本記事は 3月20日「 注目記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
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訃報・追悼
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ニコラウス・アーノンクールを悼み、
夜どおし懐かしい名盤を聴いていたら 翌朝になっていた。

モーツァルト 交響曲第40&41番 アーノンクール ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(Teldec) ヘンデル「メサイヤ」ニコラウス・アーノンクール(RCA)BVCC-37698 ベートーヴェン Die Geschöpfe des Prometheus (Teldec ) Harnoncourt

 それは 二日前の金曜日( 3月11日 )夜のこと。
 一週間の仕事を終え くたくたに疲れて帰宅した私 “スケルツォ倶楽部発起人、冷蔵庫から缶ビール(愛飲しているウィーンのオッタクリンガー )を一本抜き出し プルトップをぷしゅっと開けながら、テーブルの上に置かれている新聞を手に取りました。何気なく、その日付に目を走らせます。
「おーい、なんだ コレ 五日も前の新聞じゃないか 」
するとキッチンから妻の声、
「あ、ゴメンなさーい。今週分の古新聞を さっき縛っておこうと思って - 」
「ふん。オレが上手にヒモを縛れないこと、知ってるだろ 」 ⇒ 短い小説 「縛ってほしいの
・・・などと ぶつくさ言いつつ 手にした「月曜日の 」新聞 を何気なく開いてみると、いきなり目に飛び込んできた 驚きの訃報が( ! )
Nikolaus Harnoncourt アーノンクール夫妻(左 アリスさん )
世界的指揮者 アーノンクールさん 死去
【 ウィーン = 共同 】 世界的な指揮者として知られるオーストリアの音楽家のニコラウス・アーノンクールさんが 3月5日、ザルツブルク近郊で死去した。86歳だった。本人のウェブサイトで 6日家族が明らかにしたもの。同国メディアによると、昨年12月に引退を表明して以降、病気療養中だったという。
アーノンクールさんは1929年にドイツのベルリンで生まれ、オーストリア南部グラーツで育った。ウィーン交響楽団のチェロ奏者として活躍。53年にバロックや古典派の音楽を、作曲家が生きていた時代の楽器や演奏法で奏でる古楽器楽団「ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス 」を妻アリスさんらと結成した。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団やウィーン・フィルハーモニー管弦楽団なども指揮した。来日公演もしている。

(日経電子版 より引用 青字  2016/03/06 22:33 )

 ぐえーっ ! こんな重大なニュースを知らずに 五日以上も経っていたとは・・・。ピエール・ブーレーズ( 1月6日没 )を追悼する文章だって まだ書けていないというのに・・・そんなことしているうち デイヴィッド・ボウイ( 1月10日没 )も、グレン・フライ( 1月18日没 )も、オーレル・ニコレ( 1月29日没 )も、モーリス・ホワイト( 2月3日没 )も、ジョージ・マーティン( 3月9日没 )も、キース・エマーソン( 3月10日没 )も、みんな みんな亡くなってしまうし、さらに今度は、私が若い頃から ひとかたならぬお世話になってきた大御所アーノンクールまで逝ってしまっていた とは・・・

若き日のアーノンクール (2) アーノンクール Nicolaus Harnoncourt アーノンクール Nicolaus Harnoncourt (3)
 ニコラウス・アーノンクール・・・
 その日は 一日中 仕事の間も 運転している時も 食事の時も ずっとアーノンクールのことばかりが頭の中で離れませんでした。 ― 心より ご冥福をお祈り申し上げます。

