本記事は、6月16日「注目記事ジャズ ランキング 」で 第1位となりました。
皆さまのおかげです、これからも 何卒よろしくお願い申し上げます。


クラヲタに捧ぐ、ジャズ=フュージョンの名盤 ランダム辞典
スケルツォ倶楽部、スティーヴ・ガッド Steve Gadd を讃える。   
新しい もくじ 画面は ⇒ こちら

マンハッタン・トランスファー 1981年
Mecca for Moderns ( 邦題 「モダン・パラダイス 」 )

… 成り行きで ジェイ・グレイドンスティーリー・ダンラリー・カールトンカウント・ベイシーエディ・ジェファーソンリッチー・コール のことなども。

Jay Graydon Mecca For Moderns The Manhattan Transfer_ワーナー・ミュージック・ジャパン WPCR-14463 1981年のガッド
(左から )ジェイ・グレイドンMecca for Moderns のジャケット、1981年頃のガッド

 今晩は、発起人(妻 )のコーナーです。
 スミマセン、本当に ご無沙汰の「スティーヴ・ガッドを讃える。 」 - 今宵 話題にさせて頂こうと 棚から抜き出した ガッド参加の一枚は、マンハッタン・トランスファーの「モダン・パラダイス Mecca For Moderns 」(1981年 ジェイ・グレイドン、プロデュース )。

 先月( 5月 )19日、わたしたちの スケルツォ倶楽部 You Can Never Capture “IT” Again …  において、彼らの名唱 「モンクに捧ぐ夜 」について 書かせて頂いたばかりですが、それ以来 わたしは マンハッタン・トランスファーの主要なレコードを久しぶりにCDで聴き直し、その凄い才能の集合体に 改めて畏敬の念を深めている日々です。
Manhattan Transfer(Warner Bros. )
 スウィング、モダン・ジャズからポップスAOR まで 何でもこなし、世界屈指の実力と人気を誇る 個性的な男女四名が集まった混声ヴォーカル・グループ、マンハッタン・トランスファー The Manhattan Transfer が、リーダー格の ティム・ハウザー Tim Hauser(1941 - )によって創設されたのは、1970年代のこと。
 彼らの個性的なグループ名の由来については、アメリカの現代作家ジョン・ロデリーゴ・ドス・パッソス John Roderigo Dos Passos(1896 – 1970 )が著した小説「マンハッタン乗換駅 Manhattan Transfer 」のタイトルを そのまま拝借したというエピソード、有名ですよね。

John Roderigo Dos Passos_Manhattan Transfer (2) John Roderigo Dos Passos_Manhattan Transfer

 彼ら マンハッタン・トランスファーは、その活動初期においては アメリカよりむしろヨーロッパ(イギリス、フランスetc. )で受けていたようなのですが、米国内一般で広く脚光を浴びるきっかけとなった作品が、1979年 TV番組トワイライト・ゾーン 」のサスペンスフルなテーマ曲をディスコ調にアレンジした「トワイライト・ゾーン / トワイライト・トーン  - 
The Manhattan Transfer_Twilight Zone、Twilight Tone

 その翌1980年には、当時エレクトリック・ジャズ・グループの現役最高峰だった、ウェザー・リポートの名曲「バードランド 」の ウェイン・ショータージョー・ザヴィヌルのソロ・パートに歌詞を付けて歌うという驚異的な試み = ヴォーカライズド・ヴァージョン が 世界的な規模で大反響を呼び、グラミー賞最優秀ジャズ・フュージョン・ヴォーカル賞を受賞 - 
マンハッタン・トランスファー_エクステンションズ(Atlantic ) The Manhattan Transfer

 さらに、翌1981年には 親しみやすいシングル曲「ボーイ・フロムN.Y.C 」が なんとポップス・チャートで 予想外の(? )大ヒット、この年度は 三部門でグラミー賞を受賞しているのです -
The Manhattan Transfer_Boy From New York City
 ほどなくマンハッタン・トランスファーは、通常なら望んでも得られない グラミー賞受賞の「常連 」になり、(その後も1983年、1985年、1987年、1990年・・・ )輝かしい受賞歴を更新し続け、文字どおり 飛ぶ鳥を落とす勢いでした。

