スケルツォ倶楽部
「映画のスクリーンに 貼りつけられた音楽 」  ⇒ All Titlelist

 スケルツォ倶楽部発起人です。
 この文章は、今から ちょうど 3年前 - 2013年 8月 - に発表した記事でしたが、「ひこうき雲 」に描かれた歌詞と 映画「風立ちぬ 」のドラマ内容との 驚くべき偶然の一致の妙味を伝えようと、荒井(松任谷 )由実による歌詞を 文中で 「引用 」してしまいました。
 それが「JASRAC様 」 より DMCA法による著作権侵害にあたるものとして訴えられたのだそう( ? )・・・ 名誉なことです(笑 )。
 間髪を入れず、 8月 1日16時16分、私 スケルツォ倶楽部 発起人 オリジナル文章 ( 2013年 8月13日投稿 ) を掲載した記事 は、事前に何の通告もなく FC2によって「凍結 」されてしまいました。
 ブログを運営する以上 投稿側の順守すべきルールを軽視し、「多数のユーザーに迷惑をかける行為を行った 」 ことを 深くお詫び申し上げます。 私は 忙しいので 異議申し立てを起こす気もございません。
 その代わり、上記事情を 反省 / 考慮しつつ オリジナル文章 をリライトした 適切な改訂版を ここに投稿し直させていただくものです。 - どうぞ 荒井由実 の「ひこうき雲 」 を聴きながら お読みください。



荒井由実の 「ひこうき雲 」が、
映画 「風立ちぬ 」(宮崎駿 )を ポジティヴに締め括る。
- 2016改訂版 - 


映画「風立ちぬ 」 (2) 荒井由実_ひこうき雲_TOCT-25350 荒井由実 SINGLES TOCT-25354
 宮崎駿監督によるアニメーション映画「風立ちぬ 」 - ほとんど誰もが ため息をつく間もないほど 全編 その入念なつくりに圧倒された 2時間と数分が 深い感動のうち まさに終わろうとする時、感銘深く 映画館のシートに沈みこんでいた 私は エンドロールの音楽として選ばれた意外な一曲に 驚き、耳が吸い寄せられました。
 その一曲とは、 松任谷由実 旧姓 荒井由実 の 処女作 「ひこうき雲 」 -
 映画のエンドロールは ドラマの主要シーンに使われた美しい背景画が (画面から人物を取り除かれた結果、それはまるで演者が去った後の舞台を眺めるような、どこか空虚な印象さえ感じましたが ) 順々に映し出されるという趣向で、その背景に ユーミンの懐かしい名曲が流れてきます。
 「白い坂道が 空まで続いていた 」、「あの子は死ぬ前も 空を見ていた 」、「 空に憧れて 空をかけてゆく 」 - と、その歌詞ひとつひとつに耳を傾けているうち、観ていたドラマの内容との 驚くべきシンクロニシティ (偶然の一致 )に 徐々に気づき、何だか 背筋が冷たくなるほど 感動してしまいました。

