10月10日「注目記事ジャズ ランキング 」で 第1位となりました。
皆さまのおかげです、これからも 何卒よろしくお願い申し上げます。


スケルツォ倶楽部 Club Scherzo
「空中に消えた音楽を つかまえることは、誰にもできない 」
タイトル You Can Never Capture “IT” Again … ⇒ もくじは こちら
こんなことは できないのだ
“When you hear music,after it's over,it's gone in the air.
 You can never capture it again. “  ( by Eric Dolphy

音楽は 聴きおわった後、 空中へ消えてしまうので、
再び つかまえることは 誰にも できないのだ (エリック・ドルフィー


ヴィクター・フェルドマン Victor Feldman
ホーンテッド・ボールルーム Haunted Ballroom

Victor Feldman_0007 The Artful Dodger_Victor Feldman_Conord 
ヴィクター・フェルドマン Victor Feldman
ホーンテッド・ボールルーム Haunted Ballroom(03:05 )  
  ヴィクター・フェルドマン Victor Feldman (Fender Rhodes )、
  ジャック・シェルダン Jack Sheldon ( vo & tp )、
  モンティ・バドウィッグ Monty Budwig (b )、
  コリン・ベイリー Colin Bailey (ds )
収録アルバム:アートフル・ドジャー The Artful Dodger
音    盤:CCD-4038(Concord CJ-38 )
録    音:1977年、ロサンゼルス

 「ホーンテッド・ボールルーム Haunted Ballroom 」 - ヴィクター・フェルドマン Victor Feldman(1934~1987 )による、隠れ名盤 「アートフル・ドジャー The Artful Dodger 」 A面ラストには ピアノ・トリオによる やや快速なテンポの演奏、同じくB面ラストには ジャック・シェルダンのヴォーカルとトランペットによるリラックスしたバージョンと、オリジナルL.P.では 表裏それぞれ両面の最後に配置され、これら二つのバージョンを聴き比べることが出来ます。
 そこで歌われているのは、古き良きスウィング時代の残像・・・ ジーン・クルーパの迫力あるドラムス ( かつて少年時代のフェルドマンは、イギリスでは 天才 “キッド・クルーパ”と呼ばれていました )、トミー・ドーシーの甘いスライド・トロンボーン、グレン・ミラーの陶酔、そしてサッチモ ! (ここで、多芸なジャック・シェルダンルイ・アームストロング・スタイルのトランペット・ソロを吹き、リフレインでは スキャットで サッチモの声帯模写までしてくれるという 大サービスぶり が楽しい )。
Gene krupa Tommy Dorsey Glenn Miller. Louis Armstrong.

 さて、原タイトルの Haunted という単語は、東京ディズニー・ランドのお化け屋敷として有名なアトラクション名「ホーンテッド・マンション The Haunted Mansion 」 と同じ用法の形容詞です。これにならって タイトルを直訳すれば、「お化けの出るダンス・フロア 」という意味、よほどオドロオドロしい音楽かと 身構えて聴いていると、なんじゃこれは ? 明るく楽しいノスタルジック・ソングで、思いきり肩透かしをくらいますが(笑 )。
 「ボールルーム 」とは 19世紀 ~ 20世紀初頭くらいのヨーロッパで大きな屋敷内に設けられていた舞踏会用の部屋のことで、もはや現代の一般人が 三島由紀夫の「鹿鳴館 」や ヴィスコンティの「山猫 」のような雰囲気を リアルに想像してみることは、無理でしょう。相当上の世代で かつ特殊な環境を経験した人だけが 懐かしさを感じる空間に違いありません。
 では、作曲者フェルドマンにとって、ボールルームとは さて、いかなる意味を持つ空間だったのでしょうか。そして この不思議な曲名の意味するものとは ?  ・・・これが 今宵のテーマです。

■ L.A.で活躍、多才な逸材、英国紳士ヴィクター・フェルドマン
 ヴィクター・フェルドマンは、1934年 4月 7日 ロンドン生まれ、 7歳でジャズ・ドラムスを習得、その才能によって“キッド・クルーパ”と呼ばれ、 8歳で初録音、9歳からピアノ、さらに13歳から ヴァイブにも手を伸ばし、1948年(14歳 )以降 エクスワイヤーテンポといったイギリスのジャズ・レーベルに リーダー作のレコーディングを開始しているほどですから、もう天才ですね。