 ところで、上記に挙げたような マンハッタン・トランスファーの名作たち、すなわち 出世作「トワイライト・ゾーン / トワイライト・トーン (1979年 ) 」、傑作「バードランド(1980年 ) 」、そして最大のヒット曲「ボーイ・フロムN.Y.C(1981年 ) 」という 三枚いずれも 驚くなかれ、共通して「一人の同じ人物 」が プロデュースを務めていた のでした。 その人物とは・・・
Jay Graydon ジェイ・グレイドン Jay Graydon Jay Graydon (2)
ロサンゼルス出身のスタジオ・ミュージシャン、マルチ・プレイヤーにして、いわゆる「カリスマ 」プロデューサージェイ・グレイドン Jay Graydon (1949~ )です。
 さて、その頃 まだ無名だったジェイ・グレイドンを 一躍有名にした ひとつの逸話があります。それが 1977年、スティーリー・ダン歴史的な傑作アルバムAja(エイジャ ) 」への ソロ・ギタリスト としての参加 ‐ でした。
Steely Dan_Club Scherzo Steely Dan AJA
アルバムのタイトル・ナンバーエイジャ 」について考える 過去記事 ⇒ こちら


ちょっと脱線
ジェイ・グレイドンの出世作
ペグ(スティーリー・ダン ) 」が、
ラリー・カールトンの「ルーム335 」に 似ている理由(わけ )。
 

 この時 ジェイ・グレイドンギター・ソロで「エイジャ 」に参加した楽曲と言えば、アルバムB面冒頭に置かれた銘品「ペグ Peg 」ですが ( 念のため、ドラムスは ガッドではなく、旗指物を担いだバーナード・パーディ )、このレコーディング・スタジオにおける苦労話が アルバム・リリース後、業界でクチコミの話題となりました。
 それは「ペグ 」録音中のこと、エレクトリック・ギタリストが12小節だけスポット・ライトを浴びるソロ・パートを、どうしてもフェイゲンが納得せず、彼は 盟友ウォルター・ベッカーを皮切りに デニー・ダイアス、ロベン・フォード、ディーン・パークス、スティーヴ・カーン、リー・リトナー、果ては ラリー・カールトンという錚々たる一流ギタリストたち をスタジオに招いては とっかえひっかえオーヴァー・ダビングでプレイさせた上、どれも気に入らないと言っては 次々 ボツにしてしまうのです。その挙句、最後に演奏したジェイ・グレイドンの 他の誰とも異なる、風変わりなアプローチが フェイゲンのメガネに適(かな )い、結局 この個性的なグレイドン・テイクが採用されることが決まった、という興味深い逸話が 全米の音楽業界と関係者の間を駆け回り、新進気鋭のジェイ・グレイドンというギタリストの名前を一気に高めることに 貢献したのでした。

Steely Dan_PEG_YK-833-AB
ドン・ブライトハウプトの著作によると、ここでの密室のスタジオ内でのできごとについて、ドナルド・フェイゲンの証言 は 以下のようなものでした(青字 )でした。