 訃報を聞いて 最初に私の脳裏をよぎったマエストロの思い出は、2001年に続いて 二回目( 2003年 )の ウィーンフィルニューイヤー・コンサートの指揮台に立った時の雄姿でした。
Neujahrskonzert, 2003 Nikolaus Harnoncourt (2) Neujahrskonzert, 2003 Nikolaus Harnoncourt
 ・・・それは、ウェーバーの「舞踏への勧誘 」において - 静かな結尾の余韻を待たずに 主部の華々しいワルツの完了をもって 全曲が終わったと思い込んだ聴衆の一部が そこで盛大な拍手を始めてしまったのですが、そんな彼らのほうを 指揮台から振り向くやいなや アーノンクール師、もの凄いドングリ眼(まなこ )を剥きながら「コラ、まだだよ ! まだ ! 」と 言わんばかりの大きなジェスチャーで 一旦音楽を停止させると、ムジーク・フェラインザールが鎮まったのを確かめてのち 改めて 最後の静かなコーダを 演奏し直したのです。その瞬間のアーノンクールの豊かな表情ったら・・・ もう忘れられません。
エキセントリックな 指揮台のアーノンクール (4) エキセントリックな 指揮台のアーノンクール アーノンクール うさぎ エキセントリックな 指揮台のアーノンクール (6) 
▲ 時にエキセントリックな表情をみせる 指揮台でのアーノンクール

 さて、アーノンクールの偉業を振り返るには、まず そこまでに至る「古楽 」前史も ある程度は 知っておかなければなりません。彼が ピリオド楽器演奏の誕生歴史に重要なかかわりを持っているからです。

 ハリー・ハスケルが1988年に その著作「古楽の復活古楽の真実の姿 を求めて The Early Music Revival, A History (1988 ) 」(ハスケル著、有村祐輔 / 監訳、東京書籍 )で書き記したとおり、J.S.バッハをはじめとする過去の音楽的遺産( = 偉産 )を発掘しようという気運がヨーロッパで高まった 最初のきっかけをつくった出来事がメンデルスゾーンによる 1829年「マタイ受難曲 」の歴史的な復活蘇演でした。
 その後、資料発掘の時代を経て 20世紀における古楽復活の先駆者、楽器製作者でもあったアーノルド・ドルメッチ(1858~1940 )とそのファミリー、過去の楽器として忘れ去られていたチェンバロを復活させたワンダ・ランドフスカ(1879~1959 )らが 古楽演奏の精神を継承してゆきます。
アーノルド・ドルメッチ アーノルド・ドルメッチ Arnold Dolmetsch with his family in 1932 ワンダ・ランドフスカ Wanda Landowska
▲ (左から )ドルメッチ、そのファミリー、ランドフスカ

 その次世代となる偉大なパイオニア的存在が、ウィーン国立音楽大学古楽についての研究クラスで教鞭を執っていた ヨーゼフ・メルティン師 Josef Mertin (1904~1998 )に学んでいた、若き ニコラウス・アーノンクール Nikolaus Harnoncourt (1929~2016 ) と グスタフ・レオンハルト Gustav Leonhardt (1928~2012 )の二人でした。

 彼らが まだアカデミー在学中だった 1950年 - J.S.バッハ没後200年にあたる記念年  -メルティン教授が指揮する 彼ら弟子たちによる演奏で、ブランデンブルク協奏曲の抜粋 (第3番、第4番、第6番 )がチェコ・スプラフォン Supraphon レーベルに録音されています。
 その興味深い顔ぶれは、アーノンクールのチェロの他、まもなく彼の妻となるアリス・ホフェルナー(ヴァイオリン )、また カペラ・アカデミカ・ウィーンを結成する エドゥアルト・メルクス(ヴァイオリン )、そして グスタフ・レオンハルトが チェンバロではなく ヴィオラ・ダ・ガンバを携えて参加していました。第4番には この当時にして すでに リコーダー(シェフトラインによる )が用いられている先見性、客観的な譜読みに基づく ザッハリッヒな演奏姿勢など、まさに 戦後 古楽演奏の歴史ここからスタートした、といっても過言ではない、たいへん重要なレコーディングと思います ( ORFから 復刻CDが入手可能です ⇒ 詳しくは こちら )。

