレンネンし、ブロイエンする、盛りあがり燃え、わきたつ音だ。鋭く強い流音の r (これは日本人には苦手の音だが )、この「ル 」の音は水のはじきこぼれる音であり、水は地底の深奥から湧きあがってくる。ブルンネンのルにこもる u の音は、深い奥底からの音であり、ドイツ語では多くの場合に 憩いでありまどろみをあらわす。リルケなどでは底なしの不安を示す。しかしこの u の深くこもった音が、次のフォーアとトーレの二語の o の開音で、明るくひらけたひびきとなる。「菩提樹 」というリンデンバウムのリの音にこもる 高みにのぼる希求と力強さを受けて、バウムにこもると a と u のやわらかな複合母音のひびきの深さはどうだろう。何個の子音がいくつの母音をどのように包み、また、それらの母音がどのような音の構成をなしているか、語りだすとキリがないので、それは割愛して、ここでぜひ述べておきたいのは、各語のもつ形象性と音のひびきの不可分さである。

 「ブルンネン 」噴泉 - これは井戸をあらわすこともあるが、ドイツの都市では各戸に井戸があることは珍しく(フランクフルトの富裕な市民ゲーテの家には珍しい手押しポンプがあった )、ローマの軍隊がヨーロッパの各地に教えていった ひき水を受ける噴泉のことである。町の広場と市門のほとりに、ローマの軍隊は水汲み場をつくり、下水道を設営し、道路を石で舗装した。ヨーロッパの町々の原型はローマ人の遺していったものだった。この噴泉に朝夕の水を汲みに来るのが、女たち娘たちの日課だった。二十世紀になり、第一次大戦のはじまるころまでは、各地の町のいずみでそういう風景が見られた。ゲーテの牧歌的な叙事詩「ヘルマンとドーロテーア 」や「ファウスト 」の中にも出てくる情景だ。わたしの住んでいたマールブルクでも、お正月元旦のお茶をいれる水は、町の北はずれのいずみから娘たちがポットに汲んできていれるのだった。このブルンネンという言葉には、水のわきこぼれる音と、この語の持つ歴史的な形象が、みごとにひとつになっている感じがする。

 さらに市門「トーレ 」は、まさにドイツ的なことばである。英語のドアと同じ語源のこの語は、家の門を示すこともあるが、だいたいは市門、城門をあらわす。ミュラーの詩では、旅人がそこに憩う場所としての市門のほとりのいずみを歌っているのだから、疑いもなく町を囲む市壁にもうけらている市門である。

 ウィーンにあるシューベルトゆかりの家の門の前にも噴泉があるので、これが『菩提樹 』のいずみだなどと書いてある観光案内書を見たことがあるが、牽強付会(けんきょうふかい)もはなはだしい誤りである。第一この原詩はシューベルトの作詞ではない。 - ドイツ人が市門 das Tor という言葉にふれたとき心に浮かべるイメージは、ここから先はよその世界がはじまるという解放感と、ふるさとを離れる出発点、そしてまた市民的生活の終わりをあらわす堅固な建築物であり、そとから来る者にとっては、中世の諺どおり「ここから自由がはじまる 」、「町の空気は自由にする 」という、市民的権利の保障される「門 」なのである。日本の関所とはまるで違うものである。日本の都市には門は無かったし、これからも無いだろう。市民が自己を律し守るために作った市壁もなかったように。

 菩提樹「リンデンバウム 」という語の音のひびき。これはゆるやかな流音 l と結びついた鋭い母音 i が、上に高くゆったりとのぼり高まっていって、そしてそのエネルギーが au というやわらかい複合音でゆたかにふくらんで、王冠のようにふくよかに枝を張るドイツの菩提樹のイメージをみごとに伝えている。やまとことばの「木(き ) 」とは 日本の枯れた木らしいひびきであり、漢字の樹(じゅ )も木(もく )ももくもくと茂る中国大陸の樹木の姿を伝えてはいないだろうか。どの国の言葉にも、意味と音のひびきとがつくり出す固有のイメージがあるものだ。それをここでは、シューベルトがさらにみごとな音の世界に刻みなおしている。

 詩人は心に浮かぶイメージ形象を、他には置きかえることのできない言葉に刻む。あるときは長い彫琢を加え、あるときは一気に流れでる言葉の音楽に身をおいて。哲学者は概念の厳密な操作のうちに、そのイメージを精確な論理による観念の世界に築き、音楽家はイメージを音符にかえて表現する。つくられている言葉のつらなり、音の構造からしか、わたしたちは芸術家の心のイメージの原型に近づいていくことはできない。しかしまた、音符の集積、言葉のつらなりをいくら算術的に計算し分析しつくしても、こちら側に詩人のイメージとひとしいイメージを再構築する可能性を持っていなければ、芸術を芸術として感得することはできない。ゲーテが「自分も太陽のように輝いていなければ、眼は、太陽の光を見ることができない 」と言ったとおりである。

 さて英語やフランス語にくらべて、ドイツ語は子音が多いような感じを受ける。菩提樹が「立つ 」 steht でも、シュという子音がいかにも重い感じがする。しかし、厳密に計算すると、英語の stand(-s ) とくらべて、子音の数はむしろ少ないのである。シュという音が重い感じがするだけなので。それは、重い大地から大空に身をおこし、伸びるものの力をあらわすのだ。ちょうど跳躍をするときに助走をするが、助走に力をこめればこめるほど、跳躍それ自体は遠くへのびるように、st という音は全力的な助走で母音 e のスプリングとなり、跳躍のすんだあと、すくっと立った完成のフォームが、はぎれのよいtの音となっている。
 わたしはここで、ドイツ語だけが他の諸国語よりも音楽的であり、ダイナミックだなどと強弁するつもりは毛頭ないのであって、ドイツ語の固有のひびきをほんの少しつかみ出してみようと思うだけである。どの国の言葉にも、それぞれの響き、美しさがあるものなのだ。そして言葉は民族の魂のあらわれであり、逆にまた、言葉が民族の魂を刻むものでもある。

 『菩提樹 』の一節を口ずさみながら、わたしは そんなことを心に思いうかべている。この歌は、やはり何と言っても美しい。いったいなぜ こんなに心ひかれるのだろうか。
 小さなこの歌曲を、わたしは幼い日から何度聴いたことだろう。幾度自分でも歌ってきたことだろう。いわば、この歌のまわりをいつまでもめぐり、歩き、この歌曲の美しさの本質にふれ、自分の言葉で言ってみたいと願い続けていることだろう。一本の菩提樹の周りを廻るには二、三秒あれば足りる。しかし、この歌曲のなかを旅するには、一生をもってしても足りないかもしれない。

(中略 )

 わたしの耳には、今も 丘の上の、あるいは市門のはずれの噴泉のほとりの菩提樹の枝のざわめきが、「ここに憩いあり 」と鳴っている。

小塩節(1975年頃 ) 小塩節(近影)
小塩節/著「ドイツの森 」~「いずみのほとり繁る菩提樹」より抜粋 )



次回 は、私 発起人が 大学(藝術学部音楽専攻 )のころ書き上げた卒論のテーマ
ついでに 若かりし日のポートレートを 数葉 ご覧に入れます。

↓ 清き一票を
にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
にほんブログ村
blogram投票ボタン
人気ブログランキングへ
Club Scherzo, since 2010.1.30.

関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)