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スケルツォ倶楽部 短期 集中連載 

マーラー 交響曲第10番の終楽章は、
掘り起こされた 「歌う骨 」


Bernard Haitink Mahler Das Klagende Lied_PHLIPS Gustav Mahler マーラー 交響曲第10番 クック版_BBC放送初演ヴァージョン(Testament)
もくじは ⇒ こちら

3.第2部 Der Spielmann 吟遊詩人

   森の中に 緑の荒野に、
   年古りし 一本のしだれ柳が立っている
   
   ふくろうや鴉が飛び交う
   肌寒い、森のしだれ柳のほとり
   その足元に 金髪の騎士がひとり
   覚めることのない眠りについている
   落ち葉や花に埋もれて



 未完成に終わった マーラーの交響曲第10番は、70ページ余りの総譜(第1、2楽章、および第3楽章冒頭部分の草稿 )と90ページ余りのパルティチェ(略式総譜 )として残されていたが、そのスケッチには 多くの私的な - 悲痛な叫びとも言える心情が - 書き込まれていたという。
 1911年 グスタフ・マーラーの未亡人となったアルマは、夫の死後、この第10交響曲についての あらゆる情報を なぜか秘匿し続けた。
 これによって 未完成のまま残されていた最後のシンフォニーは その存在こそ 一部で知られていたものの、長い間、誰ひとり その楽譜を見た者はおらず、「第10 」は 「Ⅹ 」の文字どおり 謎に包まれた作品だった。
 その理由として、アルマが語ったという「事実 」 - 亡くなる直前、夫マーラーが 遺作は 残らず焼却することを望んでいた - が 伝えられたりしたため、これに近づくことが 暗黙のうちに 一種の禁じられた空気を醸し出していたようではあるが、その特殊な感覚を 今日(こんにち )の我々が感じ取ることは、些か難しい。


   そのあたり、ほんのりと 靄(もや )に煙っている
   大気の中に 悲歌がたちこめてでもいるように !
   おお、なんという悲しみ、なんという悲しみ !



 しかしその後、死後焼却というマーラーの遺志が 本当にあったかどうかについては、妻アルマにではなく、作曲者の掛かりつけ医師ヨーゼフ・フレンクルに口頭で伝えたものであったということが判明、さらに マーラーは亡くなる直前、逆に アルマに対して「判断を彼女の意思に委ねる 」という指示もしていた - といっても、それを証言しているのは アルマ自身だったが - という具合に、この曲の公表にかかわる情報は、混迷を極めた。
 結局 アルマは、第10交響曲の手稿譜を12年間も秘匿してきた後に、生前からマーラーに好意的な理解を示していた音楽学者リヒャルト・シュペヒトの強い勧めに従って、ファクシミリ版の形ではあったが、1924年に出版することを同意したという。


   あるとき ひとりの楽師が
   ここを 通りかかり、
   白々と輝く骨をみつけた
   彼は 拾いあげた、それは重くなかった
   彼は それでフルートを作ろうと思いたった



 1959年、偉大なマーラーの生誕100周年に先立つ1年前のこと、イギリスBBC放送は 著名な音楽学者デリック・クック Deryck Cooke に マーラーの全交響曲に関する解説を依頼していたが、未完成の第10交響曲について調査する段階になって、1924年に出版された手稿ファクシミリ版を詳細に研究していたクックは驚いた、なぜなら この曲が すでにオーケストレーションさえ除けば、マーラー自身によって すでに「スケッチの中で 殆どすべてが完成されていた 」という結論に至ったためだ。
 クックは、第10交響曲が( その当時は、マーラー自身が 生前 最後に仕上げることのできた「アダージョ 」と「プルガトリオ(もっと長くする予定だったのではないかとの仮説は とりあえず措いて ) 」のみが、かろうじて演奏される程度だったことに対し、 ) 中断なしの全5楽章の形で聴かれるべき作品であったことを知ると、BBC側には 実際に この作品をオーケストラで部分的に演奏しながら、解説レクチャーを開催することを提案したのだった。放送局側は これを即座に受け容れた。


   おお、楽師よ、親愛なる楽師よ !
   おお、フルートを作るのはおやめ
   おお、なんというひどい悲しみ !



 こうして必要な個所には オーケストレーションの補筆を加えながら、基本的なセクションを次々と完成させることによって 遂に その全容を現した 第10番のあまりにも偉大な威容に圧倒されたクックは 大きな使命感に駆られ、当初 計画していた 単なる「解説付きのレクチャー 」というアイディアから完全に逸脱し、不完全ながらもマーラーの遺作を オーケストラによって 全曲通して実演するという構想へと大幅に拡大することになった。


   楽師はフルートを口に当てて
   その音をたかだかとひびき渡らせた
   おお、これは ! なんということが始まったのだ !
   聞いたこともない悲しげな歌声 !
   あんなに悲しそうで、そのくせ あんなに美しいひびき !
   それを聞く者は 誰しも泣き出してしまいそう !
   おお、なんという悲しみ !



 これに関わる大規模な作業において、クックは BBC放送と 指揮者ベルトルド・ゴルトシュミット Berthold Goldschmidt 、およびフィルハーモニア管弦楽団との全面的な協力を得ることが出来た。
グスタフ・マーラー クック Deryck Cooke ゴールドシュミット Berthold Goldschmidt
(左から )作曲者 マーラー、補筆者 クック Deryck Cooke、指揮者 ゴルトシュミット Berthold Goldschmidt

   「ああ、楽師よ、
    親愛なる楽師よ !
    ぼくは お前に 訴えずにはおれない
    色美しい花を手に入れるために
    兄が このぼくを手にかけてしまったことを !

    ぼくの若やいだ身体は 森の中で色褪せてゆく
    兄は すばらしい女と結婚するというのに 」
   おお、なんという悲しみ !



 この最初のクック版 - パフォーミング・ヴァージョン「不完全な第一稿 」と呼ばれる - は 1960年12月19日、BBC第三放送によって、クック自身の解説付きで オンエア「放送初演 」され、好意的な大反響を呼んだ。二つのスケルツォ(第2楽章と 第4楽章 )こそ抜粋版ではあったものの、特に 初めてその全貌をあらわにした終楽章は、この歴史的な宵に ラジオを聴取していた イギリス中の音楽愛好家に、極めて深い印象を残したのだった。


   それから楽師は 広くこの世をさすらった
   いたるところで笛の音をひびかせながら
   ああ、胸がいたむ、皆さまがたに
   私の歌はどんな意味があるのだろう ?
   ああ、ああ・・・



 しかし 誰もが絶賛した この偉大なる試みは、デリック・クックやBBC放送関係者の 予想もしていなかった方面から、突然の「待った 」が かかることになったのだった・・・ 。

   
   わたしは 王宮の広間にのぼらなければならぬ !
   王のやさしい奥方のところへ !
   わたしの嘆きに どんな意味があるのだろう
   おお、なんというひどい悲しみ !



 文中に コラージュさせて頂いた詩(青字 )は、グスタフ・マーラー作「嘆きの歌 Das Klagende Lied 」(西野茂雄氏の訳に、発起人が 若干 手を加えたもの )の引用です。


次回 「 第3部 : Hochzeitsstück 婚礼のできごと 」につづく


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