ドラムスを叩くヴィクター・フェルドマン 1950s
 その才能への評判の高さは ジャズの本場であるアメリカ本国にも到達、1955年10月(共同通信によれば1951年との情報もあり )には 渡米して音楽活動を開始、1956年以降は ウディ・ハーマンの要請を受けて そのオーケストラの米国内ツアーに加わることが アメリカにおけるフェルドマン最初期の音楽活動のひとつとなります。
 
 ウディ・ハーマン楽団では どんな様子だったかは、コンテ・カンドリ、ズート・シムズ、ビル・パーキンス、リッチー・カミューカ といった名手を贅沢に擁した ハーマンのビッグ・バンドが モンタレー・ジャズフェスティヴァルに出演した1959年10月3日のライヴ・レコーディングでたしかめることが出来ます。
 A面 2曲目、「ライク・サム・ブルース・マン 」のイントロで、ソリストとしてフューチャーされるフェルドマンのヴァイブラフォンに カリフォルニアの聴衆が大きな喝采を贈っている様子が記録されています。
Woody Herman - Big New Herd at the Monterey Jazz Festival Woody Hermans Big New Herd At The Monterey Jazz Festival(Atlantic-1328
Woody Herman's Big New Herd At The Monterey Jazz Festival(Atlantic-1328、1960年初出 )
 「ライク・サム・ブルース・マン 」の後半、フェスティヴァル会場の上空高く飛来する航空機の爆音が聞こえてきますが、それが まるで音楽の盛り上がりに合わせた S.E.(効果音 )のように入ってくるところ、大好きです。

 時期は前後しますが、フェルドマンは1960年頃までは イギリスとアメリカを挟んで大西洋を頻繁に往復していたらしく、英米の両方に多くのレコーディングを残しています。特に フェルドマン自身の名を冠した14人編成のビッグ・バンドディジー・リース、ロニー・スコットら 名手が参加 )の録音は、彼のイギリスでの音楽活動のピークとして絶賛されています。

Suite Sixteen The Music of Victor Feldman _Contemporary C-3541; OJCCD-1768-2 Victor Feldman_Jasmine_Departure Dates
▲ この時期(1955年8月~9月 )フェルドマンビッグバンド、セプテット、クヮルテット それぞれの編成による ロンドン録音の集大成 が、音源の譲渡に係わる契約関係の経緯など 私には不明ですが、米 Contemporary 盤「Suite Sixteen 」(左 )英国 Jasmine 盤「Departure Dates 」(右 ) それぞれの音盤で 紹介されています。その音源は同一ですが、米コンテンポラリー盤が 9曲しか収録されていないのに対し、英ジャズミン盤のほうは トニー・ホールが「ヴィクター・フェルドマン・ビッグ・バンド 」を紹介する「イントロダクション 」も含めると 19曲もの演奏を収録した 充実の内容です。

ルロイ・ヴィネガー・セクステットリロイ・ウォークス!_VDJ-1662 Bob Cooper Coop !
▲ 1957年、ロスアンジェルスに定住して ライトハウス・オールスターズの一員に加わったフェルドマンの才能に注目し、最も熱心に 彼の紹介に努めたコンテンポラリー・レーベルは、ベーシスト ルロイ・ヴィネガーの「ルロイ・ウォークス Leroy Walks !(Contemporary C-3542 ) 」、テナーサックス奏者 ボブ・クーパーの「クープ ! COOP !(Contemporary C-3544 ) 」という 二枚のモダン・ジャズ・アルバムに それぞれフェルドマンのヴァイブ・ソロを フィーチャーしています。

Victor Feldman_0014 Victor Feldman on Vibes
▲ 同年1957年 9月には、アメリカでレコーディングされた 最初期のリーダー・アルバム「ヴィク・フェルドマン・オン・ヴァイブズ 」(MODE RECORD ♯120 ) - 参加ミュージシャン:フランク・ロソリーノ(tb. )、ハロルド・ランド(ts. )、カール・パーキンス(p. )、ルロイ・ヴィネガー(b. )、スタン・リーヴィ(ds. ) ・・・ かくもマニアックなディスクが 奇跡的にも、2006年 国内盤CDがリリースされていました ( 拍手 ⇒ MZAK Inc. MZCS-1112 )。