J.S.バッハ没後200周年(1950年 )ブランデンブルク協奏曲選集(Supraphon ORF ) Doktor Josef Mertin Gustav Leonhardt
▲ 上記復刻(ORF)盤、ヨーゼフ・メルティン師、若きグスタフ・レオンハルト 
 
 そんな充実した活動に満ちた 音楽院を卒業後、アーノンクールは ( 1952年から ) その音楽的キャリアを ウィーン交響楽団 のチェロ奏者としてスタートさせます。
若き日のアーノンクール (3) Herbert von Karajan (1908–1989)
 そうそう、アーノンクールが 同楽団へ入団するに際して、当時このオーケストラの指揮者だったヘルベルト・フォン・カラヤンが そのオーディションに立ち会っていたという事実は興味深い逸話です。「のちにアーノンクールの指揮者としての才能に高い評価を与えると同時に強い警戒の念も抱いて 彼をザルツブルク音楽祭から遠ざけようと画策することになろうとは岡本稔氏 ) 」 この時のカラヤンは 夢にも思わなかったことでしょう。

若き日のアーノンクール夫妻(右 アリスさん )バスの車窓から アーノンクール 結婚式(於グラーツ、1953年 6月 )
▲ アリス・ホフェルナーグラーツ結婚(1953年 6月 ) Congratulations !

 その頃からすでに 若きアーノンクールは 「伝統化された解釈と迎合的な演奏方法に疑問を抱 」きながら、ウィーン交響楽団のメンバーとして 「高名な指揮者たちのもとでバロック、古典、ロマン派のレパートリーを演奏 」していました。しかし「当時から作曲家とその作品のみに忠実であることを目指し、指揮者たちが行う解釈の是非を問いただすようになった 」というのです。
アーノンクールの言葉 「私は スコアを読んで自問しました。どうして皆は楽譜に書いてあることを無視するのだろう
「 (アーノンクールにとっては )死を意味する調性のト短調で書かれたモーツァルトのシンフォニーを 得意満面に振る指揮者とニコニコしながら身体を揺すって聴く客席とに挟まれてチェロを弾くことに やがて耐えられなくなってしまった ・・・ いずみホール Jupiter Onlineに掲載、池田卓夫氏によるインタヴュー記事より ) 」 - そして アーノンクールは、遂に 1969年 ウィーン交響楽団を退団します。

 それ以降、ヴァイオリニストである妻アリス夫人らとともに ( すでに創立は1953年から )古楽器オーケストラ、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス演奏・録音活動を 本格化させることとなるのです。
J.S.バッハ ブランデンブルク協奏曲第1,24番(アーノンクール G線上のアリア_アーノンクール(Teldec)盤
▲ アーノンクールと 手兵ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス
上の写真は、J.S.バッハ : ブランデンブルク協奏曲 及び 管弦楽組曲第 2、3番
CDジャケットに写る アーノンクール夫妻C.M.W.メンバー

録音:1981年、1983年 ウィーン
原盤:Teldec(WPCS-21044~45 )


 彼らの最初の「達成 」とも言える偉業が、J.S.バッハカンタータ全作品(テレフンケン )録音の完成です。これは、古楽復興の もう一人の雄となっていた 旧知のグスタフ・レオンハルト と、その半分ずつを振り分けた企画で、世界的にもたいへん高く評価されました。  
アーノンクールとレオンハルト(右 ) J.S.Bach Complete Cantatas (Teldec)Harnoncourt + Leonhardt
▲ アーノンクールレオンハルトJ.S.バッハ:カンタータ全集(Telefunken )

 さて、これ以下は、私“スケルツォ倶楽部発起人 が たぶん思いつくまま、文字どおりの意味での 散文 になってしまうと思いますが、何卒 ご容赦ください(ぺこり ) -

