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追悼 パコ・デ・ルシア Paco de Lucía
「地中海の舞踏 」から 忘れ得ぬ「アランフェス 」のリズム、
そして 「アントニア 」 まで


若き日のパコ・デ・ルシア(PHILIPS ) 晩年のパコ・デ・ルシア_スケルツォ倶楽部
追悼 パコ・デ・ルシア Paco de Lucía
 
 フラメンコ界の巨匠といわれたスペイン・アンダルシア地方出身のギタリスト、パコ・デ・ルシアが心臓発作のためお亡くなりになりました。ご冥福をお祈りいたします。
 パコは、20歳の1967年にアルバム「La Fabulosa Guittara De Paco De Lucia 天才 」でソロ・デビュー。当時は楽譜の読み書きができなかったので、ホセ・トレグロサが楽譜の作成を手伝い、このため共作者としてもクレジットされています。
 1973年にリリ-スされたアルバム“Fuente y Caudal(邦題・二筋の川 )”に収録されているルンバ「二筋の川 」がフラメンコ界は勿論のこと スペインのヒット・チャートでも第1位を獲得し、彼の名前は一夜にしてスペイン全土に広がりました。
 「アランフェス協奏曲 」以前に パコがクラシカル系作品に取り組んだアルバムとしては、1978年に発表された マニュエル・デ・ファリャの音楽をテーマにした「炎 Interpreta A Manuel De Falla 」(1978年 )があります。 クラシック音楽のリスナーなら 誰しも知っているファリャは、パコ・デ・ルシアと同じくスペインのアンダルシア地方出身。その代表作は バレエ音楽「三角帽子 」、「恋は魔術師 」。特に後者の「火祭りの踊り 」が有名で、ここでパコ・デ・ルシアは 親交深いスペインのジャズ = フュージョンのグループ、ドロレス Dolores のメンバーを招いて共演しています。

La Fabulosa Guittara De Paco De Lucia Fuente y Caudal Paco de Lucia_炎 Interpreta A Manuel De Falla
▲ 左から 「天才 」、「二筋の川 」、「

 1980年に入って、アル・ディ・メオラ、ジョン・マクラフリンといったジャズ = フュージョン界のアーティストたちと スーパー・ギター・トリオと称して世界各国をツアーし、フラメンコ・ファン以外にも パコ・デ・ルシアの名は知られる様になりました。
Paco De Lucia_Sirocco シロッコ ~ 熱風
▲ 約10年ほどジャズ = フュージョンに傾倒していたかのようなパコが1987年にリリースした名盤「Sirocco シロッコ ~ 熱風 」で聴かせる「フラメンコヘの回帰 」は、見事なまでのテクニックとパコ自身のサウンドをアピールしています。
 1991年にカダケス管弦楽団とのコンサートをライヴ録音された一枚が、ホアキン・ロドリーゴの“アランフェス協奏曲”。この演奏に立ち会った、作曲者であるロドリーゴからも賛辞を送られました。1992年には スペイン政府芸術金メダルを受賞。
 誰もがそのテクニックを絶賛しミュージシャンが尊敬する いわばミュージシャンズ・ミュージシャンな存在でもある 彼のギター・プレイを支持するファンは 後を絶ちません。

(以上、青字部分は、HMVの広告文章に 一部 発起人が勝手に手を入れたものです )

 20世紀の偉大な音楽の功労者が また一人、荒廃するこの地上を 飛び去りました。 - 「偉大な 」という理由は、それまで民族音楽としかみられていなかったフラメンコ・ギターの演奏を 芸術の域にまで引き上げた功績です。それは、母国の音楽を大胆に改革・発展させながら 世界規模での音楽交流にも努めたという意味で ブラジル音楽におけるジョアン・ジルベルトやアントニオ・カルロス・ジョビン、アルゼンチン・タンゴのアストル・ピアソラらと並び称される存在として、必ずやスペインのパコ・デ・ルシアの名もまた永く世にとどまることになるでしょう。

■ クラヲタが聴かない、本物の「アランフェス 」
Paco de Lucia_0007 Paco de Lucia_0008
ロドリーゴ「アランフェス協奏曲 」
パコ・デ・ルシア (ギター )
エドモン・コロメール 指揮
カダケス管弦楽団
録音:1991年 ライヴ
音盤:フィリップス( PHCA-110 )

