本記事は 8月13日「 注目記事ランキング クラシック音楽鑑賞 」で 第1位 となりました。
皆さまのおかげです、これからも 何卒よろしくお願い申し上げます。



スケルツォ倶楽部  短期 集中連載  - 完結 ! -  

マーラー 交響曲第10番の終楽章は、
掘り起こされた 「歌う骨 」

Gustav Mahler マーラー 交響曲第10番 クック版_BBC放送初演ヴァージョン(Testament) マーラーの肖像と晩年のアルマ
もくじは ⇒ こちら

最終回 第3部 Hochzeitsstück 婚礼のできごと

 はい、最終回は再び わたし アルマ・マーラー=ヴェルフェルによる モノローグ となります。

 さすがに わたしも 歳をとりましたよ。
 傘寿80歳を迎え、今は ここ、ニューヨークの高級マンションに独りで住んでいますが、それにしても 自分自身でもこれほど長生きするとは思ってなかったわね。

アルマ・マーラーAlma (2) ニューヨーク時代のアルマ 晩年のアルマ
 え、寂しいですかって ? いいえ 全然。 とても健康だし 食欲も旺盛、何を食べても美味しい。 で、毎週末にもなれば、わたしの主催している( ことになっているけど、実体は名前だけで スポンサーは別にいる )サロンに顔を出し、そこで たくさんの若い芸術家に囲まれながら お酒を飲んだり、お説教したり、近年の未熟なアーティストたちの乏しいオリジナリティや空っぽな創造性を嘆いてみせたりと、けっこう楽しく過ごしています(笑 )。それにしても アメリカの若い世代の才能の枯渇状況ったら、ホント深刻よね。ちょっと可愛がってあげたくなるような ナイス・ガイといっても、レナード・バーンスタイン や ソーントン・ワイルダー くらいしか 思いつかないもの。


   巌の上 高く 城が壮麗に輝いている
   太鼓が鳴り、ラッパが鳴る
   城に集うのは、勇ましい つわものの群れ
   黄金の鎖を飾った貴婦人たち

   あの楽しげな歓呼の声は なんであろう
   広間が赤々と 照り映えているのは?
   お、何という喜び、ハイヤ !

   この喜びの理由を知らないの ?
   王女さまが 今日 婚礼をおあげになる
   たくましい騎士と !



 なにしろ このわたし アルマは、画家エミール・ヤーコプ・シンドラーの娘にして、偉大な音楽家グスタフ・マーラーの妻、次に モダニズム様式を代表する建築家ワルター・グロピウスの妻、その次には「ヴェルディ・ルネサンス 」に貢献した作家フランツ・ヴェルフェルの妻でもあり、さらには オーストリア表現主義の画家オスカー・ココシュカの恋人でもある・・・ そう、まさに「世紀末の帝都ウィーンに咲いた大輪の華 」、「偉大な芸術家に霊感を与えるミューズ 」なんですから。 ふふん(鼻息 )。
 え、どなたかしら「背徳のファム・ファタール Femme fatale 」なんて呼ぶ人は ? それは ちょっと失礼よね、ぷんすか。


   ごらんよ、あの誇り高い王女を !
   あの高ぶった心を 今日こそは 騎士が打ち破ることだろうよ
   おお、なんという喜び、ハイヤ !



 そうね、もともと わたしが 芸術家のサロンを 取り仕切るようになったのは、最初の夫マーラーと死別してから ウィーンでのこと。
 でも その活動も広く活発になったのは、やっぱり渡米して以降かな、オーストリアがナチス政権に併合され シェーンベルクやコルンゴルト、ブルーノ・ワルターといった ユダヤ系の亡命音楽家が集まっていた L.A.に滞在していた時期だった気がするわ。
 たとえば、天才コルンゴルトがピアノに坐って ストラヴィンスキーに 新ウィーン楽派の難解な楽曲を 完璧に暗譜で弾きながら詳説してのけた晩などは、わたしの音楽サロンの催しの中でも ハイライトだったといえる出来事だったわね。


   だが 新しい王様は なんと青い顔をして
   おし黙っておられるのだろう !
   王様は なんと青い顔をして
   おし黙っておられるだろう !
   一体 何を考えておいでなのだろう ?



