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「初めての異性(ひと )がアナタだったから
わたし、もう他人を 愛せない身体に・・・ 」

~ もし名曲との最初の出会いが トンデモ盤で だったら?  
♪ ストコフスキー「新世界より 」、スヴェトラーノフ「1812年 」


 今晩は、“スケルツォ倶楽部発起人のほう )です。
 今宵の記事は、ちょっとMUUSAN さん風なタイトルで(笑 ) 敬意を表しつつ 剽窃失礼 ! 
 さて 遠くなった若き日の記憶を顧みると、初めての異性(ひと )って とても大事ですよね。もし最初の経験が酷かったらトラウマになっちゃうし、たとえ良くても体験自体が「強烈 」だったら その後の人生さえ左右しかねないかも・・・。え、わたしですか ? ふふん、それは教えません。

 さて、重症なクラヲタクラシック音楽愛好者 )である「わが 」 = “スケルツォ倶楽部発起人が、愛するクラシック音楽と出会ったばかりの 小・中学校時代を 振り返らせて 彼の どうでもよい若き日の思い出ばなしを 聴き出しているところですが(笑 )、聴きたい音楽も容易に聴けなかった1970年代のクラヲタさんたちの不便な事情を知れば知るほど クラシック名曲を 初めて聴く時に もし選ばれたレコードが たまたま 超個性的な解釈の演奏だったり いわゆる「トンデモ盤 」だったり - ってこと 考えられませんか ? ヒドイ演奏にぶつかってトラウマになっちゃったり、純粋無垢な耳が惑わされて正しい判断力を失ったり・・・今宵は その辺の体験を (コイツ )から聴きだそうと試みるものです。

わたし 「というわけで、今夜もよろしくね 」
    「? って、オマエが何を知りたがっているのか よくわからないんだが 」
わたし 「だからさ、小学生だったアナタが 初めて名曲を聴こうとするシチュエーションを思い出せば良いのよ 」
    「あの頃は 限られた少額のお小遣いをはたいて 毎月一枚だけ名曲のL.P.レコードを買っていたよなー 」
わたし 「そうそう、なけなしのお金で どれにしようかさんざん悩んだ末に選んで購入したレコードが、でも ちょっと変わったトンデモ盤だったってこと、なかった ? 」
    「ああ・・・ あるある 」

以下は、「クラヲタなりたて 」だった 若き夫の回想録 。。。

ストコフスキー ドヴォルザーク「新世界」RCA ドヴォルザーク Dvorak
ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」
レオポルド・ストコフスキー指揮
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
録音:1973年
音盤:RCA

 そうそう、不幸にして( ? )最初に聴いてしまった「新世界より 」が、このストコフスキー(RCA )盤でした。録音時すでに御大91歳( ! ) しかし決して老いぼれていたわけはなく、これは確信犯なのです。ストコフスキーの 数ある爆演(笑 )の中でも「展覧会の絵 」やチャイコフスキー5番などと並んで、とりわけ有名なディスクですから すでに皆さまもよくご存知ですよね。
 とにかく全曲にわたってエネルギッシュで情熱的な緩急ったら物凄く、特に第一楽章のコーダで 金管が一斉にフラッター・タンギングのような破裂的トリルをかけるところ とか、終楽章でも シンバル が何と「三ヶ所 」で鳴るばかりか 銅鑼の響きまで聞こえてくる ― など、これらがストコフスキーによる独自な改変などとは知る由もなく、当時小学生だった“スケルツォ倶楽部発起人、「初めてのドヴォルザーク 」がすっかり気に入って オリジナルを 知らぬまま 何度も繰り返し このレコードに針を降ろしていた結果、すっかりストコフスキー節が 無垢な耳に刷り込まれてしまう始末。ああ・・・。


チャイコフスキー:交響曲全集 スヴェトラーノフ&ソ連国立響(6CD) チャイコフスキー_Tchaikovsky, Pyotr Ilyich
チャイコフスキー:序曲「1812年 」
エフゲニ・スヴェトラーノフ指揮
ソヴィエト国立響 USSR State Symphony Orchestra
録音:1974年
音盤:メロディア(SCRIBENDUM )