「あれはただのブルースだった。一か所だけ、気をつけなきゃいけないチェンジアップがあったけど。だからそれに合わせてすんなり聞けるソロを弾くのが、あんなにもむずかしいことだとは夢にも思ってなかったんだ。最初に試したのはウォルター(ベッカー )だった。僕は気に入ったけど、彼が気に入らなかったんだと思う。 … それでいろんな連中を呼び始め … そこからちょっとおかしなことになってきたんだ。 」
「 - 中略 - ぼくらは4、5人のギタリストを呼び寄せた。名前は思い出せないけれど、どっちかというとジャズ畑のギタリストもいた。だれかに推薦されたんだ。その男はもうちょっとというところまで行ったんだけど、どうしてもピークまでは行き着けなかった。何だか彼らにも自分たちにもきまりが悪くて…。この ごく短いブルースのソロのために、これだけのお金を使うなんてありえない、という感じだった。他に誰がトライしたのかはもう覚えていない - 中略 - だれかがジェイ・グレイドンを薦めてくれてね。彼のことは聞いたことがなかったけど、ずいぶんいろいろなセッションで弾いている男だった。そしてスタジオにやってくると、その場でやっつけてしまったんだ。僕の記憶だと 」


(… だが )グレイドンの記憶によると、セッションは少なくとも1時間のウォーミングアップ、休憩、和音に関するフェイゲンからのヒント(進行のどのパートが、ブルーノートを受け入れられるかについて )と、さらなるやりとり - そこからダブルストップのユニークな弾き始めと 徹底的に考え抜かれた4小節のパート二つ、そしてフェイドアウトのフレーズが生まれた - で構成される、もう少し複雑なものだった。

( 以上、ここまでの引用文は ドン・ブライトハウプト著「スティーリー・ダン エイジャ作曲術と作詞法(奥田祐士 訳 / DUブックス )第8章「7人のギタリストで試した真意 」より - 青字部分 -  )

 ・・・ここから さらに脱線話です。
 この時 「ペグ 」でのソロをボツにされたギタリストのひとりで、即興演奏家としてのプライドを傷つけられた(と、勝手に想像してますが )ラリー・カールトンは、翌年 自身のファースト・アルバム「夜の彷徨 Larry Carton 」 冒頭の一曲、「ペグ 」のリズムとギター・ソロのコード進行をそのまま転用したような「ルーム335 」で、あたかも不本意に封じられた弁論を主張する場を見出したかのように弾きまくり、それはフェイゲン=ベッカースティーリー・ダンのコンビにまるで当てつけるような意趣返しにもなっています ( 念のため 「夜の彷徨 Larry Carton 」のドラムス奏者は ジェフリー・ポーカロ )。
 
Larry Carlton_Mr.335 ラリー・カールトンの「ルーム335 」
 - と言いつつ、そんな一曲「ルーム335 」という作品が まさか後々 自分の代名詞的名曲とみなされ、まさか ステージで 人気ナンバーとしてアンコールに要求されるようになってしまうとは、カールトン自身、まだこの時点では まったく想像していなかったものと察します。

ジェイ・グレイドンスティーヴ・ガッドと出会うまで
 ・・・もとい。
 その後、グレイドンのほうは 主にアレンジャー、プロデューサーとして 精力的な活動でみるみる脚光を浴びるようになり、カリスマ性も加えて ジョージ・ベンソンアル・ジャロウE,W & Fなどの(もちろん マンハッタン・トランスファーも )ヒット作を 驚異的な短期間で量産することになります。
 1980年には もうひとりの才人で盟友デイヴィッド・フォスターとの双頭ユニット、エアプレイ Airplay を結成、グループ名をそのまま冠した唯一のアルバム(邦題は「ロマンティック 」・・・って、ブルックナーか )、その高い質の仕事が評価され、商業的にも大成功を収めます。
Airplay.jpg
 このアルバムには、グレイドンマンハッタン・トランスファーの前作「エクステンションズ 」に提供した 格好良い「貴方には何もできない Nothin' You Can Do About It 」、またフォスターらとの共作でE,W & F に提供した名バラード「アフター・ザ・ラヴ・イズ・ゴーン After The Love Is(Has )Gone 」などを 自らカヴァーしています。