Buddy DeFranco Buddy DeFranco_Live Date
▲ 1957年は フェルドマンにとっては 重要な年で、ヴァーヴ(Verve )レーベルに、モダン期の名クラリネット奏者、バディ・デ・フランコのリーダー・アルバム 2枚に参加しています。
(左 )「プレイズ・ベニー・グッドマン 」(国内盤 POCJ-2132 )は、デ・フランコ以前に 一時代を築いた偉大なるスイング・ジャズの王にして 最高のジャズ・クラリネット奏者へのトリビュート企画で、ここでフェルドマンに求められたものとは、往年の ライオネル・ハンプトンの役割です。「エアメイル・スペシャル 」の 疾走感あふれるヴァイブ・ソロは 必聴ですね。
(右 )「ライヴ・デイト 」(国内盤 POCJ-2144 )は、たいへん興味深いパーソネル - デ・フランコ(cl. )、ハービー・マン(fl. )、ピート・ジョリー(p.accord. )、バーニーケッセル(gr. )、スコット・ラ=ファロ(b. )、スタン・リーヴィ(ds. ) ・・・これに フェルドマンヴァイブを加えた 7名編成でした。 「オー、レディ・ビー・グッド 」、「サテン・ドール 」でのヴァイブ・ソロが傑出していると思います。

The Arrival of Victor Feldman (2) The Arrival Of Victor Feldman
(右 マンガは、ラズウェル細木氏による、パロディ )
▲ この数年後に ビル・エヴァンス・トリオの名ベーシストとして その名を馳せることになる 薄命の天才 スコット・ラ=ファロ。もう一人 ウエストの名ドラマー スタン・リーヴィ(二人とも上記 バディ・デ=フランコの「ライヴ・デイト 」への参加コネクションらしい )を従え、コンテンポラリー・レーベルにおける最初のリーダー・アルバム「ジ・アライヴァル・オブ・ヴィクター・フェルドマン The Arrival Of Victor Feldman 」(Contemporary C-3549 )が 1958年 1月にレコーディング、フェルドマンの最高傑作として一押しの名盤です。
 やはりスコット・ラ=ファロの ベースワークが素晴らしく、アルバム冒頭の「サーペンツ'トゥース 」の弾むスイング感や 「ビ・バップ 」の狂ったような急速調のベース・ランニングに 耳が奪われます。
 注目の - A面 2曲目 - 名演「ワルツ 」は、フェルドマン幼い頃からの練習曲だったという、ショパン作曲「別れのワルツ 」として知られる 第9番変イ長調が、原曲です。 冒頭 フェルドマンは、ピアノ独奏で 原曲の旋律をゆったりと16小節提示した後、ピアノから離れ、ヴァイブのマレットに持ち替える その瞬間、その意外性 - ショパンの原曲であれば 第33小節から変ホ長調に転調して楽想の変わる部分 - そこでスコット・ラ=ファロの多弁なウッド・ベースが ショパンターンするメロディを一生懸命 歌う個所が、大好きです。
ショパンの原曲を聴くなら、私の おススメは やっぱり ルイサダ(D.G.)盤 です。
ルイサダのショパン、ワルツ集(D.G. )

 米ソ文化交流の一環として、1962年にはベニー・グッドマンソ連ツアーヴァイブ奏者としてテディ・ウィルソン、ズート・シムズ、ジョー・ニューマン、フィル・ウッズ、ビル・クロウ、メル・ルイス らと一緒に ビッグバンド編成の大所帯メンバーに同行しています。
 ここでも ヴァイブのフェルドマンに求められた役割とは、やはり ライオネル・ハンプトンの立ち位置だった筈です。ソ連公演の ライヴ演奏記録は、もう かなり以前、RCA ビクター盤の L.P. 2枚組レコ-ドがリリースされていましたが、うかつにも手放してしまって以来、全く見かけることもなく、今日では CDでも復刻されていないのではないでしょうか。
▼ Benny Goodman in Moscow 1962 (RCA )
Benny Goodman in Moscow 1962_RCA Jazz Mission to Moscow Plus Soviet Jazz Themes Jazz at Liberty. Top U.S. Jazzmen During the Cold War 1962-1963

