本記事は 4月29日「 注目記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
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The Weber Sisters 「気分がふさいでいるときは、いつも 新しいレコードを何枚か買うことにしてるんだよ 」 
 「 レコード買うと 元気がでるよ。
   落ちこんだときには いつも新しいレコード 買うんだ・・・ 」


リンツジュピターが「わたしのおしりをなめて」くれる。
サビーヌ・ドゥヴィエルウェーバー三姉妹
エンディングに隠されたトラックは、悶絶の乱交プレイ。

コンスタンツェ・ウェーバー Constanze Weber Wolfgang Amadeus Mozart(スケルツォ倶楽部 ) アロイジア・ウェーバー Aloisia Weber ヨゼッファ・ウェーバー Josefa Weber

 こんにちは、“スケルツォ倶楽部発起人です。
 先月は、銀座 山野楽器 で出会ったディスクについて 報告させて頂きました が、今宵はその中から 一枚の素敵なコンセプト・アルバムについて、 じっくりと特筆したいと思います。 これ・・・ 本当に素晴らしい「作品 」でした。

 モーツァルトの生涯に登場する 多くの人物リスト中でも重要な位置を占める「ウェーバー三姉妹 」 - 長女ヨゼッファ(「魔笛 」最初の「夜の女王 」を演じたことで知られる )、次女アロイジア(彼女も才能ある ソプラノ、モーツァルトの初恋の対象だったのに、彼をあっさりと振ってしまう )、三女コンスタンツェ( 彼女は 言うまでもなく、モーツァルトの愛妻 )、ちなみに 音楽的な功績はないものの さらに四番目には ゾフィという妹がいました、ゾフィモーツァルトの臨終に立ち会うことになる女性です。
 モーツァルトは 生涯にわたって 彼女たちに縁(ゆかり )のある曲を 数多く残しており、このアルバムのテーマは まさにそれです。 さらに興味深いのは、このコンセプト・アルバム個性的な構成なのです。 ―  全体は四部に分けられ、「プロローグ 」、「アロイジア 」、「ヨゼッファ 」そして「コンスタンツェ 」という標題が付けられています。それぞれの詳細をご紹介してまいりましょう。


モーツァルト:
「ウェーバー三姉妹の音楽的肖像 」(原題:The Weber Sisters )
 サビーヌ・ドゥヴィエル Sabine Devieilhe(ソプラノ独唱 )
 ラファエル・ピション Raphaël Pichon(指揮 )
 アンサンブル・ピグマリオン(ピリオド楽器オーケストラ )
 アルノー・ディ・パスカル(フォルテピアノ、オルガン )
録  音:2015年1月 パリ、ノートルダム・デュ・リバン教会
原  盤:ERATO = Warner Classics
国内盤:ワーナーミュージック・ジャパン(WPCS-13315 )

第一部「プロローグ 」 - 純情なる打ち明け話、または 期待

 1.バレエ音楽「レ・プティ・リアン 」K.299b 序曲
 2.フランス民謡「ああ、お母さん聞いて 」
 3.歌曲「寂しい森の中で 」K.308
 4.パントマイム劇「パンタロンとコロンビーネ 」K.446 ~ アダージョ
第二部「アロイジア 」 - わが親愛なる友
 5.演奏会用レチタティーヴォとアリア「アルカンドロよ、私は告白しよう・・・どこより訪れるのか わたしには判らぬ 」K.294
 6.アリア「ああ、できるならあなた様にお教えしたいものです 」K.418
 7.演奏会用レチタティーヴォとアリア「テッサリアの民よ、わたしは求めはいたしません、不滅の神々よ 」K.316
 8.演奏会用アリア「わが感謝を受け給え、やさしき保護者よ 」K.383
第三部「ヨゼッファ 」 - または 光の中に入って
 9.2つのバセットホルンとファゴットのためのアダージョ ヘ長調K.410
 10.演奏会用アリア「優しい春がもう微笑んで 」K.580
 11.歌劇「魔笛 」~夜の女王のアリア「復讐の炎は地獄のように燃え 」
 12.英雄劇「エジプトの王ターモス 」~ 第5番 間奏曲アレグロ・ヴィヴァーチェ・アッサイ
第四部「コンスタンツェ 」 - 私の愛しいコンスタンツェのために
 13.歌劇「魔笛 」~ 神官の行進
 14.ソルフェッジョ K.393 ~ 第2番ヘ長調
 15.ミサ曲 ハ短調 K.427 ~「肉体をとり給いし者 」
   + (シークレット・トラック )
 
