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アンラヴェル “ラヴェル” ラヴェルメント
Unravel RAVEL Ravelment 
  もくじは ⇒ こちら
Unravel RAVEL Ravelment (3) ravel[1] Unravel RAVEL Ravelment (5) Unravel RAVEL Ravelment (2)
 “unravel
─  【 vt. 他動詞 】 解明する、 (もつれた糸などを ) ほどく、
    (物語の筋を )解決させる; (話し言葉 )破綻させる.
 “Ravel
─  【 n. 固有名詞 】 モーリス・ラヴェル Maurice Ravel
    (1875-1937 )フランス印象派の作曲家.
   “ravelment
─  【 n. 名詞 】  紛糾、混乱、もつれ
                         三省堂「EXCEED 英和辞典 」より

- Prologue 1 -

  「ボレロ 」のリズム主題は、340小節からなる全曲の中で、169回も叩かれる。ひとつの動機を これだけ延々と 執拗に繰り返す行為は、音楽史上かつてなかった。
 それにしても かくも単純な方法が これほど効果的であったということに、西洋音楽史は ラヴェル以前には、誰も気づかなかった・・・ と、いうより このようなシンプルなやり方は 作曲技法上の選択肢からは敢えて排除され、単に試みられることがなかったのだ、という方が、実際のところ 真実に近いのではないだろうか。
 ひたすらの「反復 」と「繰り返し 」という方法が、「禁じ手 」もしくは「裏技 」であるがゆえに、 ( たしか作曲家の吉松隆氏だったろうか 何かで 氏が書いておられたのを たしかに読んだ記憶があるのだが )、ある意味 その幼稚さ(? )ゆえに それは 西欧音楽では 長い間 誰もが意識的に避けてきた「技法 」であった。
 しかし、ラヴェル以後、この単純な技法は 形を変えて ( より細分化され ) 現代音楽に受け継がれ、その後 開き直り(笑 )に転じ、「ミニマル・ミュージック 」という分野で、20世紀後半、それまでの過去の人間達にとっては まったく予想し得なかった 新たな生命力を発揮することになる。
 「ミニマル ~ 」 については、また別の機会に あらためて書きたい。

- Prologue 2 -
絶叫するルーシー by C.Schultz unravel RAVEL ravelment
 “その音楽”を 客席で聴いていた ひとりの女性は、音楽のクライマックスで ついに耐えきれなくなり、
絶叫した。 「ああ 神さま、この作曲者は狂っています!
それを聞いたラヴェル、彼女を指差していわく
ああ 神さま、あの女性こそ まさに真の理解者です !


1930年、二つの歴史的な 「ボレロ 」 レコーディング
Piero Coppola
ラヴェル
「ボレロ 」(15:34 ) - 世界初録音 -
ピエロ・コッポラ(指揮 )Piero Coppola
グラン・オルケストル・サンフォニーク Grand Orchestre Symphonique
録 音:1930年 1月13日( 8日説もあり )パリ、サル・プレイエル
原 盤:グラモフォンHMV 

 これが、「ボレロ」の世界初レコーディング。作曲者モーリス・ラヴェル自身の立会いのもと 行われている。グラン・オルケストル・サンフォニークとは、フランス・グラモフォン専属の交響楽団の別称である。
 すでに初演当時から その奇想天外なアイディアの面白さから 早くもコンサート・ピースとして大評判をとっていた「ボレロ 」は、トスカニーニでさえ演奏会で取り上げるほどのポピュラーなナンバーとなっていた。けれど、そのトスカニーニをはじめとして、この曲を演奏する際 当時の多くの指揮者が選んだテンポは、作曲者であるラヴェルが考えているよりも ずっと速かったと言われている。
 ラヴェル自身、この曲の演奏においては より遅い速度を好んでいたことは よく知られているとおりで、自作の「ボレロ 」が初めて録音されるというニュースを聞いて、「自分の意図したとおりのテンポを演奏家に要求し 」に行った のではないか - などという興味深い説を唱える識者もいるほどだ。