 ニコラウス・アーノンクールの遺した 膨大なレコーディング諸作、もちろん そのすべてを聴いた上で 言い放っているわけでは全然ありませんが、 私が個人的に最も愛好するディスクといえば、やはり「二種 」 の 「マタイ受難曲 」ですね ( 1985年の ロイヤルコンセルトヘボウによるライヴ・レコーディングは、アーノンクールが 最後までCD化を拒否していたとのことで、私の手元にも音源がありません )。
J.S.Bach Matthäus Passion (Harnoncourt) ニコラウス・アーノンクール
▲ J.S.バッハ:マタイ受難曲 上掲は アナログLPのジャケット
第一回録音盤:1970年
ニコラウス・アーノンクール指揮、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス 他
音盤:Teldec(WPCS-5814~16 )
 
 アーノンクール最初の「マタイ~ 」は 「オリジナル楽器とオーセンティックな編成による最初の全曲録音 」でした。
 イエスカール・リーダーブッシュ福音史家クルト・エクヴィルツケンブリッジ大学キングス・カレッジ合唱団、レーゲンスブルク大聖堂聖歌隊、今日(こんにち )の女声パートには ボーイ・ソプラノウィーン少年合唱団員 )と カウンター・テノールポール・エスウッド、トム・サトクリフ、ジェイムス・ボウマン )を充て、敢えて男声のみにこだわった 独特の布陣に目をみはりました。
 カール・リヒター(Archiv )盤、グスタフ・レオンハルト(DHM )盤を 別格にすれば、この旧録音は 数ある「マタイ~ 」の中でも 演奏者の楽曲への取り組みの真摯さが特に際立つ名盤の一組で、私の高校時代から 繰り返し 好んで聴きかえしてきた、愛聴盤です。

J.S.Bach Matthäus Passion Harnoncourt ニコラウス・アーノンクール
▲ J.S.バッハ:マタイ受難曲 
第二回の再録音盤:2000年
ニコラウス・アーノンクール指揮、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス 他
音盤:Teldec(WPCS-10652~4 )
 
 30年後のセッション録音による「マタイ~ 」は かつての「男声のみ 」だった 1970年の第一回録音から 今度は「女声を含む混成 」へと、こだわりを捨てたようにみえます。
 イエスマティアス・ゲルネ福音史家クリストフ・プレガルディエンウィーン少年合唱団アーノルド・シェーンベルク合唱団。合唱だけでなく ソプラノとアルトのソリストもクリスティーネ・シェーファー(ソプラノ )、ベルナルダ・フィンク(アルト )など 有名女声歌手が歌っています。
 アーノンクールの 基本的な解釈、演奏スタンスは良い意味で 旧盤とは変わっていないのですが、新盤では さらに深みを増し、磨きもかかっている印象です。「愛ゆえに主は死を求め Aus Liebe Will Mein Heiland Sterben 」の荒涼とした寂寥感たるや 足元を吹き抜けてゆく明け方の風を感じ 背筋も寒くなるほど、「来たれ 甘き十字架 Komm, Süsses Kreuz, So Will Ich Sagen 」におけるヴィオラ・ダ・ガンバの深みのあるソロなど 雄弁で素晴らしいです。またいずれ 別の機会を設け、一曲一曲、「マタイ~ 」 の 素晴らしさについて 語りたいものです。


 アーノンクールの歌劇への取り組みは、モンテヴェルディの作品から始まりました。
 当時モンテヴェルディのオペラなどが歌劇場で上演される機会は少なく、あっても時代考証を無視した奇妙な編曲版( 1963年、カラヤンによる「ポッペアの戴冠 」上演 こちら )など、モダン・オケによる 何っとも重たいサウンドで再現されていましたから、アーノンクール独自の研究による オーセンティックな古楽奏法に基づいた躍動感溢れる演奏は、世界的に高く評価され、一大センセーションを巻き起こしました。

