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反省文 :
1976年、発起人(当時14歳 )は
映画「ヴェニスに死す 」を いかに誤解したか。


 今晩は、“スケルツォ倶楽部発起人(夫のほう ) です。
 何を隠そう 私は、1962年(昭和37年 ) 7月生まれなので、そうすると もう 2か月も経てば53歳になろうという年齢(とし )です。
 それは、気づいてみれば すでにグスタフ・マーラーの寿命 (50歳 + 10か月 + 2週間 ) を追い越して 生き長らえているということに ふと思い至り、われながら驚いています。


▲ 映画 「ヴェニスに死す 」 ニュープリント予告編

 ルキノ・ヴィスコンティ監督の名画「ヴェニスに死す 」 Death in Venice (1971年公開 )を 私が初めて観た記憶は、映画館でではなく、公開から5年経って テレビ朝日日曜洋画劇場 」(日本語吹替 )でTV初放送された時でした。 それは1976年 6月 - 私 “スケルツォ倶楽部発起人 が14歳の頃 - のこと。
 この映画が放送される約 3か月前(76年 3月17日 )に、ヴィスコンティはローマで死去していました。映画「ヴェニスに死す 」のTV放送は、イタリアの偉大な映画監督の追悼的な特別企画でもある という解説者の口上もおぼろげに記憶しています。

 ご存知のとおり、トーマス・マンの原作では 主人公 「グスタフ・フォン・アッシェンバッハ 」 は 「作家 」 でしたが、ヴィスコンティ はこれを映画化するにあたって 視聴覚効果を考慮し、その職業を「音楽家 」に設定しています。
トーマス・マン ルキノ・ヴィスコンティ グスタフ・マーラー
▲ (左から ) トーマス・マン、ルキノ・ヴィスコンティ、グスタフ・マーラー
 しかし、原作者トーマス・マンは もともと同時代の著名な音楽家だったグスタフ・マーラーをモデルに「アッシェンバッハ 」を創作していたことから、結果的にヴィスコンティが加えた変更は 事実上の「修正 」に他ならず、奇しくも 当初マンが想定していた地点に着地することとなったわけです。

 クラヲタになりたてだった中学生の発起人にとって、その頃のあらゆる関心事でも中心に位置していたグスタフ・マーラーをモデルに作られた映画であるということ、さらにサウンド・トラックにもマーラーの音楽が使われていること - などという情報を読んで、わあ 一体どんな映画なんだろう、というわけで、放送日の夜には、もうわくわくの期待感もいっぱいで TVのブラウン管の前に座ったものでした。
映画「ヴェニスに死す」 (2)

 ・・・しかし、恥ずかしながら告白しますと、私( この時14歳ということは、原作のタッジオと同い年の少年だった = )発起人は、予習もせずに観た映画の意味をまったく理解できず、ひたすら退屈を堪(こら )えて 何とか最後まで我慢しましたが、「これはマーラーじゃない 」という反感でいっぱいでした。
14歳だった頃 “スケルツォ倶楽部”発起人
▲ 当時 14歳 (タッジオ君と 同級生だった頃の )“スケルツォ倶楽部発起人(笑 )

 なにしろ その時にはヴィスコンティがいかにもセンチメンタルな外面的効果を狙って、機能的にアダージェット 」を使っているようにさえ聞こえたほどでしたから、その「誤解 」も重症でした。 「理解 」どころか、トーマス・マンヴィスコンティ監督の真意からは 最も離れた 「浅瀬に立っていた 」ように思います。
映画「ヴェニスに死す」Original Soundtrack  映画「ヴェニスに死す」 (4)

 大地の歌 」・第9番未完の第10番 という最後の傑作三大交響曲のいずれもが 「 」 をテーマにしているという事実や、ベートーヴェン以来の「第9 の壁 」のジンクスを怖れるあまり 意図的にそれら晩年の交響曲に番号を振らなかったなどという信憑性も低い伝承、また若妻アルマとの不幸なエピソードやジークムント・フロイトとの接触など、あたかも 「悲劇と死に憑りつかれた 病的で内向的な作曲家 」 (アンリ=ルイ・ド・ラ・グランジュ:『失われた無限を求めて 』 より ) である - という誤ったイメージが、昔から グスタフ・マーラー にはつきまとっていますが、ここへきて さらに トーマス・マンヴィスコンティの共犯 ( ? ) で作られた映画「ヴェニスに死す 」が、そんなマーラーの病的な面を過剰に拡大し、チャイコフスキー的同性愛者であったかのような 間違った偏見まで 一般世間に付加しかねない危険なフィクションとなり得るのではないか - などという勝手な思い込みが - 繰り返しますが、この映画を初めて観た当時 まだ14歳だった 私 - “スケルツォ倶楽部発起人の、今にして思えば、浅い理解でした。

映画「ヴェニスに死す」 (3)
 当時の私が 最も「誤解 」してしまった部分とは、映画の中で 初老の主人公アッシェンバッハが 外国の美少年を「恋してしまう 」(ように見えた )同性愛者であると思われる描写でした。
 そのように観ることは、当時 タッジオ とは 同級生(笑 ) だった 私には 生理的に受け容れることができませんでした。 率直に 「もう二度と観たくない 」 という目を背けたくなる嫌悪感に満たされ、それきり自分から望んで この映画を見なおす気にはなれず、勝手に封印することになりました、それは 今から40年近くも(うひゃ、ホント? ) 昔の話になるわけですが - 。

映画「ヴェニスに死す」 (14)
 この文章は序章に過ぎず、続きの本編があります。
 よろしければ こちらから ⇒ 2015年、発起人53歳、「ヴェニスに死す 」 再観 (仮題 )
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