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ブリテン : 歌劇 「ねじの回転 」 The Turn of the Screw
(原作:ヘンリー・ジェイムズ )
 - 本当はもっと怖い真相 について、無謀な究明を企てる。


ブリテンの記念切手 ねじの回転_Innocents
最終回
エピローグに代えて
マイルズは なぜ死んだのか
 - R指定 ? -

 ここまでおつきあいくださり、どうもありがとうございます。 ようやく最終回です。
 子どもたちに憑(と ) りつこうとしていた邪悪な死霊を 無事に追い払うことができ、わが身を挺して 救出した マイルズ家庭教師が 手を取り合って、ああ よかった よかった という 後味のよい ハッピー・エンディング を選ぶことだって 原作者ヘンリー・ジェイムズには出来たはず、 何も ここで わざわざ 当の マイルズ を 殺してしまわなくとも ・・・ (タメイキ )。
  なぜ 少年が 最後に死ななければならなかったのか、以下 その理由を、私 “スケルツォ倶楽部” 発起人が 推理します。  って、ちょっとオトナ向けかも。 どうか読み流してください。

 ・・・ええと、今一度 「プロローグ 」に戻って ご確認いただきます。
 「ねじの回転 」は、ある屋敷で催されたクリスマス夜会の招待客の一人ダグラス氏が用意した「手記 」でした。
 その「手記 」のオリジナルを書いたとされる筆者は、かつてダグラス氏の家庭教師を務めていて、彼よりも10歳上の 「女性 」でした。彼女にも 名前はありません。 ダグラス氏が、その「女性 」に 初めて出会ったのは、彼が「ケンブリッジのトリニティカレッジにいて、二年目の夏の帰郷時 」だったということになっています。 「女性 」ダグラス氏のを 教えていない時間には、彼女は「よく一緒に庭を散歩をし」 てくれたし、「いろいろな話をしてくれた」、「実に聡明で、すてきな人だと思った」、「あの職業で、あれほど素敵な人を知らない」、「きっと何をしても立派にできた人だろうと思う」 などと ダグラス氏、ん もう手放しの大絶賛です。
 しかしその魅力的な「女性 」は、すでに20年前に亡くなっており、彼女の「手記 」 は 今から40年前に聞かされた物語、 これをダグラス氏が朗読する、という多重構造を装っています。
 さらに書き添えておくと、「ねじの回転 」 の大部分を占めている、この家庭教師だった女性の書いた「手記 」は、己の死期が近いことを悟ったダグラス氏が、逝く前に「 ( =「ねじの回転プロローグの語り手 ) 」 に託したもので、さらに 「 」は この「手記 」を 「ずっとあとになって正確に書き写した 」ものであるなどと説明しているのです。
 物語の周辺に積み上げられた、これら複雑な経緯は、すべて物語にリアリティを持たせるための勿体ぶった前置きで、そもそも「手記 」を書いた人物は、本当は 女性家庭教師などではなく、ダグラス氏自身だったのではないか - と“スケルツォ倶楽部発起人、推測しています。
 さらに言うと (すでに お気づきのかたも多いと 思われますが ) このダグラス氏こそが、実は「マイルズ 」 自身だった、という可能性です。
 「手記 」主人公である「女性 」は、ダグラス氏の「 」を教えていた家庭教師でした - ということは、その「 」 こそ まさに 「フローラ 」 でしょう。 ダグラス氏は、学生寮から夏休みに帰郷 ( 不本意な退学などではなく ) した実家で 初めて10歳年上の家庭教師である 「女性 」に出会っています。 思春期の少年だった ダグラス氏 は、まさに そこで彼女のことを 初めての恋愛対象 として 意識したのではないでしょうか。

