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短い小説 「シンバル 」
Snoopy Cymbal Snoopy Cymbal (2)
Snoopy Cymbal (3) Snoopy Cymbal (4)

P太郎打楽器奏者だ。
まだ小学校低学年だった頃、彼は TVでオーケストラが演奏しているのを初めて観た。ビゼー作曲の歌劇「カルメン 」前奏曲。
その冒頭から炸裂するクラッシュ・シンバルの格好良さに魅せられてしまった。
ボクは、大人になったら オーケストラで シンバルやるんだ!
これがきっかけで、P太郎は 本当にパーカッション奏者になったのだった。
初めての定期演奏会の夜、シベリウスの「フィンランディア 」で 念願の楽器を担当させてもらったP太郎は、二枚のシンバルを思い切り打ち鳴らしながら、わが身の幸福に陶酔した。

しかし、プロのパーカッション奏者シンバルばかり叩いているわけは もちろん ない。
打楽器奏者が その守備範囲として会得しておかなければならないパーカッションには 何十、いや 数百以上の種類がある - といっても過言ではない。
オケでは要(かなめ )のティンパニを筆頭に、大太鼓、小太鼓、ドラムス、マリンバ、シロフォン、ヴィブラフォン、グロッケンシュピール、タンバリン、カスタネット、トライアングル、そりの鈴(スレイベル )、鞭(ムチ )、タムタム(銅鑼 )、鐘(チューブラーベル )、ウッドブロック、木魚、テンプルブロック、ウインド・チャイム、状況に応じ ピアノチェレスタ、グラスハーモニカ まで要求される場合だってあるかもしれない。
それら 膨大に存在する打楽器のひとつひとつについて、正しい奏法を勉強しておかなくてはならないのだった。

そういうわけで、P太郎が 彼の偏愛するクラッシュ・シンバルを 力いっぱい打ち鳴らせる機会というのは 彼が子どもの頃に 想像していたより はるかに少なかった。

シンバルを 思いきり打ち鳴らしたい -

毎夜、就寝する前に P太郎は 静かに目を閉じ、たった一打ちで ホールのオーケストラにも拮抗し得る大音響を放つクラッシュ・シンバルの破壊力について想った -。

ああ、打ち鳴らしたい、シンバルを 思いきり・・・。

P太郎は 徐々に 日常のコンサート・プログラムに ストレスを感じ始めていた。

ようやく 今シーズンになって、クラッシュ・シンバルの「見せ場を持つ 」交響曲がプログラムの一曲にのぼり、P太郎の渇きを 少しだけだが 癒してくれた・・・ ような気がした。
それは チャイコフスキー作曲、交響曲第6番 ロ短調「悲愴 」 - 
と言っても、全曲中 シンバルの炸裂は 四発だけ・・・。
満足しつつも、却って 彼の欲求不満は 高まってしまった。

そのうち P太郎は、コンサート中、ステージ奥に佇みながら トライアングルスネア・ドラムを操りながら、自分の頭の中で 異常な衝動が強まってくるのを 自覚するようになった。

それは、最初のうち 軽い「 ストレス 」と呼べる程度のものだった。
たとえば、オーケストラの大部分の仲間たちが モーツァルトト短調シンフォニー を演奏しているところ。
疾走する哀しみの終楽章を聴きながら、そのクライマックスにおいて 突然 ひとつの想念が 彼の頭の中に湧いた - 
シンバルを、ここで 思いきり打ち鳴らしたい -

しかし 当然のことながら、これを抑制する意識が 同時に働いた。
いかん、いかん、何を考えてるんだ、オレは。モーツァルトを破壊する気か?

また 別の日、今度はベートーヴェン「田園 」交響曲、その嵐の楽章において、
ここだ! ・・・ ここで クラッシュ・シンバルを 思いきり鳴らしたい

自分の内面を突き上げてくる激しい衝動を抑えるのに P太郎は 必死になった。
いかん、いかん、何を考えてるんだ、オレは。ベートーヴェンを破壊する気か?