 で、お待たせしました。ここで ようやくスティーヴ・ガッド登場。
 ジェイ・グレイドンデイヴィッド・フォスター、スティーヴ・ルカサー、ヴィクター・フェルドマンなどと L.A.ミュージシャンの人脈を辿ってゆけば、ここでのドラマーの選択肢は 当然ジェフ・ポーカロあたりを起用するのが順当だと思いますが、にもかかわらず 敢えてN.Y.からガッドを招いたところが、このアルバムの「キャスティング 」における「妙味 」です。
 グレイドンが 最初にガッドと知り合ったのは、おそらく 3年前の1978年に発表された、リー・リトナーの魅力的なリーダー・アルバム「キャプテン’ズ・ジャーニー 」の「モーニング・グローリー(ヴォーカル・ヴァージョンのほう ) 」、「マッチメイカーズ 」のレコーディングにおいて、リズム・ギター奏者として参加したスタジオでと思われます。

Lee Ritenour_The Captain’s Journey Steve Gadd 1970’
 すでにリトナーは(おそらくデイヴ・グルーシンの進言によって )自作のレコーディングに臨んでは、リズム・セクションの主要メンバーとして -  名盤「フィール・ザ・ナイト(1979年 ) 」等を筆頭に - 相当早い時期からガッドを起用してきましたが、「キャプテン’ズ・ジャーニー 」セッションの録音スタジオにおいて、ハイ・ハットのペダルを力一杯 踏み込んでは固くクローズさせた状態のシンバルから タイトなリズムを叩き出す、エネルギッシュなガッドのプレイを 初めて目(ま )の当たりにしたジェイ・グレイドンは、きっと目を見張ったに違いありません。

 ・・・で、1981年にリリースされた、今宵の話題の中心である 「 mecca for moderns(邦題「モダン・パラダイス 」 ) 」について、ようやく語るところまで辿り着きました。
 硬軟織り交ぜたヴァラエティ豊かな好盤で、オリジナルのL.P.レコードでは、比較的ポップで親しみやすい楽曲がA面に集められているものの、B面にひっくり返すと 一転 ジャズ寄りの渋い楽曲配置となっています。このB面の行き着く先が、後年のマンハッタン・トランスファー最高傑作アルバム「ヴォーカリーズ 」へと続くのですね、でも そちらの話題は またいずれ カフェ ソッ・ピーナあたりで!

Mecca For Moderns / The Manhattan Transfer
邦題「モダン・パラダイスマンハッタン・トランスファー
Mecca For Moderns The Manhattan Transfer_ワーナー・ミュージック・ジャパン WPCR-14463 Mecca for Moderns 邦題「モダン・パラダイス 」 (マンハッタン・トランスファー )1981年
収録曲:オン・ザ・ブールヴァード On The Boulevard、ボーイ・フロム・N.Y.C. Boy From New York City、おたずね者 (Wanted ) Dead Or Alive、 スパイズ・イン・ザ・ナイト Spies In The Night、スマイル・アゲイン Smile Again、コーナー・ポケット "Until I Met You" ( Corner Pocket ) 、コンファーメーション (The Word Of ) Confirmation、カフカ Kafka、バークレー・スクェアのナイチンゲール A Nightingale Sang In Berkeley Square
主要パーソネル:
マンハッタン・トランスファー The Manhattan Transfer
   ティム・ハウザー Tim Hauser
   ジャニス・シーガル Janis Siegel
   アラン・ポール Alan Paul
   シェリル・ベンティーンCheryl Bentyne
ジェイ・グレイドン Jay Graydon (プロデューサー、エレクトリック・ギター )
スティーヴ・ルカサー Steve Lukather (エレクトリック・ギター )
ディーン・パークス Dean Parks (エレクトリック・ギター )
デイヴィッド・フォスター David Foster (キーボード )
ヴィクター・フェルドマン Victor Feldman (ピアノ、キーボード )
エイブラハム・ラボリエル Abraham Laboriel (エレクトリック・ベース )
スティーヴ・ガッド Steve Gadd (ドラムス )
アレックス・アクーニャ Alejandro "Alex" Acuna (ドラムス、パーカッション )
ジェリー・ヘイ Jerry Hey (トランペット )
リッチー・コール Richie Cole(アルト・サックス )
トム・スコット Tom Scott (アルト・サックス、テナー・サックス ) 他
発表:1981年
音盤:Atlantic(ワーナー・ミュージック・ジャパン WPCR-14463 )