NILES_Seven Steps to Heaven_Columbia CL 2501 Miles Davis(1959頃)
▲ 1963年、遂に マイルス・デイヴィスの録音にも参加。ご存知のとおり、この時 書き下ろされた新曲が “天国への七つの階段 Seven Steps To Heaven”や“ジョシュア Joshua”です。この大好きなアルバムについては、またいずれ機会を改めて、詳しく感想を語りたいと思います。
 フェルドマンの音楽センスが気に入った マイルスは、当時 退団した 名手ウイントン・ケリー に代わるピアニストとして、 自分のクインテットへの正式参加を要請したとされていますが、フェルドマンは 「ロスを離れたくない 」という理由で、この誘いを断ってしまったと伝えられています。 実際 マイルス自伝においても 「 やつ ( フェルドマン )は バンドに入れたかったが、すでにロサンゼルスのスタジオで 成功し、大金を稼いでいたから、オレとやるとなると、かなりな損失になってしまう 」とだけ書かれています。 あきらめたんですね、残念でした。
 尤も 当時マイルス・バンドピアニスト候補は 実は 他にもいて、結局 フェルドマンの代わりに、もう一人の才能ある若きピアニスト (            ) が加入したことは、もう誰もがご存知のとおり。
   Q. それは 誰だったでしょう ?  以下、四択でお答えください !
   (1)ビル・エヴァンス (2)チック・コリア (3)キース・ジャレット (4)ハービー・ハンコック


 時期は それぞれ前後しますが、他にもフェルドマンが参加した 偉大なジャズミュージシャンの名盤には、 以下のような 傑作アルバムの数々が思い浮かびます。

The Contemporary Leaders_スケルツォ倶楽部
ソニー・ロリンズ「コンテンポラリー・リーダーズ (Contenporary 1958年 ) 」一曲のみ、急速調の「ユー You 」に16小節だけですが 凄まじいソロを引っ提げて お得意のヴァイブで参加 - その完璧な即興ソロ構成に 絶句します。 そう言えば、後年 ドナルド・フェイゲン扮する WJAZラジオのD.J.“レスター・ザ・ナイトフライ”の手元に さりげなく写っているレコードが、このLPでしたね。

The Cannonball Adderley Quintet at The Lighthouse [Riverside S-9344
キャノンボール・アダレイ「アット・ザ・ライトハウス 」(Capitol、1963年 )キャノンボール・クインテットにおける 栄光のピアニスト遍歴で、ジョー・ザヴィヌルの前任者が フェルドマンだったと言ったら、その意外性に やっぱり驚きます ? キャノンボールのバンドに在籍した ヨーロッパの白人ピアニストったら、どうして 皆 こんなにファンキーなんでしょ ?

Stan Getz J. J. Johnson Vic Feldman Sam Jones - Jazz At The Philharmonic In Europe_Verve Records – V6-8540_Norman Granz Presents Jazz At The Philharmonic 1963
スタン・ゲッツの「イン・ヨーロッパ Jazz At The Philharmonic In EuropeVol.2 (Verve V6-8540、1963年11月 )ミュージシャン ‐ ゲッツ(ts. )、フェルドマン(vib. p. )、J. J. ジョンソン(tb. )サム・ジョーンズ(b. )、ルイス・ヘイズ(ds. )、スウェーデン、ストックホルムのコンサートホールにおけるライヴ録音です。一曲( Blue 'N Boogie - Bop 'N Boogie )だけですが ディジー・ガレスピー(tp. ) が 参加(! )。

Farrells Inferno_Jazz a la carte_1980
▲ 時代は これよりずっと後になりますが、1980年にジョー・ファレルのライヴ録音「インフェルノ Farrell's Inferno(Jazz a la carte ) 」に参加。これ 演奏の中身、結構良いです ! 速いテンポの「枯葉 Autumn Leaves 」で 転がりまくるフェンダー・ローズのソロが 超・格好よく、フェルドマンが その熱いソロの尻尾に弾いたフレーズを ベーシストのボブ・マグヌッスン(ベース )が そっくり借りて 自分のソロ 最初のフレーズとして 一瞬で 弾き直してみせるところも、大好きです。ジョン・ゲリン(ドラムス )の刻みも最高で、リズム・セクションは 彼らのベスト・プレイではないかと もう褒めちぎりたい。全曲が そうではありませんが、この時期のフェルドマンには めずらしく、快適な 4ビート演奏も聴ける 隠れ名盤です。

Merry Olde Soul _Riverside RLP-9366 Victor Feldman His Own Sweet Way Your Smile _Choice CRS 1005(ABCJ-149
フェルドマンの 注目すべき その他のリーダー・アルバム数枚 について、補足解説するスタミナが 切れてしまいました。これらは 落とせない、重要なアルバムですから、必ず また別の機会を設けて、マイルス名義の「セヴン・ステップス・トゥ・ヘヴン 」あたりと一緒に、あらためて カフェ ソッ・ピーナ においてでも 話題にしようかなー などと思っています。