ある休みの日、思いつめたP太郎は、精神科の医師を訪れ、相談した。
「ふんふん、そうですか。衝動的に 危険なことをしてしまうのではないか - たとえば 刃物を素手でつかんでしまうとか 高い窓から飛び降りてしまうとか、生命にかかわる自傷行為に走ってしまう、そういった強迫観念を持つ場合なら 深刻な症状ですが - 」
問診を終えたドクターは、P太郎のカルテに 心電図のような横文字を書きこみながら、言った。
「あなたの場合、心配するほどのことはないでしょう。その・・・何でしたっけ、シンバル叩いたって 身の危険はないでしょう? 」
「まあ それはそうですが・・・ 」
「家族や周囲からのいじめ、過重労働、貧困、介護疲れ、孤独 などの自覚症状も おありではないようですし -  」
「はあ・・・ 」
「それでも 緊張の多いお仕事なのは たしかなんでしょうね。気持ちが落ち着く薬を 処方しておきますから、まあ 気楽にやることです 」
「気楽に・・・ ? 」
「そうです。いっそ 衝動に従って シンバル、鳴らしてみたらどうですか? ははは・・・ 」
P太郎の悩みは 一層 深まった。強迫観念は さらに酷くなった。

次の日は、シューベルト「未完成 」交響曲第1楽章・・・
ぐっ・・・ここで、シンバルを、思いきり打ち鳴らしたい 

そんな衝動を 必死に抑えこむP太郎の額からは、冷や汗が流れ落ちた。

また別の日は、メンデルスゾーンヴァイオリン協奏曲 ホ短調
若く美しい 女性のソリストが 細く白い指先で弓をつまんで リズミカルに上下させている、その優雅な動きを遠くから眺めているうち・・・
ムムッ・・・こ、ここで、思いきりクラッシュ・シンバルを 撃ち鳴らしたい!

P太郎は、オープン・シンバルを架けているスタンドにダッシュしたくなる強迫観念を 最後の自制心で抑えると、思わず肩で息をしていた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・ 」

その夜のコンサート、P太郎は いつにも増して 激しい 自己の「シンバル衝動 」と闘っていた。
・・・き、今日ばかりは、もはや自分を抑えきれないかもしれない・・・

本番のステージ上、たとえば 美しい緩徐楽章か、静寂の木管ソロの最中に、両手に革紐を握りしめて 力いっぱいクラッシュ・シンバルを 打ち鳴らしている自分自身の姿を 想像していた。
それは、ああ、何という・・・ 快感
いや いや、違うだろ。って、そうじゃないだろ、オレ。
絶対に シンバルなんか 鳴らしちゃだめだ、いいか、抑えるんだ。
耐えろ、耐えるんだ -
 
P太郎は 必死だった。

ハッと気づくと、なぜか 指揮者P太郎に一瞥を投げ、気の毒そうな表情で 意味ありげに首を振っていることに気づいた。 タクトを握る手は止めてはいないので、音楽は 何ごともなく続いている。。。
何かあったのか? 観客席はと眺めると、ごく一部の聴衆ではあるが 明らかにP太郎のことを見ているようだ。中には 何ごとかを 小声で囁き合っているカップルや家族連れもいる。周囲のオケ仲間の空気も 演奏を続けながら どこか微妙な・・・
な、何があったんだろ?
はっ、もしや 自分で気づかないうちに シンバルを打ち鳴らしてしまったんだろうか?


いや 違う!
次の瞬間、P太郎は 真っ青になって唇をかんだ。
そうじゃない、うヷァぁ !  しまったー !!

彼は 思い出したのだ、今宵 演奏中だったプログラムのことを
それは・・・

ドヴォルザーク作曲 交響曲第9番 ホ短調「新世界より 」
終楽章 アレグロ・コン・フォーコ Allegro con fuoco 
- すでに クラリネットフルートによる 柔和な第2主題コンサートホールに 流れ切ってしまった後だった。
そして サスペンデッド・シンバルだけが、P太郎の傍らで 音もなく揺れていた・・・ とさ。

- CRASH !

この文章を
バルトーク作曲
オーケストラのための協奏曲第4楽章「中断された間奏曲 」で、
吊り(サスペンデッド・ )シンバルを 激打する 硬めのマレットくんに捧げます。


                       作 “スケルツォ倶楽部”発起人
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