このCDジャケット写真で、ギターを構えるパコ・デ・ルシアの すぐ左後ろに座っている人物こそ ホアキン・ロドリーゴ その人です。これは「アランフェス 」の作曲者 公認の演奏であるということを表しています。

さて、もし本物のフラメンコのギタリストが ロドリーゴの「アランフェス協奏曲 」を演奏したらどうなるか - 実際に聴ける貴重な録音が、これです。
しかもソリストが、よりにもよって当代最高のフラメンコのギタリスト、パコ・デ・ルシア( ! )というサプライズ、誰しも絶句したのではないでしょうか。 - と 思っていたら、少なくともわが国ではそうでもなかったようで、クラシック音楽の評論家・愛好家で「アランフェス協奏曲 」の推薦盤として パコ・デ・ルシア盤を挙げる見識の人は やはり稀少・・・。 まあ それもそうかも。
聴けば一発で解るのですが、「アランフェス 」第1楽章の冒頭、ソロ・ギターのラスゲアードは 三小節単位で5回繰り返されるリズム音型・・・
ロドリーゴ_アランフェス協奏曲 冒頭
▲ これは スペインの民族音楽に頻出する複合的なリズムで、八分の六拍子の中に四分の三拍子を挿んだ特徴的なものですが、クラシック畑のギタリストは皆 当然きちんとこのとおり弾いています。イエペスジョン・ウィリアムズロメロブリームバルエコセルシェル山下和仁村治佳織も - (但し 肝心のレヒーノ・サインス・デ・ラ・マーサ盤は 筆者未聴 )。
でも よく聴くとパコ・デ・ルシアだけは、他のどのクラシック・ギタリストとも 奏法が違うんです。強いて楽譜にすれば、拙いですが こんな感じでしょうか。
アランフェス_Paco de Luciaの奏法
▲ 本能的にオリジナルなフラメンコの奏法が出てしまった という感じで、弾(はじ )いた指の爪先でギターの弦を掻き鳴らし、基本リズムを三連符に( ! )切り直しているのです。これは、クラシック・ギターの奏法としては あり得ない、矯正対象の弾き方です。
You Tube ⇒ こちらでご覧になれます

でも 私の耳には パコのリズムの刻み方のほうが遥かに「生きて 」いて、むしろオリジナルなスペイン音楽に近いように聴こえます。もはや戻れません。

 ・・・たとえば ベニー・グッドマンモーツァルトクラリネット協奏曲イ長調 K.622を、キース・ジャレットチック・コリアモーツァルト2台のピアノのための協奏曲変ホ長調K.365を、あるいは ウィントン・マルサリスハイドントランペット協奏曲変ホ長調Hob.VIIe1を演奏するなど、高い技術を持った他ジャンルのミュージシャンが古典に挑戦して成功を収めたとしても、基本的にクラシック音楽のリスナーは 畑違いの音楽家が自己研鑽で取り組んだ成果のひとつとみなすのがせいぜいで、それ以上 興味を示すようなことは 殆どないでしょう。
 また逆に そういったミュージシャンのファン層が本当に聴きたいと望む演奏とは、彼らのプレイが本領発揮できる本来のレパートリーである筈です。ベニー・グッドマンのファンであれば、それはモーツァルトの曲などではなく やはり「シング・シング・シング Sing Sing Sing 」でしょう。そういうものです。

■ パコ、ジャズ に出会う !
 時期は少しさかのぼって、パコ・デ・ルシアの活動が凄みを増したのは やはり1970年代も後半になってから。
即興(インプロヴィゼイション )という共通項を縁(よすが )に、モダン・ジャズの領域に生息していたアメリカのジャズ・ミュージシャンとの積極的な協演を重ねた結果、世界的な注目を収めることになります。

 ジャズ = フュージョン界が パコ・デ・ルシアという稀有な才能を 初めて認識したのは、おそらく チック・コリアリターン・トゥ・フォーエヴァーに抜擢されて注目を集めていた 若手ギタリスト アル・ディ・メオラが 1977年に発表したソロ名義のアルバム「エレガント・ジプシー Elegant Gypsy 」に収録された「地中海の舞踏 Mediterranean Sundance 」だったでしょう。
アル・ディ・メオラ_地中海の舞踏
▲ 「地中海の舞踏 」Mediterranean Sundance
アル・ディ・メオラ Al Di Meola (アコースティック・ギター )
パコ・デ・ルシア Paco De Lucia (アコースティック・ギター )
録 音:1976年
音 盤:CBS