 ところで 最近、寝耳に水のように、わたしにもたらされた情報が ひとつあるんだけど - それが、マーラーの遺作である「交響曲第10番 」を草稿から全曲復元しようなどという、神をも畏れぬ 戯(たわけ )た試み・・・。
 「第10交響曲 」は、わたしにとっては 特別な意味を持つ楽曲です ― 。
 過去 一度だけ、そのころ次女グッキー(アンナ・ユスティーネ )の二人目の夫で 作曲家のエルンスト・クルシェネクに、この「第10交響曲 」第一楽章を サロンのピアノで弾いてもらったことがあったの。たまたま その日は体調もよかったので、今にして思えば、気まぐれに 軽く聴き通してみようかな - という気になったものの、でも やはり曲が始まってから間もなく 猛烈な不快感と激しい吐き気がこみ上げてきてしまい、もはや演奏を遮るしかありませんでした。
 その個所とは、同時に9音もの不協和なクラスター音塊が鳴り響くところです、まあ マーラーの手法だけあって そこは決して無調とまでは聞こえないものの、それでも珍しく前衛的な表現が前面に顕(あらわ )れた 不思議な部分でした。
楽譜 同時に9音もの不協和なクラスター音塊が鳴り響くところ

 重要なのは、その苦悩の喧騒の中を まるで貫くように 高らかなトランペットの長い一音が突き抜けて響くところがあるのです - その一音である「ラ 」の音 = 「A 」こそが、まさしく わたしの名前 「アルマ Alma 」の頭文字「A 」なのですから ! ああ、これほど誰にも判りやすい「怨み 」、「呪い 」、「怒り 」の表現が 果たしてあったでしょうか。
 マーラーは、今も煉獄(プルガトリオ )の炎に焼かれつつ、深い地の底から 苦悩をこめて わたしの名「アルマ Alma 」を叫んでいるのです。わたしにはそれが衝撃でした。きっとその晩、サロンにいた人は 皆 この判じ物の真意を悟ったのではないかと その時 わたしは危惧しました。

 かつて 晩年のマーラーを、深く精神的にも追い詰めながら 嫉妬と苦悩の限りを味あわせていた、それこそ われながら楽しい - いえ もとい、われながら苛烈すぎたことを反省するほどの虐めが日常的になっていた時期、マーラーは まるで川原の石をコツコツ積み重ねるように 骨身を削り、間違いなく わたしへの怨みを込めながら その作曲を進めつつも 結局 死によって そのペンは折られてしまった、そんな無念の未完成交響曲であるということを、わたしが一番よく知っています。そして その音楽は、まさに彼の深い怨みの対象たる わたしアルマを 厳しく告発しているに違いないんですから。

 うわーっ、だから わたしは あの作品だけは、耳を塞(ふさ )ぎたい。
 ダメだわ、これだけは 絶対に 他人(ひと )に聴かせられない。演奏してはダメ。ましてや 終楽章までを復元しただなんて、うわーっ、アンビリーヴァブル !


   そこへ ひとりの楽師が門を入ってくる
   場ちがいな あいつは、一体 何をしに来たのだろう ?
   おお、なんという悲しみ !



 わたしは 亡きマーラーについて発言する場合、あるいは回想録を執筆するにあたっては、他人(ひと )から白い目で見られたり 要らぬ火の粉を被らぬよう 思慮深く、自分に不利な情報には 一切 口を閉ざし、あるいは 当たり障りない表現に変えることを心掛けるなど 常に最大限の注意を払ってきました。
 マーラーが書いた手紙を やむを得ず公表しなければならなくなった場合でも、他人(ひと )から 要らぬ誤解を受けぬよう 積極的に「検閲 」してから、躊躇(ためら )うことなく「添削 」「削除 」の手を加えてきました。
 そんなわたしが、自分を批難・告発する交響曲である 「第10 」を、赤の他人が、しかも「わたしに無断で 」完成させたなどという話を聞いて、不愉快に思わないわけが ないではありませんか(二重否定の肯定文ではありませんか )!

   
   「ああ、楽師よ、
    親愛なる楽師よ !
    ぼくは お前に 訴えずにはおれない
    色美しい花を手に入れるために
    兄が このぼくを手にかけたことを !
 