 さて、当時のSPレコードの収録時間には 片面 4分という制限があった。「ボレロ」の演奏時間は 大体15~16分位だから、録音用のS.P.原盤は 少なくとも四面分 必要となる。すなわち、4分おきにレコードの原盤を 次の録音機にセットしては トレースを開始させなければならない。録音する側からすると 適当な場所で 用意している別の録音機で新たなS.P.盤をスタートさせなければならない。各楽器のソロの途中で演奏を切るわけにはいかないから、録音技術者が そのタイミングを読む難しさに腐心することは間違いない。
 冒頭から(ラヴェルの指示どおり ? )ゆったりとしたテンポで コッポラは 演奏を 始めている。
 一、二、三面は問題なく進んでいると思われる。当時のパリの管楽器の名手たちのソロが次々と披露される。例えばフルートは 往年の名手マルセル・モイーズだと言われ、また 奏者の特定はできないものの、なかなか味のあるトロンボーンのアーティキュレーション、時代を感じさせるサキソフォーンの音色など、緩やかにタクトを振るコッポラの脇で聴いていたラヴェル先生も ご満悦だったのではないか。
 ところが 時間オーバーを避けるためだったのか(? )、ここまでイン・テンポを守ってきた 堅実なはずのコッポラのタクトが 第四面に入ると、突然 速くなってしまう(12:34辺りから。はっきりと判る )。
「え ? さすがに それは ないんじゃないか 」狼狽したラヴェルは、指揮棒を持つコッポラの右袖をつかもうとした、と伝えられる。

 そのあと 会場を立ち去る際、明らかに演奏の出来ばえに不満を抱いたラヴェルは、指揮者コッポラが使っていたスコアの表紙に、
「私が 将来 行なうレコーディングより “2分も速い” ボレロ
などと 皮肉たっぷりにサインをした、という伝説も残されている。
 それはまた、自分自身で新たな録音のため再演する意志があることを示している。そのような逸話が伝わるほど、ラヴェルの無念さをしのぶことさえできようか。
 実際、ラヴェル自身の指揮による演奏が なんと この日から「数週間後に 」 - コンセール・ラムルー管弦楽団、フランス・ポリドールによって - 録音されることになる。

Ravel Conducts Bolero !
ラヴェル
「ボレロ 」(16:11 ) - 作曲者ラヴェル自身の指揮による -
モーリス・ラヴェル (指揮 ) Maurice Ravel
コンセール・ラムルー管弦楽団 Orchestr des Concerts Lamoureux
録 音:1930年 1月 パリ
原 盤:フランス・ポリドール

 ・・・しかし よく考えてみると、おかしい。
 演奏について ではなく、伝えられている事実と録音日の検証を行おう。
 残されたデータが正しければ、コッポラ指揮による初レコーディングは、「 1月13日 」ということになっている( 平林直哉氏などによれば 1月 8日説もあり )。しかしラヴェル自身の指揮による「ボレロ 」が録音されたデータでは、単に「 1月 」 としか記されていない。
 ? 「1月 」とは 31日までしかないから、データにこだわれば、ラヴェル自身による 1月の再録日は、コッポラ録音から半月ほどしか余裕はないはず。
 けれど ラヴェルが自分で再録音を決意したのは、“伝説”によれば コッポラの録音に立ち会って、不本意な演奏を聴いた時のはずである。ラヴェル大先生といえども その同月内に、しかも違う楽団とレコード会社、ホールのセッティングまで 果たして そう都合よく出来るものだろうか?
 そもそも いくら作曲者とは言え、ラヴェルコッポラの演奏が気に入らないからと、その同じ月のうちに 自分自身で別のオーケストラを振って 録り直しを行なった、などというストーリー展開の方が リアリティに欠けるように思われる。
 残されているデータを疑うことも ひとつの解決方法ではある。例えば、作曲者自身の指揮による演奏の録音は、翌 2月某日に行われており 記録は誤記だった - とか(? )。

 ・・・こう考えることは、できないだろうか。
 データ・ミスの可能性も含め、二つの「ボレロ 」レコーディングは、複数のレコード会社 (グラモフォンポリドールと ) によって、もともと始めから計画されていた と。そう考えた方が、ずっと自然ではないか。
 コッポラのスコアに ラヴェルが書いたという 例の「私が 将来 行なうレコーディングより“2分も速い”ボレロ 」 などという、冷たい皮肉ともとれる 不自然な言い回しについても、もし最初からレコーディング計画があったのだ、と考えたら ?
ドンマイ、ドンマイ。ボクがもうすぐ録音する予定になっている“ボレロ”では テンポ設定に気をつけるから、コッポラ君のより 2分くらい遅くなると思うよ。ハハハ・・・」 程度の ウィットに富んだジョークだったのではないか、という解釈も 十分成り立つと思う。
 