 これは 2013年のデビュー盤「ラモー・アルバム(邦題「壮大なる愛の劇場」 ) 」で、いきなりフランスのトップ・ソプラノとなった サビーヌ・ドゥヴィエル Sabine Devieilhe のセカンド・アルバム。
 ドゥヴィエルは2011年にパリ高等音楽院を首席で卒業したばかりですが すでに在学中から数々のオペラの舞台に出演、高い評価を得てきました。2013年にはフランスのグラミー賞ともいわれるヴィクトワール・ドゥ・ラ・ムジーク賞、およびディアパゾン・ドール賞を受賞、現在は様々なオペラ劇場からの出演要請にひっぱりダコ状態。
 高音でも ヒステリックな響きに切れることなく、コロラトゥーラを操る超絶技巧も余裕たっぷり。ナタリー・デセイの後継者とも、またバロック・オペラの新星とも目されているだけあって、その印象的な高音を自在に操るテクニックも完璧です。
 共演しているピリオド楽器オーケストラ、アンサンブル・ピグマリオンを率いている若き指揮者ラファエル・ピションは、サビーヌの夫君。

(以上、青字の文章は ワーナーミュージック・ジャパンの広告による文章から。かなり発起人による加筆あり )

サビーヌ・ドゥヴィエル Sabine Devieilhe
ソプラノ独唱:サビーヌ・ドゥヴィエル Sabine Devieilhe
モーツァルトの人生において、特別な関係と大きな意味を持ったウェーバー姉妹、彼が多くの作品を捧げた この女性たちのことを、掘り下げて考えることによって わたしたちは『恋するモーツァルト 』の姿を描き出そうとしたのです 」

Raphaël Pichon. アンサンブル・ピグマリオン
指揮:ラファエル・ピション Raphaël Pichon
「このディスクは、女性たちの魅力に影響されやすかったモーツァルトの人生の側面を探る一枚です。ここに録音した楽曲は 四つのセクションに分けられ、四つの異なる言語 - 非常にシンプルなものから高尚で神秘的なものまで - 様式的にも幅広い。選曲も、モーツァルトミューズ(楽想の源 )だったウェーバー家の三姉妹それぞれの肖像画になっています。それらは、音楽史における最も偉大な『ロマンティスト 』だったモーツァルトの 創意あふれる人生の中で、三人の姉妹がひとりずつ順に異なる役割を果たしたことの証なのです 」


!W.A.モーツァルト Raphaël Pichon L’Orchestre Pygmalion
第一部「プロローグ 」 - 純情なる打ち明け話、または 期待
 1777年10月、マンハイムに赴いた21歳のモーツァルトは、翌年1月 同地でウェーバー家の四人の姉妹 - ヨゼッファ、アロイジア、コンスタンツェ、そしてゾフィ - と初めて出会い、そこで たちまち17歳の次女アロイジアに熱を上げることになります。ピションに拠れば「その時以来、彼の人生はウェーバー家の暮らしともつれるかの如く繋がることになる 」のでした。