 「ひこうき雲 」は、創作当時 まだ高校生だった 荒井由実が、おそらく文学的な意味で 「死 」に憧れる感情をテーマにして これを自らとらえ、才能の迸(ほとばし )るまま 一気に書き上げた傑作です。その瑞々しさは 今も失われていません。
 「文学的な意味で 」というのは、歌詞の中の「あの子」が、「空をかけてゆく 」理由が、自死を選んだ結果だったとも、何らかの病気等が原因だったとも 敢えて特定できないような言葉の表現を、作者が とても慎重に選んでいるという点にあります。
 荒井由実は、当時の社会のマイノリティな風潮のひとつでもあった、すなわち 若者が美しい死に憧れる 感情に ある部分で 「共感 」し、これをテーマにして「ひこうき雲 」を仕上げたのではないかと思われます。
 この時、少女だった荒井由実に 何らかの自殺願望があった云々などという文章を いろいろな場所で目にしますが、そういう危険な願望が あった / なかった などという議論は、「ひこうき雲 」という あまりにも優れた 「フィクションとして完結している創作世界 」にとっては、この歌の成立に モデルが いた / いなかった という考察と同様、もはや とるに足らぬレヴェルのことに属します。
 なぜなら この詩が「 」をテーマにしていることは 間違いないのですが、しかし、たとえば「飛び降りた 」とか「落ちてゆく 」などといった 悲惨な光景につながるような描写が一切なく、むしろ より高いところへ 「昇ってゆく 」、「舞い上がる 」、「かけてゆく 」という、死を想う ことによって 逆に 生を肯定する ような、どちらかといえば 明るい とさえ言い得る イメージを、濃厚に感じるためです。
 映画「風立ちぬ 」に この「ひこうき雲 」が使用されることが決まってから、松任谷由実が 読売新聞のインタヴューに応えている記事をみつけました。それは、私 “スケルツォ倶楽部発起人の この浅い直観を まるで裏づけてくださるような発言内容でしたので、注目しないわけには ゆきませんでした ( って、二重否定の肯定文です )。 以下、誠に勝手ながら、引用させて頂きます。

風立ちぬ_「生きねば。」
松任谷由実   「 『風立ちぬ 』 - この映画のキャッチコピーが 『生きねば。』 でしょう。 『 ひこうき雲 』 は、私にとって レクイエム(鎮魂歌 )ですが、レクイエムって 生きていく者たちに 力を与えるものだと思うんです。それでよかったんだって思えることで 人は 次に進める。映画も まさにレクイエム的な終わり方。観客も作り手も まだまだ人生は続くんだっていう反転したポジティヴ(なメッセージ )で終わっていく。自分の曲だけど、ラストにふさわしいと思えたのは そこなんです。帰結に役立ったかもしれないと思うと、すごく嬉しかったです 」
(出典は 以下サイトより )
松任谷由実さん インタビュー ≪ 「ひこうき雲 」 は大切に封印してきた特別な曲≫
( 聞き手・依田謙一 2013年8月6日 読売オンライン / 読売新聞より )



映画「風立ちぬ 」 (3)
 それでは、“スケルツォ倶楽部”発起人 が、映画「風立ちぬ 」を観て、感じたままを覚え書き風に 綴ります。
 まず 最初の印象は、宮崎作品においてはめずらしく、現実の場面と ファンタジー場面との間の 境界線が たいへん明確に 引かれている ということでした。
 過去のジブリ作品を いくつか 思い出してみてください。たとえば、 「となりのトトロ 」は、いわば「夢だけど夢じゃなかった 」ストーリーであり、
となりのトトロ
 「魔女の宅急便 」は、全編がそっくり南ヨーロッパ風の 架空の美しい世界におけるファンタジーであり、
魔女の宅急便
 また「千と千尋の神隠し 」にしても 最初と最後の現実世界が ストーリーの大部分を占めるファンタジーをサンドイッチしている構成かと思いきや いざ現実世界に戻ってみると まるで数週間も留守にした後であるかのように 車は落ち葉に埋もれてたり、銭婆からもらった髪留めが残されていたりと、ファンタジーとの境界線は 意図的に曖昧(あいまい )に暈(ぼか )されていたものです。
千と千尋の神隠し

 しかし 「風立ちぬ 」における ファンタジックなシーン - 主人公である堀越二郎にとっての メフィストフェレス的( 夢を吹き込むと同時に 魔的な )存在である ジャンニ・カプローニが登場する場面の数々 - は、現実世界と線引きされて 明確に分けられており、カプローニの台詞にもあるとおり、「 これが 君の夢だ 」、「 夢は 便利だ 」などという言葉を発する人物が、自分自身のことを 幻想的存在であると 自覚している点などが、今までになかった世界観であると感じるものです。