 そして ドラマ 「ねじの回転 」 の最後のシーン、今まさにマイルズ=ダグラス ピーター・クイントの名を叫び、これによって遂に悪魔を退散させ、めでたしめでたし・・・ という ハッピー・エンドを 迎えるところだとしましょう。 しかし・・・ ここで、思春期の少年は 一瞬 彼の心の中で 妄想します。
 ― もしも 悪魔のほうが勝利をおさめていたとしたら、ボクは どうなっていたんだろう・・・ すなわち 自分の身体が ピーター・クイントに憑依されていたら・・・ 今 一体 何を しているだろう、 悪魔クイント絶倫な魔力によって ボク「先生 」の 薄い夏服のドレスを 背中から引き裂き、剥き出しにした 美しく 丸い彼女の腰を見下ろしながら その成熟した肉体に跨(またが )って 獣(けだもの ) のように 年上の女(ひと )を 征服できていたかも・・・ いや、それも ありだったんじゃないのか。 むしろ 本心では そっちのほうがよかったかも・・・ だって それこそが、ずっと密(ひそ )かにあこがれの、いや、若き情欲の対象として 内心 慕い続け、その 着衣の内側がどうなっているのか 心の内だけで むっつりと想像をめぐらしていた 童貞少年 「マイルズ = ダグラス 」 にとって、実は その心の奥底で渇望していた 本能的にやりたかった行為だったのですから。  ああ、もう正直に言ってしまおう、 「じゃりんこ 」の フローラも うるさい「ばあさん 」の グロース夫人も留守 - もとより二人とも 対象外だし - 今なら 屋敷には ほかに誰もいない。 今だ、今こそ ずっと大好きだった 美しい 「先生 」 と ボクは 二人っきり ( ! )なんだから そんな行為に及んだとしても 咎(とが )める者は 誰もいないんだ -

 ・・・ って、もちろん そんな邪(よこしま )で 不道徳な行為を 想像すること自体、決して許されることではありません。あってはならないことです。 だって 憧れの 「先生 」 にとって、マイルズは 常に 「小さなジェントルマン 」であり、「全身が清純な香気に包まれ 」、 「外見はもとより内部からも初々しい輝きを放 」つ、「ほかの子には到底見られない神々し 」い存在で あるべきだからです、それも いつまでも。
 「大人になること 」 「成長すること 」 イコール、 悪魔クイントに憑りつかれる 危険な季節が到来した、ということです。 そんな 「大人 」 になってしまった 「不純なマイルズ ( = ダグラス )の姿などを 「先生 」 には決して見てほしくはありません。 あるべき道徳感情によって、それは強く抑圧されるべきです。 「手記 」の作者であるダグラス氏にとって それは 自分自身 を厳しく 処罰する衝動となって現れたに違いありません。 すなわち、その代償行為として ダグラス氏は、ドラマの最後で 自己の分身たる 少年マイルズ に 罰を与え、葬ってしまったのです ! 自分の身代わりに ! ひそかに恋慕っていた 美しい 「先生 」の胸に抱かれて - という せめてもの形で。 
ブリテン ねじの回転_ハーディング盤

 さらに 敢えて付け加えさせて頂けば、この 何重構造にも輪をかけて 複雑な世界を描いていた張本人とは、「手記 」の筆者とされる家庭教師でもなく、その「手記 」を贈られ、彼の人生の終わり近くの とある年のクリスマスに これを朗読したダグラス氏 でもなく、さらに その「手記 」を託されたとされる「 」でもなく、これらすべてを包括的に 冷静な計算をしながら書き綴った、ヘンリー・ジェイムズ その人であった ということを 忘れてはならないでしょう。

Henry James Henry James
▲ 原作 ヘンリー・ジェイムズ Henry James (1843 - 1916 )

連載 おわり

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おまけ
映画「ヒトラー、最期の12日間(原題 Der Untergang )2004年 」で、敗戦間際のアドルフ・ヒトラーが 地下壕での会議中 激昂するシーンが You Tubeでパロディ・ネタ 【 ドイツ語へのありもしない英語字幕 】にされてるジョーク、有名ですよね。

▲ これもそのひとつ。 せっかく あと3ページで読み終わる予定だった ジェイムズの 「ねじの回転 」の結末を 側近にネタバレされてしまい 超激怒するアドルフ・ヒトラー。しかも 「幽霊は、狂った家庭教師の想像の産物だったんだろ ?! 」 って・・・(笑 )

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