Harnoncourt Monteverdi L’Orfeo(Teldec ) harnoncourt monteverdi Il Ritorno dUlisse in Patria (teldec ) Harnoncourt Monteverdi LIncoronazione di Poppea(Teldec )
▲(左から )1968年録音の「オルフェオ 」、1970年の「ウリッセの帰還 」、1973~1974年の「ポッペアの戴冠 」、これらモンテヴェルディ三部作は 繰り返し聴く価値ある名盤です。
 アーノンクールには、モンテヴェルディの音楽が同時代の聴衆に与えたであろう興奮と感動を 現代のオペラハウスに蘇生させた功績もあるのです。これらは1975年~77年にかけ、ジャン=ピエール・ポネル演出によって その再上演の様子が映像によっても残されています。

 バッハモンテヴェルディの次には いよいよモーツァルトに取り組みました。 歌劇のレコーディングなら やはり「イドメネオ 」や「ドン・ジョヴァンニ 」など、こちらも個別に語るべき すぐれた上演記録も多くありますが、今宵は一旦 脇に置いておくことをお許しいただき・・・ アーンクールモーツァルト・オペラ の雰囲気を 手軽に楽しもうというなら ひとつ最適なアルバムがあります。
Harnoncourt Mozarts Overtures(Teldec )160×160 Harnoncourt,First and only opera direction Mozart’s “Idomeneo” with the Concentus at the styriarte Festival
モーツァルト : 歌劇序曲集
歌劇「ドン・ジョヴァンニ 」序曲、歌劇「魔笛 」序曲、歌劇「後宮からの逃走 」序曲、歌劇「コジ・ファン・トゥッテ 」序曲、歌劇「フィガロの結婚 」序曲、歌劇「皇帝ティートの慈悲 」序曲、歌劇「イドメネオ 」序曲、歌劇「劇場支配人 」序曲、歌劇「ルーチョ・シルラ 」序曲(シンフォニア )、歌劇「にせの女庭師 」序曲、歌劇「牧人の王 」序曲
ニコラウス・アーノンクール指揮
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
チューリヒ歌劇場管弦楽団、チューリヒ歌劇場モーツァルト管弦楽団
ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス

録音:1980年 ~ 1995年
原盤Teldec(WPCS-21029 )

 アーノンクールによる 数あるモーツァルト・オペラの全曲盤から その序曲だけを切り取って集めた、豪華で贅沢なコンピレーション・アルバム。限りなくサンプラーに近いですが( ? )、これ 大好きです。 「後宮からの逃走 」で 派手に鳴らされるパーカッションの 他では聴けない独特の音色をはじめ、そのどれもが素晴らしい演奏であることは言うまでもありませんが、中でも注目と言えば ( 賛否が分かれるところでしょうが、 ) 私にとっては「魔笛 」序曲における チューリヒ歌劇場管弦楽団が放つ 管と打楽器の鋭く力強いアクセントと弦セクションの猛烈な切れ具合に痺れます。


モーツァルト 交響曲第38&39番 アーノンクール ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(Teldec) モーツァルト 交響曲第38~41番 アーノンクール ヨーロッパ室内管弦楽団(Teldec)
▲ ロイヤル・コンセルトヘボウ、ヨーロッパ室内管弦楽団とのモーツァルト 後期交響曲 
 さらに 1980年代頃からは 古楽オケだけでなく モダン・オーケストラも指揮するようになります。ロイヤル・コンセルトヘボウヨーロッパ室内管弦楽団、さらには名門ベルリン・フィル、そしてウィーン・フィル等への客演も増え、レパートリーもスメタナ、ブルックナー、バルトークと 大きく広がってゆきました。
アーノンクール ベルリンフィル_ブラームス スメタナ わが祖国WPCS-11327~28(アーノンクール)
▲ ベルリンフィルとのブラームス交響曲全集、ウィーンフィルとのスメタナ「わが祖国 」    


