スケルツォ倶楽部 
「モーツァルト 最期の年 」 
モーツァルト 最期の年     ▶ もくじは こちら

- 前回までのおはなし - 
 W.A.が掌中に隠した銀の小笛が作った美しい音楽と 興行師シカネーダーのプロデュース能力によって、盲目の少女マリアンネ・キルヒゲスナーがグラスハーモニカを演奏するという 教会主催の慈善コンサートは、大成功を収めます。
 演奏会後の晩さん会の席に招かれたW.A.とシカネーダーは、天真爛漫(てんしんらんまん )なマリアンネと同席しながら 楽しく歓談していましたが、やがて目の不自由なマリアンネが 実は「物ごとの真実が見える 」ことを証明しようと、二人の心の中を「見て 」あげると言いだしたのです。
 で、まずは シカネーダーの心の中を。
 恐妻家である彼は、実は 若い女優との浮気が原因で 自分の劇団の共同経営者でもある妻エレオノーレに劇場を追い出されている身の上でした。ずっと教会に居候しながら謹慎期間を過ごしていたわけですが、劇場に復帰するためにも 大当たりしそうな新しい芝居のプロットをひとつ、手みやげにでもしなければ、恰好がつきません。見事にそこまで言い当てると、さらにマリアンネは「そのお芝居のアイディアを シカネーダーさんに話してあげるね 」と、自信たっぷりに微笑むのでした。