 レニー・ホワイトミンゴ・ルイスによる短いパーカッション・アンサンブルに続いてスタートするのは、まさに古代ギリシア文明からローマ帝国の揺籃となった豊饒なイメージが脳裏に広がる、そのタイトルにふさわしい名演「地中海の太陽の舞踏(原題直訳 ) 」です。
 当時 早弾きのエレクトリック・ギタリストと思われていたアル・ディ・メオラが、自分の楽器からプラグを引き抜いたかと思うと フラメンコ世界から連れてきた凄腕のギタリストにアコースティック・ギターで一騎打ちの勝負を挑むという、そんな新しいアイディアに驚いた聴衆は、それまでモード、フリー、ロック、エレクトリックと70年代までにやり尽くされた感も一杯で行き詰まっていたジャズの方法論に まだこのような可能性が残っていたかと狂喜したに相違なく(ディ・メオラの功績はそっちのけで ? )、このスペインからやってきた新しい才能 パコ・デ・ルシアの登場を大いに歓迎したものでした。
 エレクトリック・ジャズ全盛(だった・・・ように見られていた )当時、実はアコースティック・ジャズ復興を渇望していた聴衆も潜在的にはかなり多かった筈で、この領域で パコが成功を収める素地は十分整っていた、とも言い得るでしょう。

 その後、1979年には ジョン・マクラフリン、ラリー・コリエル パコ を加えた三人で、アコースティック・ギター3本だけの世界楽旅(ワールド・ツアー )を行ない・・・
Paco de Lucia_0012 Larry Coryell、John McLaughlin、Paco de Lucia
この時期に日本で録音された名盤「カストロ・マリン 」(PHILIPS )特に「インヴィテーション 」における ラリー・コリエルが繰り出す メロディアスなソロ・フレーズの豊かさには圧倒されます。

Paco de Lucia_0014 Passion, Grace Fire_CBS SONY Paco de Lucia_0013
▲ 1980年代には ラリー・コリエルに代わって、 「地中海の舞踏 」以来の アル・ディ・メオラが加入、名盤「フライデイ・ナイト・イン・サンフランシスコ Friday Night In San Francisco 」(1981年)や 「パッション、グレイス & ファイア Passion, Grace & Fire 」(1983年)を発表。特に 後者に収録されている一曲 「チキート 」の 幽玄で繊細な出だしの美しさったら ! この3人は スーパー・ギター・トリオという愛称で親しまれ、さらに1996年に再び活動を共にして The Guitar Trio という名盤も 最後に一枚 残してくれています。


チック・コリア_タッチストーン
チック・コリア の アルバム「タッチストーン Touchstone 」から
「タッチ・ストーン ( プロセッション ~ セレモニー ~ ディパーチャー ) 」、「ザ・イエロー・ニムバス 」
演 奏:チック・コリア(ピアノ、シンセサイザー )、パコ・デ・ルシア(ギター )、ゲイル・モラン(ヴォーカル )、カルロス・ベナヴェンテ(ベース )、アレックス・アクーニャ(パーカッション )、ドン・アライアス(パーカッション )
併録曲:デュエンデ、コンパドレス、エスタンシア、ダンス・オブ・チャンス
録 音:1982年 LA
音 盤:Warner Stretch/GRP

 アルバムのタイトル・チューンでもある「タッチストーン 」は、作曲者であるチック・コリアによる仕切りが強いため いささか予定調和的であるため パコの即興性の良さが生かし切れていないように私には感じられますが、名曲「イエロー・ニムバス 」のほうは まとまりも良く 文句なく素晴らしいです。
 パコ・デ・ルシアが参加している2曲は、これがレコーディングされる前年1981年7月25日、田園コロシアムにおけるライヴ・アンダー・ザ・スカイの「パコ・デ・ルシア・ナイト 」で初演披露されました。コリアもゲストとして参加した、この日の豪雨のライヴは NHK-FMで生中継され、私 “スケルツォ倶楽部発起人も 当時エアチェックした録音テープを 今も保管してますが、物凄い演奏でした。
 翌1982年10月から11月にかけ、今度はチック・コリアのグループに パコ・デ・ルシアがゲスト参加するという形で、彼らは再び来日、日本全国を9回公演しています。コリアパコ以外のミュージシャンは カルロス・ベナヴェンテ(ベース )、ドン・アライアス(パーカッション )、トム・ブレックライン(ドラムス )、スティーヴ・クジャラ(フルート、サックス )でした。
You See The True Worth ”2枚組 Hannibal-001 Touchstone Concert in Japan 1982
▲ このグループによる、10月の昭和女子大学人見記念講堂における録音と思われるマイナー盤 “ You See The True Worth ”2枚組 Hannibal-001 Touchstone Concert in Japan 1982 -  が存在します。
収録曲:Gitanos Andaluces、Monasterio De Sal、Dance Of Chance ( incomplete ) 、Chiquito、Piano Solo、Duende、Children's Song No.3 ~ Piano & Flute Duo、Touchstone Suite、Concierto De Aranjuez (Adagio ) ~ Spain

