訃報・追悼
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ロリン・マゼールの逝去を 心より悼む。
ペトルーシュカ(マゼール)BMG Entertainment (RCA 74321-57127-2) ロリン・マゼール1959

わたし   「アナタ、大変。ごひいきの指揮者ロリン・マゼールさん、亡くなっちゃったそうよ 」
      「えー、マゼールが ! いつ ? 」
わたし   「13日ですって 」
      「くーっ・・・ そうか、マゼール 逝っちゃったのか。ああ、好きだったのになあー、なんか 凄く悲しいなあー 」
わたし   「音楽家の訃報が続くわね、二日前には チャーリー・ヘイデンが亡くなったばかりだし、今年になってから パコ・デ・ルシアも、岩井直溥さんも、松岡直也さんも すでにお亡くなりになったわね 」
      「クラウディオ・アバドも、ゲルト・アルブレヒトも、ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴスも・・・ 」
わたし   「音楽家ではないけど マクシミリアン・シェルアラン・レネ監督もよね 」
      「それにしても マゼールの訃報は ショックだったなあ 」

lorin maazel ロリン・マゼール1958 
日経電子版(2014年7月14日 9:57 )より
ロリン・マゼール氏 死去 世界的指揮者

 世界的な指揮者で、ニューヨーク・フィルハーモニックなど数々の名門オーケストラを率いたロリン・マゼール氏が13日、肺炎の合併症のため、米南部バージニア州の自宅で死去した。84歳だった。
 クラシック音楽界の巨匠と称され、アメリカのオーケストラとして 初めて 北朝鮮の平壌で公演したことによっても知られる。
 マゼール氏は 1930年、フランス生まれの米国人。ウィーン国立歌劇場総監督など各国のオーケストラで要職を務め、2002年にニューヨーク・フィルの音楽監督。来日公演も多く、1995年には阪神大震災の被災者を励まそうと、ピッツバーグ交響楽団を率いて神戸市で慈善コンサートを開いた。今年 7~ 8月の国際教育音楽祭「PMF 」(札幌市など )に参加予定だったが、健康上の理由で取りやめていた。(ニューヨーク=共同 )


Lorin Maazel (5) ロリン・マゼール_1959 
Wikipedia より
 ロリン・マゼール Lorin Maazel( 1930年3月6日 - 2014年7月13日 )
 フランス・パリ近郊、ヌイイ=シュル=セーヌ Neuilly-sur-Seine 生まれ、アメリカ出身の指揮者・ヴァイオリニスト・作曲家。ピッツバーグ大学卒業。

― 経歴 ―
 ユダヤ系ロシア人の父とハンガリーとロシアのハーフである母の家庭に生まれる。ユダヤ・ロシア・ハンガリーの血を引く。生後ほどなくしてアメリカに一家で移住し、5歳の頃からヴァイオリンを、7歳の頃から指揮の勉強を始めるが、天才振りを発揮したのは 主に指揮の方面であった。 8歳の時にニューヨーク・フィルを指揮して 指揮者デビューを飾り、以後 9歳でレオポルド・ストコフスキーの招きでフィラデルフィア管弦楽団を指揮、11歳でアルトゥーロ・トスカニーニに認められ、NBC交響楽団の夏季コンサートを指揮した。天才少年として10代半ばまでに 全米の殆どのメジャー・オーケストラの指揮台に上がっている。
Lorin Maazel 8歳 若きロリン・マゼール

 ピッツバーグ大学在学中は ピッツバーグ交響楽団の一員として活躍する一方、弦楽四重奏団を結成したりもした。1952年、フルブライト奨学金の試験に合格したマゼールはイタリアに渡り、バロック音楽を研究する日々を送る事になる。その翌年カターニアでヨーロッパデビューを飾り、1960年にはバイロイト音楽祭に史上最年少でデビュー、フェルディナント・ライトナーと交代で「ローエングリン 」を指揮した。1963年にはザルツブルク音楽祭にデビュー、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団とのコンサートでは、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番を 自身指揮しながら独奏も務める「弾き振り 」で話題となった。
ヴァイオリンを弾く若きマゼール

 1965年にはベルリン・ドイツ・オペラとベルリン放送交響楽団(旧西ベルリン、現在はベルリン・ドイツ交響楽団 )の音楽監督(どちらも早世したフェレンツ・フリッチャイの後任 )に就任。
 1972年にはジョージ・セル死去後空席となっていたクリーヴランド管弦楽団の音楽監督に就任した。
 1982年にはウィーン国立歌劇場の総監督に昇りつめ、ニューイヤーコンサートの指揮者を務めるなど(1986年まで。以後もたびたび出演 )順調な指揮者人生を極めつつあった。ニューイヤーコンサートは現在年ごとに指揮者を選任するスタイルとなっており、レギュラー指揮者は 今のところマゼールが最後であるが、前任のボスコフスキー、クレメンス・クラウス、ヨゼフ・クリップスがいずれも生粋のウィーン生まれでウィンナワルツを得意としていたのに比べ、外国人でこうした曲種から縁遠いイメージがあったマゼールがこの座に迎えられたことは意外性をもって受け止められた。しかし、あえてこの人選に踏み切ったウィーンフィルからの強い信頼にこたえ、同コンサートをいっそう国際的に飛躍させるために貢献した。
マゼール_1996年 (1) Neujahrskonzert1999_RCA.jpg