 アーノンクールのレコーディングの中で、古楽・古典以外に 特に印象深く記憶に残っているディスクと言えば、私にとっては ブルックナーの交響曲です。
 BMGクラシックスへのレコーディング第一弾となったのが、ウィーン・フィルとの ブルックナーの交響曲第9番 でしたが、RCAレッド・シールの脇に アーノンクールの強面(こわもて )が こちらをじっとにらんでいるCDジャケットを初めて見たときの印象は 昨日のことのように鮮明です。音楽の中身も もちろんそうでしたが、それは とても新鮮でした。
ブルックナー 交響曲第9番 ニ短調(RCA BMG)
ブルックナー
交響曲第9番 ニ短調 
disc 1:アーノンクールの語りとウィーン・フィルの演奏によるワークショップ・コンサート 第4楽章(未完のフラグメンツ ) 「月から降ってきた石のような 」
disc 2:第1楽章 ~ 第3楽章
ニコラウス・アーノンクール指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:2002年 8月 ザルツブルク
原盤:BMG(BVCC-34080~01 )

 この偉大な交響曲は、どなたもご存知のとおり作曲者の死によって その第4楽章が未完成に終わっていますが、アーノンクール(の講演 )によれば この終楽章は、実は ほとんど完成されていました( ! )。そのフラグメンツがこれほど散逸してしまった理由は、ひとえにフランツ・シャルクフェルディナント・レーヴェ あるいはその相続人らが 杜撰にもブルックナーの自筆譜の一部を 勝手に売却したり 記念品として他人に贈与したりしたため、この貴重な楽譜が世界中に散らばってしまうことになった、というのです。通し番号が打たれた約40葉の五線紙が第9交響曲の最終段階を形成しているにもかかわらず、その半分近くはいまだに失われたままなのです。
 この2枚組のうち1枚目のディスクには、未完の第4楽章をめぐるアーノンクールの意欲的な解説ウィーン・フィルによる断片の演奏ザルツブルク音楽祭におけるワークショップ・コンサートの実況録音 )とが収録されており、2枚目には ブルックナーが生前完成させた 3つの楽章のみが演奏されています。
 ブルックナー第9をコンサートにのせる演奏家には さまざまな選択肢が与えられています。たとえば ブルックナーの遺言を尊重し 最後を「テ・デウム 」で締めくくるという方法、1980年代にエリアフ・インバルフランクフルト放送交響楽団で録音を残したように ニコラ・サマレ & ジュゼッペ・マッツカによる復元版第4楽章フィナーレとして演奏する方法、そして アーノンクールのように前半3楽章とフィナーレの断片資料を組み合わせて演奏するという方法・・・。
 アーノンクールは、第9を 「不完全に 」 3楽章のままで終わりとせず、ブルックナーの頭の中でもともと構想されていた第4楽章を加えた形で、シンフォニーの全体を想像することを 私たち聴衆に問いかけているのです。

関連記事は こちら ⇒ ブルックナー:交響曲第9番の第3楽章は、 「十字架上のキリストの七つの言葉


 さらに その他のオペラ作品に関して、ウェーバーの「魔弾の射手 」とか J.シュトラウスⅡの「こうもり 」当たりまでならともかく、ヴェルディの「アイーダ 」や、果ては ガーシュウィンの「ポーギーとベス 」 ( ! )などという 「古楽の革新者 アーノンクールという イメージからは かなり外れた 「変化球 」的( ? )なレコーディングを聴きなおし、これらについて感想を書こうかな- などとも考えましたが、今回 この追悼記事ひとつを書くのに まる一週間以上もかかっている ことを 思い出し、やはり ここは 決して落とせない名盤に触れる程度にしておこうと考え直しました。

ハイドン 歌劇「アルミーダ 」アーノンクール(Teldec )
ハイドン
歌劇「アルミーダ 」
チェチーリア・バルトリ(メゾ・ソプラノ )
クリストフ・プレガルディエン(テノール )
パトリシア・プティボン(ソプラノ )他
ニコラウス・アーノンクール指揮、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス
録音:2000年 6月、ウィーン、ムジークフェラインザール
音盤:Teldec (WPCS-10623~24 )