 ええと、それで ミスター・ディーサー ? アナタのことは 昔から わたし よく存じ上げ ご信頼申し上げてきましたけれど、今日は 一体どういう立場で アナタがいらっしゃったのか 全然 判りませんね。
 ふふん、おおかたBBCに頼まれて来たんでしょうけど、無駄足だったようね、だって わたしが自分の考えを翻(ひるがえ )すことなんか、決してないんだから。
 それで ? ミスター・ディーサー、アナタが 今日お連れになった ジェントルマンお二人は、きっとBBC放送の関係者なんでしょ。 え、冗談ではないわ。 事前にわたしの承諾も得ずに 好き勝手なことして。クックだかコックだか知らないけど、その「音楽愛好家 」さんったら 一体どれだけ立派な お馬の骨なのかしら、だって シェーンベルクやショスタコーヴィチでさえ 恐れおののいて引き受けなかったほどの困難な仕事を、たったひとりで その音楽学者さんは ご立派に遂行できたわけなんですから。

 よろしくって ? 「第10交響曲 」は、今でも わたしが著作権を有する作品なんだから、そのわたしに承諾を得ず 無断利用したら、それは著作権侵害でしょ。違うかしら ?
 もっと許せないのは、アナタがたが 無断で、わたしの亡き夫の偉大な「第10交響曲 」を 故意に「改ざん 」したという事実よね。ちがう ?
 え、編曲 ? なに、補筆 ? ぱ、パフォーミング・ヴァージョン ? (ぴしゃりと )「改ざん 」以外の何ものでもありません、おふざけでないわよ。
 しかも 放送しちゃいました ? コレ、たいへんなことよ。絶対 大問題にしてあげるから。アメリカの裁判所に告訴しちゃおうかな、ふふん、イギリスの裁判所じゃないよ。こっちまで来るのよ、毎回アナタたち、出頭するだけでも もう大変よー(笑 )。
 まず 侵害行為の差し止め請求、損害賠償の請求だわ、BBCには不当利得の返還も請求します、もちろん夫の名誉回復の措置も要求するからね、わたしは 優秀な弁護士を何人も知っています。
 そうそう、そんなふうに もっと震えて頂戴、著作権の侵害だけじゃないんだから。アナタがたには 著作者の「人格権侵害 」だってあるんですからね(笑 )。
 とりあえずは ラジオでの再放送や補筆版総譜の出版は 差し止めるわよ、って 当り前でしょう。
 え、何 ? 一度聴いてみろっておっしゃるの ? 聴くわけないでしょうが。聴きたくないの。聴かなくたって、わたしには 判る。だって「改ざん 」じゃない、ロクなもんじゃないって 決まってるから、どうせ !
 ・・・って、コラっ、こんなもの 置いていかないでよ。逃げる気 ? ちょっと待ちなさいよ !


   ぼくの若やいだ身体は 森の中で色褪せてゆく
   兄は すばらしい女と結婚するというのに 」
   おお、なんという ひどい悲しみ !



 ( ため息をつきながら 玄関から戻ってくる )はー、少しばかり脅(おど )しが キツかったかな。薬が効き過ぎちゃったらしく、あいつらめ 蒼くなって逃げ帰ってしまったわ。まあいいや。
 (渡されたレコードを手にとって、眺めながら )ははあ、これは アセテート盤っていうやつね。レコードを プレスする前段階のテスト・ディスクだ。 この中に BBCが放送しちゃったという 問題の「第10交響曲 第一稿 」が録音されたテープの音が、吹き込まれているというわけなのね。
( しばらく 考え込んでから ) 
うーん、何だかんだ言って、やっぱり・・・  でも ちょっと聴いておこうかなー 。耐えられなくなったら、針を上げちゃえばいいんだもんね。

   ( アルマ、テスト盤で「終楽章 」の面を ステレオにかける )

   【 いきなり 大太鼓の スフォルツァンド 】

 何よ、これは ? それに、この大太鼓の音って・・・ 何だったかしら?
 うわ、もう一発鳴った・・・ そうだ 思い出したわ、この音は 生前のマーラーとニューヨークのホテルに滞在した時、 二人で 窓から目撃した、殉職消防士の葬儀で鳴らされた 黒い布をかぶせた大太鼓の弔打の音だ・・・