1.バレエ音楽「レ・プティ・リアン 」K.299b 序曲
 マンハイムでウェーバー姉妹と出会って2か月後、アロイジアに振られた失恋の痛みに苦しみながら1778年3月パリに到着したモーツァルトが 旧知の振付師ノヴェールの依頼によって書いたとされるバレエ音楽の むやみやたらと明るい序曲。これは、1872年にパリ・オペラ座の書庫から発見されるまで 一世紀近くも日の目を見ずに その存在が忘れられていた作品。
 ラファエル・ピションが率いる ピリオド楽器のオーケストラ、ピグマリオンの生き生きと脈打つ鼓動は本当に快い古楽サウンド。
 振り返ってみれば、戦後の古楽復興が オーストリアの ニコラウス・アーノンクール ら によって本格的に推進されて以降、フランスにおいては (ジャン=フランソワ・パイヤールの功績を別格にすれば、) ・・・
ジャン=クロード・マルゴワールJean-Claude Malgoire Philippe Herreweghe Hervé Niquet Marc Minkowski
ジャン=クロード・マルゴワールル・グラン・エキュリ・エ・ラ・シャンブル・デュ・ロワヘレヴェッヘによるシャンゼリゼ管弦楽団エルヴェ・ニケ率いるル・コンセール・スピリチュエルミンコフスキルーヴル宮音楽隊ウィリアム・クリスティレザール・フロリサンクリストフ・ルセレ・タラン・リリク など 歴代古楽オケは いずれも素晴らしく個性的ですが、その流れの最先端に位置する アンサンブル・ピグマリオンも これから大いに注目したい 期待の存在ですね。
 アルノー・ディ・パスカルが叩く フォルテピアノのハンマーが ピアノ線を打つ音色が 通奏低音としての機能以上に リズム・セクションとして モーツァルトの音楽に 生きた鼓動を送っており、アルバム一曲目から もう言葉に尽くせないほど雅(みやび )な空間を現出してくれます。

2.フランス民謡「ああ、お母さま 聞いて Ah, vous dirais - je maman 」
 まず「きらきら星 」として知られるフランス民謡が 無伴奏で歌われ始めます。その歌詞は、娘が母に自分の想う人を打ち明けるというシャンソン。17歳のアロイジアが 母ウェーバー夫人に打ち明けた 恋する相手の名前は、ああ 残念ながら われらがヴォルフィ君 ではなかったというわけですね。 そんなヴォルフィこと モーツァルトがフランスのテキストに曲をつけた(言うまでもなく K.265の変奏曲 ) 数少ない例のひとつで、ピションに拠れば「徐々に大人になってゆく道を彼に示すもの 」 。
 ここに聴ける演奏は、アルノー・ディ・パスカルによるフォルテピアノ伴奏が加わって、やがてパントマイム劇「パンタロンとコロンビーネ 」の音楽として残された断片(K.446、但し第1ヴァイオリンのパート譜しか現存していないそう )から、この民謡にとてもよく似た楽想「アンダンテ 」が ヴァンサン・マナック Vincent Manac’h による 巧みな復元作業で披露されます。

3.歌曲「寂しい森の中で 」K.308
 1777年のマンハイム滞在中に作曲された歌曲、ここではフォルテピアノ伴奏によって歌われています。ラ・モットによる歌詞は この後のモーツァルトにとってはなかなか「意味深 」で、神秘的な森の中に眠る愛の神を目覚めさせてしまったひとりの男が 復讐の弓から放たれた鋭い矢をその胸に受け、苦悩の愛と痛みを一生背負って生きてゆくことを命じられるという内容です。

4.パントマイム劇「パンタロンとコロンビーネ 」K.446 ~ アダージョ
 この劇音楽は、後年 - 1783年 3月 - ウィーンで、すでに人妻となっていたアロイジアと その夫ヨーゼフ・ランゲ、そしてモーツァルト自身も加わって(アルレッキーノ役として参加したとの書簡記録あり )仮面舞踏会における 仲間うちの余興のために書かれたとされる音楽。この短い「アダージョ 」も 断片からの復元ですが、 上記と同様 ヴァンサン・マナック による成果です。


アロイジア・ウェーバー Aloisia Weber Raphaël Pichon & Sabine Devieilhe
第二部「アロイジア 」 - わが親愛なる友
 マンハイムを訪れたモーツァルトウェーバー家と親しい関係を築くことになってから間もなく 最初に恋に落ちたのは、後に妻となるコンスタンツェではなく、その姉アロイジアのほうでした。 才能あるソプラノ歌手だったアロイジアのために、モーツァルトは幾つかのアリアを作曲しています。