 しかし1984年にウィーン国立歌劇場のポストを追われてからは、それまでとは一転、マゼールの指揮者人生に波乱の影が差してゆく。この時期のマゼール最大の挫折は、ヘルベルト・フォン・カラヤン辞任後の後任を探していたベルリン・フィルの音楽監督のポストを逸したことであった。
 
 マゼールは、ベルリン・フィルとは カラヤンが就任した直後の1950年代半ばから すでにドイツ・グラモフォンにレコーディングを行うなど30年来の関係であり、1960年代には西ベルリンの残る二大団体 (ベルリン・ドイツオペラ管弦楽団、ベルリン放送交響楽団 )を長らく統率して 同市民にも馴染み深い関係だった。マゼール自身「自分が間違いなく選ばれる 」と思っていたこともあり、「ベルリン・フィルの新音楽監督は、マゼール 」 というムードが広がっていたにもかかわらず、結果として選ばれたのは、クラウディオ・アバドだった。

落ち込むマゼール クラウディオ・アバド、ンベルリンフィル就任頃のポートレート

 マゼールの落ち込みようは凄まじく、以後1999年までベルリン・フィルの出演要請に応えなかったほどであった。
 しばらくの間は バイエルン放送交響楽団と古巣のピッツバーグ交響楽団の音楽監督を務める傍ら、1994年からはニューイヤーコンサートに復帰。またヴァイオリニストとしてのCDリリースや、作曲活動の開始など 落選の傷を癒すかのごとく 活動の場を広げた。
Lorin Maazel (4)
 
 音楽活動の一方で、環境問題への提言や国際連合諸機関に対するチャリティー・コンサートに取り組むなど 慈善事業も活発に行うようになり、これらの活動も 世界から高く評価されていた。

 2002年に楽員の総意によりニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督に就任。2008/09年のシーズンまで務めた。
Mahler Symphony No. 8. New York Philharmonic, Lorin Maazel, Christine Brewer, Nancy Gustafson, Jeanine De Bique, Mary Phillips, Nancy Maultsby, R. Strauss Also sprach Zarathustra; Rosenkavalier Suite; Don Juan
 
 また2004年には トスカニーニ・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に就任、同年からは バレンシアにあるソフィア王妃芸術館(ソフィア王妃芸術センターとは別 )の音楽監督も兼ねている。
 2005年5月3日には、ジョージ・オーウェルの小説「1984年 」に基づく自作のオペラ「1984年 」がロンドンのロイヤルオペラで初演、大喝采を浴びた。

Lorin Maazel (6)

 2012年の新シーズンより 離任するクリスティアン・ティーレマンの後任として ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者に就任したが、これは2015年以降の首席指揮者が決定するまでの 3年間契約の暫定的な就任で、しかし健康上の理由により 任期1年を残して 今年2014年、すでに退任していた。
 7月13日、ヴァージニア州キャッスルトンの自邸にて、肺炎 及びその合併症の為に死去。84歳だった。
(以上、Wikipedia より )