 注目すべき冒頭の名作「オン・ザ・ブールヴァード 」は、適度な緊張感さえ漂わせる 苦(にが )み走った佳曲。ガッドの刻む快適なテンポ設定は ホント絶妙で、さり気なく打ち込まれるフィル・インのアイディアは どれひとつ尋常なものがありません。
 ここでのガッドドラミング・イメージを譬えて語れば、最初のうち 軽くジョギングしていた筈だったのに、気がつけば 力強いランニング走行で いつのまにか坂道を駆け上がっている、そんな百戦錬磨の名ランナー、ガッドの後ろ姿には とても追いつけない・・・といった、そんな印象です。 他のバッキング共演者たちも 皆それぞれに素晴らしく、適度に抑制を効かせながらも弾(はず )みまくる エイブ・ラボリエルエレクトリック・ベース、L.A.の音楽シーンに その生涯を捧げることになる 才能豊かな英国紳士ヴィクター・フェルドマン(彼の略歴については また別の機会を見つけて語りまくりたいです )が奏でる硬質でスタイリッシュなピアノ、そしてグレイドン自身と名手スティーヴ・ルカサーとによるエレクトリック・ギターの素晴らしいコンビネイションとともに、まったく隙のない曲構成には 繰り返し聴く価値ありです。
 この「オン・ザ・ブールヴァード 」をアルバムのオープナーに置いたグレイドンの計算力にも注目されるべきで、マンハッタン・トランスファーの優れた多層的コーラス・ラインは、アルバムの後半(B面3曲目 )で、ガッドのドラムスと共に炸裂するアンサンブル曲「カフカ Kafka 」における 精緻な織物にも譬えられるポリリズミカルな動き と 実は 密接な関連性を持っているのです。

 「ボーイ・フロム N.Y.C. 」、原曲はアドリブスというグループの1965年のヒット曲。歌詞の中に登場する「ナイス・ガイ 」は 偶然 ガッドと同郷の「ニューヨーク出身 」である(笑 )にもかかわらず、なぜかこの曲に限ってドラムスはガッドではなくマイク・ベアード Mike Bairdが叩いてます、ってなぜ? グレイドン、敢えてガッドを意図的に外して 温存したのかなどと考えるのは、深読みのし過ぎかな。

 ティム・ハウザーのコミカルな歌唱が楽しめるカリプソ・ナンバー「おたずね者 (Wanted ) Dead Or Alive 」、前作「エクステンションズ 」に収録された「トワイライト・ゾーン / トワイライト・トーン 」を連想させる 007サスペンス調の「スパイズ・イン・ザ・ナイト 」では アラン・ポールシェリル・ベンティーンによる真に迫った小芝居まで聞ける、そんな 楽しくわかりやすいポップな楽曲が続いた後、オリジナルL.P.ではA面ラストに置かれた超名曲「スマイル・アゲイン 」、なにしろグレイドン ‐ デイヴィッド・フォスター - ビル・チャンプリンという「アフター・ザ・ラヴ・イズ・ゴーンの制作チームに、さらにマンハッタン・トランスファーからもアラン・ポールが加わった、そんな四人の才能で共作された 凝りに凝った美しい一曲。
 特に、転調に転調を重ねる 後半の和声進行は その複雑さにもかかわらず、ただ聴いていれば 自然この上ない快適なハーモニーの流れに身を委ねてしまうことができる、そんな彼らの極上のコーラスは素晴らしく、キーがチェンジする その度に 格好良くアクセントを決めてくれるガッドの効果的なスティックさばきについても やはり書き添えないわけにはいられません(って、二重否定の肯定文です )。