 ・・・で、もとい。
 今回 ここに紹介するレコード“The Artful Dodger 巧妙なペテン師、の意 )”は、ビヴァリーヒルズのジャズ・レーベル、コンコードから 1977年にリリースされた、ジャズ・ミュージシャンとしてのフェルドマンの姿をとらえた、当時としては珍しい内容のアルバムでした。
 「珍しい 」と言うのは、その モダンでスウィンギーな音楽スタイルのことを指します。 と申しますのも、実は このアルバム発表以降の フェルドマンは (1987年に亡くなるまで )、スタジオのセッション・ミュージシャンとしての活動が ほぼ中心であるかのように なっていたからです。

キャント・バイ・ア・スリル エクスタシー プレッツェル・ロジック うそつきケイティ 幻想の摩天楼 彩(エイジャ) ガウチョ
▲ 特に印象的な業績をひとつ挙げれば、やはり スティーリー・ダン Steely Dan への参加でしょう。“Can't Buy A Thrill”から“Gaucho”までのレコードすべてに、その名を連ねているミュージシャンは(リーダーのドナルド・フェイゲンウォルター・ベッカーを除けば )なんと 唯一人 -  フェルドマン - だけ( ! )なのです
 特に、傑作アルバム「エイジャ Aja の冒頭「ブラック・カウ Black Cow 」において、エレクトリック・フェンダー・ローズJazzyなソロを16小節とってくれたのには、嬉しくて 堪(たま )りません。

スティーリー・ダン作品の他に
ヴィクター・フェルドマンが参加した ロック・ポップス系アルバム

Frank Zappa : Lumpy Gravy(1968 )、The Monkees : Instant Replay(1969 )、Loggins & Messina : Mother Lode (1974 )、Joni Mitchell : Court And Spark (1974 )、The Doobie Brothers : Stampede (1975 )、James Taylor : Gorilla (1975 )、Joni Mitchell : Hissing Of Summer Lawns (1975 )、Ned Doheny : Hard Candy (1976 )、Loggins & Messina : Native Sons (1976 )、Joni Mitchell : Hejira (1976 )、James Taylor : In the Pocket (1976 )、The Doobie Brothers : Livin' On The Fault Line (1977 )、Terence Boylan : Terence Boylan (1977 )、Richie Furay : Dance A Little Light (1978 )、Nicolette Larson : Nicolette (1978 )、Randy Newman : Born Again (1979 )、Rickie Lee Jones : Rickie Lee Jones (1979 )、Tom Waits : Heartattack And Vine (1980 )、Joe Walsh : There Goes The Neighborhood (1981 )、Jimmy Webb : Angel Heart (1982 )、Karla Bonoff : Wild Heart Of The Young (1982 )、Joni Mitchell : Wild Things Run Fast (1982 )、Randy Meisner : Randy Meisner (1982 )、Tom Waits : Swordfishtrombones (1983 )、Glen Frey : The Allnighter (1984 )
 フランク・ザッパをはじめ、ジェイムス・テイラー、トム・ウェイツ、ジョニ・ミッチェル、ランディ・ニューマン、ドゥービー・ブラザーズなど、ロック系のミュージシャンとのレコーディングが急増、ファーストコールの スタジオ・ミュージシャンとして キーボードプレイヤーとしてばかりか、パーカッショニストとしての参加も多くなるのです。フェルドマンには あり余る才能が溢れていましたから、それなりに 大きな成果を収め、実績として キャリアも積んでいきます。

Victor Feldman_スケルツォ倶楽部 Rio Nights _Hindsight HCD-615 Victor Feldmans Generation Band
▲ その早過ぎる晩年期には、ウエストコーストの(当時の )若いジャズ・ミュージシャンたち - トム・スコット、ネイザン・イースト、ロベン・フォード、および 息子 トレヴァー、ジェイクら - と結成した ザ・ジェネレーション・バンド で 彼らの才能の育成に力を注ぎ、併せて 西海岸の著名なミュージシャンたち - ヒューバート・ロウズ、ハーヴェイ・メイソン、リー・リトナー、エイブ・ラボリエル、ジョン・パティトゥッツィ、チャック・マンジョーネなど - との盛んな交流を通して 地域のネットワーク構築に尽力していたという印象があります。