5.レチタティーヴォとアリア「アルカンドロよ、私は告白しよう・・・この感情がどこから訪れるものか 判らない 」K.294 
 1778年 2月、アロイジアを想定して作られた 最初のアリアとされます。作曲された翌月にはカンナビヒ邸の音楽界で初演、その後1783年3月にウィーンで行われることになる演奏会の他、いろいろな演奏機会においてアロイジアは この曲を彼女自身の重要なレパートリーとして取り上げています。
 アリアのテキストは、ピエトロ・メスタージォ( 歌劇「皇帝ティトゥスの慈悲 」の台本詩人 )による「オリンピアーデ 」で、その題材はギリシャ神話時代、アロイジアが演じるのは - シチオーネの王クリステネ男性役です。(背景となる詳細は省きますが )寛大な王クリステネは、不正を犯した咎によって引き立てられてきた若者リチダ( 実は 幼い頃に生き別れた王子 )のことを裁く立場にあるのですが、この若者の姿を見た途端、胸中から救済せねばならぬという強い衝動が湧き上がってくるのを感じます。王は、抑えることができない この不思議な感情に戸惑い - 後年のオペラ「フィガロ 」の登場人物ケルビーノのような「自分で自分がわからない 」心境の複雑さを - 腹心の側近アルカンドロ( 幼くして亡くなったとされる王子の生存を知り得る、ドラマのキーマンとも言える人物 )に告白する、という場面です。
 そんな激しく乱れる想いを表現するため、モーツァルトアロイジアを ソプラノの高いEs(3点変ホ音 )にまで駆け上がらせています。サビーヌ・ドゥヴィエルの柔らかいコロラトゥーラ・ソプラノは、第一声からその美しいイタリア語の発音に 思わず聴き惚れてしまうほど。オーケストラのピリオド奏法も切れ味よく効果的で、耳を澄ませばフォルテピアノの音まで聴こえてきます。アロイジアを恋するモーツァルトが 今、オケの中に入って鍵盤を弾いているのだ、と想像しながら ゆっくり目を閉じます。

6.アリア「ああ、できるならあなた様にお教えしたいものです 」K.418
 1783年 6月、ウィーンのブルク劇場で アンフォッシ作曲の喜劇「無分別な詮索好き 」というオペラが上演されることになりましたが、そこでヒロインのクロリンダを演じることになったソプラノ歌手こそ、今や結婚してランゲ夫人となったアロイジアでした。
 理由はわかりませんが、このオペラでアロイジアが歌うアリアを 急きょ追加する事情が劇場側に生じ、その作曲が奇しくもモーツァルトに依頼されたのでした。「奇しくも 」というのは、再会したアロイジアが歌うアリアの歌詞が、不倫の愛を求められ動揺したクロリンダが内心戸惑いを知られたくないために相手の男性を拒絶し、立ち去ることを求める という内容だったからです。驚きですよね。かつて - 5年前 マンハイムで - 自分の求愛を拒絶したアロイジア - 今は人妻となった彼女と 自身もすでに彼女の妹コンスタンツェと妻帯していたにもかかわらず、モーツァルトは オペラの登場人物たちの人間関係と酷似した状況を彼の頭の中で重ね合わせてしまったように 私には思えます。
 なぜなら この後半のアレグロああ 伯爵、どうかわたしから遠くへ離れてください 」に入ってから以降は もはや本来のブッファ喜劇というスタイルからは程遠い(あまりにも素晴らしい )楽曲なのですから。その低音からハイ・コロラトゥーラへと大きな跳躍を描く 真摯なセリア風旋律線と、それらをいとも軽々と聴かせてしまうドゥヴィエルの実力に感嘆します。