 ハイドン自身が 自作で「最高傑作」と自負していた オペラ・セリア - エステルハーザの宮廷劇場での最後の歌劇 - をアーノンクールが掘り起こし、演奏会形式上演した、ムジークフェラインザール における ライヴ・レコーディングです。
 オーケストラ伴奏付きのレチタティーヴォのエモーショナルな表現は 古典期のオペラとは ちょっと思えぬほど。 ドラマが佳境に入ると 演奏の過熱さから ベッリーニとか ドニゼッティなどといった、もっと後代の歌劇作品を 聴いているのではないか - という錯覚さえ覚えます。
 特に 迫真の歌唱と呼吸で 感情表白する バルトリが演じる タイトルロール アルミーダの凄まじさ、きっと 皆さまご想像されるとおり、聴く前の期待は 裏切られないと思いますよ。

歌劇「ツァイーデ 」(アーノンクール指揮 ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス DHM盤 ) ディアナ・ダムラウ (2)
モーツァルト
歌劇 「ツァイーデ
ディアナ・ダムラウ( 写真右、ソプラノ )
ミヒャエル・シャーデ(テノール )
アントン・シャリンガー(バス )
ニコラウス・アーノンクール指揮
ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス
録音:2006年3月、ムジークフェラインザール
原盤:DHM(BVCD-34038~39 )

モーツァルト未完の歌劇「ツァイーデ 」(復元版 ) につきましては、このオペラのタイトル・ロールを演じている ディアナ・ダムラウの「撓(しな )る なよ竹のごとき 」素晴らしいソプラノを絶賛する回で すでに触れました。


ヘンデル「メサイヤ」ニコラウス・アーノンクール(RCA)BVCC-37698 アーノンクール リハーサル風景
ヘンデル
オラトリオ「メサイア」
ニコラウス・アーノンクール 指揮
ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス

クリスティーネ・シェーファー(ソプラノ)Christine Schafer
アンナ・ラーソン(アルト)Anna Larsson
ミヒャエル・シャーデ(テノール)Michael Schade
ジェラルド・フィンレイ(バス)Gerald Finley
アルノルト・シェーンベルク合唱団 Arnold Schoenberg Choir
録音:2004年12月18、19日 ウィーン、ムジークフェラインザール(ライヴ)
RCA = BMGジャパン ( BVCD-34030~31)

初めて聴いた時の 衝撃に近い感動 - これほどまで斬新な 「ハレルヤ・コーラス 」 には それまで出会ったこと ありませんでした。 アーノンクールのRCA録音の中でも 私 “スケルツォ倶楽部発起人が 最も大事に扱うディスクです。
過去記事 ⇒ サンタクロース物語 」 ~ 最終回 : 聖ニコラウスの新しいお仕事 
発起人の オリジナル・ストーリー の主人公の名前も 偉大なアーノンクールと同じ 「ニコラウス 」 。 マエストロのご冥福を 心より祈念いたします。


おまけ : アーノンクール 語る
アーノンクール Nicolaus Harnoncourt (2)
音楽の表現法とは -
「私は偉大な作曲家を尊敬しています。そうした彼らの意図を探し求めようとしています。作曲家に忠実でありたいと言う気持ちと 通り一遍の演奏を否定する情熱的な側面をもっています 」

「作曲家の意図を実現すると言う点では、非常に頑固者です。それから俗に『伝統 』と呼ばれているものについては懐疑的な側に属しています。『伝統 』とはたいてい作曲家自身の意図に反するものです。過去2~ 3世代の人たちの演奏をまとめてこれが作曲家の意図だとするような解釈は、間違っています。重要なのは、いかに自分が表現するかです 」