      「今宵は 偉大なマゼールの追悼として、彼が若くしてヨーロッパ楽壇で活躍を開始した20歳代後半 ~ 30歳代前半にかけて カラヤンから借り受けた(? )ベルリン・フィルで タクトを振った めずらしいD.G.録音の集成を聴くことにしよう。キレのあるリズム、この当時から すでに個性的なフレージングが聴けることが たいへん貴重 」
ロリン・マゼール_0001 Beethoven - Symphony No.5 op.67- Berliner Phil., Lorin Maazel, DGG, 1958
わたし   「ベートーヴェン 『 第5(運命 ) 』 における 即興性溢れる強い推進力と若々しさなどは、後のカルロス・クライバーの演奏を予見させるものがあると思えないこと 」
      「この ベートーヴェンは 格好いいな。 プロコフィエフの『ロメオ~ 』は 後年 クリーヴランド管弦楽団とデッカに全曲を再録音することになるけど、ここでの抜粋は 粗削りな原型のような印象だ 」
わたし   「モーツァルトの キレ味のあるフレージングが 興味深いわね 」
      「ふんふん、交響曲第1番 変ホ長調 K.16 の、 これは最も初期のレコーディングのひとつではないかな。 同じ動機が用いられている 『ジュピター 』 のカップリングであることなど、マゼールの見識に違いない 」
わたし   「フランス国立放送管弦楽団とのレコーディング、ブリテン作曲の 『 青少年のための管弦楽入門 』 って、録音当時 グラモフォンからは未発表だったものよね 」
      「そう。 ここでは マゼール自身による 英語のナレーションが聴けるんだよ 」
わたし   「“マイ・ネーム・イズ・ロリン・マゼル”だって(笑 )。原曲のヘンリー・パーセルのメロディを きちんとギターで聞かせてくれたり、事前にパート別の練習風景をはめ込んだり、とても丁寧な解説ね。でも最後のフーガでの パーカッション奏者さんたちの混乱は ご愛嬌(? ) 」
      「あっ、今まで 未発表だった理由って 実は それかもしれないぞ 」
ロリン・マゼール_0006
ロリン・マゼール / D.G. 初期録音集 1957-1962
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録 音:1957年-1962年
音 盤:海外盤(CD 8枚組 00289 477 5254 )
収録曲:
ベートーヴェン:交響曲 第5番 ハ短調 作品67 「運命 」
ベートーヴェン:交響曲 第6番 ヘ長調 作品68 「田園 」
ブラームス:交響曲 第3番 ヘ長調 作品90
ブラームス:悲劇的序曲 作品81
ベートーヴェン:序曲「献堂式 」 作品124
ベートーヴェン:12のコントルダンス WoO.14
シューベルト:交響曲 第2番 変ロ長調 D.125
シューベルト:交響曲 第3番 ニ長調 D.200
シューベルト:交響曲 第4番 ハ短調 D.417 「悲劇的 」
シューベルト:交響曲 第5番 変ロ長調 D.485
シューベルト:交響曲 第6番 ハ長調 D.589
シューベルト:交響曲 第8番 ロ短調 D.759 「未完成 」
モーツァルト:交響曲 第1番 変ホ長調 K.16
モーツァルト:交響曲 第28番 ハ長調 K.200
モーツァルト:交響曲 第41番 ハ長調 K.551 「ジュピター 」
メンデルスゾーン:交響曲 第4番 イ長調 作品90 「イタリア 」
メンデルスゾーン:交響曲 第5番 ニ短調 作品107 「宗教改革 」
ベルリオーズ:劇的交響曲「ロメオとジュリエット」 作品17(抜粋 )
チャイコフスキー:幻想序曲「ロメオとジュリエット」
チャイコフスキー:交響曲 第4番 ヘ短調 作品36
リムスキー=コルサコフ:スペイン奇想曲 作品34
プロコフィエフ:バレエ組曲「ロメオとジュリエット 」より5曲
レスピーギ:交響詩「ローマの松 」
ムソルグスキー:交響詩「禿山の一夜 」
ブリテン:青少年のための管弦楽入門 作品34
注 (モーツァルト & ブリテンのみ、フランス国立放送管弦楽団 )



もし マゼール
ベルリン・フィルの音楽監督になっていたら・・・


     「あー、それにしても もしも あの時 マゼール カラヤンの後継者として ベルリン・フィルの音楽監督に就任していたら、さぞやオモシロかっただろうになー 」
わたし   「 “たら” “れば” の 無いものねだりね(笑 ) 」

ロリン・マゼール_0009 ロリン・マゼール_ベルリンフィル_ブルックナー第8交響曲(EMI) Lyrische Sinfonie Maazel Berlin Philharmonic, Varady, F-Dieskau Zemlinsky
      「そんな マゼール=ベルリン・フィル との名盤は、豪胆なドヴォルザーク『スラヴ舞曲集(EMI ) 』の炸裂する迫力や がっちりした構成と細部にメリハリを効かせた マゼールらしい ブルックナー『交響曲第8番(EMI ) 』、 フィッシャー=ディースカウユリア・ヴァラディをソリストに迎え ベルリン・フィルの官能的な弦を思い切り濃厚に鳴らした ツェムリンスキー『抒情交響曲(D.G. ) 』 など、欠かすことのできない必聴アイテムです 」
わたし   「偉大なロリン・マゼールさんのご冥福を - 」
      「心より お祈り申し上げます 」

lorin maazel portrait 
Lorin Maazel ( 1930 - 2014 )


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⇒ ラヴェル 「ラ・ヴァルス」 (ウィーン・フィルが演奏する意味

ラヴェル Maurice Ravel _ Ravel_Maazel_BMG Entertainment(RCA 09026-68600-2)

⇒ ゲルハルト・シュトルツェ の演技を聴く
   ミーメ  「ニーベルングの指環
   (1968年 バイロイト祝祭劇場、ロリン・マゼール指揮 )

Lorin Maazel 1968 ジークフリート1968 バイロイト ゲルハルト・シュトルツェ(最小サイズの肖像写真)


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