 ラヴェル自身の指揮によるラムルー管弦楽団の演奏自体は たいへん穏当なもので、聴きやすい。コッポラ盤より余分な揺れも少なく、ゆったりと安定したイン・テンポを 延々と保つことで、なんというか、催眠導入的とでもいうか、良い意味での 気だるい雰囲気が 最後まで途切れず 続く。そんな効果を狙って 速度設定まで指定していたのだとすれば、こと「ボレロ 」に関し、作曲者ラヴェルテンポにこだわっていた、とする伝承は 間違いなかろう。


今宵 話題の「ふたつの歴史的 『 ボレロ 』 」 - 
  ピエロ・コッポラによる世界初録音、
  作曲者モーリス・ラヴェル自身の指揮による録音 - 
を 聴き比べることができる ディスク

Unravel RAVEL Ravelment (3) Andante_Ravel Orchestral Works
ラヴェル : 管弦楽曲集(1930年~ 1949年の歴史的録音集成 )
Maurice Ravel : Orchestral Works
音 盤:アンダンテ(海外盤 )Andante - 1978( 3枚組 )

【CD-1】
「マ・メール・ロワ 」 
 アンドレ・クリュイタンス(指揮 )パリ音楽院管弦楽団
 録 音:1949年10月20日、パリ、シャンゼリゼ劇場
ピアノ協奏曲 ト長調 
 マルグリット・ロン(ピアノ )
 ペドロ・フレイタス=ブランコ(指揮 )交響楽団
 録 音:1932年 4月14日録音、パリ、アルベール・スタジオ
「亡き王女のためのパヴァーヌ 」
 ペドロ・フレイタス=ブランコ(指揮 )交響楽団
 録 音:1932年 4月14日録音、パリ、アルベール・スタジオ
バレエ音楽「ダフニスとクロエ 」第1組曲
 ピエール・モントゥー(指揮 )サンフランシスコ交響楽団、カリフォルニア大学合唱団
 録 音:1946年 4月 3日、サンフランシスコ、戦勝記念オペラハウス
バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第2組曲
 ピエール・ゴーベール(指揮 )コンセール・ストララム管弦楽団
 録 音:1930年 3月24日、パリ、シャンゼリゼ劇場
「道化師の朝の歌 」
 ワルター・ストララム(指揮 )コンセール・ストララム管弦楽団
 録 音:1931年 3月30日、パリ、シャンゼリゼ劇場

【CD-2】
「ボレロ 」
 モーリス・ラヴェル(指揮 )コンセール・ラムルー管弦楽団
 録 音:1930年 1月、パリ

組曲「クープランの墓 」
 ピエロ・コッポラ(指揮 )パリ音楽院管弦楽団
 録 音:1930年10月27日、パリ
「高雅で感傷的なワルツ 」
 ピエロ・コッポラ(指揮 )パリ音楽院管弦楽団
 録 音:1934年 2月 5日、パリ、サル・コンセルヴァトワール
左手のためのピアノ協奏曲
 アルフレッド・コルトー(ピアノ )
 シャルル・ミュンシュ(指揮 )パリ音楽院管弦楽団
 録 音:1939年 5月12日、ピガーユ劇場
「ボレロ 」
 ピエロ・コッポラ(指揮 )大交響楽団
 録 音:1930年 1月13日、パリ、サル・プレイエル


【CD-3】
「ラ・ヴァルス 」
 ピエール・モントゥー(指揮 )サンフランシスコ交響楽団
 録 音:1941年 4月21日、サンフランシスコ、戦勝記念オペラハウス
「古風なメヌエット 」
 アルベール・ヴォルフ(指揮 )コンセール・ラムルー管弦楽団
 録 音:1930年 1月、パリ
ドビュッシー / ラヴェル編「サラバンド 」
 ピエール・モントゥー(指揮 )サンフランシスコ交響楽団
 録 音:1946年 4月 3日、サンフランシスコ、戦勝記念オペラハウス
ドビュッシー / ラヴェル編「サラバンド 」
ドビュッシー / ラヴェル編「舞曲 」
 セルゲイ・クーセヴィツキー(指揮 )ボストン交響楽団
 録 音:1930年10月30日、ボストン、シンフォニーホール
「スペイン狂詩曲 」
 セルゲイ・クーセヴィツキー(指揮 )ボストン交響楽団
 録 音:1945年 4月23 & 25日、ボストン、シンフォニーホール
ムソルグスキー / ラヴェル編 組曲「展覧会の絵 」
 セルゲイ・クーセヴィツキー(指揮 )ボストン交響楽団
 録 音:1930年10月28~30日、ボストン、シンフォニーホール


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