映画「風立ちぬ 」_カプローニ
 映画中 数回出てくる この夢のシーンの特筆すべき素晴らしさ、「時刻も天候もゆらぎ、大地は波立ち、飛行する物体はゆったりと浮遊する。カプローニと二郎の狂的な偏執を表わ宮崎 駿 ) 」しており、まさに 「ハウルの動く城 」の世界を 昇華・超越しているとさえ思います。

 少年 二郎は、飛行機の設計者になることを決意し 「美しい風のような飛行機を造りたい 」と自分自身が描く「 」を語ります。彼の夢とは 美しい「 」に形を与えること - この映画の中で、 「 」は 重要なキーワードとなります。そうです、風にのせて飛ぶ「飛行機は 美しい夢 」なのです。
 「 」とは、決して目に見えませんが、確かに存在している - これは 「 」の存在が、決して手に触れることができないことに とても似ています。
 私は、二郎の恋人で のちに妻となる 菜穂子の存在が、まさに美しい「風 」( = 夢 )の象徴だったように思えるのです。象徴的な個所は数え切れぬほどありますが、たとえば彼女が登場するシーンには、常にが伴なっています。

映画「風立ちぬ 」_ 菜穂子
 汽車での出会いの印象的な帽子のシーン、再会の軽井沢での美しいパラソルのシーン、同じく 朝のバルコニーにおける麦藁帽子と紙飛行機のシーン・・・ そう言えば、夕立の後で 二人が一緒に眺めた雨後の空に架かる大きな虹もまた 手に触れることができない存在でしたね。

 私事ですが、この “スケルツォ倶楽部発起人は、小学校の六年間ずっと、家庭の事情で 毎年 夏休みの二ヶ月間は 軽井沢で過ごしていました。だから映画の中に描かれている落葉松林の木漏れ陽や 軽井沢に特有の夜の空気、古い建物の木の手すりの角が 気候のせいか 腐食して柔らかくなっていて まるで むしりとれるくらい 簡単に壊れやすくなっている(実際、二郎が乗ったら 壊れてしまうのですが ) そんな感触などを、 宮崎駿監督が とても正確に 描き込んでおられることに 心から驚き、尊敬の念を抱きながら スクリーンを凝視していました。
『風立ちぬ 」軽井沢 湧水

 ゾルゲを連想させる 自称ドイツ人、カストルプという謎の人物は なかなか魅力的で、おそらく 日本の軍事産業に係わる機密情報を 引き出そうとの目的をもって 休暇中の「秀才航空技術者 」に接触を試みるものの、二郎の人柄の純粋さに触れたのみで 何の収穫も得られず、計画は失敗に終わったようです。それどころか 二郎菜穂子という若いカップルに対し、祝福に近い好意を抱きながら 手ぶらのまま 笑顔で別れることになります。二郎も最後まで カストルプが スパイだったということに気づくことはありませんでした、東京に帰ってから 一時的に 特高に追われる身になっても。
 カストルプが その 軽井沢トーマス・マンの「魔の山 」にたとえる台詞は たいへん印象深かったです。
映画「風立ちぬ」カストルプ
 カストルプという その名前も「魔の山 」に登場する人物で、彼がピアノを弾きながら歌う ドイツ映画「会議は踊る(1931年 ) 」 の有名なナンバー 「ただ一度だけ Das Gibt's Nur Einmal 」の歌詞は、 「 この世に生まれて ただ一度、きっと これは 夢まぼろし、明日には 消え去っているかもしれない、花の盛りは ただ一度だけ 」という 菜穂子の生涯を暗示するような刹那的なものでした。
 そういえば、堀辰雄の晩年の長編小説には その名もずばり「菜穂子 」という作品があり、ここでの主人公 菜穂子もまた喀血し、八ヶ岳の結核療養所、富士見高原病院に入院するという設定が 共通しています。久しぶりに読み返してみたら、もうひとつ 堀辰雄には「麦藁帽子 」というタイトルの短編もあり、こちらは「エピロオグ 」で 二郎菜穂子と初めて出会った日 - 関東大震災についても 言及しているのでした。