 そういえば、フェルドマンは、亡くなる 5年前(1982年 )のことですが、 少なくとも一度は来日して 日本武道館大阪フェスティヴァルホール で演奏しています。 それは、松下電器プレゼンツ、「テクニクス・ジャパン・ジャズ 」という日米のジャズ・ミュージシャンが 同じステージに立って演奏するジャズ・イヴェントでした。
Technics Japan Jazz 1982 Victor Feldman
Technics Japan Jazz 1982  パンフレットに掲載された フェルドマンのプロフィール・ページ
 そこで フェルドマン は、意外なことに、わが国の喜多嶋修グループの筆頭メンバーとして、当時は 若手だった ベーシスト ネイザン・イーストらと共に 演奏に参加していたのでした。
 しかし、彼のジェネレーション・バンドに聴ける 演奏スタイルは、かつてのフェルドマン本来の良さだった アコースティックで モダン、かつ スウィンギーな スタイルからは 程遠い、良くも悪くもポップス調なサウンド全開でした。一般リスナーの耳には おそらく心地よく、趣味のよい、快適な音楽だったに違いありませんが、往年のモダン・ジャズ・ピアニスト、ヴァイブの名プレイヤーとしての片鱗が その楽曲や演奏から聴かれることは、もはや ありませんでした。

■ おまたせしました !
ホーンテッド・ボールルーム 」の タネ明かし

The Artful Dodger_Victor Feldman_Conord 
▲ アルバム“The Artful Dodger”は、フェルドマンが、自分自身の歩んできた道程を振り返り、尊敬する過去のジャズ・ミュージシャンたちへの追憶を胸に、古き良き過去を「封印 」し、オールド・スタイルの音楽を「葬ろうとする 」その直前の、まさに最後の「ジャズ・アルバム 」だったと 位置づけられます。
 フェルドマンによって 意味深なタイトルが付された オリジナル曲 「ホーンテッド・ボールルーム Haunted Ballroom 」が、スウィング時代を賛美する「音楽の懐古趣味 」に溢れている理由とは、まさに そこにあるのです。
 “ボール・ルーム”とは 前世紀からある古い舞踏会場で、フェルドマンにとっては 戦前・戦中のダンス・ホールベニー・グッドマン グレン・ミラー・オーケストラなどのスタイルによるスウィング・バンドが活躍する、「 古き良き 」音楽空間 であったに違いないからです。

「・・・ もう遠い昔のことになってしまったけど、
 あの頃は良かった、
 瞳を閉じれば 今でも思い浮かぶ、
 星影のボールルームで踊る人々、
 古き良きビッグ・バンド。
 マエストロ、プリーズ・ワンモア・ワンス・アゲイン・・・ 」



▲ この ホーンテッド・ボールルームを 最後まで聴いていると、そのエンディング部分で スウィング・バンドが ガーシュウィンの“I've Got Rhythm” を 猛烈に速いテンポで演奏している 古い録音が 唐突に かぶってきて おや ? と思いますが、実は これこそが 1944年 第二次世界大戦中に グレン・ミラー少佐率いるアーミー・エアフォース(空軍 )バンドが イギリス・ツアーの折、その当時“キッド・クルーパ”と呼ばれていた 10歳のフェルドマン少年 が、「ゲスト 」として 米軍バンドに飛び入り参加、ドラムスを演奏して大向こうを唸らせた、まさに その時の録音の一部だったのです。
 そして、これこそが 「ホーンテッド・ボールルーム 」という 不思議なタイトルの意味を 解明する鍵になっていたのでした !

Victor Kid Krupa Feldman - age 7
フェルドマン少年にとって、この体験は 一生の誇りにもできる 記念写真のような録音であったことでしょう。 そんな大事な「 」を わざわざコラージュしたのは、愛着深き個人的「思い出 」と同時代の、懐かしい「過去 」の象徴 = 「ボールルーム 」の時代とを重ね合わせたものと思います。
 しかし同時に、過ぎ去りし 子ども時代に受けた 喝采を 主観的に振り返る 非生産的な側面も 賢明なフェルドマンのこと、十分意識しており、そんな過去に浸ろうとする自分自身に 警告を発すること が、この曲に 敢えて「お化けの出る ダンスフロア 」などという ネガティヴなタイトルを 付けた、真の理由だったのではないか - と、"スケルツォ倶楽部" 発起人は、そんなふうに考えてます。
 ヴィクター・フェルドマン自分自身への警告 とは、おそらく こうです。
  ・ ・ ・ 過去を振り返るんじゃない、ヴィクター。そこは 幸福そうに見えるし、たしかにハッピーだったが、実体は 何もない。ただのノスタルジーだ、長く浸っている場所ではない。  