7.レチタティーヴォとアリア「テッサリアの民よ、わたしは求めはいたしません、不滅の神々よ 」K.316
 「夜の女王のアリア 」と並んで、このアルバムのハイライトでしょう。
 その最初の呼吸から 古楽オーケストラ アンサンブル・ピグマリオンによる古(いにしえ )の世の風まで感じる、厳粛な音響が胸にしみ入る 長い前奏で始まります。
 「モーツァルト事典 」(東京書籍 )の吉田泰輔氏に拠れば、グルックの歌劇「アルチェスタ 」第一幕第二場に置かれた このアリアは、父レオポルド世代の代表的作曲家であるグルックモーツァルト「(両者の )音楽の直接のつながりを明快に指し示す 」唯一の貴重な存在 とされる、知る人ぞ知る 隠れ名曲
 長いレチタティーヴォがあっという間に過ぎ去ると、アンダンティーノ・ソステヌート・エ・カンタービレに入ってからの ゆったりとした波動が空中で目に見えるようなドゥヴィエルの長く美しいトゥリラーに注目です。
 後半アレグロ・アッサイになってからも ドゥヴィエルの装飾的なコロラトゥーラの華麗なる迫力は凄まじく、しかもまったく危な気なく ( モーツァルトが ソプラノ歌手に求めた)最高音の G(3点ト音 )まで 二度も上昇させてみせます。うーん、素晴らしい。
 モーツァルトは、アロイジアの幅広い音域を熟知し切っていたのでしょう、彼女への手紙の中で「ボクのこの種の楽曲では これまでで最高のアリアだ 」などと自賛していたそうですよ。

8.アリア「わが感謝を受け給え、やさしき保護者よ 」K.383
 これは たいへん親しみやすいアリア、一度聴いたら 誰でも好きになってしまうでしょう。たとえば 歌劇「フィガロ ~ 」の中で 印象的なアリアが意外に少ないスザンナあたりに( もちろん歌詞を変えて )歌ってもらえたら、きっと もっと有名な曲になっていたでしょう。
 作曲された時期は1782年 4月、歌劇「後宮からの逃走 」と並行して書かれたアリアだそうです。たしかに同オペラの第16曲「四重唱:大好きなブロンテ、ああ 許してくれ 」 との共通楽想を指摘することも容易ですが、実際には 成立の背景や目的についての資料等も一切ないため、謎の多い一曲であるとのこと。アロイジアのために作曲されたとする推測についても 実は根拠に乏しく、たしかに彼女が得意とするコロラトゥーラの技巧を活かす楽曲でもありません。
 もちろん そんな情報と このアリアが名曲であることとは無関係で、ドゥヴィエルの まさしく鈴を振るように可愛らしいドイツ語の響きが楽しめる名唱。彼女を支える特徴的な木管と 規則的にピッツィカートを刻む弦セクションの動きにも注目です。


ヨゼッファ・ウェーバー Josefa Weber Raphaël Pichon & Sabine Devieilhe
第三部「ヨゼッファ 」 - または 光の中に入って
 ウェーバー三姉妹の長女ヨゼッファ も 成功を収めた技巧的なコロラトゥーラ・ソプラノ歌手でした。最初の結婚から数か月で アウフ・デア・ヴィーデン劇場のプリマドンナとして活躍しますが、その後 この劇場が エマヌエル・シカネーダーによって経営されるようになってから、1791年9月に初演を迎える「魔笛 」において 最初の「夜の女王 」を演じたことは、皆さまもよくご存知のとおり。

9.2つのバセットホルンとファゴットのためのアダージョ ヘ長調K.410
 わずか27小節、通奏低音風のファゴットの動きの上に 2本のバセットホルンが反行カノンを奏します。アインシュタインは、これを1785年 フリーメーソン結社の兄弟達の荘重な入場のために作曲されたものではないかと推測、「モーツァルトの最も輝かしい楽曲のひとつ 」として絶賛しているそう。
 但しアラン・タイソンの用紙研究によれば 1782年成立ということになり、そうすると 成立事情は不明に ( 大久保一氏の情報によります )。