Paco de Lucia_0011
▲ その後、チック・コリアとは1990年、彼がゲスト参加したアルバム「シルヤブ Zyryab 」には (残念ながら タイトル曲一曲のみでしたが)、参加を要請。二人の偉大なミュージシャンの強い絆と親交を印象づけています。

Paco de Lucia_Luzia
▲ そして 1998年、深遠なる傑作アルバム「ルツィア Luzia 」リリース後、パコは自己のバンドで来日、東京公演のチケットが取れなかった 私 “スケルツォ倶楽部発起人は、遠く埼玉県の浦和市文化センターまで出かけ、同年 5月31日(日 )午後 2時 - 初めて パコ・デ・ルシアの生演奏に接することができたのでした。
 真っ暗なステージにひとり現れた パコの姿を 上方からごく数条の光だけが照らします。冒頭、おもむろに奏でるのは、亡き盟友を偲ぶ「カマロン 」・・・ その内省的な素晴らしさにいきなり打ちのめされ、感動のあまり震えがきてしまったのが つい昨日のことのようです。やがて アレグリア「弾丸通り 」のスピードと躍動感に我を忘れるほど興奮し、いつのまにかステージのルベン・ダンタスと一緒になって 自分の指先が勝手に踊り出し、しばらく膝の上でリズムを刻んでいたことにも全く気づきませんでした。 2階席のすぐ隣に座っていた若いカップルの男性のほうが そんな私のことを 見かねて 「止めろよ 」と 発起人に注意してくれた時には、独りよがりな陶酔に冷水をかけられた気がして・・・ ホント恥ずかしい思い出です。クラシック音楽のコンサートだったら あんなこと決してないんだけどなあ、あの時のお隣さん どーもスミマセンでした(赤面 )。


 さて、偉大なパコ・デ・ルシア 生涯最後のアルバムは どれだったのか と探してみると、どうやら10年も前 - 2004年 - にリリースされた 「コシータス・ブエナス Cositas Buenas (「素敵なもの 」という意味だそう ) 」が長いブランク前の、最後にリリースされたオリジナル・アルバム作品だったようです ( 尤も さらに その後 2010年のスペイン国内ツアーを収めたライヴ盤が一組出ていたようですが、筆者未聴 )。 パコの幼い娘の名前がタイトルだという「アントニア 」 うーん、素晴らし過ぎる・・・。
Paco de Lucia_Cositas Buenas
▲ その表紙を飾っていたパコの姿が、あまりにも急に老いを感じさせる険しい表情だったことに、店頭で初めて このCDを手に取ったとき とても気になったことを憶えています。でも そんなジャケット写真の 暗いイメージとは異なり、収録されていた楽曲は 力強く明るいナンバーが多かったことが、逆に 印象的でした。


Paco de Lucia_0004
 パコ・デ・ルシア Paco de Lucía - スペインの - いえ、世界の あらゆるギタリストの中でも最高峰の存在が、去る 2月26日、家族と休暇を過ごしていたメキシコの海岸で心臓発作を起こし 急逝したとのニュース・・・ まだ66歳だったそうです。
 私“スケルツォ倶楽部発起人、実は 本日になって 初めてこの訃報を知りました、心よりお悔やみを申し上げます。

Paco de Lucía_Almoraima
 そんな今宵、就寝前に 妻と (・・・すでに寝ていた )聴く 最後の一枚として 何を選ぼうかと いろいろ悩んだ末、パコ1976年発表の最高傑作のひとつ「アルモライマ Almoraima 」を聴きながら、その偉大な功績に想いを馳(は )せようと思います。


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コメント

どうも ありがとうございます!

励ましのコメント、ありがたく 頂戴しました。
これからも ご支援のほど よろしくお願いします。

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とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!

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