(20) こんなドラマは いかがかしら

「ええと - そのドラマの舞台は、真っ暗な闇の世界。そこは 昼も暗く、とにかく明かりというものが存在しない世界なの 」
と、瞳を閉じたまま マリアンネが 芝居のプロットを語り始めました。
「それは、マリアンネさんの世界と同じということですね 」
と、思わずつぶやくW.A.が腰かけている席の方角に マリンアンネは顔を向けました。
「そこではみんな 誰しもが 暗闇の中で生活しなければならないの。そんな世界を治めている夜の女王には パミーナ姫という一人娘がいるの。彼女がドラマの主人公 」
「きっと若く美しいんだろうなー 」
と、今度はシカネーダー。
「そうね、わたしよりも 少しばかり。 」
と、マリアンネは 茶目っ気たっぷりに微笑みます。 
「そして 闇の世界には 悪の存在が。奴隷業を営むモノスタトス商事は 配下のムーア人の軍団を率い、人さらいを企てているのね。コイツら 本当に悪いやつらだから 」
はっと気づいた W.A.は、そこで思わず口をはさみました。
「ま、まさか パミーナ姫は そいつらに - 」
「そう、さらわれてしまったの。パミーナを取り返すため、夜の女王は ジパングという遠い東の国から剣の修行の旅を続けている若い騎士タミーノに出会うと、王女の救出を頼むわけ 」
そこで シカネーダーが首をひねりました。
「でも ちょっと唐突だなあ。どこの国だよ、ジパングって 」
「とにかく東の果ての遠い国だよ。わたしが知ってるわけないでしょ、エキゾチシズムってやつよ。マルコ・ポーロの『東方見聞録 』に書いてあるんだから 」
と、可愛らしく口をとがらすマリアンネの表情をみて W.A.思わず
「マリアンネさんったら 何気に勉強してるねい 」
「でしょ、ふふん 」
と 思わず鼻息を荒くするマリアンネ。そこで ふと思いついたように、
「そうそう、最初に騎士タミーノが 夜の女王と出会う場面ってさ、恐ろしい大蛇かなにかに襲われているところを、勇敢なタミーノが日本刀で立ち廻り、見事 退治して女王を救出するっていうの、いかが? 客席が盛り上がると思うよー 」
思わずシカネーダーは拍手します。
「いいねー、それも使わせてもらうよ 」
「夜の女王は、タミーノに パミーナ姫の美しい絵姿を見せ、救出が成功した暁には 彼女と結婚して 王国を継承してほしいとまで言うのよ 」
聞き手の二人は腕を組んで頷(うなづ )きます。
「それは モチベーション高まるだろうなあ 」
「騎士タミーノには パパゲーノという 全身を鳥の羽で覆った、逞しい猟師が従者として付けられることになるの 」
これを聞いたシカネーダーは 興奮しながら言いました、
「弓矢の名手で 忠誠心あふれる 頼もしい役どころだな、よーし、そいつは このオレ自身が演じるとしよう 」
でもW.A.は 少し考えながら つぶやきます。
「ね、従者のキャラクターってさ、舞台上では レポレロのような道化的役回りのほうがいいんじゃないかな、シカネーダー 」
「ううん・・・ まあ、それは あとで考えることにするよ 」
マリアンネは 続きを話しています。
「で、夜の女王は パパゲーノに 魔法の武器『銀の鈴 』を与えるの。これ、秘密兵器 」
「へえ、じゃ 騎士タミーノには ? 」
と、グラスを口元に運びながら 何気なく尋ねるW.A.
「彼にはね - 魔法の『銀の小笛 』を与えるの 」
マリアンネの言葉に W.A. は 口の中に含んだワインを 一気に全部 噴き出すと 激しく咳き込みました。
「おいおい、大丈夫か、ヴォルフィ? 」
とシカネーダーのほうは 何も知らずに笑っています。
マリアンネのほうは 静かに瞳を閉じたまま、意味ありげにW.A.の方に向き直ると、さらに付け加えました。
「騎士タミーノが掌を開くとね、その小さな銀の笛は 空中にふわーっと浮かび上がるの、不思議でしょ? それって万能なんだから 」
W.A.は 息がつまりそうになりました - 彼女には ほ、本当に「見えて 」いるんだ。この娘(こ )は、まさしく ボクの掌にいる 秘密の小笛のことを言ってるんだ!
まあ 落ち着いて聞いて、と言わんばかりにマリアンネ、目を閉じたまま きれいな人さし指を一本 ぴっと立てます。
「さて、この暗黒世界の山岳地域には 光の教団と呼ばれる 世の不正を正す 架空の自警組織があって、地域の人々の信頼を集めていました 」
興味深げにシカネーダーが尋ねます。
「その光の教団って、ええと 宗教性を持たすの? 」
マリアンネは屈託なく答えます。
「これは、ドラマでは 自由に扱ってもらってよいわよ。宗教的な団体にしたほうが神秘性を確保できるのならそうしてもよいし、もし必要なら 王政的な権力を持たせてもよいし・・・ とにかく 独立した、何らかの権威を持った善の組織団体であれば、芝居小屋の観客にもわかりやすいと思うわ。そのリーダーは、清く正しい ザラストロという名の人物 」
「夜の女王と その光の教団との関係は どうする? 」
「光の教団は、この夜の世界では 比較的新興の勢力で、それまで女王とは没交渉だったことにしたほうが 劇的になるんだな 」
と、そこでマリアンネは くすっと笑うと
「その理由は、この後わかるから 」