Vivaldi The Four Seasons Harnoncourt, Concentus Musicus Vivaldi The Four Seasons Harnoncourt, Concentus Musicus (2)
▲ ヴィヴァルディ:協奏曲「四季 」
アリス・アーノンクール(ヴァイオリン )
ニコラウス・アーノンクール指揮
ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス
録音:1977年 ウィーン
音盤:Teldec (WPCS-21043 )


「過去の演奏家が作品をどのように解釈したかについては興味ありません。むしろ長年繰り返し演奏されることによって 作品に堆積したホコリを払いたい。どの世代の演奏家もそうしたスス払いをすべきでしょう 」

アーノンクール Nicolaus Harnoncourt 1991年
古楽器とモダン楽器では 表現が変化する
「古楽器だと音量が小さい代わりに楽器をより雄弁に語らせることができます。逆にモダン楽器の場合、通常演奏者たちも演奏に慣れていますし、古楽器では得られない魅力もあります。しかし古楽器が一握りの専門家だけによって演奏されることには反対です。私がときどきモダン楽器を使うのはそのためです 」

アーノンクール
古楽器から得た知識をモダン楽器演奏に生かす
「あまり古楽器にこだわってしまうと、作品の歴史的な側面ばかりが強調されてしまい、その作品が現代において持つ意味が ないがしろにされてしまうのが嫌なのです 」

MOZART Concerto GULDA (Harnoncourt )Teldec
▲ モーツァルト
ピアノ協奏曲第23番イ長調、第26番 ニ長調「戴冠式 」
フリードリヒ・グルダ(ピアノ )との共演
ニコラウス・アーノンクール指揮
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音:1983年 アムステルダム
音盤:Teldec(WPCS-5812 )


「博物館に大事に保管されているような演奏には興味がありません。絵画や文学と同様に 音楽演奏も今の時代において何らかの意味を持たなければなりません。モダン楽器と古楽器の両方を指揮するようになったのはそのためです。それとともに、古楽器から得た知識をモダン楽器演奏に生かすことも重要です。モダン楽器の演奏者にとって、古い作品の理解において 古楽器を弾いていないと解らないことを学ぶのは、とても有用なことです 」

ただ古楽器で演奏しても 『オーセンティック 』にはならない
アーノンクール Nicolaus Harnoncourt 2001
「私は ドグマティック(独断専行的 ) な人間ではありません。古楽器でしか演奏すべきではない - などという主張は間違っていると思います 」

「古楽器を使ったとしても 作曲当時の演奏を再現したものにはなり得ません。それは単に『古楽器で 』演奏しているというだけのことです。弾いている人間は現代人ですし、演奏もいまの時代のものです。モーツァルトが指揮したオーケストラというのは、まったく違った響きだったに違いありません。古楽器で演奏しているからと言って、演奏内容まで『オーセンティック 』になると考えるのは、間違っています 」

「モダン楽器によるオーケストラ演奏も なくてはならぬ重要なものです。ウィーン・フィル、ベルリン・フィル、コンセルトヘボウといった一流のオーケストラが 自分のスタイルを保持するためにもモーツァルトの演奏は欠かせません。さらに聴衆にとっても重要なことです。古楽器での響きを聴く、というのも 作品理解を深めるために不可欠な 『勉強 』なのです 」


( - 以上、青字部分 アーノンクール自身の言葉は、1997年レコード芸術 7月号、アーノンクール 海外特別取材 / インタヴュー よりお借りしました。これら貴重な言葉を マエストロの口から 引き出してくださったインターヴュアーは 岡本稔氏です。 )


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コメント

命の長さは奇跡の連続…

こんにちは〜お元気そうですね(^。^)今年の一月にデビッド ボウイ、今月はジョージ マーティン…最近はボウイのアルバムとビートルズばかり聴いています。ボウイは69、ジョージは90、長寿大国日本からすればまだまだ若い年齢。芸術家は命を削り命と引き換えに作品を残しているんだなと改めて思ってしまいます。

URL | teamoon. ID:3C2TlGu.[ 編集 ]

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