 不幸にして( ? )最初に聴いてしまった「1812年 」が、このスヴェトラーノフ(メロディア )盤でした。
 銀座の数寄屋橋S.C.にあった中古盤店ハンターで 何時間もレコードを物色しているオタクな小学生だったにあきれて、若くきれいな女店員さんが 非売品だった当盤(白ラベル第4交響曲とのカップリングでした )をプレゼントしてくださったのでした。
 それが、にとっては初めての「1812年 」 - 冒頭、ソ連のストリングス・アンサンブルが一斉に弓を弦に擦りつけるような個性的サウンドと 異常なほどの静謐な美しさ、ここだけでも特筆すべき名演奏でした。
 しかし これも皆さまご存知のとおり、このレコーディングは 帝政ロシアを打倒したソヴィエト連邦時代のものだったので、序曲の大詰めにチャイコフスキーが引用した(当時の )帝政ロシア国歌を そんな政治的な理由で、わざわざ別の旋律に差し替えられた改竄版による演奏だったとは、子どもだった“スケルツォ倶楽部”発起人には 知る由もありませんでした。
 旧ソ連では、自国の演奏家が国内で「1812年 」を演奏する際には この版を用いるべく強制されていたそうです。そんな背景などまったく知らず これがオリジナルだと思い込んで スヴェトラーノフ(メロディア )盤ばかり 繰り返し聴いていた 若き日の 発起人、これは 奇しくも 同時代にソ連で暮らしていた音楽愛好家と同じ思いをさせられていたということになります、日本にいながら(泣 )。
 間もなく私は気づきました、「何故 他のレコードではエンディングに“帝政ロシア国歌”が出てこないんだろう ? 」 - いえいえ、それは逆でした。スヴェトラーノフ盤のほうこそが、わざわざ帝政ロシア国歌を抹消した トンデモ バージョンだったわけですから。でも「何故 」という疑問を解決することはできず、しばらくの間ずっと悶々鬱々としていたのでした。

 さて、私には後日 この件について 新しく発見したような気になっていることがあります。
 ソ連当局の要請を受け、序曲「1812年 」の改竄版を編曲したのは、ヴィッサリオン・シェバーリーン(1902~1963 )という ショスタコーヴィチなどと同じソ連時代の作曲家でしたが、彼が帝政ロシア国歌の代替旋律として選んだ(ソ連当局が公認した )メロディとは、グリンカの歌劇「イヴァン・スサーニン 」のフィナーレで歌われる「わがロシアに栄光あれ 」の旋律でした。しかしグリンカのオペラは 「皇帝に捧げし命 」 というタイトルが原題で、これはロマノフ王朝の祖となった皇帝ミハイル・ロマノフを守るために自身の命を犠牲にしたという英雄イヴァン・スサーニンの伝説であり、実は ロシア皇帝を讃えるストーリーだったのです。
 さらに、この歌劇の原作(と台本の一部も )を書いていた人物は 1812年ナポレオンのロシア侵攻を 迎え撃ったクトゥーゾフ総司令官の参謀でもあった愛国詩人ヴァシーリー・ジュコーフスキー(1783~1852 )でした。シェバーリーンが「1812年 」の編曲で使用することになる 代替旋律のオリジナル歌詞とは、まさにこのジュコーフスキーによるもので 「われらがロシア皇帝に栄えあれ ! 神がわれらに与えし君よ、その王家の永遠ならんことを ! それによりロシア人民の栄えんことを ! 」というもの - すなわち ニコライ1世及びアレクサンドル2世の時代には 事実上「第二のロシア帝国国歌 」だったものでした。
 シェバーリーンは、敬意を抱いていた 偉大なチャイコフスキーの楽譜を改竄することを強いた無教養なるソ連当局への反感と抵抗を内心隠しつつ、敢えてこの「特別な 」旋律を探してきて はめこんだものではないでしょうか。

 ・・・さて、この話題 次回も 続けます(笑 )。


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