10.アリア「優しい春がもう微笑んで 」K.580
 この曲は 未完成ですが、その成立しかけた背景に興味深い逸話が残っています。
 「フィガロの結婚 」の前日談ともなる 歌劇「セヴィリアの理髪師 」(ロッシーニでなく パイジェッロ作曲のほう )の1782年からウィーンでの上演以来、その人気の高さから1789年にはドイツ語版ジングシュピールにしようとの企画が持ち上がります。第2幕で、音楽教師に変装して屋敷に忍び込んだ伯爵ロジーナに「歌のお稽古 」を施すという場面、ヒロインのロジーナ役を務める予定だったヨゼッファのために ここで一曲、モーツァルトが新たに作曲を進めていたアリアだったというのです。
 結局、事情によって「セヴィリア~ 」のジングシュピール化は実現せず、このアリアも未完のまま放置されていましたが、このたびドゥヴィエル=ピションによって発掘され このレコーディングで取り上げられ、再現されることとなりました。歌の「お稽古 」という場面に相応しく、コロコロとよく転がる細かいアジリタも猛烈。これをドゥヴィエルの完璧な歌唱で聴く時、きっとヨゼッファのコロラトゥーラ技巧にも高い適性があったのだろうなーと察します。
 ところで このCDでは 楽曲が終わるや否や 耳に不快さを感じるほどの強烈な不協和音が炸裂。イタイってば。 そのまま このアルバムのハイライト夜の女王のアリア 」へ・・・

11.歌劇「魔笛 」~夜の女王のアリア「復讐の炎は地獄のように燃え 」
 さあ いよいよドゥヴィエル入魂の「夜の女王のアリア 」に突入です。もはや私も無駄に多くを語りません。過去の誰の歌唱とも異なる、しかし決して力づくではない 正確な発声テクニックとノーブルな表現の新しさに驚いてください。 特に技巧的なパッセージが繰り返される度に 微妙に強弱の差をつけて聴かせるところ - まるで同じ対象を説明するのに異なる角度から披露してみせるような - そんな高度な表現力に一層感銘を深めます。

▲ サビーヌ・ドゥヴィエル : モーツァルト「夜の女王のアリア 」(2013 )

12.英雄劇「エジプトの王ターモス 」~ 第5番 間奏曲アレグロ・ヴィヴァーチェ・アッサイ 
 同調(ニ短調 )ゆえ前曲からアタッカで繋がっても違和感なく流れ込む力強さ。そう言えば「ターモス 」は 夜の女王の「魔笛 」とは「エジプト 」つながり(笑 )。ここに抜粋されたインストゥルメンタル「間奏曲 」は 凄まじい迫力でキレまくる ピリオド・オーケストラの持ち味が存分に生かされた秀演。炸裂するティンパニは 撥の硬さが目に見える 実に心地よい雷鳴のような破裂音です。


コンスタンツェ・ウェーバー Constanze Weber コンスタンツェ1782 コンスタンツェ1783 Elizabeth Berridge_映画「アマデウス 」
第四部「コンスタンツェ 」 - 私の愛しいコンスタンツェのために
 副題となっている「私の愛しいコンスタンツェのために 」とは、この後に控えている「ソルフェッジョ K.393 」手稿譜に モーツァルト自身が 愛に満ちたイタリア語で 書き込んだ タイトルです。
 「モーツァルトの求愛はアロイジアに拒まれ、若き作曲家は 初めての苦い失望を味わうこととなった(中略 ) やがて彼は、その妹コンスタンツェと結婚し、彼女の存在が二人の結びつきを祝う音楽を書く原動力となった 」(R.ピション )。

13.歌劇「魔笛 」~ 神官の行進
 歌劇「魔笛 」第2幕冒頭で ザラストロが神官たちを従えて登場、厳かな足取りで舞台中央まで進む 柔和で穏やかな行進曲(へ長調 )です。ここで何故この楽曲がわざわざこの位置に置かれたのか、ドゥヴィエル=ピションの意図や理由についてしばらく考えてみましたが・・・ 結局わかりませんでした。
 ちなみに「魔笛 」の作曲中、プラハで行われる 歌劇「皇帝ティトゥスの慈悲 」上演のため 同地へ赴かねばならなかったモーツァルトは、一旦「魔笛 」の作曲を中断せざるを得なくなります。 「最後の年 」に忙しさを極めた、そんなモーツァルト、9月末にはプラハからウィーンに戻って ようやく完成させることになるのです。「魔笛 」の中でも、この「神官の行進 」は、「序曲 」とともに 最後に仕上げられたパートだった、と伝えられています。