 ・・・もとい。二郎が設計する美しい飛行機の注文主は、大日本帝国海軍でした。大軍需産業のエリート技師となっていた二郎は、遂に航空史に残る 美しい機体を造りあげます、それが 三菱A6M1 - 後の海軍零式艦上戦闘機 - いわゆるゼロ戦の原型となった 九試単戦 (昭和 9年試作単座戦闘機 )でした。1940年から三年間、ゼロ戦は 世界に傑出した戦闘機でした。
 しかし、それは・・・ しつこく繰り返しますが、殺人兵器 「戦闘機 」なのです。 「 美しくも呪われた夢 」 - そう、二郎の祖国 日本は、実は 深く病んでいたのです、政治的な主義主張を一切持たず、ひたすら夢を追い求めるだけだった二郎は、果てして そのことに気づいていたでしょうか - そして 愛する妻 菜穂子もまた その身体が 結核に蝕まれていたことに 二郎は気づいていたのでしょうか、彼女の症状の深刻さを 本当に知っていたのでしょうか、そうだとしたら なぜあんなに いつまでも( 菜穂子の手を 病床で握りながらでさえ )煙草を吹かすのを 止めなかったのでしょうか・・・
 
 悲惨な終戦は、再び 二郎の“メフィスト カプローニの登場するファンタジー・シーンに象徴され、この映画のストーリーは 遂に ここに集約されます。二郎が 精魂傾けて設計し続けた美しい飛行機たちは 悉(ことごと )く破壊され、焼き尽くされています - そして菜穂子もまた 高原病院で急逝したことが暗示されます。 
 二郎は、美しい風を形にしようとした自分の飛行機だけでなく、愛妻だった 菜穂子という存在もまた、おのが両手から すべり落ちていってしまったことを 知るのでした。

映画「風立ちぬ 」 (4)
 しかし 残された二郎は、過度に悲嘆に暮れることもなく、かといって 雄々しく立ちあがって 怒りを表情に表わすようなこともなく、ただ 涙ながらに 菜穂子への感謝の言葉を口にしつつ、妻の最期の言葉どおり 「生きてゆく 」ことを 選ぶのでした。
 「この映画は 戦争を糾弾しようというものでは ない 」と、宮崎監督は この映画の「企画書 (2011年 1月10日 ) 」の中で述べておられます。「ゼロ戦の優秀さで日本の若者を鼓舞しようというものでも ない 」、「本当は民間機を作りたかったのに などとかばう心算も ない 」。  - では 監督は 何を描きたかったのか - 「自分の夢に忠実に まっすぐ進んだ人物を 描きたかったのである。 夢は 狂気をはらむ、その毒も 隠してはならない。美しすぎるものへの憬れは、人生の罠でもある。美に傾く代償は少なくない。二郎は ズタズタにひきさかれ、挫折し、設計者人生を 断ち切られる。にもかかわらず、二郎は 独創性と才能において もっとも抜きんでていた人間であった 」 -と。 宮崎監督は、ご自分の映画を「つくりもの 」などと謙遜されつつ、まさに これを描き切ったのです。

 この映画は 決して難しい作品ではないと思います、いえ、むしろ とてもよくまとまった、わかりやすい、そして言うまでもなく ― 傑作 だと思います。私ごときが わざわざ お勧めしなくても きっと 皆さんは この夏、映画「風立ちぬ 」をご覧になるでしょう、それでも その素晴らしさのあまり 「ぜひ劇場で 観てご覧なさい 」と、おススメしないわけにはまいりません ( って、今回も二重否定の肯定文で締め括ります )。

オリジナル文章の投稿日時:2013年 8月13日
 
映画「風立ちぬ 」 (5)
映画「風立ちぬ 」 公式サイトは ⇒ こちら


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