と、言い添えるのでした。
W.A.とシカネーダー、思わず顔を見合わせると マリアンネに物語の続きをせがみました。
「モノスタトス商事に拉致されていたパミーナ姫は、実は 光の教団によって すでに救出されているの。卑怯なだけで 弱いムーア人たちは、光の教団の自警団の武力によって、あっけなく壊滅。パミーナは無事に教団がある町で保護されているの 」
「ふんふん 」
「しかし それを知らない夜の女王は、モノスタトス商事の人身売買的な悪行の元締めこそが光の教団であると誤解し、捕らわれの愛娘を助け出すため タミーノとパパゲーノに護衛されながら 教団のある町に潜入してくるわけ。でも やがて複雑な区画構造の町の中で 3人は 離れ離れになってしまう -  そこで 騎士タミーノと従者パパゲーノが いかなる運命をたどるかは ある程度 シカネーダーさんにお任せしちゃおうかな・・・ 」
シカネーダーは 力強く頷きます。
「そうだな・・・ 騎士タミーノは 光の教団の自警団と派手に闘うアクション・シーンで観客を楽しませてあげた後、遂に敗れて捕えられることにしよう。パパゲーノのほうは いくつかのユーモラスなエピソードを経て、教団内のひとりの女性と恋仲になるという展開が これも観客好みだろうな 」
W.A.は ストーリーの先が待ちきれず、マリアンネを催促します。
「それで、夜の女王とパミーナは 教団のある町の中で 出会えるんですか 」
微笑みながら マリアンネは 話を続けます。
「出会えるよ。でも モノスタトス商事が壊滅したことを知らず、光の教団を極悪の組織だと思い込んでしまっている夜の女王は、パミーナに短刀を渡すと 自分も武器を手にし、この世界を救うために親娘二人、一緒に教団のリーダーであるザラストロを倒す決意を固めてしまうという展開・・・ 」
聞き手の二人は 手に汗を握っています。
「そ、それで? 」
「ザラストロとの面会を許された 女王とパミーナの二人は、隙を突いて 短刀を抜くと、ザラストロと刺し違えようとするの。そこへ 光の教団が善の組織であることを理解したタミーノとパパゲーノが 必死で二人の軽挙を止めに入って、そこで なんとか暗殺は未遂に終わるの 」
「ああ、よかった -  」
「ザラストロは口を開き、自警団が押さえている 夜の女王とパミーナ、そして タミーノとパパゲーノの縛(いまし )めを解くように指示すると、そこで驚くべき真実を告白するの - 何と、ザラストロは かつて夜の女王の許婚(いいなずけ )だった王族で、その当時 王宮で 若き二人は熱烈に愛し合っていた関係だったの。でもその頃 暗黒の世にあふれていた数々の不正を放置することができず、若きザラストロは 夜の王宮を捨て去り、長く苦しい修行の末、宗教的な性格を併せ持つ 正しい自警組織を国内に作り上げていたというわけ。そう、ザラストロはパミーナのお父さんだったの ! 」
「モノスタトス商事からパミーナを救出した後も、すぐ王宮に帰さず 手元で保護し続けていた理由は それだったわけだ 」
「夜の女王も 若き日の恋人だったザラストロの当時の面影に気づき、そこで 感動的な涙の再会というわけ。しかも、誤解だったとはいえ、一度は自分の命を狙った二人のことを 寛大にも 『許そう 』と周囲に告げるザラストロを讃える歓呼の大合唱の中、最後は この暗黒の世界に 初めて 明るい太陽が昇るところで 全曲の幕が降りるっていうのは - さあ、いかが? 」
「長い夜が明けたということか、くーっ。素晴らしい ! 」
「今のストーリーに ぜひ音楽を付けて、ジングシュピールにしましょう、きっと大当たり間違いなしだよ シカネーダー! 」
と、W.A.。彼の掌の中で 銀の小笛が、自分自身が登場するオペラであることを知ってなのか、暴発を抑えなければ破裂してしまうほどの勢いで 新しい歌を奏で始めようとしています。
「とにかく、一度 劇場に戻って台本を整理しなくちゃ。いやー、何より ラストの『寛大な許し 』っていうのが とにかく良いよ、ふん 女房のエレオノーレのやつに 真っ先に読ませてやりたいものだなあ 」
と、自分が許されたいシカネーダーは、まだ晩さん会が終わってもいないのに 慌ただしく周囲の関係者に頭を下げて回ると、
「ありがとう マリアンネさん、今のプロット 頂きましたからね。ヴォルフィ、音楽を頼んだぞ! 」
そう叫ぶように言い添えると、空を駆けるような勢いで ひとり 晩さん会場を飛び出していってしまいました。

「じゃ次は あなたの番ね、モーちゃん! 」
そう言うと、マリアンネは 可愛らしい仕草で ロイトゲープ印のチーズを一切れ探し当てると、彼女の小さな口にぽいっと放りこみました。


  ― つづく ( この物語は パラレル・ワールドのフィクションです。史実との違いを お楽しみください )


↓ 清き一票を
にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
にほんブログ村
blogram投票ボタン
人気ブログランキングへ
Club Scherzo, since 2010.1.30.



関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)