14.歌唱声部のためのソルフェッジョ K.393 ~ 第2番ヘ長調
 ここに聴ける練習曲は、驚くなかれ、ミサ曲ハ短調K.427 の第一曲「キリエ 」の中の、あの美しく跳躍する「クリステ・エレイソン 」と 同じ旋律。 それは・・・
映画「アマデウス」から (2)
▲ それは・・・ ほら、あの映画「アマデウス 」の中で、コンスタンツェが持ってきた オリジナル楽譜を見たサリエリF.マレイ・エイブラハム )が、モーツァルトの天賦の才に打ちのめされ、愕然とする場面で使われた曲ですね - この ミサ曲 ハ短調は、1783年10月に モーツァルトコンスタンツェと結婚して里帰りした ザルツブルクの教会で その一部を初めて演奏した際、ソプラノのパートを 新妻コンスタンツェに歌わせたことは よく知られていますよね。ソルフェッジョは、モーツァルト自身によって 妻の歌唱練習のために作られたものだったのであろうという説の一方で、「いや、こちらが ミサ曲のスケッチだったのではないか 」という異説も根強いそうです。
 その真偽を私が判断することはできませんが、とにかく ここはドゥヴィエルの素晴らしい歌唱に耳を傾けてみましょう。意表を突いて オルガン伴奏だけで歌われる、その穏やかでゆっくりとした波を描くトゥリラーの美しさ、レコーディング会場として選ばれた パリノートルダム・デュ・リバン教会の隅々まで このソプラノの美声は残響し、見えないほど微かに尖塔を震わせたに違いありません。

15.ミサ曲 ハ短調 K.427 ~ クレド から「肉体をとり給いし者 」
 私にとっては 意外だったことに、ドゥヴィエルは このアルバムを「キリエ 」ではなく、第三曲「クレド 」の「エト・インカルナトゥス・エスト聖霊によりて 乙女マリアより肉体を受け、肉体をとり給いし者 = キリスト・イエスのことですね ) 」で さらりと締めくくっています。
 ミサ曲らしくない(世俗的な )コロラトゥーラ風なパッセージまで聴かれる、 美しいソプラノ・ソロを 存分に堪能できます。「ソルフェッジョ 」に現れた、あのゆったりと波に漂うようなドゥヴィエルの 驚異的な美しさを誇るトゥリラーを ここでもう一度聴かせてもらえますよ。木管楽器群と絶妙に合わせる小カデンツァも素晴らしい出来ですね。

+ (シークレット・トラック ) カノン「わたしのおしりをなめて 」K.231
 サビーヌ・ドゥヴィエルと彼女の夫ラファエル・ピション率いるアンサンブル・ピグマリオンによる、この素晴らしいコンセプト・アルバム The Weber Sisters を 初めて最後まで聴きとおし 深い余韻に浸っていた時、私は ふと奇妙なことに気づきました。
 聴きおわった音楽はすでに空中に消え去り、今 リスニングルームは無音状態です。しかしCDデッキのインデックス表示は まだ 07:46・・・ 07:47・・・ 07:48・・・と タイミングを刻み続けています。
 これは どういうことだ ?
 無音のまま 徒に時を刻み続けているようにみえるCDデッキの液晶表示を 私は 眺め続けました。 07:56・・・ 07:57・・・ 07:58・・・ そして 07:59 になった瞬間、まるで忘れ物でも取りに戻ってきたかのように、ひょっこりと サビーヌが コケティッシュな囁き声で 帰ってきました。彼女は 素肌にバスタオル一枚です。
サビーヌ・ドゥヴィエル
Leck ・・・ mich・・・ im・・・ Arsch !