マーラーの声 「 アルマ、僕の葬儀には あの大太鼓の音を 思い出しておくれ・・・ 」

 そうだ、思い出したわ・・・。 
 でも、こんなにも個人的な標題を 交響曲に持ちこむなんて、一体どれだけ主観的な発想なのかしら、やっぱり 作曲家は 心を病んでいたに違いないわ。 ・・・って、彼の精神を追いつめ、病ませていた原因って、やっぱり わたしにあったわけだけど。。。
 そう、マーラーは、他の誰にでもなく、たったひとり - それは「わたし 」 - に 聴かせるために、わざわざ 大太鼓を書き足したんだわ。だって、世界中の誰ひとりとして、この大太鼓の弔打が意味するところなど わかる人なんか いる筈がないもの・・・
 そうだ、そうだ。これは、マーラーが 自分自身の「葬儀 」の開始を告げる合図の音なんだわ。すなわち 未来永劫、この交響曲が演奏される都度、終楽章へ辿りつくたび、グスタフ・マーラーを弔う式典が 誰にも知られることなく、ひそかにコンサートホールの会場で営まれるという凝った趣旨なんだわ ! そして その 隠された意図も わたしだけが知っている !
 そんな邪悪な計画は 絶対に阻止しなくちゃ。だって コンサートホールで 繰り返し「葬儀 」が営まれるたび、憤死を遂げることになった 哀れな作曲家のことを裏切った その妻は、自分の罪深さを永久に糾弾され続ける仕掛けなんだから・・・ この終楽章には 作曲家による 妻への復讐と怨念が 封じ込められているのよ !


   これを聞いた王は、玉座から飛び降りると
   婚礼に集まった人々を見まわし、
   邪悪な嘲りを顔に浮かべながら
   楽師のフルートを取り上げると
   それを 自分の口に当てた !

   おお、これは ! 
   なんということが響き渡ったのだ !



 で、とうとう始まってしまいました、フルートのソロが。
 マーラーにとって、罪の告発といえば、常にフルート・ソロの役割よね。森で兄にうち殺された「弟の骨 」が、通りがかりの旅する楽師に 切々と訴える、呪いの笛の音もフルートだったわ。そして、これによって おとぎ話の世界の果てに訪れる 大カタストロフィーの悼ましさを わたしは知っている !


   Bernard Haitink Mahler Das Klagende Lied_PHLIPS
   「ああ、兄上、
    親愛なる兄上よ !
    ぼくは あなたに嘆かずにはおれない !
    あなたは ぼくを打ち殺してしまった !
    今、あなたが唇を当てているフルートは
    ぼくの足の骨だよ !
    ぼくは そのことを永遠に嘆かずにはおれない !

    あなたが ぼくの若い命を 死の手にゆだねられた、そのことを ! 」
   
   おお、なんという ひどい悲しみ !

   王女は床にうち倒れた !
   太鼓やラッパの音も絶えた
   驚き恐れて 騎士たちや貴婦人たちも 逃げ去った
   ああ、古い壁が崩れ落ちる !

   王宮の広間の灯りが消えた !
   婚礼の宴はどうなったんだろう ?
   ああ、なんというひどい悲しみ !



 あれ?
 ・・・でも どうして こちらの「骨のフルート 」は、こんなにも柔和な旋律なのかしら。なぜ これほど 美しいハープの音色、夫の怨みはどこへ行ったというのかしら、どうして こんなに癒される気持ちになっちゃうのかしら、この「笛の音 」は、一体 何を準備しているの ? そして夫マーラーは ・・・ 今、わたしに 何を語ろうというのでしょう。
楽譜 幸福な思い出に 紐づけられた ひとつの記憶

 あ、わたし この曲、 知ってる・・・
 今、弦によって優しく奏されている ▲ メロディは、もう記憶もはるか遠い 50年以上も前になってしまいましたが、これを 初めて聴いたときのことは、今も はっきりと憶えています。
 
 ・・・ それは、わたしの若き日の幸福な思い出に 紐づけられた ひとつの記憶  ―  暖かく日当たりもよい部屋で、ゆったりと大きなソファに腰掛け、幼かった次女のグッキーにお乳をあげている わたしの耳に聞こえてきた、夫グスタフ と このあと夭折によって4歳から永遠に年をとらなくなる 長女マリア・アンナとの楽しげな会話  -  でした。
「ね パパ、その曲は なあに? 」
「これはね、たとえどんなに お前がワルイ子でも『 許してあげる 』というメロディだよ 」

 そうだったんだ・・・、グスタフは わたしを  -  許していたのだ !
 こんなわたしを、こんなに冷たくて、こんなにイジワルで こんなに疑心暗鬼で イヤラシくて、デタラメで 気まぐれで 生意気で ワガママで ぜいたくで 気取り屋で 嘘つきで あやふやで、 こんな いい加減なわたしを、もう ずーっと前から 実は 許してくれていたのだ・・・
「ごめんなさい、グスタフ・・・ わたし とても 『 ワルイ子 』 で ― 」
その瞬間、わたしは 自責の念から 涙があふれて止まらなくなり、気づくと床に膝を突いた姿勢のまま 号泣していました。
 まさか まさか 彼が、こんな場所に「許し 」を用意していたとは - 。
 途中、プルガトリオの炎に焼かれるグスタフが 地の底からわたしの名をトランペットで呼ぶ声も再現されましたが、もはやそれは 怨みではなく 哀惜の念だったことを知ったわたしには、もはや さほど辛(つら )いものではなかった・・・。