Victor Feldman のアルバムを 両手に持つ “スケルツォ倶楽部”発起人(妻 )
フェルドマン愛聴盤を 抱えて るんるん、“スケルツォ倶楽部発起人(妻 )。
 
 ・・・ かつて愛聴していた このオリジナルL.P.では、「ホーンテッド・ボールルーム 」の ヴォーカル・バージョンB面の 一番最後に置かれていました。
 今ではCDで聴くことのほうが多い このレコードですが、そのエンディングで かつて “ キッド・クルーパ ” と呼ばれた 10歳のフェルドマンが スウィンギーに叩きまくる 短いドラムス・ソロ が 急速にフェイド・アウトしてしまうところまでくると、私の頭の中では レコード・プレイヤーの針が オートでことん と上がるときの、小さな幻聴が しちゃうんだな・・・。


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コメント

きーちゃん さま !

お便りうれしいです ! 
きーちゃんさまの ご感想どおり、典型的な西海岸のジャズ・ミュージシャン「らしい 」のに、フェルドマンの正体、実は 英国人だった、という意外性。。。
本物でないがゆえに 本人は 一層 真摯に「 本物らしさ 」を目指す傾向って 歴史的にも 多くありませんか。
・・・たとえば これぞアメリカン・ロックバンドっていう イメージの ザ・バンドは、実は 殆どがカナダ人のグループで、生粋の米人は リヴォン・ヘルム一人しかいない - とか。 ええと、それから 幕末、京都の治安を取り締まっていた武装組織 新選組 の幹部クラスは、実際には武士階級ではなく、多摩の農民出身者たちだったがゆえに、より一層 組織内の規律には厳しく、「武士らしくあろうとした 」ことなど・・・ って、ちょっと脱線 ?
もとい。 フェルドマンの アルバム The Artful Dodger (Concord )の 「ラス前 」は、ご指摘のとおり ロリンズの「あれ 」 = St. Thomas です(笑 )。

URL | “スケルツォ倶楽部”発起人 ID:-

こういう人だったんですね

たいへん興味深く拝読いたしました。
いろいろなアルバムのクレジットに名前を見かける人ですよね。
ボズ・スキャッグス「ハリウッド」のサビで聞こえるバイブもこの人だったかな。
ガチンコの西海岸人かと思いきや、イギリス人だったとは…。

ラス前にかかる"Sponge Money"はソニー・ロリンズのアレですよね?

URL | きーちゃん ID:-

クマッリラさま !

お便り ありがとうございます !
実は わたしたち、ブログ・モチベーションが 周期的に著しく低下することがあるんです。 これを回復させて頂けるのは、やはり お読みくださった「倶楽部会員 」さまからの 好意的な 真実のお声です、クマッリラさまには 元気をいただきました、これからもがんばります!
もし これからフェルドマンを聴かれようとされるなら、クラシックへの造詣も深い クマッリラさまには やはり ご計画どおり 「ジ・アライヴァル・オブ・ヴィクター・フェルドマン The Arrival Of Victor Feldman 」(Contemporary C-3549 )が 順当と思いますよ ! 「ワルツ 」素晴らしいですし、ラ・ファロのプレイも、きっと ご期待どおりです。
フェルドマンには 晩年、アルバム丸ごと一枚、ショパンの曲ばかりを アレンジした 渋い作品「To Chopin,with Love 」があるんですが、そのうち これについてもご紹介する記事を書きたいものだなあー・・・ って、とにかく 書いてみたい音楽の話題が 他にも あふれるほど あるのですが、いかんせん 時間も体力もがなくて 全然 進まない現状なんデス。 でも どうかお見放しなきよう、これからも時々 ご来場くださいね。

URL | “スケルツォ倶楽部”発起人(妻 ) ID:-

素晴らしい記事で感動しました。

素晴らしい記事で感動しました。
いつかラファロとのを買おうと思っていたのですが、お勧めのアルバムががぜん聞いてみたくなりました。

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