 こ、これは・・・ ! 私は耳を疑いました、モーツァルト自身が作詞も手掛けた「秘曲 」として 知る人ぞ知る カノンわたしのおしりをなめて 」K.231 ではありませんか、ハ長調に移調されてはいますが。
 奇しくも - いえ、製作者には これもまた意図的な配置だったに違いありません - 「エト・インカルナトゥス・エスト 」冒頭、オルガンに支えられて始まる弦の最初の音列 ド‐レ‐シ-ド同じ音の並び であることに その瞬間 私は気づきました。
 あくまでサビーヌの声にスポットを照射させながら、背後では男女混成の厚い合唱隊が控えめにカノンを構成してゆきます。原曲はア・カペラ六声カノンですから 当然無伴奏なわけですが、その背後で 徐々にオーケストラの楽器が断片的に増えてきます。トランペットが無表情に同音を八分音符で並べるのは カノン後半に聞かれる 特徴的なリズムでしょう、弦セクションも 恣意的にピッツィカートを弾(はじ )いてみたり・・・ モーツァルトにはあり得ないオーケストレーションです。
後ろから サビーヌ・ドゥヴィエル
 やがて ゆっくりと彼女は その美しい背中を私たちのほうに向けます。バスタオルの上からでも その魅惑的な まるい曲線は はっきり それと判ります。
 おお・・・ いつの間にか 伴奏オーケストラが「リンツ 」交響曲終楽章を奏でているではありませんか。モーツァルトの繰り返し滾々(こんこん )と流れるごとき美しい経過句に乗せ、サビーヌは 「わたしのおしりをなめて 」のメロディを即興的に紡ぎ直し、巧みにコロラトゥーラのリボンを広げてゆきます。
 彼女は 私たちにおしりを向けた姿勢のまま、今や そのすべてを隠していたバスタオルを 少しずつ 持ち上げてくれます。
 私たちが呆気にとられているうち、遂に音楽は「ジュピター 」交響曲第4楽章 372小節に登場するホルンとファゴットによる、あの「ジュピター音型 」が 花火のように打ち上げられ・・・
モーツァルト ジュピター音型_スケルツォ倶楽部 
 ・・・って、いいえ 違います。よーく耳を澄ましてください、オーケストラが 渾身の力を込めて演奏しているフレーズを。 正しく聴けば、それが ジュピター音型ド・レ・ファ・ミ ではなく、なんと律儀に「わたしのおしりをなめて 音型 ド・レ・シ・ド であったことに気づくでしょう。 おお・・・あり得ない。 もう やめてくれ( やめないでくれ ) !

Leck mich im Arsch ! ( 出典 国際モーツァルテウム財団 )
▲ 「わたしのおしりをなめて 」 楽譜出典 国際モーツァルテウム財団

 小さなカノンに過ぎなかった「わたしのおしりをなめて 」は、今や サビーヌハイ・コロラトゥーラ・ソプラノ合唱によって あたかも光を四方に放つよう、遂に壮大なシンフォニーのクライマックスにも匹敵する大フーガへと その姿を変え、卑俗な歌詞のナンセンスさをも踏み超え、私たちクラヲタを 完膚なきまでに圧倒し尽くすのでした。
 って、そんなシークレット・トラックは、モーツァルト・ファンにとっては まるで 悪夢(いや 天国 ? ) のような 3分間。アルバムの最後に こんな凄い音楽が隠されていたとは・・・。

Sabine Devieilhe (5)
最後に 個人的な希望、または 余計な戯言
 くれぐれもこのシークレット・トラックだけが You Tube などで 安易に拡散されぬことを願います。これは、本当にモーツァルトの音楽を愛好する人のみが きちんとお金を払って 演奏家の「作品 」であるCDを権利者から購入し、その上で こっそりと限定的に楽しんでもらいたい種類のものです。この一曲だけを手軽に聴けるようにはしてほしくないです。これだけはNHK-FMにも放送して頂きたくないです。このトラックの秀逸な存在だけが たとえば口コミ・レベルで 拡散することを、延(ひ )いては このサビーヌ・ドゥヴィエルによる素晴らしき一枚が 正常な形で市場で売れ続けることを、心よりのぞむものです。

 本稿楽曲の解説文は、R.ピションによるアルバムのライナーノート、および東京書籍モーツァルト事典 」等を参考にしながら、私 “スケルツォ倶楽部発起人が自由勝手に綴ったものです。

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