 その後、わずかに残った滴(しずく )すべてが流れ落ちてゆくように、癒された心に 静かに 沁(し )み込んでゆく終楽章 後半の素晴らしさ、嬰ヘ長調の なんと美しい弦の音でしょう・・・ それは 夫グスタフが まるで わたしの傍らに降りてきて、今や すっかり老いて 細くなった わたしの肩を、目に見えぬ腕で 優しく抱いてくれる -  そんな安堵の気持ち です。
 そして - 音楽は、やがて静かに 全曲の終わりを告げました。

Wunderbar  素晴らしい ・・・ ! 
晩年のアルマ・マーラー=ヴェルフェル
 ああ、50年前、わたしは・・・ 彼に 何という 取り返しのつかない仕打ちをしたことだろう !
 夫グスタフは・・・ 死んでしまった ! わたしには 愛する夫に仕えながら、彼との子どもたちを生み育ててゆく、そこに女としての喜びと希望を見出すという、人として 当たり前の選択肢だって 残されていたというのに・・・。 でも わたしは それを 選ばなかった。

 感動だけでなく、悔悟や反省の深さのあまり、大粒の涙が 溢れては ぼたぼたと流れ落ち、拭(ぬぐ )っても拭っても 止まりません。
 そんな熱い目頭を押さえながら、わたしは さっき玄関で追い返した ジャック・ディーサーから、このアセテート盤と一緒に 手渡された一枚の名刺のことを思い出しました。わたしにできる償(つぐな )いといったら、今は これだけしかありません。
 震える手で、玄関のゴミ箱の底から あわてて連絡先を拾いあげると、そこに走り書きされている 彼ら一行が滞在しているホテルの電話番号を、交換手に告げたのでした。 

「・・・ハロー ? ミスター・ディーサー ? さっきは ごめんなさいね・・・ 」
涙を拭きながら そこまで言ったところで、わたしは、亡き夫が遺した未完成交響曲を かくも立派に補筆した デリック・クック版のスコアを賞賛する気持ちを 「グスタフ・マーラーの妻として 」 どう伝えようかしら - と、一瞬 思案に暮れ 電話器を握った姿勢のままで - 次の言葉に詰まってしまったのよ(笑 )。



- 実話を基にしておりますが、文章は 私 “スケルツォ倶楽部”発起人 の 自由な創作です。
  文中、勝手に コラージュした詩(青字 )は、マーラー自身が台本を手がけた 「嘆きの歌 Das Klagende Lied 」(西野茂雄氏の訳に、発起人が手を加えたもの )からの引用です。 


マーラー 交響曲第10番 クック版_BBC放送初演ヴァージョン(Testament)
マーラー :交響曲第10番(クック版 )
第一稿の初演放送用録音、第二稿の初演ライヴ録音
  ベルトルト・ゴルトシュミット 指揮
  ロンドン交響楽団、フィルハーモニア管弦楽団
  デリック・クック(解説 )
テスタメントTestament SBT-3.1457( 3枚組 )

CD 1(録音:1960年12月19日、ロンドン メイダ・ヴェイル・スタジオ )
・BBC放送における デリック・クックの作品解説
   フィルハーモニア管弦楽団
   デリック・クック(語り & ピアノ )
 録音場所:ロンドン、

CD 2(録音:1960年12月19日、ロンドン メイダ・ヴェイル・スタジオ ) 
・マーラー:交響曲第10番【 デリック・クックによる未完成の第1版 】
  ベルトルト・ゴルトシュミット 指揮
  フィルハーモニア管弦楽団
☆ 1963年、ニューヨーク在住のアルマのもとを訪れたジャック・ディーサー、ハロルド・バーンズらが「第10 」演奏禁止の解除を求めて アルマに聴かせたBBC放送用レコーディングが これ。

CD 3(録音:1964年 8月13日、ロンドン ロイヤル・アルバート・ホール )
・マーラー:交響曲第10番【 補筆完成版の世界初演 】
   ベルトルト・ゴルトシュミット指揮
   ロンドン交響楽団
☆ プロムスでのライヴ音源。クック第二稿(復元が完成した最初の稿 )世界初演時の貴重な実況録音。 ちなみに アルマが亡くなるのは、この同じ年の12月11日のこと。



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