 そして いよいよ この傑作アルバム Mecca For Moderns の真価を示す side B へと入るわけですが、この面の厳選された4曲こそ、本当に素晴らしい仕上がりです。
 グラミー賞最優秀ジャズ・ヴォーカル・グループ賞を受賞した「コーナー・ポケット "Until I Met You" ( Corner Pocket ) 」は、カウント・ベイシー楽団の名盤「エイプリル・イン・パリ April In Paris 」(Verve ) のA面二曲目に収められた、同楽団のリズム・セクション(オール・アメリカン・リズム・セクション )の最重要人物と呼べるギタリスト、フレディ・グリーン Freddie Green(1911 – 1987 )らによって作曲された、スウィング感も満点の心地よい佳曲。ガッドが刻む個性的な「縦乗り 」の4ビート、次に聴く「コンファーメーション 」とともに、振幅も豊かにスウィングしまくります。気持ちいい。ああ、もっと長く聴いていたい…。
Count Basie_April In Paris (Verve ) カウント・ベイシーに握手してもらう 16歳のスティーヴ・ガッド(!)
(左 )「コーナー・ポケット 」オリジナル演奏収録カウント・ベイシーエイプリル・イン・パリ 」(VERVE )
(右 )カウント・ベイシーに握手してもらう 16歳のスティーヴ・ガッド(!)

オリジナル原曲(1955~ 56年、ヴァーヴ盤 )における ベイシー楽団のアドリブ・パート、すなわち テーマの提示後に始まる、名手サド・ジョーンズのトランペット・ソロ(に付けた歌詞をジャニス・シーガルがヴォーカライズするのを聴くと 「こんなに流麗なメロディ・ラインだったかー 」という新たな驚きの再発見 )、フランク・ウェスのテナー・サックス・ソロ、続くバンド・アンサンブル部分(カウント・ベイシー自身が小さく刻むピアノのリズムに至る )まで そのすべてのフレーズに歌詞を付けて歌ってしまう、ジャズ・ヴォーカリーズ(ジャズ・ミュージシャンが演奏したアドリブ・パートに そのまま歌詞を付けて歌い直してしまう行為 )の素晴らしさに酔えます。

 その天才的な即興演奏によって ビ・バップと呼ばれる初期モダン・ジャズの型(かたち )を創始した重要人物チャーリー・パーカー Charles Parker(1920 – 1955 )の作品「コンファーメーション (The Word Of ) Confirmation 」。
Charlie Parker Best BOP on Verve (POCJ-2363 ) Charlie bird Parker
チャーリー・パーカー( 愛称“バード” )が遺したオリジナル・アドリブ(1953年7月30日、ヴァーヴ録音 : アル・へイグのピアノ、パーシー・ヒースのベース、マックス・ローチのドラムスによる )に歌詞を付けた( = ヴォーカライズした )のは、そのアイディアの創始者とされる エディ・ジェファーソン Eddie Jefferson ( 1918 – 1979 )でした ( 前作「エクステンションズ 」では マンハッタン・トランスファーにとっては実験的だった、長大なヴォーカリーズ歌唱「ボディ・アンド・ソウル Body And Soul 」が収められていました。そこで聴ける 歴史的なコールマン・ホーキンス Coleman Hawkins の名アドリブ・ソロの旋律に乗るような歌詞を書いたのも ▼ エディ・ジェファーソンだったのです )。
Eddie Jefferson (Muse )_Still On The Planet(1976 ) Eddie Jefferson_Main Man(IC 1033 )
 マンハッタン・トランスファーによる「コンファーメーション 」のレコーディングには、当初 御大ジェファーソン自身がヴォーカリーズのスキャットで加わる計画が組まれていたそうです。しかし、ジェファーソン1979年5月8日、デトロイトで暴漢に射殺されてしまうのです。
 御大が非業の死を遂げた日、その直前のステージまで共演を( 過去5年もの間、このベテラン歌手のパートナーを )務めていたアルト・サックス奏者こそが フィル・ウッズの弟子 すなわち チャーリー・パーカー直系の「孫弟子 」にあたる、若きリッチー・コール Richie Cole でした。
Richie Cole R.コール と E.ジェファーソン
リッチー・コール(左 )と ヴォーカリーズの創始者、エディ・ジェファーソン 
 
 そういった関連性から、ここで パーカーの楽器たる「アルト・サックス 」を用いて、リッチー・コールが 自由奔放なソロを「バード・パーカーの代わりに 」ブロウするという図式、その役割は 大変重要だったと思います。
 さらに 亡きジェファーソン代役を 急きょ務めることになったのが、歴史的なヴォーカリーズ・グループである ランバート、ヘンドリックス & ロス のリーダー ▼ ジョン・ヘンドリックスでした。
ジョン・ヘンドリックスを囲む マンハッタン・トランスファー(Atlantic )
彼は マンハッタン・トランスファーの次作「ヴォーカリーズ 」では さらに大きな役割を担うことになるのですが、もし不慮の遭難さえ無ければ、この仕事は 正真正銘「ヴォーカリーズの創始者 」である エディ・ジェファーソン自身が務めていた筈でしたから、これが実現しなかったことは、本当に残念に思います。

 アルバム Mecca for Moderns クライマックス部分を築くことになる名曲 カフカ Kafka  の素晴らしさは、もう すでに述べたとおりです。この不思議なタイトルは、作曲者であるバーナード・カフカの名前に由来するもので、金澤寿和氏の 優れたライナー解説によれば、録音スタジオに入った時点で 実は まだ楽曲は完成していなかったものの、マンハッタン・トランスファーのメンバー全員が この素材の力強さに魅せられており、録音することを 一致して切望していました。


▲ このためグレイドンは アルバム冒頭の「オン・ザ・ブールヴァード 」の動機の一部を 展開部で巧みに転用したりして、これをスタジオで完成させてしまいます。
 グレイドンのアイディアによって 冒頭( 「オン・ザ・ブールヴァード 」 )と クライマックス( 「カフカ 」 )の二曲が 緊密に紐づけ られ、アルバム Mecca For Moderns 全体のコンセプトにも筋が通り、その結果 見事な統一感を高めていると思います。
 演奏は、ガッドの凄まじいドラムス・ソロを抜きにしては成立し得なかった一品で、このリズム隊の動きと絶妙なコーラスとが あたかも崖っぷちギリギリで凌ぎ合い、紙一重の際(きわ )どいところで 絶妙に調和しているような、敢えて「完璧な作品 」と呼びたくなってしまいます。マンハッタン・トランスファーが ここで 一切歌詞を用いず、徹頭徹尾 モダンなスキャットを 一貫して通している 器楽的効果も 特筆すべきでしょう。

 そして ここまでの強烈な余熱を冷ますかの如く、最後は ア・カペラ・コーラス「バークレイ・スクェアのナイチンゲール 」A Nightingale Sang in Berkeley Square を しっとりと聞かせてくれます(ア・カペラということは、当然ガッドは不参加ということですが )、うーん、本当に素晴らしい…。
 そういえば、前作「エクステンションズ 」でも 締め括りの一曲は、やはりア・カペラによる静寂の歌唱で「異国のできごと Foreign Affair 」でしたが、実は いずれも アレンジャーは、シンガーズ・アンリミテッドジーン・ピュアリング( ! )だったんです。
その素晴らしい編曲の仕事には、グラミー賞最優秀ヴォーカル・アレンジメントという栄誉が贈られたことも書き添えておきましょう。
Mecca for Moderns 邦題「モダン・パラダイス 」 (マンハッタン・トランスファー )1981年 (2)
☆ ジーン・ピュアリングマンハッタン・トランスファーの 過去の話題は
   (ザ・クリスマス・アルバム ⇒ こちら 


スケルツォ倶楽部、
スティーヴ・ガッド Steve Gadd を讃える。
 
  
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